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(平9.2.18裁決、裁決事例集No.53 507頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、昭和57年1月1日に死亡したF及びその夫で同月23日に死亡したG(以下順に、「被相続人F」、「被相続人G」といい、両者を併せて「両被相続人」という。)の共同相続人(被相続人Gの死亡後の共同相続人をいう。以下同じ。)5名のうちの1名であり、他の共同相続人とともに同族会社であるH株式会社の会社役員であるが、両被相続人の相続開始に係る相続税について、いずれも相続税法(平成6年法律第23号による改正前のもの。以下同じ。)第55条《未分割遺産に対する課税》の規定に基づき、申告書に両被相続人の遺産(以下「本件各遺産」という。)を法定相続分の割合に従って取得したものとして計算した課税価格を記載して、法定申告期限までに申告した。
 次いで、請求人は、両被相続人の相続開始に係る相続税について、いずれも再度にわたる修正申告書を提出した後、他の共同相続人と共同して、修正申告書(以下「本件各申告書」という。)を昭和58年12月14日にJ税務署長に提出した。
 その後、本件各遺産の分割に係るK家庭裁判所の審判(以下「本件審判」という。)に対する即時抗告が平成元年6月27日に棄却されたことによって、本件審判に基づく本件各遺産の分割が確定したところ、他の共同相続人のうち3名は、相続税法第55条ただし書の規定に基づき、同年10月27日に、被相続人Fの相続開始に係る相続税について同法第31条《修正申告の特則》第1項に規定する修正申告書を提出するとともに、被相続人Gの相続開始に係る相続税について同法第32条《更正の請求の特則》第1号に規定する更正の請求をした。
 J税務署長は、これに対して、平成2年10月24日付で、他の共同相続人3名に対し減額の更正処分等を行うとともに、請求人に対し相続税法第35条《更正及び決定の特則》第3項の規定に基づき、両被相続人の相続開始に係る相続税の各更正処分(以下「本件各課税処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分をした。
 請求人は、本件各課税処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を不服として、これを完納せず、平成2年12月21日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成3年6月28日付で、本件各課税処分については棄却の異議決定(以下「本件異議決定」という。)をし、過少申告加算税の各賦課決定処分については全部取消しの異議決定をした。
 原処分庁は、滞納となった本件各課税処分に係る国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、平成3年6月20日付で請求人がH株式会社に対して有する同社の株式120,120株の株券の交付請求権(以下、この株券交付請求権を単に「本件交付請求権」という。)について債権の差押処分をした後、平成7年9月12日付で本件交付請求権に係る株券のうち45,000株(以下「本件株券」という。)を取り立て、同日付で本件株券について有価証券の差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。
 次いで、原処分庁は、請求人に対して、平成7年9月14日付の公売通知書により本件株券の公売期日を同月29日とする公売処分(以下「本件公売処分」という。)の通知をした。請求人は、本件差押処分及び本件公売処分を不服として、平成7年9月18日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月29日付でいずれも棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成7年12月28日に審査請求をした。
 なお、原処分庁は、国税通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定に基づき、平成3年2月28日付で本件滞納国税についてJ税務署長から徴収の引継ぎを受けている。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法、不当であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件差押処分について
(イ)まず、本件差押処分の前提となった請求人に対する本件各課税処分は、次のとおり、重大かつ明白な瑕疵が存在し無効である。
 したがって、その無効な本件各課税処分を前提とした本件差押処分は違法である。
A 本件各課税処分には、次のとおり、その根拠となる相続税法第55条ただし書、同法第32条第1号及び同法第35条第3項の各規定(以下、これらの規定を併せて「本件規定」という。)の解釈、適用を誤った違法があり、これにより生じた共同相続人間の課税の不公平は、日本国憲法第14条及び租税平等主義の原則に反する。
(A)本件規定は、遺産分割協議が整わず法定相続分の割合で申告した後、後日これと異なる割合の遺産分割がなされた場合、各共同相続人が相続によって得た利益とそれによって課される税額の間にアンバランス、不公平が生じた時に、これを調整し、課税の公平を期するための制度である。
(B)本件審判は、本件各遺産のすべてを時価評価の上、各共同相続人の特別受益をも勘案して、法定相続分の割合どおりに本件各遺産を分割することを内容とするものであり、また、本件各申告書は、本件各遺産を法定相続分の割合に従って取得したものとして記載したものである。
(C)したがって、本件各申告書に記載の税額と本件審判の遺産分割によって得た利益との間に何らのアンバランスや不公平も生じていないから、本件規定を適用すべき余地はない。
B 請求人は、本件各課税処分が行われる前に、J税務署長に対して、本件審判の内容を説明し、本件審判に係る審判書謄本の写しも提出していた。
 したがって、J税務署長は、本件各課税処分が本件規定の解釈、適用を誤っていること並びに日本国憲法第14条の規定及び租税平等主義の原則に反するものであることを事前に認識していた。
(ロ)次に、本件差押処分の対象となった本件株券は、次のとおり、株券の発行要件を満たしておらず無効である。
 したがって、その無効な株券を対象とした本件差押処分は違法である。
A 株券が有効に発行されたと言い得るためには、株券が会社により適法に作成され、かつ、これを株主に交付することが要件となる。
 しかしながら、本件株券は、株主兼取締役である他の共同相続人3名によって、取締役会等の会社の正規の意思決定によらないばかりか株主に何の連絡もないまま勝手に印刷され、請求人の不知の間に株主でない原処分庁に引き渡されたものであり、本件株券が株主である請求人に交付された事実もない。
B 原処分庁は、本件株券の原処分庁への交付は本件交付請求権の取立てに対し履行されたものであるから、そのことは株主である請求人に対する本件株券の交付と同視されるべきである旨主張するが、その主張する法的根拠は存在しない。
ロ 本件公売処分について
本件公売処分は、次のとおり、手続上の瑕疵があり、また、公売制度の公正を著しく害しており違法、不当である。
 なお、原処分庁は、国税通則法第105条《不服申立てと国税の徴収との関係》第1項ただし書の規定により本件公売処分は存在しなくなった旨主張するが、同条は、公売処分の効力を維持した上で暫定的に換価を禁ずる旨を規定しているにすぎず、公売処分の存否や取消事由等を規定したものではないから、原処分庁は法令の規定の解釈を誤っており、本件公売処分は依然として存続している。
(イ)原処分庁は、財産権及び法定手続を保証する日本国憲法第29条及び同法第31条の規定の趣旨に従い、本件公売処分によって本件株券という財産権を喪失することになる請求人に対して弁解・防御する機会を与えるために、本件株券を鑑定しその見積価額を正当に評価した上、見積価額を通知しなければならないはずである。
 しかるに、原処分庁は、本件公売処分に当たり見積価額を通知せず、請求人から見積価額に対して弁解・防御する機会を奪った。
(ロ)原処分庁が鑑定人に本件株券の評価を委託し見積価額を決定しているならば、請求人にその旨を通知できたはずである。
 しかるに、それをしなかったということは、本件株券の鑑定評価をしていないことを裏付けるものであるから、本件公売処分に当たり、原処分庁は、本件株券を鑑定せず、見積価額の決定もしていないというべきである。
(ハ)原処分庁は、鑑定評価がなければ、公売する株券の必要数を判断できないはずであり、公売参加人は、公売保証金や見積価額が明らかでなければ、公売に必要な資金の準備ができず、事実上公売に参加することができない。また、H株式会社の定款には、株式の譲渡制限の規定が設けられており、第三者が本件株券を落札しても、譲渡承認の取締役会決議を得られるか否か不明であり、仮に譲渡承認が得られても、本件株券は会社の発行済株式総数900,000株のわずか、4.5パーセントにすぎず、会社の支配、経営に対する影響は皆無に等しいことから、本件公売処分を実施しても買受人があるとは考えられない。
 そうすると、このような状況であるにもかかわらず、原処分庁が本件公売処分を実施しようとしたのは、原処分庁がH株式会社の株主兼取締役である共同相続人3名と内々に協議し、当該取締役が落札する段取りをしていたからにほかならないものである。
(ニ)原処分庁は、請求人と他の共同相続人3名とが会社の支配権及び経営権を巡って争っていること及び本件株券の取得がこの争いに大きな影響を与えることを承知しているのであるから、本件公売処分に係る原処分庁の一連の行為は、租税債権の確保という口実を借用した、いわゆる民事介入に当たるというべきものである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であり、本件審査請求のうち本件差押処分については棄却、本件公売処分については却下の裁決を求める。
イ 本件差押処分について
(イ)課税処分と差押処分とは、それぞれ別個の法律効果を目的とする独立した行政処分であり、課税処分の瑕疵が外形上一見して重大かつ明白な場合を除いては、課税処分の違法性は差押処分に承継されない。
 本件各課税処分は、本件審判により請求人の取得する相続財産が確定したことに伴いなされたものであり、本件各課税処分に一見して重大かつ明白な瑕疵は認められない。
 また、本件各課税処分は、その取消しを求める異議申立てが本件異議決定によって棄却されたとおり、有効である。
 したがって、請求人は、本件各課税処分の無効を理由として原処分の取消しを求めることはできない。
(ロ)請求人は、本件株券が適法に発行されたものでなく、請求人の不知の間に株主でない原処分庁に引き渡されたものであるから、本件株券は無効である旨主張するが、H株式会社は、その発行義務に基づき本件株券を発行したものであり、また、原処分庁は、差し押さえた本件交付請求権を行使し、国税徴収法第67条《差し押さえた債権の取立》第1項の規定に基づきH株式会社から本件株券の引渡しを受けたものであり、本件株券の原処分庁への交付は、株主に対する交付と同視されるべきものであるから、請求人の主張には理由がない。
ロ 本件公売処分について
 本件公売処分は、国税通則法第105条第1項ただし書の規定に基づき中止しており、取り消されるべき公売処分は存在しないため、これに対する審査請求は、その対象となる処分が存在しない不適法なものである。

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3 判断

 本件差押処分及び本件公売処分の適否について争いがあるので、以下判断する。

(1)本件差押処分について

イ 請求人は、本件各課税処分は重大かつ明白な瑕疵が存在し無効であるから、その無効な本件各課税処分を前提としてなされた本件差押処分は違法である旨主張し、その全部の取消しを求めるので、以下審理する。
(イ)課税処分と差押処分との関係についてみると、課税処分は納税義務の成立した租税債権を具体化し、その納付すべき税額を確定させることを目的とする手続であるのに対して、差押処分は確定した租税債権の強制的実現を目的とする滞納処分手続の一環であって、両者は、それぞれ別個の独立した法律効果の発生を目的とするものであり、結合して単一の法律効果を生ずるものではないから、仮に先行処分である課税処分が違法であってもそれが取り消されずに存続している以上、後行処分である差押処分は、原則として、それ自体に瑕疵がない限り違法とはならない。しかしながら、先行処分である課税処分に重大かつ明白な瑕疵が存在し当然に無効である場合には、税額がいまだ確定しないことになるから、差押処分は違法であると解される。
 そして、請求人は、本件各課税処分には重大かつ明白な瑕疵が存在する旨主張しているところであるが、処分の瑕疵が明白であるというためには、処分の外形上客観的に処分庁の誤認が一見して看取し得る程度のものでなければならないと解するのが相当である。
(ロ)そこで、まず、請求人は、重大かつ明白な瑕疵が存在する理由として、本件各申告書に記載の税額と本件審判の遺産分割によって得た利益とは共に法定相続分の割合によるものであってその間に何らのアンバランスや不公平も生じていないから、本件各課税処分には本件規定の解釈、適用を誤った違法があり、これにより生じた共同相続人間の課税の不公平は日本国憲法第14条及び租税平等主義の原則に反する旨主張するので、上記に照らし、検討したところ次のとおりである。
A 当審判所が本件審判の内容を調査したところ、本件審判は、本件各遺産のすべてを対象としたものではなく、本件各遺産のうち各共同相続人の協議分割に基づき一部分割の確定した財産を除き、未分割の財産のみをその対象とした上、その未分割の財産を昭和61年時点を標準として評価し、遺産分割の方法等を定めていることが認められる。
B ところで、相続税法第17条《各相続人等の相続税額》の規定によれば、相続により財産を取得した者に係る相続税額は、相続により財産を取得したすべての者に係る相続税の総額に、それぞれ相続により財産を取得した者に係る相続税の課税価格が当該財産を取得したすべての者に係る課税価格の合計額に占める割合を乗じて算出した金額とする旨規定されている。
 また、本件規定によれば、相続により取得した財産のうち遺産分割が行われていないため、各共同相続人が、その分割されていない財産を法定相続分の割合に従って取得したものとして課税価格を計算し申告書を提出したところ、その後に遺産分割が行われ、その遺産分割により取得した財産に係る課税価格が当該申告書に記載した課税価格と異なることとなった場合においては、当該遺産分割により取得した財産に係る課税価格を基礎として、納税義務者において申告書を提出し、若しくは相続税法第32条の更正の請求をすることができ、また、税務署長は、当該更正の請求に基づき更正をした場合において、当該更正の請求をした者の他の共同相続人の申告に係る課税価格又は相続税額が当該請求に基づく更正の基因となった事実を基礎として計算した場合におけるその者に係る課税価格又は相続税額と異なることとなるときには、その者に係る課税価格又は相続税額を更正する旨規定されている。
 これらの規定からすれば、相続により財産を取得した者に係る相続税額は、取得した相続財産の課税価格を基礎とし、そのあん分割合に基づき算出することとなる。また、この課税価格をいつの時点において評価するかについては、相続税法第22条《評価の原則》並びに民法第882条、同法第896条及び同法第909条の規定からすると、相続は被相続人の死亡によって開始し、相続人は相続開始の時から被相続人の権利義務を承継し、遺産の分割は相続開始の時にさかのぼってその効力を生じるのであるから、現実に遺産が分割された時点ではなく、相続開始の時点と解するのが相当である。
C これを本件についてみると、請求人は、本件各申告書に記載の税額と本件審判の遺産分割によって得た利益とは共に法定相続分の割合によるものであり、その間に何らのアンバランスや不公平も生じていないことを前提に、本件各課税処分の違法、無効を主張するが、本件審判を経て各共同相続人が取得した相続財産と本件各申告書に記載された相続財産とでは、それぞれの範囲及び評価の時期が異なることが明らかであり、相続により財産を取得した者に係る相続税額はその取得した財産の課税価格を基礎としたあん分割合に基づき算出すべきであるから、本件審判を経て各共同相続人が取得した相続財産に係る課税価格は本件各申告書に記載した課税価格と異なることとなる。
 そうすると、両被相続人の相続開始に係る相続税について、他の共同相続人が申告書を提出し、若しくは更正の請求をし、又は税務署長が更正することは、正に本件規定の予定しているところというべきであって、また、本件各課税処分を無効とする請求人の主張は、つまりはJ税務署長が認定した課税価格と本件各申告書における課税価格との差額に相当する課税価格がないという主張事実に帰結するところ、請求人から提出された全資料によっても当該差額に相当する課税価格がない旨の主張事実を具体的に確認することはできないばかりか、その主張事実は、事実関係を精査し、本件各遺産について個々の財産を評価し、課税価格を計算して初めてその有無が判明する性質のものであるから、本件各課税処分に客観的に外形上一見して看取し得る明白な瑕疵があるとはいえないこととなる。
D したがって、本件各課税処分に違法のあることを前提とした違憲等の請求人の主張は、その前提を欠くこととなり採用できない。
(ハ)次に、請求人は、J税務署長が本件各課税処分が本件規定の解釈、適用を誤っていること並びに日本国憲法第14条の規定及び租税平等主義の原則に反するものであることを事前に認識していたから、本件各課税処分は無効である旨主張するが、上記のとおり本件各課税処分に明白な瑕疵が認められない以上、請求人が事前に本件審判の内容をJ税務署長に説明し、本件審判に係る審判書謄本の写しを交付していた事実があったとしても、このことのみによって、J税務署長が本件各課税処分の違法性及び違憲性を事前に認識していたとは認定できず、他に当審判所に提出された全資料を総合しても、これを裏付ける証拠はない。したがって、この点に関する請求人の主張は採用できない。
(ニ)以上のとおり、本件規定を適用した本件各課税処分に請求人の主張する重大かつ明白な瑕疵が存在するとは認められず、他に本件各課税処分を当然に無効とすべき特段の事由も認められない以上、請求人は、本件差押処分の取消しを求めることはできないというべきである。
ロ 次に、請求人は、本件株券が取締役会等の正規の意思決定によらず、権限のない一部の取締役によって勝手に印刷されたものであり、株主でない原処分庁に交付されたものであることを理由に、本件株券を適法かつ有効な発行要件を具備していない無効な株券であるとし、その無効な株券を差し押さえた本件差押処分は違法である旨主張するので、以下審理する。
(イ)次のことについては、請求人と原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
A 請求人は、平成○年○月○日にL地方裁判所へ提訴した平成○年(ワ)第N号株券発行請求事件の訴訟において、H株式会社に対し、同社の株式120,120株に対応する株券の発行を請求していたこと。
B H株式会社は、上記Aの控訴審である平成×年×月×日Y高等裁判所平成×年(ネ)第W号株券発行請求控訴事件の判決(以下「本件判決」という。)により、請求人に対し、請求人の有するH株式会社の株式のうち、株券未発行株式64,926株に対応する株券の発行を命じられたこと。ただし、請求人は、本件交付請求権がすべて原処分庁に滞納処分として差し押さえられているから、その限りでは、請求人は、H株式会社から発行された株券の交付を受けることはできない旨判示されていること。
(ロ)当審判所の調査によれば、本件株券は商法第225条に規定する記載事項を具備していること及びH株式会社はその定款に株券の発行に関して株主総会又は取締役会の決議を要する旨の定めをしていないことが認められる。
(ハ)以上の事実からすれば、H株式会社は、既に株式を発行することが確定していた請求人の有する株式のうちいまだ発行されていない株式64,926株の株券を、本件判決に従って印刷、作成し、発行したものであって、本件株券は適法、有効である。
 なお、H株式会社の定款には、株券の発行に当たり取締役会の決議等を要する旨の特別の定めはないのであるから、本件株券の発行に当たり、あえて取締役会の決議等を要するとの主張は理由がない。
(ニ)ところで、国税徴収法第67条第1項では、徴収職員は、差し押さえた債権の取立てをすることができる旨規定されており、その取立てとは、被差押債権の本来の性質、内容に従って、その債権の取立てのために必要な滞納者の有する権利を行使することをいうと解するのが相当である。
 そして、取り立てたものが金銭以外のものであるときは、国税徴収法第67条第2項の規定に基づき差し押さえなければならず、同法第56条《差押の手続及び効力発生時期等》第1項の規定から、それが有価証券であるときは、徴収職員が占有して差し押さえることとなる。
(ホ)これを本件についてみると、原処分庁は、国税徴収法第67条第1項の規定に基づき、本件交付請求権の差押権者として、その取立権を行使し、H株式会社から本件株券の給付を受けたものであり、取り立てた本件株券を同条第2項の規定に基づき、有価証券として同法第56条の規定に従い差し押さえたのであるから、この点に関する請求人の主張は採用できない。

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(2)本件公売処分について

 請求人は、本件公売処分に手続上の瑕疵があり公売制度の公正を著しく害する違法がある旨主張し、本件公売処分は依然として存続しているとして本件公売処分の取消しを求めているので、以下審理する。
イ 原処分庁が平成7年9月14日付の公売通知書により本件株券の公売期日を同月29日とする本件公売処分の通知をしたこと及び請求人がこれに対して平成7年9月18日に異議申立てをしたことについては、請求人及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
ロ 当審判所の調査によれば、原処分庁は、請求人から異議申立てがされたことを理由として平成7年9月20日付の公売中止通知書をもって、本件公売処分を中止する旨を請求人に通知し、上記公売期日には公売は実施されずにその期日が経過したことが認められる。
ハ ところで、公売とは、差押財産について行う換価手続であり、税務署長が差押財産を換価するときは、国税徴収法第94条《公売》の規定により、これを入札又は競り売りの方法により公売に付さなければならず、公売に付することになった場合には、公売期日前の手続として同法第95条《公売公告》の規定により、公売期日の10日前までに、公売財産の名称、種類、性質及び所在、公売の方法、公売の日時及び場所等所定の事項を公告し、さらに同法第96条《公売の通知》の規定により、公告した事項等所定の事項を滞納者及び利害関係人に通知しなければならないのであり、また、必要に応じて同法第99条《見積価額の公告等》の規定により公売財産の見積価額を公告する。そして、公売期日においては、国税徴収法第101条《入札及び開札》又は同法第103条《せり売》の規定に従い入札書の差出し又は買受けの申込みをし、徴収職員が同法第104条《最高価申込者の決定》及び同法第106条《入札又は競り売りの終了の告知等》の規定により、最高価申込者を決定し、入札又は競り売りの終了の告知をすることとされている。
 これらの規定によると、公売手続が滞納者及び利害関係人に対して重大な影響を及ぼす処分であることにかんがみ、その公正であることを確保するため一連の手続として具体的かつ詳細な定めがされ、その厳守を求められているものと解される。
 したがって、公売公告をし、公売の通知を発しても、何らかの理由により公売期日を開くまでに至らないで公売を中止した後、再びその財産を公売する場合には、改めて公売期日を定め、公売公告以下の公売手続を踏まなければならないことは明らかである。
ニ これを本件についてみると、請求人は、本件公売処分に手続上の瑕疵があり、公売処分は依然として存続しているとして本件公売処分の取消しを求めるが、平成7年9月14日付の公売通知書により定められた同月29日の公売期日には、公売は中止され、実施されないでその期日を経過したのであるから、本件公売処分は、結局実施されなかったわけであり、処分は不存在ということになる。
 したがって、本件公売処分に係る審査請求は、存在しない処分の取消しを求める審査請求ということになるから、その対象を欠く不適法なものとして却下すべきである。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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