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(平12.10.31裁決、裁決事例集No.60 43頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、還付金の充当処分について、〔1〕充当に係る滞納国税は原処分庁の納税保証に関する手続に瑕疵がなければ不存在となっていたものであるか否か、〔2〕充当処分は信義則に反しているか否かの2点を争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 審査請求人(以下「請求人」という。)は、平成11年3月15日に還付金が○○○○円である平成10年分の所得税の確定申告書をE税務署長に提出した。
ロ E税務署長は、上記イの還付金のうち2,800円を平成11年4月20日付で請求人の平成9年分の所得税の滞納国税2,800円に充当した。
ハ その後、原処分庁は、E税務署長から上記ロで充当済の額を除いた○○○○円の還付金の引継ぎを受け、平成11年4月27日付で、当該還付金と還付加算金の合計額のうち1,570,637円を請求人の平成2年分の滞納国税58,509,000円(以下「本件滞納国税」という。)に、残額の891,000円を請求人の平成4年分の所得税の滞納国税891,000円にそれぞれ充当する処分をした。
ニ 請求人は、上記ハの処分について平成11年6月25日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年9月10日付で棄却の異議決定をし、その異議決定書謄本を請求人に対し同月17日に送達した。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成11年10月17日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成2年分の所得税の確定申告書に納付すべき税額を○○○○円と記載してE税務署長に提出したが、当該納付すべき税額を法定納期限までに納付しなかった。
ロ 原処分庁は、国税通則法第43条《国税の徴収の所轄庁》第3項の規定により、E税務署長から本件滞納国税の徴収の引継ぎを受け、平成3年5月28日付で請求人に徴収の引受けの通知をした。
ハ 請求人は、本件滞納国税の納付のため、請求人が取締役を勤める法人を経由して金銭を貸し付けていた有限会社F(以下「F社」という。)が振り出した約束手形(支払期日平成3年7月31日2通、同年8月31日1通、額面金額合計57,000,000円)に裏書の上、原処分庁へ提供し、原処分庁は、平成3年6月5日付で国税通則法第55条《納付委託》第2項に規定する納付受託証書を請求人に交付するとともに、同日付で国税徴収法第151条《換価の猶予の要件等》第1項の規定による換価の猶予をした。
ニ 請求人は、上記ハの約束手形の決済が見込まれないため、順次手形を書き換えており、原処分庁に最後に提供された約束手形は、支払期日が平成3年11月30日、額面金額が61,071,300円であった。
ホ 請求人は、平成3年10月23日に、原処分庁に対し、換価の猶予に係る本件滞納国税の納税担保として、F社がP市Q町1丁目3番19所在の土地99.17平方メートルの提供を承諾する旨記載された担保提供書を提出し、原処分庁は、同日付で請求人に対し、換価の猶予期間の延長を通知した。
 なお、当該担保提供書には、次の内容が記載された抵当権設定登記承諾書のほか、F社の取締役会議事録及び印鑑証明が添付されていた。
〔1〕原因 平成3年10月23日納税の猶予(換価の猶予)に係る平成2年分申告所得税(延滞税を含む。)についての平成3年10月23日抵当権設定契約
〔2〕納税者 R市S町443番地4 G(請求人)
〔3〕債権額 58,509,000円
ヘ 上記ニの約束手形は不渡りとなり、原処分庁は、平成3年12月2日付で上記ホの土地を差し押えた。
ト F社は、平成3年12月24日にP地方裁判所から破産宣告を受けた。
チ F社の破産管財人が上記ホの抵当権設定登記の抹消を求めて平成4年3月27日付で国を相手に提訴した事件(平成4年(○)第○○○号土地抵当権設定登記抹消登記手続請求事件、以下「本件訴訟」という。)の判決が平成5年3月26日に言い渡され、上記ホの抵当権を設定した行為が、破産法第72条《否認できる行為》第5項の無償行為に当たるとして否認されたため、原処分庁は、同年8月10日付で上記ヘの差押えを解除した。
リ 原処分庁は、本件滞納国税並びに平成3年分及び平成4年分の所得税の滞納国税を徴収するため、平成5年9月6日付で、請求人所有のP市Q町12丁目1302番31所在の土地20.55平方メートルを差し押さえた。

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2 主張

(1)請求人

 原処分は、次の理由により違法であるから、原処分のうち本件滞納国税に係る部分の取消しを求める。
イ 納税保証に関する手続上の瑕疵について
 原処分庁が、F社による請求人の租税債務の負担を証する合意書又は国税通則法施行令第16条《担保の提供手続》第3項に規定する保証人の保証を証する書面(以下「納税保証書」という。)を徴さなかったのは、納税保証に関する手続上の重大な瑕疵であり、これらの書面を徴していれば本件訴訟により抵当権を否認されることはなく、本件滞納国税は回収されて存在していなかったはずであるから、原処分のうち本件滞納国税に係る部分は違法である。
ロ 信義則について
 本件訴訟の判決後の平成5年秋頃に、原処分庁の徴収担当職員が請求人に対して、「当方の力不足により裁判に負けた。5年位そのままにしておくが、その後当局の責任で処理するので理解していただきたい」と言っており、請求人は当該職員の言葉を信用して、本件滞納国税は原処分庁の責任で処理され消滅したものと認識していた。にもかかわらず、当該職員の説明内容に反して行われた本件滞納国税への還付金の充当は、信義則に反して違法である。

(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 納税保証に関する手続上の瑕疵について
 請求人は、原処分庁がF社による請求人の租税債務の負担を証する合意書又は納税保証書を徴さなかったことは、納税保証に関する手続上の重大な瑕疵であると主張するが、次のとおり瑕疵は認められない。
(イ)原処分庁は、本件滞納国税を徴収する上で、担保提供による抵当権設定を受けて換価の猶予をしていたものであり、F社による請求人の租税債務の負担を証する合意書又は納税保証書を換価の猶予の要件としたものではないので、これらの書面を徴さなかったことに瑕疵はない。
(ロ)また、請求人が主張する納税保証書は、原処分庁が保証人から直接徴するものではなく、担保を提供しようとする者が原処分庁に提出しなければならない書面である。
 原処分庁は、本件滞納国税の換価の猶予をしたが、猶予の要件である担保については、請求人からF社所有の土地の担保提供を受けており、その時点では、担保の価額が本件滞納国税を満足させるものと判定したので、さらなる担保として納税保証書の提出を求める必要はなかった。
 その後において、破産法の否認権の行使により担保物件の解除が行われ、結果として本件滞納国税は整理されずに残ったものである。
(ハ)請求人は、本件訴訟により抵当権が抹消された際に本件滞納国税も消滅したものと思い込んでいたようであるが、原処分庁は、本件訴訟後に請求人所有の土地を差し押さえており、滞納処分を継続している。
ロ 信義則について
 請求人は、原処分庁の徴収担当職員が「当方の力不足により裁判に負けた。5年位そのままにしておくが、その後当局の責任で処理するので理解していただきたい」と言っており、当該職員の言葉を信用して、本件滞納国税は消滅したものと認識していた旨主張するが、当該職員がそのように言った事実はなく、信義則を適用する余地はない。

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3 判断

(1)納税保証に関する手続上の瑕疵について

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)本件訴訟において、F社の代表者は、国税のために抵当権を設定するという話は聞いていない旨証言したが、判決では、抵当権設定登記承諾書、担保提供書及び取締役会議事録は真正に成立したものと推定すべきであり、成立に争いがない登記嘱託書及び印鑑証明を合わせ考えると抵当権設定契約の締結の事実を認めるに十分であると認定している。
(ロ)本件訴訟においては、F社が直接国との間で請求人の租税債務を負担するような保証、債務引受をしていないことは明らかである等の理由により、抵当権設定行為がF社が自らの債務のためではなく他人のためになした担保の提供に該当すること、また、F社が抵当権設定の対価として債務免除等の経済的利益を受けていないことから、当該抵当権設定行為が破産法第72条第5項の無償行為に当たると判示している。
ロ 納税保証の手続
 国税通則法第46条《納税の猶予の要件等》第5項及び国税徴収法第152条《換価の猶予に係る分割納付、通知等》には、税務署長等が換価の猶予をする場合には担保を徴さなければならない旨規定されており、国税通則法第50条《担保の種類》には、担保の種類として第3号に土地が、第6号に税務署長等が確実と認める保証人の保証が掲げられている。
 また、国税通則法施行令第16条第2項は、担保として土地を提供しようとする者は、抵当権を設定するために必要な書類を国税庁長官等に提出しなければならない旨、同条第3項は、保証人の保証を担保として提供しようとする者は、納税保証書を国税庁長官等に提出しなければならない旨規定している。
ハ これを本件についてみると、次のとおりである。
(イ)上記1の(3)のハないしホ及び上記イの事実によれば、原処分庁は、請求人から約束手形の提供を受けて換価の猶予をしていたが、その後、さらなる担保として土地の担保の提供において必要とされる抵当権設定登記承諾書等の書類の提出を受けて換価の猶予期間を延長したこと、及び本件訴訟においてこれらの書類の真偽について争われたが真正に作成されたものと認定されたことから、原処分庁のした抵当権の設定に係る手続は適法に行われていると認められる。
(ロ)また、本件判決において抵当権設定行為が否認されたのは、物上保証人であるF社が抵当権を設定するに際して請求人から債務の免除を受けるなどの経済的利益を受けていないことによるものであって、納税保証書を徴さなかったことではないのであるから、原処分庁の手続上の瑕疵によるものとは認められない。
(ハ)なお、上記ロによれば、納税保証書は担保提供者たる請求人の意思により提出するものであると解されるところ、既に担保の提供を受けている原処分庁が徴さなければならない理由も認められず、F社による滞納者の租税債務の負担を証する合意書を徴さなければならないとする法令上の規定もない。
(ニ)以上のとおりであり、担保提供をめぐり、原処分庁が行った手続に瑕疵は認められないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。

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(2)信義則について

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)請求人は、当審判所に対し、上記2の(1)のロの発言について、「本件訴訟の判決後の平成5年の8月か9月頃に、名前はわからないが、原処分庁の職員3名がR市の請求人の自宅へ来て説明があった。職員は本件滞納国税はもう納めなくてよいとは言っていないと思うが、言った内容から当然そのように思った」旨及び「現在、本件滞納国税の関係で請求人所有のP市Q町12丁目1302番31所在の土地が差し押さえられている」旨答述した。
(ロ)上記(イ)の答述に基づき、当審判所が、平成5年8月から9月にかけて原処分庁において本件滞納国税を担当していた職員及び訴訟を担当していた職員から得た答述の内容は、次のとおりである。
A 本件滞納国税を担当していた徴収担当職員(以下「担当職員」という。)の答述
〔1〕平成4年7月から請求人を担当しており、請求人とは2度、請求人が代表者をしているH株式会社(以下「H社」という。)で会ったことはあるが、自宅へ行ったことはない。
〔2〕請求人に対し、当方の力不足により裁判に負けた、5年位そのままにしておくが、その後当局の責任で処理するので理解していただきたいと言ったことはない。
〔3〕請求人に対し、本件滞納国税を納付しなくてもよいとの発言をしたことはない。
B 訴訟を担当していた職員の答述
 平成5年7月から徴収関係の訴訟事務を担当しているが、請求人と会ったことはなく、請求人の自宅に行ったこともない。
(ハ)担当職員は、平成5年8月19日に請求人に対し、滞納国税について電話で納付の催告をした後、上記1の(3)のリの差し押さえをしている。
ロ ところで、租税法規に適合する処分を信義則の適用により違法として取り消すことができる場合は、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお、租税の徴収を免れしめて納税者の信頼を保護しなければならない特別の事情が存在する場合に限られるべきであり、この場合の特別の事情が存在する場合の判断に当たっては、次の要件の考慮は不可欠なものであると解される。
〔1〕税務官庁が納税者に対し公的見解を表示したこと。
〔2〕納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したこと。
〔3〕後にその表示に反する処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったこと。
〔4〕納税者が税務官庁の表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないこと。
ハ これを本件についてみると、次のとおりである。
(イ)上記イの(イ)及び(ロ)のAによれば、本件滞納国税についての平成5年8月又は9月間の請求人と原処分庁の職員とのやりとりにおいて、請求人の認識はともかく、原処分庁の職員が「本件滞納国税はもう納めなくてよい」と言った事実は認められない。
(ロ)また、本件判決後においても、上記イの(ハ)によれば、担当職員は平成5年8月19日に請求人に対し本件滞納国税について納付催告をなし、同年9月6日には、上記1の(3)のリの差し押さえをしている。
 これは、本件滞納国税がいまだ消滅していないことが前提であるから、原処分庁の職員が「本件滞納国税はもう納めなくてよい」と言う合理性もなく、また、そのような発言をしたとの事実も認められない。
ニ 以上のとおり、原処分庁が請求人に対し、請求人の主張にあるような見解を表示した事実は認められないから、上記ロの〔2〕ないし〔4〕の要件について審理するまでもなく、信義則を適用することは相当でなく、請求人の主張には理由がない。

(3)充当処分について

 以上のとおりであり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、また、原処分庁が行った還付金の充当処分は、国税通則法第57条《充当》第1項の規定に従い行われていると認められるから、原処分は適法である。
(4)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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