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(平8.2.7裁決、裁決事例集No.51 198頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成5年分の所得税について、確定申告書(損失申告用)に純損失の金額を22,076,167円(内訳、雑所得の金額1,489,033円、分離長期譲渡所得の損失の金額23,565,200円)及び納付すべき税額を零円と記載して、法定申告期限までに申告すると同時に、当該純損失の金額の繰戻しによる還付の請求(以下「本件還付請求」という。)をした。
 原処分庁は、本件還付請求に対し、平成6年12月21日付で、還付をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
 請求人は、この処分を不服として、平成7年2月20日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年5月18日付で棄却の異議決定をし、その決定書謄本を請求人に対し同月19日に送達した。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成7年6月19日に審査請求をした。

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2 主張

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(1)請求人の主張

 本件通知処分は、次の理由により立法の趣旨に反した不合理なものであるから、その全部の取消しを求める。
イ 原処分庁は、請求人が、平成5年分において青色申告の要件を欠いていることを理由に本件通知処分をしたが、青色申告制度は、納税者の権利保護の目的をもってできた制度であり、また、それが普及した今日では、もはや特別に恩典的に与えられた制度ではなくなっているので、青色申告の承認を受けている請求人が、平成5年中に青色申告の対象となる所得を生ずべき業務を行っていなかったことのみをもって、青色申告の対象となる所得を生ずべき業務を行っていれば認められた純損失の繰戻しによる還付の請求をすることができないというのは不合理である。
ロ 請求人は、平成5年中に不動産所得を生ずべき業務を行っていれば、問題なく純損失の繰戻しによる還付の請求をすることができたということを知らなかった。
ハ 請求人は、平成4年分以後の所得税について青色申告の承認を受けているが、青色申告の取りやめをしていないし、また、原処分庁から青色申告の承認の取消処分も受けていない。
ニ 所得税法第69条《損益通算》第1項には、損益通算をすることができる所得として、不動産所得、事業所得、山林所得及び譲渡所得が掲げられており、そのうちの譲渡所得は、現行の所得税法においては青色申告の対象となる所得に含まれていないが、昭和25年度税制改正要綱においては青色申告の対象となる所得に含まれていたのであるから、これらの4つの所得は、一体のものとして考えるべきである。
ホ 請求人が平成5年中に譲渡した居住用の建物(以下「本件居住用家屋」という。)は、身体的理由から居住に適さなかったので、請求人は、本件居住用家屋及びその敷地の用に供されている土地(以下、これらを併せて「本件居住用不動産」という。)を譲渡せざるを得なかったものであり、また、請求人が平成4年中に本件居住用不動産を譲渡していれば、その譲渡に係る損失の金額を、他の同年中の譲渡に係る所得の金額と相殺することができたということを請求人は知らなかったのであるから、本件還付請求は認められるべきである。

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(2)原処分庁の主張

 本件通知処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 所得税法第140条《純損失の繰戻しによる還付の請求》第1項には、青色申告書を提出する居住者は、その年において生じた純損失の金額がある場合には、当該申告書の提出と同時に、納税地の所轄税務署長に対し、純損失の繰戻しによる所得税の還付を請求することができる旨規定されている。
 また、「青色申告書を提出する居住者」とは、所得税法第143条《青色申告》の規定によれば、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務を行う居住者で、納税地の所轄税務署長の承認を受けた居住者とされている。
 さらに、所得税法第151条《青色申告の取りやめ等》第2項には、青色申告の承認を受けている居住者が所得税法第143条に規定する業務の全部を譲渡し又は廃止した場合には、その譲渡し又は廃止した日の属する年の翌年分以後の各年分の所得税については、その承認は、その効力を失うものとする旨規定されている。
ロ 請求人の場合、次の事実が認められる。
(イ)請求人は、平成4年3月13日、所得税の青色申告承認申請書をF税務署長に提出したこと。
 その後、請求人は、平成5年3月15日、不動産所得の金額を85,268円、雑所得の金額を1,458,001円並びに平成4年8月31日に不動産所得の基因となっていたP市R町2丁目285番地120号の家屋及びその敷地の用に供されている土地(以下、これらを併せて「本件賃貸用不動産」という。)の譲渡に係る分離長期譲渡所得の金額を26,091,373円と記載した平成4年分の所得税の青色の確定申告書をF税務署長に提出していること。
(ロ)請求人は、平成6年3月14日、雑所得の金額を1,489,033円、Q市S町5丁目2243番8号の本件居住用不動産の譲渡に係る分離長期譲渡所得の損失の金額を23,565,200円及び所得税法第69条の規定により計算した純損失の金額を22,076,167円と記載した平成5年分の所得税の確定申告書(損失申告用)並びに本件還付請求に関する事項を記載した還付請求書を原処分庁に提出していること。
(ハ)本件通知処分に係る調査担当職員が、請求人の関与税理士であるG(以下「G税理士」という。)を通じて、本件賃貸用不動産を譲渡した後、不動産賃貸のための不動産の購入等の計画及び本件賃貸用不動産以外の貸付不動産の有無について聴取したところ、G税理士は、何もない旨申述していること。
ハ 上記ロの事実によれば、請求人は、平成4年8月31日に不動産所得の基因となるすべての不動産を譲渡しており、それ以後においては不動産賃貸に係る計画等もないことから、所得税法第151条第2項の規定により本件賃貸用不動産を譲渡した日の属する年の翌年分以後の請求人の所得税の青色申告の承認の効力はなくなる。
 したがって、請求人が、平成5年分の所得税の確定申告において、青色の申告書を用いて申告したとしても、同年分の所得税の確定申告書は青色申告書以外の申告書(以下「白色申告書」という。)となるから、請求人は、所得税法第140条第1項に規定する青色申告書を提出する居住者には該当せず、純損失の繰戻しによる還付の請求をすることはできないこととなるので、本件還付請求に対して還付すべき理由がない旨の通知をした本件通知処分は、適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件通知処分の適否であるので、以下審理する。
(1)当審判所が調査したところによれば、次の事実が認められる。
イ 請求人は、平成4年3月13日、平成4年分以後の所得税の申告を青色申告書によりたい旨及び所得の種類は不動産所得である旨等を記載した青色申告承認申請書をF税務署長に提出しているところ、この申請は、所得税法第147条《青色申告の承認があったものとみなす場合》の規定により、同年12月31日においてその承認があったものとみなされたこと。
ロ 請求人に係る住民票によれば、請求人は、平成5年3月14日、Q市S町5丁目21番11号からQ市T町2丁目33番28号に転居していること。
ハ 請求人は、平成5年3月15日、平成4年分の所得税について、青色の確定申告書(分離課税用)に不動産所得の金額を85,268円、雑所得の金額を1,458,001円及び分離長期譲渡所得の金額を26,091,373円と記載して、F税務署長に提出していること。
ニ 請求人の平成4年分の所得税の確定申告書に添付して提出された「譲渡内容についてのお尋ね」によれば、上記ハの分離長期譲渡所得は、請求人が平成4年中に本件賃貸用不動産を譲渡したことによるものであること。
ホ 請求人は、平成6年3月14日、平成5年分の所得税について、確定申告書(損失申告用)に雑所得の金額を1,489,033円、分離長期譲渡所得の損失の金額を23,565,200円及び純損失の金額を22,076,167円と記載して原処分庁に提出すると同時に、本件還付請求に関する事項を記載した還付請求書を提出していること。
ヘ 請求人の平成5年分の所得税の確定申告書に添付して提出された「譲渡内容についてのお尋ね」によれば、上記ホの分離長期譲渡所得の損失は、請求人が平成5年中に本件居住用不動産を譲渡したことによるものであること。
ト 請求人は、当審判所に対しG税理士を介して要旨次のとおり答述していること。
(イ)請求人は、本件賃貸用不動産以外に不動産所得の基因となる不動産を所有していなかった。
(ロ)請求人は、本件賃貸用不動産を譲渡した後、他の賃貸物件を取得する計画又は他の業務を開始する計画を有していなかった。
(2)ところで、所得税法第140条第1項は、青色申告書を提出する居住者は、その年において生じた純損失の金額がある場合には、当該申告書の提出と同時に、納税地の所轄税務署長に対し、所得税の還付を請求することができる旨規定している。
 また、所得税法第143条は、「不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務を行なう居住者は、納税地の所轄税務署長の承認を受けた場合には、確定申告書及び当該申告書に係る修正申告書を青色の申告書により提出することができる」と規定しているが、所得税法第151条第2項の規定によれば、「第143条の承認を受けている居住者が同条に規定する業務の全部を譲渡し又は廃止した場合には、その譲渡し又は廃止した日の属する年の翌年分以後の各年分の所得税については、その承認は、その効力を失うものとする」とされている。
 以上の規定から、青色申告の承認を受けている居住者が、不動産所得、事業所得及び山林所得を生ずべき業務の全部を譲渡し又は廃止した場合には、その譲渡し又は廃止した日の属する年の12月31日までに不動産所得、事業所得及び山林所得を生ずべきいずれかの業務を開始していない限り、その年の翌年分以後の各年分の所得税については、青色申告の承認の効力が失われることになり、当該居住者は、青色申告書を提出する居住者に該当しないこととなるので、その年の翌年以後の各年において生じた純損失の金額につき繰戻しによる所得税の還付を請求することはできないと解するのが相当である。
(3)上記(1)の事実によれば、請求人は、平成4年分の所得税については、不動産所得を生ずべき業務を行う居住者であり、青色申告書を提出する居住者に該当すると認められるが、平成5年分以後の所得税については、平成4年中に本件賃貸用不動産を譲渡した後において不動産所得を生ずべき業務を行っていた事実はなく、また、同年末日までに事業所得又は山林所得を生ずべき業務を開始した事実も認められないから、上記(2)の規定に照らして判断すると、請求人の所得税の青色申告の承認については、平成5年分以後その効力が失われており、請求人は、同年分について青色申告書を提出する居住者に該当しないことは明らかであるので、同年分の純損失につき繰戻しによる還付の請求をすることはできないといわざるを得ない。
(4)請求人は、青色申告制度が、納税者の権利保護の目的をもってできた制度であり、また、それが普及した今日では、もはや特別に恩典的に与えられた制度ではなくなっているので、青色申告の承認を受けている請求人が、平成5年中に、青色申告の対象となる所得を生ずべき業務を行っていなかったことのみをもって、青色申告の対象となる所得を生ずべき業務を行っていれば認められた純損失の繰戻しによる還付の請求をすることができないというのは不合理である旨主張する。
 しかしながら、平成4年分や平成5年分の所得税にも適用される現行の所得税法の純損失の繰戻しによる還付の請求に関する各規定によれば、上記(2)のとおり、純損失の繰戻しによる還付の請求をすることができる者を、当該純損失が生じた年分について青色申告書を提出する居住者に限定しているところ、請求人は、上記(3)のとおり、平成4年中に本件賃貸用不動産を譲渡したこと等により、純損失が生じた平成5年分については、青色申告書を提出する居住者に該当しないことは明らかであるから、青色申告制度の目的等のいかんにかかわらず、請求人は、平成5年分の純損失につき繰戻しによる還付の請求をすることはできないといわざるを得ない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(5)請求人は、平成5年中に不動産所得を生ずべき業務を行っていれば、問題なく純損失の繰戻しによる還付の請求をすることができたということを知らなかった旨主張する。
 しかしながら、納税者が、純損失の繰戻しによる還付の請求をすることができるのは具体的にどのような場合であるかを知っていたか否かは、所得税法第140条の規定の適用に当たり影響を及ぼすものではないから、請求人の主張する理由によって、上記(3)の判断が左右されることはないというべきである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(6)請求人は、平成4年分以後の所得税について青色申告の承認を受けているが、青色申告の取りやめをしていないし、また、原処分庁から青色申告の承認の取消処分も受けていない旨主張する。
 しかしながら、上記(2)及び(3)のとおり、請求人に対する所得税の青色申告の承認については、所得税法第151条第2項の規定により、平成5年分以後その効力は失われている。
 そうすると、請求人は、平成5年分の所得税について青色申告者ではなくなるから、請求人が青色申告の承認の取りやめをしているか否か又は原処分庁から青色申告の承認の取消処分を受けているか否かにかかわりなく、平成5年分の所得税について青色申告書を提出する居住者とは認められない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(7)請求人は、所得税法第69条第1項には、損益通算をすることができる所得として、不動産所得、事業所得、山林所得及び譲渡所得が掲げられており、そのうちの譲渡所得は、昭和25年度税制改正要綱において青色申告の対象となる所得に譲渡所得が含まれていたのであるから、これらの4つの所得は、一体のものとして考えるべきである旨主張する。
 しかしながら、所得税法第69条第1項は、総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額を計算する場合において、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額があるときは、一定の順序により、これを他の各種所得の金額から控除する旨を規定した損益通算についての規定であって、青色申告の対象となる所得の種類について規定したものではない。
 また、現行の所得税法においては、上記(2)のとおり、青色申告の対象となる所得を不動産所得、事業所得又は山林所得に限定し、かつ、純損失の繰戻しによる還付の請求をすることができる者を、当該純損失が生じた年分について青色申告書を提出する居住者に限定している。
 これらの規定からすると、請求人の主張する理由をもって、請求人が青色申告書を提出する居住者に該当しない平成5年分の分離長期譲渡所得の損失からなる純損失について、青色申告の対象となる所得と同様に扱い、繰戻しによる還付の請求を認めることはできないというべきである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(8)請求人は、平成5年中に譲渡した本件居住用家屋は、身体的理由から居住に適さなかったので、本件居住用不動産を譲渡せざるを得なかったものであり、また、請求人が平成4年中に本件居住用不動産を譲渡していれば、その譲渡に係る損失の金額を、本件賃貸用不動産の譲渡に係る所得の金額と相殺することができたということを知らなかったのであるから、本件還付請求は認められるべきである旨主張する。
 しかしながら、請求人の主張は、上記(2)で述べた各規定及び上記(7)で述べた損益通算についての規定などに照らしてみると、独自の見解によるものであり、上記(3)の判断を左右する合理性のあるものとは認められない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(9)以上のとおり、請求人は、純損失の繰戻しによる還付の請求をすることができる青色申告書を提出する居住者に該当しないことから、本件還付請求は、所得税法第140条第1項に規定する要件を満たしていない不適法なものである。
 したがって、不適法な本件還付請求に対して還付すべき理由がない旨の通知処分をした本件通知処分は、適法である。
(10)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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