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(平12.7.14裁決、裁決事例集No.60 280頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、接骨院を営む審査請求人(以下「請求人」という。)の譲渡所得につき、その譲渡代金の一部が回収不能となった事実が生じたとして、所得税法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》第1項に規定する特例(以下「本件特例」という。)が適用できるか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

 請求人は、平成2年分の所得税について確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。
 その後、請求人は、平成10年7月17日に、別表1の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
 原処分庁は、これに対し、平成10年11月18日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分をした。
 請求人は、この処分を不服として、平成10年12月30日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が平成11年4月1日付で棄却の異議決定をしたので、同月19日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人及び同人の兄E(以下「E」といい、請求人と併せて「請求人ら」という。)は、昭和59年7月8日に死亡した請求人らの父F(以下「被相続人」という。)の共同相続人であるが、この相続(以下「本件相続」という。)に際し、請求人らは、被相続人の母G(以下「G」という。)及び被相続人の弟Hを被告として遺産の引渡しを求める訴訟をP地方裁判所Q支部に提起(昭和63年(○)第○○○号事件)したところ、平成2年3月2日に利害関係人I(以下「I」という。)に別表2記載の土地を20,000,000円で譲渡すること、及びGから不当利得返還金として32,000,000円を受領する旨などを内容とした和解(以下「本件和解」という。)が成立した。
ロ 請求人らは、平成2年初めころ、その共有する別表3記載の土地(以下「本件土地」という。)をJ(以下「J」という。)に対し、600,000,000円で譲渡する不動産売買契約を締結した(以下、この譲渡を「本件譲渡」といい、この契約に係る契約書を「本件契約書」という。)。
 なお、本件譲渡の請求人持分に係る譲渡代金は、300,000,000円(以下「本件譲渡代金」という。)である。
ハ Jが平成9年5月1日付で請求人にあてた確認書と題する書面(以下「本件確認書」という。)には、Jは、本件相続に際し、遺産の分割、相続財産の管理及びこれに係る税金の申告、納付、その他相続に関する諸事につき、請求人より委託を受け、これを完了したこと、Jが請求人に対し、返金すべき金額は160,000,000円(以下、この額を「本件未収金」という。)であることを確認するとともに速やかに返金することを約する旨などが記載されている。
ニ Jは平成9年6月21日に死亡し、Jの相続人らは、相続放棄した。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 譲渡代金の回収不能の事実について
 請求人は、相続人間の紛争解決をJに委任したのを契機に、相続税の納付、相続争いによる訴訟費用等の支払についても同人に委任していた。そして、本件譲渡の買主であるJに対し、本件譲渡代金のうち、同人が立て替えた訴訟費用等を精算した金額である本件未収金について、再三にわたり支払うよう督促をしたにもかかわらず、同人はそれを支払わないまま死亡した。
 請求人は、その後、Tほかの相続人らが相続放棄をし、本件未収金が回収不能となった事実を平成10年7月7日に知ったことから、本件更正の請求を行ったものである。
ロ(イ)請求人は、Jを弁護士と誤認していたことから、平成2年分の譲渡所得に係る申告についてもその一切を委任したが、確定申告書に添付された譲渡内容についてのお尋ねと題する書面(以下「お尋ね」という。)及び譲渡内容についてのお尋ね兼計算書と題する書面(以下、「お尋ね」と併せて「お尋ね等」という。)に虚偽の記載をしたのはJであって、請求人ではない。
(ロ)請求人が、Jに対し、相続財産の運用を委任した事実はなく、また、Jが作成した入金内訳表及び入金出金出納内訳表(以下、これらを併せて「入出金内訳表等」という。)に記載のとおり、土地を除いた相続財産よりも、Jの立替費用の方が大きくJに運用させるべき財産はない。
(ハ)本件譲渡代金は、本件契約書記載の決済日である平成2年2月14日には支払われていない。
 また、平成2年5月15日に開設されたK銀行○○支店(以下「K銀行」という。)の請求人名義の定期預金240,750,000円(以下「本件定期預金」という。)の原資は、Jが本件土地を転売して得た譲渡代金の一部であり、さらに、本件定期預金の解約利息12,972,798円(税引後)は、Jが同銀行において直接受け取っていることからも、本件定期預金がJに帰属することは明白である。
(ニ)請求人は、Jが本件土地を転売した事実を知らないまま、Jに対して、再三、支払の催促をしたが、Jが必ず支払うので裁判沙汰にはしないでくれと懇願したことを信用した結果、年月が経過したものであり、特に、平成4年6月に住民税の滞納によりR市長に電話加入権を差し押さえられた際には強く催促したが、譲渡代金は支払われなかった。
 やむなく、請求人は、31回の分割により住民税を完納したが、この間もS市まで数十回出向いてJに対し、支払を催促しており、他人に財産の管理運用を任せている者であればこのようなことはしない。また、K銀行の請求人名義の普通預金口座(以下「K銀行請求人預金」という。)の存在を知ったのもこのころであり、その残高は数万円で、本件定期預金は既に解約済であった。
 なお、請求人らが、相続の解決等のためにJに立て替えてもらった金額は平成元年末で69,524,000円あり、さらに、本件和解に伴う弁護士費用等にJが立て替えた金額を差し引くと本件確認書作成の基となった精算表(以下「本件精算表」という。)に記載のとおり残金は302,051,000円となるが、請求人が母の面倒を見ていたことを考慮して、Eの受け取るべき金額を140,000,000円と認めたため、請求人の受け取るべき金額は本件未収金の額となったものである。
(ホ)当事者にとって、何年経過しても譲渡代金は譲渡代金であり、これが仮受金に変わり、管理運用を任せていたということにはならない。
 そして、請求人が、Jとの間で精算金額を確定できなかったのは、本件譲渡直前にJに対し借入金があったこと及びこの借入金額が本件譲渡代金で十分に返済できることを確認し、また、Jに対して相続紛争解決に係る報酬の支払も予想されたからである。
ハ 以上のとおり、本件未収金は、Jの死亡により回収できなくなったものであって、本件譲渡代金の回収不能額であり、これを原処分庁は事実を誤認している。
 本来、自力又は税理士に依頼して確定申告書を作成提出すべきところ、Jを弁護士と誤認し、更に過度に信用したことから、請求人は、譲渡収入140,000,000円に対し所得税及び住民税を合わせて89,183,000円の納税をしたが、これは異常な税負担であり、このような場合にこそ本件特例を適用し、過度の納税額を還付することが課税の公平であり、正義である。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法である。
イ 次の事実を総合すれば、請求人は、本件相続を契機にJと面識を持ち、当該相続に係る諸々の手続、紛争の解決及び相続財産の管理運用などをJに任せ、本件譲渡代金についてもJに管理運用を任せていたもので、本件未収金は、もはや譲渡代金の一部が回収不能となったものではなく、Jに管理運用を任せていた預け金の返還が受けられなくなったものと認められる。
(イ)本件和解に関与した請求人らの代理人弁護士が、Jあてに発行した領収書には、「被相続人F、相続人E、請求人動産相続の件着手金」と記載されていること、平成2年3月7日に本件和解による解決金として、請求人名義のL銀行○○支店(以下「L銀行」という。)の普通預金口座(以下「K銀行請求人預金」という。)には、譲渡代金20,000,000円から弁護士報酬5,200,000円を差し引いた14,800,000円が入金され、同日、同銀行のE名義の普通預金口座(以下「L銀行E預金」という。)には32,000,000円が入金されており、これらの和解金をJが管理運用していたことからすれば、請求人は、相続財産の管理運用をJに任せていたと認められる。
 なお、K銀行請求人預金は、昭和62年3月27日に相続財産の一部を受け入れるためにJによって開設されたものである。
(ロ)本件譲渡代金は、次のとおり、平成3年3月26日に決済が完了している。
A 本件契約書には、本件土地の取引期日(平成2年2月14日、本件土地が農地の場合は農地法第5条の許可通知があった日から30日以内)に、Jは残代金を請求人らに支払い、請求人らは、必要な一切の書類を交付する旨記載されており、本件土地は、平成2年4月28日に農地法第5条の申請がされ、同年5月9日にJの転得者に所有権移転登記がされた。
B お尋ねの「譲渡代金の受領状況」欄には、第1回平成2年2月14日10,000,000円、第2回平成2年5月9日590,000,000円と記載されている。
C Jは、本件譲渡に係る譲渡代金600,000,000円から、手付金10,000,000円、請求人らの譲渡費用3,938,800円及び平成元年12月31日現在のJの立替金69,518,126円を差し引いた残額516,543,074円について、K銀行の同人名義の普通預金口座(以下「K銀行J預金」という。)から平成2年5月15日に516,500,000円を出金して、本件定期預金及びE名義で240,750,000円の定期預金(以下、本件定期預金と併せて「請求人ら定期預金」という。)を新規設定し、その後、平成3年2月26日に残高の35,000,721円を現金出金し、同日、請求人名義でM銀行○○支店の請求人名義の普通預金口座(以下「M銀行請求人預金」という。)に35,000,000円を振り込んだ。
 なお、本件定期預金の入金票の記載によれば、届出住所は、請求人の住所地となっており、「通知状郵送」欄は「要」となっているから、同預金の開設時、請求人から同銀行に対して本人確認のための書類提示等がなされていたといえ、さらに同預金の満期時、同銀行から請求人あてに満期通知がされていると認められるから、これらの預金は請求人のものと認められる。
(ハ)次のとおり、請求人は、本件譲渡代金を同人名義の預金にし、Jに管理運用させていたもので、本件未収金は譲渡代金の未収金ではなく預け金の未収金である。
A 本件定期預金を設定した平成2年5月15日から同預金の満期日である平成3年4月10日までの間に、K銀行において請求人名義で融資を受けた一部が、M銀行請求人預金に入金されており、同預金の出金は、請求人の店舗設備費等の支払に充てられ、これらの資金は、いずれも請求人の求めに応じて必要な都度、Jより送金されており、Jへの預け金から支払われたものと認められ、また、L銀行等からもJ名義で平成2年3月6日から平成3年2月12日の間に計9回総額5,875,000円がN銀行○○支店の請求人名義の普通預金(以下「N銀行請求人預金」という。)に振り込まれており、これらの資金もJへの預け金から支払われたものと認められる。
 仮に、請求人が主張するとおりJが譲渡代金を全額支払っていないならば、Jが請求人ら定期預金を新規設定したり、同預金を担保として、請求人ら名義でK銀行から融資を受ける必要はなかったといえる。
B 本件確認書には返金すべき金額とは記載されているが、これが本件譲渡代金の未収金であるとは記載されていない。
C さらに、請求人の代理人であるO税理士(以下「O税理士」という。)が入出金内訳表等に基づき作成し、本件確認書に別紙計算書として添付した本件精算表によれば、平成4年以降はJが立て替えた金額もなかったのであるから、請求人とJとの間の精算すべき金額は確定していたはずであり、その後の平成9年5月1日の本件確認書の作成を待つまでもなく請求人は、Jが住民税を納付しなかった時点で、未収金を精算するよう要求して、回収の努力をすべきであったといえるから、その間に回収できなかったのは、放置していたに過ぎないといわざるを得ない。また、相続紛争解決に係るJへの報酬が7年間も確定しないことは不自然である。
ロ 本件特例は、譲渡代金の全部若しくは一部がやむを得ない事由で回収不能となったときには、回収不能となった部分の金額だけ低い価額の対価で譲渡したものと同様になり、それだけ譲渡所得の金額も減額されるべきという趣旨であると解されるが、本件については上記イのとおりであるから、このような場合にまでやむを得ない事由により譲渡代金が回収不能となったものとして、本件特例を適用する余地はない。
 なお、申告納税制度の下では、その手続を第三者に依頼し、代理人ないし履行補助者として申告させることは許される。そして、その効果は納税者の認識の有無にかかわらず、当然納税者に帰属すると解されているところ、請求人から申告手続の依頼を受けたJが、代理人として本件譲渡に係る申告手続を行っていることからも、Jを弁護士と誤認したとかJがお尋ね等に虚偽の記載をしたなどの請求人の主張には理由がない。

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3 判断

(1)譲渡代金の回収不能の事実の存否について

イ 原処分関係資料、請求人提出資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ)本件相続に関する訴訟の請求人らの代理人弁護士は、昭和63年7月20日、Jから着手金を受領した。
(ロ)本件契約書には、本件土地の取引期日を平成2年2月14日とし(本件土地が農地の場合は農地法第5条の許可通知があった日から30日以内とし)、同日、Jは残代金を請求人らに支払い、請求人らは所有権移転登記申請に必要な一切の書類を交付する旨記載されている。
(ハ)本件土地については、昭和64年1月6日、売買予約を原因として、権利者をJとする所有権移転請求権の仮登記がされたが、平成2年5月9日に抹消され、同日、第三者に所有権移転登記がされた。
(ニ)請求人は、平成3年2月14日付で、Jを代理人と定め、税金申告の件一切に関し委任する旨の委任状を作成した。
(ホ)請求人に係る平成2年分の所得税は、平成3年4月15日に68,631,200円全額がK銀行請求人預金から振替により納付された。
 また、請求人に係る平成3年度の住民税は、平成3年8月23日にK銀行請求人預金から5,168,000円が引き出され第2期分が納付された。
 しかし、同年度の第3期分及び第4期分の住民税が滞納となったため、R市長が、平成4年6月10日付で請求人の電話加入権を差し押さえた。
(ヘ)O税理士は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
A 請求人らが相続争いの解決等を委任していたJが立て替えた約69,000,000円を支払う必要があり、この精算のため、Jから本件土地を自分に買わせてほしいとの申し出があったので本件譲渡に至った。
B 請求人の平成2年分の所得税は、Jが全額立替納付したが、住民税は滞納処分を受けたため、数十回S市に行き催促したが支払われず、請求人が、延滞税を含めた11,002,600円を31回の分割で納付した。なお、催促した日がいつであるか特定することはできない。
C 本件確認書は、私がワープロで作成し、それにJが請求人に支払うべき金額及び名前等を自署した。なお、本件確認書に譲渡代金ではなく返金すべき金額と記載したのは、作成者である私が誤ったためである。
D 請求人が実印をJに預けた期間は、昭和59年8月ころから平成4年7月ころまでであり、Jが当該実印を使用して作成した書類等は、K銀行請求人預金、L銀行請求人預金のそれぞれの印鑑届及び本件契約書である。
E Jへの相続の紛争解決に係る成功報酬は支払っていないが、本件譲渡に係る仲介料はJが立て替えて支払ったものと思う。
(ト)請求人ら名義の銀行預金は、次のとおりである。
A L銀行請求人預金は、昭和60年1月10日に新規開設され、平成2年3月7日、本件和解による譲渡代金20,000,000円から弁護士報酬を差し引いた残額14,800,000円が入金されており、また、同日、同銀行E預金には本件和解による不当利得返還金として32,000,000円が入金された。
B K銀行請求人預金は、昭和62年3月27日に新規開設されており、当該預金の印鑑届の「おところ」欄には、「S市××町4−15−18J方」と記載され、その後、平成2年7月24日に請求人の住所地である「R市△△町11−27−508」に住所変更された。
C K銀行のE名義の普通預金(以下「K銀行E預金」という。)は、昭和62年3月27日に新規開設されており、当該預金の印鑑届の「おところ」欄には、「S市××4−15−18J方」と記載されている。
D 請求人ら定期預金は、平成2年5月15日に開設、平成3年4月10日に満期解約され、元金については、K銀行請求人預金及び同銀行E預金にそれぞれ入金されたが、預金利息は、同日、いずれも同銀行J預金に振替入金された。
 なお、本件定期預金の請求人に係る印鑑届の「おところ」欄は、「R市△△町11−27−508」と記載されている。
E M銀行請求人預金は、平成3年2月18日に請求人が開設して請求人自身が通帳を保管し、入出金状況をメモ書きしていた。
 同通帳によれば、同預金には、平成3年3月26日、K銀行から請求人名義で35,000,000円が振り込まれ、また、K銀行請求人預金からは、同年4月12日には7,000,000円、同月30日には9,390,000円、同年5月22日には5,414,000円がいずれもJ名義で振込入金されており、請求人はこれらを店舗設備の資金等に充てた。
F また、N銀行請求人預金には、L銀行及びK銀行等からJ名義で平成2年3月6日から平成3年2月12日までの間、9回にわたり合計5,875,000円振込入金されており、請求人はこれらを車庫代、入院費用、従業員への給料支払等に充てた。
(チ)本件精算表には、「収入(預け金)」欄として、退職金、生命保険、株式(3銘柄)、Q地裁判決及び土地売却代金の各項目が、また、「支出(立替金)」欄として、相続税、譲渡所得税、固定資産税、その他税金、諸経費及び税理士、弁護士報酬の各項目が記載され、各別に、入出金内訳表等に基づく各計算期間ごとの合計金額が記載されている。
(リ)O税理士は、平成9年11月12日付で、Jの共同相続人のうちの一人であるT(以下「T」という。)に対し、請求人は、Jに対し、貸付金を有しており、返済されない場合、Jの財産確認の訴え及び財産横領として「J」、「U」、「T」の3名を告訴する予定である旨記載した書面を送付した。
 これに対し、T代理人弁護士Wは、平成9年11月18日付で請求人あてに、請求人とJとの金銭貸借関係については、何も聞いておらず一切関知していない、Jは他の関係で債務超過が予想されたので、既に相続放棄手続も完了している旨記載した回答書を送付した。
(ヌ)弁護士Xは、平成11年1月ころ、弁護士法第23条の2第2項の規定に基づき、依頼者(原告)を請求人、相手方(被告)をTとし、事件名を不当利得返還若しくは預り金返還請求事件、近日中に訴え提起予定と記載して、K銀行に対し、請求人名義の預金の出金状況やT名義の預金の入金状況等を照会した。
ロ ところで、本件特例は、その年分の各種所得の金額の計算の基礎となる収入金額若しくは総収入金額の全部又は一部を回収することができないこととなった場合、当該各種所得の金額の合計額のうち、その回収することができないこととなった金額に対応する部分の金額は、当該各種所得の金額の計算上、なかったものとみなす旨規定されており、ここでいう、収入金額の全部又は一部を回収することができないこととなった場合とは、売主が買主から譲渡代金の全部又は一部を回収することができないこととなった場合をいうものと解される。
ハ これを本件についてみると、次のとおりである。
(イ)基礎事実及び前記各事実を総合すれば、本件の経緯について、次のとおり認められる。
 請求人は、本件相続の紛争解決に関し、Eから紹介を受けたJに諸事を委任していたところ、Jがその遂行上、弁護士費用等の諸経費を立て替えたので、これを返済することになった。その際、Jが、相続財産として請求人らが取得した本件土地を買い取って精算したいと申し出たため、請求人はこれに応じ、平成2年初めころ、本件土地をEとともにJに譲渡した。
 請求人は、Jを弁護士と誤認し信頼していたことから、相続税の申告手続のみならず、本件譲渡に係る確定申告の手続についても、同人に委任し、また、昭和59年ころから平成4年に滞納処分を受けたころまでの間実印を預け、同人は、この印鑑を使用して、L銀行及びK銀行の請求人名義の各預金口座を開設した。
 Jは、平成2年5月9日ころ、本件土地を第三者に転売して、同月15日、その取得した譲渡代金の一部を請求人ら定期預金としてそれぞれ240,750,000円ずつ入金した。
 さらに、Jは、平成3年4月10日、この請求人ら定期預金を解約して、上記元本をK銀行請求人預金及び同銀行E預金に入金し、同月15日、譲渡所得に係る所得税を振替納税し、その後も地方税の納付の手続を請求人に代わって行い、さらには、数回にわたり請求人の求めに応じ、同人の事業資金や生活費などに充てるための費用を、M銀行請求人預金あるいはN銀行請求人預金に振込入金していた。
 請求人は、平成9年5月1日、Jに対し、160,000,000円を返還するよう求めて本件確認書を作成し、同年11月ころJの相続人に対して貸付金の返済を求めたが、同年以前に請求人がJに対し、金員の返還を求めたことを客観的に裏付ける資料はない。
(ロ)以上の経過に照らせば、請求人は、本件土地を含む相続財産の管理をJに委託していたところ、同人に対する立替金債務等を返済するため本件土地を譲渡し、その相殺後の譲渡代金の決済についても具体的に取り決めずに同人を信頼して一任し、譲渡後、即時に精算を求めることなく、以後も引き続いて同人に管理を委託していたとみるのが相当である。
 なお、請求人は、K銀行請求人預金の存在を知ったのは、平成4年ころであり、そのころにはすでに当該口座残高は数万円程度であり、本件定期預金も解約済みであった旨主張する。
 この点につき、請求人提出資料及び当審判所の調査によれば、確かに本件定期預金の定期預金払戻請求兼出金伝票には、「注意、通知方式、連絡禁止」と印字されていること、また、同預金の利息が、前記のとおりK銀行J預金に振り込まれていることからすれば、平成4年ころまでは、請求人は、上記K銀行請求人預金及び本件定期預金をJが開設して、本件譲渡代金相当額を入金し、同預金等を管理していたことを知らなかったと認められる。
 しかしながら、請求人がかかる具体的な認識を有していなかったとしても、前記のとおり請求人がJを全面的に信頼していたのであるから、このことをもって、Jが請求人に帰属する本件譲渡代金を管理していなかったとはいえず、請求人主張の事実は前記認定を覆すものではない。
 また、O税理士は、本件確認書の記載につき、返還すべき金額としたのは、誤りである旨答述するが、同人は、前記のTに対する書面には貸付金と記載したこと、その回答書にも金銭貸借関係と記載されていること、また、本件精算表にも預け金と記載されていること、さらに、前記イの(ヌ)のとおり、不当利得返還若しくは預り金返還請求事件として提訴予定であるとして銀行に対し、照会をしていることからすれば、請求人及びJ側はともに、本件更正の請求の前後には、本件未収金を譲渡代金の未決済金ではなく、むしろJに対する預け金ないし貸付金として行動していたと認められる。
 以上によれば、本件未収金は、譲渡代金そのものが回収不能となったとみることはできず、請求人がJに預託ないしは貸し付けた金員の返還請求権について、履行不能となったものと認めるのが相当であるから、本件特例を適用する余地は認められない。
(2)したがって、その余を判断するまでもなく、本件更正の請求には理由がないから、更正をすべき理由がない旨の通知処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分について請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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