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(平13.7.6裁決、裁決事例集No.62 505頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、被相続人の所得税の確定申告書に係る滞納国税を徴収するため原処分庁が行った被相続人所有の不動産に対する差押処分について、相続人である審査請求人Aほか5名(以下「請求人ら」という。)が、当該申告書の無効を理由に、その取消しを求めた事案である。

(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人らの被相続人であるBは、平成7年分の所得税について、確定申告書(分離課税用)(以下「本件確定申告書」という。)に総所得金額を445,325円、分離長期譲渡所得の金額を17,962,000円及び納付すべき税額を4,323,500円と記載して、平成8年3月15日に申告した。
ロ 原処分庁は、本件確定申告書により納付すべき税額及び本件確定申告書に係る延滞税について納付がないため(以下、これらの税額を併せて「本件滞納国税」という。)、平成8年5月9日付で督促処分をした。
ハ 当該督促処分後も本件滞納国税について納付がないため、原処分庁は、平成8年8月28日付でBの所有する山林(Q市R町3198−896)の差押処分(以下「一回目の差押処分」という。)をした。
ニ さらに、原処分庁は、平成12年3月9日付でBの所有する山林(Q市R町3198−895、Q市R町3198−39、Q市R町3198−41、Q市R町3198−43、Q市R町3198−60、Q市R町3198−830)の差押処分(以下「本件差押処分」という。)をした。
ホ Bは、本件差押処分について平成12年4月11日に異議申立てをした。
ヘ Bが平成12年7月4日に死亡したため、請求人らは国税通則法第106条《不服申立人の地位の承継》第3項に規定する不服申立人の地位を承継した旨の届出書を平成12年8月16日に異議審理庁へ提出した。
ト 異議審理庁は、平成12年9月28日付で棄却の異議決定をした。
チ 請求人らは、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成12年10月25日に審査請求をした。
リ なお、請求人らは、Aを総代として選任し、その旨を平成12年10月25日に届け出た。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ Bは、平成8年3月15日に、原処分庁において資産税担当職員(以下「資産税担当職員」という。)に申告相談をした上、本件確定申告書を提出した。
ロ 本件確定申告書の二面の分離課税所得の計算欄には、山林の譲渡(以下「本件譲渡」という。)に係る収入金額が20,000,000円と記載されている。
ハ Bは、本件確定申告書について、国税通則法第23条《更正の請求》第1項に規定する更正の請求をしていない。

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2 主張

(1)請求人

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
 本件確定申告書は、Bが資産税担当職員に言われるままに署名押印し、その内容について納得せずに提出したものであるから無効である。
 したがって、無効な本件確定申告書に係る本件滞納国税を徴収するために行われた本件差押処分は違法である。

(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 申告は、納税義務の成立した租税債権の納付すべき税額を確定させることを目的とする手続であるのに対して、差押処分は、既に確定した租税債権の強制履行を目的とする滞納処分手続の一環であって、両者は、それぞれ別個に独立した法律効果の発生を目的とするものであり、結合して単一の法律効果を生ずるものではない。
 したがって、外形上客観的に一見して看取し得る程度の重大かつ明白な瑕疵が申告自体にあり無効である場合を除き、申告の瑕疵を差押処分の違法の理由とすることはできない。
ロ これを本件確定申告書についてみると、本件確定申告書自体に外形上客観的に一見して看取し得る程度の重大かつ明白な瑕疵があるとは認められないから、本件確定申告書を当然に無効とすべき特段の事由は認められず、本件差押処分が違法な処分であるとはいえない。
 また、本件差押処分は、その手続上の処理においても違法な点はなく、国税徴収法第47条《差押の要件》第1項の規定に基づいて適法に行われている。

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3 判断

 本件審査請求の争点は本件差押処分の違法性の有無にあるので、この点について検討したところ、次のとおりである。

(1)認定事実

 原処分関係資料及び請求人提出資料並びに当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
イ 原処分庁は、一回目の差押処分の不動産だけでは本件滞納国税に充足しないため、本件差押処分をした。
ロ Bは、本件確定申告書を提出した平成8年3月15日から平成10年4月22日までの間、原処分庁所属の徴収担当職員と本件滞納国税の納付について、4回にわたる面談及び2回の電話により相談している。
 なお、その際、売却交渉をしていたR町の山林の売却代金により納付したい旨申述しているが、本件確定申告書の内容について納得していない旨の申述はしていない。
ハ 平成8年3月15日付のBに係る譲渡所得納税相談事績書(以下「本件納税相談事績書」という。)には、次のとおり記載されている。
(イ)ゴルフ場業者と5年ほど前に契約を結んで手付金2千万円をもらったが、計画が頓挫。手付返却を要請されたが返済できず。代物弁済。
(ロ)書類全て焼却したとのこと。全額申立て。
ニ 本件譲渡に際し、Bが平成7年8月21日付でC県知事に提出した国土利用計画法第23条《土地に関する権利の移転又は設定後における利用目的等の届出》第1項に規定する土地売買等届出書の土地に関する予定対価の額の欄には、1,725,600円と記載されている。
ホ 資産税担当職員は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
(イ)Bと確定申告の相談をした記憶はないが、本件納税相談事績書には私の印鑑が押印されており、また、私の文字で記載されているので、私が担当したのだと思う。
(ロ)申告相談では、書類等を持参しない納税者の方に対して、聞き取りで申告額を計算する場合がある。また、高齢者や税法知識に乏しい納税者の場合には、職員が確定申告書の金額欄に記載することもあるが、署名と押印は必ず本人にしてもらっている。
(ハ)聞き取りにより計算した所得金額について納税者から納得できないと申し出があれば、計算内容の説明はするが、確定申告書を提出するか否かの判断は、あくまでも納税者本人に任せている。私自身、過去に申告書の提出を強要したことはない。
ヘ 請求人らの代理人であるDは、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
(イ)本件確定申告書に記載されている住所、氏名及び電話番号だけがB本人の筆跡であり、使用された印鑑は、印影からみてB本人が所持していたものに間違いない。
(ロ)Bは死亡しており、本件確定申告書を提出した当時、Bがその申告書の内容について納得していなかったかどうか不明であり、B本人からそのような話も聞いていない。
 しかし、C県知事に提出した土地売買等届出書の予定対価の額が1,725,600円となっているのに譲渡価額を20,000,000円とする申告がなされているのは、申告相談を担当した職員が、税務の知識に疎い高齢者に対して一方的見解に基づく譲渡所得の計算を行い、十分な説明もせずに署名押印させた結果と考えざるを得ない。

(2)本件確定申告書の効力について

 請求人は、本件確定申告書は、Bが資産税担当職員に言われるままに署名押印し、その内容について納得せずに提出したものであるから無効である旨主張する。
 しかしながら、上記(1)のハの(ロ)の事実並びにホ及びヘの(イ)の答述によれば、資産税担当職員がBの申立てに基づき本件確定申告書に本件譲渡に係る収入金額を記載し、B本人が本件確定申告書に署名押印して提出した事実は認められるものの、資産税担当職員がBの意思に反して本件確定申告書の署名押印及びその提出を強要したとする事実は認められない。
 また、Bは、本件確定申告書の提出当時82歳と高齢ではあったが、上記(1)のロの事実からすると、むしろ本件確定申告書の内容について納得していたと認めるのが相当である。
 なお、確定申告書の記載内容の過誤の是正については、錯誤が客観的に明白かつ重大であって、法が定めた方法以外に是正を許さないならば、納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ、法定の方法によらないで記載内容の錯誤を主張することは許されないと解されているところ、本件確定申告書の記載内容には客観的に明白かつ重大な過誤は認められず、また、仮に、上記1の(3)のロの本件譲渡に係る収入金額が誤っており上記(1)のニの金額が相当であったとしても、上記のとおり、本件確定申告書がBの意思に反して提出を強要されたものであるといった特段の事情も認められないから、その是正は法の定めた方法である更正の請求により行うべきものである。
 したがって、本件確定申告書が無効であるとする請求人の主張には理由がない。

(3)本件差押処分について

 国税徴収法第47条第1項は、滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して10日を経過した日までに完納しないときは、徴収職員は、滞納者の国税につきその財産を差し押さえなければならない旨規定している。
 当審判所の調査したところによれば、原処分庁は、平成8年5月9日付で督促状を発し、その後も本件滞納国税が完納されないため同年8月28日付で一回目の差押処分をし、また、上記(1)のイのとおり、一回目の差押処分の不動産だけでは本件滞納国税に充足しないため平成12年3月9日付で本件差押処分をしているから、本件差押処分は適法に行われていると認められる。
(4)以上のとおりであり、請求人の主張には理由がなく、また、原処分庁が行った本件差押処分は適正に行われていると認められるから、原処分は適法である。
(5)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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