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(平13.12.12裁決、裁決事例集No.62 161頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、生命保険契約の解約に伴う一時金に係る一時所得の金額の計算上、過去に退職所得として課税された当該生命保険契約に係る権利を評価した価額と支払った保険料との差額が、所得税法第34条《一時所得》第2項に規定する「収入を得るために支出した金額」とされるか否かを争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯

 別表のとおり。

(3)基礎事実

 以下の事実は、審査請求人(以下「請求人」という。)及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人が役員をしていたH株式会社(以下「H社」という。)は、K相互会社(以下「K社」という。)との間で次表の内容のとおりの生命保険契約(以下「本件生命保険契約」という。)を締結し、本件生命保険契約に係る保険料(以下「本件保険料」という。)を支払った。

 なお、本件生命保険契約は、所得税法施行令第183《生命保険契約等に基づく年金に係る雑所得の金額の計算上控除する保険料等》第3項に規定する生命保険契約等に該当する。
ロ H社は、請求人が平成9年5月14日に役員を退任したことから、同年6月25日に本件生命保険契約の保険契約者及び保険金受取人を次表のとおり変更することにより、同年7月1日に本件生命保険契約に関する権利を役員退職金及び役員退職慰労金の一部として請求人に付与した。

ハ H社は、請求人の役員退職金及び役員退職慰労金の総額を95,830,000円と決定し、そのうち本件生命保険契約に関する権利を請求人の退職時において本件保険契約を解除したとした場合に支払われることとなる解約返戻金の額と配当金の額の合計額(以下「本件退職時解約返戻金相当額」という。)に相当する額の37,758,702円と評価し、残額の58,071,298円を現金で支払った。
ニ H社は、請求人の退職所得の金額については、現金で支払った額に本件退職時解約返戻金相当額を合わせた総額95,830,000円で計算している。
ホ その後、請求人は、平成11年1月6日付で本件生命保険契約を解約し、解約返戻金39,100,698円及び配当金643,967円の合計額(以下「本件解約返戻金」という。)39,744,665円をK社より受け取った。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 一時所得の金額の計算について
(イ)一時所得の金額の計算については、所得税法第34条第2項において、その年中の一時所得に係る総収入金額から収入を得るために支出した金額の合計額を控除して計算する旨規定されている。
 そして、所得税法施行令第183条第2項第2号において、保険料又は掛金の総額(以下「保険料総額」という。)は一時所得の金額の計算上支出した金額に算入する旨規定されている。
 したがって、これらの規定によって支出した金額には、その生命保険契約等に係る保険料総額が含まれるが、一時所得の金額は、一時所得の総収入金額からその収入を得るために支出した金額の合計額を控除するのであるから、当該生命保険契約等に係る保険料総額に限られるものではない。
(ロ)〔1〕退職金を不動産やゴルフ会員権で受領しそれを売却した場合、その所得金額の算定においては退職金として受領したと評価された価額を取得価額とすることになること、〔2〕一時払保険料等を借入金により支払った場合の借入金利息も当該一時払保険料等と「ひも付き」を条件に収入を得るために支出した金額に含まれると解されていることからも、所得税法第34条第2項に規定する「収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)」とは、請求人が退職金の一部として受領した本件退職時解約返戻金相当額そのものである。
(ハ) 後記(2)のイの(イ)及び(ロ)において原処分庁が主張するように、本件保険料のみが収入を得るために支出した金額であるとすると、既に退職金として課税された本件退職時解約返戻金相当額37,758,702円と本件保険料の金額30,000,000円との差額(以下、「本件金員」という。)7,758,702円が収入を得るために支出した金額に含まれなくなり、所得税法の中での二重課税となる。
 そうすると、例えば、生命保険契約の解約の時期が退職直後の場合、一時所得の税額を支払う分退職金の税引き手取額が少なくなる。つまり、退職金を現金で受領した場合と、今回のように生命保険契約の権利の変更で受領した場合とで結果的に退職金の税引き手取額に差異が生じることとなり不合理である。
ロ 一時所得の金額について
 総所得金額に算入される一時所得の金額は、別表の「更正の請求」欄の「一時所得の金額」欄のとおり、742,981円である。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 一時所得の金額の計算について
(イ)請求人は、上記1の(3)の基礎事実のロのとおり、保険契約者及び保険金受取人の名義を変更することにより、本件生命保険契約に関する権利を譲り受けているが、このことは、本件生命保険契約の内容を基本的に変更したものとはいえない。
 すなわち、保険契約者及び保険金受取人の名義の変更は、新たな生命保険契約の締結に当たらないから、請求人は、本件生命保険契約上の権利義務をH社から承継したにすぎない。
 一方、所得税法第34条第2項は、一時所得の金額は総収入金額からその収入を得るために支出した金額の合計額を控除し、その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額である旨規定し、また、同法施行令第183条第2項第2号は、生命保険契約等に係る保険料総額はその年分の一時所得の金額の計算上支出した金額に算入する旨規定している。
 このように、請求人が本件生命保険契約上の権利義務を承継したにすぎない以上、本件解約返戻金を得るために支出した金額は、H社が支払った本件保険料の金額のみであるから、本件金員は当該支出した金額には含まれない。
 よって、生命保険契約等に基づく一時金に係る一時所得の金額の計算上収入を得るために支出した金額は、当該生命保険契約に係る保険料総額に限られるものではないとの請求人の主張には理由がない。
(ロ)請求人は、一時払保険料等を借入金により支払った場合の借入金利息も当該一時払保険料等と「ひも付き」を条件に収入を得るために支出した金額に含まれると解されていると主張するが、それは「ひも付き」の借入金利息の金額は所得税法第34条第2項に規定する収入を得るために支出した金額に該当すると解されているからである。
 しかし、上記(イ)のとおり本件金員は所得税法第34条第2項に規定する収入を得るために支出した金額ではないから、この借入金利息と同様に取り扱うことはできない。
(ハ)請求人は、上記1の(3)の基礎事実のハのとおり、H社の役員を退任した時において、本件生命保険契約に関する権利を退職金の一部として受領したことが認められるが、退職所得の金額の計算は、所得税法第30条《退職所得》第2項の規定を適用して行われたものであり、支給された現金及び本件生命保険契約に関する権利の経済的利益の累積額を収入金額としたものである。
 すなわち、退職所得の金額の計算に当たって、その経済的利益の累積額を評価する方法として本件退職時解約返戻金相当額を使用しただけであり、退職時における本件生命保険契約の解約返戻金そのものを退職所得の金額の計算上収入金額としたものではないことから、退職所得と一時所得の二重課税になるとの請求人の主張には理由がない。
ロ 一時所得の金額について
 請求人は、上記1の(3)の基礎事実のホのとおり、平成11年1月6日付でK社から本件解約返戻金を受領している。
 本件解約返戻金は、上記イのとおり、所得税法第34条及び同法施行令第183条第2項第1号の規定により一時所得に係る総収入金額に該当する。
 一時所得の金額は、次の(イ)の一時所得に係る総収入金額から(ロ)の収入を得るために支出した金額及び(ハ)の特別控除額を控除した金額9,244,665円である。
(イ)一時所得に係る総収入金額
 一時所得に係る総収入金額は、請求人がK社から受領した本件解約返戻金39,744,665円である。
(ロ)収入を得るために支出した金額
 収入を得るために支出した金額は、上記イの(イ)及び(ロ)のとおり、保険料総額のみとなることから、H社がK社に支払った本件保険料の金額30,000,000円である。
(ハ)特別控除額
 500,000円である。
 なお、総所得金額に算入される一時所得の金額は、所得税法第22条《課税標準》第2項第2号の規定により、上記一時所得の金額9,244,665円の2分の1に相当する金額となるから、別表の「修正申告」欄の「一時所得の金額」欄のとおり4,622,332円である。

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3 判断

 本件審査請求の争点は、本件解約返戻金に係る一時所得の金額の計算上、本件保険料のほかに本件金員が、収入を得るために支出した金額に含まれるか否かにあるので、以下審理する。

(1)一時所得の金額の計算について

イ 一時所得の金額の計算について、所得税法第34条第2項は、「一時所得の金額は、その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し、その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額とする」と規定している。
ロ 生命保険契約等に基づく一時金に係る一時所得の金額の計算について、所得税法施行令第183条第2項第1号は「生命保険契約等に基づき分配を受ける剰余金又は割戻しを受ける割戻金の額で、当該一時金とともに又は当該一時金の支払を受けた後に支払を受けるものは、その年分の一時所得に係る総収入金額に算入する」と規定し、同項第2号は「当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金の総額は、その年分の一時所得の金額の計算上、支出した金額に算入する」と規定している。
ハ ところで、所得税法第34条第2項と同法施行令第183条第2項の関係については、同項は、生命保険契約等に基づく一時金に係る一時所得の金額の計算方法を完結的・網羅的に規定したものではなく、同項第2号は、生命保険契約等に基づく一時金に係る一時所得の金額の計算上、保険料総額のみしか控除できない旨を規定した特例規定ではないものと解され、当該一時金に係る一時所得の金額の計算に当たっては、保険料総額以外に所得税法第34条第2項に規定する収入を得るために支出した金額がある場合には、その支出した金額を一時所得に係る総収入金額から控除できるものと解される。
ニ 請求人は、本件解約返戻金に係る一時所得の金額の計算上収入を得るために支出した金額は、本件保険料に限られるものではなく、本件保険料のほかに本件金員が含まれる旨主張し、一方、原処分庁は、本件金員は収入を得るために支出した金額に該当せず、本件解約返戻金に係る一時所得の金額の計算上収入を得るために支出した金額は、本件保険料に限られる旨主張する。
(イ)そこで、まず、本件保険料が本件解約返戻金に係る一時所得の金額の計算上、所得税法施行令第183条第2項第2号に規定する保険料総額に含まれるかどうかについて検討する。
A 一般に、使用者が契約者として保険料を払い込んだ生命保険契約等について、その生命保険契約等の契約者又は保険金受取人の名義を使用人等に変更することは、使用者が使用人等に対し、その保険契約上の契約者又は保険金受取人たる地位、すなわちその権利を付与することにほかならず、この権利は使用者が保険会社に対し保険料を支払ったことによって成立しているものであるから、権利の付与は、保険料の額を使用者から使用人等が引き継いだとみることができる。
B そうすると、使用人等が使用者から保険契約上の権利を取得した場合には、生命保険契約等に基づく一時金の支払を受ける者以外の者が支払った保険料であっても、所得税法施行令第183条第2項第2号に規定する保険料総額に含まれるものと解される。所得税基本通達34−4《生命保険契約等に基づく一時金又は損害保険契約等に基づく満期返戻金等に係る所得金額の計算上控除する保険料等》の定めは、この趣旨を明らかにしたものと認められる。
(ロ)一方、本件金員は、所得税法施行令第183条第2項第2号に規定する保険料総額とは認められないから、同号に規定する支出した金額には含まれないことになる。
 そこで次に、本件金員が、所得税法第34条第2項の規定により一時所得の金額の計算上収入を得るために支出した金額に含まれるか否かについて検討する。
A 所得税法第34条第2項が「収入を得るために支出した金額」について、「その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額」としているのは、一時所得に係る収入に関連して、あるいは収入があったことに基づいて支出されるようなものは収入を得るために支出した金額とするものであると解されるところ、このことは、収入から支出を差し引いた純所得に課税するという所得税の本旨からすれば、条理上当然であると考えられる。
B ところで、上記(イ)のとおり使用者が使用人等に使用者契約の生命保険の契約上の権利を付与した場合は、使用人等は保険料の額を使用者から引き継いだことになるのであるが、本件の場合、使用人等は、その権利を取得したことにより、上記1の(3)の基礎事実のイ及びハのとおり、本件退職時解約返戻金相当額から本件保険料を差し引いた本件金員相当額の経済的利益が発生している。
C この場合において、使用人等が使用者から引き継いだ生命保険契約上の権利の額は、保険料の総額ではなく、その支給時において生命保険契約等を解除したとした場合に支払われることとなる解約返戻金で評価することになると解され、そのことは、当該解約返戻金の額で権利を取得したものとみることができる。
D すなわち、本件の場合、上記1の(3)の基礎事実のロのとおり退職金の一部として保険契約者及び保険金受取人の名義が変更されたことにより、請求人は、本件生命保険契約に係る保険契約上の権利を取得し、上記1の(3)の基礎事実のハ及びニのとおり本件金員を含む本件退職時解約返戻金相当額をもって退職所得としての課税を受け、その後、上記1の(3)の基礎事実のホのとおり本件生命保険契約を解約して本件解約返戻金を受け取っていることが認められる。
E そうすると、一時所得の金額の計算上控除する金額については、一般には保険料の額と解するのが相当であるとしても、本件においては、本件退職時解約返戻金相当額が保険料総額を上回っており、本件金員を含めて退職所得課税の対象となっていることから、本件金員は、所得税法第34条第2項に規定する一時所得の金額の計算上収入を得るために支出した金額に含まれると解するのが相当である。
(ハ)以上のとおり、本件解約返戻金に対する一時所得の金額の計算に当たり、本件解約返戻金から本件保険料及び本件金員を控除するのが相当であるから、請求人の主張する一時所得と譲渡所得の計算の整合性及び所得税法上の二重課税に関する主張については、判断するまでもない。
 したがって、更正すべき理由がない旨の通知処分はその全部を取り消すべきである。

(2)一時所得の金額について

 上記のとおり、更正すべき理由がない旨の通知処分はその全部を取り消すべきであるから、総所得金額に算入される一時所得の金額は、別表の「更正の請求」欄の「一時所得の金額」欄のとおりとなる。

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