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(平4.8.31、裁決事例集No.44 305頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 原処分庁は、P市R町725番地に居住する○○(以下「滞納者」という。)の次表の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、滞納者の長男である審査請求人(以下「請求人」という。)に対し国税徴収法第39条《無償又は著しい低額の譲受人等の第二次納税義務》の規定を適用して、平成3年4月15日付の納付通知書により45,000,000円を限度とする第二次納税義務の告知をした。

 

年度 税目 納期限 本税 過少申告加算税 延滞税 利子税 滞納処分費
2 申告所得税 平成2年5月31日
平成元年分延納分

14,700,000


法律による金額

226,300

法律による金額
2 同上 平成3年4月2日
昭和62年分更正分
812,000 592,700 同上
2 同上 平成3年4月2日
平成元年分更正分
4,761,100 1,125,000 法律による金額 同上

 

 請求人は、この処分を不服として、平成3年6月4日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は平成3年9月2日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分について、なお不服があるとして平成3年9月26日に審査請求をした。

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2 主張

(1) 請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
 原処分庁は、請求人が平成元年3月16日に滞納者から受領した金員45,000,000円(以下「本件金員」という。)は、滞納者が請求人に交付した同日付の念書(以下「本件念書」という。)に基づいて滞納者から贈与されたものであるとして、国税徴収法第39条に規定する第二次納税義務を告知した。
 しかしながら、本件金員は、請求人と滞納者の農地賃貸借契約を滞納者から一方的に破棄され、請求人の賃借権が侵害されたために、請求人が提訴した損害賠償請求事件の和解金であることは、次のことから明らかである。
 したがって、原処分庁が本件金員を単なる贈与であるとして、請求人に第二次納税義務を課したことは違法である。
イ 請求人は、滞納者の農業後継者として昭和60年8月に滞納者との間で農地使用貸借契約(以下「本件農地使用契約」という。)を締結し、意欲を持って農業を営んでいたところ、滞納者が本件農地使用契約を無視し、請求人に無断で本件農地使用契約に係る土地(以下「本件農地」という。)をA株式会社(以下「A社」という。)に、順次売却したので農業経営が困難となった。
ロ 本件農地は、本件農地使用契約上は使用貸借となっているが、実際は、本件農地使用契約後に請求人と滞納者が口頭で賃貸借契約を取り交わしており、かつ、請求人は滞納者へ昭和61年1月20日から昭和62年3月28日の間に960,000円の賃借料を支払っていることから、請求人には本件農地について農地賃借権がある。
ハ そこで、請求人は、S地方裁判所P支部に1別表の番号1の土地(以下「a農地」という。)について、昭和63年11月4日に滞納者及びA社を被告として農地賃借権侵害に基づく損害賠償を求める訴え(以下「損害賠償請求」という。)並びに2別表の番号2の土地(以下「b農地」という。)及び別表の番号3の土地(以下「c農地」という。)について、昭和63年11月15日に滞納者及びA社を債務者として立入禁止、占有及び耕作妨害禁止を求める仮処分命令の申請(以下「仮処分命令申請」といい、損害賠償請求と併せて「損害賠償請求等」という。)を行った。
ニ しかしながら、平成元年3月16日に請求人、滞納者及びA社の三者間において、1滞納者は請求人に対して本件金員を支払うこと、2請求人は、損害賠償請求等を取り下げること及び3請求人は、滞納者がA社に売却したb農地及びc農地を平成元年6月30日までに引き渡すこととする合意が成立し、同日、合意書(以下「本件合意書」という。)を作成するとともに、本件合意書に基づき滞納者は請求人に本件金員を支払い、請求人は、損害賠償請求等の取下書をS地方裁判所P支部に提出した。
 ところで、本件念書は、本件合意書に基づいて作成されたもので、爾後、請求人が、本件金員を滞納者又は同人の死後における請求人以外の相続人に対して、返還する必要がないことを単に確認するため、請求人の求めに応じて滞納者が請求人に差し入れたものであるにもかかわらず、原処分庁は、本件合意書と本件念書とは全く関連がないものとし、本件念書のみを採り上げこれを贈与契約と認定したのは誤りである。

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(2) 原処分庁の主張

 請求人は、次のことから、本件金員を滞納者から贈与により取得したものと認められるので、国税徴収法第39条の規定を適用して第二次納税義務を課したものである。
イ 本件念書は、滞納者が本件金員を滞納者の相続の前渡しの趣旨で請求人に寄託し、請求人は本件金員を返還する必要はない旨記載されていることから、滞納者と請求人の間における贈与契約に基づき作成されたものであって、本件合意書に関する事項は一切触れられておらず、本件合意書とは全く異質なものであるところ、請求人は本件念書に基づいて滞納者から本件金員を受領したものであること。
ロ 請求人は、本件金員が、相続分の前渡しないしは請求人の将来の生計の資本とする趣旨をもって支払われたものであることを十分認識していたことは、次のことから明らかである。
(イ) A社が平成元年8月1日に請求人を被告としてS地方裁判所P支部へ提訴した建物の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求める事件(同支部平成元年の建物明渡等事件をいい、以下「建物明渡等事件」という。)の平成2年6月19日の請求人に対する尋問調書によれば、滞納者が請求人の今後の生活を考えて本件金員を渡してくれたものと思う旨請求人は述べている。
(ロ) 建物明渡等事件の平成2年8月17日の第9回口頭弁論調書によれば、請求人は、損害賠償請求等の取下げの実質的な理由として、本件合意書に係る和解契約と同時に請求人が滞納者から45,000,000円を、相続の前渡金として受領したからである旨を認めている。
(ハ) 建物明渡等事件の平成2年11月6日の判決によれば、本件金員は、相続分の前渡しないしは請求人の将来の生計の資本にする趣旨で滞納者から請求人に交付されたものである旨判示されている。
ハ 請求人は、原処分庁の徴収担当職員が「本件合意書には、損害賠償のことは書かれていないので本件合意書に係る損害賠償はないということですか。」と質問したのに対して、「そうです。」と答弁していること。
ニ 請求人は、本件金員は本件合意書に基づく和解金である旨主張するが、本件合意書は、請求人と滞納者及びA社の三者間において、請求人が損害賠償請求等を取り下げることを目的として作成されたものであり、損害賠償請求等の和解に基づく和解金の支払及び本件金員について何ら記載がないこと。

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3 判断

 本件金員の授受が国税徴収法第39条に規定する無償の譲渡等に当たるか否かについて争いがあるので、調査・審理したところ次のとおりである。

(1) 次のことについては、当事者間に争いはなく、当審判所の調査によっても、その事実が認められる。

イ 請求人は、滞納者との折り合いが悪く昭和62年4月23日にS家庭裁判所P支部へ親族関係円満調整の調停申立てをしたが、昭和63年2月3日にその調停申立てを取り下げたこと。
 また、請求人は、昭和63年2月8日にS家庭裁判所P支部へ滞納者を準禁治産者とする旨の準禁治産宣告及び滞納者の保佐人として請求人を選任する旨の保佐人選任の申立て並びに審判前の保全処分申立てをしたところ、同支部は、昭和63年2月24日に請求人を滞納者の財産管理者に選任し、滞納者は請求人の保佐を受けよとの審判を下したこと。
 この審判に対して、滞納者は、昭和63年3月31日に○○高等裁判所に即時抗告の申立てをしたが、却下されたこと。
 なお、滞納者は、昭和62年6月ごろに同人の四女と共に失跡し、以後、請求人と滞納者が会ったのは、A社本社において本件合意書を取り交わすなどした平成元年3月16日であること。
ロ 貸主を滞納者、借主を請求人とする本件農地使用契約の内容は、次のとおりであること。
(イ) 契約の対象とされた本件農地の合計面積は、13,099.94平方メートルである。
(ロ) 契約期間は、昭和60年8月20日から10年間である。
(ハ) 契約期間内は、解約権の行使は行わない。
 なお、本件農地については、昭和60年9月21日にP市農業委員会から農地法第3条に規定する使用貸借による権利の許可を得ている。
ハ 滞納者は、昭和62年3月から同年9月の間に本件農地のうち5,308平方メートルを、昭和62年5月12日にa農地を、昭和63年10月28日にb農地及びc農地をいずれも請求人に無断でA社に売却したこと。
ニ A社は、昭和63年3月7日ごろ、請求人に無断でa農地上の農作物栽培用施設を取り壊したこと。
ホ 滞納者は、自己が所有し、請求人が居住の用に供していた土地、建物を昭和63年10月7日に第三者に売却したが、平成元年4月3日に売却先から買い戻し、同月4日にA社へ売却したこと。
ヘ 請求人は、昭和63年11月4日にa農地について63,125,000円の損害賠償請求を、同月15日にb農地及びc農地について仮処分命令申請を行ったこと。
ト 本件合意書は、平成元年3月16日にA社本社において、請求人、滞納者及びA社の三者間で取り交わされ、本件合意書には、1請求人は、損害賠償請求等を直ちに取り下げる旨、2滞納者及びA社は、請求人に対し仮処分命令申請に係るb農地及びc農地の引渡要求を平成元年6月30日まで猶予し、請求人は、滞納者及びA社に対し同日限りでその引渡をする旨並びに3請求人は、損害賠償請求等について滞納者及びA社に対して、今後一切異議・苦情などの申立てをしない旨記載されていること。
チ 本件金員の授受は、本件合意書の取り交わしと同時に行われたこと。
リ 本件念書は、本件金員の授受と同時に滞納者から請求人に差し入れられ、本件念書には、滞納者が本件金員を滞納者の相続の前渡しの趣旨で請求人に寄託し、請求人は返還する必要はない旨記載されていること。
ヌ 請求人は、平成元年3月16日にS地方裁判所P支部に損害賠償請求等の取下書を提出したこと。

(2) 原処分関係資料等を基に当審判所が調査したところ、次のことが認められる。

イ 請求人は、昭和60年8月31日にP市西農業協同組合××支所から農作物栽培用ビニールハウス資材1,966,546円を購入したこと。
ロ 請求人は、本件農地使用契約以降専ら農業に従事し、苺、米、柑橘及び茶などの農業収入により生計を維持していたこと。

(3) 請求人は、当審判所に対して、次のとおり答述している。

イ 昭和63年12月中ごろ、滞納者及びA社から、損害賠償請求等の請求人の代理人である△△弁護士を通じて損害賠償請求等の和解の申出があり、請求人は裁判で決着をつけたかったが、同弁護士の説得等もあったので本件金員を受領することを条件に和解に応じることにしたこと。
ロ 本件念書は、本件金員に関して、後日問題を生じさせないために滞納者から差し入れさせたこと。
ハ なお、損害賠償請求等は、生活するための基盤である請求人の住んでいる土地及び建物並びに収入を得るための土地を順次売却されたため、生活ができなくなると思ったので、やむを得ず提起したこと。

(4) 前記(1)、(2)及び(3)の事実等から検討したところ、次のことが認められる。

イ 請求人は、昭和60年8月20日に滞納者から10年間の約定で本件農地を借り受け、これに自己資本を投下するなどして意欲的に農業経営に取り組み、農業収入で生計を維持していたこと。
ロ 請求人は滞納者と折り合いが悪くなり、滞納者は、昭和62年6月ごろ失跡するとともに、本件農地を順次請求人に無断でA社に売却し、また、A社は昭和63年3月7日ごろ、請求人に無断で請求人の有するa農地上の農作物栽培用施設を取り壊し、更に、滞納者は昭和63年10月7日に請求人が居住の用に供していた土地及び建物を売却したため、請求人の農業経営は、根底から破綻を来たし、かつ、請求人は、その生活の本拠までも脅かされるに至ったこと。
ハ 請求人は、滞納者及びA社の本件農地使用契約の侵害により、請求人の農業経営を破綻させられるおそれがあったので、損害賠償請求等は、やむにやまれないものであったこと。
ニ 平成元年3月16日に請求人、滞納者及びA社の三者間で本件合意書が取り交わされ、滞納者と請求人間で本件金員の授受が行われたこと。
ホ 請求人は本件金員を受領したため、損害賠償請求等を取り下げたこと。
ヘ 本件念書は、請求人の求めに応じて、滞納者が請求人に差し入れたこと。

(5) 前記(4)の認定事実等を基に本件金員の性格を判断すると、次のとおりである。

 請求人は滞納者の契約違反行為によって、その生計の基盤である農業経営を破綻させられ、将来の生活設計まで破壊されるなど請求人の物的及び精神的損害は計り知れないものがあることが伺われ、請求人は滞納者から損害賠償を受けるべき十分な要因を有していたと認めざるを得ない。
 そして、損害賠償請求等を取り下げることとする本件合意書には、その取下理由が記載されてはいないが、前記(4)の認定事実等を基に判断すると、請求人が滞納者から本件金員を受領したことと引換えに請求人は損害賠償請求等を取り下げたものと認めるのが相当であるから、本件金員は損害賠償請求等の和解金とみるのが相当である。
 なお、原処分庁は、本件念書等を基に本件金員は相続の前渡し、将来の生計の資本として滞納者から請求人に贈与された旨主張するが、上記認定のとおり、請求人は、本件金員の授受を条件として損害賠償請求等を取り下げたのであり、本件念書は、爾後、本件金員に関して問題が生じないように請求人が滞納者にあえて差し入れさせたものにすぎないとみるのが相当であることから、原処分庁の主張は認め難い。

(6) そうすると、滞納者が請求人に本件金員を交付したことは、国税徴収法第39条に規定する滞納者がその財産につき行った無償の譲渡等には当たらないので、同条の規定を適用した第二次納税義務の告知は取消しを免れない。