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(平14.5.31裁決、裁決事例集No.63 728頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、弁護士である審査請求人(以下「請求人」という。)が滞納者の任意整理を行うに当たって開設した普通預金の払戻請求権の帰属を主たる争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、P市Q町○○番地○の納税者株式会社F(以下「滞納法人」という。)の別表記載の滞納国税を徴収するため、平成13年4月26日付で、○○信用金庫○○店の「株式会社F代理人弁護士G」名義の普通預金(口座番号○○○、以下、これに係る普通預金口座を「本件預金口座」という。)及び同日までの確定利息の払戻請求権の差押処分(以下「本件差押処分」といい、本件差押処分に係る債権を「本件預金債権」という。)をした。
ロ 請求人は、この処分を不服として平成13年5月8日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、これに対し同年6月26日付で棄却の異議決定をした。
ハ 請求人は、異議決定を経た後の原処分を不服として、平成13年7月26日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 滞納法人は、平成13年4月1日に事実上の倒産状態に陥り、弁護士である請求人に対し同法人の任意整理(以下「本件任意整理」という。)を委任したこと。
ロ 請求人は、本件任意整理の業務を行う目的で、平成13年4月2日、○○信用金庫○○店において本件預金口座を開設したこと。
ハ 滞納法人には、平成13年4月26日現在で、別表に記載のとおり滞納国税があったこと。
ニ 本件預金口座には平成13年4月9日に、H株式会社○○工場生活協同組合(以下「H生協」という。)から1,904,061円が振り込まれていること(以下、当該振込金を「H生協振込金」という。)。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件預金債権の帰属について
 本件預金債権は、次のとおり、請求人に帰属するものであり、これを滞納法人に帰属するものと認定してされた本件差押処分は違法である。
(イ)本件預金口座は、請求人が滞納法人から依頼された本件任意整理の業務を遂行するために、独自の判断で請求人個人の金員100円を供出するとともに、請求人個人の印章を届出印として開設したものである。
(ロ)本件預金口座に係る通帳及び届出印は請求人が共に保管し、その入出金等の管理についてもすべて請求人が自己の判断により行っている。
(ハ)滞納法人は、本件預金口座の開設には一切関与しておらず、同口座の存在自体知らなかった。
(ニ)本件預金口座の名義は、請求人が本件任意整理を行うための弁護士の専用口座という趣旨を対外的に表示する目的で、滞納法人代理人の冠をつけたものであるから、請求人の名義であり、同法人の名義ではない。
(ホ)滞納法人は、従前、○○信用金庫と取引関係になく、本件預金口座の開設時にも、同金庫から同法人の商業登記簿謄本等の提出を求められた事実もなかったことから、同金庫としては、本件預金口座は同法人が開設したものではなく、あくまでも弁護士である請求人個人のものであるとの認識をもっていると考えられる。
ロ 債権譲渡について
 滞納法人は、次のとおり、H生協に対して有していた業務委託料債権を、既に平成12年12月14日付でJ株式会社(以下「J」という。)に譲渡していたのであるから、H生協振込金のうち1,200,000円は、本来、Jに支払われるべきものであり、第三者の債権まで差し押さえた本件差押処分は違法である。
(イ)H生協振込金は、債権譲渡の対抗要件の効力からして本来、Jに支払われるべきであったものを、請求人を経由してJに支払うために、一時的に本件預金口座に入金したものにすぎず、これを滞納法人の資産とみなすことはできない。
 H生協としては、債権譲渡の対抗要件を備えた通知が届いていたから、滞納法人に支払うわけにはいかないが、弁護士である請求人の本件預金口座に入金して同社としての免責を受け、後は利害関係者の間で利害調整をして適切な解決をしてほしいという意思のもと、本件預金口座に入金したものである。
(ロ)H生協は、本件預金口座が請求人の口座であるとの認識で、対抗要件上優先するJに支払うために、同口座に送金したものである。それを受けて請求人は、Jと話し合いをして、Jに1,200,000円を支払うことで合意したものである。
ハ その他
(イ)会社の任意整理において、受任弁護士は任意整理専用の口座を開設して、当該口座において、当該会社の資産の処分代金や売掛金の回収金を保管するのが通常である。弁護士としても、弁護士個人の財産である預金と区別して、受任事務の責任を明確にするために、専用口座を開設するものである。
(ロ)本件差押処分のようなやり方が許されるならば、原処分庁のみならず、一般債権者すべてが任意整理専用の預金口座に差押え・仮差押えをすることが可能となってしまい、結果として受任弁護士としての職務の遂行ができなくなることになる。このことは、社会正義に反することとなり、債権者や国民の信頼を失うことになるものである。

(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件預金債権の帰属について
(イ)本件預金口座は、請求人が滞納法人の債務整理の委任事務を遂行するため、同法人の財産を管理すべく、口座名義に同法人名を付して開設したものである。
(ロ)滞納法人が有する債権を、請求人に譲渡した事実はない。
(ハ)本件預金口座の開設後の平成13年4月9日以降同月26日までの間において、本件預金口座には、滞納法人が債権を有する取引先であるH株式会社ほか5社からの売掛金の入金がある等、専ら滞納法人関連の入金がなされている。
(ニ)以上によれば、本件預金債権の出捐者、すなわち、預金の真の拠出者は滞納法人であると認められることから、本件預金債権は滞納法人に帰属する財産である。
ロ 債権譲渡について
(イ)普通預金は、預金口座を開設する際に、預金者と銀行間で締結された預金契約に基づき、一個の包括的な債権として成立するものであり、振り込まれた金額又は預け入れられた金額が常に既存の残高と合計された包括的な債権として取り扱われるものであり、使用目的に応じて、各別の預金債権が成立するものではないと解される。
(ロ)また、仮に請求人とJとの間で1,200,000円を支払うことを約し、同金額について同社への支払原資にするという使用目的が定められていたとしても、上記(イ)のとおり、普通預金債権は使用目的に応じて、各別の預金債権は成立しないのであり、本件預金債権の帰属者でないJが、直接本件預金口座から同金額を引き出したり、あるいは、払戻しを差し止めたりすることはできない。
(ハ)以上によれば、H生協振込金については、本件預金口座に振り込まれた以上、既存の残高と合計されて一個の包括的な債権として取り扱われることになるから、本件預金債権の全額は滞納法人に帰属するものである。

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3 判断

(1)本件預金債権の帰属について

 本件預金債権が請求人に帰属するのか、滞納法人に帰属するのかについて争いがあるので、以下審理する。
イ 認定事実
 請求人の提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)請求人は、自らが滞納法人の代理人として任意整理に当たることになったので、債務金額を本件預金口座へ送金するよう依頼する旨記載された書面を、平成13年4月2日付で、同法人が債権を有する取引先に対し発信していること。
(ロ)本件預金口座が開設された平成13年4月2日から本件差押処分がされた同月26日までの間の、同口座への入金状況は、次のとおりであること。
A 平成13年4月2日に入金された100円は、請求人が、本件預金口座を新規に開設するために供出したものである。
B 平成13年4月17日に入金された190,833円は、滞納法人の代表者Kが取引先から売掛金を現金で回収してきたものを、請求人が一時保管した後に本件預金口座へ入金したものである。
C 他の入金はすべて、滞納法人の売掛金等が債務者から振り込まれたものである。
D 以上のとおり、上記Aを除いたすべての入金は、滞納法人の有する売掛債権を回収したものであり、専ら滞納法人に関する入金である。
(ハ)上記(ロ)と同期間における本件預金口座からの出金は、平成13年4月26日に出金された525,000円のみであり、これは請求人に対する本件任意整理に係る弁護士報酬の支払で、専ら滞納法人関連の支出に係るものである。
ロ ところで、預金債権の帰属を認定するに当たっては、特段の事情がない限り、出捐者、すなわち、預金に係る資産を現実に拠出した者に預金債権が帰属するとすべきであると解される。
ハ これを本件についてみると、次のとおりである。
(イ)請求人は、上記2の(1)のイの(イ)ないし(ニ)のとおり、本件預金口座は、本件任意整理を行うために、請求人が独自の判断で自ら開設資金を供出し、請求人個人の印章を届出印として請求人名義で開設したものであり、通帳及び届出印の保管並びに入出金等の管理も請求人が行っており、滞納法人は一切関与していないのであるから、本件預金債権は請求人に帰属する旨主張する。
 しかしながら、上記1の(3)のイ及びロ並びに上記イの各事実から判断すると、〔1〕本件預金口座は、滞納法人から委任を受けた請求人が、本件任意整理の業務を遂行するための資金を管理するために開設したものであること、〔2〕本件預金口座の入出金は、滞納法人の売掛債権の回収又は債務の弁済という専ら滞納法人に関するものであること、〔3〕請求人が、本件預金口座に係る通帳及び届出印を保管し、その入出金等の管理をも行っていたのは、請求人にとってこれらの行為が本件任意整理の業務を遂行する上で必要であったからにほかならないこと、〔4〕本件預金口座の名義人は、社会通念上、滞納法人であると解されるところ、当該名義人が請求人であると解する特段の事情が存すると認めるに足る証拠はないこと、〔5〕本件預金口座が、出捐者以外の者に帰属することをうかがわせる特段の事情が存すると認められないこと等を併せ考えると、本件預金口座の預金者は、その出捐者である滞納法人であるというべきであることから、本件預金債権は滞納法人に帰属すると認めるのが相当である。
 なお、請求人が本件預金口座の開設に当たって、請求人個人の金員100円を供出していたとても、それは請求人が委任を受けた任意整理業務を遂行するために立て替えて供出したもので、請求人と滞納法人との間で債権債務関係が生じたことにすぎないというべきであるから、本件預金口座の出捐者が滞納法人であるとの判断に何ら影響を及ぼすものではない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ロ)さらに、請求人は、○○信用金庫○○店が本件預金口座は弁護士である請求人個人のものであるとの認識を有していたと考えられる旨主張する。
 しかしながら、上記ロのとおり、預金債権の帰属の判断に当たっては、実質的な出捐者が誰あるかを重視すべきであるところ、本件預金口座の出捐者は滞納法人であると認められる以上、当該金融機関の認識のいかんには直接左右されないものとみるべきである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。

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(2)債権譲渡について

 H生協振込金のうち、1,200,000円はJに帰属するものであるか否かに争いがあるので、以下審理する。
イ 認定事実
 請求人の提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)滞納法人は、平成12年12月14日に、Jからの借入金の根担保として、Jに対して、H生協に対する平成13年1月分から同年12月分までの売掛金を譲渡したこと。
 また、その際、滞納法人は、H生協あての滞納法人及びJ連名の債権譲渡通知書を交付していること。
(ロ)Jは、平成13年4月3日にH生協に対して、上記(イ)の債権譲渡通知書を内容証明郵便により送付したこと。
(ハ)H生協振込金の金額は、振込み当時滞納法人がH生協に対して有していた売掛金の額と同額であること。
(ニ)平成13年4月26日ころ、滞納法人の代理人である請求人とJの間で、滞納法人がJに対して1,200,000円を支払う旨の和解書案が作成されていること。
ロ 請求人は、滞納法人はH生協に対し有していた債権をJに譲渡しており、H生協振込金のうち1,200,000円はJに帰属するものであるから、第三者の債権まで差し押さえた本件差押処分は違法である旨主張する。
 ところで、預金口座に対する振込金については、預金取引契約に基づいて、金融機関が受取人の預金口座に入金記帳することによって受取人に預金債権が成立するものであるが、振込みが、原因関係を決済するための支払手段である一方で、日常的に大量かつ迅速に行われていることからすると、その振込みが明白、形式的な手違いによる誤振込みであるような場合を除き、振込金は原因関係の存否にかかわらず受取人とされた預金口座の帰属者に帰属し、振込みが原因関係を欠くとしても、振込依頼者は受取人に対して不当利得返還請求をすることができるにとどまると解するのが相当である。
 これを本件についてみると、上記1の(3)のニ、上記(1)のイの(イ)、上記のイの(ロ)、(ハ)及び(ニ)の各事実並びに当審判所の調査によれば、H生協は、平成13年4月2日当時、滞納法人に対して、1,904,061円の買掛金債務を負っていたところ、滞納法人の代理人である請求人からは債権全額を本件預金口座に送金するよう依頼する書面が、Jからは滞納法人の債権を譲り受けたとの通知書が、ほぼ同時に送られてきたため、債権者を確知することができない状況となり、その処理方法について弁護士である請求人と話し合った結果、請求人とH生協は、H生協が負っている買掛金債務について請求人からの書面に従って本件預金口座に振り込む一方、Jとの関係については、請求人が滞納法人の任意整理を遂行する過程で配当金を支払うことにより解決を図る旨合意したものと認められる。この点、請求人は、H生協振込金は請求人を経由してJに支払うために一時的に入金されたものにすぎない旨主張するが、それがH生協振込金は請求人がH生協から預かったものであるとの趣旨であるとしても、上記イの(ニ)のとおり、Jに対して1,200,000円を支払うのが、H生協又は請求人ではく、滞納法人とされていることに照らして採用することができない。
 そして、本件預金口座が滞納法人に帰属するものであることは、上記(1)のとおりであるところ、上記認定によれば、Jに対する債権譲渡の効力はともかく、H生協は、滞納法人に対する買掛金債務の履行としてH生協振込金を本件預金口座に振り込んだものであり、形式的な手違いによる誤振込みであるような場合には当たらないというべきであるから、H生協振込金は滞納法人に帰属することとなると解される。そうすると、請求人とJとの間でなされた1,200,000円を支払う旨の合意も、JがH生協振込金自体に対して権利を有することを意味するものではなく、Jが滞納法人に対して1,200,000円の一般債権を有していることを意味するにすぎないというべきである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(3)請求人は、任意整理専用の預金口座を差し押さえられると、受任弁護士としては職務遂行が困難になるから、本件差押処分は社会正義に反する旨主張する。
 しかしながら、滞納法人の倒産処理に当たって、法律の規定に基づく裁判上の倒産手続によらず国税徴収法に基づく徴収処分が禁止されない任意整理の方法が選択されている以上、請求人の主張する不利益が生じたとしてもやむを得ないものというべきであって、本件差押処分が違法、不当となるものではない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(4)以上のとおり、請求人の主張にはいずれも理由がなく、本件差押処分は適法になされたものと認められる。
(5)その他
 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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