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(平6.11.25、裁決事例集No.48 100頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 本件審査請求に至る経緯は、次のとおりである。

(1) 更正の請求に至る経緯

イ 審査請求人(以下「請求人」という。)は、会社員であるが、平成2年10月26日、同人が所有するP市R町3丁目41番及び同42番所在の宅地合計370.24平方メートル(以下「本件土地」という。)をS市T町4丁目6番29号に居住するA(以下「A」という。)に譲渡したとして、平成2年分の所得税の確定申告書(分離課税用)に分離課税の長期譲渡所得(以下「本件譲渡所得」という。)の金額等を別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに提出した。
ロ 請求人は、代金の回収不能を理由として、平成3年6月12日に別表1の「第1次更正の請求」欄に記載のとおり、更正の請求をした。その後、請求人は更に売買契約を詐欺を理由に取り消したとして、平成4年4月4日に別表1の「第2次更正の請求」欄に記載のとおり、更正の請求をした。

(2) 原処分及び不服申立てに至る経緯

イ 原処分庁は、上記各更正の請求に対して、平成4年4月16日付で、更正をすべき理由がない旨の通知をした。
ロ 請求人は、上記の原処分に不服があるとして、平成4年6月1日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は同年8月28日付で別表1の「異議決定」欄に記載のとおり、原処分の一部を取り消す決定をした。
ハ 請求人は、平成4年9月25日、異議決定を経た後の原処分について不服があるとして、本件審査請求をした。
(なお、前記平成4年4月4日付の更正の請求は、期限徒過後にされたものであるから本来不適法なものであるが、原処分庁提出書類によれば、原処分庁及び異議審理庁は特に期限徒過の点は触れず、実体につき審理し判断したと認められること、当審査請求における原処分庁の答弁書においても、上記更正の請求を平成3年6月12日付更正の請求の理由の追加として扱い、実体的な理由で棄却を求めていることに照らせば、権利救済機関たる当審判所において、期限徒過を理由として平成4年4月4日付更正の請求を不適法とすることは相当でないと認めた。)

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2 主張

(1) 請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部又は一部の取消しを求める。
イ 売買契約の取消しに係る主張
(イ) 請求人は、平成2年3月18日にAとの間で本件土地を179,200,000円で売買する旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同日、Aから手付金(以下「本件手付金」という。)として17,920,000円を受領した。
 その後、請求人とAは、平成2年10月25日、代金を150,000,000円に変更し、翌26日に請求人はAに所有権移転登記手続に必要な書類を交付したが、Aは残代金を支払う意思も能力もないのに、これがあるかのように装い、残代金の支払としてAが代表取締役となっていた株式会社B(以下「B社」という。)振出しの白地小切手を交付し、その後、この小切手は不渡りとなった。
 そこで、請求人は、平成3年6月18日到達の売買取消通告書(以下「本件通告書」という。)で、Aの詐欺を理由に本件売買契約を取り消す旨の意思表示をした。
(ロ) したがって、本件売買契約は取り消されたものであるから、課税原因である本件譲渡所得が生じる余地はない。
ロ 非課税所得に係る主張
(イ) 上記イの(イ)のとおり、請求人は、本件売買契約を取り消し、原状回復を求めたが、本件土地は、既に、Aから第三者であるC株式会社(以下「C社」という。)に転売され、取り戻すことができない状況となったため、平成3年12月4日U地方裁判所にAを被告とする損害賠償等請求事件を提訴(平成3年(ワ)第○○号損害賠償等請求事件、以下「本件損害賠償等請求事件」という。)した。その後、平成4年4月30日にAに対して不法行為に基づく損害賠償として売買残代金相当額132,080,000円(売買代金150,000,000円-手付金17,920,000円)を請求人に支払えとの判決があり、同判決は確定した。
(ロ) 上記確定判決による損害賠償請求権(以下「本件損害賠償請求権」という。)は、本件土地に加えられた不法行為に基づく損害につき支払を受ける損害賠償金であるから、所得税法第9条((非課税所得))第1項第16号に規定する非課税所得に該当する。
ハ 一時所得に係る主張
 仮に、上記ロの主張が認められないとしても、本件損害賠償請求権を得たことによる所得は、その発生形態が一時的、偶発的であり、資産の譲渡の対価性を有しないものであるから、所得税法第34条((一時所得))に規定する一時所得に該当する。同所得の総収入金額の収入すべき時期は、その支払を受けた日によるとされているところ(所得税法基本通達36ー13)、本件損害賠償請求権はいまだ弁済されていないから、平成2年分の総収入金額に算入すべき金額は、本件手付金17,920,000円のみである。したがって、一時所得の金額は次の算式のとおり8,262,000円である。

(算式) 1総収入金額 17,920,000円
  2取得費相当額(1×5%) 896,000円
  3特別控除額 500,000円
   ( 123 )× 1/2 = 8,262,000円

ニ 譲渡代金の回収不能に係る主張
(イ)仮に前記イ、ロ及びハの主張が認められないとしても、Aには強制執行をなすべき資産もなく、また、同人は詐欺罪で実刑判決を受けており、服役中である。
(ロ)したがって、本件譲渡所得の金額の計算に当たって所得税法第64条((資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例))第1項の規定を適用すべきであり、譲渡所得金額は次の算式のとおり9,420,000円となる。

(算式) 1譲渡収入額 150,000,000円
  2回収不能額 132,080,000円
  3取得価額 7,500,000円
  3特別控除額 1,000,000円
   1234= 9,420,000円

(2) 原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法である。
イ 本件売買契約の取消しに係る主張
 請求人は、本件土地の所有権を失ったが、譲渡代金の未回収相当部分についてはその代償として本件損害賠償請求権(金銭債権)を取得したのであるから、このことは実質的に本件土地を有償譲渡した場合と同様である。
 したがって、譲渡所得が発生しなかったとはいえない。
ロ 非課税所得に係る主張
 所得税法第9条第1項第16号に規定する非課税所得に該当するのは、損害保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含む。)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払を受ける相当の見舞金等であるところ、本件損害賠償請求権は、実質的には本件土地の譲渡の対価と認められることから、非課税所得には該当しない。
ハ 一時所得に係る主張
 本件損害賠償請求権は代金の未回収相当部分であり、資産の譲渡の対価に相当するものであるから譲渡所得に該当し、一時所得には該当しない。
ニ 譲渡代金の回収不能に係る主張
 所得税法において回収不能であるというためには、債務者(買主)の債務超過の状態が相当期間継続し、その貸金等(未収譲渡代金)の弁済を受けることができないと認められる場合、債権者(売主)はその債務者に対し、債務の免除額を書面により通知することが要件の一つとされている(所得税法基本通達51ー11、64ー1)。
 そうすると、本件の場合、請求人は、Aに対して、譲渡残代金相当額である損害賠償債務を免除した事実がないことから、現在はともかく将来にわたり回収する予定であるといわざるを得ない。
ホ 以上のことから、請求人の譲渡所得の金額を計算すると、別表2のとおり141,500,000円となる。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、1売買契約を取り消したことを理由に譲渡所得が生じないといえるか、2本件損害賠償請求権が非課税所得といえるか、3同請求権が一時所得に該当するか、4同請求権が回収不能といえるか、にあるので、以下検討する。

(1) 争点1から3までについて

イ 請求人及び原処分庁の提出資料並びに当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 請求人は、平成2年3月18日にAとの間で本件土地を代金179,200,000円で売買する旨の本件売買契約を締結し、同日、本件手付金17,920,000円を受領したこと。
(ロ) その後、請求人とAは、代金を150,000,000円に変更することで合意し、平成2年10月26日、請求人は、所有権移転登記手続に必要な登記委任状及び印鑑証明書等をAに渡し、これと引き換えに残代金としてB社振出しの白地小切手を受領したこと。
(ハ) Aは、残代金を支払う意思も能力もなく、上記小切手の決済ができないことを認識していたにもかかわらず、これを秘し請求人を誤信させたこと。
(ニ) Aは、本件土地の所有名義を平成2年10月26日付でAに移転した上、これを同年12月12日付でC社に売り渡し、所有名義も移転したこと。
(ホ) 請求人は、平成3年6月18日到達の本件通告書により、Aに対し、本件売買契約を取り消す旨の意思表示をしたこと。
(ヘ) 請求人は、平成3年12月4日、U地方裁判所に本件損害賠償等請求事件を提訴した結果、平成4年4月30日に不法行為に基づく損害賠償について、「Aは、請求人に対し、売買残代金相当額の132,080,000円を支払え」との判決を得、同判決は確定したこと。
ロ 以上の事実を総合して判断すると、次のとおりである。
(イ) 請求人は、売買契約を取り消したから、本件譲渡所得は発生しない旨主張する(争点1)ところ、確かに取消しにより、形式的には本件売買はなかったことになる(民法第96条第1項、同法第121条)。
 しかし、本件損害賠償請求権を取得したことにより、請求人はAから残代金を受領したと同様の経済的効果を挙げたということができ、同請求権の取得は実質的には本件土地の譲渡の対価と評価するのが相当である。したがって、この点における請求人の主張は認められない。
(ロ) 次に、請求人は、本件損害賠償請求権の取得は、非課税所得である旨主張する(争点2)。
 しかしながら、所得税法第9条第1項第16号が損害賠償金を非課税所得としている趣旨は、典型的な損害賠償が一旦失われた価値を再び補てんし損害のない状態に戻すだけのものであり、形式的に価値の取得があってもそれを所得と観念することが酷であることにあると解される。したがって、損害賠償ではあっても得べかりし利益が賠償される場合には、本来得ようとした利益を取得したのと同じ状態となり、上記の典型的な損害賠償のように所得と観念することが酷であるとはいえないから、同条項に規定する「損害賠償金」に当たらないと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、請求人が取得した損害賠償請求権は、残代金相当額の賠償を内容とし、明らかに得べかりし利益の賠償であるから、所得税法第9条第1項第16号に規定する「損害賠償金」には当たらないと認められる。
 よって、本件損害賠償請求権が非課税所得に該当する旨の請求人の主張には理由がない。
(ハ) また、請求人は、本件損害賠償請求権の取得は、一時所得に該当する旨主張する(争点3)が、所得税法第34条は一時所得の要件として、資産の譲渡の対価としての性質を有しないものであることを規定しているところ、本件損害賠償請求権は前記(イ)のとおり資産の譲渡の対価に相当するものであるから一時所得に該当しないことは明らかである。

(2) 争点4について

イ 請求人提出資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ) Aは、詐欺罪で平成5年1月12日に懲役3年の実刑判決を受け服役中であること。
(ロ) Aにはみるべき資産はなく、また家財道具も同居していた女性のものと区別して、差押えできるかどうか不明であること。
(ハ) Aが代表取締役であったB社は、平成元年6月5日設立で以後2期分だけ申告があるが、繰越欠損金が約62,465千円あって、平成3年10月以降事務所を撤去し、実質的には解散状態となっていること。
(ニ) Aは、本件土地をC社に譲渡し、その代金161,794,880円を平成2年11月8日及び同年12月12日にC社から受領したが、そのうち100,000,000円を株式会社Dからの借入金返済に充てており、残金の行方は不明であること。
ロ ところで、資産の譲渡代金が回収不能であるというためには、法律上債権が消滅した場合がそれに当たることは当然であるが、所得税法が実質的な担税力に着目して課税要件を定めていることに照らせば債務者の資産状況、支払能力等からみて債権の回収が事実上不可能である場合もこれに該当するというべきである。
 これを本件についてみると、請求人が本件損害賠償請求権を放棄していないことから、同請求権が法律上消滅したということはできないが、上記イで認定した諸事情を総合すれば、Aには本件損害賠償請求権を弁済する能力はなく、同請求権の回収は事実上不可能と認めるのが相当である。
ハ したがって、本件の所得計算においては、所得税法第64条第1項を適用し、譲渡所得の計算上132,080,000円はなかったものとみなした結果、同所得の金額は、別表2の「審判所認定額」欄に記載のとおり9,420,000円となるので、原処分の一部を取り消すのが相当である。

(3) 原処分のその他の部分については、当事者間に争いはなく、当審判所の調査の結果によっても、これを違法、不当とする理由は認められない。

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