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(平12.10.18裁決、裁決事例集No.60 96頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、原処分の前提となった審査請求人(以下「請求人」という。)名義の平成5年分及び平成6年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)の所得税の確定申告書が、第三者によって勝手に作成されたもので各年分の確定申告は無効であり、それに基づいてした本件各年分の更正処分及び重加算税の賦課決定処分が違法か否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人名義の本件各年分の確定申告書には、別表の「確定申告」欄のとおりの内容が記載され、いずれも法定申告期限までにY税務署長に提出された。
 なお、平成6年分の所得税については、平成7年6月30日付で更正の請求に基づく更正処分がされている。
ロ Y税務署長は、原処分庁所属の職員の調査に基づき平成10年5月22日付で本件各年分について別表の「更正処分等」欄のとおり、更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び重加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)を行った。
ハ 請求人は、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分を不服として平成10年7月10日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年10月8日付でこれを棄却する旨の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成10年11月6日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、F(以下「F院長」という。)が経営するG病院に平成4年10月1日から平成6年9月30日まで医師として勤務していた。
ロ F院長は、G病院の他に診療所を開設しようと計画し、Q市R町2丁目5番15号の○○ビル内に診療用設備を整えるなど開設準備を行った上で、請求人に対し、同人を開設者及び管理者として、同所に診療所を開設するよう依頼し、請求人はこれを応諾した。
ハ そこで、請求人は、P県知事に対し、診療所(名称をHクリニックといい、以下「Hクリニック」という。)の開設届を平成5年2月17日に提出したが、Hクリニックの実質的な経営者は、請求人ではなくF院長である。
ニ 請求人は、平成5年分について、G病院の他にIクリニックからも給与収入があったが、請求人は、G病院の従業員の求めに応じてIクリニックから交付を受けた平成5年分給与所得の源泉徴収票を同従業員に渡している。
ホ 請求人は、平成6年9月30日にG病院を退職し、同年10月16日にQ市R町4丁目14番18号のJ病院に就職した。
ヘ 請求人は、Y税務署から平成6年分の所得税の確定申告書の用紙の送付を受け、この確定申告書の用紙及びJ病院から交付を受けた平成6年分給与所得の源泉徴収票をG病院の従業員に渡している。
ト 平成6年分の所得税については、所得税法第232条《財産債務明細書の提出》第1項の規定により、請求人が作成した財産及び債務の明細書が平成7年5月19日にY税務署長に提出されている。
チ 請求人名義の平成5年分の所得税の確定申告書は、住所、氏名及び課税標準等が記載された上、請求人名の印が押印されており、上記ニの源泉徴収票をはじめP県社会保険診療報酬支払基金(以下「支払基金」という。)からの支払調書等が添付されているほか、「作成税理士」欄には税理士Kの記名、押印がされている。
リ 請求人名義の平成6年分の所得税の確定申告書は、上記ヘの確定申告書の用紙が使用されており、この確定申告書には住所、氏名及び課税標準等がすべて手書きで記載された上、請求人名の印が押印されている。さらに、上記ヘの源泉徴収票をはじめ支払基金からの支払調書等が添付されているほか、「作成税理士」欄には税理士であるLの記名、押印がされている。
ヌ 平成6年分所得税の更正の請求書が、平成7年4月5日及び同月11日の両日にY税務署長に提出されている。また、平成7年4月11日に提出された更正の請求書については、取下書が同年5月26日に提出されている。
 なお、平成7年4月11日提出の更正の請求書及び同年5月26日提出の取下書は、請求人によって作成され提出されたものである。
ル 上記ヌの平成7年4月11日に提出された更正の請求書の「総合課税の所得金額」欄には、所得の種類として、その他の事業及び給与と記載され、かつ、「請求額」欄に、その他の事業に対応する所得金額として11,125,408円及び給与に対応する所得金額として10,653,696円が記載されている。

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2 主張

(1)請求人

イ 本件各年分の確定申告について
 本件各年分の確定申告書は、次のとおり、請求人がその意思に基づいて作成したものではなく、F院長及びその関係人(以下「F院長ら」という。)が勝手に作成した無効な申告書である。
(イ)請求人は、F院長の依頼によりHクリニックの名義上の開設者及び管理者となることを応諾したにすぎず、Hクリニックに係る事業所得(以下「本件事業所得」という。)を請求人名義で申告することまでは応諾していない。
(ロ)請求人は、Iクリニック及びJ病院から交付を受けた源泉徴収票をG病院の従業員に渡したが、これは、勤務先病院が勤務医の給与所得の確定申告の手続をとりまとめて行うという慣行に従い、給与所得の確定申告の手続をG病院に行ってもらうためであり、本件事業所得を含めて申告することを容認したものではない。
 また、平成6年分の所得税の確定申告に関して、Y税務署から送付された確定申告書の用紙をG病院の従業員に渡した理由も同様である。
(ハ)本件各年分の確定申告書が請求人の意思に基づかない無効な申告書であることは、次の各事実でも明らかである。
A 請求人は、本件各年分の確定申告書に署名、押印していないし、控えも受け取っていない。
B 本件各年分の確定申告によって発生した還付される税金の受取場所として、請求人名義のM銀行○○支店の普通預金口座(以下「国税還付金の受取口座」という。)が指定されているが、国税還付金の受取口座は請求人が開設したものではなく、その入出金等の管理についても請求人は一切行っていないし、また、その通帳の所在すら知らない。
C 本件各年分の確定申告書に署名、押印している税理士には、面識もなく、請求人が依頼した税理士ではない。
(ニ)請求人は、平成7年4月11日に提出した平成6年分所得税の更正の請求書を、Y税務署の職員に言われるままに、作成し署名、押印したもので、その中に事業所得が記載されていることまで関知していない。また、Y税務署の職員は、請求人が署名、押印した上記の更正の請求書は無効として請求人に返送してきた。
 よって、請求人の署名、押印がある更正の請求書をもって、本件事業所得を請求人の所得として申告することを容認したことにはならない。
ロ 本件各更正処分について
 上記イのとおり、本件各年分の確定申告は、請求人の意思に基づかない無効な申告であり、それに基づいてした本件各更正処分は違法であるから、その全部の取消しを求める。
ハ 本件各賦課決定処分について
 本件各年分の確定申告書の提出は、F院長らが請求人に無断でやったことであるから、請求人がF院長に加担し若しくは共謀して、本件事業所得を請求人に帰属するがごとく隠ぺいし、又は仮装した事実はない。
 さらに、上記ロのとおり、本件各更正処分は違法であり、それに基づいた本件各賦課決定処分も違法であるから、その全部を取り消すべきである。

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(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 本件各年分の確定申告について
 次の(イ)から(ハ)までの各事実を総合すれば、請求人は、F院長らに本件各年分の確定申告書の提出を一任し容認していたものと認められることから、本件各年分の確定申告は有効である。
(イ)請求人は、原処分庁の調査担当職員(以下「本件調査担当職員」という。)に対し、概ね次のとおり申述している。
A 請求人は、F院長からHクリニックの開設者として名義を貸してほしいと依頼され、これを承諾した。
B 請求人は、本件各年分の確定申告の時期にG病院の従業員から連絡を受けて、確定申告書に添付して使用することを承知の上、本件各年分の給与所得の源泉徴収票を当該従業員に送付した。
C 請求人は、本件各年分の確定申告の際、給与所得のほか、Hクリニックの名義上の開設者及び管理者として、本件事業所得も申告する必要があることを認識していた。
D 国税還付金の通知がY税務署から自宅に郵送されてきたので、F院長らが申告手続をしていると認識した。
E 請求人は、Y市役所から平成7年度の市民税・県民税(以下「住民税」という。)の通知を受けた際、当該住民税が異常に高いのは本件事業所得の申告によるものと考え、G病院の事務長であるNに交渉して、その一部をF院長らに納めてもらった。
(ロ)平成6年分の所得税の確定申告に使用された用紙は、Y税務署から請求人に直接郵送されたものである。
(ハ)請求人は、平成7年4月11日に平成6年分所得税の更正の請求書を提出しているが、当該更正の請求書の署名、押印は請求人のもので、また、当該更正の請求書の「総合課税の所得金額」欄に本件事業所得の金額が記載され、それに対応する還付金を求める旨の記載があることからすると、請求人は、本件事業所得についても同人の所得として申告されていることを認識していたというべきであるにもかかわらず、請求人は、上記の更正の請求の際にも、この点について何らの是正をしていない。
ロ 本件各更正処分について
(イ)請求人は、上記イのとおり、本件事業所得の申告を含め本件各年分の確定申告手続をF院長らに一任していたと認められるから、本件各年分の確定申告は有効である。
(ロ)なお、次のAからCまでの各事実によれば、本件事業所得はF院長に帰属すると認められる。
A Hクリニックの事業より生じる社会保険診療報酬の請求は、請求人の名義で行っているが、その収入を管理していたのはF院長である。
B F院長が、Hクリニックの事業(以下「本件事業」という。)に係る必要経費の支払等を行っていた。
C F院長が、上記A及びBの入出金に使用した銀行預金口座(国税還付金の受取口座)の預金通帳を管理していた。
 したがって、本件各年分の確定申告書に記載された金額から、本件事業所得及びその社会保険診療報酬について源泉徴収された所得税の金額を除いて行った本件各更正処分は適法である。
ハ 本件各賦課決定処分について
 請求人は、上記ロの(ロ)のとおり、本件事業所得はF院長の所得であるにもかかわらず、本件事業所得を請求人の所得と偽り、還付金の額に相当する税額を過大に申告していることが認められる。
 このことは、国税通則法第68条《重加算税》第1項に規定する「その国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出したとき」に該当するので、本件各賦課決定処分は適法である。

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3 判断

 請求人は、本件各年分の確定申告書が請求人の意思に基づいて作成されたものではなく、F院長らが勝手に作成したもので本件各年分の確定申告は無効であるから、それに基づいてした本件各更正処分及び本件各賦課決定処分は違法である旨主張するので、以下審理する。

(1)本件各更正処分について

 請求人は、本件各年分の確定申告は無効であるから、それに基づく本件各更正処分は違法であり、取り消されるべきである旨主張する。
 しかしながら、そもそも確定申告が無効であったとしても、本来決定でなすべき課税処分を更正でなしたというにとどまり、総所得金額及び納付すべき税額等が適正なものである限り、この瑕疵は請求人に何ら不利益をもたらすものではないのであるから、本件各年分の確定申告の無効を理由に本件各更正処分の取消しを求めることはできないものと解される。
 したがって、請求人の主張はそれ自体失当であるから、その余について判断するまでもなく請求人の主張には理由がない。
 なお、本件各年分の確定申告がF院長らが勝手に作成し提出したものであるため無効であるとすれば、本件各賦課決定処分は違法となる余地を生じるので、項を改めて本件確定申告の有効性について判断する。

(2)本件賦課決定処分について

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ)F院長らが平成7年4月5日に提出した請求人の平成6年分所得税の更正の請求書の「更正の請求をする理由」欄には、前職分(G病院分)の給与支払金額、源泉徴収税額及び社会保険料等の額を二重に計上した旨の記載があり、また、請求人が平成7年4月11日に提出した平成6年分所得税の更正の請求書の「更正の請求をする理由」欄にも同様の記載があることからすると、両者は、同一の理由により重複してなされた更正の請求である。
(ロ)Y税務署の職員は、請求人に対し、平成7年5月22日に電話により、平成6年分所得税の更正の請求書が平成7年4月5日及び同月11日に重複して提出されているとして、その内容等を説明の上、同月11日に提出された更正の請求書を取り下げるよう指示し、請求人はこれを受けて同年5月26日に取下書を提出している。
ロ 本件各年分の確定申告について
(イ)請求人は、前述のとおり本件各年分の確定申告書は請求人の意思に基づいて作成されたものではなく、F院長らが勝手に作成し提出したものであるから、本件各年分の確定申告は無効である旨主張する。
(ロ)ところで、現行の申告納税制度の下での所得税の確定申告手続に関しては、納税者自身が所得税法第120条《確定所得申告》第1項各号の規定に従い、総所得金額、所得控除の額及び課税総所得金額等を計算し、所得税法第89条《税率》の規定を適用して計算した所得税の額などを記載した申告書を提出することとされている。
 そして、確定申告は、納税者の判断とその責任において、申告手続を第三者に依頼して納税者の代理又は代行者として申告させることもできるが、その場合であっても、納税者が第三者に申告手続を一任した以上、その者がした申告は納税者自身が行ったものとして取り扱うべきである。
(ハ)そこで、本件各年分の確定申告についてみると、請求人は、平成5年分については、前記1の(3)のニの源泉徴収票をF院長らに渡し、平成6年分については、前記1の(3)のホのとおり、すでにG病院を退職しているにもかかわらず、前記1の(3)のヘの確定申告書の用紙及び源泉徴収票をF院長らに渡しているのであって、請求人は、その確定申告手続の代行をF院長らに一任したものといわざるを得ない。
 請求人は、F院長らに依頼したのは、その給与所得の申告手続のみであり本件事業所得の申告手続は依頼していない旨の主張もするが、前記1の(3)のヌ及びルのとおり、請求人は、本件事業所得の金額も記載された平成6年分所得税の更正の請求書を提出している上、本件事業所得の申告により高額となった住民税をF院長らに負担させていること、さらに、所得税法第232条第1項の規定により財産及び債務の明細書を提出しなければならないのは総所得金額及び山林所得金額の合計額が二千万円を超える場合に限られるところ、請求人は、平成6年分の所得税について、前記1の(3)のトのとおり、本件事業所得の金額が加算されたことにより総所得金額が二千万円を超えたとして財産及び債務の明細書を提出していることからすると、やはり請求人は本件事業所得の申告手続についてもF院長らに依頼していたというべきである。
 なお、前記1の(3)のヌのとおり、平成7年4月11日にされた上記の平成6年分所得税の更正の請求書については、後に取り下げられているのであるが、これは、上記イの(イ)及び(ロ)のとおり、請求人の依頼を受けたF院長らによって同一の内容の更正の請求がなされたことによるものと認められ、請求人の主張するように平成7年4月11日にされた更正の請求が無効であることによるものではない。
 したがって、本件各年分の確定申告は、請求人の依頼によりF院長らによってされた有効な確定申告というべきであるから、請求人の主張には理由がない。
ハ ところで、国税通則法第68条第1項は、重加算税の賦課決定要件として、納税者が隠ぺい又は仮装することを定めており、これは納税者自身が隠ぺい又は仮装行為を行うのはもとよりのこと、納税者が他人に納税申告手続を委任した場合、その受任者が事実を隠ぺいし、又は仮装した場合にも、特段の事情がない限り、同条項にいう納税者が「その隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当するというべきである。なぜなら、申告納税制度の下においても、納税者の判断とその責任において、申告手続を第三者に依頼して、納税者の代理又は代行として申告させることは許されるが、納税者が申告手続を第三者に委任したからといって、納税者自身の申告義務は免れるものではないことからすると、その第三者がなした申告の効果、態様はそのまま納税者の申告として取り扱われると解されるからである。
ニ 請求人は、前記1の(3)のロ及びハのとおり、Hクリニックの実質的な経営者ではないにもかかわらず、F院長から開設者及び管理者となることを依頼されて、これを承諾し診療所の開設届を提出して、自ら本件事業所得が請求人の所得であるかのように装っただけでなく、請求人から確定申告手続の依頼を受けたF院長においても、本件事業所得がF院長自身の所得であることを承知の上、Hクリニックの事業に係る収入及び経費の管理並びにこれらの入出金を請求人名義の銀行口座を使用して行い、請求人名義で発行された支払基金からの支払調書を添付して、本件事業所得が請求人の所得であるかのように装って、これに基づき還付金に相当する税額を過大に申告しているのであって、これらのことは、本件各年分において国税通則法第68条第1項に規定する場合に該当する。
ホ そうすると、重加算税の額は、平成5年分については4,070,500円、平成6年分については2,544,500円となり、これらの額は原処分庁が算定した重加算税の額と同額となる。
 なお、請求人は所得税の確定申告をF院長らに任せていたこと、さらに、上記(2)のイの(イ)及び(ロ)で述べた平成6年分所得税の更正の請求書の提出及び取下げの経緯から、平成7年4月5日に提出された平成6年分の更正の請求書は、請求人が作成し、提出したものとして取り扱われるべきもので有効である。
 そして、Y税務署長が平成7年6月30日付で別表の「更正の請求に基づく更正処分」欄のとおり、総所得金額を減少させ、還付金に相当する税額を増加させる更正処分を行っているが、当該更正処分は、上述のとおり有効な更正の請求に基づく更正処分であるから、重加算税の計算の基礎となる税額を当該更正処分後の税額を基に算定することが相当である。
 したがって、本件各賦課決定処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 よって、本件審査請求には理由がない。

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