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(平13.12.18裁決、裁決事例集No.62 227頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、介護専用型有料老人ホームを営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、入居者から預かった入居一時金の収益計上時期がいつであるかを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成9年6月1日から平成10年5月31日まで、平成10年6月1日から平成11年5月31日まで及び平成11年6月1日から平成12年5月31日までの各事業年度(以下、順次「平成10年5月期」、「平成11年5月期」及び「平成12年5月期」といい、これらの事業年度を併せて「本件各事業年度」という。)の法人税について、青色の確定申告書に所得金額等を下記ロの表の「申告」欄のとおり記載していずれも法定申告期限までに申告した。
ロ 原処分庁は、これに対し、平成12年12月26日付で本件各事業年度の所得金額等を次表の「更正処分等」欄のとおりとする各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び平成12年5月期についての過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。

ハ 請求人は、これらの処分を不服として、平成13年2月20日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、老人ホームを経営する目的で、平成7年11月20日に設立された法人であり、P県Q市R町九丁目16番2号において「C」の名称で介護専用型有料老人ホーム(以下「本件施設」という。)として、平成9年10月に入居者の募集を開始し、現在に至っている。
ロ 本件施設に入居する者(以下「本件入居者」という。)は、入居時に請求人との間で入居契約(以下「本件入居契約」といい、当該契約に係る書面を「本件入居契約書」という。)を締結し、当該入居契約に基づき、請求人に対し、入居費用として、契約締結時に入居一時金(以下「本件入居一時金」という。)を、入居時に保証金を支払うほか、毎月末までに翌月分の月額利用料を支払っている。
ハ 本件入居契約書によると、本件入居一時金の返還に関し、次のように定められている。
(イ)信頼関係が著しく害されたことに基づく請求人からの契約解除の通告若しくは本件入居者からの契約解除届の提出によりこの契約が解除され予告期間が満了したとき、又は、本件入居者の死亡によりこの契約が終了したときは、その期間の契約満了又は契約終了の時に、請求人の本件入居一時金についての返還義務が免除される。
(ロ)本件入居者が法定伝染病により隔離される場合、その他本件入居者の責めに帰さない事由によりこの契約が解除されたとき、又は、請求人の都合によりこの契約を解除し、本件入居者が退去したときは、請求人は本件入居一時金を全額返還する。
ニ 請求人は、次表のとおり、本件各事業年度において預かった本件入居一時金のうち、当該各事業年度において本件入居契約が満了又は終了したことにより入居一時金収入勘定に振り替えた金額を除き、期末残高を預かり入居一時金勘定に計上し、当該残高のうち預かり事業年度後に本件入居契約が満了又は終了した場合に、当該満了又は終了した事業年度において当該入居者から預かった本件入居一時金の額を預かり入居一時金勘定から入居一時金収入勘定に振り替え、同額を益金の額に算入している。

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2 主張

(1)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、本件審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 本件各更正処分について
 本件入居一時金は、次のとおり、本件入居者が請求人の経営する本件施設に入居した時点において返還を要しないことが確定するものであるから、本件入居者の入居した日の属する事業年度の益金の額に算入すべきものである。
(イ)本件入居契約書には、〔1〕本件入居者の契約違反により契約が解除されたことによる契約満了の場合、〔2〕本件入居者の任意により契約が解除されたことによる契約満了の場合、又は〔3〕本件入居者の死亡による契約終了の場合のいずれの場合においても、請求人は本件入居一時金の返還義務を免除される旨定められている。
(ロ)また、本件入居契約書には、本件入居契約が満了又は終了したときにおいて、本件入居者が請求人に対して負債がある場合には、請求人が預かっている保証金と相殺し、それでも負債の残高があるときには、本件入居者の連帯保証人が当該負債を請求人に支払う旨定められており、当該条項には、本件入居者の請求人に対する負債を本件入居一時金と相殺する旨の定めはない。
 このことからみても、本件入居者が本件施設に入居した時点において、請求人には本件入居一時金の返還義務はなく、本件入居一時金の返還不要が確定していると認められる。
(ハ)以上のとおり、当事者の合意に基づき締結された本件入居契約書の条項によれば、請求人が本件入居者から預かった本件入居一時金は、本件入居者が本件施設に入居した日において返還を要しないことが確定しているものと認められ、確定収入となることから、当該入居日の属する事業年度の益金の額に算入すべきものである。
(ニ)なお、本件入居契約書には、本件入居者の責めに帰さない事由による契約解除の場合又は請求人の都合による契約解除の場合には、請求人は、本件入居一時金を全額返還する旨定められているが、これは、当該各事由が発生した時に初めて請求人に本件入居一時金の返還義務が生じるものであり、本件入居者が本件施設に入居した時点で発生しているものではないから、この条項は、本件入居一時金の収益の計上時期に影響を与えるものではない。
 仮に、当該各事由が発生して本件入居契約が解除され、請求人に本件入居一時金の返還義務が生じた場合、当該返還義務により返還される本件入居一時金に相当する金額は、当該各事由の生じた日の属する事業年度の損金の額に算入すれば足りるのであるから、当該条項が本件入居一時金の収益の計上時期に何ら影響を与えるものではないことは明らかである。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件各更正処分はいずれも適法であり、請求人の場合、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があると認められる場合には該当しないから、本件賦課決定処分は適法である。

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(2)請求人

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件各更正処分について
(イ)原処分は、本件入居契約書の解釈を誤り、本件入居一時金の収益計上時期を恣意的に繰り上げて益金の額に算入した違法なものである。
(ロ)本件入居契約書には、入居者の責めに帰さない事由により契約が解除されたときは、本件入居一時金は常に返還すべきものとされており、入居者の責めに帰さない事由は、本件入居者が、入居時から契約終了時までの間、常に存在しているものである。このことからすれば、請求人には本件入居契約終了又は解除までの間、常に本件入居一時金の返還義務が存在しているのであり、一定の要件が生じた時に初めて返還義務が免除されるというのが、当事者間の真正な合意内容である。
(ハ)本件入居契約書に定める「入居者の責に帰さない事由」とは、当該契約書に記載されている「入居者が法定伝染病により隔離される場合」のほか、入居時には正常な意思能力を持っていた入居者が、その後痴呆等が進行して痴呆性の暴力行為に及び、他の入居者に危害を加えたり、施設の器物を損壊するなど、本件施設の運営に支障を来すような場合が想定される。このような場合は、入居者に責任能力がなく、入居者の責めに帰さない事由に該当することから、入居一時金を返還して退去を求めることになる。
(ニ)上記のような入居者の責めに帰さない事由は、本件入居者の各人について、入居時から契約終了時までの間、常に存在しているのであって、これを新たな事由の発生によって生ずるものとする原処分庁の主張は、「とらんかな」の国庫主義的発想による契約条項の恣意的な解釈によるものであり、到底正常な文言解釈ということはできない。
(ホ)このような当事者の合意を一方的に否認して、契約書文言の恣意的な解釈に基づく課税処分が許されるとしたら、民事法上の私的自治の大原則は、常に課税庁の恣意的な解釈によって危険にさらされることになり、租税の基本となる租税法律主義の予測可能性、法的安定性の要請に反するものとして排斥されなければならない。
(ヘ)また、本件入居一時金は、返還される場合を除き、いずれは益金の額に算入されることになり、最終的に課税を逃れる可能性はなく、本件入居契約終了時等において益金の額に算入する方法は、入居者にとっても請求人にとってもメリットが多いことから、相当な会計処理である。
(ト)なお、原処分庁は、入居者が請求人に対して負債を有している場合に、本件入居一時金が相殺の対象になっていないことをもって、本件入居一時金の収益計上時期が入居時であるとする根拠としているが、本件入居一時金は契約満了又は終了の時に返還義務が免除され、その時点で本件入居者の本件入居一時金の返還請求権は消滅していることから、そこから残債務を相殺することはできないのであって、原処分庁の主張には理由がない。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件各更正処分は違法であるから、本件賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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3 判断

(1)本件各更正処分について

イ 本件入居一時金の性質について
(イ)請求人の提出資料及び請求人代表者の答述並びに当審判所の調査の結果によれば、本件入居一時金は、入居者が負担する月額利用料では賄いきれない、本件施設の維持管理費用及び運営費用の一部に充当することを目的として、請求人が契約締結時に本件入居者から一括して収受する金銭であり、本件入居者が終身にわたって介護を受けるための権利を得るために授受されるものであることが認められる。
(ロ)そして、本件入居一時金は、入居時に別途収受する保証金と異なり、将来発生する入居者の債務を担保する性質のものではなく、請求人において特定保管しておく義務を負うものでもない。
(ハ)当審判所の調査の結果によっても、請求人は、本件入居一時金を本件施設の運転資金に充てていたことが認められ、このことは、請求人が本件入居一時金を収受すると同時に自己の所有として自由に利用処分することができるものと認識していたと認められるものである。
ロ 本件入居一時金の返還義務の発生について
(イ)本件入居一時金の返還義務は、上記1の(3)のハの(ロ)のとおり、本件入居者の責めに帰さない事由あるいは請求人の都合により本件入居契約が解除された場合に生ずるものであり、その限りにおいて、当該各事由が生じることなく、上記1の(3)のハの(イ)のとおり、本件入居契約が満了又は終了するまでは、請求人が本件入居一時金を最終的に取得し得ることが確定したということはできない。
(ロ)しかしながら、本件入居者に当該各事由が起こり得るとしても、請求人の意向によらないところの本件入居者の責めに帰さない事由が実際に起こり得るか否かは入居時においては全く不確定なものであり、本件入居者の責めに帰さない事由により請求人が収受している本件入居一時金の利益を失うに至るというのは単なる抽象的・未必的可能性であるにすぎないと認められる。
(ハ)そうすると、本件入居一時金の返還義務が生ずる場合があることは認められるものの、少なくとも請求人が本件入居契約上の債務を履行する限りは、本件入居契約が満了又は終了するかを問わず、本件入居一時金の返還義務を免除されるものであるから、請求人は、本件入居契約を締結し、本件入居一時金を収受したときにおいて、当該入居一時金相当額の金員を有効に取得し、経済的利益を得るものと認められる。
(ニ)なお、請求人が主張するように、請求人に返還義務が発生する事由が、本件入居者の各人について、入居時から契約終了時までの間、常に存在しているという性質のものであるとはいえず、当該各事由が発生した場合には、新たに発生した債務として、その発生した日の属する事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入することができるのであるから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ハ 以上のことから、請求人が本件入居契約に基づいて本件入居一時金を本件入居者から収受した時点において、請求人は、当該入居一時金を自己の所有として自由に利用処分することができ、有効に取得していることから、その取得の最終的確定を待つまでもなく、当該入居一時金については、その収受した日の属する事業年度の益金の額に算入すべきものと認められる。
 そうすると、請求人の本件各事業年度の益金の額に算入すべき金額は、次表のとおりとなり、これに基づいて算出された請求人の本件各事業年度の所得金額、納付すべき税額及び翌期へ繰り越す欠損金額は本件各更正処分の額といずれも同額となるから、本件各更正処分はいずれも適法である。

(2)本件賦課決定処分について

 以上のとおり、本件各更正処分は適法であり、これにより納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件各更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づいて行われた本件賦課決定処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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