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(平6.6.27、裁決事例集No.47 403頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成2年10月19日に死亡したA(以下「被相続人」という。)の相続人であるが、この相続開始(以下「本件相続開始」という。)に係る相続税の申告書に課税価格を230,205,000円及び納付すべき税額を31,139,700円と記載して法定申告期限までに申告した。
 原処分庁は、これに対して、平成5年7月2日付で課税価格を250,205,000円及び納付すべき税額を37,475,100円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)並びに過少申告加算税の額を633,000円とする賦課決定処分をした。
 請求人は、これらの処分を不服として平成5年8月31日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月10日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成5年12月7日に審査請求をした。

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2 主張

(1) 請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件更正処分について
(イ) 調査手続等
A 原処分庁は、平成4年6月17日及び同月18日の両日にわたり、請求人宅において原処分に係る調査(以下「本件調査」という。)を行ったが、当該調査より以前において、請求人に何らの連絡もなく、金融機関に対する調査(以下「金融機関調査」という。)を行った。
 原処分庁の調査担当職員(以下「調査担当職員」という。)の質問検査権の行使は、納税者の承諾を前提とする任意調査の範囲にとどまるべきところ、当該金融機関調査は、納税者の承諾なしに行われており、正当な行政手続の原則に反している。
B 調査担当職員は、平成4年6月17日の本件調査において、請求人の妻G(以下「G」という。)が立ち会ったとはいえ、請求人が不在であったにもかかわらず、寝室等への強制的立入り及び証ひょう類の強制的捜索を行った。
 このような調査は、質問検査権に係る受忍義務の限度を超えたものであり違法であって、かかる調査に基づいた原処分は取り消されるべきである。
 原処分庁は、当該調査において、Gから相続財産等を確認することについての承諾を得たと主張するが、その事実はない。
 仮に、同人の承諾があったとしても、同人は納税義務者ではないから、それによって原処分の瑕疵が治癒されるものではない。
C 原処分は、本件調査終了後1年以上経過してからなされており、信義誠実の原則に反するものである。
 また、原処分は、平成5年6月18日付のH新聞の「平成3年中に申告のあった相続税の調査は終了した」との記事に反するものである。
D 被相続人がI有限会社(所在地 P市R町〇〇849番1、ただし、平成4年4月29日にS市T町××に移転、以下「I社」という。)との間の和解に基づき負っていた立退料20,000,000円(以下「本件和解金」という。)の支払債務について、調査担当職員は、本件調査時点においては、債務に該当することを認めていたにもかかわらず、原処分においては本件和解金を債務に当たらないとしているのは、処分理由の不当な差替えであり、処分理由の附記不十分として処分の取消し理由に当たる。
E 仮に、本件和解金について、債務控除が認められないとしても、当該和解金を請求人に係る不動産所得の金額の計算上、必要経費として認めるなど配慮すべきところ、かかる事情を一切考慮しないでされた原処分は、権利の濫用に当たり、違法である。
(ロ) 本件和解金
 本件和解金は、P市R町〇〇849番1ほか所在の宅地2,637平方メートル(以下「本件土地」という。)に係る長期間にわたる紛争に関する和解金であり、相続税法第14条((控除すべき債務))第1項に規定する確定債務そのものである。
 原処分庁は、「土地明渡合意書」の文言をもって、本件和解金の性格を停止条件付債務であると主張するが、当該合意書は、単に支払時期を明示したものにすぎず、本件和解金の支払義務は本件相続開始の際に確定していたものであるから、当該和解金を債務に当たらないとしてされた原処分は違法である。
(ハ) 相続税の納税猶予額の計算
 原処分においては、相続税の納税猶予額の計算に誤りがある。
(ニ) 以上のとおり、本件更正処分は違法であるからその全部を取り消すべきである。
ロ 過少申告加算税の賦課決定処分について
 上記のとおり、本件更正処分はその全部を取り消すべきであるから、これに伴い過少申告加算税の賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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(2) 原処分庁の主張

 次の理由により、原処分は適法である。
イ 本件更正処分について
 次のとおり、本件更正処分に違法はない。
(イ) 調査手続等
A 納税者の同意を得なければ金融機関の調査を行うことができない旨を定めた法令の規定はないので、請求人の同意を得ないで金融機関を調査しても何ら違法な点はない。
 また、相続財産等を確認するための調査については、Gの承諾を得た上で行っている。
B 平成5年6月18日付のH新聞の記事と原処分とは何ら関係がない。
C 相続税の申告に係る更正通知書に更正の理由を附記しなければならない旨を定めた法令の規定はないので、請求人に対して更正の理由を明らかにしなかったとしても何ら違法な点はない。
D 原処分と請求人の主張する不動産所得の金額の計算とは何ら関係がない。
(ロ) 本件和解金
 相続税法上控除される債務は、相続開始の際、現に存するもので、確実と認められるものに限られる。
 本件和解金は、次の理由により確実と認められる債務に該当しない。
A 平成2年10月23日付で請求人とI社との間で締結された土地明渡合意書においては、被相続人が所有し、同社に賃貸していた本件土地について、I社が立ち退くに当たり、請求人が本件和解金を同社に支払うこととされている。
B 請求人は、平成4年4月29日に本件土地を立ち退いたI社に対し、本件和解金のうち19,700,000円を同年5月1日に支払い、残額300,000円については、同日、本件土地に残されていた同社所有の自家用ガソリンスタンド施設の撤去費用として、同社が請求人に支払うべき300,000円と相殺している。
C したがって、本件和解金は、土地の明渡しを条件に支払を約した停止条件付契約に基づく債務と認められる。
 そうすると、本件相続開始の日である平成2年10月19日現在においては、I社は、本件土地を明け渡していないから、本件和解金の支払義務は生じていないこととなる。
(ハ) 相続税の納税猶予額の計算
 相続税の納税猶予については、租税特別措置法(平成3年法律第16号による改正前のもの。以下「措置法」という。)第70条の6((農地等についての相続税の納税猶予等))第1項において、期限内申告書に係る相続税額に限って適用する旨規定されており、更正等により増加する相続税額について適用することはできない。
 したがって、本件更正処分において、納税猶予税額を申告における額と同額としたことは正当である。
ロ 過少申告加算税の賦課決定処分について
 以上のとおり、本件更正処分は適法であり、また、当該更正により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、当該更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法(以下「通則法」という。)第65条((過少申告加算税))第4項に規定する正当な理由がある場合に該当しないので、同条第1項の規定に基づいて行った過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

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3 判断

(1) 本件更正処分について

イ 調査手続等
 原処分に係る調査手続等に違法があるか否かについて、争いがあるので審理する。
(イ) 請求人は、原処分庁が請求人の承諾を得ないで金融機関調査を行ったのは、正当な行政手続の原則に反すると主張する。
 当審判所が原処分関係資料を調査したところによれば、原処分庁は、本件調査の前に、被相続人及び相続人(以下「被相続人等」という。)の取引があると見込まれる金融機関に対して預貯金等の取引の文書照会をしていることが認められる。
 これについては、質問検査権に基づいて行われる税務調査は、適正な租税負担の実現のために行われるものであるから、申告がない場合又は過少申告の疑いが存する場合のみならず、そのような疑いが当初から明らかでない場合でも、申告の真実性、正確性を確認するためにも行い得るものと解するのが相当であるところ、当審判所の調査によれば、上記の金融機関に対する調査は、納税者の相続税の申告が正しいか否かを確認する必要があって行われたものと認められるから、納税者の承諾を得ないで行ったとしても違法になるものではない。
 また、相続税法第60条((当該職員の質問検査権))第1項に規定する当該職員が、納税者の同意又は承諾を得なければ、被相続人等の取引があると見込まれる金融機関に対して調査を行うことができないとする法令上の規定はないから、いずれにしても、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ロ) 請求人は、本件調査において、請求人が不在であったにもかかわらず、立ち会ったGの承諾も受けずに、寝室等への強制的立入り及び証ひょう類の強制的捜索を行ったのは、質問検査権に係る受忍義務の限度を超えたものであり、違法であると主張するので検討したところ、次のとおりである。
A 請求人、請求人の代理人であるK税理士(以下「K税理士」という。)及び調査担当職員の当審判所に対する答述並びに原処分関係資料によれば、次の事実が認められる。
(A) 本件調査を実施するに先立って、調査担当職員は、請求人宅に臨場する数日前にK税理士に対して、相続税調査のため請求人宅に臨場する旨を電話で連絡したこと。
(B) K税理士は、その連絡を受けてから、請求人宅に電話で連絡したところ、請求人が病気で入院しており、不在であることが分かったが、同税理士と請求人の妻のGがいればよいと判断して調査担当職員と具体的な調査日時の打合せを行い、合意に至ったこと。
(C) 本件調査は、請求人の自宅で平成4年6月17日と翌日の18日の2日間行われ、17日は主にGに対して、また、18日は17日に不在であった被相続人の妻L(以下「L」という。)に対して行われたこと。
(D) Gは、本件調査の初日の平成4年6月17日に、自宅の応接室のテーブルの上に相続税関係の書類等を用意していたこと。
(E) 調査担当職員2名は、上記(D)の書類等を調べた上、Gに「請求人が普段生活している部屋に案内してほしい。」と要請したところ、Gが自ら2階の居室兼寝室に案内し、当該部屋にはG、調査担当職員2名、K税理士の順で入ったこと。
(F) 調査担当職員は、居室兼寝室の中にあった紙箱を廊下に持ち出し、その中の領収証などの書類を調べているが、当該部屋にあったたんすの中や押し入れの中は調べていないこと。
(G) G及びK税理士は、調査担当職員の上記の居室兼寝室への入室及び書類の調査に対して抗議をした事実はないこと。
(H) 翌日の18日の調査においては、Lから相続財産関係について聴取りを行ったこと。
(I) 請求人は、当審判所に対し、同人が不在なのに現況を確認されたことに不満があるが、同人が入院のため不在中に調査が行われたこと自体については、やむを得ないと思っている旨答述していること。
B 上記において認定した事実によれば、次のとおりである。
(A) 上記Aの(A)及び(B)の事実によれば、K税理士は、請求人が不在であったことを承知の上で調査の日時を調査担当職員と打合せの上決定していることが認められ、何ら違法な事実はない。
(B) 上記Aの(E)ないし(G)の事実によれば、Gは、調査担当職員の案内の要請に応じて自ら2階の居室兼寝室に案内しており、承諾があったものと認めるのが相当である。
(C) およそ相続税は財産課税であるところ、課税対象である財産を確認することが相続税調査の本旨であると解すべきであるから、本件調査において、調査担当職員が課税財産である請求人の自宅の現況を確認したことには何ら不合理な点はないというべきである。
 そして、当審判所が調査したところによっても、当該調査に請求人主張の強制的立入り又は強制的捜索とされるような違法な事実は全くなかったことが認められるから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ハ) 請求人は、本件更正処分は、本件調査終了後1年以上も経過してから行われ、かつ、H新聞の記事によれば、平成3年中に申告があった相続税に係る調査は終了したとあるから、当該更正処分は、信義誠実の原則に反するものである旨主張する。
A 当審判所が原処分関係資料を調査したところによれば、本件調査は平成4年6月に行われ、その後、平成5年6月下旬に調査担当職員がK税理士に面談して本件相続税の取扱いについてやりとりがあり、本件更正処分は、同年7月2日付でなされていることが認められる。
B 国税の更正については、通則法第70条((国税の更正、決定等の期間制限))第2項等に規定する場合を除き、原則として同条第1項第1号において法定申告期限から3年を経過した日以降はなし得ない旨規定されているところ、原処分は、上記のとおり、法定申告期限から3年を経過する日までの期間内になされていることが認められるので、何ら違法はない。
 なお、請求人が主張する平成5年6月18日付のH新聞の記事は原処分と何ら関係がないが、ちなみに、当該記事は、M国税局管内の平成4年実施の相続税調査の実績を掲載したものであり、当該記事には、平成3年中に申告があった相続税調査は終了したとの文言はないことが認められる。
 してみると、この点に関する請求人の主張にも理由がない。
(ニ) 請求人は、調査担当職員が本件調査時点においては、本件和解金が債務に該当することを認めていたにもかかわらず、本件更正処分の段階において債務に当たらないとしているのは、処分理由の不当な差替え及び処分理由の附記不十分に該当すると主張する。
A 当審判所に対する調査担当職員の答述及び原処分関係資料によれば、調査担当職員は、平成4年6月末ころ、K税理士に面談して、本件に係る原処分庁の考え方を説明したことがうかがえるが、請求人が主張するような処分理由の差替えがあったと認定するに足る証拠を請求人は提出せず、当審判所が調査したところによってもそのような事実は認められないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
B ところで、本件更正処分に係る通知書の処分の理由欄には「I有限会社に対する未払の和解金は、相続により取得した財産の価額から控除すべき債務に該当しないため」と記載されていることが認められ、これは処分の理由として必要にして十分なものと認めることができる。
 もとより、相続税の更正通知書に更正の理由を附記しなければならない旨を定めた法令の規定はないので、仮に、本件更正処分に係る処分理由の附記が不十分であったとしても、違法ということはできないのであるから、結局、請求人の主張には理由がない。
(ホ) 請求人は、仮に、本件和解金について、債務控除が認められないとしても、原処分庁が当該和解金を請求人の不動産所得の金額の計算上、必要経費として認めなかったのは違法である旨主張するが、原処分は、相続税に係る更正処分であり、所得税の計算とは何ら関係がないから、この点の請求人の主張には理由がない。
 以上により、調査手続等に係る請求人の主張にはいずれも理由がない。
ロ 本件和解金について
 本件和解金が相続により取得した財産の価額から控除すべき債務に該当するかどうかについて争いがあるので、審理する。
(イ) 請求人提出の土地明渡合意書、請求人の答述、原処分関係資料及び当審判所が調査したところによれば、次の事実が認められる。
A 被相続人は、本件土地を昭和45年ころからI社に賃貸していたこと。
B 被相続人とI社との間で、平成2年4月ころから本件土地の賃貸料の値上げないし立退きの交渉が行われていたこと。
C 請求人とI社との間で、本件相続開始の後の平成2年10月23日付で土地明渡合意書が締結され、当該合意書には、I社は平成4年4月末日までに本件土地を明け渡し、また、請求人は、I社の明渡しに伴い同社に本件和解金を支払うことが定められていたこと。
D I社は、平成4年4月29日に本件土地を明け渡し、S市T町××に移転したこと。
E 請求人は、I社に、同年5月1日に本件和解金のうち19,700,000円を支払い、残額300,000円については、同日、本件土地に残されていた同社所有の自家用ガソリンスタンド施設の撤去費用として、同社が請求人に支払うべき300,000円と相殺したこと。
F 本件相続税の課税価格の計算において、本件土地は、I社に貸し付けられているとして、貸宅地として自用地の場合より低額に評価して申告されており、本件更正処分においても当該評価方法及び評価額は相当であるとして認められていること。
(ロ) 以上の事実に基づき、検討したところ、次のとおりである。
A 土地明渡合意書の定めによれば、請求人とI社との間に合意が成立したのは、本件相続開始後であることが認められ、当該合意書の定めによれば、その合意の成立により、請求人は、I社に対して同社の本件土地の明渡しを停止条件とする本件和解金支払債務を負ったものというべきである。
 ところで、相続税法第14条第1項は、控除債務は、確実と認められる債務に限ると規定しており、この確実と認められる債務といい得るためには、相続開始の時点までに当該債務が成立し、かつ、当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していることが必要である。
 本件においては、上記のとおり本件明渡合意書に係る合意の成立そのものが本件相続開始後であり、かつ、前記(イ)のC及びDの認定事実のとおり、I社が本件相続開始の時点までに本件土地を明け渡したと認めることができない以上、本件和解金債務は、本件相続開始の時点における確実と認められる債務には該当しないと解せざるを得ない。
B したがって、本件和解金について債務控除の対象としなかった原処分は相当である。
ハ 相続税の納税猶予額の計算について
 請求人は、原処分においては、相続税の納税猶予額の計算に誤りがあると主張する。
 しかしながら、措置法第70条の6第1項の規定によれば、相続税の納税猶予額は、相続税の期限内申告書において、納税猶予額として適法に算定された額に限られるのであるから、当初の期限内申告書における相続税の納税猶予額を変更しないで行った本件更正処分は相当であり、この点に関する請求人の主張には理由がない。

(2) 過少申告加算税の賦課決定処分について

 上記のとおり、本件更正処分は適法であり、また、更正により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条第4項に規定する正当な理由がある場合に該当しないので、同条第1項の規定に基づいてされた過少申告加算税の賦課決定処分も適法である。

(3) 原処分のその余の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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