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(平6.12.22、裁決事例集No.48 36頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、次表の「確定申告」欄のとおり記載した平成3年分の所得税の確定申告書(以下「本件確定申告書」という。)を、法定申告期限までに原処分庁に提出した。
 その後、請求人は、平成4年9月29日に次表の「更正の請求」欄のとおり記載した平成3年分所得税の更正の請求書を原処分庁に提出したところ、原処分庁は、同年12月18日付で次表の「更正処分」欄のとおり、更正の請求に対する更正処分をした。

(単位:円)
区分
項目
確定申告 更正の請求 更正処分
雑所得の金額(総所得金額) 0 - -
分離長期譲渡所得の金額 10,400,000 0 3,275,000
納付すべき税額 1,966,200 0 441,200

 請求人は、この処分を不服として、平成4年12月28日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成5年3月24日付で異議申立てを棄却する旨の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分について、平成5年4月23日に審査請求をした。

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2 主張

(1) 請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 原処分の前提となった事実関係について
 原処分の前提となった事実関係は、以下に述べるとおりである。
(イ) 昭和61年1月中ころ、有限会社K(以下「K社」という。)の代表取締役L(以下「L」という。)が所在不明になり、同時に、K社の倒産という事態が発生した。
 昭和61年1月末ころ、K社の債権者はK社債権者委員会(以下「債権者委員会」という。)を組織し、K社の債権債務の状況を整理したところ、同社の債務超過額は1億5,000万円を超えていることが明らかとなった。
 なお、K社の債務のうち、金融機関債務の6,000万円については、K社の取締役全員が連帯保証をしていたが、それ以外の債務については、連帯保証又は物上保証は行われていなかった。
(ロ) 請求人は、K社とは何らの取引関係はなく、当然、同社の倒産という事態には関係人のらち外にあったが、Lが請求人の次男であることから、債権者委員会は、請求人に対して、K社の債務の弁済を要求してきた。
(ハ) 請求人には、もとよりその資力がなく、Lの不肖を詫びるのみであったが、債権者委員会はこれに納得せず、昭和61年2月初めころ、次の内容を記載した確認書(以下「本件確認書」という。)に署名なつ印するよう強要した。
1 請求人は、K社が債権者委員会に対して買掛金債務を有していること及び請求人がその支払について1,300万円を限度として、連帯保証人となっていることを確認する。
2 請求人は、債権者委員会に対して、上記1の連帯保証人としての債務を昭和61年12月31日限り支払うこととし、債権者委員会は、その期間その支払を猶予する。ただし、その期間は協議により、伸長又は短縮できる。
3 請求人は、債権者委員会に対して、上記2の債務の支払を担保するため、請求人が所有するP郡R町大字○○字××1310番1の田1,209平方メートル、同所1310番2の田164平方メートル、同所1313番の田580平方メートル及び同所1315番の田1,192平方メートル(以下「本件土地」という。)について、抵当権設定登記と代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を設定する。
4 債権者委員会は、請求人が上記2の期間中に、債務の全額を完済しないときは、債権者委員会の意思表示により、本件土地について代物弁済により本件土地の所有権を取得することができる。
 なお、債権者委員会は、請求人に対して本件土地の価値(適正な交換価値)を超えて、保証債務の支払請求をなさないこととし、本件土地についての抵当権の実行又は代物弁済が終了したときは、請求人に対して回収し得なかったその余の請求権を放棄する。
(ニ) 請求人は、連日にわたる債権者委員会の追及のため、心身とも憔悴の状態となり、本件確認書の趣旨を十分に理解しないまま、これに署名なつ印し、とりあえず同委員会の追及を回避した(ただし、本件確認書には日付がない)。
 したがって、請求人は本件確認書をいわば詫び状と考え、これに署名なつ印したことで、ただちにK社の債務の弁済を約束したものとは認識していなかった。
(ホ) ところが、債権者委員会は、請求人に対し、本件確認書の3により、本件土地について、抵当権設定登記及び代物弁済の予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を行うことを要求してきた。
 ここに至って、請求人は、債権者委員会に対し、請求人とK社とは何らの関係がないこと、同社の債務を請求人が弁済すべき何らの義務もないこと、道義的、常識的範囲において請求人はすでに同社の債務を一部負担していること等を挙げて抗弁し、本件確認書の無効を主張した。
(ヘ) 債権者委員会は、昭和61年8月12日に債権者委員会の代表者M(以下「M」という。)を原告とし、K社及び請求人を被告として、S地方裁判所T支部に本件確認書の法的地位を確定させ、請求人をK社の連帯保証人とする地位の確定判決を求める訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起した。
(ト) 昭和61年9月29日に開催された本件訴訟の第1回口頭弁論において、原告(M)は、K社の倒産以来、被告(請求人)が債権者委員会の席上でLの不肖を詫びた逐一の言質を挙げ、その証書が本件確認書である旨挙証した。
 これに対し、被告は反論挙証を十分にすることができなかった。
(チ) そこで、裁判長は、係争当事者双方に対して和解を勧告したので、係争当事者双方は、第2回以降の口頭弁論を中止することを合意し、和解の協議を行い、その結果を裁判長に提出した。
 裁判長は、これを受けて、次の内容の和解を決定した。
1 請求人は、Mに対し、K社の連帯保証人として、1,200万円の支払義務の存することを認め、昭和61年12月31日限り、持参若しくは送金して支払う。
2 請求人は、Mに対し、上記1の債務を担保するため、本件土地について、Mを権利者とする抵当権設定登記並びに代物弁済の予約を原因とする所有権移転請求権仮登記の手続をする。
3 Mは、請求人が1,200万円を上記1の期限内に完済せず、本件土地に対して、抵当権に基づく競売手続又は代物弁済予約の完結権行使に基づく所有権移転登記手続を了したときは、本件土地の価格を超えた金員(残債務)についてはその請求権を放棄し、請求人に支払を求めない。
4 請求人及びMは、本和解条項に定める以外、何らの債権債務のないことを確認する。
(リ) 請求人は上記(チ)の和解に基づき、和解条項2の仮登記を履行した。
(ヌ) 請求人は、本件土地以外には価値のある資産を有せず、突然に確定したこの債務を支払う能力がなかったため、その弁済期限に完済する目途はまったくなかった。
 そこで、請求人は債権者委員会に対し、当該債務の弁済期限である昭和61年12月31日までに、仮登記済の本件土地を引き渡すことを申し入れたところ、同委員会はこれを了承したので、昭和62年1月1日、 本件土地を同委員会に引き渡した。
ロ 原処分について
 原処分は、次のとおり、重大な事実誤認があり、かつ、国税に関する法律の運用に違法があるから、請求人がした平成3年分の所得税の更正の請求の全部を認めるべきである。
(イ) 確定申告書の適法性
 請求人が平成4年2月24日付で提出したとされている本件確定申告書は、T税務署の納税相談担当者(以下「相談担当者」という。)が請求人に質問しながら一方的に作成したもので、請求人に対し強圧、強要の手段により強引に押印を徴しているものであるから、この申告に基づく納税額は、国税債権として適法に成立していない無効なものである。
 しかも、請求人は、本件確定申告書の撤回ないし取下げを懇請したのに、原処分庁は、これを拒否した。
 また、本件確定申告書の分離長期譲渡所得の金額欄には、10,400,000円と記載されていたが、相談担当者がいかなる課税原因及び計算根拠から当該所得金額を算定したのか、請求人には不明である。
(ロ) 更正の理由附記
 原処分庁は、更正の請求の一部しか認めず、平成3年分の分離長期譲渡所得の金額を3,275,000円とする更正処分を行ったが、更正処分に係る通知書には更正の理由が附記されておらず、請求人は、更正処分の課税原因及びその計算根拠を認識することができなかった。
(ハ) 分離長期譲渡所得の金額
A 本件土地の譲渡所得の帰属年分
 原処分庁は、本件土地を譲渡したのは平成3年中であると認定しているが、これは重大な事実誤認であり、請求人は、平成3年中において、次のとおり、譲渡所得に係る収入金額を得た事実はなく、本件土地は昭和62年中に譲渡したものである。
(A) 請求人は、保証債務の弁済期日である昭和61年12月31日に債務の履行ができなかったため、昭和62年1月1日に本件土地を債権者委員会に引き渡した。
 その後、債権者委員会は、本件土地を処分したものと推認されるが、請求人は関知していない。
 また、所有権移転の手続及び移転登記の日についても、請求人が関知するところではなく、債権者委員会の処分事務に係る当該日付が、本件土地の引渡しの事実に影響を与えるものではない。
(B) 昭和62年以降Mが本件土地の耕作を行っているのは、請求人が本件土地を債権者委員会に引き渡した事実があるからこそ招来したものであるが、請求人は、引き渡した本件土地が同委員会によってどのように管理されようと関知するところではない。
(C) 請求人が本件土地に係る昭和62年以降の固定資産税を負担したのは、本来、債権者委員会に対する立替金にすぎず、その求償権を行使しないからといって問われることではない。
(D) 所得税法では、譲渡資産を相手方へ引き渡した事実をとらえ、その引渡しをした年分において課税関係が生ずるとされているところ、請求人は、本件土地を昭和62年1月1日に相手方へ引き渡しているのであるから、平成3年分の譲渡にはならない。
B 所得税法第64条第2項の適用
 原処分庁は、請求人のした取引は保証債務の履行に係る取引ではないから、所得税法第64条((資産の譲渡代金が回収不能になった場合等の所得計算の特例))第2項を適用することはできないと認定しているが、以下に述べるとおり、これは重大な事実誤認である。
(A) 請求人は、K社の債務につきその連帯保証人たる地位を司法の決定によって課されたのであるから、請求人の債務は保証債務である。
(B) 請求人は、昭和62年1月1日に保証債務を履行するため本件土地を譲渡したが、その履行に伴う請求人の求償権の行使先は、当然、K社以外には存在せず、求償権行使は不能であった。
(C) 本件土地の譲渡に係る譲渡所得は、所得税法第64条第2項の規定によりなかったものとみなされることから、請求人には昭和62年中においても、譲渡所得に係る課税関係は生じていない。
C 所得税法第9条第10号の適用
 所得税法第9条((非課税所得))第10号及び同法施行令第26条((非課税とされる資力喪失による譲渡所得))は、資力喪失により債務弁済に充てるために生じた譲渡所得は、これを非課税とする旨規定している。
 請求人の債務は、同人の責めを原因として生じたものではなく、司法の決定によって課せられた債務であり、いわば偶発的な債務であるが、所得税法第9条第10号にいう債務の範囲に該当する。
 また、本件土地は代物弁済の予約を原因として所有権移転請求権の仮登記が設定されていたものであるから、所得税法施行令第26条にいう強制換価手続の執行は避けられず、そのため、その強制執行者たる債権者委員会へ引き渡したものである。
D 分離長期譲渡所得の金額
 以上のとおり、平成3年分の分離長期譲渡所得の金額は、更正の請求書に記載したとおり零円となる。
 また、請求人は、1譲渡所得に係る収入金額は、同人が上記イの(チ)の和解の決定によって負わされた保証債務の額1,200万円から債権者委員会が放棄した債権の額を控除した額になること、2請求人の受けた債務免除の額は、保証債務の額1,200万円から、同人が本件土地を引き渡した時における債権者委員会の本件土地の受入価額を控除した額になると考えるが、原処分庁は、同委員会の放棄した債権の額又は請求人の受けた債務免除の額について明らかにしないのであるから、原処分庁の認定した収入金額はし意的なものであるといわざるを得ない。
 なお、請求人は、本件については所得税法第64条第2項の適用を当然としているのであるから、本件の譲渡所得に係る収入金額については、請求人の知るところではない。

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(2) 原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 原処分の前提となった事実関係について
 原処分の前提となった事実関係は、以下に述べるとおりである。
(イ) K社は、昭和61年1月末ころに不渡手形を出して倒産していること。
 また、当時、Lも行方不明になっていること。
(ロ) 請求人は、債権者委員会との間で、K社が同委員会に対して有する買掛金債務の弁済について、本件確認書を交わしていること。ただし、本件確認書には日付の記載がないこと。
(ハ) 本件訴訟については、昭和61年9月29日に次の1ないし4を内容とする和解が成立したこと。
1 請求人は、Mに対し、K社の連帯保証人として、1,200万円の支払義務の存することを認め、昭和61年12月31日限り、持参若しくは送金して支払う。
2 請求人は、Mに対し、上記1の債務を担保するため、本件土地について、Mを権利者とする抵当権設定登記並びに代物弁済の予約を原因とする所有権移転請求権仮登記の手続をする。
3 Mは、請求人が1,200万円を上記1の期限内に完済せず、本件土地に対して、抵当権に基づく競売手続又は代物弁済予約の完結権行使に基づく所有権移転登記手続を了したときは、本件土地の価格を超えた金員(残債務)についてはその請求権を放棄し、請求人に支払を求めない。
 請求人及びMは、本和解条項に定める以外、何らの債権債務のないことを確認する。
(ニ) Mは、上記(ハ)の和解条項2に基づいて、昭和61年11月7日に本件土地に対し、昭和61年9月29日を原因日付とする抵当権設定登記及び代物弁済予約契約に基づく所有権移転請求権仮登記の手続(以下「本件代物弁済予約仮登記手続」という。)を行っていること。
(ホ) 請求人は、昭和61年12月31日までに上記(ハ)の和解条項1を履行しなかったこと。
(ヘ) 本件土地は、昭和62年からMが耕作しているが、本件土地に係る固定資産税については、請求人が負担していたこと。
(ト) 債権者委員会は、平成元年8月に本件土地を450万円で処分し、これをK社の債権者に配分していること。
(チ) 債権者委員会は、平成3年3月30日に本件土地に対し、Mを譲受人とする農地法第3条の規定による許可申請書(以下「本件許可申請書」という。)をR町農業委員会へ提出し、同年4月23日付で許可を受けていること。
(リ) Mは、平成3年5月27日に本件土地に対し、平成3年4月23日の代物弁済を原因とする所有権移転登記の手続(以下「本件所有権移転登記手続」という。)を行っていること。
ロ 原処分について
 原処分は、次のとおり正当に行われており、請求人の主張には理由がない。
(イ) 確定申告書の適法性
 請求人は、本件確定申告書に基づく納税額は、国税債権として適法に成立していない無効なものである旨主張する。
 しかしながら、本件確定申告書は、平成4年2月24日にR町中央公民館において相談担当者と面接の上、請求人が平成3年分の確定申告をする旨の自己の意思に基づき署名なつ印をして提出されたものであるから、確定申告書として適法に成立しており、有効である。
(ロ) 更正の理由附記
 更正通知書に更正の理由を附記しなければならないのは、所得税法第155条((青色申告書に係る更正))第2項の規定により、青色申告書に係る更正の場合に限られているから、請求人のように青色申告書以外の申告書に係る更正の場合には、その通知書に更正の理由を附記しなくても何ら違法ではない。
(ハ) 分離長期譲渡所得の金額
A 本件土地の譲渡所得の帰属年分
 請求人は、平成3年中において、譲渡所得に係る収入金額を得た事実がない旨主張する。
 ところで、譲渡所得の金額の計算上、総収入金額に収入すべき時期は、譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日とされており、資産の引渡しとは、譲渡所得の基因となる資産の譲渡について個別に判断することとなっているが、農地法の規定により権利の移転について農業委員会又は都道府県知事の許可を受けなければならない農地等の譲渡あるいは届出をしてする農地等の譲渡については、その許可があった日又は届出の効力が生じた日と農地等の引渡しがあった日とのいずれか遅い日と解されており、ただし、これらの日のうちいずれか早い日又は農地等の譲渡に関する契約が締結された日の年分の総収入金額として申告しても良いものとして扱われている。
 本件土地について、次の事実関係から総合的に判断すると、そのいずれか遅い日は、平成3年4月23日と認められることから、本件土地の譲渡に係る譲渡所得の帰属年分は、平成3年分とするのが相当である。
(A) 本件土地について、Mが上記イの(ハ)の和解に基づく代物弁済予約の完結権を行使したことによる所有権移転登記の原因日付は上記イの(リ)のとおり、平成3年4月23日であること。
(B) 本件土地の農地法第3条の規定による許可申請は、上記イの(チ)のとおり、平成3年3月30日にされ、同年4月23日付で許可を受けていること。
(C) 本件土地の耕作は、昭和62年以降Mが行っているとしても、上記イの(ヘ)のとおり、本件土地に係る固定資産税については、請求人が負担していること。
B 所得税法第64条第2項の適用
 請求人は、昭和62年中に保証債務を履行するために資産を譲渡したが、所得税法第64条第2項の規定によりその譲渡はなかったものとみなされるから、譲渡所得に係る課税関係は生じていない旨主張する。
 ところで、所得税法第64条第2項は、保証債務を履行するために資産を譲渡した場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、その行使ができないこととなった金額を譲渡代金の回収不能等の金額とみなし、当該所得金額の計算上その収入がなかったものとみなす旨規定しているが、その債務の保証をする際に、主たる債務者が既に資力を喪失している状態にあり、保証債務という形式を取っていても、実質的に債務の引受けや贈与と認められるときは、この特例の適用はないものと解されている。
 これを本件土地について、次の事実関係から総合的に判断すると、請求人が主たる債務者であるK社の連帯保証人となった時は、同社に対して求償権の行使ができる状態であったとは認められず、請求人はこの状態を知り得た上で保証したと認められることから、本件土地の譲渡は、所得税法第64条第2項に規定する保証債務を履行するために資産を譲渡した場合に該当しない。
(A) 請求人は、K社が倒産した昭和61年1月末までに同社の連帯保証人になった事実は認められないこと。
(B) K社が倒産した昭和61年1月末当時、Lは行方不明であったと認められること。
(C) 請求人は、昭和61年9月29日に裁判所の勧告に基づいて成立した上記イの(ハ)の和解によって、K社の連帯保証人としての地位が確定していること。ただし、その基となる本件確認書は、債権者委員会と交わされたものであり、その作成の時期は同社の倒産後と認められること。
C 所得税法第9条第10号の適用
 請求人は、原処分の基となった資産の譲渡は、所得税法第9条第10号及び同法施行令第26条の規定により、資力喪失によって債務の弁済に充てるために生じた譲渡所得に該当するから、非課税である旨主張する。
 しかしながら、所得税法第9条第10号の規定により非課税とされる譲渡所得は、資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合における国税通則法第2条((定義))第10号に規定する強制換価手続による資産の譲渡による所得その他これに類するものとして政令で定める所得と規定しているところ、請求人は他に不動産を所有しているなど、資力を喪失した状況とは認められないから、請求人の主張は失当である。
D 分離長期譲渡所得の金額
 分離長期譲渡所得の金額は、本件土地の譲渡価額4,500,000円から、租税特別措置法第31条の4((長期譲渡所得の概算取得費控除))に規定する長期譲渡所得の概算取得費の額225,000円及び同法第31条((長期譲渡所得の課税の特例))第4項に規定する長期譲渡所得の特別控除額1,000,000円を控除して算定すると3,275,000円となり、更正処分に係る分離長期譲渡所得の金額と同額となるから、更正処分は適法であり、請求人の主張には理由がない。

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3 判断

 双方の主張に基づいて調査、審理したところ、次のとおり判断される。

(1) 原処分について

イ 確定申告書の適法性
(イ) 請求人は、本件確定申告書は原処分庁の相談担当者が一方的に作成し、強圧、強要の手段により強引になつ印させて徴したものであるから、無効である旨主張する。
A そこで、当審判所が本件確定申告書の提出時の状況を調査したところ、次のとおりである。
(A) 本件確定申告書は、平成4年2月24日、R町中央公民館の納税相談会場において、相談担当者の指導によって作成され、請求人がこれに自署なつ印した上で提出されたこと。
(B) 相談担当者は、当審判所に対して次の内容の答述をしたこと。
a 請求人は、本件土地は保証債務の弁済のために譲渡したものであり、手元には一円も残っていないので、課税にならないと思っていた旨述べたことを記憶している。
b 請求人に対し、本件土地の譲渡は課税対象になる旨を一通り説明し、最終的には本件確定申告書に署名なつ印してもらったもので、申告書の提出につき、これを請求人に強要したことはない。
c 譲渡所得の計算は、請求人に質問し確認しながら行った。
 なお、収入金額については、請求人が連帯保証人として支払義務を有した1,200万円になる旨説明した。
d 請求人は、税金はかからないものと思っていたらしく、所得金額の計算内容の説明に納得はしていないように見えた。
B そうすると、請求人が平成3年分の所得税の確定申告に当たり、納税を要することに不満を持った事実は認められるものの、相談担当者が本件確定申告書の提出を請求人に強要した事実は認められず、最終的には請求人は自己の意思に基づいて本件確定申告書に自署なつ印した上、これを提出したと認られるから、請求人の主張には理由がない。
(ロ) 次に、請求人は、本件確定申告書の撤回ないし取下げを懇請したのに、原処分庁はこれに応じなかった旨主張する。
 しかしながら、確定申告書の記載内容に過誤がある場合の是正の手続は、国税通則法第23条((更正の請求))第1項の規定による更正の請求を行うのが原則であり、請求人はその是正の手続に従って、平成4年9月29日に更正の請求をしているのであるから、請求人の主張には理由がない。
ロ 更正の理由附記
 請求人は、更正処分に係る通知書には更正の理由が附記されていないため、更正処分の課税原因及びその計算根拠を認識することができなかった旨主張する。
 しかしながら、更正通知書にその処分の理由を附記しなければならないのは、所得税法第155条第2項の規定により、青色申告書に係る更正の場合に限られているところ、請求人は青色申告書を提出する者ではないから、原処分庁が更正通知書に更正の理由を附記しないで更正処分をしたとしても何ら違法ではない。
ハ 分離長期譲渡所得の金額
 請求人は、原処分庁が本件土地の譲渡所得の帰属年分を平成3年としたことは重大な事実誤認であり、正当な帰属年分は昭和62年である旨主張するので、以下審理する。
(イ) 請求人及びMの答述、原処分関係資料、その他当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
A 本件訴訟については、昭和61年9月29日に当事者間で和解が成立し、請求人はK社の連帯保証人として1,200万円の支払義務の存することを認め、昭和61年12月31日までにこれを支払うこととなったこと。
B 債権者委員会は、和解に基づいて、昭和61年11月7日に本件土地に対し、権利者をMとして、本件代物弁済予約仮登記手続を行ったこと。
 なお、権利者をMとしたのは、債権者委員会を代表してのものであること。
C 請求人は、1,200万円の弁済期限である昭和61年12月31日までにその履行をせず、債務の弁済期限の翌日である昭和62年1月1日をもって、本件土地を債権者委員会に引き渡し、同日以降、その処分権は同委員会に属するものと認識していたこと。
D 債権者委員会は、請求人が昭和61年12月31日までに1,200万円を弁済しなったことから、昭和62年1月1日に請求人から本件土地の引渡しを受けたと認識していたこと。
 また、昭和62年春ころからMが本件土地を耕作していたこと。
E 債権者委員会は、平成元年8月ころに本件土地をMほか5名(N、A、B、C及びDの5名をいい、以下「Nら」という。)に総額450万円で譲渡し、この金額を債権者に配分したこと。
 また、本件土地の譲渡価額を450万円としたのは、時価相場が1反につき150万円くらいであり、この価額を参考としたこと。
F Mは、平成3年3月30日にMを譲受人とする本件許可申請書をR町農業委員会に提出し、同年4月23日付でその許可を受けたこと。
 また、譲受人をMとしたのは、Nらの中に農業を行っていない者がおり、農地法第3条の規定による許可を受けることができないと判断したためであること。
G Mは、平成3年5月27日に本件所有権移転登記手続を行ったこと。
H その後、本件土地について、平成3年6月6日に原因を平成3年4月23日売買予約、権利者をNら、各権利者の持分をそれぞれ6分の1とする所有権一部移転請求権仮登記が行なわれていること。
(ロ) ところで、譲渡所得とは、資産の譲渡による所得、すなわち資産の取得時から譲渡時までのその資産の増加益をいい、譲渡所得に対する課税は、その増加益を所得として、その資産の所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のものであり、譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は、譲渡所得の基因となる資産の引渡しがあった日によるものと解されており、また、資産の引渡しがあった日とは、当該資産について売買当事者間で行われる支配の移転の事実、例えば、土地の譲渡の場合には、所有権移転登記に必要な書類等の交付、譲渡代金の収受等の事実に基づいて総合的な見地から判断すべきであると解される。
(ハ) これを本件についてみると、次のとおりである。
A 本件土地については、上記(イ)のAないしEのとおり、1請求人が本件和解によってK社の連帯保証人として1,200万円の支払義務を有し昭和61年12月31日までに支払うこととなったこと、2債権者委員会は、昭和61年11月7日に本件土地について、本件代物弁済予約仮登記手続を行ったこと、3請求人は昭和61年12月31日までに1,200万円を返済できず、その弁済期限の翌日である昭和62年1月1日をもって、本件土地を債権者委員会に引き渡したことになると認識していたこと、4債権者委員会もまた本件土地が当然に同委員会の支配下に属するものと認識し、昭和62年からMが本件土地を耕作していたこと、5債権者委員会は、平成元年8月ころに本件土地を450万円で譲渡し、この金額を債権者に配分したことが認められ、また、請求人は上記4及び5の債権者委員会の行為について何ら異議を申し立てていない。
B 上記事実を総合して判断すると、本件土地の引渡しの日は、本件土地が代物弁済として債権者委員会へ譲渡されたものであることから、請求人が1,200万円を弁済することができなかったことにより、本件土地の実質的な支配・管理が請求人から債権者委員会へ移転したものと認められる弁済期限の翌日である昭和62年1月1日とするのが相当である。
C 原処分庁は、農地法の規定により権利の移転について農業委員会又は都道府県知事の許可を受けなければならない農地等の譲渡については、その許可があった日又は届出の効力が生じた日と農地等の引渡しがあった日とのいずれか遅い日、すなわち、Mが農地法第3条の規定による許可を受けた平成3年4月23日を所有権移転の効力が生ずる日と主張する。
D しかしながら、本件については、1請求人の債務は昭和62年1月1日の代物弁済により消滅し、請求人はその時点で実質的に資産の譲渡による利得を支配・管理することになり、同日をもって、事実上債権者委員会に本件土地を引き渡したものと認められること、2本件許可申請書は、債権者委員会からM及びNらに譲渡があったと認められる日以降において、M及びNらから所有権移転登記手続を行うために提出されたものであると認められることから、農地法第3条の規定による許可を受けた日をもって、本件土地の所有権移転の効力が生ずる日と認定することは相当ではない。
(ニ) したがって、本件土地の譲渡所得に係る総収入金額の収入すべき時期は、農地法所定の手続に関係なく、本件土地の実質的に支配の移転があった時期(本件土地の引渡しの日である昭和62年1月1日)によることから、本件土地の譲渡所得の帰属年分は昭和62年分とするのが相当である。

(2) 以上のとおり、本件土地の譲渡所得の帰属年分は請求人が主張するとおり、昭和62年分とするのが相当であり、これを平成3年分とした原処分は誤りであるから、所得税法第64条第2項の適用等の適否について判断するまでもなく、原処分は、その全部を取り消すべきである。

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