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(平4.7.23、裁決事例集No.44 261頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 共同審査請求人A男、B男、C女及びD女(以下「請求人ら」という。)並びにE女の5名は、いずれも昭和63年10月20日に死亡した○○(以下「被相続人」という。)の共同相続人であるところ、この相続開始に係る相続税の申告(以下「本件申告」という。)について、相続人の次女E女(以下「E女」という。)は、単独で法定申告期限までに申告した。
 原処分庁は、請求人らに対し平成元年12月26日付で次表のとおり相続税の各決定及び無申告加算税の各賦課決定をした。

(単位:円)
区分
請求人ら
決定 賦課決定
課税価格 納付すべき税額 無申告加算税
A男 13,852,000 728,200 108,000
B男 13,852,000 728,200 108,000
C女 13,852,000 728,200 108,000
D女 13,852,000 728,200 108,000

 

 請求人らは、これらの処分を不服として平成2年1月16日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、これに対し同年4月10日付で次表のとおりとする一部取消しの各決定をした。

(単位:円)
区分
請求人ら
課税価格 納付すべき税額 無申告加算税
A男 19,856,000 385,600 57,000
B男 19,856,000 385,600 57,000
C女 19,856,000 385,600 57,000
D女 19,856,000 385,600 57,000

 

 請求人らは、異議決定を経た後の原処分になお不服があるとして平成2年5月8日に審査請求をした。
 なお、請求人らは、平成2年5月25日に被相続人の次男A男(以下「A男」という。)を総代に選任する旨の、その後平成2年11月21日に被相続人の長男B男(以下「B男」という。)を総代に選任する旨の届出書をそれぞれ当審判所に提出した。

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2 主張

(1) 請求人らの主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部を取り消すべきである。
イ 決定について
(イ) 原処分庁は、△△市××町21番13所在の宅地103.02平方メートル及び同町21番14所在の宅地177.84平方メートル(以下これらの土地を併せて「本件土地」という。)は被相続人の遺産であると認定している。
 しかしながら、本件土地の登記上の名義は被相続人となってはいるが、その所有権はA男が有しているものであるから被相続人の遺産を構成しない。
 すなわち、本件土地は、もともと請求人らの父であったF男(以下「F男」という。)の所有物件であったところ、F男は昭和55年9月1日死亡したが、その際、本件土地はA男に、そして本件土地上にあった建物(以下「本件建物」という。)は被相続人にそれぞれ遺贈する旨の遺言書(昭和55年10月7日付P家庭裁判所検認済みのものをいい、以下「本件遺言書」という。)を残していた。
 したがって、A男は、本件遺言書に基づく遺贈(以下「本件遺贈」という。)により、本件土地の所有権を取得したものである。
 なお、本件土地の名義を本件遺言書に従い直ちにA男名義にしなかったのは、被相続人が高齢であることから、被相続人が死亡した時点で本件建物も含めて一括処理する考えであったためである。
(ロ) 原処分庁は、昭和61年12月23日付の遺産分割協議書(以下「本件分割協議書」という。)に基づいて、本件土地の所有権がF男から被相続人に移転していることを理由として、A男が本件遺贈の放棄をなしたものとしているが、これは、受遺者であるA男が本件分割協議書作成時まで本件遺贈を承認していなかったことを前提とするものである。
 しかしながら、A男が本件分割協議書作成時以前に既に本件遺贈の承認、すなわち遺贈の放棄権を放棄しており、また、これをF男の相続人全員が了承し、A男が本件土地を取得していたことは、次のとおり明らかであるから原処分庁の主張は失当である。
A F男の死亡後の昭和55年10月12日に、F男の相続人全員が本件遺言書を基にF男の遺産について協議をし、本件遺言書どおりA男が本件土地を取得するとの協議ができており、A男は本件遺贈の承認をしていること。
B 被相続人が作成した昭和56年9月30日付の遺言公正証書(以下「本件公正証書」という。)によると、被相続人は本件土地の所有者がA男であることを認めており、このことからしてもA男が遺贈の承認をしていることは明らかであること。
(ハ) 本件分割協議書を作成し、本件土地の名義をF男から被相続人へ変更したのは、以下に述べる経緯により本件建物を建て替える資金の融資を受けるために、便宜的に土地の所有権の名義だけを被相続人に貸すことを目的として行ったものであり、本件土地を被相続人に相続させるために行ったものではない。
A F男が死亡した当時、被相続人は70歳を超え、一人での生活に不安が感じられたので、請求人ら及びE女が協議したところ、E女が本件建物に同居し面倒をみることになった。
B その後、昭和61年10月ごろ、請求人らは、E女から1被相続人が足を骨折したため家の中を車いすで移動できるようにしたいこと、22階をアパートにすれば被相続人の医療費と生活費をその収入で賄うことができるということ等を理由として本件建物を被相続人名義で建て替えたい旨の相談を受けた。
 その席上、E女から建物の建築資金を借りるためには、本件土地の名義を被相続人名義にしなければ借入れができないので、土地の名義を被相続人に貸してほしいという申出があった。
C その後も請求人らはE女から本件土地の名義変更の催促を受け、昭和61年12月20日ごろ請求人らとE女の5名が実家に集まり協議した結果、1木造で1階を住居、2階をアパートとする被相続人名義の建物を建て替えることに全員同意する、2その建築資金を借りるために、A男は本件土地の名義を被相続人に貸すこととする、3被相続人が死亡した時には、新しく建て替えた建物についても相続人5名が5分の1の割合により相続する、4被相続人名義とした本件土地の名義は、被相続人が死亡した時、直ちにA男に戻すとの合意ができた。
D 前記Cの合意に基づいて、請求人らは本件土地の名義を被相続人名義にするために必要な書類として本件分割協議書に署名押印し、印鑑証明書1通をE女に交付したものである。
(ニ) 原処分庁は、本件土地が被相続人の遺産であると認定した根拠の一つとして、E女が本件申告をしていることを挙げている。
 しかしながら、E女自身も本件土地はA男の所有であると認めていたことは明らかであるが、E女は本件分割協議書を作成した直後に被相続人との間に本件土地について地上権設定契約書を作成しており、E女にとっては本件土地が被相続人の遺産であった方が都合がよいから本件申告をしたものである。
(ホ) 以上のとおり、A男は本件土地の名義を被相続人に貸すことに同意はしたものの、遺贈を放棄したことはなく、まして本件土地の所有権を被相続人に取得させることに同意したこともないから、本件土地の所有権はA男にある。
 よって、本件土地は被相続人の遺産であるとしてなされた相続税の各決定は違法であり、その全部を取り消すべきである。
ロ 無申告加算税の賦課決定について
 以上のとおり、相続税の各決定は違法であり、その全部を取り消すべきであるから、これに伴い無申告加算税の各賦課決定もその全部を取り消すべきである。

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(2) 原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法である。
イ 決定について
(イ) 原処分庁が調査したところ、次の事実が認められる。
A 本件遺言書によると、本件土地はA男が、本件建物は被相続人がそれぞれ相続する旨記載されていること。
B 本件公正証書によれば、本件土地の賃借権及び本件建物はE女に相続させる旨記載されていること。
 ただし、本件土地について、その所有権者の名義は登記簿上F男であるが、F男は昭和55年9月1日死亡し、A男が遺贈により所有権を取得したものである旨記載されていること。
C 本件分割協議書によれば、本件土地及び本件建物はいずれも被相続人が相続する旨記載されていること。
D 登記簿謄本によれば、本件土地及び本件建物は、昭和61年12月25日を受付日とし、昭和55年9月1日相続を原因としてF男から被相続人に所有権が移転されていること。
E 相続人の一人であるE女は本件土地が被相続人の遺産であるとして相続税の申告をしていること。
(ロ) 民法第986条《遺贈の放棄》の規定によれば、受遺者は遺言書の死亡後、いつでも、遺贈の放棄をすることができ、遺贈の放棄は遺言者の死亡の時にさかのぼって効力を生じるとされている。
 更に、特定遺贈の放棄をするためには特別の手続きを要せず、共同相続人等に対して意思表示をすることにより放棄することができるとされている。
(ハ) 前記(イ)の各事実と前記(ロ)を総合して判断すれば、本件土地及び本件建物は本件分割協議書に基づき被相続人が相続により取得し、一方、本件分割協議書が作成されたことによりA男は本件遺贈の放棄をなしたものと認められる。
 したがって、本件土地は被相続人の相続財産を構成すると認められる。
(ニ) 以上のことから、本件土地の価額を相続財産に計上し、これに租税特別措置法第69条の3《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》(以下「小規模宅地等の特例」という。)を適用し、その余の被相続人の相続財産を合わせたところで、相続税法第55条《未分割遺産に対する課税》の規定に従って計算すれば、請求人らの相続税の課税価格は各19,856,000円、納付すべき税額は各385,600円となるので、各決定は適法である。
ロ 無申告加算税の賦課決定について
 以上のとおり、各決定は適法であり、かつ、請求人らには国税通則法第66条第1項ただし書に規定する正当な理由があるとは認められないので、同条同項の規定に基づき無申告加算税の各賦課決定をしたものである。

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3 判断

(1)決定について

 本件土地が相続財産であるか否かに争いがあるので、以下審理する。
イ 当審判所が原処分関係資料、請求人が提出した資料及び関係人の答述を調査したところによれば、次の事実が認められる。
(イ) F男が残した本件遺言書には、本件土地をA男に、本件建物を被相続人にそれぞれ相続させる旨記載されていること。
(ロ) 被相続人が作成した本件公正証書には、本件土地の貸借権及び本件建物をE女に相続させる旨記載されていること。
(ハ) 本件分割協議書には、本件土地、本件建物及びF男名義の一切の遺産は被相続人が相続する旨記載されていること。
(ニ) 本件土地及び本件建物については、本件分割協議書に基づき、いずれも昭和55年9月1日の相続を原因として昭和61年12月25日受付によりF男から被相続人に所有権の移転登記がなされていること。
(ホ) 本件土地の帰属について、請求人らとE女との間でP地方裁判所において係争中であること。
(ヘ) 昭和55年10月12日にF男の相続人全員が集まったときに協議したという事項を被相続人の長女C女(以下「C女」という。)がメモ書した内容は、以下のとおりであること。
A 一、については全員了承の上B男又はA男が継ぐことにする、あるいは二人の共同名義とし、二人の妻、子供関係の相続を調査の上、墓地の相続を含めて、土地の売却又は分割の禁止を建前として二人で協議する。
B 母の日常の生活について、E女又はDに依頼する、各自家に持ち帰り家族と相談の上、返事を持って帰る。
 母の日常の面倒をみる(金銭的負担はない)、条件、家賃は無料、ただし、利用範囲の税金等の租税公課は負担してもらう。母の同居に伴う利権関係は一切存在しないこととする。
(ト) C女が本件遺産分割協議書が作成された当時つけていたという手帳に「実印、遺産分割協議書、建て替え資金を借るため、被相続人の名義にする」旨の記述があること。
(チ) E女は、当審判所に対し、次のとおり答述したこと。
A 本件申告を単独でなしたのは、請求人らに申告書を作成したから押印してほしいと連絡したところ、その必要はないと言われたためであること。
B 本件分割協議書を作成したのは、被相続人が、A男が遺言の執行もせず、被相続人の面倒もみないので、F男の相続財産をきちんとしたいと言い出したことと、被相続人が入院中にA男の妻が病院にきて、本件土地を含めて全部被相続人のものにすると言ったため、B男に相談したところすべて任せると言ったことから、請求人らに署名なつ印を求め作成したものであること。
C 本件土地を被相続人の相続財産として申告したのは、本件分割協議書でも分かるとおり、A男が本件土地の遺贈を放棄したものといえるので、被相続人が本件土地を相続したものと考えたからであること。
ロ ところで、民法第986条は、遺贈の利益といえども、受遺者の意思と無関係に強制されるいわれはないことから、受遺者にその放棄の自由を認めた規定である。
 そして、特定遺贈の放棄の場合、1期限の定めがなく、遺贈者の死亡後任意にいつでも放棄することができ、2その放棄の形式は問わず、共同相続人等に対する意思表示でよいとされており、3その放棄の効力は遺贈者の死亡の時にさかのぼって生じることから、遺言に特段の定めがない限り、その放棄した財産は相続人に帰属することとなり、4受遺者がいったんその放棄をすれば、詐欺若しくは脅迫等によってなされたときを除いては任意の撤回が許されないものと解されている。
 してみると、前記イの事実からすると、A男は、本件土地をF男から遺贈されたものの、その後本件分割協議書を作成したことにより、遺贈の放棄をしたものと認めるのが相当である。そして、本件土地の帰属については係争中であるものの、遺贈の放棄が撤回されていないことは明らかである。
ハ 請求人らは、A男が昭和55年10月12日に遺贈の承認、すなわち遺贈の放棄権を放棄している旨主張し、その理由として、1昭和55年10月12日に請求人ら及びE女を含む相続人全員がF男の遺産について協議し、本件遺言書どおりA男が本件土地を取得するとの協議ができたこと、2本件公正証書には本件土地の所有者がA男であると記載されていること、3本件分割協議書を作成したのは本件建物を建て替えるために便宜的にその所有権の名義を被相続人に貸したものである等挙げている。
 しかしながら、請求人らはこの点について、C女が当時記録していたというメモ書及び手帳を除いては具体的な証拠資料を提出しないところ、前記イの(ヘ)のメモ書の内容からは、A男が遺贈の承認をなしたことをうかがい知ることはできず、かえってF男の相続財産の分割がいまだ協議中ということが認められるにすぎない。
 また、本件公正証書には、A男が遺贈により本件土地を取得した旨の記載があるものの、これは、単に被相続人が本件土地について本件遺言書の内容を確認したにすぎないものと認めるのが相当であり、A男が本件遺贈を承認したということはできない。更に、前記イの(ト)の手帳の内容からは、本件土地の名義変更が本件建物の建て替えのために便宜的に貸したことを立証するに足る証拠とはいえず、仮に便宜的に本件土地の名義変更をしたとしても、それは、本件分割協議書に基づいて行われたものであり、当該分割協議書自体が無効とならない限り請求人らの主張を採用することはできない。
 したがって、請求人らの主張には理由がない。
 なお、請求人らは、E女が相続税の申告をしたことを原処分の理由としていることは相当でない旨主張するが、前記イの(チ)のとおりE女は当審判所に対して答述しており、原処分庁は原処分の正当性の理由の一つにこれを挙げたものにすぎず、これをもって原処分の違法事由とはなし得ないから請求人の主張を採用することはできない。
ニ 以上のとおり、本件土地を被相続人の相続財産と認定した原処分は相当である。
 したがって、本件土地の価額を相続財産に計上し、これに小規模宅地等の特例を適用し、その余の争いのない被相続人の相続財産を合算し、相続税法第55条の規定に従って請求人ら各人の課税価格を算定した各決定は不相当とは認められず、その計算も相当と認められる。

(2) 無申告加算税の賦課決定について

 以上のとおり、本件相続税の各決定は適法であり、また、請求人らには相続税の申告書を法定申告期限内に提出しなかったことについて国税通則法第66条第1項ただし書に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条同項の規定に基づいてした無申告加算税の各賦課決定は適法である。

(3)その他

 原処分のその余の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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