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(平5.4.14、裁決事例集No.45 110頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 A男は、会社役員であったが、昭和63年分所得税について、所得税法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》第2項の規定の適用を受けるための所定の手続をするとともに確定申告書に次表の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。
 原処分庁は、これに対して、平成元年12月11日付で同表の「更正等」欄のとおり更正及び過少申告加算税の賦課決定をした。

(単位:円)
項目 確定申告 更正等
給与所得の金額(総所得金額) 2,385,000 2,385,000
分離長期譲渡所得の金額 0 4,683,777
山林所得の金額 0 8,966,800
納付すべき税額 0 1,839,700
過少申告加算税の額 249,500

 

 A男は、これらの処分に対し平成2年2月7日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成3年5月22日付で棄却の異議決定をした。
 同人は、異議決定を経た後の原処分について、なお不服があるとして平成3年6月24日に適法に審査請求をした。
 その後、平成4年1月31日に同人が死亡したので、相続人B女ほか2名は、国税通則法第106条《不服申立人の地位の承継》の規定に基づきA男の不服申立人としての地位を承継した(以下A男を「被相続人」、B女ほか2名を「請求人」という。)。

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2 主張

(1) 請求人の主張

イ 更正について
 更正のうち、山林所得について、所得税法第64条第2項の規定の適用がないとした部分の取消しを求める。
(イ) 被相続人が代表取締役をしていた有限会社C(所在地P市、以下「C社」という。)は、昭和57年ころ資金繰りに行き詰まったため、被相続人の実弟D男及びE男(以下両名を併せて「D男ら」という。)からそれぞれ15,000,000円、5,000,000円合計20,000,000円の融資(以下債務者及び保証人に関して使用する場合は「本件債務」、債権者に関して使用する場合は「本件融資」という。)を受けたが、その際、被相続人は、本件債務の弁済について保証(以下当該保証に係る債務を「保証債務」という。)をした。
(ロ) 被相続人は、C社が本件債務を弁済できなかったため、昭和63年に立木を売却し、その売却代金(以下「本件譲渡代金」という。)から保証債務の履行として15,764,000円を弁済した。
(ハ) C社は、本件債務について、当初からD男らを債権者として帳簿に計上している。
(ニ) 本件融資に係る金員は、D男らから直接、S銀行T支店のC社名義の預金口座に振り込まれ、被相続人を経由していないから、本件債務は被相続人のものではない。
(ホ) 原処分庁は、本件債務はC社の帳簿上D男らからの仮受金として処理されているだけで主たる債務者をC社であると確認することはできないと主張するが、帳簿に仮受金と記載しようと借入金と記載しようと同社の債務であることに間違いはない。
(ヘ) 本件債務に係る借用証は、被相続人名義で発行されているが、これは、被相続人がC社の代表取締役であるとともにD男らの兄であり、本家にも当たることから、個人保証の意味での念書として作成したものであり、借用証の形式のみによって判断すべきでない。
(ト) 以上の理由から、本件の場合、山林所得の金額の計算上、所得税法第64条第2項の規定を適用すべきである。
ロ 過少申告加算税の賦課決定について
 上記のとおり、更正の一部は、取り消すべきであるから、これに伴い、過少申告加算税の賦課決定の一部も取り消すべきである。

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(2) 原処分庁の主張

イ 更正について
 原処分は、次のとおり適法である。
(イ) 次に述べるとおり、本件債務は被相続人の債務であり、C社の債務とは認められない。
A 本件債務に係る借用証は、被相続人が借主として発行している。
 なお、当該借用証について、請求人は保証の意味で被相続人の名義を記載したと主張するが、通常、借用証は、金銭消費貸借契約において、万一返済が実行されない場合に、債権者はそれをもって債権回収の手段を取るものであり、また、S銀行T支店及び◎◎協同組合からの融資についてはC社が借主となっていることから、特段の理由もなく、保証の意味のみであるとの主張は失当である。
B C社の帳簿で本件債務がD男らからの仮受金として会計処理されているからといって、C社が債務者としてD男らとの間に金銭消費貸借契約を締結したものと判断することはできない。
C 請求人は、本件融資に係る金員は被相続人を経由していない旨主張するが、これは被相続人がD男らからの融資金の全額をC社へ貸し付けるために、同社の銀行口座へ直接振り込ませたものにすぎない。
(ロ) したがって、被相続人が保証債務の履行として弁済したと主張する15,764,000円については、自己の債務を弁済したにすぎないから、山林所得の計算上、所得税法第64条第2項の規定の適用は認められない。
ロ 過少申告加算税の賦課決定について
 上記のとおり、更正は適法であり、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づく過少申告加算税の賦課決定は適法である。

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3 判断

(1) 更正について

 山林所得の金額の計算上、所得税法第64条第2項の規定の適用があるか否かについて、争いがあるので以下審理する。
イ 次に掲げる事実については、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所が調査したところによってもその事実が認められる。
(イ) 被相続人は、本件債務の発生時から死亡時までC社の代表取締役であったこと。
(ロ) 被相続人は、昭和63年6月2日に同人所有の檜及び杉の立木をそれぞれ15,700,000円と400,000円で売却しており、本件譲渡代金はその合計額16,100,000円となること。
(ハ) C社は、債務超過の状態が継続し、昭和63年10月30日に営業活動を停止しており、仮に、被相続人に求償権があったとしてもその行使は不能であること。
ロ 原処分関係資料、請求人の提出資料及び被相続人、関係人の答述並びに当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ) 本件融資が行われた昭和57年ころにおけるC社の経営内容は次のとおりであり、同社は当時資金繰りに窮していたこと。
A 昭和55年4月1日から昭和56年3月31日までの事業年度の決算で初めて910,919円の債務超過となった。
B 昭和56年4月1日から昭和57年3月31日までの事業年度の決算での債務超過額は49,401,923円である。
(ロ) 本件融資に係る金員は、D男らから、次のとおりS銀行T支店のC社の普通預金口座に口座振込み又は現金で預け入れられていること。
 なお、C社の帳簿上、これらはD男らからの仮受金とされていること。
A D男から
  昭和57年2年27日  10,000,000円
    〃  〃       2,000,000円
    〃 3月31日    3,000,000円
B E男から
  昭和57年3月30日  5,000,000円
(ハ) D男は、昭和57年2月23日にS銀行T支店から10,000,000円を借り入れ、これを上記(ロ)の同年2月27日の10,000,000円の口座振込み資金に充てていること。
(ニ) C社は、上記(ロ)の入金に係る仮領収証を次のとおり発行していること。
A D男あて
  昭和57年2月27日  12,000,000円
    〃 3月31日    3,000,000円
B E男あて
  昭和57年3月30日   5,000,000円
(ホ) C社は、本件債務に係る支払利息を次のとおりD男に支払ったとして経理し、それぞれの事業年度の損金の額に算入していること。
  昭和59年7月16日  4,148,383円
  昭和60年6月30日  1,301,917円
  昭和61年9月 1日   1,067,506円
(ヘ) 本件債務に係る借用証については、いずれも借主を被相続人とする次の4通のものが作成されていること。
A 原処分調査の際に提示されたもの
(A) D男あて 借入元本 15,000,000円
(B) E男あて   〃    5,000,000円
 なお、2通とも作成日付は昭和57年3月30日、返済期限は昭和63年12月末日とされている。
B 異議申立書に写しが添付されたもの
  D男あて 借入元本 20,000,000円
    (内訳 昭和57年2月末日 12,000,000円
         〃    3月末日 8,000,000円)
         返済期限 昭和61年5月末日
C 当審判所に提示されたもの
  D男あて 借入元本 20,000,000円(内訳 上記Bに同じ)
         返済期限 昭和60年3月末日
 なお、上記B及びCの各借用証は、作成日付が昭和57年3月31日で返済期限を除いて同一文面であり、返済不能の節は、P市R町字○○の雑種地約150坪(以下「R町の土地」という。)をもって充当し、これを保全するため仮登記をする旨記載されている。
(ト) R町の土地については、本件融資が行われた当時、S銀行等の債権者から多額な根抵当権が設定されていたこと。
(チ) 後記(ル)のEのD男の答述に係るF女名義への所有権移転登記が昭和62年12月2日受付で、また、錯誤による同登記の更正登記が同月19日受付でそれぞれなされていること。
(リ) 被相続人は、D男らに対し本件譲渡代金から本件債務の一部を次のとおり弁済していること。
  D男分 昭和63年 7月18日  3,480,000円
         〃  10月28日   7,284,000円
  E男分   〃   6月 2日   1,500,000円
         〃   7月18日   3,500,000円
  合計            15,764,000円
(ヌ) 被相続人は、当審判所に対し、次のとおり答述していること。
A C社の立て直しのためにD男らに融資を申し入れた。
B C社の会計帳簿において、本件債務を仮受金として処理したのは、国民金融公庫に借入れを申し込んだ際、同公庫から同社の借入金が多いとの指摘を受けたためである。
C 借用証は、原処分の調査のときに見付からなかったため、あわてて作成したものがあり、どれが当時の原本か分からないが、文面の要旨は全部同じである。
(ル) D男は、当審判所に対し、次のとおり答述していること。
A 昭和57年2月27日に10,000,000円と2,000,000円、同年3月31日に3,000,000円合計15,000,000円をC社に貸し付けた。
 なお、上記のうち10,000,000円は、S銀行T支店から借り入れて、同社の預金口座に振り込んだ。
B C社に対するE男の融資5,000,000円は、同人から私が預かって被相続人に渡した。
C 本件融資に際し、被相続人との間で被相続人所有のR町の土地を担保として登記する旨の保証契約をしたが、同物件の根抵当権者S銀行の同意が得られない等のため履行されなかった。
D 昭和59年か60年ころ、被相続人に対し本件融資の返済を求めたが、C社の経営が悪化しているということで、返済してもらえなかった。
E 上記C及びDの状況から、本件融資を保全するため被相続人所有の抵当権が設定されていない山林について買戻特約付売買契約を結び、妻のF女名義に所有権移転登記をしたが、贈与税の問題が発生したため登記を元に戻した。
ハ 以上の事実に基づいて判断すると、次のとおりである。
(イ) 所得税法第64条第2項の規定は、保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった場合に適用されるものである。
 そこで、本件の場合、これらの要件を満たすかどうかについて、以下、順に検討する。
(ロ) 主たる債務者について
A 本件融資が行われた経緯についてみると、前記イの(イ)、ロの(イ)、(ヌ)のA及び(ル)のDの各事実から、本件融資の目的はC社の資金の確保にあり、当事者もそう認識していたと認められる。
 また、前記ロの(ロ)ないし(ホ)、(ヌ)のA及びBの各事実のとおり、本件融資に係る金員は、C社が直接受領してその全額を費消し、本件融資に係る仮領収証の発行及び利息の支払もC社がD男らに対して行っていることが認められる。
 なお、前記ロの(ヌ)のA及び(ル)のAないしDの被相続人等の各答述は、前記ロの(イ)ないし(ホ)及び(ヌ)の各事実に符号する。
B 金銭の貸借が行われる場合、一般に借用証が取り交わされるが、それに記載された借主の名前は、真の借主を判断する重要な証拠となり得る。
 そこで、借主を被相続人とする前記ロの(ヘ)の借用証についてみると、1Aの2通は、文面が簡潔すぎ、2BとCの各借用証は、金銭貸借における必要な事項がほぼ網羅されているが、文面が酷似しながら返済期限が全く異なっている、3Aの2通は、D男とE男との分が区分されているのに対して、BとCは、E男の分がD男の分に合算されている、44通はそれぞれ様式の異なる用紙が使用されているなど不自然である。
 このように、同じ取引について幾つもの不自然な借用証が存在すること及び前記のロの(ヌ)のCの被相続人の答述からすると、被相続人から提示された上記4通の借用証は、いずれが真実のものか、あるいはいずれも虚偽のものなのか判断し難い。
 そうすると、借用証が被相続人の名義で発行されていること等を根拠に被相続人を本件債務の主たる債務者とする原処分庁の主張は採用できず、他にこれを裏付ける証拠もない。
C 以上のことから、本件債務の主たる債務者は、実質的にC社とみるのが相当である。
 なお、C社の帳簿上、本件債務が仮受金とされていることについては、借入金又は仮受金のいずれで処理していても債務であることには変りがなく、いわば会計処理手続上の問題というべきもので、前記ロの(ヌ)のBの被相続人の答述と併せ考えると、上記判断には影響しない。
(ハ) 債務の保証について
A 本件債務について、被相続人が保証をしたことを示す明確な証拠はない。
 しかし、関係人の答述等によれば、次のとおりである。
(A) 前記ロの(ル)のCのとおりD男は、被相続人との間でR町の土地を担保として仮登記する内容の保証契約をした旨答述している。
(B) 前記ロの(ヘ)の4通の借用証は、前述のとおりその真偽は明らかでないが、そのうちの2通に記載された「R町の土地を担保とし、これを保全するため仮登記をする。」(要旨)の文言部分は上記D男の答述と符号し、当事者の真意が表れているとみることができる。
(C) また、D男は、上記(A)に関連して、前記ロの(ル)のC及びEのとおり、1仮登記については、先順位の根抵当権者であるS銀行の同意が得られなかったため履行されなかった、2更に、本件融資を保全するため被相続人所有の山林について買戻条件付売買契約を締結し、妻の名義で登記した旨答述しているが、これらの答述の内容は、前記ロの(ト)及び(チ)の各事実に符号する。
(D) D男は、本件融資のうちの10,000,000円について、前記ロの(ハ)のとおり、S銀行T支店からの借入金を充てている。
(E) 被相続人は、前記ロの(リ)のとおり、本件譲渡代金からD男らへ本件債務の相当部分を弁済している。
B 以上のことから、本件融資に当たってD男らと被相続人の間には、C社が負う本件債務に関して被相続人が保証する旨の合意が成立していたものと認めるのが相当である。
 なお、前記イの(ハ)のとおり、C社は昭和63年10月まで営業活動をしている事実及び前記ロの(イ)のAの事実から、被相続人は、仮に、保証債務を履行した場合に求償権の行使が不可能であるとあらかじめ認識しながら上記保証契約をしたものとは認められない。
(ニ) 保証債務の履行について
 被相続人は、前記ロの(リ)のとおり、本件譲渡代金から、上記Bの保証契約に基づき、本件債務の一部15,764,000円を保証債務の履行として弁済し、当該履行部分についてC社から全く弁済を受けていないことが認められる。
(ホ) 以上のとおり、被相続人は、C社が負う本件債務について保証をし、本件譲渡代金からその一部15,764,000円を保証債務の履行としてD男らに支払っており、当該代位弁済額について、C社からは全く弁済を受けていないと認められるところ、前記イの(ハ)のとおり、同社に対して求償権を行使することは不能であるから、本件の場合、その全額について所得税法第64条第2項の規定を適用するのが相当であり、同規定の適用がないとする原処分庁の主張には理由がない。
(ヘ) 山林所得の金額の計算について
 以上のことからすると、本件譲渡代金は、前記イの(ロ)のとおり、16,100,000円であり、所得税法第64条第2項の規定により、山林所得の計算に当たっては、求償権の行使不能額15,764,000円を控除すべきところ、同法施行令第180条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合の所得計算の特例》第2項の規定に基づいて計算すると、山林所得の金額の計算上なかったものとみなされる金額は、8,966,800円となる。
 したがって、本件譲渡代金からこの額を控除すると山林所得の収入金額は7,133,200円となり、この額から争いのない必要経費の額6,633,200円及び山林所得の特別控除額500,000円を控除すると、被相続人の山林所得の金額は零円となる。
 そうすると、山林所得の金額を8,966,800円とした更正は、違法となるから、山林所得に係る部分は取り消すべきである。

(2) 過少申告加算税の賦課決定について

 以上のとおり、上記(1)の更正の一部取消しに伴って、過少申告加算税の賦課決定も違法となるので、その一部を取り消すべきである。

(3) 原処分のその余の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された資料によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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