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(平14.12.5裁決、裁決事例集No.64 519頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人G及び同H(以下、それぞれ「G」、「H」といい、両名を併せて「請求人ら」という。)が相続により取得した宅地について、租税特別措置法第69条の3《小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例》(平成12年法律第13号による改正前のもの。以下同じ。)第1項の規定による特例(以下「本件特例」という。)を適用すべきか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人らは、平成11年7月25日に死亡した母K(以下「被相続人」という。)の共同相続人であるが、被相続人に係る相続税について、平成13年10月31日に、別表1の「申告」欄のとおり、申告(以下「本件申告」という。)をした。
 なお、請求人らは、本件申告において、別表2記載の宅地2筆(合計325.58平方メートル。以下「本件宅地」という。)のうち200平方メートルについて、本件特例の適用があるとして、その課税価格を計算した。
ロ 原処分庁は、これに対し、平成13年12月21日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおり、相続税の更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ハ 請求人らは、これらの処分を不服として、平成14年2月19日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成14年4月16日付で、別表1の「異議決定」欄のとおり、一部取消しの異議決定をした。
ニ 請求人らは、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成14年5月16日に審査請求をした。
 なお、請求人らは、Gを総代として選任し、平成14年5月27日にその旨を届け出た。

(3)関係法令

 本件特例は、個人が相続により取得した財産のうちに、当該相続の開始の直前において、当該相続に係る被相続人又は当該被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族(以下「被相続人等」という。)の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等で一定の建物等の敷地の用に供されているものがある場合には、一定の要件に該当する場合に限り、当該宅地等のうち200平方メートル以下の部分については、相続税の課税価格に算入されるべき価額を減額する旨規定している。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所が調査したところによっても、その事実が認められる。
イ 被相続人の共同相続人は、長男のG、二男のH及び長女のL(以下「L」という。)の3名である。
ロ 本件宅地上には、別表2記載の家屋1棟(250.32平方メートル。以下「本件建物」という。)がある。
ハ 被相続人は、平成10年7月18日、P市R町○○所在の総合病院M病院(以下「M病院」という。)に入院し、平成10年8月7日に同病院を退院した。
ニ 被相続人は、平成10年8月7日(以下、この日を「本件転居日」という。)に、本件建物からP市S町○○番地に所在するL宅に引っ越し(以下「本件引っ越し」という。)をした。
ホ 被相続人の住所は、住民票上、本件転居日に、本件建物の所在地でGの住所でもあるP市Q町○○番地から上記ニのL宅の所在地に変更されている。

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2 主張

(1)請求人らの主張

 原処分は、次のとおり違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件更正処分
 次のとおり、本件宅地について、本件特例の適用を認めるべきである。
(イ)本件特例の趣旨は、事業又は住居の用に供されていた宅地のうち最小限必要な部分については、相続人等の生活基盤を維持するために欠くことのできないものであって、その処分については相当の制約を受けるのが通常であり、このような制約のある財産に通常の取引価格を基とした評価額を適用することは、実情に即さないことから、評価において所要のしんしゃくを加えることとしたものである。
 また、本件特例が、相続の開始の直前において居住の用に供されていたという要件を課している趣旨は、死亡する直前に被相続人の使用していた物件について本件特例の適用を認めることが相続人等の生活基盤の維持に最も適するとの価値判断の下に、複数所有する土地のうち一つの土地のみに本件特例の適用を認め、実際に使用されなかった土地への適用を防止したものである。
(ロ)これを本件について見ると、被相続人は、平成10年8月7日に本件引っ越しをし、住民票上の住所も変更しているものの、次のとおり、その生活の本拠は、相続が開始するまで本件建物にあったといえるから、本件特例が適用されるべきである。
A 被相続人は、大正14年4月1日から平成10年8月7日の本件引っ越しまでの間、約70年以上も本件建物に住み続けていた。
B 本件引っ越しは、相続問題も絡んで、Lが同人宅に強引に連れ出したものであり、被相続人が自発的にL宅に行ったものではない。
C 本件建物には、本件転居日以降も、被相続人の衣類備品等の生活必需品が多数残されており、また、被相続人は、本件建物内にある仏壇を拝むため、L宅から本件建物を再三訪れていた。
D 被相続人の葬儀は、Gが喪主となり、本件建物で行われた。
E 被相続人は、本件建物において、長年にわたりG及びその妻子と同居しており、本件建物には、現在もGらが居住している。
(ハ)本件宅地及び本件建物は、被相続人の唯一の財産で、その生活の基盤となっていたものであり、さらに、本件建物には、G及びその家族が現在も居住し、同人らの生活の基盤ともなっているものであるため、同人らの生活基盤の確保について配慮するという観点からも、本件宅地について、本件特例の適用を認めるべきである。
ロ 本件賦課決定処分
 以上のとおり、本件更正処分は違法であるから、これに基づいてされた本件賦課決定処分も、取り消されるべきである。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、本件審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件更正処分
(イ)本件特例は、前記1の(3)のとおり、当該相続の開始の直前において被相続人等の居住の用に供されていた一定の宅地等について、適用されるものである。
 そして、被相続人等の居住の用に供されていたか否かについては、原則として、当該被相続人等がその宅地の上に存する建物に生活の拠点を置いていたか否かにより判定され、例えば、〔1〕居住用建物の建築期間中の仮住まいのための建物、〔2〕一時的な目的で入居した建物、〔3〕主として趣味、娯楽又は保養の目的で所有する建物は、生活の拠点を置いていた建物とはいえないことになる。
 また、「当該相続の開始の直前において」とは、法令上において、それについて定義付けたものはないものの、当該文言を解釈すると、相続の開始の直前、すなわち、その瞬間において現に居住の用に供していることと解するのが相当である。
(ロ)請求人らは、〔1〕被相続人が仏壇を拝みに本件建物を再三訪れていたこと、〔2〕被相続人の生活の基礎となる衣類備品等が本件建物に残されていたこと、〔3〕被相続人の葬儀が本件建物で行われたこと、及び、〔4〕本件引っ越しはLが半強制的に被相続人を同人宅に転居させたものであること等を理由に、被相続人の生活の本拠が、相続が開始するまで本件建物にあった旨主張する。
 しかしながら、〔1〕被相続人の住民登録が、本件転居日に、本件建物の所在地からL宅の所在地に変更され、変更後の世帯主がLの夫であるN(以下「N」という。)となっていること、〔2〕Nが、平成10年に、被相続人についてNの扶養家族になった旨の社会保険の届出をしていること、〔3〕Nが、平成10年分及び平成11年分の所得税の確定申告において、被相続人をNの扶養親族及び同居老親等に該当するとしていること、並びに、〔4〕M病院の職員及びLの申述を総合すると、被相続人の転居は、Lが希望したものではなく、G夫婦の希望をLが聞き入れて行われたものであると認められることからすると、被相続人は、Nの扶養を受け、L宅を生活の拠点としていたものであり、L宅への転居は単なる仮住まいや一時的な入居とは認められない。
(ハ)また、被相続人は、上記(ロ)のとおり、Nの扶養を受けていたことから、Gと生計を一にしていたとも認められない。
(ニ)請求人らは、Gらの生活基盤の確保について配慮するという観点から、本件特例の適用を認めるべきである旨主張するが、当該特例は、そのような規定をしていない。
(ホ)以上のとおり、本件宅地は、本件相続の開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当せず、また、被相続人と生計を一にしていた親族の居住の用に供されていた宅地とも認められないから、本件宅地について、本件特例を適用することはできない。
ロ 本件賦課決定処分
 上記イのとおり本件更正処分は適法であり、また、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法(以下「通則法」という。)第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められない。
 そうすると、通則法第65条第1項の規定を適用して、別表1の「異議決定」における「無申告加算税」欄のとおりの額の過少申告加算税を賦課すべきこととなるから、本件賦課決定処分も、適法である。

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3 判断

(1)本件更正処分

イ 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ)Gは、平成14年3月6日、異議審理庁の職員に対し、要旨次のとおり申述した。
A 被相続人の所有に係る貯金通帳及び印鑑は、本件相続の開始時にはL宅にあった。
B 本件転居日以降、L及びNから被相続人の生活費の支払を請求されたことはない。
C 所得税の申告において、被相続人を私の扶養親族としていなかったのは、被相続人は、10年くらい前まで、家賃収入等について所得税の申告をしていた時期があり、そのままにしていたためである。
D 国民健康保険において、被相続人を私の扶養家族としていたが、L宅に転居した後は、Nの希望で同人の扶養家族になった。
(ロ)Lは、平成14年3月18日、異議審理庁の職員に対し、要旨次のとおり申述した。
A M病院入院中における被相続人との話し合いでは、被相続人は、同病院退院後、私の家で生活した方が良いとの意思を示していた。
B 被相続人の退院後の住居について、Gと話し合ったことはないが、同人の意向については、M病院の職員を通じて聞いており、私の家への転居をGは了解しているものと思っていた。
C 被相続人が私の家に継続して住むということであったため、布団は夏用と冬用を一緒に本件建物から運んできた。
D 被相続人の生活費については、被相続人の年金の中から一部を負担してもらっていた。
E 被相続人をNの国民健康保険に入れるため、被相続人の住民票上の住所を変更させるとともに、社会保険事務所を通じてGの同意を得た。
(ハ)M病院の職員は、平成14年3月26日、異議審理庁の職員に対し、医療福祉相談室での相談記録に基づいて、要旨次のとおり申述した。
A 平成10年7月23日に主治医から「嫁姑の折り合いが悪く、Gの妻が、退院後は、被相続人を引き取れないと言っているため、今後のことも含めて聞いてほしい。」旨の指示を受けた。
B L夫婦は、平成10年7月24日に主治医に対して、また、同年7月28日に私に対して、「被相続人を引き取る。」旨を申し入れた。
C 平成10年7月29日にG夫婦と話し合い、L夫婦の意向を伝えたところ、「L宅で引き取ってほしい。」との話があり、「今後はL夫婦をキーパーソンとして、退院の話を進めてほしい。」旨の申立てを受けた。
(ニ)Nの平成10年分及び平成11年分の所得税の確定申告書においては、被相続人がNの扶養控除対象とされている。
ロ 本件特例は、前記1の(3)のとおり、相続税の課税価格に算入されるべき相続財産の価額についての特例であり、当該財産が、〔1〕当該相続の開始の直前において、〔2〕被相続人又は当該被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等であることが適用要件とされている。
 そして、ここにいう「居住の用に供する」とは、被相続人等が生活の本拠を置いていた場所をいい、生活の本拠については、被相続人等の日常生活の状況、例えば、継続的に真に居住する意思をもって起居するなど、実質的に生活の拠点として利用していた場所であったかどうか等の事情を総合勘案して、社会通念に照らして客観的に判断すべきであると解される。
 また、「相続の開始の直前」とは、その文言を通常意味するところに沿って解釈すると、相続の開始時点のすぐ前を意味し、実質的には、当該相続の開始当時という意味と同義であると解するのが相当である。
ハ これを本件について見ると、前記基礎事実及び前記イの認定事実、特に、〔1〕被相続人がM病院に入院中、G夫婦は、L夫婦が被相続人を引き取ることを望んでおり、L夫婦は、被相続人を引き取る意向であったこと、〔2〕被相続人は、M病院を退院した平成10年8月7日から死亡するまで、L宅で日常生活を送っていたこと、〔3〕被相続人の住民票上の住所も、平成10年8月7日を転居日として、本件建物の所在地からL宅の所在地に変更されていること、及び、〔4〕被相続人は、本件転居日以降、国民健康保険及び所得税の申告において、Nの扶養家族となっていることなどから総合的に判断すると、M病院を退院した平成10年8月7日以降、被相続人の生活の本拠はL宅にあったと認めるのが相当である。
 そうすると、本件相続の開始の直前において、被相続人は本件宅地を居住の用に供しているとは認められない。
ニ これに対して、請求人らは、被相続人が本件建物に70年以上住み続け、本件建物に生活必需品や仏壇等も残され、被相続人の葬儀も本件建物で行われたといった事実を指摘して、被相続人の生活の本拠は、被相続人が死亡するまで本件建物にあった旨主張する。
 しかしながら、これらの事実は、本件転居日まで被相続人の生活の本拠が本件建物にあったこと及び兄弟姉妹間におけるGの長男としての立場を示すものではあっても、本件相続の開始の直前における被相続人の生活の本拠がL宅にあったという上記ハの認定を覆すものとは認められない。
 また、請求人らは、被相続人はL宅に強制的に転居させられた旨主張するが、当審判所の調査によっても、このことを裏付ける事実は認められない。
 したがって、これらの点に関する請求人らの主張は採用できない。
ホ また、請求人らは、本件宅地及び本件建物は被相続人の唯一の財産であり、本件建物にはG及びその家族が現在も居住していることから、請求人らの生活基盤を確保するという観点から、本件特例の適用を認めるべきである旨主張する。
(イ)確かに、請求人らが主張するように、本件特例は、相続人等の生活基盤を維持するための相続税の課税上の特例であるが、その目的を前提としつつも、一定の要件を定め、それに該当する場合に限って税負担を軽減して、特別に利益を与える租税優遇措置であるから、その適用に当たっては、要件をみだりに拡張して解釈することは許されないと解される。
 すなわち、本件特例は、前記1の(3)のとおり、その要件上、被相続人自身の居住等の用に供されていた宅地等を除くと、相続の開始の直前に、被相続人と「生計を一にする」被相続人の親族の居住等の用に供されていた宅地等に限り適用されるのであり、本件特例にいう「生計を一にする」とは、同一の生活単位に属し、相助けて共同の生活を営み、ないしは日常生活の資を共通にしている場合をいうものと解されることから、それ以外の場合について、本件特例を適用することは許されない。
(ロ)本件においては、前記ハのとおり、相続の開始の直前において、被相続人の生活の本拠はL宅であり、Gは被相続人と同居しておらず、また、前記イの(イ)及び(ロ)によれば、被相続人は、L宅へ転居した後、国民健康保険等において、Nの扶養家族になっていることが認められ、Gからの経済的支援も受けていないのであるから、Gと被相続人は、同一の生活単位に属するとはいえず、日常生活の資を共通にしていないことも明らかである。
 そうすると、Gは、本件相続の開始の直前において、本件特例に定める「生計を一にする」親族という要件に該当しないこととなり、また、上記(イ)のとおり、この要件を拡張して解釈することはできないから、本件宅地に本件特例を適用することはできない。
 したがって、この点に関する請求人らの主張は採用できない。
ヘ 以上のとおり、請求人らの主張はいずれも理由がなく、本件宅地について本件特例を適用することはできないから、本件更正処分は適法である。

(2)本件賦課決定処分

 以上のとおり、本件更正処分は適法であり、また、同更正処分により納付すべき計算の基礎となった事実が更正処分前の税額の基礎とされなかったことについて、通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づいて過少申告加算税を賦課すべきこととなる。
 そして、本件においては、通則法第66条《無申告加算税》第1項ただし書の正当な理由があるため、無申告加算税は本来賦課されないが、無申告加算税と過少申告加算税の本質に変わりはなく、かつ、異議決定により一部取り消された後の本件賦課決定処分の額は、賦課されるべき過少申告加算税の額と同じであることから、本件賦課決定処分も適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人らは争わず、当審判所の調査したところによっても、これを不相当とする理由は認められない。

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