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(平11.12.9裁決、裁決事例集No.58 36頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、工具類販売店を営んでいた被相続人A(以下「被相続人」という。)に係る平成7年分の所得税について事業所得の金額の計算に当たり、相続人4名を含む従業員6名(以下「本件従業員ら」という。)に対する被相続人の死亡を起因とする未払退職金を必要経費に算入すべきか否かが争われた事案である。

(2)審査請求に至る経緯

 審査請求に至る経緯は、別表のとおりである。
 なお、被相続人が年の中途で死亡したことにより、審査請求人B、C、D、E及びF(以下、これら審査請求人を併せて「請求人ら」という。)並びに被相続人の長女G及び五女H(以下、請求人らと併せて「共同申告人」という。)は、所得税法第125条《年の中途で死亡した場合の確定申告》に規定する被相続人の確定申告書を相続人として連署により提出したものである(以下、この申告を「本件準確定申告」といい、別表の更正処分及び賦課決定処分を「本件更正処分」及び「本件賦課決定処分」という。)。
 また、請求人らは、Fを総代として選任し、その旨を平成11年3月17日に届け出た。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 被相続人は、P市R町794番地1においてJ商店の屋号で工具類販売業を営んでいたが、平成7年10月7日に死亡し、被相続人の死亡に係る相続(以下「本件相続」という。)が開始した。
ロ Fが原処分の調査を担当した職員及び当審判所に提出したJ商店の退職金規程(以下「本件退職金規程」という。)には、退職金の支給条件及び支給率表等の支給基準等が定められている。
ハ 本件従業員らに対する退職金(以下「本件退職金」という。)の額は、本件退職金規程に定める支給率表に基づき計算すると、次表のとおりとなる。

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2 主張

 請求人ら及び原処分庁は、本件退職金を必要経費に算入すべきか否かについてそれぞれ次のとおり主張し、請求人らは本件更正処分及び本件賦課決定処分の一部取消しを、原処分庁は審査請求の棄却を求めている。

(1)J商店の事業の廃止の有価について

イ 請求人らの主張
 J商店の本件従業員らのうちG及びK(以下、両名を併せて「Gら」という。)は、平成8年3月に退職し、P市S町でJ商店名義で事業を行っており、被相続人の死亡後、J商店は2か所で事業を行うことになったのであり、Fが被相続人の事業のすべてを承継したものではないので、被相続人の事業は廃止したといえるから、被相続人の事業を相続人が承継した旨の原処分庁の認定は事実を誤認したものである。
ロ 原処分庁の主張
 一般に事業の廃止とは、事業活動の終了を意味するものであり、事業を営んでいた納税者が死亡した場合であっても、その相続人が事業を承継した場合には、事業の廃止があったということはできない。
 本件の場合、被相続人が営んでいた工具類販売事業は、共同申告人であるFらにより承継されているから、事業のすべてを一人の相続人が相続せず、2か所で事業を行うこととなったとしても、事業の廃止があったとは認められない。

(2)雇用契約の継続の有価について

イ 請求人らの主張
 使用人の退職とは、事業主と使用人との雇用関係が終了することであり、事業主の死亡は企業の消滅であり、これにより当然に雇用契約は終了する。
ロ 原処分庁の主張
 被相続人と本件従業員らとの間の雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)は、J商店を運営するための労務の給付を目的とするものであり、その労務の内容は被相続人の一身に専属するものではない。
 本件従業員らは、被相続人の死亡後も引き続きJ商店の事業に従事しており、かつ、その労務内容は主に店頭販売及び経理であって、被相続人の死亡前後を通じて変化がなく、事業主の変更によってその労務の内容に重大な差異は生じていない。
 したがって、被相続人の死亡時に本件雇用契約が終了したとは認められない。

(3)本件退職金の支給債務の発生の有価について

イ 請求人らの主張
 原処分庁は、本件退職金規程に事業主の死亡が退職金の支給事由として定められていないことをもって本件退職金の支給債務は発生していないと主張しているが、上記(2)のイのとおり、事業主の死亡により雇用契約は当然に終了するものであるから、事業主の死亡が退職金の支給事由にないことをもって退職金の支給債務が発生しないと判断することは条理に反する。
ロ 原処分庁の主張
 本件退職金規程は事業主の死亡を退職金の支給事由として定めていないから、本件従業員らは被相続人に対する退職金支払請求権を取得し得る余地はなく、本件退職金の支給債務は発生していない。

(4)過去における退職金の必要経費算入について

イ 請求人らの主張
 被相続人の前のJ商店の事業主であった被相続人の夫M(以下「前事業主」という。)の昭和49年分の所得税の準確定申告に際し、本件と同様に退職金を必要経費として計上したが、かかる処理は容認されたので今回も退職金を必要経費に算入したものである。
ロ 原処分庁の主張
 仮に、過去の申告において退職金の必要経費算入が容認されていたとしても、本件退職金の必要経費算入を認めないとした本件更正処分が違法となるものではない。

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3 判断

(1)争点

 本件審査請求の具体的な争点は次の4点であるので、この点について以下審理する。
イ 被相続人の死亡に伴いJ商店の事業が廃止されたかどうか(争点1)。
ロ 被相続人の死亡時に本件雇用契約が終了したかどうか(争点2)。
ハ 本件退職金の支給債務が発生したかどうか(争点3)。
ニ 過去の準確定申告で退職金を必要経費としていたことが本件更正処分の違法の理由となるかどうか(争点4)。

(2)認定事実

 原処分関係資料、請求人らの提出資料及び当審判所の調査したところによれば、次の事実が認められる。
イ Fは、J商店に勤務しており、被相続人が死亡する直前においては高齢な被相続人に代わり実質的に従業員を指揮していた。また、被相続人の死亡後は事実上J商店の事業を引き継いで同店を営んでいる。
ロ Gらは、被相続人の死亡後もJ商店に勤務しており、平成8年2月まで同店から給料を支給されていたが、Gは、同年3月ころ、事実上J商店の事業の一部を引き継ぎ、P市S町612番地においてJ商店△△の屋号で事業を営んでいる。また、Kは、Gに同行し、同じころからJ商店△△に勤務している。
ハ Gら以外の本件従業員らは、被相続人の死亡後もJ商店において従来どおりの勤務を続けており、同人らの勤務内容は、主に店頭販売、経理、配達、集金であり、被相続人の死亡後も同人らの勤務内容、勤務条件に変化はない。
ニ F及びGは、被相続人の死亡後、各々が事業主として税務上の各種届出をしている。
ホ 被相続人の遺産についての遺産分割協議は調っておらず、家庭裁判所での調停も不調に終わり、遺産分割は未了である。
ヘ 本件退職金は、本件準確定申告時、本件更正処分時及び本件審査請求時を通じて、本件従業員らに支給されていない。

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(3)争点に対する当審判所の判断

イ 争点1について
(イ)一般に事業の廃止とは、居住者が事業継続の意思を放棄し、事業の廃止に伴う業務を行うこと、つまり、事業に関する新たな取引をやめ、かつ、その所有する商品、原材料、消耗品等事業の用に供する棚卸資産等の処分を行ったか否かなどにより判定すべきものと解される。
 そして、これを事業主の死亡の場合についてみると、通常の場合、相続人は、相続により被相続人の事業経営者としての地位も承継するのであるが、被相続人の明白な意思により、あるいは、事業を継続し得ない相当の事情により、相続人が直ちに事業継続の意思を放棄し、相当の期間内に事業の廃止に伴う業務を行った場合には、その事業は被相続人の死亡により廃止されたものと解される。
(ロ)これを本件についてみると、被相続人の死亡に伴いJ商店の事業を廃止するための必要な業務、例えば、取引先に対する事業所閉鎖の通知などが行われたことを裏付ける資料はない上、J商店は被相続人の死亡後、誰が事業を引き継ぐか法的にはいまだ決着していないものの、F及びGによって、上記(2)のイ及びロのとおり、現に2か所で事業が継続されているのであるから、事業の廃止があったとは認められない。
(ハ)この点、請求人らは、被相続人が死亡したこと及び事業が2か所で行われることになったことを理由に、被相続人の事業が廃止された旨主張するが、事業そのものは継続されており、事業が2か所で行われることになったとしても、事業が廃止されたといえないことは、上記(ロ)のとおり明らかであるから、請求人らの主張には理由がない。
ロ 争点2について
(イ)使用者の死亡が雇用契約の終了原因になるかどうかについては、明文の規定はないが、相続人は、被相続人の一身に専属したものを除き、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するのであるから(民法第896条)、使用者個人を看護又は教育するための雇用など労務の内容自体が使用者の一身に専属するものである場合や、使用者の変更によって労務の内容に重大な差異が生ずるような場合等人的色彩の特別に濃厚な雇用を除いては、雇用契約上の使用者の地位は相続の対象となり、使用者の死亡によって当然に雇用契約が終了することにはならないと解するのが相当である。
 そこで、本件従業員らの被相続人の死亡前後の就労状況及び労務の内容について検討するに、上記(2)のロ及びハのとおり、本件従業員らは、被相続人の死亡前後を通じ、J商店に勤務し、その労務内容は主に店頭販売、経理、配達等であると認められるところ、この労務の内容が使用者であった被相続人の一身に専属するものでないことは明らかであり、また、その労務の内容は使用者の変更によって重大な差異が生ずるものであるともいえない。
 したがって、被相続人の使用者たる地位は、相続の対象となり、本件相続により相続人に承継されることとなるから、本件雇用契約は被相続人の死亡を原因として当然に終了するものではないと解するのが相当である。
 そして、上記イのとおり被相続人が営んでいたJ商店の事業は、誰が引き継ぐか法的にはいまだ決着していないものの、F及びGによって継続して営まれており、事業が廃止されたわけではないことに照らせば、本件雇用契約上の使用者たる地位も遺産分割協議等を経ることにより、相続人に承継されるものと認められるから、本件雇用契約は被相続人の死亡によっても終了していないと認めるのが相当である。
(ロ)この点、請求人らは、事業主の死亡は企業の消滅であり、これにより雇用関係は当然に終了する旨主張するが、上記(イ)のとおり、個人事業であっても、労務の内容自体が使用者の一身に専属するものである場合や、使用者の変更によって労務の内容に重大な差異が生ずるような場合等人的色彩の特別に濃厚な雇用を除いては、雇用契約上の使用者の地位は相続の対象となり、使用者の死亡によって当然に雇用契約が終了することにはならないと解すべきであるから、請求人らの主張には理由がない。
ハ 争点3について
 請求人らは、事業主の死亡により雇用契約は当然に終了するとの見解を前提として、本件退職金規程が事業主の死亡を退職金の支給事由として定めていなくとも本件退職金の支給債務は発生する旨主張するが、上記ロで述べたとおり、被相続人の死亡によっても本件雇用契約は終了していないから、本件雇用契約の終了を前提としたこの点に関する請求人らの主張は採用できない。
ニ 争点4について
 請求人らは、前事業主の死亡時の所得税の準確定申告において、退職金の必要経費算入が容認された旨主張する。
 そこで、当審判所において調査したところ、請求人らが主張するとおりの準確定申告書が提出されたか否かは明らかではないが、請求人らは、前事業主の死亡時に提出したとする申告書控えを当審判所に提出しているところ、当該申告による退職金の必要経費算入について、その後、原処分庁がいかなる処理を行ったかを明らかにする証拠資料の保存がなく、請求人の主張は一概に否認できるものでもない。
 しかしながら、仮に前事業主の死亡時に従業員に退職金の支払がなされ、それを必要経費に算入し、かかる申告が容認されていたとしても、それはその申告についての当時の処理結果であったにすぎず、客観的事実関係を前提として更正処分が必要であると認められる場合には、租税負担公平の見地から課税庁がこれを是正することは当然の責務であり、他方、納税者は自己の判断と責任において正しい申告をする義務を有するのであるから、前回申告が容認されたことが本件更正処分の違法性・不当性につながるものではない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張には理由がない。

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(4)本件更正処分の適法性について

イ ところで、所得税法上事業所得の金額に係る必要経費の規定の趣旨は、所得税がその年の事業所得の金額に対して課せられる租税であることから、その所得金額の計算においては、その年の総収入金額からその総収入金額を得るために失われた必要経費の額を控除する点にあると解される。そして、事業主が死亡した場合の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入できるものは、事業主の死亡時において債務が確定しているものに限られる。
 個人事業主の死亡の場合に債務が確定しているものとは、次に掲げる要件のすべてに該当するものをいうと解される。
(イ)死亡時までに当該費用に係る債務が成立していること。
(ロ)死亡時までに当該債務について具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること。
(ハ)死亡時までにその金額を合理的に算定することができるものであること。
ロ そこで本件退職金についてみると、上記(3)のイ及びロで述べたとおり、本件雇用契約は被相続人の死亡によって終了しておらず、被相続人の事業も廃止されていないこと、
さらに、本件退職金が本件相続の開始後3年以上経過した現在においても本件従業員らのいずれにも支払がなされていないことからみても、本件退職金は、債務確定の要件を満たしていないといわざるを得ない。
 したがって、本件退職金の必要経費への算入は認められないとしてなされた本件更正処分は適法である。

(5)本件賦課決定処分について

 本件更正処分は、上記(4)のとおり適法であり、同更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第66条《無申告加算税》第1項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第3項の規定により無申告加算税の賦課決定をした原処分は適法である。

(6)その他

 原処分のその他の部分については請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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