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(平11.9.27裁決、裁決事例集No.58 23頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、会社役員である審査請求人(以下「請求人」という。)が当該会社から受ける給与等のうち、単身赴任に要する費用に相当する金額(以下「単身赴任費相当額」という。)又は自宅から勤務先まで実際に通勤した場合に必要となる費用に相当する金額(以下「通勤費相当額」という。)については、所得税法第9条《非課税所得》第1項第5号の規定(以下「本件非課税規定」という。)による通勤手当に類するものに該当するか否かを主たる争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

 請求人は、平成7年分の所得税について、確定申告書に次表の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。その後、請求人は、原処分庁所属の職員の指導に基づき、修正申告書に次表の「修正申告」欄のとおり記載して、平成8年5月21日、修正申告(以下「本件修正申告」という。)をした。
 さらに、請求人は、平成8年分及び平成9年分の所得税について、確定申告書に次表の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。
 原処分庁は、これに対して、平成8年分については平成9年5月30日付で、また、平成9年分については平成10年5月6日付で、次表の「更正処分」欄のとおり、それぞれ更正処分(以下、両年分の更正処分を併せて「本件各更正処分」という。)をした。

 請求人は、本件修正申告及び本件各更正処分(以下、本件修正申告と併せて「本件原処分等」という。)を不服として、平成10年7月1日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年9月22日付で、平成7年分及び平成8年分については却下の、平成9年分については棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の本件原処分等に不服があるとして、平成10年10月22日に審査請求をし、本件原処分等の全部の取消しを求めた。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成7年12月にM県P市R町3丁目19番7号の株式会社D(以下「D社」という。)に雇用され、現在は、常務取締役となっている者であるが、雇用当初から請求人の給与等に関するD社との契約は年俸契約であり、当該給与等以外には請求人に対しD社からは単身赴任手当や通勤手当等は一切支給されていない。
ロ 請求人は、N県Q市S町1丁目26番16号に自宅(以下「Q市の自宅」という。)を有しているが、同所からD社への通勤には長時間を要することなどのため、平成7年12月からM県P市T町3丁目7番1号メゾン○〇201号室を賃借して同所に単身で居住している。

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2 主張

(1)請求人

 本件原処分等は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 平成9年分の所得税の更正処分について
(イ)単身赴任費相当額
A 平成9年分の所得税の確定申告書に記載した交通費の額932,500円のうち、通常の家事費とは区別したところの単身赴任先のアパート代の年額相当額、そのアパートの電気代のうち基本料金の年額相当額及び週末にQ市の自宅に帰宅するための往復旅費相当額の合計額751,000円は、単身赴任費相当額であり、これは次のとおり、本件非課税規定による課税されない通勤手当に類するものであるから、給与所得の金額の計算に当たっては、この単身赴任費相当額を請求人の給与等から除いた後の金額を基礎としてその所得の金額を算出すべきである。
 なお、平成9年分の所得税の確定申告書に記載した交通費の額932,500円から、上記単身赴任費相当額751,000円を控除した差額181,500円は、争わない。
(A)本件非課税規定は、請求人のように給与等とは別途に単身赴任手当等の支給がなくても、その給与等の中に単身赴任費相当額や通勤費相当額が含まれている場合には、その給与等のうち、これらの金額については、本件非課税規定の「これに類するもの」に該当するものとして、所得税を課さないというものである。
(B)請求人は、Q市の自宅からD社への通勤に約2時間を要し、このことは高齢である請求人にとって過度の体力的負担となる上、家庭の事情もあってD社の近くへの単身赴任を余儀なくされているものである。そのため、請求人にあっては、Q市の自宅での生活の場合に比べ、二重生活による余分な出費を強いられる特殊な事情を有しているのであるから、その単身赴任費相当額751,000円については、少なくとも本件非課税規定による課税されない通勤手当に類するものに該当する。
B 仮に上記Aの主張が認められないとしても、この単身赴任費相当額751,000円については、請求人がD社に勤務し、仕事をして収入を得るために必要な費用であり、所得税法第37条《必要経費》の規定(以下「本件必要経費の規定」という。)による当該総収入金額を得るために要した必要経費に該当するものであるから、請求人の給与所得の金額の計算に当たっては、この必要経費の額を請求人の給与等から除いた後の金額を基礎としてその所得の金額を算出すべきである。
(ロ)通勤費相当額
 上記(イ)の主張が認められないのであれば、通勤費相当額530,500円については、本件非課税規定による課税されない通勤手当に類するものに該当するのであるから、請求人の給与所得の金額の計算に当たっては、この通勤費相当額を請求人の給与等から除いた後の金額を基礎としてその所得の金額を算出すべきである。
 なお、請求人はQ市の自宅から実際に通勤しているものではないが、自宅からの通勤を選択するか、単身赴任を選択するかは、請求人自身の合理的、経済的な判断による二者択一の問題であって、通勤費相当額が単身赴任費相当額とほぼ同額か又はそれ以下である場合には、請求人がQ市の自宅から実際に通勤をしていない場合でも、その通勤費相当額については、本件非課税規定の「これに類するもの」に該当するものとみるべきである。
 ただし、平成9年分の所得税の確定申告書に記載した交通費の額932,500円から、上記通勤費相当額530,500円を控除した差額402,000円は、Q市の自宅から△△旅客鉄道株式会社のグリーン車を利用して通勤したとして計算したグリーン料金の金額であるが、これが本件非課税規定による課税されない通勤手当に類するものに該当しないことは争わない。
ロ 平成8年分の所得税の更正処分について
 平成8年分の所得税の確定申告書に記載した通勤費相当額450,680円は、本件非課税規定による課税されない通勤手当に類するもの又は給与所得を得るために要した本件必要経費の規定による必要経費に該当するものであるから、給与所得の金額の計算に当たっては、この通勤費相当額を請求人の給与等から除いた後の金額を基礎としてその所得の金額を算出すべきである。
ハ 平成7年分の所得税の修正申告について
 本件修正申告は、給与所得の計算に当たり、給与所得控除額とは別途に、単身赴任に伴う家財道具の購入費用等の額を控除することはできないとして、原処分庁所属の職員から指導されたため、やむなく修正申告したものであるが、この単身赴任に伴う家財道具の購入費用等の額は、本件非課税規定による課税されない通勤手当に類するもの又は給与所得を得るために要した本件必要経費の規定による必要経費に該当するものとして給与所得控除額とは別途に控除すべきものであるから、本件修正申告は取り消すべきである。

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(2)原処分庁

 平成9年分の所得税の更正処分は、次の理由により適法であるから、これに対する審査請求を棄却するとの裁決を求め、平成8年分の所得税の更正処分及び平成7年分の所得税の修正申告に対する審査請求はいずれも不適法であるから却下するとの裁決を求める。
イ 平成9年分の所得税の更正処分について
(イ)給与所得の金額について
A 単身赴任費相当額
 請求人が主張する単身赴任費相当額751,000円については、本件非課税規定による課税されない通勤手当と同様に取り扱う規定も、非課税とする規定もない。また、請求人が主張する本件必要経費の規定は、給与所得の金額の計算については適用がない。
B 通勤費相当額
 請求人が主張する通勤費相当額530,500円については、請求人には現にQ市の自宅から通勤した事実がない上、通常の給与に加算して受ける通勤手当の支給もないことから、本件非課税規定による課税されない通勤手当に類するものには該当しない。
C 給与所得の金額
 給与所得の金額の計算上その収入金額から控除すべき金額は、所得税法第28条《給与所得》第3項又は第4項に規定する給与所得控除額及び同法第57条の2《給与所得者の特定支出の控除の特例》第2項に規定する特定支出の額以外にはあり得ず、請求人が主張する単身赴任費相当額がその特定支出に該当するとしても、その特定支出の額が給与所得控除額を超えない以上、これを給与等の収入金額から控除することはできないから、請求人の給与所得の金額は、その年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額であり、請求人が計算した932,500円を給与等の収入金額から控除し、その残額から更に給与所得控除額を控除することはできない。
 したがって、給与所得の金額は、D社からの給与等の収入金額15,500,000円から給与所得控除額2,475,000円を控除した金額13,025,000円である。
(ロ)総所得金額について
 請求人の平成9年分の総所得金額は、次表のとおり13,169,562円となり、この金額は更正処分の額と同額となるから、更正処分は適法である。

 なお、雑所得の金額は、請求人が確定申告書に記載した金額である。
ロ 平成8年分の所得税の更正処分について
 請求人の異議申立ては、国税通則法(以下「通則法」という。)第77条《不服申立期間》第1項に規定する不服申立期間の経過後にされたものであるので、不適法である。
ハ 平成7年分の所得税の修正申告について
 請求人の異議申立ては、通則法第75条《国税に関する処分についての不服申立て》第1項に規定する処分に対するものでないため、不適法である。

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3 判断

(1)平成9年分の所得税の更正処分について

イ 給与所得の金額について
(イ)単身赴任費相当額
A 請求人は、単身赴任費相当額は本件非課税規定による課税されない通勤手当に類するものに該当する旨主張する。
 しかしながら、本件非課税規定では、給与所得を有する者で通勤するものがその通勤に必要な交通機関の利用又は交通用具の使用のために支出する費用に充てるものとして通常の給与に加算して受ける通勤手当(これに類するものを含む。)のうち、一般の通勤者につき通常必要であると認められる一定の部分を非課税所得として規定しており、当該規定の「これに類するもの」とは、現金支給に代えて支給される通勤用定期乗車券の現物等がこれに当たるものと解されているところ、請求人にあっては、上記1の(3)のイの基礎事実のとおり、給与等の他に、通常の給与に加算して受けるものは一切なく、本件非課税規定による通勤手当は存在しないのであるから、請求人の主張には理由がない。
B 請求人は、仮に上記Aの主張が認められないとしても、この単身赴任費相当額は、本件必要経費の規定による当該総収入金額を得るための必要な費用であるとして、給与所得控除額とは別途に、給与等の収入金額から控除すべきである旨主張する。
 しかしながら、本件必要経費の規定は、不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は公的年金等に係る所得等を除く雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額のことについて規定したものであり、給与所得の金額の計算については適用がない。
 ところで、給与所得の金額の計算上収入金額から控除すべき金額は、所得税法第28条の規定による一定の計算における給与所得控除額及びその年中に同法第57条の2に規定するところの給与の支払者において一定の事項が書面により証明された特定支出がある場合に、その特定支出の額の合計額が上記給与所得控除額を超えたときの超えた部分の金額であるところ、請求人は平成9年分の所得税の確定申告書に上記の給与の支払者の証明書を添付している事実も認められないことから、単身赴任費相当額は特定支出の控除の対象になる特定支出とは認められず、また、仮に単身赴任費相当額が特定支出に該当したとしても、その単身赴任費相当額が給与所得控除額を超えているとは認められないから、いずれにしても請求人の場合、給与所得の収入金額から控除できる金額は、給与所得控除額のみである。
 したがって、この点に関する請求人の主張については理由がない。
(ロ)通勤費相当額
 請求人は、上記(イ)の主張が認められないのであれば、通勤費相当額は、本件非課税規定による課税されない通勤手当に類するものであるとして、給与所得控除額とは別途に、給与等の収入金額から控除すべきである旨主張する。
 しかしながら、請求人にあっては、給与等の他に、通常の給与に加算して受けるものは一切なく、したがって本件非課税規定による通勤手当は存在しないのであるから、上記(イ)のAにおいて述べたとおり、その全額について本件非課税規定による課税されない通勤手当に類するものに該当するとはいえない。
 なお、通勤費相当額について、本件非課税規定の他に非課税所得として取り扱う規定はない。
 したがって、この点に関する請求人の主張についても理由がない。
(ハ)給与所得の金額
 原処分庁は、請求人の給与所得の金額について、D社からの給与等の収入金額15,500,000円から給与所得控除額2,475,000円を控除して13,025,000円と認定しているところ、当審判所の調査によっても原処分庁の認定額は相当と認められる。
ロ 総所得金額について
(イ)雑所得の金額
 請求人が申告した雑所得の金額は、公的年金等に係る所得の金額5,710円及びE信託銀行の財産形成年金信託契約に係る所得の金額138,852円の合計額であると認められる。
 ところで、当審判所の調査によれば、上記のうち当該財産形成年金信託契約に係る所得の金額は、租税特別措置法第4条の3《勤労者財産形成年金貯蓄の利子所得等の非課税》に規定する年金であると認められ、非課税とされている。
 したがって、請求人の雑所得の金額は、当該非課税所得の財産形成年金に係る所得の金額を除いたところの公的年金等に係る所得の金額5,710円となる。
(ロ)総所得金額
 以上の結果、総所得金額は、次表のとおりとなり、更正処分の額を下回ることとなるから、更正処分はその一部を取り消すことが相当である。

ハ 原処分のその他の部分については当事者間に争いはなく、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

(2)平成8年分の所得税の更正処分及び平成7年分の所得税の修正申告について

イ 平成8年分の所得税の更正処分
 当審判所の調査によれば、平成8年分の所得税の更正通知書は、平成9年6月2日に請求人に対し送達されているものと認められるから、異議申立てをすることができる期間(以下「法定期間」という。)は、通則法第77条第1項及び同法第10条《期間の計算及び期限の特例》第2項の規定により、平成9年8月4日までであることが認められる。
 ところで、請求人が異議申立書を提出した日は、平成10年7月3日であることが認められ、また、請求人が法定期間内に異議申立てをすることができなかったことについて通則法第77条第3項に規定する天災その他やむを得ない理由があるとは認められないから、請求人の異議申立ては、法定期間経過後になされた不適法なものである。
 したがって、不適法な異議申立てについての審査請求は、通則法第75条第3項の規定により、不適法なものである。
ロ 平成7年分の所得税の修正申告
 請求人は、審査請求において、請求人が平成8年5月21日に提出した平成7年分の修正申告書は、原処分庁所属の職員の指導に基づき提出したものであるとして、その取消しを求めているが、修正申告は、通則法第75条第1項に規定する国税に関する法律に基づく処分に当たらないから、本件修正申告の取消しを求める審査請求は、不適法なものである。

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