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(平9.1.29裁決、裁決事例集No.53 381頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成5年分の贈与税の申告書を提出しなかったところ、原処分庁は、平成7年7月5日付で請求人に対し、平成5年分の贈与税について課税価格を172,389,753円及び納付すべき税額を109,352,300円とする決定処分並びに無申告加算税の額を16,402,500円とする賦課決定処分をした。
 請求人は、これらの処分を不服として平成7年8月31日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月30日付でいずれも棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成7年12月19日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 決定処分について
 請求人は、昭和60年3月14日に請求人の父であるJ(以下「J」という。)から同人名義のP市R町3丁目1011番所在の宅地380.16平方メートル(以下「本件宅地」という。)及び同所同番地所在の鉄筋コンクリート造陸屋根2階建居宅、床面積1階198.86平方メートル2階122.84平方メートル(以下「本件家屋」といい、「本件宅地」と併せて「本件不動産」という。)の贈与を受け、同日付で贈与契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)を作成した。
 原処分庁は、これに対し、本件不動産がJから請求人に所有権移転登記された平成5年12月13日に贈与されたものであるとして、平成5年分の贈与税について決定処分をした。
 しかしながら、本件不動産は昭和60年3月14日に贈与を受け、本件公正証書を作成したもので、次のことからも、贈与による取得の時期は同日である。
(イ)請求人が本件不動産を贈与により取得した経緯は、次のとおりである。
A 請求人は、昭和60年3月14日にJと同道して○○法務局所属公証人K(以下「公証人K」という。)の事務所に出向き本件公正証書を作成した。
B 本件不動産の贈与を受けた時、請求人は27歳で歯科医師であったところ、本件家屋にはJ及び請求人の母、兄、兄の嫁、妹らと同居していた。
C 請求人は、上記贈与契約と同時に本件不動産の登記済証の引渡しを受け、本件不動産の管理を自己の責任で始めた。
D 請求人以外の5名の同居者は、昭和60年12月にQ市S町43番地の2所在の家屋に転居したので、本件家屋には請求人が独りで居住することになり単独で使用し、管理していた。
E 請求人は、昭和61年3月に本件不動産に係る固定資産税の納税管理人となった。
F 請求人は、贈与契約をした時に、Jから「本件不動産はお前のものだ。」と言われていたので、自分のものになったことは理解していたが、贈与税というものの課税原因となる贈与であるという理解はなかったし、Jからも何の説明も受けなかったことから、昭和60年分の贈与税の申告はしなかった。
G 請求人は、贈与契約後の本件不動産に係る固定資産税、水道料金、電気料金、電話料金等は、請求の名義いかんを問わずすべて負担し、支払ってきたし、本件不動産の修理、管理の費用もすべて負担してきた。
H 請求人は、平成元年4月に結婚し、本件家屋に妻と同居した。
 その後2児をもうけ、平成5年には帰化して日本国籍を取得し、現在は親子4名で本件家屋に居住している。
I 請求人は、平成5年12月13日に本件不動産につき、昭和60年3月14日の贈与を登記原因として、所有権移転登記手続をした。
 なお、所有権移転登記手続はJが代行したが、登記に要した費用は、請求人が負担した。
(ロ)贈与税の課税要件としての贈与の時期については、その契約が書面によるものであるときは、その契約成立の時、書面によらない契約の場合には、履行の時、とされているところである。
(ハ)贈与物件が不動産である場合、所有権移転登記がなされていなくても、権利証交付がされれば、贈与は履行されたものとするのが判例である。
 本件において請求人は、昭和60年3月14日に贈与者であるJから本件不動産の登記済証の交付を受け、遅くとも同年12月には物理的にも本件家屋の明渡しを受けて、単独で占有するに至っており、少なくともその時点で贈与契約の履行は完了したことに疑いはない。
(ニ)異議審理庁は、異議申立てを棄却した異議決定書の理由の中で、本件不動産について都市ガス及び水道の契約者名義がJから請求人に移動したのが、前者は平成元年10月27日、後者が同年4月24日であること、並びに本件家屋に設置された電話の加入名義がJのままであることを指摘するが、それらは名義にかかわらず、昭和60年4月からは請求人がその負担において支払っているのであって、本件不動産の所有権移転の時期とは関係がない。
(ホ)異議審理庁は、異議申立てに係る調査の過程で、贈与者であるJ、受贈者である請求人のほか、法務局、公証人役場、司法書士事務所等において事情聴取をしたのち、本件公正証書に、不動産の引渡しをした旨が明記されており、上記(ハ)のとおり、遅くとも昭和60年12月には本件家屋の明渡しがされた事実を認めながらも、贈与者の「登記をしなかったのは節税になると思った。」及び「平成5年12月に登記をしたのは時効が完成したからだ。」(除斥期間の満了の意味)という発言だけをとらえて、「本件公正証書がJにおいて、とりあえず昭和60年3月に贈与の意思があり、作成された文書として認められるとしても、贈与の時期の確定についてはJの登記簿上の権利者たる地位をそのままにすることで留保していたものと認められる。」として、所有権移転登記のされた平成5年12月13日に贈与があったとする原処分を維持した。
(ヘ)売買、贈与等による不動産の所有権移転について、登記は売買、贈与の対抗要件にすぎず、その成立要件ではない。登記をする、しないは当事者の自由であって、不動産の贈与について登記をすることが義務づけられているわけではない。
(ト)仮に贈与税の課税を回避する意図の下に登記をしないでおいて、贈与契約の履行後5年、あるいは7年を経過してしまえば、国は課税権を行使することができなくなり、結果的には租税負担の公平を害することになると言えないこともない。
 しかし、そのような事態の発生を防ぐために国税職員には税務調査権限が与えられているのであり、そのような権限を適切に行使し得なかったために除斥期間が経過して課税の機会を失うことがあってもやむを得ないというのが除斥期間という制度の趣旨である。
(チ)上記(ト)のような事態の発生をさらに防止するために、税制調査会は、国税通則法の制定に際し、第2次答申「国税通則法の制定に関する答申」(昭和36年7月5日)の中で「権利の変動があった場合に登記又は登録をするものとされている不動産・・・については、所有権の移転等があった場合に・・・名義変更がされないで、しかも納税者からの申告がされないときは・・・その名義変更が行われた日から3年間は、本来の除斥期間経過後においてもなお課税権を行使することができるものとする」旨の答申をした。
 しかし、このような「異例の措置は除斥期間を定めることによって得られている法的安定性を害する」などとの反対意見(例えば、「日本税法学会の国税通則法制定に関する意見書」昭和36年11月11日)があったため、実定法化されずに現在に至っている。
 そうすると、原処分は、上記のとおり、Jから請求人に対する本件不動産の贈与(以下「本件贈与」という。)の時期の認定を誤っており、かつ、本件贈与についての贈与税の申告を怠ったことに対する報復として民法原理に反して事実をわい曲して認定した、違法な処分であるため、そのすべての取消しを免れない。
ロ 無申告加算税の賦課決定処分について
 上記イのとおり、決定処分は違法であるから、その全部の取消しに伴い、無申告加算税の賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 決定処分について
(イ)贈与の時期
 次のとおり、請求人は、平成5年12月13日にJから本件不動産を贈与により取得したものと認められる。
A 請求人は、昭和60年3月14日にJとの間で本件公正証書を作成した。
 その後、平成5年12月13日に本件公正証書に基づき贈与を原因として本件不動産に係る所有権移転登記がされたことから、本件不動産は、登記済証書に添付された本件公正証書のとおり、昭和60年3月14日に贈与されたものであると請求人は主張するので、本件公正証書を検討したところ、次のとおりである。
(A)本件公正証書は、昭和60年3月14日に公証人Kが請求人及びJから録取し、作成したもので昭和60年第××号の受付番号が付番されていること。
(B)本件公正証書には、次の事項が記載されていること。
a 昭和60年3月14日、贈与者Jは、その所有に係る本件不動産を受贈者□□(請求人)に贈与し、受贈者は、これを受諾した。
b 贈与者は、受贈者に対し前記の不動産を本日引き渡し、受贈者はこれを受領した。
c 贈与者は、受贈者から請求があり次第、本件不動産の所有権移転の登記申請手続をしなければならない。
d 前記の登記申請手続に要する費用は、受贈者の負担とする。
B 原処分の調査において、本件不動産を調査したところ次のとおりである。
(A)利用状況等
a 本件不動産に係る登記簿の謄本によれば、本件不動産のうち本件宅地は昭和33年に売買を原因として移転登記が、また、本件家屋は昭和38年に建築を原因として、昭和39年に所有権保存登記がJ名義でされていること。
b 本件不動産には昭和60年12月ころまで(イ)Jとその妻のL(以下「L」という。)、(ロ)請求人、(ハ)請求人の兄M(以下「M」という。)とその妻N(以下「N」という。)及び(ニ)請求人の妹T(以下「T」という。)の6名が居住していたこと。
c 請求人を除いた5名は、昭和60年12月にJの現在の住所地へ転居したので、本件不動産には請求人が単独で居住するようになり、平成元年4月に請求人は結婚し、現在に至るまで居住していること。
(B)その他
a Jは、昭和61年3月7日に本件不動産に係る固定資産税の納税手続について、納税管理人を請求人とする申告書をP市長あてに提出していること。
b 本件不動産に係る都市ガス、水道の契約について、平成元年10月27日、同年4月24日にそれぞれJから請求人に契約者を変更する旨の届けが提出されていること。
c 本件不動産に設置された電話に係る契約について、契約者はJのままであること。
C 贈与者をJとする贈与税の申告について、申告書の提出状況等を調査したところ、次のとおりである。
(A)Jは、昭和61年にQ市Y町8番410所在の山林(以下「Q市A土地」という。)の持分をM及びNへ贈与し、M及びNは、昭和62年2月19日に昭和61年分贈与税の申告書をW税務署長へ提出していること。
(B)Jは、昭和62年にQ市A土地の持分をM及びNへ贈与し、M及びNに係る昭和62年分贈与税の申告書は、昭和63年2月26日にJが持参し、W税務署長に提出していること。
(C)Jは、平成4年及び平成5年にQ市Y町8番の92所在の山林(以下「Q市B土地」という。)の持分をM及びMの長男であるX(以下「X」という。)に贈与し、平成4年分の贈与税申告書は平成5年3月9日、平成5年分の贈与税申告書は平成6年2月18日にそれぞれJが持参し、W税務署長へ提出していること。
D 請求人は原処分に係る調査の担当職員(以下「調査担当職員」という。)に対し、次のとおり申述している。
(A)本件公正証書を作成したことについて、「請求人には分からない。Jが本件公正証書を作ったから、はあそうですかと思った。」。
(B)本件公正証書を作成した昭和60年に所有権移転登記がされなかったことについて、「登記の名義変更はしていません。請求人はこのよう場合、登記の手続をしなければならないというようなことは、知りませんでした。」また、Jからは、登記について、「何も言ってなかった。」。
(C)昭和60年分として贈与税の申告をしなかったことについて、「贈与になるという認識はありませんでした。贈与税が発生することを知らなかった。」。
(D)平成5年12月13日に本件不動産の所有権移転登記がされたことについて、「平成5年12月に急にJから登記をするからと言われました。登記手続の手数料を請求されました。」また、「なぜ登記することになったのかは、分かりません。」。
(E)本件不動産を昭和60年に贈与されたという事実の分かるものについて、「本件公正証書以外にはありません。」また、「これら不動産に係る固定資産税を払いなさいと言われ、納税通知書が私のところに送られてきたので、銀行へ行き窓口で納税しています。」。
E Jは、調査担当職員に対し、次のとおり申述している。
(A)本件公正証書を作成したことについて、「節税になると思った。」。
(B)請求人が昭和60年分の贈与税の申告書を提出しなかったことについて、「申告者が請求人ですから分かりません。」。
(C)平成5年12月13日に本件不動産の所有権移転登記がされたことについて、「時効になったから登記をしたのです。」。
F 請求人は、異議申立てに係る調査の担当職員(以下「異議担当職員」という。)に対し、次のとおり申述している。
(A)本件公正証書を作成したことについて、「Jがしろと言った。」。
(B)昭和60年分の贈与税の申告をしなかったことについて、「贈与を受けたという認識はなく、本件公正証書を作成した時にJから、この土地、建物は請求人のものだよと言われただけで贈与とは思っていなかった。」。
(C)平成5年12月13日に本件不動産の所有権移転登記がされたことについて、「Jがしろと言ったが、その理由は知りません。」。
G Jは、異議担当職員に対し、次のとおり申述している。
(A)本件公正証書を作成したことについて、「昭和60年12月13日に贈与をしたことを、はっきりさせるために本件公正証書を作成しました。」。
(B)昭和60年に所有権移転登記をしなかったことについて、「本件公正証書を作成した昭和60年以前に◎◎で税務セミナーを受講したときに、某公認会計士から公正証書で贈与し、満7年後に所有権移転登記をすれば、贈与税がかからずに済むと聞き、節税のために所有権移転登記をしませんでした。」。
(C)昭和60年に贈与した後、贈与税について、「請求人には贈与税のことを話したことはない。」。
(D)平成5年12月13日に本件不動産の所有権移転登記がされたことについて、「昭和60年12月13日に公正証書により贈与してから7年以上経過したので所有権移転登記の手続をしました。」。
 以上によれば、本件不動産には本件公正証書が作成された前後において、請求人、J及びその家族がそのまま居住しており、その状況は何ら変っていないことが認められる。
 請求人における、(a)都市ガス及び水道の利用契約、(b)電話の加入契約並びに(c)不動産の所有者である納税義務者が提出すべき固定資産税の納税管理人申告書の提出の状況等からみると、本件公正証書に基づき昭和60年3月に本件不動産の引渡しがあったとは到底認められない。
 また、本件公正証書には、贈与を原因とする所有権移転登記は受贈者からの請求があり次第、これを行なう旨の記載がされているにもかかわらず、請求人及びJの申述によれば、請求人は、Jから指示されて平成5年12月13日に本件不動産の所有権移転登記がされている。
 その上、本件公正証書を作成し、所有権移転登記をしないままにしておく行為は、受贈者の納税義務及び贈与者に課される相続税法第34条《連帯納付の義務》に規定する連帯納付の義務を考え併せると、受贈者と贈与者との間には、贈与税を免れるという共通する利益が存在することから、請求人及びJとの間で、専ら贈与税の課税を免れるという目的をもって行われたものと認められる。
 したがって、本件公正証書がJにおいて、とりあえず昭和60年3月に贈与の意思があり、作成された文書として認められるとしても、贈与の時期の確定についてはJの登記簿上の権利者たる地位をそのままにすることで留保していたものと認められる。
 ところで、贈与の時期は、書面によるものは原則としてその契約の効力の発生したときと解されるが、本件の場合、親子間で不動産の贈与が行われたとして本件公正証書が作成されており、形式的には整っているものの、長期間にわたって所有権移転登記も行わず、課税に係る時効が到来したからといって、請求人に所有権移転登記をしたことは、いわば本件不動産の所有権の移転を予定していたというにすぎず、かかる贈与税の課税の適否を争うような場合には、特に課税の公平の観点から、単に当該贈与契約が書面に記載されているということのみを重視するのではなく、これに関連する諸事実を総合して実質的に判断すべきであるから、請求人の主張は到底認めることはできない。
 よって、本件公正証書は、真意に贈与をするために作成された文書とは認められず、本件贈与の時期は所有権移転登記がなされた平成5年12月13日と判断するのが相当であるから、課税年分を平成5年分とした原処分は相当である。
 以上のことから本件贈与は、平成5年に行われたものと認められることから、原処分は請求人が主張する昭和60年3月14日の贈与について贈与税の申告を怠ったことに対する報復として、民法の原理に反して事実をわい曲して認定した違法な処分には当たらず、いずれも請求人の主張には理由がない。
(ロ)贈与税の課税価格及び税額
 請求人が平成5年12月13日にJから贈与を受けた本件不動産については、相続税財産評価に関する基本通達(昭和39年4月25日付直資56ほか。ただし、平成6年2月15日付課評2―2による改正前のもの。以下、「評価通達」という。)に基づいて算定された評価額は、土地について164,408,175円及び建物について7,981,578円の合計172,389,753円となり、この価格が請求人の平成5年分の課税価格となる。
 したがって、上記課税価格から、基礎控除600,000円を控除した後において算出される贈与税額は、109,352,300円となり、決定処分はこれと同額によってされているので相当である。
ロ 無申告加算税の賦課決定処分について
 上記イのとおり、決定処分は適法であり、かつ、請求人には国税通則法第66条《無申告加算税》第1項ただし書に規定する正当な理由があるとは認められないから、同項の規定に基づき無申告加算税を賦課したことは適法である。

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3 判断

 本件審査請求については、本件不動産が贈与された時期に争いがあるので、以下審理する。

(1)決定処分について

イ 贈与の時期
(イ)次の事実については、当事者間に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
A 本件公正証書は、昭和60年3月14日に公証人KがJ及び請求人から録取し、作成したもので昭和60年第××号の受付番号が付番されていること。
B 本件公正証書には、(a)昭和60年3月14日贈与者Jは、その所有に係る本件不動産を受贈者□□(請求人)に贈与し、受贈者は、これを受諾したこと、(b)贈与者は、受贈者に対し前記の不動産を本日引き渡し、受贈者はこれを受領したこと、(c)贈与者は、受贈者から請求があり次第、本件不動産の所有権移転の登記申請手続をしなければならないこと及び(d)前記の登記申請手続に要する費用は、受贈者の負担とする旨が記載されていること。
C 本件不動産は、平成5年12月13日に昭和60年3月14日の贈与を登記原因として、Jから請求人へ所有権移転登記がされていること。
D 請求人は、本件公正証書の作成当時、これに記載された本件不動産に対する贈与税の申告をしていないこと。
(ロ)原処分関係資料について、当審判所が調査したところ、次の事実が認められる。
A 本件不動産に係る登記簿謄本によれば、本件宅地は昭和33年11月5日に売買を原因としてJに移転登記が、また、本件家屋は昭和38年5月7日に建築を原因として、昭和39年8月26日に同人名義で所有権保存登記がされていること。
B 本件公正証書が作成された昭和60年3月14日現在、本件家屋には、請求人、J、L、M、N及びTの6名が居住していたこと。
C 本件家屋に居住していた請求人以外の5名は、(a)昭和60年12月25日にJ及びTが、(b)昭和60年12月28日にMが並びに(c)昭和60年12月29日にL及びNが、いずれもQ市S町43番地の2へ住所を移動したこと。
D 請求人は、昭和61年3月に本件不動産に係る固定資産税の納税管理人となったこと。
E Q市A土地及びQ市B土地の登記簿謄本によれば、別表1及び別表2のとおり、JからM、N及びX(以下、この3名を併せて「Mら」という。)に対し、それぞれ贈与を原因とする所有権移転登記がされていること。
F 上記Eの各不動産の贈与に係る贈与税の申告については、いずれも申告期限内にJが申告納税相談会場へ出向き、税務職員と面接し、申告書の提出等すべてを行っていること。
(ハ)Jは、調査担当職員に対し、次の旨申述している。
A 本件公正証書を作成したのは、節税になると思ったからである。
B 平成5年12月13日に本件不動産の所有権移転登記がされたのは、時効になったからである。
C 本件不動産以外の不動産の贈与については、公正証書を作成せず贈与し、その申告手続はMが忙しいので自分がしている。
(ニ)請求人は、調査担当職員に対し、次の旨申述している。
A 請求人は、公正証書を作成して贈与を受けた場合、登記の手続をしなければならないということは知らなかったので、本件不動産について登記の名義変更をしなかった。
B 平成5年の12月になり、急にJから登記をするからと言われたので、登記手続をし、その手数料を支払うよう請求された。
C Jからは、贈与税のことについては、何も言われなかったが、昭和61年3月ころに、土地、建物については請求人のものとなったから、固定資産税については支払いなさいと言われた。
D 本件公正証書を作成したことについて、請求人には分からないが、Jから公正証書を作ったからと言われて、はあそうかと思った。
(ホ)請求人は、異議担当職員に対し、次の旨申述していること。
A 昭和60年分の贈与税の申告をしなかったことについては、贈与を受けたという認識はなく、公正証書を作成した時にJから、この土地、建物は請求人のものだよと言われただけで贈与とは思っていなかった。
B 平成5年12月13日に本件不動産の所有権移転登記を行ったことについて、Jに言われて行ったもので、同人が同日に所有権移転登記手続をすると言ったことの理由については知らなかった。
C 請求人は、昭和61年3月7日に本件不動産の固定資産税の納税管理人となったことについて、Jが手続し、同人に言われたので固定資産税を支払っている。
(ヘ)ところで、贈与による財産の取得の時期について、国税庁長官が定める相続税法基本通達1・1の2共―7《財産取得の時期の原則》には「書面によるものについてはその契約の効力の発生した時、書面によらないものについてはその履行の時」とされ、書面によるものについてはその契約の効力の発生した時に財産の取得があったとされたことについては、書面さえ存在していれば上記のように扱うというものではなく、たとえ書面が存在していても、その真実性には疑問が多く、むしろ全体を総合的にみるならば、その内容が租税回避その他何らかの目的により、当事者の真意とは別になされた仮装の行為とみるのがより自然かつ合理的であるようなものまで、書面による贈与としての効力を認めようとするものではないと解するのが相当である。
 そうすると、本件のように親族間で不動産の贈与が行われたとして公正証書が作成されているが、長期間にわたって所有権移転登記を行わず、公正証書作成時からすると、課税の除斥期間が経過してから所有権移転登記をし、公正証書を作成した時をもって法的効果を主張してその贈与税の課税時期を争うような場合には、特に課税の公平の観点から、単に当該贈与契約が書面に記載されているということのみを重視するのではなく、これらに関する諸事実を総合して実質的に判断すべきところである。
 そこで、上記(イ)ないし(ホ)の事実及び申述に基づき判断すると次のとおりである。
A Jは、上記(ロ)のE及びFのとおり、Mらに対し、本件不動産以外の不動産を継続的に持分贈与し、これらの不動産について、上記(ハ)のCのとおり、公正証書を作成することなく贈与を原因とする所有権移転登記がされ、請求人以外の受贈者については、実態との権利確保のため実質の所有者と登記簿との所有者を合致させていることが認められ、また、この贈与税の申告は、申告納税制度の下、申告期限内にいずれもJが自ら納税相談会場へ出向き、申告書の提出等を行っているにもかかわらず、本件不動産については、上記(イ)のC及びDのとおり、7年余りの長期間にわたり所有権移転登記をせず、本件公正証書の作成時に贈与が行われたとするならば、当然なされるはずの贈与税の申告がないことは、贈与物件の内容から見ても不自然であり、かつ、合理的な理由も存在しないことからも贈与の時期等について何らかの意図があったと認められる。
B 本件公正証書を作成する必要性があったかどうかについて当審判所が調査したところによれば、上記(ハ)のAのとおり、Jは本件公正証書を作成することが節税になると思ったからであると申述していること、また、受贈者である請求人は、上記(ニ)のD及び(ホ)のとおり、Jから本件公正証書を作ったからと言われて、「はあそうか」と思ったこと、本件公正証書を作成した時に同人からこの土地、建物は請求人のものだよと言われただけで贈与とは思っていなかったこと等の申述をしており、これらの申述からすると本件公正証書はJの発意によって作成されたものであって、請求人はJのいうがままにその作成に応じたものであることからすると、本件公正証書を作成する合理的な理由は認められず、また、特段の必要がないのに作成されたことからすると、本件公正証書の作成目的は上記(ハ)のA及びBのとおり、租税回避のために作成されたものと認めざるを得ない。
C 本件公正証書には、上記(イ)のBのとおり、陳述の趣旨が記載されており、この記載内容とそれに基づく請求人及びJの言動について当審判所が調査したところによれば、本件公正証書の(2)には、「贈与者は、受贈者に対し前記の本件不動産を本日引き渡し、」と明記されているところ、受贈者である請求人は、上記(ロ)のB及びCのとおり、本件不動産に昭和60年12月まで家族5名と同居し、その居住は本件公正証書の作成以前から居住の用に供されているものであって何ら従前と変わることのないことから、本件公正証書の作成を原因として本件不動産の引渡しが行われたとは認められず、請求人及びJは、本件公正証書に記載されている陳述の趣旨に沿った行為がなされていないことが認められる。
D 請求人は、昭和60年3月14日にJから本件不動産の登記済証の交付を受け、遅くとも同年12月には物理的にも本件不動産の明渡しを受けて、単独で占有するに至っており、少なくともその時点で贈与契約の履行は完了した旨主張する。
 しかしながら、上記(ロ)のCのとおり、本件不動産には請求人が独りで居住することになったとは推認されるとしても、上記(ニ)及び(ホ)のB及びCのとおり、(a)請求人は、昭和60年3月14日に本件公正証書を作成したことについて、Jから本件公正証書を作ったと言われて、はあそうですかと思ったこと、(b)請求人は、本件公正証書作成後、所有権移転登記の手続をしなければならないようなことは知らなかったこと、また、Jは贈与税について何も言っていなかったこと、(c)請求人は、昭和61年3月7日に本件不動産の固定資産税の納税管理人となったことについて、Jが手続し、同人に言われたから固定資産税を支払っていること及び(d)請求人は、平成5年12月13日に本件不動産の所有権移転登記がされたことについて、Jから登記手続をすると言われて行ったが、同人が同日に所有権移転登記手続をすると言ったことの理由を知らないことが認められる。
 これらのことから本件不動産について、本件公正証書作成時点から所有権移転登記がされるまでにおける上記(a)ないし(d)の行為、さらには、上記(ハ)のA及びBのことからも、贈与税の課税が除斥期間を経過するまでの意図的な所有権移転登記の留保等は、いずれもJの一方的な意思の下に行われた行為であることより、所有権移転登記の行われるまで、本件不動産はJの支配下にあったと認められ、遅くとも昭和60年12月には贈与契約の履行が完了したとする請求人の主張は採用することはできない。
E そうすると、上記AないしCのとおり、(a)本件不動産は贈与税の課税が除斥期間を経過するまで合理的な理由なく長期間にわたって所有権移転登記がされていないこと、(b)本件公正証書の作成の目的は租税回避にあり、それ以外に特段の必要性がなかったものと推認されること及び(c)本件公正証書に記載されている陳述の趣旨に沿わない行為が行われていることが推認され、本件公正証書は実態の伴わない形式的文書にすきず、本件公正証書によって贈与が成立したとは認めることはできない。
 また、上記Dのとおり、本件公正証書作成時点から所有権移転登記がされるまで、贈与が成立したと認められるべき事実はない。
 よって、贈与の成立した時期は、本件贈与が成立した権利関係を、第三者に対して主張するための法律要件が成就した時、すなわち、現実に所有権移転登記がされた時と認めるのが相当である。
 なお、請求人は、原処分は昭和60年3月14日の贈与について贈与税の申告を怠ったことに対する報復として、民法の原理に反して事実をわい曲して認定した違法な処分である旨主張する。
 しかしながら、上記のとおり、本件不動産の贈与の時期は、贈与を原因として所有権移転登記がされた時の平成5年12月13日と認められることから、原処分庁が平成5年分とした贈与税の決定処分は適法であり、請求人の主張はいずれも採用することはできない。
ロ 贈与税の課税価格及び税額
 原処分庁は、贈与税の課税価格について、評価通達による評価基準を基に算定していることが認められる。
 請求人は、これについて個別的にその違法事由を主張せず、当審判所においても、特段この課税価格の計算を不相当とすべき明らかな事由を認めることはできない。
 そうすると、請求人の本件贈与に係る贈与税の課税価格は172,389,753円、納付すべき税額は109,352,300円となり、これらの全部は、いずれも決定処分に係る贈与税の課税価格及び税額と同額であるから、平成5年分の決定処分は適法である。

(2)無申告加算税の賦課決定処分について

 以上のとおり、決定処分は適法であり、また、請求人には、期限内申告書の提出がなかったことについて、国税通則法第66条第1項ただし書に規定する正当な理由があるとは認められないから、同項の規定に基づいてされた無申告加算税の賦課決定処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

別表1


(単位 平方メートル)
不動産地番地目面積
Q市Y町8番410山林330
贈与年月日受贈者受贈者
昭和61年12月2日持分4分の1M 持分4分の1N
昭和62年12月16日持分4分の1M 持分4分の1N

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