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(平10.6.25裁決、裁決事例集No.55 53頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)審査請求人(以下「請求人」という。)は会社役員であるが、平成4年分、平成5年分、平成6年分及び平成7年分(以下、併せて「各年分」という。)の所得税について、青色の確定申告書に別表1、別表2及び別表3の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。
(2)原処分庁は、これに対し、平成8年11月27日付で、各年分の所得税について、別表1、別表2及び別表3の「第1次更正処分」欄のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。また、平成8年12月5日付で、平成5年分及び平成6年分の所得税について、別表2及び別表3の「第2次更正処分」欄のとおりの減額の更正処分及び過少申告加算税の変更決定処分をした。
 請求人は、平成8年11月27日付でされた各年分の所得税の更正処分を不服として、平成9年1月24日に審査請求をした。
(3)その後、原処分庁は、平成9年2月27日付で、平成8年11月27日付の平成4年分及び平成5年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分並びに平成8年12月5日付の平成5年分の所得税の減額の更正処分及び過少申告加算税の変更決定処分をいずれも取り消すとともに、改めて、平成9年2月27日付で平成4年分及び平成5年分の所得税について、別表1の「第2次更正処分」欄及び別表2の「第3次更正処分」欄のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
 請求人は、平成9年2月27日付でされた平成4年分及び平成5年分の所得税の更正処分を不服として、同年4月16日に審査請求をした。
(4)なお、平成9年1月24日に審査請求された各年分の更正処分のうち、平成6年分及び平成7年分の更正処分(平成6年分の更正処分については、平成8年12月5日付でされた減額の更正処分後のものをいう。以下同じ。)並びに平成9年4月16日に審査請求された平成4年分及び平成5年分の更正処分を併せて、以下「本件更正処分」という。
 そこで、これらの審査請求について併合審理をする。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 請求人は、平成2年7月に画廊「△△△」の屋号で、絵画の売買取引業務(以下「本件絵画業務」という。)を開始し、各年分とも事業所得として申告した。
 原処分庁は、これに対し、本件絵画業務は事業所得を生ずべき事業には該当せず、本件絵画業務に係る損失は雑所得の損失であるとして本件更正処分をした。
 しかしながら、本件絵画業務は、次に述べるとおり、事業所得を生ずべき事業であるから、本件絵画業務に係る損失は事業所得の損失とすべきである。
(イ)原処分庁は、本件絵画業務の収支が開業以来赤字であるがゆえに、営利性、有償性を有し、相当程度安定した収益を得られる可能性があったとはいえず、本件絵画業務は事業所得を生ずべき事業には該当しない旨主張するが、本件絵画業務を開始した当時は世界中の名画が日本に集中し、その市場規模は年々拡大するものと思われていたからこそ、請求人はこのビジネスチャンスを活かすべく本件絵画業務に参入したものである。
 しかし、結果として参入の時期、主力商品の選定等事業戦略上の判断を誤って損失を招く事態に至ったといわざるを得ず、戦後、資産価格がかくも著しく、かつ、長期間にわたって低迷を続けた時期はなく、このように経済が激変したときには、黒字転換を果たすのにある程度の時間を要するのは避けられないので、原処分庁の主張は結果論であるといわざるを得ない。
(ロ)原処分庁は、本件絵画業務はすべてP市N町3丁目5番5号所在の合資会社S(以下「S社」という。)を通じて行われており、事業に費やす精神的、肉体的労力は低く、かつ、自己の危険と計算における企画遂行性に乏しい旨主張するが、開業当時は販売よりも仕入れに力を注いでいたので、従業員も必要でなく、S社を通じて売買する方が効率的であったからである。
 また、請求人はJ銀行Q支店から30億円の融資を受けており、現在、金利の低減交渉に全力を傾注しており、その成果は近日中に実現する予定であり、原処分庁は請求人の事業活動について誤認している。
(ハ)原処分庁は、本件絵画業務には絵画取引のための人的、物的設備がほとんどなく、請求人の生活の資が本件絵画業務以外の所得により賄われていることから事業所得を生ずべき事業ではない旨主張するが、現在の経済環境においては、いかなる組織を作り、広告活動を行おうともその投下した価値を補う価格で在庫品を高く処分できる可能性はないから、経費を極力抑制し損失を最小限にすることこそが肝要であり、まして、J銀行に対し元利払いの停止、金利の引下げを要請している状況で設備投資を行うことなど不可能である。
(ニ)請求人が、古物営業法に規定する古物商の許可を受けなかったのは、一般顧客と直接取引をしない事業形態では不要であると考えていたためである。
 なお、今回の調査を契機に、古物商の許可が必要であると分かり、その許可を受けた。
ロ 原処分庁は、請求人は本件絵画業務のための電話を有していない旨主張するが、請求人は開業当初から電話を有しており、このことは請求人の平成5年分の確定申告書に添付した本件絵画業務の貸借対照表に電話加入権として表示していることからも明らかであり、事実誤認している。
 ただし、電話の使用料については、手続上のミスにより株式会社T(以下「T社」という。)に請求され、T社の損金として処理されてしまっていたが、平成8年からは請求人が支払っている。
ハ 請求人は、平成4年ころに原処分庁の税務調査(以下「前回調査」という。)を受けた際に、今回の原処分に係る調査(以下「本件調査」という。)と同様に本件絵画業務の内容を説明したところ、原処分庁は、請求人の申告について何らの指摘、処分をすることなく是認していたにもかかわらず、本件調査後更正処分を行った。これは、信義則に反する行為である。

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(2)原処分庁の主張

 本件更正処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
 なお、平成8年11月27日付の平成4年分及び平成5年分の各更正処分(平成5年分の更正処分については、同年12月5日付の減額の更正処分後のものをいう。以下同じ。)は取り消されており、これらに対する審査請求は、却下すべきである。
イ 原処分庁が、本件絵画業務について調査したところ、次の事実が認められる。
(イ)請求人の本件絵画業務の開始時期は平成2年7月であり、絵画市況の高騰期と時期が一致していること。
(ロ)本件絵画業務に係る収支は、その開始以来、連年赤字であること。
(ハ)本件絵画業務に係る仕入れ先及び売上先の獲得、折衝等は、S社を通じてすべて行われていること。
(ニ)請求人は、Q市Q町1丁目10番10号所在の株式会社M(以下「M社」という。)及び同所所在のT社の代表取締役であり、M社はT社の全株式を所有していること。
(ホ)請求人は、生活の資の大部分を、配当収入並びにM社及びR市H町504番1号所在の株式会社Lからの給与等により得ており、本件絵画業務からの収入によっていないこと。
(ヘ)本件絵画業務に係る経理事務はT社の監査役であるG(以下「G」という。)が行っており、請求人は、同人に対して当該経理事務に関する対価を一切支払っていないこと。また、その他の事務を行うための従業員はいないこと。
(ト)本件絵画業務のために使用しているとする事務所はT社の本社ビルの一部屋であり、当該部屋には、入口ほか三か所に本件絵画業務のために使用する屋号である「△△△」の表示プレート及び室内に応接セットがあるのみで、その他電話などの本件絵画業務のための物的設備はないこと。
(チ)本件絵画業務に係る売上原価を除く必要経費は、借入金利子及び地代家賃が大部分であること。
(リ)請求人は、顧客を増やすための広告宣伝及びその他営業活動を一切行っていないこと。
(ヌ)請求人は、絵画の売買取引を行う業者が法的に義務付けられている古物営業法第2条《古物商の許可》第1項に規定する許可を受けておらず、また、画廊業者が加盟している絵画交換会や美術商協同組合等にも加盟していないこと。
ロ ところで、所得税法第27条《事業所得》第1項及び同法施行令第63条《事業の範囲》に規定する事業とは、その業務の営利性、有償性、継続性、反復性の有無、自己の危険と計算における企画遂行性の有無、その取引に費やした精神的あるいは肉体的労力の程度、人的、物的設備の有無、その取引の目的、その者の職歴、社会的地位、生活状況、相当期間安定した収益が得られる可能性が存するか否かなどの諸要素を総合勘案し、一般社会通念により事業と認められる社会的客観性が具備されているものをいうと解されている。
ハ これを上記イの諸事実に照らしてみると、請求人は、本件絵画業務に係る経理事務をGに行わせているが、その事務量は同人がT社の業務の傍らに行える程度のものと認められ、他に人的、物的設備もほとんどなく、請求人自身は会社役員として複数の会社の経営に当たっており、古物営業の許可もとらず、同業者団体にも参加せず、本件絵画業務のすべてについてS社一社のみに任せきりにしていたものであって、請求人が絵画の購入及び売却につき多くの労力や時間を費やしているとは認められないことから、事業というには当たらないと判断したものであり、これに絵画の取引が画商としての専門知識を有しないと極めて困難であるといわれている事情を併せ考えると、本件絵画業務が事業所得を生ずべき事業に当たらないということは明らかというべきである。
ニ 請求人が提出した平成5年分及び平成6年分の青色申告決算書の貸借対照表に電話加入権80,000円と記載されているが、当該電話加入権に係る電話が、事務所として使用していたとする部屋に設置されている電話か否かは不明であり、また、当該電話の使用料は、請求人も自認するとおり、T社が支払っていたもので、これが本件絵画業務のために使用されたものか否かを確認できなかったものである。
 そのため、「電話等本件絵画業務のための物的設備はないこと」と主張したものであり、当該電話を請求人が本件絵画業務のために使用していたと主張するのであれば、請求人はその事実を立証すべきである。
 なお、仮に、請求人が当該電話を本件絵画業務のために使用していたとしても、そのことのみをもって、本件絵画業務が事業所得を生ずべき事業に該当するということにはならない。
ホ 以上のことから、本件絵画業務に係る所得は、事業所得を生ずべき事業から生じた所得とは認められず、また、本件絵画業務に係る所得税法上の所得の種類としては同法第23条《利子所得》から第34条《一時所得》までに規定する所得のいずれにも該当しないから、同法第35条《雑所得》第1項に規定する雑所得であると認められる。
ヘ 原処分庁が、請求人の平成3年分の所得税についての前回調査をしたことは、請求人の主張するとおりであるが、その際、原処分庁が本件絵画業務が事業所得を生ずべき事業には該当せず、雑所得を生ずべき業務に該当する旨の指摘をしなかったとしても、そのために本件更正処分が違法となるものではない。
 すなわち、本件調査においては、前回調査とはその調査年分を異にしているのみならず、そもそも、過去の税務調査の結果をして、これが将来にわたり課税庁に更正等の処分を行わさせないことを約するものではないことは明白である。
 さらに、租税法律主義が支配する租税法の領域においては、信義則の適用に関し極めて慎重でなければならず、その適用要件として、課税庁が納税者に対して信頼の対象となる公的見解を表示したことが必要であるが、前回調査において原処分庁が本件絵画業務が事業所得を生ずべき事業には該当せず、雑所得を生ずべき業務に該当する旨の指摘をせず、あるいは更正等の処分をしなかったことは、当該公的見解を表示したことにはならないから、本件においては信義則が適用される余地はなく、この点に関する請求人の主張は失当である。
ト これらに基づいて請求人の各年分の総所得金額等を算定すると、別表4のとおりとなり、これらの金額は、いずれも本件更正処分の額と同額になるから、本件更正処分に違法はない。
 別表4中の各項目については、次のとおりである。
(イ)前年分以前からの純損失の繰越金額
 請求人の平成4年分及び平成5年分については、いずれも翌年へ繰り越す純損失の金額はないとする更正処分を行っているから、平成6年分の前年分以前からの純損失の繰越金額はない。
(ロ)事業所得の金額
 本件絵画業務に係る損失は、上記ハで述べたとおり雑所得の金額の計算上生じた損失であるから、請求人の事業所得の金額は各年分とも零円となる。
(ハ)不動産所得の金額、配当所得の金額及び給与所得の金額
 不動産所得の金額、配当所得の金額及び給与所得の金額は、請求人が各年分の確定申告書に記載した金額である。
(ニ)雑所得の金額
 本件絵画業務に係る損失は、上記ハで述べたとおり雑所得の金額の計算上生じた損失の金額であり、本件絵画業務以外の業務から生じた雑所得の金額と通算したところ、次表のとおりであり、控除しきれなかった金額は他の各種所得の金額と損益通算することはできない。

 なお、上表中の「本件絵画業務に係る雑所得の金額」は、請求人が各年分の確定申告書に事業所得の損失額として記載した金額と同額であり、「左記以外の雑所得の金額」は、請求人が各年分の確定申告書に雑所得の金額として記載した金額である。
(ホ)譲渡所得の金額
 譲渡所得の金額は、請求人が平成6年分の確定申告書に記載した金額であるが、譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額は、分離課税の長期譲渡所得の金額の計算上控除され、総合課税の譲渡所得の金額は零円となる。
(ヘ)分離課税の譲渡所得の金額
 分離課税の短期譲渡所得の金額は、請求人が平成5年分の確定申告書に記載した金額である。
 また、分離課税の長期譲渡所得の金額は、請求人が平成5年分及び平成6年分の確定申告書に記載した金額から、特別控除額100万円を控除した後の金額である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件絵画業務に係る損失が事業所得を生ずべき事業の損失に該当するか否かであるので、以下審理する。
(1)本件絵画業務に係る各年分の損失の金額は、平成4年分61,373,132円、平成5年分61,473,214円、平成6年分55,078,222円及び平成7年分66,396,365円であり、請求人と原処分庁との間に争いがない。
(2)請求人提出の資料、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
イ 請求人は、平成2年7月13日に、個人事業の開業届出書に「画廊を経営」と記載して原処分庁に提出し、本件絵画業務を開始したこと。
ロ 本件絵画業務に係る収支は、開始以来、多額な借入金利息の負担により、連年にわたって赤字であること。
ハ 本件絵画業務の各年分における取引形態は、(a)売上先、仕入先ともにS社とする取引、(b)仕入先をS社とする取引及び(c)売上先をS社とする取引であり、すべてS社を通じていること。
ニ 本件絵画業務に係る各年分の絵画の売買回数及び売買点数は、次表のとおりであること。

項目 年分等平成4年分平成5年分平成6年分平成7年分
 
売買回数1回1回4回5回13回13回16回19回
売買点数1点1点5点5点25点19点25点34点

ホ 請求人が各年分において売買した絵画は、買入れてから売却するまでの期間が、おおむね10日前後のものが大部分であり、中には買入れた日と売却した日が同一のものや買入れた日の翌日に売却されているものがあること。
ヘ 各年分において売買された絵画の売買差益は、平成7年12月25日に売却された「☆☆☆」を除き、そのほとんどが僅少なものであること。
ト 本件絵画業務に係る事務処理は、専任の事務員を置かずに、主としてGに行わせており、その対価も支払っていないこと。
チ 請求人は、本件絵画業務のための店舗は有しておらず、事務所としてT社の一室に応接セットを置いているのみで、その入口に「△△△」のプレートが表示されているが、その事務室は、画廊としての実態が備わっていないこと。
リ 本件絵画業務を開始した当初に購入した絵画は、W株式会社から賃借した美術品ロッカーに保管していること。
ヌ 請求人は、本件絵画業務に関する広告宣伝及び広く一般顧客を求めるための広告宣伝活動を行っていないこと。
ル 請求人は、本件調査時には古物営業法第2条第1項に規定する営業許可を受けていないこと。
ヲ 請求人は、画廊業者の同業者団体等に加入していないこと。
ワ S社の無限責任社員であるF(以下「F」という。)は、原処分庁に対し、要旨次のとおり申述していること。
(イ)Fが請求人に対し、「絵の業界はおもしろい」とか「二人でもうけましょう」と進言した結果、請求人は「画廊のシステムはどうなっているのか」と質問してくるようになったので、請求人が絵画取引を行うつもりであることを知った。
(ロ)請求人に何度か古物営業法の許可を受けなければならないことを進言したところ、「ああ、取らなければいけないね」というのみで、現在も許可を得ていない。
(ハ)平成2年の夏ころに、請求人はFから約8億円の絵画を購入したが、そのほとんどが在庫となったため、在庫を持つことを非常に嫌がるようになり、その後はFが仕入先と得意先を見つけて、小口の絵画を短期間に売買するようになった。
 その取引形態は、S社から請求人に「これを買っておけば売れますから」と電話で持ちかけ、請求人がこれに応じれば、絵画の現物を請求人のところへ持ち込み、請求人が買うことに同意すれば、Gが絵画の写真を撮り、その絵画はS社に持ち帰り、S社において約1か月以内に得意先を見つけて売るというものである。
(ニ)また、請求人がこのような絵画の取引で得る売買差益の性格は、請求人からは絵画の購入代金を即日入金してもらい、得意先からの絵画の売却代金は約1か月後に請求人に振り込むものであることから、その期間に対する一種の金融手数料である。
カ 請求人は、T社及びM社の代表取締役であること。
ヨ 請求人は、生活の資の大部分を配当収入並びにM社及び株式会社Lからの給与収入により得ており、本件絵画業務からの収入によっていないこと。
タ 請求人の平成5年分及び平成6年分の青色申告決算書の貸借対照表では、電話加入権80,000円が資産として計上されているが、当該電話加入権に係る電話(**局の****番、以下「本件電話」という。)は、平成4年3月まで請求人名義でその使用料が支払われているが、その後T社に名義が変更され、同年4月以降の本件電話の使用料はT社が支払っており、このことは請求人も自認していること。
 なお、本件電話は、平成8年9月以降は請求人名義に変更され、その使用料は請求人が支払っていること。
レ 請求人は、本件絵画業務を開始した当時、J銀行Q支店から30億円を借り入れ、そのうち10億円を絵画の購入資金に充てていること。
ソ J銀行からの借入金に対する利息は、平成4年5月以降未払いとなっていること。
ツ 原処分庁は、請求人の平成2年分の株式の譲渡所得及び平成3年分の所得税について、前回調査を行っているが、更正処分等の格別の処理をしていないこと。
(3)ところで、事業所得につき、所得税法第27条第1項では、「事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう」と規定し、これを受けて同法施行令第63条第1号から第11号までにおいて具体的な事業を列挙し、同条第12号において「前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業」と規定している。
 そして、一定の経済的行為が「対価を得て継続的に行なう事業」に該当するか否かは、当該経済的行為の営利性、有償性の有無、継続性、反復性の有無のほか、自己の危険と計算による企画遂行性の有無、当該経済的行為に費やした精神的、肉体的労力の程度、人的、物的設備の有無、当該経済的行為をなす資金の調達方法、その者の職業、経歴及び社会的地位、生活状況及び当該経済的行為をなすことにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存するか否か等の諸要素を総合的に検討して一般社会通念に照らしてこれを判断すべきものと解されている。
(4)そこで、本件絵画業務が事業所得を生ずべき事業に当たるか否かについて、上記(2)の事実を上記(3)に照らして判断すると、次のとおりである。
イ 請求人は、(a)絵画を販売又は展示するための店舗を有しておらず、単にT社の一室を事務室としているのみで、画廊としての実態を備えていないこと、(b)購入した絵画は美術品ロッカーに保管されたままになっていること及び(c)本件絵画業務に係る事務は、専任の従業員を置くこともなく、そのほとんどをGに行わせており、その給与等も支払っていないことなどから、本件絵画業務はT社の業務の傍らに行える程度のものであり、本件絵画業務における事業としての人的、物的設備は備わっていないことが認められる。しかも、請求人は、(a)本件絵画業務に関する広告宣伝あるいは広く一般顧客を求めるための広告宣伝活動をしていないこと、(b)画廊業者の同業者団体等に加入していないこと及び(c)古物営業法の営業許可を受けていないことなど、外形的にも本件絵画業務が事業として行われているとの実態が認められない。
ロ さらに、請求人は、本件絵画業務を開始した当初、絵画を購入する資金として、J銀行などからの多額の借入れにより調達していることは認められるものの、本件絵画業務におけるその取引実態は、絵画の購入から売却まですべてS社のFに任せて取引するというものであり、請求人が本件絵画業務において精神的、肉体的労力をほとんど費やしていないものと認められるから、請求人が自己の危険と計算において本件絵画業務を企画遂行しているとは認められない。
ハ また、本件絵画業務は、業務の開始当初の高額な絵画の購入に伴う借入金の利息等の負担が大きいものであるにもかかわらず、その後についてみると、(a)絵画の売買回数が極めて少なく、その売買点数も少ないこと、(b)平成4年以降の絵画の購入価額は少額のものがほとんどで、その売買差益もほとんどが僅少なものであること及び(c)業務を開始してから毎年損失となっていることなどから、相当期間継続して安定した収益を得ているとは認められない。
ニ 以上のとおり、本件絵画業務には人的、物的設備が備わっておらず、しかも、請求人の本件絵画業務に費やす精神的、肉体的労力は低く、自己の危険と計算における企画遂行性にも乏しいことが認められ、また、その営利性も極めて乏しいことから、本件絵画業務は事業所得を生ずべき事業として社会的客観性を備えたものには該当しないものと認めるのが相当である。
 また、請求人は、会社役員として複数の会社を経営しており、請求人の生活の資の大部分をこれらの会社からの給与収入及び配当収入によっていることや上記で述べた本件絵画業務の実態からすると、請求人の本件絵画業務は、Fのバブル景気時期におけるもうけ話に請求人が便乗した投機的、かつ、副次的なものであると認めるのが相当である。
 したがって、本件絵画業務が事業所得を生ずべき事業であるとの請求人の主張には理由がない。
(5)請求人は、本件絵画業務のための電話を有しており、原処分庁は事実誤認している旨主張する。
 しかしながら、本件電話は、上記(2)のタで述べたとおり、平成4年4月にその名義がT社に変更され、それ以降の使用料をT社が支払っていたものであり、請求人は原処分庁から本件調査で指摘された後の平成8年9月に本件電話の名義を再び請求人に変更して、その使用料を支払うようになったものであることが認められ、しかも、請求人から本件電話が本件絵画業務のために使用されているということの説明もされていないことから、請求人の本件絵画業務に関する物的設備がないことの一つの例示として、電話等の物的設備はない旨の主張がなされたものと認められる。
 なお、本件絵画業務が事業所得を生ずべき事業には当たらないことは、上記(4)のニで述べたとおりであり、仮に、本件電話が本件絵画業務のために使用されていたとしても、そのことのみをもって、本件絵画業務が事業所得を生ずべき事業に当たるとはいえない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(6)以上のとおり、本件絵画業務に係る所得は、事業所得を生ずべき事業から生じた所得に該当せず、また、所得税法第23条から第34条までに規定する所得のいずれにも該当しないことから、同法第35条第1項に規定する雑所得に該当する。
 したがって、上記2の(2)のトの(ニ)の表のとおり、本件絵画業務に係る雑所得以外の雑所得の金額との間で通算してもなお生ずる損失の金額については、所得税法第69条《損益通算》の規定により、他の各種所得の金額から控除することはできないことから、他の各種所得の金額と損益通算をしなかった原処分は相当と認められる。
(7)請求人は、原処分庁が前回調査において、本件絵画業務について何ら指摘せず、本件調査において更正処分を行うことは信義則に反する旨主張する。
 ところで、租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の適用により、課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めてこの信義則の適用の是非を考えるべきものと解されている。
 そして、この特別の事情が存するかどうかを判断するに当たっては、少なくとも、原処分庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したところ、後にその表示に反する課税処分が行われ、そのため納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか、また、納税者が原処分庁のその表示を信頼し、信頼に基づいて行動したことについて、納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点を考慮する必要があるというべきである。
 これを本件についてみると、原処分庁の請求人に対する前回調査において、担当職員が本件絵画業務に係る所得を事業所得としていた請求人の申告に対し、更正処分等の格別の措置をとらなかったという事実は認められるが、当該事実は原処分庁が本件絵画業務に係る収入を雑所得に係る収入としなかったという状態が事実上継続していたというにすぎないものであり、それだけをもってしては、原処分庁が請求人に本件絵画業務が事業所得を生ずべき事業であるとの公的見解を表示したことに該当するとはいえず、その他、課税につき一定の責任のある立場の者が請求人に対し公的見解を表示したことを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、本件において、信義則を適用し得べき特別の事情があるとは認められないというべきである。
 したがって、請求人のこの点に関する主張には理由がない。
(8)以上の結果、請求人の各年分の総所得金額等は別表5のとおりとなり、これらの金額はいずれも本件更正処分に係る総所得金額等と同額であるから、本件更正処分は適法である。
(9)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 したがって、本件更正処分に対する審査請求には理由がないので、棄却すべきものである。
(10)請求人は、平成8年11月27日付でされた平成4年分及び平成5年分の所得税の各更正処分についてもその全部の取消しを求める審査請求をしているが、当該更正処分は平成9年2月27日付で原処分庁において取り消されており、その処分は存在しないから、当該更正処分に対する審査請求はその対象を欠く不適法なものであり、却下されるべきものである。

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