ホーム >> 公表裁決事例集等の紹介 >> 公表裁決事例 >> 裁決事例集 No.61 >> (平13.5.30裁決、裁決事例集No.61 560頁)

(平13.5.30裁決、裁決事例集No.61 560頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、平成8年12月15日に死亡したa(以下「被相続人」という。)の相続財産からb、c、d及びe(以下、4名を併せて「bら」という。)に対して支払われた総額100,000,000円の金員(以下「本件金員」という。)が相続(以下「本件相続」という。)開始の際に現に存する確実な債務であったか否かについて争われた事案である。

トップに戻る

(2)審査請求に至る経緯

 別表のとおり。

(3)基礎事実

 以下の事実は、審査請求人(以下「請求人」という。)及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によっても、その事実が認められる。
イ 被相続人を中心とする親族関係は、別紙のとおりであり、本件相続に係る相続人は、請求人一人である。
ロ fは、被相続人の資産の管理、運営等の一切を引き受けて行っていた。
ハ gは、fと同居していた。
ニ 平成8年4月17日付の「協定書」と題する書面によれば、被相続人の資産の管理運営及びこれに関する支払等に関し、病気療養のfに代わり、被相続人の代理人であるh弁護士(以下「h弁護士」という。)及びj株式会社(以下「j社」という。)が協力して同協定書に定める事項を担当することとなった。
ホ 平成8年9月11日付で、被相続人からbら4名それぞれに現金で25,000,000円、合計100,000,000円を贈与することを約束する旨の現金贈与証(以下「本件贈与証甲」という。)が作成され、同日付で確定日付が付された。
ヘ 同様に、平成8年9月11日付で、被相続人からf、k、m及びn(以下、4名を併せて「fら」という。)4名に対し、fに現金で18,000,000円、他の3名それぞれに現金で25,000,000円、合計93,000,000円を贈与することを約束する旨の現金贈与証(以下「本件贈与証乙」という。)、さらに、同日付で、g及びp(以下、2名を併せて「gら」という。)のそれぞれに現金で53,500,000円、合計107,000,000円を贈与すること約束する旨の現金贈与証(以下「本件贈与証丙」という。)が作成され、それぞれ同日付で確定日付が付された。
ト 請求人は、上記ホ及びヘにおける贈与財産の合計300,000,000円を未払金として債務控除して申告した。
チ 平成9年1月30日付で、e名義のr銀行○○支店の普通預金口座へ贈与金額25,000,000円から贈与税相当額を差し引いた14,230,000円が振り込まれており、また、同月31日付でb、c及びdの各名義のs信用金庫○○支店の普通預金口座へ同様に14,230,000円が振り込まれており、振り込まれたそれぞれの日付で、bらによる領収書が作成されている。
リ 平成9年2月5日付の「基本合意書」と題する書面(以下「本件合意書」という。)は、本件金員、貸付金、家賃負担、所有物の搬出、以後の債権債務及び身分上又は財産上の請求(以下「本件金員等」という。)に関する合意を内容とし、同日付の「付属覚書」と題する書面(以下「本件覚書」といい、本件合意書と併せて「本件合意書等」という。)は、本件合意書を補充する趣旨の貸付金の返済義務、税負担に関する合意を内容としており、いずれも請求人とb及びcの間において合意が成立したものである。

トップに戻る

2 主張

(1)請求人

イ 更正処分について
 請求人は、被相続人に係る相続税の申告に当たり、被相続人の債務として、取得財産の価額から控除したbらへの本件金員は、以下の事実により、相続税法第13条《債務控除》及び第14条《控除すべき債務》に該当するものであり、債務に該当しないという原処分は違法であるから、その全部の取消しを求める。
 事実関係は、以下のとおりである。
(イ)h弁護士が平成11年7月22日付で作成した陳述書にもあるとおり、平成8年11月1日までの話合いにおいて、bらは本件金員の支払に受諾の意思表示をしていると認識しており、その上で本件金員のほかに貸借金額の交渉を継続していたものである。
(ロ)平成9年1月13日付のb及びcの代理人であるt弁護士(以下「t弁護士」という。)からのファックスによれば、bが本件金員に対する税負担やその軽減方法等を検討していることからも、相続開始時点で本件金員を認識していたことが伺える。
(ハ)全く同様な形で金銭贈与を受けたfら及びgらも、被相続人が自分らと同様にbらに本件金員の支払を履行する意思を表示していたことを認識している。
(ニ)h弁護士とt弁護士(以下「両弁護士」という。)との間で、被相続人が家督相続した先代uの遺産配分につき話合いを行ってきた経緯を踏まえ、被相続人は、双方の折衝でbらに平成8年9月11日に本件金員の支払を履行することを自ら決めた。
(ホ)t弁護士から、平成8年9月17日に100,000,000円に対する贈与税差引後の手取り金額56,920,000円に対し、他に貸借金でよいから手取金にプラスして合計80,000,000円にしてもらえないかと要求があった。
(ヘ)平成8年11月1日までの話合いにおいて、t弁護士は100,000,000円(税込み)の贈与金額は受諾したものの、他に貸借金23,080,000円を要求してきたので、両弁護士がその貸借金について話し合った結果、平成9年1月17日に本件金員のほかに貸借金16,000,000円とすることで合意に至った。
(ト)原処分庁は、答弁書において、t弁護士の申述として、受贈者に「bの孫e及びdまで入っていることを初めて知った」ということであるが、平成8年8月27日にh弁護士からt弁護士あての書簡及び両弁護士の話合いの中で、受贈者を4人とすることについてt弁護士は十分認識していたもので、申述は事実と相違する。
(チ)本件金員の支払は、上記(ニ)で述べたとおり、被相続人自らの意思表示によるものであるから、相続人である請求人は、当然の支払債務と認識の上、bら、fら及びgらに対して、fの代理人であるk、h弁護士及びj社に依頼して、預金払出及びw株式売却などを一任の上、平成9年1月30日に支払を実行したものである。
(リ)以上の経緯を踏まえ、h弁護士としては、bらが以前いかなる理由があったとしても、身分上又は財産上の請求を一切しないものとするための証として、支払完了後の平成9年2月5日に本件合意書等を作成し、両弁護士が署名押印したものである。したがって、これをもって贈与契約が成立したとは認められない。
 以上のことから、実質課税の原則に照らし、本件金員は、相続税法第13条第1項及び同法第14条第1項に規定する被相続人の確実な債務である。
ロ 過少申告加算税の賦課決定処分について更正処分が取り消されることに伴い、過少申告加算税の賦課決定処分も取り消されるべきである。

トップに戻る

(2)原処分庁

イ 更正処分について
 原処分は、次のとおり適法であるから、審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
(イ)原処分調査及び異議申立てに係る調査において、次の事実が認められる。
A 本件贈与証甲が作成されるに至った経緯
(A)平成6年3月29日 bが被相続人あてにu(被相続人の父)から家督相続した財産の分与を求める手紙を出した。
(B)平成7年7月13日及び同月14日 t弁護士が、f及び被相続人あてに、被相続人が家督相続した財産のbらへの分与について協議したい旨を文書により通知した。
(C)平成8年4月19日 上記(B)に基づく協議を経た後、t弁護士が被相続人あてに財産分与につき、具体的回答を求める旨を文書により通知した。
(D)平成8年8月19日 上記(C)の文書を受けて、h弁護士が請求人あてにt弁護士との同日の面談結果につき、次のとおり報告した。
a 受贈者の数を増やせば贈与税の節税になるので検討してほしい旨、t弁護士に検討を依頼した。
b これに対し、t弁護士から受贈者について早急にbらと協議して確定したい旨の回答があった。
(E)平成8年8月25日 上記(D)の後、請求人は、h弁護士並びにf及び被相続人が主宰していた有限会社xの関与税理士が協議して作成した被相続人からの現金の生前贈与につき、受贈者bらに対する贈与額を100,000,000円とすることなどを内容とする財産一部処分案に同意する旨署名押印している。
B 上記Aの経緯に基づき、平成8年9月11日付で、贈与者を被相続人とし、bらに対し被相続人の生前に各々25,000,000円の現金を贈与することを約束する旨の本件贈与証甲が作成されたこと。
C h弁護士は、平成8年9月18日に請求人に対して、前日t弁護士と面接した結果につき、次のとおり文書により報告したこと。
(A)t弁護士から受贈額を手取額80,000,000円、支払は合意時に50,000,000円、bの現住居の明渡時に30,000,000円でもよい旨の回答があった。
(B)これに対し、贈与額は100,000,000円(税引後4人で56,920,000円)が限度である旨回答した。
D 上記Cに対し、t弁護士は、平成9年1月16日にh弁護士あてに、bらに対し手取額が80,000,000円と伝わってしまった関係上、節税対策として現金支払方法につき、会社からの寄付金とすることにつき検討を依頼する旨を連絡したこと。
E 上記1の(3)のチの事実関係があること。
F 平成9年2月5日付で、請求人とb及びcの間において、請求人は本件贈与証甲に基づき、bらに対する25,000,000円ずつの贈与債務を相続承継したことを確認し、当該金員をeには平成9年1月30日に、b、c及びdには同月31日にそれぞれ支払い、各受贈者はそれぞれ各金員を受領したことなどを内容とする本件合意書等が作成されていること。
 また、本件覚書において、本件贈与証甲に基づく贈与税総額が43,080,000円を超える結果となった場合は、それを請求人の負担とすることなどが定められていること。
G 本件贈与証甲の原本は、原処分調査の時までh弁護士が保管していたこと。
H 原処分調査の際、t弁護士は、被相続人からbへの財産の分与をめぐる交渉の結果について、次のとおり申し述べていること。
(A)当初h弁護士から金額等の提示はなく、交渉の過程で100,000,000円以上の要求には応じられない旨の主張があり、平成8年中に話をまとめるため、被相続人の死亡後、同年末にh弁護士と本件合意書の下書きをやりとりし、平成9年1月に合意に至った。
(B)平成9年2月5日に、被相続人所有の不動産の管理をしていたj社の事務所へbとともに出向き、本件合意書に署名押印した。
 その場で、h弁護士から初めて本件贈与証甲の原本を見せられ、写しをもらったもので、その受贈者にbの孫まで入っていることを初めて知った。これは、相手方が勝手にしたことである。
I 原処分調査の際、bは、本件贈与証甲の存在について、本件合意書等が作成された平成9年2月5日に初めて知らされるとともに、本件贈与証甲の写しをもらった旨の申述をしていること。
(ロ)相続税の課税価格の計算上控除すべき債務につき、相続税法第13条第1項第1号は、被相続人の債務で、相続開始の際現に存するものの金額のうち、その者の負担に属する部分の金額とする旨規定し、同法第14条第1項は、前条の規定によりその控除すべき債務は、確実と認められるものに限る旨規定している。
 したがって、相続税法上、債務として控除するためには、〔1〕相続開始の際に現に存する被相続人の債務であり、かつ、〔2〕確実と認められる債務であること、の二つの要件が必要であることとなることから、贈与債務がこの要件を充たすためには、相続開始の時までにその贈与債務の基礎となる贈与契約が成立しており、かつ、相続開始の時に債務者につきその債務の履行が義務づけられている未履行の贈与債務であることが必要である。
(ハ)本件金員が、上記(ロ)で述べた控除すべき債務に該当するかどうかについて検討した結果、以下のとおりである。
A 平成8年9月11日付で作成された本件贈与証甲により、贈与契約が成立したといえるか否かについては、贈与も契約の一形態であり、贈与者と受贈者との意見の合致により成立するものであるが、上記(イ)のB、G、H及びIのとおり、〔1〕本件贈与証甲は、被相続人がbらに「現金を贈与することを約束いたします。」との文言になっていること、〔2〕本件贈与証甲の原本は、その作成から現在までh弁護士が保管していること、〔3〕t弁護士及びbは、本件贈与証甲の存在及び内容について、いずれも相続開始後の平成9年2月5日に認識したものである旨申し述べていることなどからみると、相続開始の時までに本件贈与証甲に基づく被相続人からの贈与の申込みにつき受贈者の贈与の受諾の意思があったとは認められないことから、本件贈与証甲により贈与契約が成立したとみることはできない。
B さらに、相続開始の時までに口頭による贈与契約が成立していたか否かについては、上記(イ)で述べた事実からみると、被相続人とbとの間で現金贈与をめぐり交渉過程にあった事実は認められるものの、相続開始の時において、本件金員についての具体的な受贈金額や受贈方法などについては合意に至っておらず、贈与契約が成立したのは、その当事者が本件合意書に署名押印した平成9年2月5日であると認められる。
C 以上の点から、本件において、相続開始の時に本件金員の支払の基礎となる贈与契約が成立したとはいえず、本件金員の支払債務も存在していなかったこととなり、上記(ロ)の要件を欠くこととなるので、請求人が本件贈与証甲に基づき本件金員の支払をしたことをもって、その支出を相続税法上、控除すべき債務に該当するものと認めることはできない。
 よって、請求人が被相続人の贈与債務を履行したと主張する金員は、請求人とbらとの間で相続開始後に成立した贈与契約を履行したものである。
(ニ)上記(1)のイの(イ)ないし(ハ)の請求人の主張に関しては、次のとおり、いずれの主張にも理由がない。
A bらが贈与受諾の意思表示を行ったとは認められず、また、以後の交渉が貸借金額部分だけであったという事実は認められない。
B 税負担等を検討しているということが、贈与受諾の意思表示とはならない。
C fら及びgらが、被相続人の贈与の意思表示を認識していることが、bらの贈与の受諾の意思表示とはならない。
ロ 過少申告加算税の賦課決定処分について
 国税通則法(以下「通則法」という。)第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないので、同条第1項の規定に基づいて行われた賦課決定処分は適法である。

トップに戻る

3 判断

(1)更正処分について

 本件金員が、被相続人の債務として、本件相続開始の際に現に存する確実な債務であったか否かについて争いがあるので、以下審理する。
イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ)本件金員が支払われるに至った経緯として、被相続人が家督相続した相続財産に対するbからの分与の請求に端を発し、〔1〕被相続人がbの居住しているM市N4丁目3番35号の借家の家賃を過去から継続して負担してきたこと、〔2〕Q市R町2丁目2151番地1の建物、通称Tクラブ内にあるb及びcの所有物等の処分に関して係争が続いていたことから、被相続人としては、上記2点の清算の意味も含め、本件金員の支払により、b及びcとの諸問題の一切を断ち切ろうという考えがあった。
(ロ)上記(イ)の事情から本件合意書等が作成されるに至った経緯は、大要以下のとおりである。
A 平成7年7月13日及び同月14日に、t弁護士が、f及び被相続人あてに、被相続人が家督相続した財産のbらへの分与について協議したい旨を文書により通知したこと。
B 平成8年4月19日に、上記Aに基づく協議を経た後、t弁護士が被相続人あてに財産の分与につき、具体的回答を求める旨を文書により通知したこと。
C 平成8年8月19日に、上記Bの文書を受けて、h弁護士は請求人あてに、「b氏からの財産分与請求の件」と題して、〔1〕t弁護士に対し、受贈者を1名とすれば多額の贈与税が賦課されるので、受贈者の数を増やせば贈与税の節税になるため受贈者の数について検討依頼をしたところ、〔2〕t弁護士は早急に協議する旨応じた面談結果を書面で報告したこと。
D 平成8年8月25日に、請求人は、h弁護士及びfと協議して、被相続人からの生前贈与に関して、受贈者をc、贈与額を現金で100,000,000円とする内容を盛り込んだ財産一部処分案について、被相続人の推定相続人として同意するとして、当該処分案の書面に署名押印していること。
E 平成8年9月11日に、本件贈与証甲が作成されたこと。
F 平成8年9月18日に、h弁護士は請求人あてに、「b氏に対する財産分与請求の件」と題して、〔1〕t弁護士から受贈額は手取額80,000,000円、支払は合意時に50,000,000円、bの現住居の明渡時に30,000,000円でもよい旨の回答があったこと、〔2〕これに対し、贈与額は100,000,000円(税引後4人で56,920,000円)が限度である旨回答したことなどを内容とするt弁護士との面談結果を文書により通知したこと。
G 平成8年11月1日に、h弁護士は請求人あてに、「b氏に対する財産分与請求の件」と題して、〔1〕t弁護士から贈与額が100,000,000円というなら、その税引後の額に貸借金を上積みして手取額が80,000,000円にならないかとの申出があったこと、〔2〕これに対し、80,000,000円はむずかしいが、円満解決のために贈与額100,000,000円に貸借金として10,000,000円を貸し付けるよう関係者を説得してみる旨回答したことなどを内容とするt弁護士との面談結果を文書により通知したこと。
H 平成8年11月7日に、h弁護士はt弁護士あてに、〔1〕4人で100,000,000円プラス10,000,000円がギリギリの額で関係者を説得中である旨、〔2〕当該解決案で合意に至らなかった場合には白紙撤回する旨を内容とする文書を通知したこと。
I 平成9年1月7日に、h弁護士は、b及びc両氏の件については、昨年中に調印する予定でt弁護士と話し合っていたが、暮れの30日になって、t弁護士より「お金だと使ってなくなってしまうので、金ではなくて土地が欲しい」旨c氏が言い出したことから、今さら土地といわれても困ると回答し、t弁護士も家族を説得してみるということで調印が遅れていることを報告する請求人あての書面を作成したこと。
J 平成9年1月16日に、t弁護士はh弁護士あてに、bらに対し、手取額が80,000,000円と伝わってしまった関係上、節税対策として現金支払方法につき、会社からの寄付金とすることにつき検討を依頼する旨を連絡したこと。
K 平成9年2月5日に本件合意書が作成されたが、内容は、大要以下のとおりであること。
(第1条)請求人は、被相続人の平成8年9月11日付現金贈与証に基づき、b、c、e、dらに対する各金25,000,000円ずつの贈与義務を相続承継したことを確認し、これをeに本年1月30日に支払い、b、c、dらには本年1月31日に支払をし、各受贈者らはそれぞれ金員を受領した。
(第2条)請求人は、bに対し、金16,000,000円を貸し付けるものとし、これを1997年12月末日までと1998年12月末日までの2回に分けてb代理人t弁護士を通じて貸し渡す。
(第7条)請求人とb、cは、以後、双方間においては、本書に記載した事項以外にはお互いに何らの債権債務もないことを確認する。
(第8条)b、c及びその家族は、被相続人の他の関係者らに対し、以後、いかなる理由があったとしても身分上又は財産上の請求は一切しないものとする。
L 上記Kの同日に本件覚書が作成されたが、その中で、本件合意書第2条の貸付金については、bにおいて返済余裕なしと判断した場合は、返済義務を免れるものであるとの記載がある。
(ハ)原処分調査の際、bは、以下のとおり申述していること。
A 本件合意書等が取り交わされた際に、bらに対し、各人名義の普通預金通帳が手渡され、また、領収書については、bが4名分を署名押印するとともに、あらかじめ請求人側で作成してあったbらの平成8年分贈与税の申告書にも押印した。
B 本件贈与証甲の存在について、平成9年2月5日に初めて知らされるとともに、同日、その写しをもらった。
ロ j社の元常務取締役のy及び社員のzの当審判所に対する答述によれば、本件贈与証甲及び乙については、f氏から作成の依頼があったので作成したもので、確定日付を付したのは、〔1〕書類を遡って作成したとの疑義が生じないよう、被相続人の意思を確認するため、及び〔2〕被相続人が亡くなってから、相続人を含め疑義の申立てが発生しないようにするためであったこと。
ハ ところで、本件金員の支払の起因となった贈与及び相続税の課税価格の計算上、取得財産の価額から控除すべき債務については、次のように解されている。
(イ)民法第549条によれば、贈与とは、当事者の一方が、自己の財産を無償で相手方に与える旨の意思を表示し、相手方がこれを受諾することによって成立する契約であると規定されており、贈与による財産取得の時期は、書面によるものについては、その契約の効力の発生した時、書面によらないものについては、その履行の時と解されている。
(ロ)また、課税価格に算入すべき金額から控除すべき債務は、相続税法第13条第1項第1号において、被相続人の債務で相続開始の際現に存するもので、相続又は遺贈により財産を取得した者の負担に属する部分であることを要し、また、相続税法第14条第1項において、確実と認められる債務に限ると規定されている。
 そして、確実と認められる債務というためには、当該債務が成立し、その債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生し、その金額を合理的に算定することができるものであることが必要である。
ニ そこで、上記1の(3)の基礎事実及び上記イの認定事実等を基に、本件についてみると、次のとおりである。
(イ)贈与とは、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える旨の意思を表示し、相手方がこれを受諾することによって成立する契約であると民法上規定されているところ、〔1〕本件贈与証甲については、被相続人がbらに「現金を贈与することを約束いたします。」との文言になっており、贈与者の記名押印はあるものの、受贈者の署名押印はないこと、〔2〕本件贈与証甲作成以後においても、贈与する金額について、両弁護士間で協議及び交渉が続けられ、上記イの(イ)における財産の分与に係る諸問題について最終的に合意に至ったのは本件合意書等の取り交わされた平成9年2月5日であること、〔3〕上記イの(ロ)のHによると、本件贈与証甲の作成以後の両弁護士間の協議及び交渉の過程において、解決案が合意に至らなかった場合には、白紙撤回もありうる旨のh弁護士側の意向もあったこと、〔4〕上記イの(ハ)のBのとおり、bは、本件贈与証甲の存在及び内容について、いずれも本件相続開始後の平成9年2月5日に認識したものである旨申し述べていることなどからみると、本件相続開始の時までに本件贈与証甲に基づく被相続人からの贈与の申込みに対して、受贈者の贈与受諾の意思表示があったとは認められず、本件相続開始の時までに本件贈与証甲により贈与契約が成立したとみることはできない。
(ロ)さらに、被相続人及びbらの代理人である両弁護士間において、本件金員である100,000,000円を基準として協議及び交渉過程にあった事実は認められるものの、本件相続開始の時において、具体的な受贈金額について合意に至っていたとはいえず、上記(イ)のとおり、贈与契約が成立したのは、本件合意書等により合意が成立した平成9年2月5日であると認められ、これにより、請求人とbらとの間において最終的な清算がなされたものと解するのが相当であるから、本件相続開始の時までに、本件贈与証甲によらずに口頭による贈与契約が成立していたとも認められない。
(ハ)以上の点から、本件相続開始の時に本件金員の基礎となる贈与契約が成立していたとはいえず、本件金員が、被相続人の債務で相続開始の際に現に存するもので、確実な債務であると認めることはできないので、請求人が本件贈与証甲に基づき本件金員の支払をしたことをもって、相続税の課税価格の計算上、控除すべき債務に該当するものと認めることはできない。
(ニ)請求人の以下の主張については、次のとおりである。
A 請求人は、平成8年11月1日までの話合いにおいて、bらは本件金員に受諾の意思表示をしていると認識しており、その上で本件金員のほかに貸借金額の交渉を継続していた旨主張するが、上記イの(ロ)のGのとおり、この時点においても、依然として交渉過程にあることは明らかであるから、平成8年11月1日の時点でbらが受諾の意思表示を示していたとは認められない。
B 請求人は、bが本件金員に対する税負担やその軽減方法等を検討していることからも、本件相続開始時点で本件金員を認識していたものである旨主張するが、bらが交渉の過程で贈与を受けられるだろうと認識し、金額が確定していない段階において、税対策等を検討することは別に不自然なことではなく、依然として交渉過程にあると認められる。
C 請求人は、全く同様な形で金銭贈与を受けたfら及びgらも、被相続人が自分らと同様にbらに本件金員の支払を履行する意思表示をしていたことを認識していた旨主張するが、fは、上記1の(3)のロ及び上記ロによれば、〔1〕被相続人の財産管理を任されていたこと、〔2〕本件贈与証甲ないし丙の作成の提案者であることから、その作成に携わっていたと認められ、被相続人の贈与の意思表示を認識していたことは明らかであり、また、gについても、上記1の(3)のハのとおり、fと同居していたことから、被相続人の贈与の意思表示を認識することは十分可能であったと推認されるが、そのことが直ちにbらが、被相続人の贈与の意思表示を認識し、受諾の意思表示を示していたとは認められない。
 なお、fら及びgらに対する金銭贈与は、両名らが、上記のとおり、〔1〕本件贈与証乙及び丙を作成した時点で被相続人の贈与の意思表示を十分に認識し得たこと、〔2〕同時に受贈の内容になんら異論を唱えてもいないことから、本件贈与証乙及び丙の内容を確認しており、本件相続開始の日以前に金銭贈与のみを内容とする贈与が成立したものと推認されることから、bらに対する贈与とは、内容及び性格ともに同一視することはできない。
D 請求人は、原処分庁の答弁書において、t弁護士の申述として、「本件合意書を取り交わしたときに、受贈者にbの孫e及びdまで入っていることを初めて知った」ということであるが、平成8年8月27日にh弁護士からt弁護士あての書簡及び両弁護士の話合いの中で、受贈者を4人とすることについてt弁護士は十分認識していたもので、申述は事実と相違する旨主張するが、上記イの(ロ)のCのとおり、両弁護士間の交渉過程において、節税のため受贈者を4名とするかどうかという内容は認められるが、bの孫e及びdという具体的な個人名を含めた話合いが行われていたとも認められず、仮に、両弁護士間で上記個人名を含めた話合いが行われていたとしても、そのことが直ちにbらが、被相続人の本件金員を認識し、受諾の意思表示を示していたとは認められない。
E 請求人は、h弁護士としては、bらが以後いかなる理由があったとしても、身分上又は財産上の請求を一切しないものとするための証として、支払完了後の平成9年2月5日に本件合意書等を作成し、両弁護士が署名押印したものであり、これをもって贈与契約が成立したとは認められない旨主張するが、贈与とは、贈与者の贈与の意思表示と受贈者の受諾の意思表示によって成立する契約であるところ、本件金員についてみると、贈与者である被相続人の意思表示は、本件贈与証甲において明らかにされているが、上記イの(ハ)のBのとおり、受贈者であるbらに対して、本件贈与証甲が提示されたのは平成9年2月5日の本件合意書等を取り交わした時点であり、また、本件贈与証甲の作成以後も両弁護士間で本件金員に係る交渉が行われていることからすると、本件贈与証甲の作成時点において、両弁護士が合意に至ったと認めることはできず、本件相続開始の時においても受贈者であるbらが受諾の意思表示を明らかにしていたとは認められない。
F 請求人は、実質課税の原則に照らし、本件金員は、相続税法第13条第1項及び同法第14条第1項に規定する被相続人の確実な債務である旨主張するが、上記で述べたとおり、本件相続開始の時までに本件金員に係る贈与契約が成立したとは認められず、本件金員の支払債務が具体的に確定していたとは認められないことから、本件金員は、相続税の課税価格の計算上、相続開始の際に現に存する確実な債務には該当しないものというべきである。
 よって、相続財産から未確定な債務を控除しないことは、何ら実質課税の原則に反するものではない。
 以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、本件金員は、本件相続開始の際に現に存する確実な債務には該当しないものとしてなされた更正処分は適法である。

(2)過少申告加算税の賦課決定処分について

 上記(1)のとおり、更正処分は適法であり、これにより納付すべき税額の計算の基礎となった事実が、更正処分前の税額の基礎とされていなかったことについて、通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないので、同条第1項の規定に基づいて行われた賦課決定処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された資料によっても、これを不相当とする理由は認められない。

トップに戻る