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(平14.12.4裁決、裁決事例集No.64 492頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、延納申請の担保として提供された不動産が、担保として不適格な財産に該当するとしてなされた相続税の延納申請の却下処分の適否を主な争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 審査請求人F、同G及び同H(以下、これら3名を併せて「請求人ら」という。)並びにK及びL(以下、これら2名を併せて「Kら」という。)は、平成11年1月10日に死亡したM(以下「被相続人」といい、この相続開始に係る相続を「本件相続」という。)の共同相続人(以下「本件共同相続人」という。)である。
ロ 請求人らは、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告書に別表1の「課税価格」欄及び「納付すべき税額」欄のとおり各々記載して、これを法定申告期限内の平成11年11月10日に提出するとともに、同日に、別表2の「本件担保物件の所在等」欄に記載の請求人らを持分者とする〔1〕から〔4〕欄の各土地を延納申請に係る担保(以下「本件担保物件」という。)として、別表1の「延納申請税額」欄のとおり、各納付すべき税額の全額を延納申請税額(以下「本件延納申請税額」という。)とする延納の許可の申請(以下「本件延納申請」という。)をした。
ハ これに対して、原処分庁は、請求人らに対し、平成13年8月31日付で本件延納申請を却下する処分(以下「本件延納申請却下処分」という。)をした。
ニ また、原処分庁は、請求人らに対し、請求人らの各納付すべき税額の平成13年9月27日現在の各未納税額122,032,000円(以下「本件各未納税額」という。)について、平成13年9月27日付でその納付を督促する処分(以下「本件督促処分」という。)をした。
ホ 請求人らは、これらの処分を不服として、平成13年10月16日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年12月18日付でいずれも棄却の異議決定をした。
ヘ 請求人らは、異議決定を経た後の原処分についてなお不服があるとして、平成14年1月16日に審査請求をした。
ト なお、請求人らは、Fを総代として選任し、その旨を平成14年1月31日に届け出た。

(3)関係法令等

イ 国税通則法(以下「通則法」という。)第35条《申告納税方式による国税等の納付》は期限内申告書を提出した者は、国税に関する法律に定めるところにより、当該申告書の提出により納付すべきものとしてこれに記載した税額に相当する国税をその法定納期限までに納付しなければならない旨規定している。
ロ 通則法第37条《督促》は、納税者がその国税を納期限までに完納しない場合には、税務署長は、その納税者に対し、督促状によりその納付を督促しなければならない旨規定している。
ハ 通則法施行令第16条《担保の提供手続》第2項は、通則法第50条第3号から第5号まで(土地、建物等)に掲げる担保を提供しようとする者は、抵当権設定をするために必要な書類を税務署長に提出しなければならず、その提出を受けた税務署長は抵当権の設定の登記を関係機関に嘱託しなければならない旨規定している。
ニ 通則法第52条《担保の処分》第1項は、税務署長は担保の提供がされている国税の延納を取り消したときは、その担保として提供された財産を滞納処分の例により処分してその国税に充てる旨規定している。
ホ 相続税法第38条《延納》第1項は、税務署長は、納付すべき相続税額が10万円を超え、かつ、納税義務者について納期限までに、金銭で納付することを困難とする事由がある場合においては、納税義務者の申請により、その納付を困難とする金額を限度として延納を許可することができる旨、同条第4項は、税務署長は、その納税額が500,000円未満で、かつ、その延納期間が3年以下である場合を除き、その延納税額に相当する価額の担保を徴さなければならない旨規定している。
ヘ 相続税法第39条第2項ただし書は、税務署長は、延納を許可する場合において、延納申請者の提供しようとする担保が適当ではないと認めるときは、その変更を求めることができ、この場合において、延納申請者がその変更の求めに応じなかったときは、延納申請を却下することができる旨規定している。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 被相続人を遺言者とする平成10年6月○日付遺言公正証書には、本件担保物件を請求人らに各々3分の1ずつ相続させる旨記載されており、この遺言公正証書に基づき、本件担保物件には、平成11年1月10日相続を原因とし、共有者を請求人ら(持分各3分の1)とする平成11年1月29日受付の所有権移転登記がされている。
ロ Kらは、請求人らを被告として、平成11年8月○日付で○○地方裁判所に遺言無効確認等請求訴訟を提起し(○○地方裁判所平成○年(○)第○○○号事件。以下「本件訴訟」という。)、被相続人が平成10年6月○日付遺言公正証書をもってした遺言の無効確認及び本件担保物件を含む不動産についての請求人らへの各所有権移転登記の抹消登記手続を請求している。
 そして、本件訴訟の訴え提起を原因として、本件担保物件に対し、別表2の「本件予告登記の状況」欄のとおりの平11年8月○日受付の所有権抹消予告登記(以下「本件予告登記」という。)がされた。
ハ 原処分庁は、請求人らに対し、本件担保物件には本件予告登記がされており、本件延納申請に係る担保として不適格であるので、当該物件の本件予告登記の抹消又は他の担保物件の提出を求める旨の、期限を平成12年6月28日とする同月13日付の補正通知書を送付するとともに、請求人らと面接等を行い、本件担保物件が本件延納申請に係る担保として不適格である旨説明したが、補正又は他の担保物件の提供はなされなかった。
ニ そこで、原処分庁は、平成13年7月25日を期限とする同月18日付の担保変更要求(以下「本件担保変更要求」という。)の通知書を請求人らに送付した。なお、本件担保変更要求の通知書には、期日までに担保変更をしないときには、延納が認められないこととなる旨が併せて記載されていた。
ホ 請求人らは、平成13年8月31日までに本件担保物件に代わる担保の提供をしなかった。また、同日現在、本件担保物件の本件予告登記は抹消されていなかった。

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2 主張

(1)原処分庁

 原処分は、次のとおり適法であり、請求人らの主張には理由がないから、本件審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 本件延納申請却下処分について
(イ)上記1の(2)審査請求に至る経緯及び同(4)基礎事実のとおり、〔1〕請求人らは、本件延納申請を行なっているが、担保として提供しようとする本件担保物件は、本件共同相続人の間でその所有権について係争中で、○○地方裁判所への訴えの提起を原因として本件予告登記がされていること、〔2〕原処分庁は、請求人らの提供しようとする担保が適当でないと認められるため、本件担保変更要求を行なっていること及び〔3〕請求人らから、本件担保変更要求の期限(以下「本件変更期限」という。)までに担保変更がなされなかったことから、原処分庁は、相続税法第39条第2項に基づき、本件延納申請却下処分を行ったものであり、何ら違法、又は不当なものではない。
(ロ)請求人らは、予告登記の効力に照らしてみると、本件担保物件は、通常どおり取引の対象たりうる上、競売手続や国税徴収法による公売も妨げられないから、本件延納申請に係る担保として適当でないということはできない旨主張する。
 しかしながら、予告登記の目的は、当該不動産について、訴えが提起されたことを公示することによって第三者に警告を与え、善意の第三者が不測の損害を被ることを防止することにある。
 そうすると、本件においては、本件予告登記は本件担保物件に関して本件共同相続人の間でその所有権について係争中であることについて、第三者に警告を与えるものであり、本件担保物件の所有権登記名義が抹消されたときは、その登記を信頼して取引をした第三者といえども、原則としてその抹消をもって対抗される地位に立たされることとなる。
 したがって、原処分庁は、請求人らの名義となっている本件担保物件の所有権登記名義が抹消される可能性があることから、担保として不適格であるとして、相続税法第39条第2項の規定に基づいて本件延納申請却下処分を行なったものであり、何ら違法、又は不当なものではなく、請求人らの主張には理由がない。
ロ 本件督促処分について
 請求人らは、本件延納申請却下処分は違法であるから、違法な本件延納申請却下処分を前提としてなされた本件督促処分は違法である旨主張している。
 しかしながら、上記イのとおり、本件延納申請却下処分は、何ら違法、不当なものではなく、請求人らには平成13年9月27日現在本件各未納税額があったことから、原処分庁は、通則法第37条に基づき、本件督促処分を行ったものであり、何ら違法、不当なものではない。

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(2)請求人ら

 請求人らは、次のとおり、本件変更期限までに本件延納申請税額に相当する担保として本件担保物件を提供したものであるから本件延納申請却下処分は違法であり、また、かかる違法な本件延納申請却下処分を前提としてなされた本件督促処分も違法であるので、いずれも取り消すとの裁決を求める。
イ 本件延納申請却下処分について
(イ)原処分庁は、請求人らの提供しようとする担保には、本件予告登記がされていることに着目して、請求人らの提供しようとする担保が適当でないと認めて、本件担保変更要求を行い、本件変更期限までに請求人らによる担保変更がなされなかったことから本件延納申請却下処分をした。
 しかしながら、次のとおり、予告登記の効力に照らしてみると、予告登記のなされた物件が、相続税延納申請に伴い申請人が提供しようとする担保として適当でないといえるかを考えるならば、本件担保物件については、通常どおり取引の対象たりうる上、競売手続や国税徴収法による公売も妨げられない以上、担保として適当ではないということはできない。
 そうすると、原処分庁が、請求人らの提供した本件担保物件を適当でないと認めてその変更を求め、請求人らが、この求めに応じなかったとしてなされた本件延納申請却下処分は、相続税法第39条の趣旨に反し、違法である。
A 予告登記とは、登記原因の無効又は取消しによる登記の抹消又は回復の訴えが提起された場合に、その訴えの提起があったことを公示するために、裁判所の職権による嘱託によってなされる登記である(不動産登記法第3条及び第34条)。
 これは、登記原因の無効又は取消しによる登記の抹消又は回復の訴えの提起があれば、無効又は取消原因の存在については何らの審査もしないで、原告勝訴の見込みとは無関係に職権で嘱託されるもので、いわゆる予備登記の一種である。
 かかる予告登記は、不動産の既存登記に関し訴えの提起のあったことを公示して善意の第三者を保護することを目的とするものであって、登記本来の効力たる対抗力の付与により当事者を保護する目的のものではない(最高裁昭和45年12月10日第1小法廷判決)。
B 予告登記の効力については、その効力を定めた規定はないが、予告登記は本登記ではないから、抹消又は回復の本登記がなされた場合と同様の対抗力を付与する効力は有せず(最高裁昭和35年11月29日判決)、本登記名義人は、当該権利を行使し又は処分してその登記をすることを妨げられない。
 また、予告登記のなされる要件、すなわち、予告登記は、登記原因の無効又は取消しによる登記の抹消又は回復の訴えの提起があれば、無効又は取消原因の存在については何らの審査もせず、原告勝訴の見込みとは無関係に職権で嘱託されることから、予告登記がなされていても、抹消又は回復の対象たる登記の原因が無効である、あるいは取消しによって失効しているといった推定は生じない。そのため、予告登記がなされている不動産について取引をした者についても、登記の原因について無効又は取消しの事由があることを知っているものとは推定されない。
C さらに、抵当権設定登記の抹消の訴えが提起され、その予告登記がなされても、「このこと自体は何ら抵当権実行による競売手続を許すべからざること、ないし競売を続行すべからざる事由となり得ない」(東京高裁昭和32年4月3日判決)し、予告登記がされている不動産を、国税徴収法により公売することもできる(明治34年5月4日民刑局長回答)。
(ロ)また、原処分庁は、請求人らの名義となっている本件担保物件の所有権登記名義が抹消される可能性があることから、担保として不適格であるとして本件延納申請却下処分を行ったもので、何ら違法又は不当なものではない旨主張しているが、本件訴訟において、原告であるKらの請求が棄却されることは必至の状況にあり、実体面からも本件担保物件の登記名義人である請求人らが権利を行使し又は処分してその登記をすることは何ら妨げられないから、本件延納申請却下処分は違法である。
 さらに、仮に、本件訴訟において、原告であるKらの請求が認容されるときは、本件相続税の算定の根拠となる本件相続をすることなく、本件相続税そのものの納付を要しないこととなるのであるから、本件延納申請も要しないものとなるので、本件延納申請税額に相当する担保の提供すら要しなくなる。
ロ 本件督促処分について
 上記イのとおり、本件延納申請却下処分は違法であるところ、かかる違法な本件延納申請却下処分を前提としてなされた本件督促処分は違法である。

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3 判断

 本件審査請求の主な争点は、本件担保物件が本件延納申請に係る担保として適当であるか否かにあるので、以下審理する。

(1)本件延納申請却下処分について

イ 通則法第35条によれば、期限内申告書を提出した者は、その法定納期限までに納付すべき税額を納付することが原則であるが、相続税は主として不動産等の財産に課税されるものであるから、納付すべき税額を一定の時期に全額金銭をもって納付することは困難な場合もあると考えられ、そのため相続税法第38条は、担保の提供を条件として、年賦で納付する延納の制度を、納期限等の特例として設けたものである。
ロ 延納に係る担保については、相続税法及び通則法によれば、次のとおりである。
(イ)相続税法第38条第4項によれば、税務署長は、延納を許可する場合には、一定の場合を除き、その延納税額に相当する価額の担保を徴さなければならず、同法第39条第2項ただし書によれば、税務署長は延納申請者の提供する担保が適当でないと認めるときは、その変更を求めることができ、延納の申請者がその変更の求めに応じないときは、当該申請を却下することができることとされている。
(ロ)通則法施行令第16条第2項によれば、担保として提供された財産が土地、建物等である場合は、税務署長はそれらの財産につき抵当権の設定登記を関係機関に嘱託することが義務付けられ、また、通則法第52条第1項によれば、税務署長は担保の提供がされている国税についての延納を取り消したときは、その担保として提供された財産を滞納処分の例により処分して、その国税に充てることとされている。
ハ 上記イ及びロのことからすると、延納の担保として提供される財産は、その担保に係る相続税額を確実に徴収することができる金銭的価値を有するものでなければならず、延納許可が取り消された場合に、通則法第52条第1項の規定に基づき、滞納処分の例により換価し、その換価代金を国税に充当することが困難と考えられる事情を有する財産は、延納の担保としては適当でないと解するのが相当である。
ニ また、所有権抹消予告登記とは、不動産の登記原因の無効又は取消しによる登記の抹消の訴えの提起あった場合に、もし、その訴えに理由があるとされるときは、抹消されるべき現在の登記は遡って無効となり、その不動産について第三者が権利を取得し、その登記を受けてもその権利の取得及びその登記も無効となり、不測の損失を被ることから、第三者に警告を与えるため、受訴裁判所の職権による嘱託によってされる登記である。
ホ これを本件についてみると、次のとおりである。
 本件担保物件は、上記1の(4)のロのとおり、その所有権の帰属につき本件訴訟において係争中の物件であって、本件予告登記がなされていた。
 そうすると、本件訴訟の結果によっては、請求人らの所有権登記名義が抹消されることもあり得ると認められるのであるから、仮に、原処分庁が本件担保物件を本件延納申請の担保として受け入れ、抵当権を設定したとしても、原処分庁は当該抵当権によって本件担保物件を公売等で換価し国税に充当することができないおそれがあることは明らかである。
 したがって、原処分庁が本件担保物件を本件延納申請に係る担保として不適格であるとして、相続税法第39条第2項ただし書の規定に基づき請求人らに対してした本件担保変更要求には合理的理由があり、相当である。
 そして、上記1の(4)のホのとおり、請求人は本件担保変更要求で指定された変更期限までに担保の変更をしなかったことが認められるから、本件延納申請却下処分は適法である。
ヘ 請求人らの主張について
(イ)請求人らは、予告登記の効力に照らしてみると、予告登記のなされた物件が、通常どおり取引の対象たりうる上、競売手続や国税徴収法による公売も妨げられない以上、担保として適当ではないということはできない旨主張する。
 しかしながら、予告登記には第三者に対する警告的効力以外に何らの効力もなく、予告登記があるからといって他の登記ないし処分が妨げられるものではないから、公売等も妨げられないと解されるとしても、本件訴訟の結果によっては本件担保物件を換価して国税に充当できないおそれがあることは上記ホのとおりであるから、原処分庁が本件担保物件を本件延納申請の担保として不適当であると判断したことは合理的理由があって相当である。
 したがって、この点についての請求人らの主張は採用することができない。
(ロ)また、請求人らは、本件訴訟において、〔1〕原告であるKらの請求が棄却されることは必至の状況にあり、また、〔2〕仮に、当該原告の請求が認容されるときには、請求人らは、本件相続税そのものの納付を要しないこととなって、本件延納申請や本件延納申請税額に相当する担保の提供は不要となるから、本件延納申請却下処分は違法である旨主張する。
 しかしながら、〔1〕原処分庁は、本件訴訟において請求人らが勝訴するか否かの判断はできないし、また、〔2〕請求人らが延納申請しているのは本件延納申請税額であって、請求人らが本件訴訟において敗訴した場合の納付すべき税額ではないから、請求人の延納申請や担保提供が不要になる可能性があるということは、本件延納申請に係る本件担保物件の担保としての適格性とは関係がない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張は採用することができない。

(2)本件督促処分について

 請求人らは、本件延納申請却下処分は違法であるから、違法な本件延納申請却下処分を前提としてなされた本件督促処分も違法である旨主張する。
 しかしながら、上記(1)のとおり、本件延納申請却下処分は適法である。そして、当審判所の調査によれば、本件各未納税額の法定納期限は平成11年11月10日であるところ、請求人らは平成13年9月27日現在当該税額を納付していないことから、原処分庁が請求人らに対し、通則法第37条の規定に基づき、督促状により本件各未納税額についての納付を督促したことが認められるから、本件督促処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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