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(平10.1.29裁決、裁決事例集No.55 533頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

 審査請求人F、同G及び同H(以下「請求人ら」という。)は、J(以下「本件贈与者」という。)から、それぞれ平成5年中にS株式会社(以下「S社」という。)の株式3,000株、10,000株及び11,093株(以下、それぞれ順に「本件株式A」、「本件株式B」及び「本件株式C」といい、これらを併せて「本件株式」という。)の贈与を受けた(以下、これらの贈与を「本件贈与」という。)が、本件株式AないしCの評価額がそれぞれ114,000円、380,000円及び421,534円であり、贈与税の基礎控除額に満たないとして平成5年分の贈与税の申告をしなかったところ、原処分庁は、平成8年5月10日付で別表1の「決定処分等」欄のとおり、決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
 請求人らは、これらの処分を不服として、平成8年7月8日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が同年9月27日付でいずれも棄却の異議決定をしたので、同年10月24日に審査請求をした。
 なお、請求人らは、Fを総代として選任し、その旨を平成9年4月14日に届け出た。

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2 主張

(1)請求人らの主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部を取り消すべきである。
イ 本件決定処分について
 請求人らは、本件贈与により取得した本件株式AないしCの価額を、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56ほか国税庁長官通達。ただし、平成5年6月23日付課評2―7ほかによる改正前のもの。以下「評価通達」という。)188《同族株主以外の株主等が取得した株式》及び同通達188―2《同族株主以外の株主等が取得した株式の評価》(以下、これらを併せて「本件通達」という。)に定める配当還元方式(その株式の年配当金額(同通達183《評価会社の1株当たりの配当金額等の計算》の(1)に定める1株当たりの配当金額をいう。)を基として株式の価額を計算する方法をいう。以下同じ。)に基づき1株当たり38円、それぞれ114,000円、380,000円及び421,534円として、それぞれが贈与税の基礎控除額に満たないとして贈与税の申告をしなかったところ、原処分庁は、本件株式AないしCの価額は取得価額と同額のそれぞれ50,938,165円、169,793,884円及び188,352,355円であるとして、別表1の「決定処分等」欄のとおり本件決定処分をしたが、これは、次のとおり租税法律主義等に反しており違法である。
(イ)相続税法第22条《評価の原則》は、財産の価額はその取得の時における時価によるべき旨規定しているが、財産の時価を客観的に評価することは必ずしも容易ではなく、また、納税者間で評価が異なることは、課税の公平の観点から好ましくないことから、財産評価の基本的な方針及び各種財産の評価方法を定めた評価通達に従って財産の評価実務は行われている。
 このように、評価通達は、税務執行の統一性(ひいては課税の公平)と納税者及び課税庁職員の便宜を図るものと解されるところ、同通達によって示達された内容が税務執行によって実施され、相手方である納税者においてその取扱いが異議なく受容されるとともに、その内容が合理性を有している場合に、同通達が定める要件を満たしているにもかかわらず、これを適用しないとした課税処分は、租税法律主義の一つの内容である公平負担の原則に違反し、また、法的安定性及び予測可能性という租税法律主義の理念に著しく違背するというべきである。
 したがって、本件株式が本件通達の定める要件を満たしているにもかかわらず、同通達を適用しないとした本件決定処分は、租税法律主義に違背する違法なものである。
(ロ)原処分庁は、本件株式の取得から売却までの一連の行為は経済的合理性がなく、相続税又は贈与税の負担の軽減を図る目的で行ったものである旨主張しているが、この判断が租税回避行為と同義であるならば、相続税法には、同法第64条《同族会社の行為又は計算の否認》の規定以外に租税回避行為を否認する規定はないから、法律の根拠なく租税回避行為を否認したことになる。すなわち、原処分庁が評価通達の執行に組み込んで租税回避行為を否認するのであれば、租税回避行為を通達で否認することとなり、租税法律主義に違反する。
(ハ)原処分庁は、本件株式は本件贈与者が出資額に見合う金銭を回収することを予定して取得した株式であり、株式投資としてのリスクを考慮する必要はない旨主張するが、本件贈与者は事業の継続性についてのリスクを考慮してS社に投資したものであり、請求人らがたまたま当初出資額に見合う金銭を回収できたからといって、他の株式投資と同様に投資としてのリスクを負っていたことに変わりはない。
 したがって、未公開会社であるS社への投資というリスクを考慮しない原処分は、他の取引相場のない株式の評価と比較して公平性を欠くものであり、租税平等主義の見地から不当なものである。
(ニ)原処分庁は、相続税又は贈与税の負担の軽減を図る目的という主観的要因及び課税時期後の状況を基として、本件株式の評価方法及び価額を判断しているが、相続税法第22条に規定する時価が課税時期における財産の現況に応じた客観的な交換価値であることからすれば、財産の評価に当たり主観的要因の入り込む余地はないのであるから、かかる原処分庁の判断は、相続税法第22条の時価の解釈を誤ったものである。
(ホ)原処分庁は、本件株式は、その取得から売却までの一連の行為からみて、法形式はともかくその経済的実質は預け金と同様のものであり、評価通達において評価することを予定している株式に当たらないとして、評価通達5《評価方法の定めのない財産の評価》を適用しているが、本件株式はあくまで商法上の株式であり、同通達168以下において評価方法が定められているものであるから、同通達5を適用するという判断は誤りである。
ロ 本件賦課決定処分について
 以上のとおり、本件決定処分は違法であり、その全部を取り消すべきであるから、これに伴い本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件決定処分について
(イ)本件株式AないしCは、次のとおり、それぞれその取得価額と同額の50,938,165円、169,793,884円及び188,352,355円と評価すべきであるから、本件決定処分は適法である。
A 原処分庁の調査によれば、次の事実が認められる。
(A)株式会社Q(以下「Q社」という。)が作成した「(請求人ら及びJ一族)○○家キャピタルプラン実行計画書」(以下「○○家計画書」という。)には、本件贈与者が借入金420,000,000円で有限会社を設立して、その出資の現物出資と現金出資によりR株式会社(平成4年10月2日にS社に商号変更。以下、商号変更されるまでの同社を「R社」という。)の株式を1株当たり17,000円で25,200株取得する旨の記載がある。
 なお、上記計画書に記載されているQ社の代表取締役は、S社の取締役であるK(税理士)となっている。
(B)K会計事務所及びQ社が作成したR社あての「出資依頼書」には、本件贈与者が時価純資産価額420,000,000円の有限会社T(以下「T社」という。)に対する出資を現物出資する旨の記載があり、その出資予定時期は、T社の設立と同時期である平成4年6月となっている。
 したがって、T社に対する出資は、同社の設立時からR社に現物出資することが確定しており、当初から本件贈与者が所有する目的はなかった。
(C)本件贈与者は、平成4年6月9日にXファイナンス株式会社(以下「Xファイナンス社」という。)から、500,000,000円を借り入れ、当該借入金のうち420,000,000円を払い込み、同月11日にT社を設立している。
(D)本件贈与者は、次のとおり本件株式を取得している。
a 平成4年6月24日、株式会社Y(以下「Y社」という。)に現金8,398,440円を支払い、492株を1株当たり17,070円で取得した。
b 平成4年7月27日、T社に対する全出資口数である84口をR社に現物出資して23,601株を取得した。
 なお、平成4年7月28日付の本件贈与者の「有価証券取引書」には、平成4年7月27日に本件贈与者がT社の出資84口をR社へ現物出資し、その譲渡価額が400,685,964円である旨が記載されているので、本件贈与者は、この株式を1株当たり16,977円で取得したこととなる。
(E)S社の「会社概要」には次のとおり記載されている。
a「S社への投資のお願い」の2において「S社株の過半数はZグループが所有している為、資産家の皆様は小数株主になりますので、評価額は低くなります。」
 なお、ZグループはS社の代表取締役であるLが設立した数社で構成されており、S社もその構成会社となっている。
b「S社への投資のお願い」の4において「株主の皆様が株式の売却を希望された時に購入希望者がいない場合にもこの財産の処分でご希望に応じることができるものと考えております。
(F)R社は、同社の株式1株当たりの評価額を、次のとおり算定している。

(平成4年6月現在)(平成4年7月現在)
a 時価純資産価額16,977円16,978円
b 純資産価額16,977円9,485円
c 配当還元価額166円43円

(G)本件贈与者は、それぞれ平成5年3月30日付の贈与契約書に基づき、Fに本件株式Aを、Gに本件株式Bを、Hに本件株式Cを贈与した。
(H)本件贈与後の平成6年10月14日に、Fは本件株式Aのうち2,600株を、Gは本件株式Bを、Hは本件株式Cのうち11,001株をいずれもY社に1株当たり18,277円で、別表2の「収入金額」欄のとおり、それぞれ47,520,200円、182,770,000円及び201,065,277円で売却した。
(I)請求人らは、本件贈与者との間で次のとおり金銭消費貸借契約を締結し、本件贈与者に対し次の金銭を貸し付けた。

a平成6年7月28日付で、Gは25,880,025円。
b平成6年10月14日付で、Fは15,750,000円。
c平成7年3月15日付で、Fは25,000,000円、
 Gは153,000,000円、Hは198,000,000円。
d平成7年4月28日付で、Fは145,000,000円。

 本件贈与者は、これらの借入金によりXファイナンス社からの借入金全額を返済している。
(J)請求人らは、本件株式AないしCを本件通達の定めにより1株当たり38円、それぞれ114,000円、380,000円及び421,534円と評価して、それぞれが贈与税の基礎控除額に満たないとして贈与税の申告しなかったが、その結果、本件株式AないしCの取得価額である50,938,165円、169,793,884円及び188,352,355円との差額である50,824,165円、169,413,884円及び187,930,821円が贈与による取得財産から減少することとなる。
B 以上の各事実を総合すると、本件株式の取得から売却までの一連の行為は、S社の関係者によって作成された○○家計画書に沿って、専ら相続税又は贈与税の負担の軽減を図ることを目的として行われたものであり、それ以外の経済的合理性は全くないといわざるを得ない。
 そして、S社の株式は、相続税又は贈与税の負担の軽減を図ることのみを目的として、資産家に取得させる特殊な株式であると認められる。
 すなわち、この株式は、これを贈与等により取得した場合、評価通達188に定める同族株主以外の株主等が取得した株式に該当することとなり、同通達188―2に定める配当還元方式により評価する価額がその出資額を著しく下回ることにより贈与税等の負担を著しく軽減できること及びその目的を達成した後はその売却先をあっせんするなどの方法により、出資額に見合う金銭を容易に回収できることを宣伝して募集されているもので、一般に投資又は運用の対象となる株式とは性質が全く異なるものである。
 このように、相続税又は贈与税の負担の軽減を図る目的のみで一時的に保有し、その目的を達成すると出資額に見合う金銭を回収することができるというスキームの下で発行される株式は、法形式はともかくとして、経済的実質は預け金と同様であり、およそ本件通達において評価することを予定している株式には当たらず、また、評価通達上このような資産の評価方法については定められていないため、評価通達5の定めに基づき個別的に相続税法第22条に規定する時価、すなわち、客観的な交換価値により評価することとなる。
C そうすると、本件株式AないしCの客観的な交換価値は、本件贈与者が本件株式を取得した際の価額、本件贈与時前後のS社の株式の取引価格及び本件贈与後に請求人らがY社に本件株式の一部を売却した際の売却価額からすると、本件贈与者の取得価額と同額のそれぞれ50,938,165円、169,793,884円及び188,352,355円と評価するのが相当である。
(ロ)請求人らは、本件決定処分が租税法律主義等に違反する違法なものであると主張するが、次のとおりいずれも理由がない。
A 請求人らは、本件通達を適用しないのは租税法律主義に違背する旨主張するが、原処分庁は、本件株式の実態が一般に投資又は運用の対象となる株式とは性質が異なるものであり、本件通達において評価することを予定している株式には当たらないとして、評価通達5を適用して評価したものであるから、当該主張は理由がない。
B 請求人らは、評価通達の執行に組み込んで租税回避行為を否認することは、租税法律主義に違反する旨主張するが、原処分庁は、本件株式を評価通達のいずれの項目により評価すべきかを判断する上で、本件株式の取得から売却に至る一連の行為から本件株式が本件通達において評価することを予定している株式に該当しないと判断したものであり、何ら通達によって租税回避行為を否認したものではない。
C 請求人らは、未公開会社であるS社への株式投資というリスクを考慮せずに行った本件株式の評価は、他の取引相場のない株式と比較して公平性を欠き、租税法律主義の見地より不当なものである旨主張するが、本件株式は、相続税又は贈与税の負担の軽減を図ることのみの目的で一時的に保有し、その目的を達成すると出資額に見合う金銭を回収することができるというスキームの下で発行され、現実に請求人らは本件贈与後に本件株式の大部分をその取得価額を上回る価額で譲渡しているのであるから、請求人らが主張するようなリスクを考慮する必要はない。
D 請求人らは、財産の評価に当たって、主観的要因及び課税時期後の状況を考慮することは、相続税法第22条の規定する時価を誤ったものである旨主張するが、本件株式の取得から売却までの一連の行為の事実認定は、あくまで本件株式の課税時期での現況の判断及び客観的交換価値を算定するために行ったものであり、原処分庁が認定した価額は課税時期の現況に応じたものであるから、当該主張も理由がない。
E 請求人らは、本件株式はあくまで商法上の株式であるから、原処分庁の評価通達5の適用は誤りである旨主張するが、本件株式の経済的実質からすると預け金と同様であるから、評価通達5の定めに基づき、同通達204《貸付金債権の評価》に定める評価方法に準じて評価したものであり、本件株式の評価における評価通達の適用に誤りはない。
ロ 本件賦課決定処分について
 以上のとおり本件決定処分は適法であり、また、国税通則法第66条《無申告加算税》第1項ただし書に規定する正当な理由がある場合に該当しないから、同条第1項の規定に基づき行った本件賦課決定処分は適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件株式の時価の評価方法及びその多寡にあるので、以下審理する。

(1)本件決定処分について

イ 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)Q社が作成した○○家計画書には、おおむね次のことが記載されている。
A 本件贈与者は、借入金420,000,000円でT社を設立する。出資払込額420,000,000円のうち資本金は4,200,000円、出資口数は84口とする。
B 本件贈与者は、T社の出資口数84口をR社に現物出資し、同時に銀行借入れによりR社の時価発行増資8,400,000円を引き受ける。これらにより、本件贈与者は、R社の株式1株当たりの時価が17,000円の場合、同社の株式を25,200株入手する。
 なお、Q社の代表取締役であるK(税理士)は、S社の第30期(平成4年9月1日から平成5年3月31日まで)の事業報告書によれば、S社の取締役である。
(ロ)T社の設立の経緯等は、次のとおりである。
A 平成4年6月2日に作成されたT社の定款には、資本金は4,200,000円、出資口数は84口でその1口の金額は50,000円、社員は本件贈与者でその出資口数は84口である旨記載されている。
B K会計事務所及びQ社からS社にあてた「出資依頼書」には、出資者が本件贈与者で、現物出資法人がT社であり、そのT社の時価による資産と負債の差額(以下「時価純資産価額」という。)は、自己資本である資本金及び資本剰余金からなる420,000,000円である旨記載されている。
 なお、この現物出資の出資予定時期は記載されていないが、法人の時価純資産の2パーセント8,400,000円の出資予定時期は平成4年6月とされている。
C 本件贈与者は、平成4年6月9日にXファイナンス社との間で、貸付額を500,000,000円、弁済期を平成9年9月30日等とする抵当証券発行特約付金銭消費貸借及び抵当権設定契約(以下「本件金銭消費貸借契約」という。)を締結し、同日、同社から500,000,000円の融資を受けた(以下、この融資に係る借入金を「本件借入金」という。)。
D T社は、商業登記簿謄本によれば、平成4年6月11日に設立登記がされ、その出資1口当たりの金額は50,000円、資本金の総額は4,200,000円、その事業目的は、有価証券の保有・運用・投資、不動産賃貸業、損害保険代理業及び駐車場の経営並びにこれらに附帯する一切の業務であり、また、同社の役員は、代表取締役である本件贈与者及び取締役である請求人ら3人の合計4人である。
 また、T社の平成4年6月11日の開始貸借対照表によれば、資産の部は現金420,000,000円であり、資本の部は資本金4,200,000円及び資本準備金415,800,000円である。なお、T社の出資口数84口は、法人設立届出書に添付された「出資者名簿」によれば、その全部が本件贈与者の所有である。
E 平成4年7月4日付の臨時社員総会議事録によると、本件贈与者の出資口数84口全部をR社に現物出資することが可決されている。
(ハ)S社の増資の手続等は、次のとおりである。
A S社が出資を募る際には、出資者各人に係る節税効果を提案した計画書を作成し、同社のパンフレット等により次の説明を行っている。
(A)出資者が取得する株式は、常に配当還元方式で評価することができ、相続税又は贈与税の評価が低くなり、相続税等の負担が減少する。
(B)出資者が融資の担保を必要とする場合は、金融機関にS社の金融資産を担保として提供する。
 なお、この担保提供は、出資者の要請に基づき行うもので、出資者の出資額を保全するためのものである。
(C)出資者が株式の売却を希望した場合は、購入者がいない場合にもS社の金融資産を処分することにより、すなわち、減資をすることにより希望に応じることができる。
B S社の新株発行は、次の要領で行われている。
(A)増資時期、増資額は、出資者及び出資額が確定したことに伴い決定され、また、その出資者は、Wコンサルタント協会員から紹介された者とする。
(B)増資における1株当たりの株価は、増資日を含む月の前月末現在の時価純資産価額を同時期の発行済株式総数で除して計算した金額(以下「1株当たりの時価純資産価額」という。)であり、また、この増資における発行株数は、増資額をその1株当たりの株価で除して計算した数である。
(C)上記(A)及び(B)の新株発行と同時に、S社の関連法人であるY社にその新株と同数の株式を額面50円で買い取らせる。
 なお、Y社の保有する株式は、利益配当がなく、残余財産の分配の限度(額面50円以内)を定めた劣後株である。
(ニ)本件贈与者が本件株式を取得した経緯等は、次のとおりである。
A 平成4年6月24日、本件借入金により本件株式のうち492株を1株当たり17,070円、総額8,398,440円で取得した。
B 平成4年7月27日、T社の出資口数84口を現物出資して本件株式のうち23,601株を取得した。
 なお、平成4年7月28日付の有価証券取引書によれば、上記株式の譲渡価額は400,685,964円である旨が記載されているから、1株当たりの株価は16,977円となる(円未満切捨て)。
(ホ)本件株式に係る配当金は、S社の第30期の事業報告書によると、1株当たり年30円(増資新株式は日割配当)である。
(ヘ)本件贈与者とXファイナンス社との間で平成4年6月9日に締結された前記(ロ)のCの本件金銭消費貸借契約の利息等は、Xファイナンス社が作成した抵当証券ローン貸付金元帳によれば、最初の1年間の利息は36,068,065円、これに伴う1年間の保証料は1,500,000円(本件借入金の0.3パーセント)であり、本件贈与者が本件借入金の弁済日(平成7年4月28日)までに支払った利息の合計額は94,276,027円、保証料の合計額は4,337,670円となる。
(ト)本件贈与者は、それぞれ平成5年3月30日の贈与契約に基づき、本件贈与者の実子であるFに本件株式Aを、Fの妻で本件贈与者の養女であるGに本件株式Bを、Fの実子で本件贈与者の養子であるHに本件株式Cを贈与したが、請求人らは、本件株式AないしCを本件通達の定めに基づき配当還元方式により1株38円と評価し、それぞれの価額を114,000円、380,000円、421,534円と算定して、これらの評価額が贈与税の基礎控除額に満たないとして贈与税の申告をしなかった。
(チ)請求人らは、上記(ト)で取得した本件株式Aのうち2,600株、本件株式B及び本件株式Cのうち11,001株をそれぞれ平成6年10月14日の株式売買契約に基づき、別表2のとおり「収入金額」欄記載の金額でY社に売却した。
(リ)本件贈与者は、Gから平成6年7月28日に25,880,025円、平成7年3月15日に153,000,000円、Fから平成6年10月14日に15,750,000円、平成7年3月15日に25,000,000円、同年4月28日に145,000,000円、Hから同年3月15日に198,000,000円をそれぞれ借り入れ、これら借入金により、同年4月28日にXファイナンス社からの本件借入金を完済した。
(ヌ)S社は、出資者に対する株価の資料として1株当たりの時価純資産価額、純資産価額及び配当還元価額を月末現在で提供しているところ、出資者等から同社の株価について問い合わせがあった場合には、問い合わせ日を含む月の前月末現在の1株当たりの時価純資産価額を株価であるとして回答しており、次の時期におけるS社が算定した1株当たりの時価純資産価額は、次のとおりである。
A 本件贈与者が本件株式のうち492株を取得した平成4年6月の直前の平成4年5月末現在における価額は、17,067円である。
B 本件贈与者が本件株式のうち23,601株を取得した平成4年7月の直前の平成4年6月末現在における価額は、16,977円である。
C 本件贈与者が請求人らに本件株式AないしCを贈与した平成5年3月の直前の平成5年2月末現在における価額は、17,052円である。
D 請求人らが本件株式Aのうち2,600株、本件株式B及び本件株式Cのうち11,001株をY社に売却した平成6年10月の直前の平成6年9月末現在における価額は、17,201円である。
ロ ところで、相続税法第22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得の時における時価による旨を規定しており、ここにいう時価とは、課税時期においてそれぞれの財産の現況に応じ不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち客観的な交換価値を示す価額であると解される。
 しかしながら、客観的な交換価値というものが必ずしも一義的に確定されるものではないことから、課税実務上は、財産評価の一般基準として評価通達が定められており、特別な事情がない場合には、同通達に定められた評価方法によって財産を評価することとされている。
 これは、財産の客観的な交換価値を示す価額を個別に評価する方法を採用した場合には、その評価方法、基礎資料の選択の仕方等により異なった評価額が生じることは避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、課税事務の迅速な処理が困難となるおそれがあること等からして、あらかじめ定められた評価方法によりこれを画一的に評価する方が納税者間の公平、納税者の便宜及び徴税費用の節減という見地からみて合理的であるという理由によるものと解される。
ハ そうすると、租税法律主義という観点からは、評価通達に定められた評価方法が合理的なものである限り、同通達が形式的にすべての納税者に適用されることによって租税負担の実質的な公平をも実現することができるものと解されるが、他方、同通達の評価方法を形式的に適用することによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかである等の特別の事情がある場合には、他の合理的な方法によることができるものと解すべきである。
ニ 評価通達では、上場株式及び気配相場等のある株式以外の取引相場のない株式の評価方法について同通達178《取引相場のない株式の評価上の区分》以下において評価会社の規模等に応じた具体的な評価方法を定めており、また、本件通達において「同族株主以外の株主等が取得した株式」の範囲及び計算方法を定めて、少数株主の所有する株式の価額を配当還元方式により評価することとしている。
 この配当還元方式は、同族株主以外の株主、すなわち、事業経営への影響の少ない従業員株主等のような少数株主が取得した株式については、単に配当を期待するにとどまるものであるという実質にかんがみ、評価手続の簡便性をも考慮して特に定められた評価方法であり、取引相場のない株式の評価の原則である類似業種比準方式、純資産価額方式及び併用方式に対する特例であるから、限定的に適用されるべきであると解される。
ホ 前記イの各事実を上記ロないしニに照らして判断すると、次のとおりである。
(イ)本件贈与者が本件株式を取得した目的は、次の理由から、S社の事業活動から生じる配当(及び値上がり益)を期待するものではなく、専ら将来において発生するであろう贈与又は相続に際して、本件株式が配当還元方式で評価されることにより請求人らの贈与税等の負担の軽減を図るためであることが認められる。
A S社は、前記イの(ハ)のAの(A)のとおり、出資を募る際に、出資者各人に係る節税効果を提案した計画書を作成するなどして、出資者が取得する株式が常に配当還元方式で評価することができ、相続税等の負担が減少する旨説明しており、実際に新株が発行される際には、同(ハ)のBの(C)のとおり、新株発行と同数の劣後株を関連法人であるY社に発行して、出資者が取得する株式が本件通達上の同族株主以外の株主が取得した株式に該当するように株式数を調整しているものである。これに加えて、S社の新株発行が、前記イの(ハ)のAの(B)及び(C)並びに同(ハ)のBの(A)のとおり、出資者及び出資額が決まってから決定され、出資者が借入れのための担保を必要とするときはその要請に応じてS社の金融資産を提供し、出資者が株式の売却を希望すればS社の金融資産を処分してまでそれに応じることとなっていること等を総合考慮すれば、S社の新株発行は、会社の事業運営の要請に基づく資金調達のためというよりは、専ら出資者の意向により定まるものであり、出資者が同社に出資する目的は、取得した株式が配当還元方式で評価されることにより贈与税等の負担を軽減することにあると解される。
 そして、本件贈与者は、前記イの(ロ)及び(ニ)のとおり、Xファイナンス社との間で本件金銭消費貸借契約を締結し、その借入金によりT社を設立し、Xファイナンス社からの本件借入金及びT社の出資口数全部の現物出資により本件株式を取得しているところ、これら一連の行為が、前記イの(イ)のとおり、S社の取締役であるKが代表取締役を務めるQ社が作成した○○家計画書に従って進められたものであることは明らかであり、本件贈与者が本件株式を取得したのは、贈与税等の負担が軽減されることを期待したからであるということができる。
B 本件贈与者は、Xファイナンス社からの本件借入金を原資として本件株式を取得しているものであるところ、本件借入金に伴う利息及び保証料は、前記イの(ヘ)のとおり、年間37,568,065円であり、弁済日までの総額は98,613,697円と多額である。
 他方で、このような多額の金利等を負担して取得した本件株式に係る配当金は、前記イの(ホ)のとおり、第30期の事業報告書によると1株当たり年30円であるから、本件贈与者の配当収入金は、年間に換算したとしても578,232円(配当金額722,790円から配当金額に係る源泉徴収税額を控除した金額)とわずかである。
 そうすると、本件贈与者は本件株式について配当を期待して取得したものと解することはできず、本件株式の取得それ自体は、本件贈与者にとって経済的合理性はないというほかない。
C 請求人らは、前記イの(ト)のとおり、本件株式AないしCを本件贈与により取得し、これを配当還元方式により1株当たり38円、それぞれ114,000円、380,000円及び421,534円と評価し、それぞれの評価額が贈与税の基礎控除額に満たないとして贈与税の申告を行わなかったのであるが、このように本件株式を評価することにより、本件贈与者が本件株式の取得価額相当の金銭を請求人らに贈与した場合と比較して、F、G及びHの課税価格は、それぞれ50,824,165円、169,413,884円及び187,930,821円減少し、税額はそれぞれ26,819,700円、107,535,100円及び120,526,400円軽減されることになる。
D 請求人らは、前記イの(チ)及び(リ)のとおり、本件株式のうち23,601株をY社に1株当たり18,277円、総額431,355,477円で売却し、その売却代金を本件贈与者に貸し付け、本件贈与者はこの借入金で本件借入金を完済しているところ、これにより請求人らは本件贈与の際は配当還元方式で評価した本件株式について、その評価額をはるかに上回る金銭を取得するとともに、結果として贈与税の負担なしに本件贈与者の財産が請求人らに移転したことになる。
(ロ)以上のとおり、本件贈与者の本件株式の取得の目的は、S社の事業活動から生じる配当を期待するものではなく、本件株式の1株当たりの取得価額と配当還元方式により評価した1株当たりの評価額に著しい開差が生じることを利用して請求人らの贈与税等の負担の軽減を図るためであると解するのが相当であり、本件株式の取得行為自体に経済的合理性は認められないところ、かかる目的のために取得した本件株式については、上記ニで述べたように、単に配当を期待するにとどまる少数株主を対象とした特例的な評価方法である配当還元方式による評価には適さないというべきであるし、このような場合にまで形式的に配当還元方式を適用するならば、本件株式を取得せずその利益を享受できない他の納税者と比較して贈与税の課税価格に著しい格差が生じることになり、実質的な租税負担の公平という観点からしても看過し難く、また、租税制度全体を通じて税負担の累進性を補完するとともに富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の立法趣旨の下に、相続税の補完税として創設された贈与税の目的に反するものというべきである。
 したがって、本件株式の評価については本件通達を適用すべきではなく、他の合理的方法により本件贈与が行われた日の客観的な交換価値を算定すべきである。
(ハ)ところで、S社は、前記イの(ハ)のBの(B)及び同(ヌ)のとおり、同社が新株を発行する際及び出資者等から株価について問い合わせがあった際には、1株当たりの単価を時価純資産価額を基に算定していると認められるところ、前記イの(ニ)のB及び同(ヌ)のBのとおり、本件贈与者が本件株式のうち23,601株を取得した際にも1株当たりの単価は時価純資産価額を基に算定されているものである。なお、前記イの(ニ)のA及び同(チ)並びに同(ヌ)のA及びDのとおり、本件贈与者が本件株式のうち492株を取得した際及び請求人らがY社に本件株式のうち23,601株を売却した際の1株当たりの単価は、上記の時価純資産価額を若干上回る価額であるものの、S社並びに本件贈与者及び請求人らは、少なくとも当該時価純資産価額を本件株式の1株当たりの時価と認識しているものと認められる。
 また、S社及び出資者等の上記取引における1株当たりの単価は、特定の出資者にだけ成立するものではなく、S社に出資しようとする者すべてに適用される一般的な価額であると解されるから、この価額が本件株式の客観的な交換価値であるというべきである。
 そうすると、相続税法第22条に規定する時価とは、前記ロのとおり、課税時期においてそれぞれの財産の現況に応じ不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額であるから、本件株式の評価に当たっては、課税時期に最も近い時期における1株当たりの時価純資産価額を基に評価すべきである。
 したがって、本件株式については、前記イの(ヌ)のCのとおり、本件贈与が行われた日に最も近いS社の平成5年2月末現在の1株当たりの時価純資産価額17,052円を基に評価するのが相当である。
ヘ 請求人らは、本件株式の評価について、合理性を有している本件通達を適用しないことは、公平負担の原則に違反し、法的安定性及び予測可能性という租税法律主義の理念に著しく違背する旨主張する。
 しかしながら、前記ホの(ロ)で述べたとおり、本件株式を評価通達に定める評価方法によらず、他の合理的方法によりその客観的な交換価値を評価することについては、他の納税者との間での実質的な租税負担の公平の見地から是認されるものというべきであり、このような取扱いが公平負担の原則に違反するということはできないし、評価通達5及び6《この通達の定めにより難い場合の評価》が同通達によらない場合の例外を定めている趣旨からすれば、同通達を適用しない課税処分が直ちに租税法律主義の理念に反するものということもできない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張は採用することはできない。
ト 請求人らは、租税回避行為の否認には法律の根拠が要求されるところ、評価通達により租税回避行為を否認することは租税法律主義に違反する旨主張する。
 しかしながら、原処分庁は、本件株式の取得から売却までの一連の行為について、贈与税等の負担を軽減する目的で行われたことは明らかである旨の判断をしているものの、本件株式の取得行為自体を租税回避行為として否認したものではなく、贈与税等の負担の軽減を目的として取得した本件株式について、本件通達を適用することは不合理かつ不適正であるとした上で、本件株式を評価通達204に準じて評価し、その価額を相続税法第22条に規定する時価としたものにすぎず、このように本件通達によらないことが相当であると認められるような特別の事情がある場合に、他の合理的な評価方法により評価することは、何ら租税法律主義に違反するものではない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張には理由がない。
チ 請求人らは、株式投資というリスクを考慮しないで本件株式の評価を行ったことは、他の取引相場のない株式の評価と比較して、公平性を欠く旨主張する。
 しかしながら、本件株式の取得に際して、請求人らが主張するようなリスクが存しないことについては、前記ホの(イ)のとおりであり、また、株式評価において、株式投資のリスクの有無が本件株式の評価方法を決定する唯一の要因であるということはできないし、そもそも本件株式が他の取引相場のない株式とはその発行システム等が著しく異なり、その評価に当たり本件通達を形式的に適用した場合に生ずる租税負担の不公平さについては既に述べたとおりであって、このような特別の事情により他の株式の評価と取扱いを異にすることになったとしても、それは実質的な公平性の観点から是認されるというべきである。
 したがって、この点に関する請求人らの主張は採用できない。
リ 請求人らは、主観的要因及び課税時期後の状況を基として本件株式の評価方法及び価額を判断したことは、相続税法第22条の時価の解釈を誤ったものである旨主張する。
 しかしながら、前記ニのとおり、本件通達で定める配当還元方式は、単に配当を期待する少数株主を対象とする特例的な評価方法であり、限定的に用いられるべきものであるから、その適用の可否を判断するに当たって、本件株式の取得の意図等様々な見地から検討することは当然である。
 また、請求人らの算定した本件株式の評価額が客観的な交換価値を示す価額であるか否かの判断において、その算定方法や取得に至る事情等にかんがみ、本件の場合は、配当還元方式を適用して算出された価額が客観的な交換価値である時価とは認められないと判断したものにすぎず、本件株式の評価に主観的要素を盛り込んだものではない。
 したがって、これらの点に関する請求人らの主張には理由がない。
ヌ 請求人らは、本件株式は法形式上の株式であるから、原処分庁が評価通達5を適用したことは誤りである旨主張する。
 しかしながら、評価通達は、税務執行の便宜上、単に評価の目安となるべき基準を示したものにすぎず、また、そもそも通達とは、上級行政庁の下級行政庁に対する命令であって法規たる性質を有せず、それ自体が納税者を拘束するものではないものであるところ、原処分庁は、本件株式が株式としての法形式を備えているとしても、その経済的実質から預け金と同様と判断し、相続税法第22条に規定する客観的交換価値を算定するため、合理的な評価方法として評価通達5に基づき同通達204に準じて評価したにすぎず、これが直ちに通達に違反するということはできない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張は理由がないというべきである。
ル 以上のとおり、本件株式の価額は、本件贈与が行われた日に最も近い時期の客観的な交換価値である1株当たり17,052円を基に算定すべきであり、そうすると本件株式AないしCの価額はそれぞれ51,156,000円、170,520,000円及び189,157,836円となる。そして本件株式AないしC以外に贈与により取得した財産がないので、この贈与財産の価額を基に請求人らの課税価格及び納付すべき税額を計算すると、別表1の「審判所認定額」欄の金額となる。
 この金額は、別表1の「決定処分等」欄の金額を上回るから、この金額の範囲内でされた本件決定処分は適法である。

(2)本件賦課決定処分について

 本件決定処分は上記(1)のとおり適法であり、また、国税通則法第66条第1項ただし書に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づいて行った本件賦課決定処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする事由は認められない。

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