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(平11.3.23裁決、裁決事例集No.57 127頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)がT病院(以下「本件病院」という。)の実質経営者であるG(以下「G」という。)から和解金として受領した金員29,500,000円(以下「本件和解金」という。)が、非課税とされる損害賠償金となるか、事業所得の収入金額となるかが争われた事案である。

(2)審査請求に至る経緯及びその内容

イ 請求人は、平成8年分の所得税について、青色の確定申告書に別表の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに原処分庁に提出した。
 その後、請求人は、原処分庁の調査担当職員(以下「調査担当職員」という。)の所得税の調査(以下「本件調査」という。)を受け、別表の「修正申告」欄のとおり修正申告書を提出した。
 これに対して、原処分庁は、平成9年7月4日付で修正申告による納付すべき税額を基礎として、別表の「賦課決定処分」欄のとおり過少申告加算税の賦課決定処分をした。
 さらに、原処分庁は、本件調査に基づき平成9年11月5日付で別表の「更正処分等」欄のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
ロ 請求人は、原処分の全部の取消しを求めて平成9年12月15日に審査請求をした。

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(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、昭和62年11月から本件病院の医療法人化まで、対外的には本件病院の開設者、院長として勤務していたこと。
ロ 請求人は、平成5年12月21日にGに辞表を提出し、その辞職の時期については平成6年10月としたが、Gが、本件病院の医療法人化に協力を求めてきたことから、請求人は、平成6年9月6日にJ弁護士を立会人として、G及び本件病院の医療法人化後の理事長であるK(以下「K」という。)との間で、合意書(以下「本件合意書」という。)を作成し、次の内容を定めたこと。
(イ)本件病院は、医療法人ではないため、法律上請求人の辞職は同病院の廃院を意味することから、早急に同病院の医療法人化の手続をするため、請求人は、同病院にとどまり(医療法人認可後は辞任する。)医療法人の設立代表者の肩書でその認可申請を行い同病院の医療法人化に協力する。
(ロ)Gは、請求人が開設予定の診療所「M内科・呼吸器科」(以下「本件診療所」という。)について、平成6年11月1日までに開設届出手続が完了し、同日より医療業務が可能になるよう全面的に協力しこれを保障する。
 万一、開設届出手続が延期された場合には、その理由のいかんを問わず、請求人に対し、生じた損害の賠償として1日当たり金1,000,000円の割合の金員を支払う。
ハ 請求人は、本件病院が平成6年11月1日までに医療法人化されなかったことから、本件診療所については、S医師(以下「S」という。)に依頼し、同人を開設者とする診療所を開設し、収入を得たこと。
ニ 請求人は、請求人を開設者とする本件診療所の開設届出手続が平成6年11月1日までに完了せず、平成7年1月1日付で完了したことから、Gに対して、平成7年1月19日到達の書面により、本件合意書に基づき、61,000,000円の損害賠償を求めたが、同人からの支払いがなかったこと。
ホ 請求人は、平成7年2月23日にGを被告とし、上記ニの損害賠償及び遅延損害金の支払いを求めて、P地方裁判所に訴訟(以下「本件訴訟」という。)を提起したこと。
ヘ 請求人は、本件訴訟における平成7年9月12日付の準備書面及び平成7年11月付の陳述書において、本件合意書の1日当たり1,000,000円の損害賠償の積算根拠について、次のとおり主張していること。
(イ)本件診療所の開設に伴う医療機器のリース料及び借入金の元利返済金として月約2,000,000円を予定している。
(ロ)光熱費、修繕費、家賃及び看護婦・医師の人件費として月15,000,000円から18,000,000円を予定している。(ハ)請求人の得べかりし収入及び税金負担分として月約10,000,000円を予定している。
(ニ)上記(イ)ないし(ハ)を合計すると月30,000,000円となり、1日当たり1,000,000円となる。
ト 請求人は、平成6年11月21日付及び平成6年12月14日付のGに対する本件合意書に基づく損害賠償の支払いを求めた書面並びに本件訴訟における平成7年9月12日付の準備書面及び平成7年11月付の陳述書において、請求人が本件診療所を開設できず、Sを開設者とする診療所を開設せざるを得なかったことから、医療技術と信用の2点に重大な侵害を受けたとして、実際の損害について、次のとおり主張していること。
(イ)請求人は、本件病院の開設者の地位にとどまる限り、他に診療所を開設することを禁止され、Sを開設者とする診療所では請求人の名前等を掲示することができず、患者から不審がられ、信用が大きく損なわれ、次のとおり医療において大きな制約を受けた。
A 請求人は、本件病院に資格医師の届出をしているため、Sを開設者とする診療所において、労災患者、生活保護受給者及び身体障害者等の患者に対する保険診療資格がなかった。
B Sを開設者とする診療所の患者の半数以上が呼吸器疾患の患者であるにもかかわらず、請求人は、本件病院に資格医師の届出をしているため、麻酔の使用ができず、随時必要な咳止めに最も有効な薬の投与が制約され、実質的、効果的な診療行為ができなかった。
C Sを開設者とする診療所では、Sが医師会に加入していなかったため、かなり大きな需要がある「健やか検診」を行うことができなかった。
(ロ)請求人は、Sを開設者とする診療所を開設したが、Sは他の病院に勤務していたことから、最終的には、一週間のうち、半日勤務が3回、1日勤務が1回という勤務状況で極めて、不十分な医療体制であった。
(ハ)その他、有効な診療行為ができず、医師としてのプライドを傷つけられる等の有形無形の損害は計り知れない。
チ 平成8年4月19日にP地方裁判所において、請求人とGは和解し、平成8年5月17日にGから本件和解金が請求人の弁護士の口座に振り込まれ、弁護士報酬2,000,000円を控除した27,500,000円が平成8年5月20日に請求人の口座に振り込まれたこと。

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2 主張

(1)請求人の主張

 次の理由により、更正処分は違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 更正処分
(イ)本件和解金は、請求人の精神的苦痛及び肉体的苦痛に対する対価として算定されたものであるから、所得税法第9条《非課税所得》第1項第16号及び所得税法施行令第30条《非課税とされる保険金、損害賠償金等》の規定により非課税とされる損害賠償金に該当するものである。
(ロ)請求人は、上記1の(3)のハのとおり、平成6年11月1日から収入を得ていることから、金員による損害はなく、本件和解金は、所得税法施行令第94条《事業所得の収入金額とされる保険金等》に規定する事業の収益補てん及び経費補償には該当しないものである。
(ハ)本件訴訟は、請求人が本件診療所の開設者となるまでの実際の損害額に触れることなく、裁判長が請求人の精神的苦痛及び肉体的苦痛を理解してくれたことから、同人の和解の勧告により、Gと和解したものである。
ロ 過少申告加算税の賦課決定処分
 以上のとおり、更正処分は違法であるから、過少申告加算税の賦課決定処分も違法である。

(2)原処分庁の主張

 次の理由により、更正処分は適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 更正処分
 上記1の(3)のロないしヘ及びチの事実から判断すると、本件和解金は、精神的苦痛に対する対価とは認められず、請求人を開設者とする本件診療所の開設が遅延したことに伴い、請求人の事業の収益の補てん及び経費の補償として受領したもので、所得税法施行令第94条に規定する事業所得の収入金額とされる保険金等に該当し、事業所得の収入金額となる。
 そうすると、請求人の平成8年分の事業所得の金額は、別表の「修正申告」欄の額27,519,711円に、本件和解金29,500,000円から本件訴訟に係る費用2,000,000円を控除した金額27,500,000円を加えた55,019,711円となり、この金額は更正処分と同額である。
ロ 過少申告加算税の賦課決定処分
 以上のとおり、平成8年分の更正処分は適法であり、また、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由がある場合に該当しないので、同条第1項及び第2項の規定に基づいてした、平成8年分の過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

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3 判断

(1)更正処分

 本件和解金が、非課税とされる損害賠償金となるか、事業所得の収入金額となるかに争いがあるので、以下審理する。
イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査したところによれば、次の事実が認められる。
(イ)請求人は、当審判所に対し、次のとおり答述していること。
A 本件訴訟は、本件合意書に基づいて提起したものであり、精神的苦痛及び肉体的苦痛を主張した書面はなく、証拠書類として提出するものはない。
B 本件訴訟の裁判長の和解の勧告は、口頭であるから証拠書類はない。
(ロ)Kは、原処分庁に対し、本件和解金は請求人に対する所得補償として支払った旨を申述していること。
ロ ところで、所得税法第9条第1項第16号において、所得税を課さないものは、損害保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得する所得税法施行令第30条の規定で定めるものと規定され、同施行令第30条第1項第3号において、心身又は資産に加えられた損害につき支払を受ける相当の見舞金(所得税法施行令第94条の規定に該当するものその他役務の対価たる性質を有するものは除く。)と規定している。
ハ 所得税法施行令第94条第1項において、事業所得を生ずべき業務を行う居住者が受けるもので、その業務の遂行により生ずべきこれらの所得に係る収入金額に代わる性質を有するものは、これらの所得に係る収入金額とする旨規定している。
ニ 所得税法第9条第1項第16号及び所得税法施行令第30条第1項第3号に規定する非課税所得とされる損害賠償金及び見舞金とは、受領者の心身、資産に加えられた損害を補てんする性質のものであり、社会通念上積極的な所得として課税するに適しない実質的な意味での損害賠償金というものであるから、本来所得となるべきものや得べかりし利益を喪失した部分が損害賠償金等の名目で支払われた場合には、実質的な所得を得たのと同一の結果となるから、非課税所得には当たらないと解される。
ホ 上記イないしニ及び上記1の(3)の事実を踏まえて、本件和解金をみれば、次のとおりである。
 請求人は、本件和解金は請求人の精神的苦痛及び肉体的苦痛に対する対価であり、平成6年11月1日から収入を得ていることから収益補てん及び経費補償でない旨並びに本件訴訟は裁判長が請求人の精神的苦痛及び肉体的苦痛を理解してくれたことから和解した旨を主張する。
 しかしながら、本件合意書に定める1日当たり1,000,000円の損害賠償の積算根拠は、〔1〕本件診療所の開設に伴う医療機器のリース料及び借入金の元利返済金、〔2〕光熱費、修繕補修費、家賃及び看護婦・医師等の人件費及び〔3〕請求人の得べかりし収入及び税金負担分であり、請求人は、本件訴訟において、この損害賠償の積算根拠及び本件診療所に代えてSを開設者とする診療所を開設せざるを得なかったことによる医療収入の実際の損害の内容を明らかにし、これに基づいてGと和解したものと認められ、請求人の答述及びKの申述からも精神的苦痛及び肉体的苦痛の対価として和解したものとは認められず、また、これを証する証拠書類の提出もないことから、本件和解金は、請求人の精神的苦痛及び肉体的苦痛に対する対価とは認められない。
 そうすると、本件和解金は、請求人の心身、資産に加えられた損害を補てんする性質のものではなく、本来所得となるべきものや得べかりし利益を喪失した部分を受領したもので、請求人の業務の遂行により生ずべき事業所得に係る収入金額に代わる性質を有するものと認められる。
 したがって、この点に関する請求人の主張は採用することはできない。
ヘ 以上のことから、本件和解金は、請求人の事業所得の収入金額であり、本件訴訟により和解が成立した平成8年分の収入金額と認められ、また、上記1の(3)のチの本件訴訟に係る弁護士報酬は平成8年分の必要経費と認められる。
 そうすると、請求人の平成8年分の事業所得の金額は、更正処分の額と同額となり、平成8年分の更正処分は適法である。

(2)過少申告加算税の賦課決定処分

 以上のとおり、平成8年分の更正処分は適法であり、また、更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実については、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいてした平成8年分の過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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