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(平13.6.28裁決、裁決事例集No.61 283頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、共同審査請求人A及び同B(以下、併せて「請求人ら」という。)が所有していた小切手及び現金を、不動産の売買を仲介した者に交付し、これを同人に不法に領得されたことにより生じた損失(以下「本件損失」という。)が、所得税法第72条《雑損控除》第1項に規定する雑損控除の対象となる損失に該当するか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人らは、平成6年3月17日に死亡したCから、次に掲げる土地(以下「本件各土地」という。)ほかを相続した。

ロ 請求人らは、平成10年4月20日に本件各土地を競売により売却したことから、平成10年分の所得税について、確定申告書に次表の「確定申告」欄のとおり記載して、それぞれ法定申告期限までに申告した。
 その後、請求人らは、本件損失は雑損控除の対象となる損失に該当し、これが平成10年中に確定したとして、平成11年9月9日に、それぞれ次表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。

ハ 原処分庁は、これに対し、平成11年12月15日付で、それぞれ更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ニ 請求人らは、本件通知処分を不服として、平成12年2月4日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が、同年4月28日付で、それぞれ棄却の異議決定をしたので、同年5月25日に審査請求をし、原処分の取消しを求めた。
ホ なお、請求人らは、Aを総代として選任し、その旨を平成12年5月25日に届け出た。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 本件各土地については、平成7年9月20日付で権利者を有限会社D(以下「D社」という。)とする売買予約による共有者全員持分全部移転請求権仮登記がなされ、また、同日付で、根抵当権者をE株式会社(以下「E社」という。)、極度額を360,000,000円とする根抵当権設定の登記がなされている。
ロ 請求人らは、平成7年11月27日に、上記イの各登記につき請求人らの承諾がないとして、E社に対しては、本件各土地に係る根抵当権設定登記の抹消登記手続及び所有権移転登記の登記済証の引渡しを求め、D社に対しては、本件各土地に係る共有者全員持分移転請求権仮登記の抹消手続を求めてF地方裁判所G支部に提訴したところ、D社から、請求人らを相手方として、E社の請求人らに対する融資の仲介に関する仲介手数料請求の反訴を提起された。
 これらについて、同支部は、平成10年2月12日に、請求人らの請求を棄却するとともに、D社からの請求人らに対する反訴請求を認める旨の判決(以下「本件地裁判決」という。)をした。
ハ 請求人らは、上記判決を不服として、平成10年3月5日にH高等裁判所に控訴したが、同年4月20日に、E社による根抵当権の実行に伴う本件各土地の競売が実施されたことから、E社に対する部分の控訴は取り下げた。
 同裁判所は、平成10年12月15日に、請求人らのD社に対する訴えを認め、D社からの請求人らに対する反訴請求を棄却する旨の判決(以下「本件高裁判決」という。)をした。

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2 主張

(1)請求人ら

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 請求人らは、本件各土地に上記1の(3)のイのとおり根抵当権を設定し、連帯してE社から150,000,000円を借り入れ、平成7年9月20日に、E社から、額面140,000,000円の小切手及び額面10,000,000円の小切手(以下、併せて「本件二通の小切手」という。)を受け取った。
 しかしながら、請求人らは、本件各土地の売却を考えていたこと及び根抵当権の極度額が高額になっていることから、本件二通の小切手のうち額面140,000,000円の小切手をE社に返却することとし、裏書をした上、これを仲介人であるI株式会社融資部のJことKに委託したところ、同人は、当該小切手をE社に返却することを受託してこれを受領したにもかかわらず、平成7年9月21日に同人の養父であるLに当該小切手を換金させた上、140,000,000円を自己の用途に充てるため着服横領した。
 また、請求人らは、平成7年10月24日、E社から本件各土地の所有権に関する登記済証の返還を受けるため、本件二通の小切手のうち額面10,000,000円の小切手を換金した現金10,000,000円をE社に渡すようKに委託して渡したところ、同人は、当該現金を自己の用途に充てるため着服横領した。
 以上のとおり、本件損失は、Kに着服横領されたことにより生じたものであるから、所得税法第72条第1項に規定する雑損控除の対象となる損失に該当する。
ロ 原処分庁は、上記額面140,000,000円の小切手及び現金10,000,000円(以下、併せて「本件小切手等」という。)の交付はKの欺罔行為によるものだとして、本件損失は横領に該当しないと主張するが、上記イのとおり請求人らは、本件小切手等をE社に返却するため、Kに預けたにすぎず、そこには、Kの欺罔行為は介在していない。
 一方、Kにすれば、本件小切手等を預かった時点で他人の物を占有する状態になったにすぎず、その交付による財物の移転は、欺罔行為に導かれた財産的処分行為ではない。
 また、自己の保管する他人の財物を領得しようと企て、当該他人を欺罔して当該財物を領得したときは、その詐欺方法は領得完成の手段にすぎないから、横領罪が成立するものであり、Kが用いた虚言は、あくまでも横領を行う環境を創るためのものであり、他人の物を自己の占有に移すための手段にすぎない。
 さらに、請求人らが、Kに対し、同人の横領行為により損害を受けたとして、その賠償を求めた裁判の判決(以下「本件損害賠償判決」という。)において、擬制自白ではあるものの、横領という事実をKが認めていることも無視すべきではない。
 したがって、本件損失は、横領による損失であり、当該損失が平成10年中に確定したのであるから、平成10年分の所得税について、雑損控除を適用すべきとした本件更正の請求は認められるべきである。

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(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 所得税法第72条第1項は、居住者の有する資産について、災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合には、その年における当該損失の金額のうち一定の金額をその年分の総所得金額等から控除する旨規定しているところ、同項に規定する横領の概念については、刑法第252条に規定する横領罪と同一のものと解されている。
 他方、人を欺いて財物を交付させ、これを領得する行為は、刑法第246条に規定する詐欺罪を構成し、後にこれを処分しても横領罪を構成しないと解されている。
ロ 請求人らは、本件小切手等をE社に返却するために、Kにそれを預けたにすぎず、そこには同人の欺罔行為は介在していないから、同人の行為は横領に該当する旨主張する。
 しかしながら、Kは、請求人らに対し、Jという偽名を名乗った上で、E社が本件各土地を購入するので、銀行から資金を借りやすくするため、形だけの根抵当権を付けさせて欲しいなどの虚言を用い、請求人らにおいて、このような虚構の事実を前提として、本件小切手等をKに交付していること、Kが額面140,000,000円の小切手の受領と引換えに請求人らに交付した有限会社M(以下「M社」という。)名義の領収証に記載された同社の所在地には、その当時既に同社が存在していないことなどの事実に照らすと、請求人らがKに本件小切手等を渡す行為に関して、Kの欺罔行為が介在していないなどとは到底言い得ない。
ハ 以上のとおり、Kは、欺罔行為によって請求人らを錯誤に陥れ、請求人らの所有に係る本件小切手等を交付せしめたのであって、その後に至って本件小切手等を処分する行為は、欺罔行為による結果にほかならないから、横領には該当しない。
ニ 請求人らは、本件損害賠償判決において、本件小切手等が横領されたものであることが法的に確定している旨主張するが、当該判決は、被告であるKが、口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面の提出をしないことから、原告である請求人らの請求原因事実に関して被告Kの自白が擬制されたことによるものであるから、当該判決が存在することをもって、横領行為が存したものとみることはできない。
ホ したがって、請求人らの主張にはいずれも理由がないから、横領による損失を被ったとして雑損控除の適用を求めてされた本件更正の請求に対して、更正をすべき理由がないとして行われた本件通知処分は、適法である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件損失が、所得税法第72条第1項に規定する雑損控除の対象となる損失に該当するか否かにあるので、以下審理する。
(1)Aが、E社から、本件二通の小切手を受け取り、その後、本件小切手等をKに渡したことについては、請求人らも認めており、当事者間に争いはないところ、その経緯等については、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によると、次の事実が認められる。
イ 請求人らは、相続税の納付に苦慮していたところ、平成7年6月ころ、請求人らの土地の売却の仲介を以前したことがあったNなる人物から、I株式会社融資部主任Jと名乗るKを紹介された。
ロ Kは、平成7年8月ころ、請求人らに対し、「I株式会社のオーナーはE社であるが、E社はQでカーショップをやるために土地を欲しがっている」旨申し向けて、請求人らにE社への本件各土地の売却をあっせんすることを申し出た上で、請求人らに対し、「E社は土地を相場より高い坪800,000円で買う。ただし、その購入代金を銀行から出させるために、形式上、土地に、E社を債権者とする抵当権を設定したことにする必要がある。この抵当権設定登記は便宜上付けるのであるから、すぐに抹消する」、「売買代金は360,000,000円として根抵当権設定登記の時に、そのうち160,000,000円をE社から受け取るが、それを、E社に対する債務の返済に支払ったと見せることにする。その返済の支払に充てられたことにする金はE社の不動産部門であるV株式会社が預かる。そして、9月26日に売買契約を締結したことにして、中間金名目で160,000,000円に100,000,000円を追加した260,000,000円を受け取れば、相続税は納められる。残金は、土地の地積更正登記が完了したときに受領できる」などと申し向けた。
ハ Kは、平成7年9月18日、請求人ら宅において、本件各土地を担保にE社から借入れする意思のない請求人らに対し、本件各土地の売買に関する短期間の形式的な処理に必要な書類である旨申し向けて、本件各土地につき、根抵当権者をE社、債務者兼設定者を請求人ら、極度額を360,000,000円とする根抵当権設定契約書、連帯借用証書及び領収証を作成させた。
ニ Kは、平成7年9月18日午後、請求人ら宅において、請求人らに対し、D社の取締役であったSをE社側の不動産業者であると紹介し、同人の立会いの下に、融資依頼書の融資金額欄に「壱億六千万円」と、担保条件欄に「根抵当権設定、極度額設定(金参億六阡万円)売買予約の仮登記」と、物件の表示欄に本件各土地の所在地番を記入させて、請求人らに署名させた。
ホ Kは、平成7年9月20日、T地方法務局U出張所において、Aと共に、司法書士Wに根抵当権設定登記及び仮登記の各手続を委任して、その申請手続をさせ、これを受けて、E社の専務取締役Xが、諸費用を差し引いた残りの融資金として、Kを介しAに本件二通の小切手を渡した。
 その後、上記のとおり、Aは、Kに対し、本件小切手等を渡した。
ヘ Kは、本件高裁判決に係る証人尋問において、Aから本件小切手等の交付を受けた理由等について、Aに対してJという偽名を使ったこと、本件各土地を買い取る会社があるという話をAに持ちかけたがこれは嘘だったこと、本件各土地に根抵当権を付けて融資を受けるが、その融資はすぐに返済して、根抵当権設定登記は抹消して、最終的には本件各土地を360,000,000円で買い取るなどとAに話したがこれも嘘であったことなどを証言している。
ト Kは、平成11年3月26日に、Y地方裁判所Z支部において、詐欺罪により懲役10年の判決(平成13年○月○日確定)を受けているところ、同詐欺の事実(9件、被害総額約40億円)には本件は含まれていないが、同詐欺の態様は、土地等の資産を有する被害者に虚偽の話を持ちかけて不動産を担保提供させ、金融業者から同不動産を担保に融資を受けさせてその融資金を騙取するというものである。
 上記イからトまでの事実関係によると、Kが、Aに対し、根抵当権設定登記をしてE社から160,000,000円の融資を受けるが、同融資金はE社に返済する旨の文言を申し向けたのは、同融資金名下にこれを騙取することを企図してのことであり、上記虚偽の文言により、Aをその旨誤信させて同人から本件小切手等の交付を受けたものであると認められる。
 したがって、請求人らが、本件小切手等をKに交付し、これを同人に不法に領得されたことにより生じた本件損失は、詐欺により生じた損失と認めるのが相当である。
(2)所得税法第72条第1項は、居住者又はその者と生計を一にする親族の有する資産について、災害又は盗難若しくは横領による損失が生じた場合には、その一定額をその者の総所得金額等から控除する旨規定しており、同項に規定する雑損控除の対象となる損失は、課税の明確性、公平性の観点から、限定的に規定されているものと解され、また、同項に定める横領の概念は、刑法上の横領罪にいう横領と同一のものと解すべきであり、これに詐欺、恐喝が含まれるものとの類推ないし拡張解釈は許されないと解されるところ、本件損失は、上記(1)のとおり、詐欺による損失であると認められるから、同項の雑損控除の対象となる損失には該当しない。
 なお、請求人らは、Kの詐欺方法は領得完成の手段にすぎないから、このような場合は横領罪が成立するのであり、Kが用いた虚言は、あくまでも横領を行う環境を創るためのもので、他人の物を自己の占有に移すための手段にすぎない旨主張するが、上記(1)のとおり、Kは、詐欺の意図をもって、請求人らに虚言を弄して請求人らを錯誤に陥れ、本件小切手等の占有をAからKに移転させたのであるから、この占有移転をもって詐欺が成立していることは明らかである。
 したがって、この点に関する請求人の主張は採用できない。
(3)請求人らは、本件損害賠償判決において、本件損失は横領による損害であることが法的に確定している旨主張する。
 しかしながら、当該判決は、被告であるKが口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しないことから、原告である請求人らの請求原因事実を自白したものと擬制したものであって、証拠によって横領の事実を客観的に認定したものではないから、この点に関する請求人らの主張は採用できない。
(4)以上のとおり、本件損失は横領によるものではなく、また、所得税法第72条第1項に規定する災害又は盗難による損失にも該当しないことから、請求人らの平成10年分の所得税について雑損控除の適用を認めるべきとした本件更正の請求に対し、更正をすべき理由がないとしてした本件通知処分は適法である。
(5)原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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