ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.59 >> (平12.2.9裁決、裁決事例集No.59 427頁)

(平12.2.9裁決、裁決事例集No.59 427頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)を質権者とする質権の目的財産の差換えが滞納国税の法定納期限後に行われ、当該差換え後の質権の目的財産について配当が行われた場合において、上記質権により担保される債権に、国税徴収法(以下「徴収法」という。)第15条《法定納期限等以前に設定された質権の優先》の規定に基づき、滞納国税に優先して配当が行われるか否かを争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、別表1記載の株式会社E(以下「本件滞納会社」という。)の滞納国税(以下「本件滞納国税」という。)を徴収するため、平成9年2月25日付で本件滞納会社の株式会社F銀行(以下「本件第三債務者」という。)に対する別表2記載の債権(以下「本件預金債権」という。)を差し押さえた。
 そして、原処分庁は、この差押えにより本件第三債務者から給付を受けた100,391,891円(以下「本件取立金」という。)を、平成10年8月27日で本件滞納国税に配当し、請求人の本件滞納会社に対する債権については配当金額を零円とする配当処分(以下「本件配当処分」という。)をした。
ロ 請求人は、本件配当処分を不服として、平成10年9月2日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年12月14日付で棄却の異議決定をしたので、請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成11年1月14日に審査請求をした。

トップに戻る

2 主張

(1)請求人

 原処分は、次のとおり違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 請求人と本件滞納会社は、平成8年4月5日、同社が請求人に対し現に負担し又は将来負担する一切の債務を担保するため、本件滞納会社の有する株式会社Eエンタープライズの株式1,000株(以下「本件株式」という。)に質権を設定する旨の根質権設定契約(以下「本件根質権設定契約」といい、これに係る根質権を「本件根質権」という。)を締結し、同日、本件滞納会社は、本件株式に係る株券(以下「本件株券」という。)を請求人に引き渡した。
ロ ところが、平成8年9月30日、本件滞納会社から請求人に対し、本件預金債権に質権を設定するので本件株券を返還してほしい旨の申入れがあり、請求人はこの申入れを承諾した。
 そして、請求人は、平成8年10月1日、本件滞納会社から本件預金債権に係る預金証書の引渡しを受けて、本件預金債権に質権を設定した。
ハ 上記イ及びロによれば、本件預金債権に質権が設定されたのは、本件滞納国税の法定納期限である平成8年5月31日の後となる。
 しかしながら、請求人は、本件根質権を消滅させて新たに本件預金債権に質権の設定を受けたものではなく、本件根質権の目的財産の差換えとして、本件株式と本件預金債権とを交換したものであり、しかも、本件預金債権の原資は、本件滞納会社が株式会社G(以下「G社」という。)から本件株式を担保として融資を受けた5億円のうちの1億円なのであるから、本件預金債権は本件株式と別個の財産ではなく、本件根質権の物上代位の目的財産というべきである。
 そして、本件根質権の設定が本件滞納国税の法定納期限以前である以上、徴収法第15条第1項に規定する「その質権が国税の法定納期限以前に設定されているものであるとき」に該当することになる。
 したがって、本件根質権により担保される請求人の債権は、本件取立金について、本件滞納国税に優先するのであり、にもかかわらず、当該請求人の債権に対する配当金額を零円とした本件配当処分は違法である。
ニ なお、原処分庁は、本件預金債権が本件根質権の物上代位の目的財産であるとしても、物上代位権を行使する場合には、質権者が自らこれを差し押さえることを要する旨主張する。
 しかしながら、物上代位権を行使する場合に質権者が差押えをなすことを要するとされているのは、質権の目的財産の特定性を維持して、当該財産が質権設定者の一般財産に混入することを防止し、第三債務者の地位を不安定にしないためであるから、物上代位の目的財産が特定され、質権設定者の一般財産とも区別されて、第三債務者の地位を不安定にしないのであれば、必ずしも差押えをなすことを要しないというべきである。
 本件預金債権は、本件第三債務者に開設された預金口座において、他の財産とは明確に区別して管理され、本件滞納会社の一般財産と混入するおそれはないのであるから、請求人がこれを差し押さえる必要はないし、仮に差押えが必要であるとしても、請求人は、差押えに代わる手続として、本件預金債権に質権を設定し、物上代位の目的財産をより明確に区別しており、差押えがなされた場合と同視することができるというべきである。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法であり、請求人の主張には理由がないから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 徴収法第15条第1項は、納税者がその財産上に質権を設定している場合において、その質権が国税の法定納期限以前に設定されているものであるときは、その国税は、その換価代金につき、その質権により担保される債権に次いで徴収する旨、同条第3項は、登記又は登録をすることができない質権で、同条第2項各号の規定により設定の事実が証明された質権は、同条第1項の規定の適用については、民法施行法第5条の規定により確定日附があるものとされた日に設定されたものとみなす旨規定している。
ロ 本件滞納国税の法定納期限は平成8年5月31日であり、本件預金債権について上記イの確定日附があるものとされた日は同年10月3日であるから、本件の場合、徴収法第15条第1項に規定する「その質権が国税の法定納期限以前に設定されているものであるとき」に該当せず、本件滞納国税は本件根質権により担保されている債権に優先することになる。
 したがって、本件配当処分は適正に行われており、違法、不当はない。
ハ 請求人は、本件預金債権は本件根質権の物上代位の目的財産であり、本件取立金は、本件滞納国税に優先して、本件根質権により担保される請求人の債権に配当されるべきである旨主張する。
 しかしながら、本件預金債権に質権が設定された経緯に照らせば、本件預金債権は、本件根質権の目的財産たる本件株式とは別個の財産であり、本件株式の交換価値が具体化したものではないのであって、本件預金債権は本件根質権の物上代位の目的財産とはいえない。
 また、仮に本件預金債権が物上代位の目的財産であるとしても、民法第350条において準用する同法第304条第1項の規定によれば、物上代位権を行使する場合には、質権者は物上代位の目的財産を差し押さえることを要するとされているが、請求人は、本件預金債権について何ら差押えの手続をしていないのであるから、やはり請求人の主張には理由がない。

トップに戻る

3 判断

(1)原処分関係資料、請求人提出資料及び当審判所の調査によれば、次の事実を認めることができる。
イ 請求人と本件滞納会社は、平成8年4月5日、本件根質権設定契約を締結し、同日、本件滞納会社は、本件株券を請求人に引き渡した。
ロ ところが、平成8年9月30日、資金繰りに窮した本件滞納会社から請求人に対し、本件滞納会社が本件第三債務者に1億円を預け入れ、これに係る本件預金債権に質権を設定するので、その代わりに本件株券を返還してほしい旨の申入れがあり、請求人はこの申入れを承諾した。
 ただ、その時点では、上記の預入れは未了であり、預金証書も発行されていなかったため、請求人は、暫定的な措置として本件滞納会社から本件第三債務者を振出人及び支払人とする額面1億円の預金小切手(以下「本件預金小切手」という。)の交付を受けた。
 その後、本件滞納会社が、平成8年10月1日に上記の預入れを了し、預金証書を請求人に交付したので、同人は、これと引き換えに本件預金小切手を本件滞納会社に返還した。
ハ 本件第三債務者は、本件滞納会社と請求人の双方に対し、「質権設定承諾依頼書」と題する平成8年10月3日の確定日附が付された書面(以下「本件承諾通知」という。)により、本件預金債権に質権を設定することを承諾した。
ニ なお、本件滞納国税の法定納期限は、平成8年5月31日である。
(2)ところで、徴収法第15条第1項は、納税者がその財産上に質権を設定している場合において、その質権が国税の法定納期限以前に設定されているものであるときは、その国税は、その換価代金につき、その質権により担保される債権に次いで徴収する旨規定し、
さらに、同条第3項は、登記又は登録することができない質権で、同条第2項各号の規定により設定の事実が証明された質権は、同条第1項の規定の適用については、民法施行法第5条の規定により確定日附があるものとされた日に設定されたものとみなす旨規定している。
 本件の場合、上記(1)のハのとおり、本件承諾通知には平成8年10月3日の確定日附が付されているのであるから、上記の規定により、本件預金債権に係る請求人の質権は同日に設定されたものとみなされることになる。
 そして、上記(1)のニのとおり、本件滞納国税の法定納期限は平成8年5月31日であるから、本件預金債権に質権が設定されたのは、本件滞納国税の法定納期限の後となり、したがって、当該質権については徴収法第15条第1項は適用されず、本件取立金は、同法第8条《国税優先の原則》の規定により、当該質権により担保される請求人の債権に優先して、本件滞納国税に配当されることになる。
 したがって、本件配当処分は適法である。
(3)請求人は、本件預金債権は本件株式との交換により取得したもので、本件根質権の物上代位の目的財産であるから、本件取立金は、本件滞納国税に優先して本件根質権により担保される債権に配当すべきである旨主張する。
 この点、民法第350条において準用する同法第304条第1項は、質権は、その目的財産の売却、賃貸、滅失又は毀損によって質権設定者が受けるべき金銭その他の物に対しても行うことができる旨規定して、質権の効力は、質権の目的財産だけでなく、具体化した当該財産の交換価値にも及ぶとしている。
 そして、上記の規定の趣旨からすれば、この「売却、賃貸、滅失又は毀損」は例示というべきであって、これには交換も含まれると解される。
 しかしながら、上記(1)のイからハまでの事実に照らすと、請求人は、本件株式を本件根質権の目的財産から除外し当該根質権を解除した上で、本件滞納会社が本件第三債務者に金銭を預け入れることにより生じた本件預金債権に質権を設定したのであり、本件預金債権は、本件株式との交換によって本件根質権の設定者である本件滞納会社が受けるべき金銭その他の物に該当しないことは明らかである。
 また、請求人は、本件預金債権の原資は、本件滞納会社がG社から本件株式を担保として受けた融資金の一部であるから、本件預金債権には本件根質権の効力が及ぶ旨の主張もするが、たとえ本件預金債権の原資が請求人の主張のとおりであるとしても、本件預金債権が本件株式の交換価値の具体化したものと解する余地はなく、やはり、本件預金債権は、本件株式との交換によって本件滞納会社が受けるべき金銭その他の物には該当しない。
 したがって、本件根質権の効力は、本件預金債権に及ばないというべきであり、その他の点について判断するまでもなく、請求人の主張には理由がない。
(4)その他
 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所の調査によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る