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(平7.3.29裁決、裁決事例集No.49 374頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、不動産業を営む法人であるが、原処分庁は、請求人に対し平成3年12月27日付で、平成2年7月分の非居住者に支払われた不動産の譲渡の対価に対する源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)について、源泉所得税の額を95,000,000円とする納税告知処分(以下「本件納税告知処分」という。)及び不納付加算税の額を9,500,000円とする賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
 請求人は、これらの処分を不服として平成4年2月4日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、これに対し同年4月27日付でいずれも棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成4年5月26日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件納税告知処分について
(イ)請求人は、平成2年7月20日にB国国籍を有するG(以下「譲渡人」という。)から、P市R町5番地1所在のマンション(鉄筋コンクリート造陸屋根地下1階付地上4階建。以下「Lマンション」という。)3室(Lマンション202号室、Lマンション203号室及びLマンション303号室をいう。)に係る土地所有権及び建物区分所有権(以下「本件不動産」という。)を譲り受け、同日、本件譲渡対価の額(本件不動産の譲渡による対価の額950,000,000円をいう。以下同じ。)を支払ったが、請求人は、譲渡人が所得税法第2条《定義》第1項第3号に規定する居住者に該当すると判断したので源泉所得税を徴収していなかったところ、原処分庁は、本件不動産の譲渡人は非居住者に該当するので、請求人は、同法第212条《源泉徴収義務》第1項の規定により本件譲渡対価の額の支払に対する源泉所得税を徴収する義務(以下「源泉徴収義務」という。)があるとして、本件納税告知処分をした。
(ロ)しかしながら、譲渡人は、次のとおり居住者に該当するため、請求人には本件譲渡対価の額の支払に対する源泉徴収義務はない。
A 請求人は、以下の事実により、譲渡人を居住者であると判断した。
(A)譲渡人は、昭和26年に来日し、在日B国商工会議所会頭及び在日B国人協会会長等の要職を歴任し、P市R町5番地を居住地とする外国人登録及び印鑑登録を有しており、昭和58年3月18日に永住許可を取得している。
(B)譲渡人は、P市R町5番地を住所とし、Lマンション101号室に多数の蔵書、家具類も現在そのまま置いてある。
 なお、譲渡人の配偶者F(以下「F」という。)は平成元年8月4日に死亡しているが、住込みのD及びE(以下、これらの2人を併せて「C夫婦」という。)は、引き続きLマンション101号室に居住している。
 また、Fの娘であるH(以下「H」という。)はQ市S町に居住している。
(C)本件不動産の売買契約(以下「本件売買契約」という。)に際して作成された不動産売買契約証書(以下「本件売買契約書」という。)に記載されている譲渡人の住所は、P市R町5番地となっている。
(D)譲渡人は、平成2年6月2日にB国に向けて出国しているが、(a)再入国許可を受けたものであること、(b)出国後1年を経過してもなお在留資格が存続し、外国人登録が閉鎖されていなかったこと及び(c)譲渡人が出国する際、C夫婦に対して「また、帰ってきます」と繰り返し言い残していたことから、一時的な出国と認められる。
(E)請求人は、本件売買契約の直前にX税務署の係官に当時の譲渡人の状況を説明し、非居住者に該当するか否かの見解を求めたところ、譲渡人は、非居住者ではないとの回答を受けている。
B 請求人は、国内にある土地等の譲渡対価の額に係る非居住者課税について、改正された所得税法第212条の施行後間もない時期にもかかわらず、本件譲渡対価の額の支払者として上記Aのとおり可能な限りの必要な確認を行って譲渡人が居住者であると判断したものであり、原処分庁が、本件売買契約の締結後に発生した事実を根拠として、譲渡人が非居住者であると判断したことは誤りであり、本件納税告知処分は取り消されるべきである。
ロ 本件賦課決定処分について
 以上のとおり、本件納税告知処分は違法であり、その全部が取り消されるべきであるから、これに伴い本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法である。
イ 本件納税告知処分について
(イ)原処分庁の調査によれば、次の事実が認められる。
A 請求人は、本件売買契約により平成2年7月20日付で譲渡人から本件不動産を譲り受け、同日に本件譲渡対価の額を支払い、その支払の際に源泉所得税を徴収した事実は認められないこと。
B 譲渡人は、B国国籍を有すること。
C 譲渡人は、平成2年6月2日にB国に向けて出国していること。
D 譲渡人は、平成2年6月2日のB国への出国に先立ち、身の回り品の一切を引越荷物として、平成2年5月23日及び同月28日に運送業者へ依頼し集荷させていること。
E 上記Dの譲渡人の荷物は、平成2年6月10日に譲渡人のB国における居住住所地あてに搬出されていること。
F 譲渡人は、平成2年6月2日のB国への出国以後、我が国に再入国した事実は認められないこと。
G 譲渡人は、国内に生計を一にする配偶者その他の親族を有しないのみならず、何らの職業も有していないこと。
H 譲渡人は、本件不動産を譲渡したことにより、本件譲渡対価の額に係る預金を除いて国内に資産を有しなくなったこと。
(ロ)請求人は、譲渡人が外国人登録及び印鑑登録を有しており、かつ、永住許可を取得しているから居住者である旨主張するが、居住者であるか非居住者であるかの判定は、平成2年7月20日における客観的事実により判定すべきであり、上記(イ)に記載した事実によれば、譲渡人が非居住者であることは明らかである。
(ハ)請求人は、譲渡人が国内に住所を有し生活している旨主張するが、後記(ホ)のとおり、譲渡人は、平成2年6月2日のB国への出国以後、我が国に再入国した事実は認められない。
 また、HがQ市S町に居住していることが事実としても本件納税告知処分に何ら影響を与えるものではない。
(ニ)請求人は、本件売買契約書に記載された譲渡人の住所が国内となっている旨主張するが、請求人は、本件譲渡契約に当たり、B国に居住する譲渡人の二男であるK(以下「K」という。)を譲渡人の代理人とする平成2年7月14日付の委任状(以下「本件委任状」という。)を確認しており、本件委任状によれば譲渡人の住所地がB国であることは十分確認できたはずである。
(ホ)請求人は、譲渡人の平成2年6月2日のB国への出国は一時的なものであるから、譲渡人は平成2年7月20日において居住者である旨主張するが、上記(イ)の事実から明らかなとおり、B国国籍を有する譲渡人が、平成2年6月2日のB国への出国以後、再入国して再び国内に居住するものと推測するに足りる事実はなく、現に再入国している事実も認められないので、平成2年6月2日のB国への出国以後の譲渡人は、所得税法第2条第1項第5号に規定する非居住者とするのが相当である。
(ヘ)請求人は、譲渡人が居住者であることについて、事前にX税務署の係官に確認している旨主張するが、仮に請求人の主張が事実であったとしても、本件納税告知処分の適否に何ら影響を与えるものではない。
(ト)請求人は、原処分庁が本件売買契約の締結後に発生した事実を根拠として、譲渡人が非居住者であると判断したことは誤りである旨主張するが、原処分庁は、本件売買契約の締結後に発生した事実に根拠を求めたものではなく、請求人が本件譲渡対価の額を支払った平成2年7月20日の事実関係を基に判定したものである。
(チ)以上のとおり、譲渡人は、請求人が本件譲渡対価の額を支払った平成2年7月20日において非居住者であり、請求人には、本件譲渡対価の額の支払について源泉徴収義務があることから、請求人が譲渡人に対して支払った本件譲渡対価の額に基づいて所得税法第213条《徴収税額》第1項第2号に規定する源泉所得税の額を算定して本件納税告知処分を行ったものである。
ロ 本件賦課決定処分について
 以上のとおり、本件納税告知処分は適法であり、かつ、請求人には、当該納税告知処分に係る税額を法定納期限までに納付しなかったことについて、国税通則法第67条《不納付加算税》第1項ただし書に規定する正当な理由があるとは認められないから、同項の規定に基づき本件賦課決定処分をしたものである。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件譲渡対価の額の支払に対する源泉徴収義務の有無にあるので、以下審理する。

(1)本件納税告知処分について

イ 次の事実については、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所が調査したところによっても、その事実が認められる。
(イ)請求人は、本件売買契約により平成2年7月20日に譲渡人から本件不動産を譲り受け、同日に本件譲渡対価の額を支払い、その支払の際に源泉徴収をしていないこと。
(ロ)本件売買契約書の「売主」欄には、P市R町5番地Gと記載されていること。
(ハ)譲渡人は、B国国籍を有し、昭和26年9月9日に来日したものであること。
(ニ)譲渡人は、P市R町5番地を居住地とする外国人登録及び印鑑登録を有しており、昭和58年3月18日付で永住許可証の交付を受けていること。
(ホ)譲渡人は、平成2年6月2日にB国へ向けて出国する直前まで、Lマンション101号室に居住していたこと。
ロ 請求人が当審判所に対して提出した証拠書類及び原処分関係資料によれば、次の事実が認められる。
(イ)譲渡人は、1901年2月17日生まれで、昭和34年11月26日に日本国籍を有するFと結婚したこと。
 なお、Fは、平成元年8月4日に死亡したこと。
(ロ)平成3年5月29日現在において、譲渡人の外国人登録は閉鎖されておらず、同人の永住許可及び印鑑登録も失効していないこと。
(ハ)譲渡人は、昭和37年にN有限会社を設立し、昭和62年12月に解散するまでの間、同社の代表取締役として勤務していたが、昭和63年以降は特段の職業を有さず、平成2年6月2日及び同年7月20日現在においては、何らの職業も有していなかったこと。
(ニ)譲渡人は、平成2年6月2日及び同年7月20日において、国内で生計を一にしている配偶者その他の親族を有していなかったこと。
(ホ)譲渡人は、平成元年7月20日にA株式会社(以下「A社」という。)及び株式会社I(以下、これらを併せて「A社等」という。)から等価交換方式でLマンションの5室に係る土地所有権及び建物区分所有権(本件不動産並びにLマンション301号室及びLマンション304号室に係る上記権利)を取得したが、そのうち、Lマンション301号室に係る上記権利を、平成2年3月26日にH及びその夫Mに贈与し、Lマンション304号室に係る上記権利を、同年5月31日に株式会社U(以下「U社」という。)に売却し、本件不動産を同年7月20日に請求人に対して売却していること。
(ヘ)譲渡人は、日本に滞在中、Fと共に、ほぼ毎年のように夏の時期に1か月ないし2か月ほどB国に向けて出国していたこと。
(ト)譲渡人は、平成元年12月18日のB国に向けての出国に際し、有効期間を1年間とする数次再入国の許可を受け、同月30日に再入国していたこと。
(チ)譲渡人は、上記(ト)の数次再入国の許可に基づいて、平成2年6月2日にB国に向けて出国し、その後、再入国していないこと。
(リ)譲渡人が、P市R町5番地のLマンション101号室(床面積305.95平方メートル)に居住していたのは、平成元年7月20日から平成2年6月2日のB国への出国の直前までの間であること。
 なお、C夫婦は、住込みの家事使用人(Dはコック、Eはメイド)として、Lマンション101号室に居住していたこと。
(ヌ)Lマンション101号室は、平成元年7月20日にFが、譲渡人と同様に、等価交換方式でA社等から取得し、所有していたが、同年8月4日のFの死亡に伴い、Hが相続により取得し、以後、同人が所有しているものであること(譲渡人は、相続放棄をした。)。
(ル)譲渡人は、平成2年6月2日のB国への出国に先立ち、同年5月23日及び同月28日の2回にわたって、運送業者に対し、書籍、衣類、銅製の置物、額入絵画、タイプライター、血圧計、体重計、虫眼鏡及び健康管理器具をB国g市のT町233番に輸送するため集荷させ、これらは、同月10日にB国g市に空輸されていること(以下、これらの空輸されたものを併せて「書籍等空輸物件」という。)。
(ヲ)Kは、譲渡人の代理人として来日し、平成2年7月20日に請求人と譲渡人との間の本件売買契約書を作成し、同日に請求人から本件譲渡対価の額をJ銀行V支店振出しの預金小切手で受領していること。
(ワ)Kは、本件売買契約書の作成に際し、本件委任状を請求人に交付していること。
(カ)本件委任状には、次のとおり記載されていること。
 B国g市T町233番に居住する私Gは、W町22番に居住している息子のKに、△△の公証人Y氏の面前にて与えた総合代理権は、特に次のことを対象としていることを明示します。
 私が所有しているP市R町5番地の202号、203号及び303号の三つのマンションの売買に関するすべての取引
(ヨ)本件売買契約書の「売主」欄には、上記イの(ロ)のほか譲渡人の実印が押印されており、更に、その脇に「代理人として」と記載した上で「K、W町22番」の××語によるサインがなされていること。
 なお、本件売買契約書には、P市長が平成2年6月25日付で発行した譲渡人の印鑑登録証明書が添付されていること。
(タ)譲渡人が、平成2年6月2日の出国に当たり、国税通則法第117条《納税管理人》第2項に規定する納税管理人を定めた旨の届出書(以下「納税管理人届出書」という。)を所轄税務署長に対して提出した事実は認められないこと。
(レ)譲渡人は、平成2年6月2日に出国する時点において、Lマンション304号室及び本件不動産を賃貸していたことによる不動産所得並びにLマンション304号室をU社に譲渡したことによる譲渡所得を得ていたものであるが、同人が、出国に当たり、所得税法第127条《年の中途で出国をする場合の確定申告》第1項に規定する確定申告書(以下「準確定申告書」という。)を所轄税務署長に対して提出した事実は認められないこと。
(ソ)V銀行○○支店(以下、「V銀行」という。)の譲渡人名義預金は、次のとおりであること。
A 平成2年6月2日現在における残高は、定期預金150,000,000円及び普通預金220,283,625円の合計372,283,625円である。
B 平成2年7月20日に本件譲渡対価の額が入金されて、950,000,000円の定期預金が設定され、同日現在における残高は、定期預金1,100,000,000円及び普通預金38,310,845円の合計1,138,310,845円である。
C その後、平成2年11月13日に410,007,100円が引き出され、平成3年5月29日現在の残高は、定期預金730,000,000円及び普通預金2,774,242円の合計732,774,242円であり、これらの預金は、同月30日に全て解約されている。
ハ 当審判所が関係人等を調査したところによれば、次の事実が認められる。
(イ)Hは、当審判所に対して、次のとおり答述していること。
A Hは、P市R町5番地において譲渡人夫婦と同居していたが、昭和47年の夏ころにQ市S町に転居し、現在に至っている。
B Hは、平成2年春ころ、譲渡人から旅行資金等に充てるためにLマンション304号室を売却したいので、買主を探してほしい旨の依頼を受けた。
C Hは、請求人の社員であるe(以下「e」という。)に対してLマンション304号室の売却について相談をしたところ、請求人の社員であるfからU社を買主として紹介された。
D 譲渡人とU社との間における交渉の結果、売買代金を390,000,000円とする旨の合意が成立し、平成2年5月31日付で売買契約書が作成され、代金は、分割して授受された。
E 平成2年5月に譲渡人の長女であるh(以下「h」という。)が来日し、次いで数日後にKが来日したが、この時、Kが譲渡人に対して本件不動産の売却を執拗に勧め、Hに対して買主を紹介するよう求めたので、Hは、Lマンションを建設する際に取引関係のあったA社へ連絡をとったところ、同社では購入することができないが、請求人なら購入するかもしれないということで、同社から請求人に対して連絡を取ってもらった。
F eが二度ほどLマンション101号室に来て、Kとの間で売買条件等について話し合い、その結果、譲渡人が請求人に対して本件不動産を合計950,000,000円で売却する旨の合意が成立したが、正式契約は、国土利用計画法(以下「国土法」という。)上の申請のため1か月ほど先にすることとなった。
G 平成2年7月初旬に、eからHに対して、「国土法の申請が通ったので、契約の日取りを決めたい」との連絡があったが、その際、「譲渡人がB国に行っており日本にいない」と伝えたところ、「契約時には本人が出席できなくても、本人の委任状を持った代理人が立ち会えばよい」と言われた。
 そこで、その旨をB国にいるKに連絡したところ、同人は、公証人が作成した正式な書類が必要だと勘違いしたため、譲渡人の本件委任状の作成が遅れ、契約日は、平成2年7月20日になった。
H Hは、譲渡人から実印及び印鑑登録証カードを預かっていたので、平成2年6月25日にP市長から印鑑登録証明書の交付を受けた。
I 平成2年7月20日に、V銀行の会議室で本件売買契約書が作成され、売買代金の授受も行われたが、この時には、請求人側は、eとiとの2名、譲渡人側は、KとHとの2名、立会人としてV銀行側からjとkと名前はわからないがB国人の若い男性の3名が同席していたと記憶している。
 その際、Hは、譲渡人の実印と印鑑登録証明書とをKに渡した。本件不動産の権利書は、Kが所持していた。
 なお、Hは、Kの通訳として立ち会っていたものである。
J 本件売買契約書の作成及び代金の授受が行われた後に、契約関係者が同席しているところで、Kが立会人であるV銀行の人に、「本件不動産の売却に係る日本の税金は、どのくらいになるか」と聞いたところ、「売却額の半分ちょっとくらいかかるのではないか」との答があった。
 その際、Kは、「6割くらい置いておけばよいか」と話していた。この時、Hは、Kが譲渡人の意向を受けて、日本で納付すべき税金について聞いたのではないかと思った。
K C夫婦に対する給料は、毎月25日払いであり、平成2年5月分までは、譲渡人が支払っていたが、同人が同年6月2日に出国したので、同年6月分からはHが支払っている。
L 譲渡人が出国してから平成3年3月までの約10か月の間は、Lマンション101号室には、C夫婦のみが居住しているという状況にあった。
 なお、平成3年4月以降においては、Hの長男又は二男(いずれも大学生)が入居し、C夫婦には、従前どおり、家事使用人としての仕事をしてもらっている。
M Lマンション101号室は、約90坪余りであり、その中は、13の部屋に分れており、その内訳は、寝室が7部屋、リビング・ルームが2部屋のほか、ロビー、ダイニング・ルーム、ダイニング・キッチン及びキッチンが各1部屋ずつである。
 このうち、C夫婦には、寝室2部屋、リビング・ルーム及びダイニング・キッチンの各1部屋を使用させており、譲渡人は、専ら、寝室、リビング・ルーム(応接間として使用していた。)及びダイニング・ルームの各1部屋を使用していた。
 なお、譲渡人が再入国した場合には、従前どおりの生活ができるように、同人の寝室は、出国した後においても誰にも使用させず、また、同人の家具類、美術品等及び蔵書は、出国時のままの状態で保存している。
N Hは、譲渡人が出国する際に、同人からm銀行□□支店(以下「m銀行」という。)の同人名義普通預金通帳及び印鑑を預かり、家賃収入等の入出金の管理をしていた。
O 譲渡人は、平成6年10月ころにB国g市で死亡したと聞いている。
(ロ)C夫婦は、当審判所に対し、次のとおり答述していること。
A C夫婦は、譲渡人が平成2年6月2日にB国に出国するまでの間、譲渡人の家事使用人として約20年間働いていた。
B 譲渡人の出国に伴う荷物の箱詰め、搬出は、主としてhが行ったが、その際、譲渡人は、最後にタイプライターの箱詰めのみを行っただけで、荷造りにはあまり関心がないような様子であった。
C 譲渡人は、出国に際しては、C夫婦に対し、日本語で繰り返し、「また、帰ってきます」と言い残して行った。
D C夫婦は、譲渡人の今回の出国は、搬出した荷物の量が例年より多いなと感じたものの、上記B及びCに記述した譲渡人の様子のほか、(a)譲渡人は、ほぼ毎年B国に行っていたこと及び(b)家具等の家財道具を残していることと、長年仕えていた経験から、譲渡人は、1か月か2か月もすれば、帰って来るものと思ったので、譲渡人から解雇されるというようなことは全く考えもしなかったし、譲渡人との間でそのような話をしたこともなかった。
(ハ)V銀行の営業部部長n(以下「n」という。)は、当審判所に対し、次のとおり答述していること。
A 譲渡人名義の非居住者預金の設定は、本人による手続きではなく、V銀行において、同人がB国へ出国した事実を把握したので、居住者預金から切り替えたものである。
B V銀行としては、源泉所得税の関係があるので、B国へ出国の事実を確認した時点(例えば、有名人ならば、新聞等で把握した時点)で非居住者預金に切り替える手続を行っている。
C 当時の担当者は、既に退職してしまっているため、譲渡人のB国への出国の事実をどのように把握したかは分からないが、平成2年6月4日付で、同人の代理人であるKよりB国への送金依頼書が提出されているので、その手続の際、B国への出国の話が出たものと思われる。
 なお、平成2年6月分の譲渡人名義の非居住者預金の計算書には、連絡先として上記ロの(カ)の同人の居所が打ち込まれている。
ニ 当審判所が、m銀行の譲渡人名義の普通預金口座を調査したところ、次の事実が認められる。
(イ)上記預金は、居住者預金(非居住者預金の手続は、なされていない。)であること。
(ロ)平成2年6月2日現在の残高は、8,867,576円であること。
(ハ)平成2年7月20日現在の残高は、8,742,561円であること。
(ニ)平成2年6月2日から平成2年11月15日までの間、5回にわたり、株式会社pからの家賃収入の精算金の振込入金があること。
(ホ)譲渡人の平成2年分所得税の予定納税額が、同年7月31日及び同年11月30日に振替納付されていること。
(ヘ)上記預金は、平成2年12月3日に解約されていること。
ホ 当審判所が、平成5年9月2日にLマンション101号室について現場確認調査を行ったところ、譲渡人が使用していたリビング・ルーム及びダイニング・ルーム等には、同日現在、少なくとも譲渡人が所有していた絵画(3点)、蔵書(100冊余り)及び置物等の美術品(以下、これらを総称して「絵画等」という。)が現存していることが確認された。
ヘ ところで、所得税法第212条第1項は、非居住者に対し国内において所得税法第161条《国内源泉所得》第1号の2から第12号までに掲げる国内源泉所得の支払をする者は、その支払の際、これらの国内源泉所得について所得税を徴収し、その徴収する日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならないと規定している。
 また、所得税法第2条第1項第5号は、非居住者とは、居住者以外の個人をいうと規定し、同項第3号は、居住者とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいうと規定している。
 そして、所得税法第2条第1項第3号に規定する住所とは、個人の生活の本拠をいうところ、生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判断するのが相当である。
ト 上記イないしホの各事実を上記ヘに照らし判断すると、次のとおりである。
(イ)上記ハの(イ)のHの答述及び上記ハの(ロ)のC夫婦の答述については、これを疑うべき根拠は認めがたく、これらは措信することができる。
(ロ)そうすると、譲渡人が出国に際して、C夫婦に対し「また、帰ってきます」と言ったことは事実と認められ、また、譲渡人は出国後もC夫婦を家事使用人として、引き続き雇用する意思があったものと推認される。
(ハ)H及びC夫婦は、譲渡人が平成2年6月2日に出国した時点においては、同人の出国は一時的であり、再入国するものと認識していたことが認められる。
(ニ)譲渡人が平成2年6月2日及び同年7月20日現在において、上記ロの(ハ)及び(ニ)から、国内に職業を有していなかったこと及び国内で生計を一にしている配偶者その他の親族を有していなかったこと並びに上記ロの(ル)のとおり、書籍等空輸物件は、平成2年6月2日現在においては運送業者に預けられており、同年7月20日現在においては既にB国g市へ空輸されていることは認められる。しかし、譲渡人の国内における資産をみると、平成2年7月20日現在においても、上記ハの(イ)のMのHの答述及び上記ホの当審判所の現場確認調査のとおり、譲渡人の家具類及び絵画等は、Lマンション101号室に残されていること及び上記ロの(ソ)のB及び上記二の(ハ)のとおり、本件譲渡対価の額の全額によりV銀行に同日設定された定期預金を含めて、同銀行及びm銀行に合わせて11億円余りの多額な預金を有していたことが認められ、このように、本件譲渡対価の額の全額を定期預金とするなど、多額な資産を国内に残したままB国に永住することは不自然であるといわざるを得ない。さらに、預金の一部については、上記ハの(イ)のJのHの答述から、納税資金として残していたものと認められる。
 なお、V銀行の譲渡人名義の預金については、非居住者預金とされていることが認められるが、上記ハの(ハ)のnの答述のとおり、居住者預金から非居住者預金へ切り替えたのは、V銀行の担当者が行ったものであり、譲渡人又は譲渡人の代理人であるKの手続によるものではないことが認められ、また、m銀行の譲渡人名義の預金については、上記ニの(イ)のとおり、非居住者預金の手続はなされていないから、これらの事実は、平成2年6月2日及び同年7月20日における譲渡人の意思についての判断の根拠となり得るものではない。
(ホ)上記(ロ)、(ハ)及び(ニ)を総合して判断すると、譲渡人は、出国した平成2年6月2日現在においても、本件譲渡対価の額の支払があった同年7月20日においても、同年6月2日の出国は一時的なものであり、再入国してLマンション101号室において引き続き居住する意思があったと認められ、上記ロの(ハ)及び(ニ)の事実は、上記認定を左右するものではない。
(ヘ)したがって、上記ロの(ロ)のとおり、譲渡人の外国人登録は閉鎖されていず、同人の永住許可も失効しておらず、かつ、上記ロの(ト)のとおり同人が数次再入国の許可を受けていたことを勘案すれば、譲渡人の本件譲渡対価の額の支払日における生活の本拠である住所は、国内(P市R町5番地)であったと認められ、また、非居住者と判断するに足りる証拠も見当たらないことから、譲渡人は、本件譲渡対価の額の支払日において、所得税法第2条第1項第3号に規定する居住者に該当するものと判断することが相当である。
チ 原処分庁は、上記2の(2)のイにより、譲渡人が非居住者である旨主張するが、本件委任状に記載された譲渡人の住所地及び譲渡人の荷物の搬出先の住所地がB国(B国g市T町233番)である旨の主張については、上記ロの(カ)のとおり当該委任状には、「B国g市T町233番に居住する私G」と記載されており、ここにいうところの「居住する(××語)」という用語は、(a)住んでいる又は(b)居住するということを意味するものであって、必ずしも生活の本拠たる住所地を意味するものではないから、本件委任状に上記の用語が使用されていることをもって譲渡人がB国に住所を有するものと断定することはできず、他方、平成2年7月20日付の売買契約書の「売主」欄には、上記イの(ロ)及び上記ロの(ヨ)のとおり、P市R町5番地Gと記載されているのであるから、この点に関する原処分庁の主張は採用することができない。
リ 以上のとおり、譲渡人は、本件譲渡対価の額の支払日において非居住者ではないから、所得税法第212条第1項の規定の適用はなく、請求人には本件譲渡対価の額の支払に係る所得税の源泉徴収義務はない。
 したがって、原処分庁が本件譲渡対価の額に基づいて源泉所得税の額を算定して行った本件納税告知処分は、その全部を取り消すべきである。

(2)本件賦課決定処分について

 以上のとおり、本件納税告知処分はその全部を取り消すべきであるから、これに伴って本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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