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(平12.12.5裁決、裁決事例集No.60 335頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、株式会社の代表取締役であった審査請求人(以下「請求人」という。)において、同社の株主総会の決議に基づきその役員報酬を返還したことなどを理由として更正の請求をすることができるか否かを主な争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

 請求人は、平成10年分の所得税について、確定申告書に次表の「確定申告」欄のとおり記載して法定申告期限までに申告した。
 その後、請求人は、平成11年6月4日に、原処分庁に対し、給与所得の金額が過大であるとして、請求人の所得金額及び納付すべき税額を、次表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をしたところ、原処分庁は、同年8月31日付で、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。

 請求人は、本件通知処分を不服として、平成11年10月7日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年12月27日付で棄却の異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成12年1月25日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、昭和42年10月にE株式会社(以下「E社」という。)の代表取締役に就任したが、平成11年5月1日に取締役を退任した。
ロ E社は、平成9年5月20日の定時株主総会決議に基づき、請求人に対し、役員報酬を支給しており、平成10年分についても、その役員報酬として総額35,279,600円(以下「本件役員報酬」という。)を支給していたが、平成11年4月27日の臨時株主総会において、請求人に対して支給した役員報酬を返還させる旨の決議(以下「本件臨時株主総会決議」という。)がなされたことから、請求人に対し、その役員報酬の返還を求めることとなった。
 これに対し、請求人は、自身が中心となって企画したプロジェクトの難航により、E社の業績が悪化したこと、そして、取引金融機関から強い要請があったことから、役員報酬の返還に応じることとし、その旨、請求人の後任としてE社の代表取締役に就任したFに口頭で伝えた。
ハ そこで、E社は、平成11年4月2日付で、同社の請求人に対する本件役員報酬35,279,600円及び平成11年分の役員報酬6,219,900円(合計41,499,500円)の返還請求権をもって、請求人のE社に対する退職慰労金(45,000,000円)請求権とその対当額において相殺することとし、この結果、請求人に支給すべき退職慰労金の残額は3,500,500円となった。

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2 主張

(1)請求人

 原処分は、次の理由により違法であるから、その取消しを求める。
イ 所得税法第152条《各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例》は、確定申告書を提出した居住者は、当該申告書に係る年分の各種所得の金額につき、同法第63条《事業を廃止した場合の必要経費の特例》又は第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》に規定する事実その他これに準ずる政令で定める事実が生じたときは、更正の請求をすることができる旨規定し、所得税法施行令第274条《更正の請求の特例の対象となる事実》第2号は、この政令で定める事実は、「各種所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消されたこと」とする旨規定するところ、請求人が本件臨時株主総会決議に基づき本件役員報酬を返還したことは、同号に規定する事実に該当するから、請求人は、本件更正の請求をすることができる。
ロ また、請求人は、経営上の事情からその意思と無関係に、やむを得ず本件臨時株主総会決議に従い、本件役員報酬を返還したのであるから、実質的には、本件役員報酬をもともと受領しなかったものということができる。
 課税処分は、実質課税の原則により、納税者の実際の担税力に着目して行われるべきであるから、請求人が実質的には本件役員報酬を受領していない以上、本件更正の請求は認められるべきである。
 現に、株主総会において過年分の役員報酬を増額する旨の決議がなされ、これの追加支給がなされたときは、当該年分の所得の増加分として所得税を納付するのであり、本件のように、過年分の役員報酬を減額し、これを返還させる旨の決議がなされ、当該役員報酬の返還がなされたときは、これに相当する所得税が還付されるべきであるし、所得税基本通達181〜223共−6《源泉徴収税額に係る過誤納金の還付》及び181〜223共−3《役員が未払賞与等の受領を辞退した場合》においても、実態に即した取扱いが定められているのであるから、この点に照らしても、本件更正の請求は認められるべきである。

(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 所得税法第152条は、同法第63条又は第64条に規定する事実その他これに準ずる「各種所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消された」事実が生じたときに、国税通則法(以下「通則法」という。)第23条《更正の請求》の特例として更正の請求をすることができる旨規定する。
ロ ところで、請求人が本件臨時株主総会決議に基づき本件役員報酬を返還したことが、所得税法第63条又は第64条に規定する事実に該当しないことは明らかであるし、役員報酬の額は、会社と取締役との間の契約によって定まり、いったんこれが定められた以上、株主総会決議によっても、一方的にこれを減額することはできないこと、及び、本件役員報酬について、一定の場合に返還しなければならない旨の約定等も存在しないことに照らすと、本件臨時株主総会決議に基づき本件役員報酬を返還したことを「取り消すことのできる行為が取り消されたこと」ということはできない。
ハ なお、本件通知処分は、法令等の規定に照らし、本件更正の請求には、更正をすべき理由がないとしたものであり、実質課税の原則に反するものではない。
 請求人は、所得税基本通達181〜223共−3又は181〜223共−6に定める取扱いからすると、本件更正の請求を認めるべきである旨の主張もするが、これらの定めは、役員が特殊な事情で未払賞与等の受領を辞退した場合、誤払等又は条件付支払による支払額を返還した場合の源泉徴収に係る取扱いについてのものであり、本件のように既に正当に支給された役員報酬に係る取扱いを定めたものではないから、その主張には理由がない。

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3 判断

(1)本件更正の請求について

イ 通則法第23条第1項第1号は、納税申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、納付すべき税額が過大である場合には、その申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り、税務署長等に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正の請求をすることができる旨規定するところ、所得税法第152条は、その特例として、同法第63条又は第64条に規定する事実その他これに準ずる政令で定める事実が生じたことにより、通則法第23条第1項各号の事由が生じたときには、当該事実の生じた日の翌日から2月以内に限り、更正の請求をすることができる旨規定する。
 そして、所得税法施行令第274条第2号は、上記の政令で定める事実は、各種所得の金額の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた取り消すことのできる行為が取り消されたこととする旨規定する。
ロ この点、請求人は、本件臨時株主総会決議に基づき本件役員報酬を返還したことは、所得税法施行令第274条第2号に規定する事実に該当すると主張する。
 しかしながら、定款又は株主総会の決議によって取締役の役員報酬の額が具体的に定められた場合には、その役員報酬の額は、会社と取締役との間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するものであるから、いったんこれが定められた以上、特段の定めのない限り、株主総会決議によっても、一方的にこれを減額することはできないと解されるところ、当審判所の調査の結果によれば、本件役員報酬の支給につき、一定の場合は、これを減額し、又は返還するなどの特段の定めがあったとは認められないのであって、結局、請求人は、経営上の事情から任意に本件役員報酬を返還したものであり、これは請求人がE社に対し、その財務体質を改善するため私財を提供する旨の新たな合意がなされことによるものというべきである。
 したがって、請求人が本件役員報酬を返還したことは、取り消すことのできる行為が取り消されたことによるものとはいえず、所得税法施行令第274条第2号に規定する事実に該当する旨の請求人の主張には理由がない。
ハ ところで、請求人は、経営上の事情からその意思と無関係に、やむを得ず本件臨時株主総会決議に基づき本件役員報酬を返還した旨主張しており、本件更正の請求は、通則法第23条第2項第3号に規定する「やむを得ない理由があるとき」に該当することを理由とするものとも解されるので、この点について検討する。
(イ)通則法第23条第2項第3号は、国税の法定申告期限後に生じた政令で定めるやむを得ない理由があるときは、更正の請求をすることができる旨規定し、国税通則法施行令第6条《更正の請求》第1項第2号は、この政令で定めるやむを得ない理由は、課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこととする旨規定するところ、上記ロのとおり、請求人は、本件役員報酬を任意に返還したものであり、これはE社の財務体質を改善するために請求人がその私財を提供する旨の新たな合意がなされたことによるものというべきであるから、これを返還したことは、本件役員報酬に係る契約が「解除され、又は取り消されたこと」に該当しない。
(ロ)もっとも、本件役員報酬を返還する旨の合意が、本件役員報酬に係る契約について法定の解除事由があることから、あるいは、事情の変更等により契約を維持するのが不当となったなどの客観的理由からなされたのであれば、このような合意に基づき本件役員報酬を返還したことを「解除権の行使によって解除され若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこと」ということはできる。
 しかしながら、本件において、請求人が本件役員報酬の返還に応じたのは、上記1の(3)のロのとおり、自身が中心となって企画したプロジェクトの難航により、E社の業績が悪化したこと、そして、取引金融機関から強い要請があったことによるというのであって、本件役員報酬に係る契約について法定の解除事由があったわけではないし、E社の業績の悪化により本件役員報酬の返還に応じざるを得なかったとしながら、一方で、E社は、上記1の(3)のハのとおり、請求人に退職慰労金を支給することとして、現実にはその返還を受けず、かえって請求人に新たな債務を負担するに至っていることに照らすと、合意に基づき本件役員報酬を返還することにつき「やむを得ない事情」があったともいえない。
(ハ)したがって、通則法第23条第2項第3号に基づく更正の請求についても理由がないことになる。
ニ また、請求人は、実質的には本件役員報酬を受領していないのであるから、実質課税の原則や実際の課税実務の取扱い、そして所得税基本通達181〜223共−6及び181〜223共−3の定めに照らすと、本件更正の請求は認められるべきである旨の主張もするが、申告納税制度の下においては、租税債務を可及的速やかに確定させて租税法律関係の安定を図るため、申告の過誤の是正は、法律が特に規定する場合に限定されているのであって、本件役員報酬を返還したことがこの法律が特に規定する場合に該当しないことは、上記イからハまでのとおりであるから、請求人が実質的には本件役員報酬を受領していないといえるかどうかはともかく、請求人の主張には理由がない。
 なお、請求人の主張する所得税基本通達181〜223共−6及び181〜223共−3の定めは、役員が、〔1〕商法の規定による会社の整理開始の命令又は特別清算の開始の命令を受けたこと、〔2〕破産法の規定による破産の宣告を受けたこと、〔3〕和議法の規定による和議の開始決定を受けたこと等の特殊な事情の下に未払賞与の受領を辞退した場合や誤払等又は条件付支払によるものの支払額の返還の場合についての源泉徴収に関する取扱いを定めたものであり、本件役員報酬の返還のように既に適法に支払われた給与に関する取扱いを定めたものではない。

(2)本件通知処分について

 以上のとおり、請求人が本件役員報酬を返還したことは、所得税法第152条に規定する事実にも、通則法第23条第2項3号に規定する場合にも該当しないし、請求人の平成10年分の所得税に係る確定申告書に記載した金額に誤りがない以上、同条第1項の規定に基づき更正の請求をすることができる場合にも該当しないから、本件更正の請求に対して更正をすべき理由がないとした本件通知処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の点については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。
 よって、本件審査請求には理由がない。

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