ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.60 >> (平12.9.11裁決、裁決事例集No.60 329頁)

(平12.9.11裁決、裁決事例集No.60 329頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)がEに交付した金員が、所得税法第72条《雑損控除》第1項に規定する横領による損失に該当するか否かを争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成10年分の所得税について、確定申告書に別表の「確定申告」欄のとおり記載して、平成11年4月15日に原処分庁に提出した。
ロ その後、請求人は、平成11年6月21日に、平成10年分の所得税について、別表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をした。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成11年7月26日付で別表の「原処分」欄のとおり、更正処分(以下「本件更正処分」という。)をした。
ニ 請求人は、本件更正処分を不服として、平成11年8月14日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年11月5日付で棄却の決定をした。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成11年11月14日に審査請求をした。

トップに戻る

2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部を取消すべきである。
イ 請求人は、P市Q町に居住し、ソープランドFに勤務する源氏名GことE(以下「E」という。)が、請求人に対し、婚姻への期待感を持たせながら、金銭の贈与を懇願してきたため、平成10年8月14日から同年10月18日までの間に合計1,810,000円の金員(以下「本件金員」という。)をEに預けた。
ロ その後、Eは既婚者であり請求人との婚姻の意思もないことが判明したため、請求人は本件金員の返済をEに求めたが、Eはその返済に応じないで、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思(以下「不法領得の意思」という。)を持って、本件金員を横領したものである。
ハ したがって、本件金員の損失については、所得税法第72条第1項に規定する横領による損失に該当し、本件金員の損失が所得税法第72条第1項に規定する横領による損失に該当しないとしてなされた原処分は違法である。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 所得税法第72条第1項は、居住者の有する生活用資産について災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合、同条第1項及び第2項の規定に従って計算した金額を所得から控除する旨を規定しているが、同条第1項に定める「横領」の概念は刑法上の横領罪と同一のものと解するのが相当である。
 そして、横領罪の成立のためには行為者において、不法領得の意思が必要であるとされている。
ロ これを本件についてみると、異議申立てに係る調査によれば、行為者であるEにおいて、不法領得の意思があったと判断される事実は認められない。
ハ したがって、本件金員の交付が所得税法第72条第1項に規定する横領による損失に該当しないとしてなされた原処分は適法である。

トップに戻る

3 判断

 本件金員の交付が、所得税法第72条第1項に規定する横領による損失に該当するか否かについて争いがあるので、以下審理する。

(1)認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査したところによれば、次の事実が認められる。
イ 請求人とEは、平成11年1月23日、ソープランドFを経営するH株式会社の代表取締役であるI(以下「I」」という。)を立会人として「請求人は、(略)ソープランドFに働く源氏名Gさんとの間の金銭問題及び結婚問題を一切なかった事にして今後一切の接触及び法的処置による解決を望まないことをおたがい約束します。尚Gさんより平成11年1月25日までに金50万円を受け取る事で合意します。」と記載した示談書(以下「本件示談書」という。)を作成し示談をしていること。
ロ 請求人は、本件示談書の記載のとおり、Eから平成11年1月25日に500,000円を受け取ったこと。
ハ 請求人は、平成11年5月3日にEを被告として、P地方裁判所R支部に損害賠償請求訴訟(P地裁R支部平成○年(○)第○○○号、以下「本件訴訟」という。)を提起し、P地方裁判所R支部は、平成11年10月13日に、本件訴訟における請求を棄却している(以下「本件原審判決」という。)こと。
ニ 本件原審判決は、次のとおり判示していること。
(イ)原告は、被告と結婚したくて181万円を交付(贈与)したが、被告は、ソープランドの客からのプレゼントであると考えて受領したもので、被告に婚姻の意思はなく、原告と被告との間に、婚約の成立は認められない。
(ロ)仮に、原告が、被告に金員を交付する際に、結婚のための生活費であるなどと明示して交付していたとすれば、原告の被告に対する金員の贈与が、表示された動機の錯誤として無効となる可能性が認められる(民法95条)から、原告の本件請求を、不当利得に基づく返還請求権と解することもできると思われる。
 しかしながら、その後、原告と被告との間に右金員交付及び結婚に関して紛争が生じたところ、平成11年1月23日、被告が原告に50万円を支払うことで、紛争を終了させる旨の示談(和解)が成立している。
 そうすると、本件請求を、不当利得に基づく返還請求と解した場合であっても、既に和解が成立した問題について、再度請求するものであり、やはり、理由がないと言わざるを得ない。
ホ その後、請求人は、本件原審判決の取消しを求めて、平成11年10月21日にEを被控訴人として、S高等裁判所に控訴(S高裁平成○年(○)第○○○○号。以下「本件控訴」という。)し、S高等裁判所は、平成11年12月27日に本件控訴を棄却している(以下「本件控訴審判決」という。)こと。
ヘ 本件控訴審判決には、次の記述が認められること。
 仮に、控訴人が被控訴人に対し主張するように、131万円の預り金返還請求権又は同額の損害賠償請求権を有していたとしても、控訴人は、本件示談の成立により、右の請求権を放棄したと解すべきであるから、控訴人の本訴請求は理由がない。

(2)本件金員の交付について

 請求人は、本件金員の交付については、所得税法第72条第1項に規定する横領による損失に該当する旨主張する。
 しかしながら、本件金員の交付については、本件原審判決が、上記(1)のニの(イ)又(ロ)のいずれの場合であっても、請求人からEに対する贈与である旨判示していることからすれば、本件金員は請求人がEに対して贈与したものと認めるのが相当であるから、本件金員の交付が所得税法第72条第1項に規定する横領による損失に該当する旨の請求人の主張には理由がない。
 なお、本件控訴審判決は、上記(1)のヘのとおり、本件金員の交付がいかなる理由によるものかを判断することなく、請求人の本件控訴における請求を棄却しているが、これは、本件原審判決の認定事実を否定するものではなく、当審判所の調査によっても、本件原審判決の認定に誤りはないと認められる。
 したがって、本件金員は、Eに対して贈与されたもので、預り金として交付されたものでなく、横領という問題は生じないから、本件更正処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る