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(平6.7.8、裁決事例集No.48 54頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 Aは、歯科医であったが、平成元年分の所得税の青色の確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して法定申告期限までに申告した。
 これに対し、原処分庁は、平成3年7月9日付で別表1の「更正等」欄のとおり更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び重加算税の賦課決定処分をした。
 Aは、これを不服として、同年8月26日に異議申立てをしたが、異議審理庁は、その後3月を経過してもその申立てに係る決定をしなかったため、国税通則法(以下「通則法」という。)第75条((国税に関する処分についての不服申立て))第5項の規定により、同年11月29日に審査請求をした。
 その後、原処分庁は、同年12月10日付で別表1の「再更正等」欄に記載のとおり再更正処分及び重加算税の額の一部を変更する決定処分をした。
 なお、Aは、平成4年4月7日に死亡したため、通則法第106条((不服申立人の地位の継承))第1項の規定により、同人(以下「被相続人」という。)の相続人である妻M(以下「M」という。)ほか3名(以下「請求人ら」という。)が被相続人の請求人の地位を継承した。

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2 主張

(1) 請求人らの主張

 原処分(平成3年12月10日付でされた再更正処分及び重加算税の額の一部を変更する決定処分により減額された後のもの。以下同じ。)は、次の理由により違法であるから、その一部の取消しを求める。
イ 更正処分について
(イ) 譲渡収入金額について
A 被相続人は、自己の所有するP市R町5丁目12番地の4所在の宅地58.39平方メートル(以下「本件土地」という。)及び同所同番所在の店舗兼共同住宅(家屋番号12番の4)延床面積157.50平方メートル(以下「本件建物」といい、「本件土地」と併せて「本件物件」という。)を平成元年12月22日に、P市S町6ー2ー18ー305のNに57,000,000円で譲渡(以下「本件取引」という。)したが、本件物件の売買契約に当たっては、譲渡価額57,000,000円から5,000,000円を圧縮した後の52,000,000円を売買価格とし、買主をNとした同月14日付の不動産売買契約書(以下「甲契約書」という。)を取り交わした。確定申告に当たっては、この甲契約書に記載の売買価格52,000,000円に、本件物件の預り敷金の額4,040,000円を加算した額56,040,000円が、本件物件の分離短期譲渡所得に係る譲渡収入金額であるとして申告した。
 ところが、原処分庁は、被相続人が本件物件を○○興産(現在は株式会社B、以下「B社」という。)のT(以下「T」という。)に対し88,040,000円で譲渡したとして本件更正処分を行い、その後、平成3年12月10日付で譲渡収入金額を89,040,000円とする再更正処分をした。
 しかしながら、本件更正処分は、次のとおり事実を誤って認定している。
(A) 被相続人は、賃貸していた本件建物の1階店舗の賃借人が、1年以上にわたって家賃を滞納していたこと及び本件物件の周辺の環境が悪化してきたこと等の事情により、平成元年1月ころ、Mの友人の不動産仲介業者であるC株式会社(以下「C社」という。)社長のU(以下「U」という。)に本件物件を60,000,000円で売却するよう仲介依頼していたが、同年10月ころ、Uから本件物件は立地条件等が悪く60,000,000円では高すぎてとても無理であると売買の仲介を断られた。
 また、その際同人から、P市V町2丁目6番地1内所在の宅地約42坪の借地権及び共同住宅(家屋番号6番1の25)延床面積210.75平方メートル(以下、借地権と建物を併せて「本件買換物件」という。)が、50,000,000円で売りに出ているが、買換物件として取得しないかとの話を持ち込んできた。
(B) Mは、被相続人が本件物件との買換えを強く希望したことから、病身の被相続人に代わって平成元年10月ころ、本件買換物件の取得資金を調達するため、自宅の近くで不動産仲介業を経営しているDホームのE(以下「E」という。)に本件物件を60,000,000円で売却するよう仲介を依頼した。
(C) Mは、平成元年11月中旬ころ、DホームのEから本件物件を52,000,000円で買い入れしたい旨の買主が見つかったとの連絡を受けたが、当初の売買希望価格60,000,000円との開差額が大きいことから5,000,000円を上乗せするよう再度依頼したところ、その後、Eから買主もこれを了解した旨の再連絡を受けたので、数日後、Dホームの事務所でB社の者から本件物件の買主Nの妻を紹介された。
(D) Mは、被相続人に上記(C)の売買の経緯を相談したところ、被相続人もこれを承諾したことから本件物件を57,000,000円で売買することに買主側と合意した。
(E) 本件物件の譲渡に係る売買契約は、平成元年12月14日、Dホームの事務所で、Eが同席の下で売主側はM、買主側は買主の代理人として来ていたB社の従業員F(以下「F」という。)との間で甲契約書を取り交わし、Mは現金200,000円と小切手5,000,000円の合計金額5,200,000円を手付金として受領し、そのうち小切手5,000,000円は、G銀行△△支店の被相続人名義の普通預金口座に入金した。
 なお、Mが甲契約書の売主欄に署名、なつ印する前に、買主欄にはNの住所及び氏名がゴム判で押印され、そして売買価格欄には52,000,000円と記載されていた。
(F) 本件物件の譲渡に係る残代金の決済は、平成元年12月22日、B社の事務所で、売主側はMとDホームのEが買主側はNと名のる人物とF、それに司法書士が同席して行われ、Mは、DホームのEが買主側から受領した現金6,800,000円と小切手45,000,000円の合計金額51,800,000円を受け取った後、本件物件に係る登記権利証書をEを通じて買主側に渡した。
 なお、Mは、本件物件の代金決済終了後前記(A)の本件買換物件の代金決済を予定していたことからMに同行していたC社の従業員のHへ当該小切手45,000,000円を預けた。
(G) Mは、上記の代金決済終了後、C社の事務所でIから前記(A)の本件買換物件を50,000,000円で譲り受ける旨の平成元年12月22日付の不動産売買契約書を取り交わし、本件物件の売買代金から本件買換物件の代金決済をした。
B 本件取引の経緯は前記Aのとおりであり、被相続人は、Nに対して本件物件を57,000,000円で譲渡したものであって、原処分庁が認定したような事実はない。
 なお、被相続人は、本件物件をNに譲渡する際、本件物件の賃借人から預かっている敷金4,040,000円のうち本件取引前に退居した賃借人の預り敷金2,400,000円を除いた1,640,000円を同人へ引き継いでいるので、本件取引の売買価格57,000,000円に預り敷金の額1,640,000円を加算した58,640,000円が、被相続人の分離短期譲渡所得に係る譲渡収入金額である。
C 以上のことから、本件物件の譲渡に係る被相続人の分離短期譲渡所得の金額は、別表2の「請求人主張額」欄に記載のとおり6,056,674円である。
(ロ) 扶養控除について
 被相続人は、平成元年分の確定申告において、繰越純損失により納付すべき税額がないことから、扶養控除の対象となるJ(長女)、K(次女)及びL(三女)を確定申告書の扶養控除欄に記載をしていなかった。
 したがって、仮に、譲渡収入金額が原処分庁の主張のとおりであったとしても、上記のJ、K、Lは、被相続人の扶養親族であることから、これらの者に係る扶養控除を認めるべきである。
ロ 重加算税の賦課決定処分について
 前記イとおり、本件更正処分は違法であり、その一部を取り消すべきであるから、重加算税の賦課決定処分もその一部を取り消すべきである。

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(2) 原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により違法である。
イ 更正処分について
(イ) 譲渡収入金額について
A 被相続人は、次の事実から、本件物件をB社のTに85,000,000円で譲渡したものである。
(A) 本件物件の譲渡については、病身の被相続人の意向を受けた同人の妻Mがすべてを行っている。
(B) DホームのEは、Mから本件物件を当初80,000,000円で売却するよう仲介依頼を受けたが、その後、5,000,000円の上乗せを再度依頼され、かねてから面識のあったB社のFに本件物件を85,000,000円で売ることを依頼したところ、同人の仲介により本件物件をNに85,000,000円で売る契約が成立したが、不動産売買契約の締結に当たっては売買価格を52,000,000円に圧縮した甲契約書を作成した旨申述している。
(C) また、B社のFの申述によれば、Mは、本件物件を譲渡する際の条件として、DホームのEを通じ本件物件の当初売値は80,000,000円であったが、その後さらに、当初の売買価格に5,000,000円上乗せして売買価格を85,000,000円にし、そして、税金対策上、被相続人の譲渡利益を圧縮するために被相続人と買主Nとの間の本件物件の不動産売買契約書の売買価格を52,000,000円に圧縮することを依頼した。
(D) B社のTは、株式会社V(以下「V社」という。)のW(以下「W」という。)に本件物件の仲介を依頼し、Wの仲介でX株式会社(以下「X社」という。)に本件物件を92,000,000円で転売する話がまとまり、B社のTとX社との間で、売主をN、買主をX社、売買価格を92,000,000円とする不動産売買契約書(以下「乙契約書」という。)を取り交わした。
(E) B社のFが作成している平成元年12月分の歩合給明細メモ(以下「Fメモ」という。)によれば、本件物件の買価85,000,000円、売価92,000,000円と記載されていることから、B社の本件物件の譲渡に係る中間転売差益金額は、7,000,000円であると認められる。
(F) Mは、本件物件の売買代金として、平成元年12月14日にDホームの事務所で手付金を保証小切手で5,000,000円、同月22日にB社の事務所で残代金として現金35,000,000円及び保証小切手45,000,000円、合計金額85,000,000円を買主の代理人Fから受領している。
(G) 被相続人は、本件物件の譲渡に係る譲渡収入金額は甲契約書に記載している売買価格52,000,000円と預り敷金の額4,040,000円との合計額56,040,000円であるとして確定申告をしている。
B 以上のことから、被相続人は本件物件をB社のTに85,000,000円で譲渡したものであり、甲契約書は真実と異なる買主及び売買価格を記載した架空の契約書である。
 そうすると、被相続人の本件物件の譲渡に係る譲渡収入金額は、85,000,000円と買主に引き継がれた預り敷金の額4,040,000円を合計した89,040,000円である。
(ロ) 分離短期譲渡所得の金額等について
 被相続人の平成元年分の分離短期譲渡所得の金額は、本件物件の譲渡に係る譲渡収入金額89,040,000円から本件物件に係る取得費50,942,726円及び譲渡費用1,640,600円を控除して計算すると、別表2の「原処分庁主張額」欄のとおり36,456,674円となり、これに対する税額は12,678,600円となる。
(ハ) 扶養控除について
 被相続人が主張するJほか2名の扶養控除については、被相続人が提出した平成元年分の所得税の確定申告書の扶養控除欄に記載されておらず、また、異議申立てにおいても主張していないことから、本件更正処分及び原処分において扶養控除は認容していない。
ロ 重加算税の賦課決定処分について
 本件更正処分を維持する部分の重加算税の賦課決定処分については、被相続人は前記イのとおり税額等の計算の基礎となる事実を隠ぺいし又は仮装し、それに基づいて平成元年分の所得税の確定申告書を提出したものと認められる。
 したがって、当該事実は通則法第68条((重加算税))第1項に規定する国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときに該当するため、同条同項の規定に基づいて行った重加算税の賦課決定処分は適法である。

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3 判断

(1) 更正処分について

 主たる争点は、本件物件の譲渡収入金額がいくらであるかにあるので、以下検討する。
 なお、本件は、取引関係者が多数であるものの、その答述は相互に大きな食い違いがあり、かつ、物的証拠が乏しいので、各関係人の答述を詳細に吟味検討する必要がある。
イ 譲渡収入金額について
(イ) 次のことについては、当事者間に争いがなく、当審判所の調査の結果によっても、その事実が認められる。
A 本件物件の譲渡については、売主を被相続人、買主をN、売買価格を52,000,000円とする甲契約書が存在すること。
B 甲契約書は、平成元年12月14日にDホームの事務所で作成されたが、本件物件に係る残代金の決済及び引渡しは、同月22日にTの経営するB社の事務所において行われたこと。
C 本件物件は、平成元年12月22日に被相続人からX社に対し、売買を原因として所有権移転登記がされていること。
D 被相続人は、本件物件に係る譲渡代金を原資として、平成元年12月22日にIから50,000,000円で本件買換物件を取得していること。
(ロ) 原処分関係資料並びに当審判所の調査の結果によれば、各取引関係者の答述等は以下のとおりである。
A Mの答述
(A) 被相続人は、本件建物の賃借人が1年以上にわたって家賃を滞納していたこと等から、本件物件の取得価格(約50,000,000円)以上であれば売却してもよいと希望していた。
(B) Mは、病身の被相続人に代わって平成元年1月ころ、長年の友人であり以前にも収益物件の紹介を受けて取得したこともあるC社のUに、本件物件を60,000,000円で売却の仲介依頼をしていたが、平成元年10月ころ、同人から60,000,000円では高すぎて売れないと仲介を断られた。
 また、その時、同人から50,000,000円程度で取得できる買換物件の紹介を受けた。
(C) Mは、Uから売買の仲介を断られたことや本件買換物件の取得資金を調達するために、自宅の近くで不動産仲介業を経営しているDホームのEに本件物件を60,000,000円で売却の仲介を依頼した。
(D) Mは、平成元年11月ころDホームのEから、本件物件を52,000,000円であれば買いたいという人がいるとの連絡を受けたが、当初の売却希望価格との開差が大きいため5,000,000円の上乗せをEを通じて依頼したところ、先方もこれを了解したとの再連絡を受けた。
 そして、Mは売買契約の締結前にDホームの事務所で、EからB社のTとF、それに本件物件の買主であるNの妻と名のる女性を紹介された。
(E) 売買契約は、平成元年12月14日にDホームの事務所でM、E及び買主の代理人であるB社のFが同席して、本件物件に係る甲契約書を取り交わし、手付金としてY銀行本店振出しの保証小切手5,000,000円と現金200,000円の合計5,200,000円をB社のFから受領したが、保証小切手は、G銀行△△支店の被相続人名義の普通預金口座に入金した。
 残代金の決済は、DホームのEからの連絡によりB社の事務所で行われ、残代金としてMは小切手45,000,000円と現金6,800,000円の合計51,800,000円を受領した。
(F) 甲契約書に記載されている売買価格は、買主の当初の買入希望価格である52,000,000円となっているが、実際の売買価格は5,000,000円を上乗せした後の57,000,000円であり、この他に、賃借人からの預り敷金1,640,000円を買主が引き継いでくれたので、本件物件の譲渡収入金額は58,640,000円である。
B B社のFの答述
 X社のZ社長は、乙契約書に係る決済代金をY銀行××支店振出しの保証小切手45,000,000円と現金43,000,000円で乙契約書上の売主Nなる人物に支払い、Nなる人物は、同決済代金から保証小切手45,000,000円と現金34,800,000円を甲契約書に係る決済代金としてMに支払っていること。
C 本件物件の中間譲受人Nなる人物は、甲契約書及び乙契約書に記載された住所地(P市S町6ー2ー18ー305)に居住しておらず、また、P市役所にも住民登録がなく、その所在が不明であること。
 なお、上記住所地には、B社の従業員Gなる人物が平成2年ころまで居住していたこと。
D B社のTは、本件取引以外の不動産売買取引にもN名義を使用していること。
 そして、前記Aの(E)の本件物件に係る手付金としてFがMに支払ったY銀行本店振出しの保証小切手5,000,000円は、Tが本件取引以外の不動産売買取引をN名義を使用して受領したものであること。
E 本件物件のうち、本件建物は賃貸し、賃借人と不動産賃貸借契約を継続中であるが、甲契約書及び乙契約書には、本件建物の賃貸権の継承関係についての特約事項の記載がないこと。
F C社のUの答述
(A) Mに本件買換物件を紹介したかなり以前に、Mから本件物件を60,000,000円ほどで売買するよう仲介依頼を受けた。
(B) その後、UはMに同行して本件物件の現場確認をしたところ、1本件建物は建築後かなり経過していること、2本件建物の前の道幅が狭く、かつ、交通も不便であることから、Mに50,000,000円でも売れないと説明した。
(C) Uは、Mに本件買換物件を紹介するに当たり、Mを同行して本件買換物件の現場確認をさせたが、その際Uは、本件買換物件でも50,000,000円で売りに出ているのに本件物件が60,000,000円では、とても高すぎて無理であると再度説明した。
(D) その後、本件物件が最終的に92,000,000円で転売されたことを聞いたが、そのような価値があるとは考えられず、私にはとても仲介はできないし、また、そのような取引は考えられない。
G  DホームのEの答述
(A) Mから売却依頼を受けた際、Mの売買希望価格について第1回目の答述は、はっきりと覚えていない旨を、第2回目は、今まで店頭に掲載していた80,000,000円という金額を忘れていたが確かに80,000,000円で仲介した旨を、第3回目は、はっきりと覚えていない旨を、第4回目は、奥さんからの具体的な売却依頼価格の指示はあったが、はっきりと覚えていない旨を述べている。
(B) 5,000,000円の上乗せについて第2回目の答述は、売買交渉の途中でMから、あと5,000,000円上乗せして売ってくれと言われた旨を、第3回目は、当初売買希望価格に5,000,000円上乗せしてくれるよう再依頼を受けたことをよく覚えている旨を、第4回目は、奥さんの当初の希望価格で買主と話がまとまったところ、5,000,000円上乗せするよう再依頼があったことをよく覚えている旨を述べている。
(C) 売買価格について第1回目の答述は、70,000,000円台であった旨を、第2回目は、売主の意向をFに話したところ85,000,000円で了解してもらい売買金額が決まった旨を、第3回目は、奥さんから依頼を受けて実際の譲渡価格を30,000,000円ほど圧縮して売買契約書を作成している旨を、第4回目は、実際の譲渡価格は当初の希望価格プラス5,000,000円であり、また、当初の希望価格はよく覚えていないが75,000,000円ないし80,000,000円くらいであった旨を述べている。
(D) 残代金の決済時の状況についての第1回目の答述は、奥さんの横に座っていたが残金をいくら奥さんがもらったか覚えていない旨を、第3回目は、代金決済は小切手と現金でされたと思うが、多額の現金を見たことはなく、奥さんが圧縮代金を受け取ったかどうかわからない旨を、第4回目は、残代金の決済の時には、私は奥さんの横に座っていたが、奥さんは、代金決済終了後、受領した圧縮代金である多額の札束を紙包みに入れて持ち帰ったことを覚えている旨を述べている。
H B社のFは、原処分庁に対して、本件物件の買価は85,000,000円で売価は92,000,000円であるとする内容のFメモを提出していること。
 なお、当審判所では、上記Fメモの内容及び提出に至った経緯について、再度、同人を調査しようとしたが、同人はB社を退職しておりその後の所在が不明であるのでそれを果たすことはできなかった。
I B社の従業員であり、かつ、本件取引の営業担当者であるFの答述
(A) 平成元年11月ころ、Dホームに業者回りで立ち寄った際に、Eから本件物件が80,000,000円で売りに出ているとの情報を得た。
(B) 本件物件の売主の売買条件等を確認してすぐに買主を探したところ、売主の依頼を受けたEから当初の売買希望価格に5,000,000円を上乗せするよう再依頼があったが、本件物件の売却情報を確認した段階から、中間省略取引を考えていたので、本件物件を85,000,000円で買うことに合意した。
(C) 本件物件の売買契約に当たっては、売主の依頼を受けたEから、実際の売買価格を圧縮した売買契約書を作成するよう依頼されたので甲契約書を作成した。
(D) 本件物件の実際の買主はB社のTであるが、Eから税金対策上売買価格を圧縮するよう依頼されたので、Tと相談の上売主に中間省略取引でないことを仮装するために、Tが他の不動産取引で使用していたN名義を契約書上の中間譲受人として介在させた。
 したがって、本件物件の売買にはNなる人物は関与しておらず、また、Nは架空の人物でありN役を演じたのはB社の従業員O某である。
(E) 本件物件は、B社のTが被相続人から85,000,000円で買い、すぐにX社に92,000,000円で転売したものであり、B社が中間転売差益金額7,000,000円を、被相続人が残額33,000,000円を譲渡圧縮代金として受け取っている。
J B社のTの答述
(A) 甲契約書は、当社の本件取引に係る営業担当者であったFが事前に用意し、Dホームの事務所で売主の奥さん、E、私、F、買主Nの妻と称する女性の立会いの下に作成したものである。
(B) 乙契約書は、売主の奥さんから譲渡価格の圧縮の依頼を受けたので、FとV社のWがすべての段取りをつけて本件物件の売買の中間にダミーとしてNを介在させ、最終譲受人X社との間で作成したものである。
 しかしながら、私が直接、譲渡価額の圧縮工作をしたものでなく、Fが中心となって行い、私はFから仲介の報酬として二百数拾万円を受け取った。
(C) 甲契約書及び乙契約書に押されているNのゴム印は、当時、当社にあったものをFが使用したものと思う。
 なお、Nとは、売買代金の決済の時に初めて合っただけであり、Nが本人かどうかは同人を連れてきたFが知っていると思う。
K 当審判所のX社の調査結果
(A) X社は、V社のWの仲介により、乙契約書に記載のとおり本件物件を売買価格92,000,000円で取得していること。
(B) X社の会計帳簿によれば、本件物件の取得代金を乙契約書上の売主Nなる人物に対して次表のとおり支払っていること。

(単位:円)
区分 支払年月日 支払方法 支払金額
手付金 平成元年12月14日 現金 4,000,000
残代金 平成元年12月22日 小切手 45,000,000
平成元年12月22日 現金 43,000,000
合計 92,000,000

(C) X社が売主から引き継いでいる本件物件に係る預り敷金の額は1,640,000円であること。
(ハ)上記(イ)及び(ロ)の各事実を総合すると、次のとおり判断される。
A Mが、本件物件の売却をDホームのEに依頼してから、売買交渉の過程、甲契約書及び乙契約書の作成並びに両契約書に基づく売買代金の最終決済が終了するまでの間に、主要な役割を果たしたのはB社のT及び本件取引に係るB社の営業担当者であったFであることが認められる。
B DホームのEは、本件物件の売主側(被相続人)の仲介業者であるにもかかわらず、上記(ロ)のIのとおり、Mの当初の売買希望価格、売買価格及び代金決済の状況等のいずれについても、あいまい、かつ、一貫性を欠く答述をしており、しかも甲契約書に記載の買主Nとは最終売買代金の決済の時まで面識がなく、また、最終売買代金の決済場所はDホームの事務所ではなくB社の事務所で行われるなど、B社のT及びFの意向を受けて行動していると認められ、その答述は採用できない。
C Mが、本件物件の売買が成立するまでの間に5,000,000円の上乗せを要求し、その結果5,000,000円を上乗せした後の金額で売買が成立したことについては、M、DホームのE及びB社のFの各答述とも一致するところであるが、上乗せする前の金額については、Mは買主の当初の買入希望価格52,000,000円である旨を、一方、FはMの当初の売却希望価格80,000,000円である旨を答述している。
D 本件物件に係るMの当初の売買希望価格については、B社のFのみが80,000,000円であった旨を明確に答述しているところであるが、同人は前記(ロ)のIの(D)のとおり本件取引を仮装するため、N名義を使用して中間譲受人として介在させたり、その後、職を転々とし現在所在不明であるなど、その行動にも不審が見受けられ同人の答述は信ぴょう性を欠くもので採用することはできない。むしろ、Mが本件物件を売却するに至った経緯及びC社のUの答述を考え併せれば、Mが答述する60,000,000円であったとみるのが自然であり、その答述内容は具体的であり、かつ、真実性が認められる。
E 甲契約書に記載されているNは、前記(ロ)のC、D、Iの(D)及びJの(B)の各事実から少なくとも本件物件の中間譲受人ではないと認められる。
F 本件物件の売買価格は、B社のFの答述及び同人が提出したFメモによれば85,000,000円であるが、買主が売買代金の決済時にこれを支払ったとする領収書等の証拠書類は何ら存在せず、また、当該売買代金の決済時に立ち会ったF以外の取引関係者も85,000,000円であったとする明確な答述がない。
 Fメモによれば、「物件名」欄にR町、「売価」欄に92,000,000、「買価」欄に85,000,000と記載されているものの、上記で記載した事情に照らせば直ちに本件物件に係る真正な売買取引の記録であるとは言い難い。また、Fメモの余白に「原本に相違ない事を証明します」旨F名の署名、なつ印があるが、これがB社が日常的に記録管理している帳簿書類の写しであるとさえ確認できないことから、本件取引を立証すべき証拠としては採用できない。
G 最終譲受人であるX社は、本件物件を92,000,000円で取得し、これ以外に中間譲受人から本件物件に係る預り敷金の額1,640,000円を引き継いでいること。
(ニ) 以上のことから、請求人らは、本件物件はNに譲渡した旨主張するが、前記(ロ)のC、D、Iの(D)及びJの(B)の各事実から本件物件の実際の中間譲受人はB社のTであり、甲契約書に記載されている買主NはTがこれを仮装するために使用した架空の人物であると認定するのが相当である。
 したがって、請求人らの主張は、やむを得ないというべきである。
 また、本件物件の売買価格については、請求人らは57,000,000円である旨を、一方、原処分庁は85,000,000円である旨をそれぞれ主張しているが、その主張の根拠としているのはいずれも証拠書類等に基づくものでなく、上記(ハ)のCのとおり売買交渉の途中で5,000,000円の上乗せがあったことは双方ともこれを認めるものの、上乗せする前の金額につき、請求人らは買主の当初の買入希望価格が52,000,000円であったことを、一方、原処分庁は、Mの当初の売却希望価格が80,000,000円であったことを根拠としている。
 しかし、80,000,000円である旨の主たる根拠は、Fの答述等によるものであり、これが採用できないことは前記(ハ)のD及びFで記載したとおりである。
 ところで、一般顧客が不動産を売却する場合、最初から売主の売却希望価格が買主の買入希望価格と一致して売買が成立するのは極めてまれであり、通常は、売主と買主とのそれぞれの希望価格には開差が見られ、売買交渉の過程で売買価格が決定されるのが一般的である。
 これを本件についてみると、前記(ハ)のDのとおり、Mの当初の売買希望価格は60,000,000円であったと認められ、MはC社のUから60,000,000円での売却を断られた後、直ちに、本件買換物件の取得資金を調達するために、DホームのEに60,000,000円で売買の仲介を依頼し、同人はこれを同業者仲間で面識のあるB社のFに売却情報を教えた。B社のTは、Fからこの情報を聞き本件物件を中間省略の上転売することを考え、V社のWを通じて転売先である最終譲受人のX社と売買交渉を行う一方、DホームのEを通じてMに、本件物件の当初の買入希望価格(52,000,000円であったかどうかの物証はないが、Mの売買希望価格60,000,000円よりは下回る価格)で買入希望を行ったところ、Mがさらに5,000,000円の上乗せを要求してきたので、これを最終的に承諾したものと推認される。
 そうすると、B社のTの買入希望価格が、52,000,000円であったか、それともそれ以上の金額であったかを確認する証拠資料はないが、少なくともMが答述し、かつ、甲契約書に記載されている52,000,000円に5,000,000円を上乗せした57,000,000円が本件物件の売買価格であると認定せざるを得ない。
 なお、原処分庁は、本件物件の譲渡に伴って買主に引き継がれた本件建物の預り敷金の額は4,040,000円であると主張するが、当審判所が調査したところによれば、買主に引き継がれた預り敷金の額は1,640,000円であると認められる。
 以上のことから、本件物件の譲渡に係る被相続人の譲渡収入金額は、本件物件の売買価格57,000,000円に買主に引き継がれた預り敷金の額1,640,000円を加算した58,640,000円であると認定せざるを得ない。
ロ 分離短期譲渡所得の金額について
 前記イの認定のとおり、本件物件に係る譲渡収入金額は58,640,000円であるところ、これと当事者双方に争いがなく当審判所の調査によっても相当と認められる取得費及び譲渡費用を基に、被相続人の平成元年分の分離短期譲渡所得の金額を算定すると別表2の「審判所認定額」欄のとおり6,056,674円となる。
 したがって、分離短期譲渡所得の金額が上記金額を上回ってされた本件更正処分は、その一部を取り消すのが相当である。
ハ 扶養控除について
 請求人らは、被相続人には、J、K及びLの3人の扶養親族がいるが、被相続人が平成元年分の確定申告において、繰越純損失により納付すべき税額がないことから、確定申告書の扶養控除欄に記載しなかったものであるので、これらの者に係る扶養控除を認めるべきである旨主張するので、以下検討する。
(イ) 所得税法第84条((扶養控除))第1項は、居住者が扶養親族を有する場合には、その居住者のその年分の総所得金額から、その扶養親族1人につき350,000円(その者が特定扶養親族である場合には450,000円)を控除する旨規定している。
 また、所得税法第2条((定義))第1項第34号は、扶養親族について、居住者の親族(その居住者の配偶者を除く)でその居住者と生計を一にするもの(第57条第1項に規定する青色事業専従者に該当するもので同項に規定する給与の支払を受けるもの及び同条第3項に規定する事業専従者に該当するものを除く。)のうち、合計所得金額350,000円以下である者をいうと規定し、同条同項第34号の2は、特定扶養親族について、扶養親族のうち年齢16歳以上23歳未満の者をいうと規定している。
(ロ) そこで、上記の被相続人のJほか2名が被相続人の扶養親族に該当するか否かについて当審判所が調査したところ、Jほか2名は被相続人と生計を一にする所得を有しない者で、かつ、年齢16歳以上23歳未満の者に該当するので、いずれも特定扶養親族に該当することとなり、扶養控除額として1,350,000円を所得金額から控除するのが相当である。

(2) 重加算税の賦課決定処分について

 以上のとおり本件更正処分は、(1)のロのとおりその一部を取り消すのが相当であり、これに伴い重加算税の計算の基礎となる税額がなくなることからその全部を取り消すべきである。

(3) 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、また、当審判所に提出された証拠書類等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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