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(平7.10.31裁決、裁決事例集No.50 102頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成4年分の所得税の確定申告書に次表のとおり記載して法定申告期限までに申告した。

(単位 円)
 項目金額
総所得金額(1)13,444,412
内訳
 給与所得の金額11,737,300
 雑所得の金額1,707,112
所得控除の合計額(2)1,527,870
内訳
 雑損控除の額0
 上記以外の所得控除の額1,527,870
課税総所得金額((1)−(2))11,916,000
源泉徴収税額2,390,600
納付すべき税額475,800

 その後、平成5年9月13日に、請求人は、平成3年10月の風水害により多大の被害を受けその復旧に多額の費用を支出したので、雑損控除の適用を認めるべきであるとして、平成4年分所得税の更正の請求書を原処分庁に提出したところ、原処分庁は、これに対し、平成6年4月27日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。
 請求人は、この処分を不服として、平成6年5月9日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、これに対し、同年8月10日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成6年8月15日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その一部の取消しを求める。
イ 請求人は、平成3年10月の風水害(以下「本件風水害」という。)により、請求人が所有する宅地の擁壁(以下「本件擁壁」という。)及び家屋の一部が損壊する被害を受け、その修復等のために平成4年から平成5年にかけて次に掲げる各費用の総額18,000,000円以上を支出したが、そのうち約5,000,000円については保険金により補てんを受けているので、実質13,000,000円以上を支出している。
(イ)本件擁壁の修復に要した費用の額 約7,000,000円
(ロ)家屋の修復のために要した費用の額約8,000,000円のうち、損害保険金により補てんされた額約5,000,000円を差し引いた残額約3,000,000円
(ハ)カーポートの修復のために要した費用の額 約1,000,000円
(ニ)外構フェンスの修復のために要した費用の額 約1,000,000円
(ホ)本件擁壁の修復工事に伴い、危険防止のため家屋の平屋部分を取り壊す必要があり、そのための一時避難のための引越費用及び仮住居の費用
ロ 原処分庁は、上記イの各費用については資産価値を増加させる部分が含まれているなどとして雑損控除の適用を認めていないが、少なくとも上記イの(イ)の費用は、本件擁壁の原状回復のために支出した費用であるから、雑損控除の適用を認めるべきである。
 なお、上記イの(ロ)ないし(ホ)の各費用については、証拠書類の収集が困難であり、かつ、金額も少額であるから、これらの各費用に係る雑損控除の適用の可否については争わない。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であり、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 所得税法第72条《雑損控除》は、同条第1項に規定する資産(以下「対象資産」という。)について災害による損失が生じた場合において、その年における当該損失の金額の合計額が同条第1項各号に掲げる金額を超えるときは、その超える部分の金額をその居住者のその年分の総所得金額から控除する旨規定し、当該損失の金額には、その災害に関連してその居住者が政令で定めるやむを得ない支出をした場合を含む旨規定している。
 また、所得税法施行令第206条《雑損控除の対象となる損失の範囲等》第1項第2号では、災害により対象資産が損壊し又はその価値が減少した場合において、その災害がやんだ日の翌日から1年以内に支出した当該対象資産の原状回復のための支出が雑損控除の対象となる旨規定している。
 なお、災害により生じた対象資産の損失は、修繕の有無にかかわらず雑損控除の対象とされるが、この対象資産の損失の金額は、所得税法施行令第206条第3項の規定により、被災直前の対象資産の時価から被災直後の対象資産の時価を控除した金額とされている。
ロ ところで、災害等により損壊した対象資産について支出した金額で、その金額を当該対象資産の原状回復のための支出の部分の額とその他の支出(以下「資本的支出」という。)の部分の額とに区分することが困難なものについては、その金額の30パーセントに相当する額を原状回復のための支出の部分の額とし、残余の額を資本的支出の部分の額として取り扱うこととされている。
ハ 請求人は、本件風水害に関して支出した費用の額を示す証拠書類として、住宅に係る費用計8,848,140円及び本件擁壁に係る費用計7,310,000円の合計16,158,140円分の各領収証を原処分庁へ提出したが、この住宅に係る費用の中には災害がやんだ日の翌日から1年を超えているものが7,040,440円、また、平成3年分の雑損控除の対象とすべき住宅の一部の解体工事費が360,500円含まれており、これらを除いた8,757,200円が本件風水害がやんだ日の翌日から1年以内に支出された費用の合計額となる。
 しかしながら、この額のうちどの部分が原状回復のための支出に該当し、どの部分が資本的支出に該当するのかを明確に区分することができない。
 したがって、請求人の場合、原状回復のための支出と認められる金額は、上記ロの取扱いにより、その支出合計額8,757,200円の30パーセントに相当する2,627,160円とするのが相当である。
ニ ところで、請求人は、既に平成3年分の所得税の確定申告において、本件風水害により被害を受けた対象資産の被災直前の時価から被災直後の時価を控除した損失(以下「本体損失」という。)の金額として、4,142,880円について雑損控除の適用を受けている。
 一方、所得税法施行令第206条第1項第2号ロのかっこ書の規定によれば、原状回復のための支出のうち本体損失の金額に達するするまでの金額に相当する部分の支出は、雑損控除の対象となる原状回復のための支出から除くこととされているところ、請求人の場合は、原状回復のための支出と認められる金額が2,627,160円で本体損失の金額4,142,880円より少ないため、平成4年分所得税の雑損控除の対象となる原状回復のための支出の金額は、算出されないこととなる。
ホ なお、上記ハに記載した住宅の一部の解体工事費360,500円は、平成3年分の災害関連支出(除去費等の付随費用)と認められるため、平成3年分の雑損控除の額に加算して請求人の平成3年分の所得税について減額の更正処分を行っている。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件擁壁の工事に係る費用のすべてが原状回復のための支出に当たるか否かであるので、以下この点について審理する。

(1)請求人が当審判所に提出した証拠資料及び原処分関係資料を調査したところによれば、次の事実が認められる。

イ 請求人から提出されたP市都市部土木課の発行による「市道R町38号線災害復旧事業経過について」と記載された書面には、次の旨が記載されている。
(イ)本件擁壁は、その宅地造成時に市道R町38号線のP市が所有する擁壁(以下「本件市道に係る擁壁」という。)と一体の構造物として築造したものであること。
(ロ)平成3年10月7日から同年10月13日までの台風21号により、本件擁壁及び本件市道に係る擁壁が崩壊したこと。
(ハ)P市は、台風21号により崩壊した本件市道に係る擁壁を復旧するため、公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法(以下「国庫負担法」という。)第7条《災害復旧事業費の決定》の規定に基づく国庫負担申請を行い、建設省災害査定官と大蔵省職員による災害査定を受け、本件市道に係る擁壁の復旧事業を実施したこと。
(ニ)国庫負担法に基づく災害復旧事業は、国庫負担法事務取扱要綱第2の1の定めに基づき、位置、形状、寸法、材質を変えずに原形復旧するものであり、本件市道に係る擁壁の復旧事業の実施内容も、災害復旧事業の原則である原形復旧により実施したものであること。
(ホ)本件市道に係る擁壁の復旧事業は、民有地側擁壁と同時施工が必要であったため、本件擁壁の復旧工事も本件市道に係る擁壁の復旧事業と同工法、同施工業者により同時施工したものであること。
ロ 株式会社Fと請求人が取り交わした平成4年5月19日付の本件擁壁の工事に係る建設工事請負契約書及び当該工事に係る領収証によれば、次のとおりである。
(イ)本件擁壁の工事の完成予定日は、平成4年6月30日となっていること。
(ロ)本件擁壁の工事に係る請負代金額は7,300,000円であり、このほかに当該建設工事請負契約書に係る印紙代10,000円を請求人が負担していること。
(ハ)請求人は、上記(ロ)の請負代金額等の合計7,310,000円のうち、3,660,000円を平成4年5月19日に、また、残額3,650,000円を同年8月8日にそれぞれ株式会社Fに対して支払っていること。
ハ 請求人は、平成3年分の所得税の確定申告書に次表の内容を記載した「災害を受けた資産の明細書」及び平成4年2月21日付のP市長が発行した被災証明書を添付して申告し、平成3年分の所得税の確定申告において、本件擁壁に係る本体損失の金額(次表の(3)の本件擁壁の損害額)に相当する次表の(5)の差引損害額4,142,880円につき既に雑損控除の適用を受けているところ、住宅に係る本体損失の金額(次表の(3)の住宅の損害額)については、保険金(次表の(5)の金額)によりすべて補てんされていることが認められるから、請求人が平成3年分の所得税の確定申告において雑損控除の適用を受けた本体損失の金額は、その全額が本件擁壁に係るものであると認められること。

ニ 請求人は、平成4年分の所得税の確定申告に際し、本件擁壁の工事に係る領収証等を持参して、原処分庁の担当職員に雑損控除の適用を受けたい旨の相談を行ったが、当該職員から平成4年分の所得税では雑損控除の適用は受けられない旨の説明を受けたので、請求人は、雑損控除の額を零円とする平成4年分の所得税の確定申告書を原処分庁に提出したこと。

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(2)ところで、所得税法第72条は、対象資産について災害等による損失が生じた場合において、その年における当該損失の金額の合計額が同条第1項各号に掲げる金額を超えるときは、その超える部分の金額をその居住者のその年分の総所得金額から控除する旨規定し、また、当該損失の金額には、その災害等に関連してその居住者が政令で定めるやむを得ない支出をした場合を含む旨規定している。

 そして、この政令で定めるやむを得ない支出については、所得税法施行令第206条第1項第1号で、損失が生じた対象資産の取壊し又は除去のための支出その他の付随する支出、また、同項第2号で、災害により対象資産が損壊した場合等において、その災害がやんだ日の翌日から1年を経過した日の前日までにした原状回復等のための支出と規定し、このうち、原状回復のための支出には、当該損失を生じた時の直前におけるその対象資産の価額を基礎として計算された本体損失の金額に相当する部分の支出を除く旨規定している。
 なお、上記の原状回復のための支出に関して、所得税法基本通達72ー3では、災害等により損壊した対象資産について支出した金額で、その金額を当該対象資産の原状回復のための支出の部分の額と資本的支出の部分の額とに区分することが困難なものについては、その金額の30パーセントに相当する額を原状回復のための支出の部分の額とし、残余の額を資本的支出の部分の額とすることができる旨定めている。

(3)上記(1)の事実を上記(2)の規定等に照らして判断すると、次のとおりである。

 上記(1)の各事実によれば、(a)本件擁壁の工事は、それと一体の構造物である本件市道に係る擁壁の復旧事業と同様の形状、材質によって行われたことが認められること、(b)本件市道に係る擁壁の復旧事業は、位置、形状、寸法、材質を変えずに原形復旧するものであることから、これと同工法、同施工業者により同時施工された本件擁壁の工事も、原形復旧すなわち原状回復のために行われたものと認められることから、請求人が支払った本件擁壁の工事に係る費用の額7,310,000円は、その全額が原状回復のための支出に当たり、資本的支出に当たるとみるべき部分の金額はないとみるのが相当と認められる。
 なお、原処分庁は、本件擁壁の工事に係る費用の額について、原状回復のための支出の部分の額と資本的支出の部分の額とに区分することが困難であるとの判断の下に所得税法基本通達72ー3の取扱いを適用し、当該費用の額の30パーセントに相当する額のみが原状回復のための支出の額に当たるとしているが、本件擁壁の工事に係る費用は、上記のとおり、その全額が原状回復のための支出に当たると認められるから、そもそも同通達の適用対象となる費用には該当しないというべきである。

(4)雑損控除の額について

 以上の結果は、請求人が支出した本件擁壁の工事に係る費用の額7,310,000円は、その全額が災害のやんだ日の翌日から1年以内に支払われた原状回復のための支出に当たると認められるところ、所得税法施行令第206条第1項第2号ロのかっこ書の規定により、上記(1)のハで述べた本件擁壁に係る本体損失の金額(平成3年分の所得税の確定申告において雑損控除の適用を受けたもの)に相当する部分の支出の額4,142,880円については、雑損控除の対象となる原状回復のための支出から除かれることとなるので、請求人の平成4年分の所得税において雑損控除の対象とすべき損失の金額は、本件擁壁の工事に係る費用の額7,310,000円から本件擁壁に係る本体損失の金額に相当する部分の支出の額4,142,880円を差し引いた金額3,167,120円となる。
 そして、請求人の場合、所得税法第72条第1項第3号の規定により、当該金額から平成4年分の総所得金額13,444,412円の10分の1に相当する金額1,344,441円と50,000円とのいずれか低い金額である50,000円を差し引いた金額3,117,120円が、平成4年分の雑損控除の額となる。

(5)以上のとおり、請求人の平成4年分の雑損控除の額は3,117,120円となるので、原処分はその一部を取り消すべきである。

(6)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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