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(平10.6.25裁決、裁決事例集No.55 76頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人(以下「請求人」という。)は、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)に本店を置く法人である○○○INC.(以下「H社」という。)の従業員であり、我が国で勤務していた平成5年、平成6年及び平成7年の各年分(以下「本件各年分」という。)の給与所得について、別表の「確定申告」欄のとおり所得税の確定申告書に記載し、J税務署長に対し法定申告期限までに提出した。
 これに対し、J税務署長は、原処分庁所属職員の調査に基づき、平成9年2月28日付で本件各年分の所得税について、別表の「更正処分等」欄のとおり更正処分(以下「本件各更正処分」という。)を、平成6年分及び平成7年分について、別表の「更正処分等」欄の「過少申告加算税の額」のとおり過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をした。
 請求人は、原処分を不服として平成9年4月30日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は平成9年7月4日付で棄却の異議決定をし、その決定書謄本を請求人に対し平成9年7月10日に送達した。これに対し、請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして平成9年8月9日に審査請求をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により、その全部の取消しを求める。
イ 本件各更正処分について
(イ)原処分に至った経緯
A 請求人は、我が国で勤務していた期間中、アメリカ合衆国ドル(以下「米ドル」という。)払いの給与(以下「ドル払い給与」という。)についてはH社の本店が同人の国外の預金口座に振り込む方法により支給を受け、円払いの給与(社宅の貸与及び光熱費等の会社負担による経済的利益の供与を含め、以下「円払い給与」という。)については同社の日本支店が請求人に直接支払う方法により支給を受けていた。
B H社は、ドル払い給与を請求人に支給する際に、一定額の金員については、請求人の預金口座に振り込むことなく、同社の全従業員を対象とする企業年金プランであるH社SAVINGS AND SECURITY PROGRAM(以下「H/S&SP」という。)の中の米国のINTERNAL REVENUE CODE(米国内国歳入法、以下「米国歳入法」という。)第401条(k)項に規定する一定の要件を満たす企業年金プラン(以下「本件年金プラン」という。)の掛金として、請求人の指定するファンドに直接積み立てていた。
C 請求人は、本件各年分の所得税の確定申告をするに当たり、ドル払い給与の年額と円払い給与の年額の合計額に国内勤務日数割合を乗じた金額を本件各年分の給与等の収入金額として、それぞれ本件各年分の所得税の確定申告書に記載し、いずれも法定申告期限までに提出した。
D これに対し、原処分庁は、本件年金プランの掛金相当額も請求人の給与等の収入金額に含まれるとした本件各更正処分を行った。
(ロ)本件各更正処分の問題点
 本件年金プランの掛金相当額は、次に述べる理由により、日本国において、その掛金の拠出があった年分の給与として課税対象とされるべきではない。
A 本件年金プラン掛金の税務上の取扱い
(A)米国歳入法によれば、同法第401条(k)項に規定する一定の要件を満たす企業年金プラン(以下「401Kプラン」という。)の掛金を拠出している場合、当該拠出した掛金相当額は、給与の減額であり、雇用主が従業員のために拠出する401Kプランの掛金は給与の減額と併存したからといって給与にしてはならないとしている。
 この点については、米国歳入法に関する文献においても、「この401Kプランの規定するところは、雇用主が拠出するプランへの掛金は単に従業員が掛金分を給与として受け取るか、又は雇用主に掛金として拠出してもらうかの選択をした結果だからという理由で、あるいは、単に掛金の拠出と給与の減額処置が同時に併発しているからといって、掛金の金額を従業員の所得としてはならないということである」としている。
 また、1995年に米国で提訴された401Kプランに関する訴訟事件があり、連邦巡回控訴裁判所(CIRCUIT COURT OF APPEALS)は、「従業員の選択の結果による401Kプランへの掛金は雇用主が拠出した掛金であって、従業員の給料ではない」とする判決も出している。
 約言すれば、米国の法律では、本件年金プランの掛金を給料の一部とするのは間違いであり、原処分庁の採った見解とは180度逆転している構図が米国での事実である。
(B)原処分庁は、異議決定書の事実関係の記述の中で、米国歳入法第401条(k)項の規定について、「米国においては、PRE―TAXCONTRIBUTIONS相当額については、・・・・年金等を受け取るまで所得税の課税を繰り延べることができる(所得税の計算上、給与収入の金額から当該掛金相当額を控除することができる)」としているが、米国歳入法では当該掛金相当額を給与から控除(DEDUCTION)されたのではなく、給与の減額(REDUCTION)であり、給与の金額そのものが変更されたものであるとしている。
 したがって、所得税法(平成5年分及び平成6年分については、平成6年法律第109号による改正前のもの。以下同じ。)第36条《収入金額》第1項に規定する「その年において収入すべき金額」を、仮に米国歳入法に当てはめて考えれば、401Kプランの掛金部分は従業員が管理支配できる所得の実現ではないとして、それを除外した金額がその年において収入すべき金額である。
 ところで、通常、「勤務その他の人的役務の提供に基因する給料等」は、その支給形態又は内容により次の2種類に大別できる。
(a)給料等を金銭で受け取り、受給者の意思、必要等に応じて購買等費消できるもの
(b)受給者が管理、支配できない経済的な価値で、一般的に給付と呼ばれているもの
 これらのうち、(b)の給料について言えば、社宅家賃、食事の現物支給、慰安旅行等のように、課税されない給付の例は数々設けられており、給付でない(a)に属する金銭の支給であっても一定額までの通勤手当には課税されておらず、いろいろなしんしゃくや修整的措置が採られているのであって、キャッチオール(一切合財を含めた)的な課税は課税本来の姿ではない。
 これを裏付けるものとして、名古屋地方裁判所昭和49年9月6日判決(昭和44年(行ウ)第47号法人税更正処分等取消請求事件)における「給付が給与であるかどうかは給付額、給付形式、費消の態様等給付の経済的実質的性質により判定すべきものである」との判決があり、キャッチオール的課税には限界が存在することを明らかにするとともに、その分別のない適用に警告を発したものとして重要な意味を持つ。
 したがって、請求人が管理支配できない401Kプランの掛金は給付以外の何物でもないから、本件のように納税者に対して回復不能の損害を与える二重課税が生じる場合にはキャッチオール的課税は抑止されるべきである。
B 日米租税条約第23条の適用
 所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアメリカ合衆国との間の条約(以下「日米租税条約」という。)第23条(1)によると、退職年金等の課税権について、「一方の締約国の居住者である個人に支払われる退職年金及び保険年金に対しては、当該一方の締約国においてのみ租税を課することができる」と規定しているが、原処分庁は、異議決定書の中で原処分と同条約との関係について、「本件各更正処分は・・・受け取った年金について課税したものではありませんから、申立人のこの点に関する主張には理由がありません」と述べている。
 これはおそらく、日米租税条約第23条の規定は本件各更正処分には無関係だから考慮に入れるべき筋合いのものではないという意味だと思われる。
 しかしながら、原処分庁は、本件年金プランの概要について、「・・・後日、原則として、従業員がその掛金合計額及び運用益に相当する額を年金形式等で受け取るものであること」としているように、年金形式等で受け取る額は掛金とその運用益との合計額であり、掛金は受取年金の一部にほかならないことを原処分庁自ら確認している。
 すなわち、年金と掛金との間には、「掛金+利益=年金」の方程式が成り立つのであり、日米租税条約第23条において、年金掛金は年金の一部として取り扱われているのである。上記方程式は、一般的な経済取引の「収益−原価=所得」の方程式と軌を一にするものであり、日米租税条約はその規定の大半を所得の帰属、源泉地及び課税国の明示に費やしているが、原価については何ら言及していない。しかしながら、それは所得についての規定があれば、原価はおのずからその規定に連動して処理済となるからである。
 日米租税条約には原価について何ら取扱規定がないからという理由で、原価である掛金のみを所得である年金から切り離して、所得に関する定めと別の取扱いをすることは考えられない。
 とすれば、受取年金に対する所得税の課税国を明示している日米租税条約第23条の規定が、受取年金の一部分である掛金に対する所得税の課税問題と無関係であるわけがない。
 また、もう一つの考え方として、原処分庁は、「課税対象が同一であっても、課税時期が異なるから日米租税条約第23条は無関係である」という見解を採っているものと思われる。確かに、同一の課税対象に課税時期さえ異なれば別々の課税手段で同種の税を課税できるという制度としては、所得税法においては申告による課税と源泉徴収による課税の二本立てのものがあると承知している。
 しかし、その施行に当たっては、所得税法、政令、省令及び通達等全般にわたって、税額控除をも含めた明文による法規の整備がなされていることが前提条件であると思われるが、明文の規定がない本件のケースまで、既存のルールである日米租税条約第23条を無視した上で、課税時期さえ異ならせれば同一の課税対象に同種の税金を課税するという正反対の課税ルールを適用するのは暴論であり、納得できない。
 なお、原処分庁は、答弁書において、日米租税条約第6条(6)について「個人が労働又は人的役務を提供することについて受領する所得(退職年金を含む)は、原則として人的役務の提供地国に源泉があると規定している」と述べているが、かっこ内の「退職年金を含む」は、正確には同条項中に「・・・人的役務から生ずる所得には、その役務について支払われる第23条(2)にいう退職年金が含まれる」とあるのを受けているものと思われる。しかし、同条約第23条は、支払開始となった年金のみを対象とした条文であるから、支払がまだ生じていない請求人の退職年金の場合には第6条(6)に規定する退職年金とは定義上分類で別物となり、本件とは関係ない。
C 二重課税について
 原処分庁は、異議決定書において、「租税条約は、それぞれの国の有する固有の課税権を尊重しつつ・・・・可能な範囲で二重課税を回避しようとするもの・・・・」と述べており、請求人は、この考え方を否定するものではないが、国の固有の課税権は租税法律主義により税法の明文規定に基づいて執行されるのであるから、税法の解釈、運用については、侵害規範としての性質上、原則として文理解釈によるべきであり、みだりに拡張解釈や類推解釈を施して、その結果納税者に対して不公平な課税が行われ、ゆえなき損害を被らせることは許されないと考える。
 さらに、原処分庁は、異議決定書の中で「二国間において救済不能の二重課税が生じるおそれがあるときは課税することができないという旨を定めた日米租税条約や国内法等の定めはない」ことを原処分の根拠の一つとしているが、日米租税条約の標題が「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアメリカ合衆国との間の条約」とうたっているのは、両締約国が「反二重課税」、「反脱税」の方向を目指している意思の表れにほかならないから、「二重課税をしてはならない」という規定がなくとも、条約締結の目的がその標題に表現されている以上、その目的に逆行する言辞は、締約国の行政庁の立場を表すものとしてふさわしくない。
 仮に、白黒がつきにくいような問題が生じた場合には、弊害がない限りは、判断の針は条約の趣旨に沿って反二重課税・反脱税の側に向かって振られて当然である。
 なお、原処分庁は、答弁書において、二重課税は本件各更正処分によって生じるのではなく、将来、日米租税条約第23条の規定によって請求人が年金を米国で受領するときに生じるのであるから、本件各更正処分は二重課税ではないと述べている。これは、換言すれば、同条の規定が二重課税を生じさせているのだと主張していることになる。
 しかしながら、これほどおかしな論法はなく、二重課税回避のための条約に二重課税を生じさせる規定を盛る道理がない。本来二重課税防止のため納税者救済の利器として設けられたはずの日米租税条約第23条の規定が、納税者に損害を被らせる凶器と化せしめているのは、その解釈に根本的な誤りがあることの明白な証左であると気付くべきである。
D 本件各更正処分の不当性
 請求人は、本件各更正処分が違法であると主張したいのではなく、異議申立てに係る異議審理庁の調査の際にも、口頭で「更正処分が法律に抵触する行為でないことは承知しています」と言明したこともある。
 つまり、主張したいのは二重課税の不当性である。
 この点について、原処分庁は、異議決定書において、「二重課税は違法ではない。適法であるから棄却する」と述べながら、その中で「二重課税は不当課税ではない」とのめいりょうな文言が見当たらない。
ロ 本件各賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件各更正処分は不当な処分であり、取り消すべきであるから、本件各賦課決定処分も取り消すべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次に述べる理由により適法、かつ、正当に行われているから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件各更正処分について
(イ)調査による事実
 原処分庁の調査によれば、次の事実が認められる。
A 請求人は、H/S&SPに加入していること。
 なお、H/S&SPの概要は、従業員が給与の中からその一定割合を掛金として負担し、それを雇用主が従業員の指定するファンドに積み立てる一方、雇用主も当該従業員名義で掛金を拠出し、後日、原則として、従業員がその掛金合計額及び運用益に相当する額を年金形式等で受け取るものであること。
B H/S&SPに係る掛金は、次のとおり分類されること。
(a)従業員の税引き前の給与から拠出される掛金(米国歳入法第401条(k)項の規定により、掛金相当額を拠出した年分の給与として課税せず、将来年金を受給するまで課税を繰り延べることができるものをいい、以下「プレタックス掛金」という。)
(b)従業員の税引き後の給与から拠出される掛金(掛金相当額が、その拠出した年分の給与として課税対象とされる掛金をいい、以下「アフタータックス掛金」という。)
(c)雇用主が従業員名義で拠出する掛金
C 請求人は、プレタックス掛金を拠出しており、当該掛金相当額については米国の所得税の課税が繰り延べられていること。
D 我が国の源泉徴収票に相当する米国の「W2 WAGE AND TAX STATEMENT」(以下「W2」という。)の「1.WAGES, TIPS, OTHER COMPENSATION」欄には、税引き前の給与の額からプレタックス掛金相当額を控除した残額を記載することとされていること。
 また、W2の「13.SEE INSTRS.FOR BOX13」欄には、プレタックス掛金相当額のみを記載することとされていること。
E 原処分に係る調査の際に提出された請求人の給与収入の内訳に関する資料(以下「給与収入内訳書」という。)は、請求人のW2に基づいて作成されていると認められること。
 また、給与収入内訳書の「SAVINGS PLAN」欄には、請求人のプレタックス掛金相当額のみが記載されており、アフタータックス掛金相当額や雇用主が従業員名義で拠出する掛金相当額は含まれていないと認められること。
F 請求人は、確定申告書に、プレタックス掛金相当額を控除した後の金額を給与収入の金額として記載していること。
G 請求人は、自らが本件各年分について所得税法第2条《定義》第1項第4号に規定する非永住者に該当する旨を「居住形態等に関する申告書」に記載していること。
(ロ)請求人の主張に対する反論
A 本件年金プラン掛金の税務上の取扱い
 請求人は、我が国において、本件年金プランの掛金相当額は、その拠出があった年分の給与として課税対象とされるべきではないとして、上記(1)のイの(ロ)のAのとおり主張する。
 しかしながら、次に述べるとおり、我が国においては、本件年金プランの掛金相当額は、拠出のあった年分の給与として課税対象とされるべきものである。
(A)所得税法は、居住者の納税義務について、同法第5条《納税義務者》第1項により、「居住者は、この法律により、所得税を納める義務がある」と定め、非永住者の課税所得の範囲については、同法第7条《課税所得の範囲》第1項第2号により、「第161条《国内源泉所得》に規定する国内源泉所得及びこれ以外の所得で国内において支払われ、又は国外から送金されたもの」と定めている。
 さらに、国内源泉所得のうち給与、報酬については、所得税法第161条第8号イにおいて、俸給、給料、賃金等のうち、国内において行う勤務その他の人的役務の提供に基因するものと定めている。
 請求人は、上記(イ)のGのとおり、本件各年分において非永住者であることを自認している。
 したがって、請求人には本件各年分について所得税法の規定により所得税を納める義務があり、請求人が国内において行う勤務その他の人的役務の提供に基因する給与等は、請求人の課税所得となるものである。
(B)また、所得税法は、収入金額について、同法第36条第1項により、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする」と定め、「収入した金額とする」と規定していないことからしても、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、その権利発生の時期の属する年分の収入金額に算入することにしたものと解される。
(C)原処分に係る調査によって認められた事実については、上記(イ)のとおりであり、請求人は、H/S&SPに加入し、H社からの給料のうちの一定割合をH/S&SPの掛金とし、H社が請求人に代わってその掛金を請求人の指定するファンドに積み立てている。
 すなわち、請求人が月々の給与の中からH/S&SPの掛金をファンドに積み立てるべきところを、H社がその給与を支給する際にH/S&SPの掛金を天引きして、請求人が指定するファンドに積み立てているのであり、請求人の本件各年分における各月の給料、賞与及びこれらの性質を有する給与に係る収入金額は、各支払日においてH/S&SPの掛金を減算する前の金額で確定し、H/S&SPの掛金の積立てはその後の処分にすぎないものというべきであって、請求人の本件各年分に係る給与収入の金額は、当該確定した金額に基づいて算定されなければならない。
(D)以上のとおり、請求人の本件各年分の給与収入の金額は、所得税法の各規定に基づいて算定されるべきものであり、ことさらH/S&SPの掛金を課税対象から除外すべきとする規定はないから、これを課税対象とした本件各更正処分には何ら違法な点はなく、正当なものである。
B 日米租税条約の適用
 請求人は、日米租税条約第23条を無視した課税ルールを適用できるとするのは暴論であるとして、上記(1)のイの(ロ)のBのとおり主張する。
 しかしながら、次に述べるとおり、本件各更正処分は日米租税条約に何ら反するところはない。
(A)租税条約は、二国の課税が同一の課税物件に対し競合することにより国際二重課税という問題が生ずることがあることから、各国がそれぞれ固有のものとして保持する課税権の行使に対し、規制又は調整を行い、国際二重課税という税の障害を可能な限り回避又は排除して、経済取引の円滑化を図ることを目的として締結されるものである。
 したがって、国内法の規定に照らし適法とされる課税であっても、国内法に優先する租税条約に反する課税は許されないことになる。
(B)日米租税条約第4条(1)によると、原則として所得についての課税権が源泉地国にあるものとする考え方(いわゆる源泉地国課税主義)を明らかにし、同条(3)において、自国の居住者に対しては国内法の適用が確保されるという一般原則を規定しているが、源泉地に関する定めが両締約国で異なる場合があるので、その点に関する特別条項を設け、同条約第6条(6)は、個人が労働又は人的役務を提供することにより受領する所得(退職年金を含む。)は、原則として人的役務の提供地国に源泉があると規定している。
 また、日米租税条約は、所得に対する課税権の調整のための特別条項として第8条から第24条までを定めており、給与所得に関しては、同条約第18条(1)により個人の居住地国で課税するとした上で、短期滞在者免税に該当しない場合には、役務提供地である源泉地国でも課税することができるものとする一方で、同条約第23条により、政府職員等を除く個人が受け取る退職年金等に関しては、その個人の居住地国のみで課税することができるものと規定しているのである。
(C)このように、日米租税条約は、所得の源泉地及び課税国を定めているのであるが、年金の掛金の取扱いに関する特別な規定を定めていないのであるから、この場合には、同条約の一般原則に従い、各自国の居住者に対しては各々の国内法を適用することになる。
 上記(イ)のGのとおり、請求人は、我が国の所得税法上の非永住者に該当することから、請求人がその給与の一部をH/S&SPの掛金とした場合の取扱いについては、我が国の国内法を適用することになるので、我が国の国内法である所得税法等に基づいて請求人の所得金額を算定した本件各更正処分は、日米租税条約に何ら反するところはない。
C 二重課税について
 請求人は、国の固有の課税権は租税法律主義により税法の明文規定に基づいて執行されるのであるから、税法の解釈、運用については、原則として文理解釈によるべきであり、みだりに拡張解釈や類推解釈をすべきではなく、また、二重課税をしてはならないという規定がなくとも、租税条約の趣旨にそえば、二重課税が行われてはならないとして上記(1)のイの(ロ)のCのとおり主張する。
 しかしながら、租税条約は二重課税の回避又は排除を目的としているが、各国の税制の違いからそこにはおのずと限界があり、二重課税の回避又は排除のために、国内法又は租税条約の改正等の措置を行うこともあるが、それらの措置がなされていない場合においては、課税庁が現行の法律等に基づいて税務行政を執行すべきことは当然であり、原処分庁は、この原則に従って本件各更正処分を行ったものである。
 また、本件各更正処分が、我が国の国内法である所得税法等及び日米租税条約の各規定に基づいて行われたものであることは上記A及びBに述べたとおりであり、請求人が主張するような拡張解釈又は類推解釈をしたものではない。
D 本件各更正処分の不当性の有無
 請求人は、二重課税の妥当性又は不当性を主張しているのであり、原処分庁は、そのことについて言及していないと主張する。
 しかしながら、本件各更正処分を行った時点において二重課税が生じるのではないから、そもそも、二重課税の正当性について原処分庁が言及していない旨の請求人の主張は失当である。
(ハ)所得金額等
A 請求人は、上記(イ)のGのとおり、本件各年分において非永住者に該当すると認められ、非永住者の課税される所得の範囲は、所得税法第7条第1項第2号及び所得税法施行令第17条《非永住者の国外源泉所得のうち課税される部分の金額の範囲等》の規定により、(a)国内源泉所得、(b)国外源泉所得で国内において支払われたもの及び(c)国外源泉所得で国外から送金を受けたとみなされるものとされているところ、請求人の場合は、(b)の国外源泉所得で国内において支払われたものはなく、また、(c)の国外源泉所得で国外から送金されたとみなされるものもないと認められるから、(a)の国内源泉所得についてのみ課税されることとなる。
 そこで、本件各年分の確定申告書の添付書類に記載されている国外源泉所得を含む給与収入の申告額と、給与収入内訳書の「SAVINGS PLAN」欄の金額を基に算定したプレタックス掛金相当額との合計額に、国内勤務日数割合を乗じて、次表のとおり国内源泉所得の額を算出し、これらの金額をもって本件各年分の給与収入の金額と算定した。

B 本件各年分の給与所得の金額は、上記Aの本件各年分の給与収入の金額から、所得税法第28条《給与所得》第2項及び第3項に規定する給与所得控除額を控除して算定した結果、次表のとおりとなる。

(単位 円)
区分年分平成5年分平成6年分平成7年分
総所得金額5,296,13215,548,62216,564,548

(給与所得の金額)
C 以上の結果、請求人の本件各年分の総所得金額(給与所得の金額)は本件各更正処分に係る金額と同額であるから、本件各更正処分は適法である。
ロ 本件各賦課決定処分について
 本件各賦課決定処分については、請求人の場合、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当しないことから、同条第1項の規定に基づき行った本件各賦課決定処分は適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、所得税法及び日米租税条約に照らし、本件年金プランの掛金相当額が我が国において課税されることの適否及び不当性の存否であるので、以下審理する。

(1)更正処分について

イ 争いのない事実
 次のことについては、請求人及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
(イ)請求人は、米国籍を有するH社の従業員であり、日本で勤務する目的で1993年(平成5年)7月10日に入国した者であって、L県内に住所を有しており、審査請求書の提出日現在においても我が国に居住しているので、所得税法第2条第1項第3号に規定する居住者に該当するが、我が国に永住する意思はなく、本件各年分においては、我が国における滞在期間が5年に満たないため、同項第4号に規定する非永住者に該当すること。
(ロ)請求人は、本件各更正処分の対象となった期間中、勤務の対価として、H社からドル払い給与及び円払い給与の支払を受けていたこと。
 なお、請求人に対する給与は、米ドル建てで金額が決められているが、円払いされる額は本人の希望により定められ、H社の日本支店から請求人に支払われており、残りが同社の本店から請求人の国外預金口座に振り込まれていること。
(ハ)請求人は、本件年金プランに加入しており、これに伴い、上記(イ)の期間中、H社は、一定額の金員をプレタックス掛金として請求人の指定するファンドに直接積み立てていること。
(ニ)請求人は、上記(イ)のとおり、非永住者に該当することから、所得税法第7条第1項第2号に規定する所得が我が国において課税対象とされるが、我が国における勤務に基因する給与等を有するほかは、国内源泉所得以外の所得で国内において支払われ又は国外から送金されたものは有しないとして、上記(ロ)の給与のうち国内源泉所得に該当する部分のみを申告対象としていたこと。
(ホ)請求人は、本件各年分の所得税の確定申告書を、いずれも法定申告期限までに所轄税務署長に提出していたこと。
 なお、申告内容及び申告に関する資料は次のとおりであること。
A 給与収入内訳書には、請求人の年間給与等の収入金額の明細が、ベース・サラリー(BASE SALARY)、経済的利益等の区分ごとに米ドルで記載されている。
 なお、給与収入内訳書の「SAVINGS PLAN」欄には、請求人が日本で勤務する目的で入国した日以後に対応する、請求人の本件各年分の本件年金プランの掛金(以下「本件各掛金」という。)相当額が米ドルでマイナス表示されており、「TOTAL COMPENSATION」欄には、ベース・サラリーや経済的利益等の合計額から本件各掛金相当額等を控除した残額がいずれも米ドルで記載されている。
B 本件各年分の所得税の確定申告書に添付された課税対象給与の額を示す書類(以下「課税給与明細書」という。)には、次の事項が記載されている。
(a)円払い給与の額
(b)ドル払い給与の米ドル表示額及び円換算額
(c)円払い給与とドル払い給与の合計額(円換算額で表示されている。)
(d)上記(c)の給与の総額の計算の基礎となった期間に占める国外での勤務期間の割合及び上記(c)のうち当該割合に対応する額
(e)課税対象とした給与等の収入金額(上記(c)から上記(d)の給与の額を控除した残額)
(f)日本を離れていた日数、目的(職務上又はホームリーブの別)及びその間の滞在地
C 本件各年分の所得税の確定申告書の「収入金額」欄には、上記Bの(e)に掲げた金額が記載されている。
 なお、本件各掛金相当額は、当該収入金額には含まれていない。
(ヘ)原処分庁は、給与収入内訳書の「SAVINGS PLAN」欄にマイナス表示された本件各掛金相当額を、課税給与明細書において請求人が適用している円換算レートにより円換算し、請求人が本件各年分について申告した給与等の収入金額に加算する本件各更正処分を行ったこと。
ロ 調査による事実
 当審判所が原処分関係資料及び請求人提出資料等を調査したところ、次のことが認められる。
(イ)米国歳入法に関する文献によると、401Kプランとは、次のようなプランであると認められること。
A 米国の従業員福利制度の中の退職年金制度の一つであり、米国歳入法第401条(k)項に規定する一定の要件を満たす年金プランである。
B 401Kプランと認定されるためには、(a)従業員は、退職、死亡、身体障害などの条件以外の事由では給付を受けない、(b)雇用主の拠出額は、永久に従業員に帰属しなければならない、(c)当該制度は、加入者間において差別的な取扱いが行われてはならないなどの要件を満たすことが求められ、従業員は、掛金を直接雇用主から基金に拠出してもらうか又は当該掛金相当額を雇用主から直接現金等で受け取るかを選択できることとなっている。
C そして、401Kプランの掛金として拠出された部分は、米国歳入法第401条(k)項の規定により、適格年金の掛金として取り扱われ、拠出時には課税されないこととなっている。
(ロ)本件年金プラン及びその掛金について、次の事実が認められること。
A 本件年金プランは、401Kプランとして適格である。
B 本件年金プランに関する従業員に対するパンフレット等によると、当該年金プランに加入する従業員は、ベース・サラリーの一定割合を限度として、拠出する掛金のベース・サラリーに対する割合及び投資対象を選択できる。
C 請求人が本件年金プランの掛金として拠出した額は、給与収入内訳書の「SAVINGS PLAN」欄にマイナス表示されている額である。
(ハ)H社は、本件各掛金相当額について、「PENSION CONTRIBUTIONS」(年金拠出金)という勘定科目で経理処理(損金計上)していること。
(ニ)給与収入内訳書の「SAVINGS PLAN」欄の数字がマイナス表示される理由は、米国における社会保険税の計算は所得に401Kプランの掛金も含めた額を基に行うからであること。
(ホ)円払い給与には、現金支給のほか、請求人の住居に係る光熱費、子弟の学費等が含まれていること。
ハ 我が国の税法及び日米租税条約の規定
(イ)所得税法第5条第1項は、居住者の納税義務を規定し、また、同法第2条第1項第4号は、非永住者について「居住者のうち、国内に永住する意思がなく、かつ、現在まで引き続いて5年以下の期間国内に住所又は居所を有する個人をいう」と規定している。
 そして、非永住者の所得で課税される範囲については、所得税法第7条第1項第2号が、「第161条《国内源泉所得》に規定する国内源泉所得及びこれ以外の所得で国内において支払われ、又は国外から送金されたもの」と規定し、同法第161条第8号イは、国内源泉所得となる給与又は報酬について「俸給、給料、賃金、歳費、賞与又はこれらの性質を有する給与その他人的役務の提供に対する報酬のうち、国内において行う勤務その他の人的役務の提供に基因するもの」と規定している。
 また、所得税法第28条第1項は、「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得」が給与所得に該当すると規定し、同条第2項は、給与所得の課税標準について「給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とする」と規定している。この給与等の収入金額については、同法第36条第1項が、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする」と規定し、経済的な利益をもってするものも含め、収入すべき権利が確定したときはその時点で給与等の収入金額とすることを定めている。
(ロ)また、日米租税条約第18条(1)は、「一方の締約国の居住者である個人が使用人として提供する労働又は人的役務によって取得する賃金、給料その他これらに類する報酬に対しては、当該一方の締約国が租税を課することができる」と規定している。ここで規定する「使用人として提供する労働又は人的役務によって取得する賃金、給料その他これらに類する報酬」とは、同条約第2条(2)の規定に基づき、我が国においては我が国の所得税法第28条第1項で規定するところの「給与等」と同じ意義であると解される。
 よって、我が国の居住者の人的役務の提供の対価である給与等については、我が国において課税権を有することとなる。
ニ 本件年金プラン掛金についての判断
 上記イ及びロの事実を上記ハの規定に照らし判断すると、次のとおりである。
(イ)基本的判断
A 上記イ及びロの事実を整理・要約すると、(a)上記イの(イ)のとおり、請求人はH社の従業員であり、日本で勤務する目的で我が国に入国し勤務していること、(b)上記イの(ロ)のとおり、請求人がH社に勤務して役務を提供した対価として、ドル払い給与及び円払い給与がH社から請求人に支払われていること、(c)上記ロの(ニ)のとおり、本件各掛金相当額は、米国において社会保険税の計算をする際には計算の基礎となる金額に含められていること、(d)上記ロの(ロ)のAのとおり、本件各掛金は米国歳入法第401条(k)項に該当する年金プランの掛金であること、(e)上記ロの(イ)のB及び(ロ)のBのとおり、401Kプランの掛金とするか又は給与として現金等で支給を受けるかは請求人の任意であり、401Kプランの掛金とする場合であっても拠出割合及び投資対象を請求人が選択することができることが認められる。
 以上のことから判断すると、本件各掛金は、手続上は請求人の手を通さず、H社から直接ファンドに積み立てられているとしても、請求人がH社の従業員としての地位に基づいて役務の提供を行った対価として受け取った給与を、請求人の意思と判断により、401Kプランの掛金として拠出したものと認めるのが相当である。
 したがって、本件各掛金は、所得税法第36条の規定により、各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額に該当し、同法第28条第1項の規定により、給与所得に該当するものと認められる。
B 次に、請求人がH社から受け取る本件各掛金を含めた給与について日米租税条約上の取扱いを検討すると、上記ハの(ロ)のとおり、同条約第18条(1)は、使用人として提供する労働又は人的役務によって得られる給与等については、給与等を受け取った者の居住地国において課税する旨を定めていることから、我が国の居住者である請求人の給与等については、日米租税条約上においても我が国で課税することになる。
(ロ)個別の争点の判断
A 所得税法第36条の適用
 請求人は、上記2の(1)のイの(ロ)のAのとおり、請求人が管理支配できない401Kプランの掛金相当額は所得の実現ではなく、キャッチオール的な課税は本来の姿ではないから、所得税法第36条第1項に規定する収入金額には含まれない旨主張する。
(A)しかしながら、上記ニの(イ)のAのとおり、本件各掛金は、請求人がH社の従業員としての地位に基づいて役務の提供を行った対価として受け取った給与を、請求人の意思と判断により、401Kプランの掛金として拠出したものであるから、所得税法第28条及び同法第36条の規定により、本件各掛金を給与等の収入金額として課税することは相当である。
 したがって、この点に関する請求人の主張は採用できない。
(B)また、仮に本件各掛金をH社から供与された経済的利益であるとした場合について検討すると次のとおりである。
 所得税法第28条第1項が「・・・これらの性質を有する給与に係る所得をいう」と規定する趣旨は、雇用者が従業員に対して支出するもので、従業員による役務の提供の対価たる性質を有するものは、その名目のいかんを問わず給与所得に該当することを示していると解され、また、同法第36条は、経済的利益についても課税の対象とすることを明らかにしている。
 そうすると、社宅の無償貸与による経済的利益、食事の無償支給及び慰安旅行費用の会社負担等は、いずれも雇用契約等に基づく従業員による雇用者への役務の提供の対価として、雇用者から従業員のために支出されるものであるから、所得税法第9条《非課税所得》及び所得税法施行令第21条《非課税とされる職務上必要な給付》などによって非課税とされることが明示されている場合を除き、所得税法第28条に規定する給与等の収入金額に該当するものである。
 つまり、所得税法における給与等とは、雇用者から従業員に現金で支給されるもののみではなく、現物で支給されるものや経済的利益の供与など、現金で支給されず、従業員が自由に管理支配できないような形式によるものであっても、雇用者が従業員に対し、又は従業員のために支出する金品で、従業員に帰属することが明らかであるものは原則として給与等の収入金額とされると解される。
 したがって、仮に本件各掛金が従業員が自由に管理支配できない形式の経済的利益であるとしても、当該金員は給与等の収入金額となる。
(C)なお、仮に本件年金プランの掛金が請求人が拠出したものではなく、H社が拠出した年金掛金(経済的利益の供与)であるとしても、本件年金プランが法人税法施行令第159条《適格退職年金契約の要件等》の要件を満たす法人税法第84条《退職年金等積立金の額の計算》第3項に規定する適格退職年金契約には該当しないことから、本件各掛金は不適格退職年金の掛金として拠出された掛金に該当することとなり、所得税法施行令第65条《不適格退職金共済契約等に基づく掛金の取扱い》の規定により、給与所得に係る収入金額として取り扱われるものと解される。
B 米国歳入法の我が国における適用
 請求人は、米国歳入法において、401Kプランへの掛金は、拠出時には従業員の給与として課税されないことから、我が国においても当該掛金を給与の一部とするべきではない旨主張するので、この点について検討すると次のとおりである。
(A)401Kプランへの掛金に対する米国歳入法の取扱いは、上記ロの(イ)のとおり、拠出した年分においては給与の減額とする。つまり、その年分の従業員の給与等の収入金額とはせず、その従業員が、将来年金形式で受給する(積み立てた掛金を引き出す)際に課税するという、課税の繰延べをする制度であることについては、請求人の主張するとおりと認められる。
(B)しかしながら、本件各掛金に対する我が国の所得税法の規定の適用関係は上記ハのとおりであり、我が国の居住者に対する所得税法の各規定に基づく課税権の行使に対しては、他国の税法の規定は何ら影響を及ぼすものではないと解すべきであるから、米国歳入法における401Kプランの掛金相当額に対する課税の取扱いを根拠として、本件各掛金相当額が我が国において課税されるべきではないとする請求人の主張は採用できない。
C 日米租税条約第23条の適用
 請求人は、(a)原処分庁が、本件各更正処分と日米租税条約第23条とは無関係であると主張するが、年金の原価部分に該当する掛金と年金とが無関係であるわけがなく、また、(b)同一の課税対象に課税時期が異なれば課税できるとしても、明文の規定がない本件の場合、同条約第23条を無視して課税できるとすることは暴論であると主張するので、この点について以下検討する。
(A)日米租税条約第23条(1)は、「第21条の規定が適用される場合を除くほか、一方の締約国の居住者である個人に支払われる退職年金及び保険年金に対しては、当該一方の締約国においてのみ租税を課することができる」と規定している。
 また、同条(2)は、「この条において、『退職年金』には、過去の勤務に関連し、提供した役務に対する対価として・・・退職後又は死後に行なわれる定期的な給付を含む」と規定し、同条(3)は、「この条において、『保険年金』には、適正かつ十分な対価に応ずる給付(役務の提供に係るものを除く。)を行なう義務に従い、終身又は特定の期間中、所定の時期において定期的に支払われる所定の金額を含む」と規定している。
 そうすると、同条約における年金とは、退職年金と保険年金の双方を指し、退職後又は一定の契約に定められた期間中に定期的かつ継続的に支払われる金員を指すものと解され、これら退職年金及び保険年金に対しては、受け取った個人の居住地国においてのみ課税できることを明らかにしているものと解される。
(B)ところで、上記ハの(ロ)及びニの(イ)のAのとおり、本件各掛金は、雇用契約等が継続している期間中において、従業員である請求人の役務の提供に基因して支払われる金員の一部であることから、日米租税条約第18条(1)に規定する給与等であると解するのが相当であり、このような性質の金員までも、日米租税条約第23条において規定している年金と解することはできない。
 つまり、本件各更正処分において課税の対象とされたものは、年金ではなく、年金掛金の原資となり得る請求人の給与であり、年金掛金の拠出は請求人の給与がどのように処分されたかという問題にすぎないのであるから、日米租税条約第23条は本件各更正処分とは関係がないこととなる。
 また、日米租税条約第23条は、年金が支給される場合を規定したものであって、年金掛金について規定していないことは文言上明らかであるから、この点から見ても同条が本件各更正処分に関係を持たないことは明らかである。
 このように、日米租税条約上、本件各掛金について第23条を適用すべき理由はないことから、この点に関する請求人の主張は採用することができない。
 なお、請求人は、原処分庁の答弁書を基に日米租税条約第6条の解釈について主張するが、この条文は、そもそも所得の源泉地に関する規定であり、課税地国に関する規定ではないことから、同条の解釈が、この点の判断に影響を及ぼすものではない。
D 二重課税について
 請求人は、本件各更正処分は二重課税であるとして、本件各更正処分が日米租税条約の締結の目的である「反二重課税」に反すると主張するので、この点について検討すると次のとおりである。
(A)一般に、経済取引及び人的交流の国際化に伴い、X国の居住者のY国内における活動の結果生じた所得に対し、所得の源泉地国であるY国においては、Y国の税法に基づき非居住者に対する課税権を行使し、一方、居住地国であるX国においては、X国の税法に基づき居住者に対する課税権を行使することにより、一の所得に対しXY両国において課税するという結果が発生する。
 このような事態に対し、何ら対策が講じられないとすれば、所得者は一の所得について二重に税を負担しなければならないこととなる。
 そして、このような事態を避けることが租税条約締結の目的の一つである。
(B)そこで、日米租税条約についてみると、居住者である所得者に対し、所得者の居住地国において居住地国の税法を適用して課税権を行使することに関しては、これを否定するものではなく、また、源泉地国が非居住者の所得に課税することも否定するものではなく、同一の所得に対し源泉地国と居住地国が課税した場合には、居住地国で外国税額控除をすることを規定しているところである。
 すなわち、所得者が同一の所得に対し所得の源泉地国及び居住地国の両国で課税される場合、二重の負担を負うことを回避するための措置として、既に源泉地国で課された外国税額を居住地国において控除する規定を設けているものである。
 つまり、二重課税を回避する措置としての我が国の外国税額控除制度とは、現に米国において既に課税されているものについてその税額を控除する制度であり、本件各掛金については、本件各更正処分時には米国において課税されておらず、控除すべき外国税額はないのであるから、本件各掛金に係る外国税額控除の適用はない。
(C)そして、本件各更正処分は、我が国の所得税法の規定に基づき我が国の居住者である請求人が国内においてH社に対して提供した役務の対価たる給与に対してなされたものであり、当該給与に対する我が国における課税権の行使に対しては、日米租税条約においても制限されておらず、また、この課税権の行使は租税条約上も適法に行われていることから、本件各更正処分が日米租税条約に反するということはできない。また、米国で外国税額控除あるいは年金の掛金部分の控除ができず、結果として二度にわたって税負担が生じることがあるとしても、このことをもって我が国における本件各更正処分が日米租税条約に反し違法であるということもできない。
 よって、この点に関する請求人の主張は採用できない。
(ハ)本件各更正処分の不当性の有無
 請求人は、我が国において401Kプランの掛金に対して課税することは結果として二重課税となるから、本件各更正処分は違法ではないにしても不当である旨も主張する。
 しかしながら、本件各更正処分は、上記(イ)及び(ロ)のとおり、租税条約や国内法の正しい解釈に基づいて行われており適法である。
 また、請求人の主張を行政にゆだねられた裁量に関する主張と解するとしても、法令等に従えば原処分庁に本件各更正処分を行うか否かの裁量の余地はないのであるから、この意味においては、本件各更正処分が不当とはなり得ないと解される。
 したがって、本件各更正処分が不当であるとする請求人の主張は、採用することができない。
 なお、請求人がその処分の基となった法令自体の不当性を主張するのであるとしても、当審判所は、原処分庁が行った処分が違法又は不当なものであるか否かを判断する機関であって、所得税法及び日米租税条約の規定自体の合理性については、当審判所の審理の限りではない。
ホ 本件各更正処分の金額
 上記イの(ホ)のCのとおり、請求人は本件各掛金相当額を本件各年分の給与等の収入金額に算入しないで確定申告をしているが、上記ニのとおり、本件各掛金は給与等の収入金額に算入すべきものと認められるので、本件各更正処分の所得金額等について以下検討する。
(イ)給与等の収入金額
 課税対象となる給与等の収入金額を、以下のとおり求める。
A 本件各年分の国内源泉所得以外の所得で国内払いのもの及び国外から送金されたものが無いことについては、請求人及び原処分庁の間に争いはない。
B 請求人の入国後のH社における勤務に基因する本件各年分の給与の額は、本件各年分の課税給与明細書に記載されている「YEN PAY」の額と「DOLLAR PAY」の額(円換算額)との合計額に、該当年分の本件各掛金相当額を加えた金額である。
C よって、本件各年分の国内源泉所得は、次の算式で求める金額となる。
上記Bの金額×国内勤務日数割合{(X−ホームリーブの日数−国外勤務日数)÷(X−ホームリーブの日数)}
(注)Xは、上記Bの金額の計算の基礎となった期間を示す。
D したがって、課税対象となる給与等の収入金額は、上記Cにより計算された金額であり、これは別表の本件各年分の「更正処分等」欄の「課税対象とされる給与等の収入金額」欄のとおりとなる。
(ロ)総所得金額
 請求人の総所得金額は、上記(イ)で算出した課税対象とされる給与等の収入金額から、所得税法第28条第2項及び第3項に規定する給与所得控除額を控除して算出すると、別表の「更正処分等」欄の「総所得金額」欄のとおりとなる。
(ハ)納付すべき税額
 請求人の納付すべき税額は、上記(ロ)で算出した総所得金額から、請求人が本件各年分の確定申告書に記載している配偶者控除額、配偶者特別控除額(平成5年分のみ。)及び基礎控除額を控除し、千円未満を切り捨てて算出した課税総所得金額(別表の「更正処分等」欄の「課税総所得金額」欄のとおり。)に基づき、所得税法第89条《税率》第1項に規定する税率を適用して算出した税額(別表の「更正処分等」欄の「(c)に対する税額」欄のとおり。)から、特別減税額(平成6年分及び平成7年分のみ。)及び源泉徴収税額を控除し、百円未満を切り捨てて算出した金額であり、別表の「更正処分等」欄の「納付すべき税額」欄のとおりとなる。
(ニ)審理の結果
 以上のとおり、別表の「更正処分等」欄における納付すべき税額は、上記(イ)から(ハ)までにより算出した金額と同額であるから、原処分庁がした本件各更正処分はいずれも適法である。

(2)本件各賦課決定処分について

 上記(1)のとおり、本件各更正処分は適法であり、本件各更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づき行った本件各賦課決定処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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