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(平13.3.7裁決、裁決事例集No.61 83頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、会社員である審査請求人(以下「請求人」という。)が、商品先物取引に係る所得は同人に帰属するものではないし、これが帰属するとしても、年末における建玉(商品先物取引所において売買が成立した取引で、未決済のものをいう。以下同じ。)に係る値洗い損(建玉の時価評価損をいう。以下同じ。)の額を、雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべきであるとして、原処分の取消しを求めた事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

 請求人は、平成8年分及び平成9年分(以下、併せて「各年分」という。)の所得税について、確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。
 その後、請求人は、平成9年分の所得税について、別表1の「修正申告」欄のとおり記載した修正申告書を平成10年5月1日に提出した。
 原処分庁は、これに対し、平成11年2月26日付で各年分の所得税について、別表1の「更正処分」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び「賦課決定処分」欄のとおりの過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
 請求人は、これらの処分を不服として、平成11年4月26日付で異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年7月2日付で、各年分について別表1の「異議決定」欄のとおり、更正処分の一部を取り消す異議決定をした。
 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成11年8月2日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成6年12月、G株式会社(平成8年7月1日に商号をH株式会社に変更。以下「H社」という。)に委託して大豆等の商品先物取引(以下「本件先物取引」という。)を開始した。
ロ 請求人は、本件先物取引を開始するに当たり、「約諾書」と題する部分と「通知書」と題する部分からなる平成6年12月19日付の書類(以下「本件約諾書」という。)に住所、氏名を記載し押印した上、これをH社に差し入れた。
 なお、「約諾書」と題する部分には、委託者は、商品先物取引の危険性を承知した上で、委託者の判断と責任において取引を行うことを承諾した旨、及び、事前に商品先物取引委託のガイド及び受託契約準則を受領した旨が記載され、また、「通知書」と題する部分には、委託者が受託会員に通知すべき事項の欄に、請求人の氏名、自宅の住所及び電話番号が記載されている。

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2 主張

(1)請求人

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件更正処分について
(イ)本件先物取引に係る所得の帰属
A 請求人は、平成7年6月、H社に対し、本件先物取引について建玉の手仕舞い(買契約の建玉を転売し、又は、売契約の建玉を買い戻して取引を終了させることをいう。以下同じ。)を求めたが、同社の担当者から多額の委託追証拠金(手仕舞いをすることなく建玉を維持するために必要な追加の委託証拠金をいい、以下「追証」という。)を必要とする状況ではできない旨の虚偽の説明をされたため、手仕舞いをすることができず、結局、平成10年2月までの間、H社による一任売買が行われることになった。
 本来、受託者であるH社は請求人の手仕舞いの依頼を拒否できないのであるから、平成7年6月の手仕舞いの依頼により、請求人のH社に対する本件先物取引の委託契約は終了したというべきであるし、H社の虚偽の説明がなければ、遅くとも平成9年8月1日には建玉を処分することにより決済し手仕舞いができたのであるから、これ以降に行われた本件先物取引は、実質的にはH社の取引といえ、請求人が行った取引ではないのであって、当該取引に係る所得は請求人に帰属しない。
 また、上記のように、本件先物取引の委託契約が終了したとはいえないとしても、H社は、平成7年6月以降、追証を必要とする状況でありながら、手数料稼ぎのため取引を一方的に拡大し、特に平成9年7月以降は、追証の金額も数千万円と請求人の負担不可能な額となっていたのであって、当該取引は、請求人とは無関係に行われたもので、やはりその所得は請求人に帰属しない。
B 原処分庁は、請求人が本件約諾書をH社に差し入れているから、本件先物取引に係る所得は請求人に帰属するとして本件更正処分をしているが、本件約諾書の差し入れは、商品先物取引において一般的に行われていることであり、これをH社に差し入れているからといって、本件先物取引のすべてを請求人が行ったことにはならない。
C なお、平成9年8月1日の手仕舞いを前提に、平成9年分の雑所得の金額を計算すると、次のとおりである。
(A)総収入の額
 総収入の額は、次表の総収入の額欄のとおり、46,438,088円となる。

a 委託証拠金・帳尻金の額は、平成9年8月1日現在の委託証拠金と帳尻金(建玉を反対売買によって決済したことにより生じた売買差損益金に、委託手数料、消費税を加減した差引損益金のことをいう。以下同じ。)の残高の合計額である。
b 値洗差金の額は、平成9年8月1日現在の値洗い損の額である。
c 現金入出金計の額は、平成6年12月20日から平成9年8月1日までの間に、本件先物取引について、請求人が投入した現金の額から引き出した現金の額を控除した差額である。
(B)総支出の額
 総支出の額は、次表の総支出の額欄のとおり、37,005,230円となる。

a 手数料・取引税等の額は、上記(A)の委託証拠金・帳尻金と値洗差金の合計額に、手数料、取引税及び消費税相当額の割合として約15%を乗じた金額である。
b 過年分の雑所得の金額は、更正処分により本件先物取引に係る雑所得として認定された平成7年分11,370,579円及び平成8年分18,711,097円の合計額である。
c 借入金利子の額は、異議決定において認定された、K生命保険相互会社及びL生命保険相互会社からの借入金に係る利息で、平成8年分96,011円、平成9年分79,428円の合計額である。
(C)雑所得の金額
 以上の結果、平成9年分の雑所得の金額は、次表のとおり9,432,858円となる。

(ロ)値洗い損
 仮に、本件先物取引に係る所得がすべて請求人に帰属するとしても、当該取引に係る年末時点の値洗い損の額は、雑所得の金額の計算上必要経費に算入されるべきである。
 なお、建玉の時価評価する日を特定することにより、値洗い損の額は明確になるのであるから、値洗い損の額を雑所得の金額の計算上必要経費に算入しても、税法上のいわゆる権利確定主義に反することにはならない。
(ハ)取引の違法性
 H社は、建玉の売買により生じた利益のほとんどを委託証拠金に組み入れ、本件先物取引を拡大する一方で、損失の生じる建玉の売買については先送りして、請求人の含み損だけを異常に膨らませ、追証を必要とする状況では手仕舞いできない旨虚偽の説明をして、請求人に
本件先物取引を継続させていたものである。
 請求人は、このように組織的に行われた違法な取引の犠牲者であるにもかかわらず、原処分庁において、本件先物取引に係る所得について、課税することは正義に反するというべきであり、この点においても本件更正処分は違法である。
ロ  本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件更正処分は違法であり、その全部を取り消すべきであるから、本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 本件更正処分について
(イ)本件先物取引に係る所得の帰属
 本件先物取引は、次のとおり、請求人の行ったものであるから、当該取引に係る所得は請求人に帰属する。
 すなわち、本件先物取引の状況は、次表のとおりであるが、請求人は、商品先物取引の危険性を了知した上で受託契約準則の規定に従って取引を行うことを承諾する旨記載した本件約諾書をH社に差し入れており、また、異議申立てに係る調査の際、請求人は、異議審理担当者に対し、本件先物取引は、株式の売却収入金並びに生命保険会社及び親からの借入金等を原資とするもので、注文の際には、勤務先会社の休み時間を利用して電話で行うほか、請求人が直接H社の担当外務員のもとに赴くこともあった旨申述していた上、請求人の主張する平成7年6月あるいは平成9年8月1日以降においても、H社から、作成日現在の建玉の内訳、委託証拠金の現在額、委託証拠金の必要額、差引損益金及び返還可能額が記載された残高照合通知書の送付を受け、さらに、別表2のとおり、委託証拠金や帳尻金、本件先物取引の終了に伴う委託証拠金の残金を、公共料金等の引落し等、請求人の生活の用に供されていたM銀行○○支店の同人名義の普通預金口座(以下「本件普通預金口座」という。)により受領していたものである。

(ロ)各年分の雑所得の金額
 そうすると、請求人の各年分の雑所得の金額は、以下のとおりとなる。
A 総収入金額
 総収入金額は、上記(イ)の各年分の売買差益の合計金額である。
B 必要経費
 必要経費について、各年分において債務が確定したものは、以下のとおりである。
 なお、請求人は、値洗い損の額についても必要経費に算入すべきである旨主張するが、当該値洗い損の額は、各年分の年末において未確定のもので、所得税法第37条《必要経費》第1項の規定により、各年分の雑所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。
(A)支払手数料の額
 支払手数料の額は、H社に対し支払った本件先物取引に係る委託手数料の額である。
(B)租税公課の額
 租税公課の額は、次表のとおりである。

取引所税の額は、本件先物取引についてのものであり、消費税の額は、上記(A)の支払手数料に係るものである。
(C)交通費の額及び通信費の額
交通費の額及び通信費の額は、本件先物取引のために支出したと認められる額である。
(D)借入金利子の額
借入金利子の額は、委託証拠金を預託するための借入金に係る支払利息の額で、次表のとおりである。

C 雑所得の金額
 以上の結果、請求人の各年分の雑所得の金額は、次表のとおり、
平成8年分18,615,086円及び平成9年分92,084,582円となる。

(ハ)請求人は、H社の違法な取引の犠牲者であるとして、本件更正処分は正義に反する旨主張するが、上記(イ)のとおり、本件先物取引は請求人の取引というべきであり、当該取引に係る所得は請求人に帰属するというべきであるから、請求人の主張には理由がない。
(ニ)以上のとおり、請求人の各年分の雑所得の金額は、平成8年分18,615,086円及び平成9年分92,084,582円となるところ、これらの金額は異議決定を経た後の更正処分に係る雑所得の金額と同額であるから各年分の更正処分は適法である。
ロ 本件賦課決定処分について
 請求人の場合、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する「正当な理由があると認められるものがある場合」に該当しないので、同条第1項及び第2項の規定に基づく本件賦課決定処分は適法である。

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3 判断

(1)本件更正処分について

イ 本件先物取引に係る所得の帰属
(イ)請求人は、H社に手仕舞いを求めた平成7年6月に、又は遅くとも平成9年8月1日には本件先物取引に係る委託契約は終了した旨主張する。
 しかしながら、請求人も主張するように、平成7年6月に、手仕舞いを求めたものの、追証の必要な状況では手仕舞いはできないとの説明を受けて、結局、その時点では手仕舞いはしなかったというのであるし、また、請求人は、当審判所に対して、平成9年8月1日の時点において、H社に対して、強く手仕舞いを求めた旨答述するものの、結局、手仕舞いができてすべての決済が終了したのは平成10年3月4日であることからすれば、平成7年6月又は平成9年8月1日の時点において、本件先物取引に係る委託契約が終了したとはいえない。
 さらに、請求人は、H社の担当者から虚偽の説明を受けたため、手仕舞いをすることができなかった旨主張するのであるが、同人が虚偽の説明をしたからといって、本件先物取引に係る委託契約が、これにより直ちに終了するとはいえない。
(ロ)ところで、請求人は、本件先物取引は請求人とは無関係に行われた一任売買によるものである旨主張する。
 しかしながら、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、H社は、受託契約準則に従い、本件先物取引に係る売買の成立、あるいは反対売買による建玉の決済の都度、「売買報告書及び売買計算書」を請求人に送付し、あるいは、毎月、建玉の状況や委託証拠金の内訳を記載した「残高照合通知書」を請求人に送付しており、これは平成7年6月以降も同様であること、また、請求人は、この「残高照合通知書」に基づき、別表2のとおり委託証拠金の返還又は帳尻金の支払を受けていることが認められること、及び、請求人は、当審判所に対し、本件先物取引について、H社から推奨されるままであるとはいえ請求人において注文を行っていた旨答述していることからしても、本件先物取引が請求人と無関係に行われた一任売買であるということはできない。
 したがって、この点についての請求人の主張は、その前提を欠くものであり理由がない。
(ハ)以上のとおり、本件先物取引に係る委託契約は、当該取引に係るすべての決済が終了した平成10年3月4日まで継続していたと認めるのが相当であり、それまでの間の当該取引が、請求人と無関係に行われた一任売買であるということもできず、仮に、一任売買であったとしても、請求人が当該取引から生じた利益を現実に享受している以上、当該取引に係る所得は、請求人に帰属すると認めるのが相当である。
ロ 雑所得の金額
 そこで、請求人の雑所得の金額について検討する。
(イ)総収入金額
 当審判所の調査によれば、請求人が各年分においてH社に委託して行った本件先物取引に係る取引所及び商品別の約定日ごとの売買差金は、別表3から別表4−3のとおりであり、年間の損益は、平成8年分22,313,900円の利益、平成9年分111,393,300円の利益となり、これらの金額は、原処分庁が認定した総収入金額と同額であるから、原処分庁の認定は相当と認められる。
(ロ)必要経費の額
 原処分庁は、各年分の必要経費の額を次表の合計欄のとおり算定しているところ、当審判所の調査によっても、原処分庁の認定額は相当と認められる。
 この点、請求人は、本件先物取引に係る平成9年末の値洗い損の額を平成9年分の雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべきである旨主張するが、所得税法第37条第1項は、必要経費に算入すべき金額について、償却費以外の費用については、その年において債務の確定しないものを除く旨規定しているところ、ここに債務が確定しているとは、その年の12月31日までに、〔1〕当該費用に係る債務が成立し、〔2〕当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生し、かつ、〔3〕その金額を合理的に算定することができるものであると解するのが相当である。
 これを本件先物取引に係る値洗い損についてみると、建玉の時価評価する日を特定することにより、値洗い損の額を算定することができるとはいえ、値洗い損の額は単なる計算上の金額にすぎず、建玉の反対売買という事実が生じるまで、値洗い損の額に相当する債務が成立するわけでも、その給付を求められることになるわけではないのであり、本件先物取引に係る平成9年末の値洗い損の額について、その年において債務が確定したということはできない。
 したがって、値洗い損の額を雑所得の金額の計算上必要経費に算入すべきであるとする請求人の主張には理由がない。

(ホ)雑所得の金額
 以上の結果、請求人の各年分の雑所得の金額は、次表のとおりとなる。

ハ なお、請求人は、本件先物取引はH社が組織的に行った違法な取引であるとして、その犠牲者である請求人に対し、本件更正処分をすることは正義に反する旨主張する。
 しかしながら、仮に本件先物取引がH社による一任売買、不当な手仕舞いの拒否等によるものであったとしても、当該取引による所得は請求人に帰属するというべきであり、請求人が当該取引から生じた利益を現実に享受している以上、当該取引から生じた所得に対して課税したからといって、これが正義に反することにはならない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ニ 以上のとおり、請求人の各年分の雑所得の金額は、平成8年分18,615,086円及び平成9年分92,084,582円となるところ、これらの金額は異議決定を経た後の更正処分に係る雑所得の金額と同額であるから各年分の更正処分は適法である。

(2)本件賦課決定処分について

 上記(1)のとおり、本件更正処分は適法であり、また、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、本件更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいてした本件賦課決定処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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