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(平15.6.24裁決、裁決事例集No.65 140頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、精神科医業を営んでいた者で、医療法人F(以下「F社」という。)の理事長である審査請求人(以下「請求人」という。)が、法人成りによる個人事業を廃業した年分において、繰延資産(医師会への入会金等)の未償却残額を所得税法第51条《資産損失の必要経費算入》第1項に規定する損失として事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができるか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

 請求人の審査請求(平成14年8月7日請求)に至る経緯等は、別表1のとおりである(以下、別表1の「更正処分等」欄の更正処分を「本件更正処分」といい、別表1の「更正処分等」欄の過少申告加算税の賦課決定処分を「本件賦課決定処分」という。)。

(3)関係法令等

イ 所得税法(平成13年法律第6号改正前のもの、以下同じ。)第50条《繰延資産の償却費の計算及びその償却の方法》第1項は、居住者の繰延資産につきその償却費として同法第37条《必要経費》の規定によりその者の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入する金額は、その繰延資産に係る支出の効果の及ぶ期間を基礎として政令で定めるところにより計算した金額とする旨規定しており、所得税法施行令第137条《繰延資産の償却費の計算》第1項第2号では、同令第7条《繰延資産の範囲》第1項第4号に掲げる繰延資産について、その繰延資産の額をその繰延資産となる費用の支出の効果の及ぶ期間の月数で除し、これにその年において不動産所得、事業所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務を行っていた期間の月数を乗じて計算した金額である旨規定している。
ロ 所得税法第51条第1項は、居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業の用に供される固定資産その他これに準ずる資産で政令で定めるものについて、取りこわし、除却、滅失その他の事由により生じた損失の金額は、その者のその損失の生じた日の属する年分の不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する旨規定しており、また、所得税法施行令第140条《固定資産に準ずる資産の範囲》においては、同法第51条第1項に規定する政令で定める資産を、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に係る繰延資産のうちまだ必要経費に算入されていない部分とする旨規定している。
ハ 所得税法施行令第142条《必要経費に算入される資産損失の金額》第3号は、繰延資産について生じた所得税法第51条第1項、第3項又は第4項に規定する損失の金額の計算の基礎となる価額について、その繰延資産の額からその償却費として同法第50条の規定により当該損失の生じた日の属する年分以前の各年分の不動産所得の金額、事業所得の金額、山林所得の金額又は雑所得の金額の計算上必要経費に算入される金額の累積額を控除した金額である旨規定している。

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(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成10年6月15日に個人で精神科医業を開業した。
ロ 請求人は、個人事業の開業に伴い社団法人G(以下「G市医師会」という。)へ入会し、同会に対して1,300,000円の入会金(以下「本件入会金」という。)を支払った。
ハ 請求人は、個人事業の開業に伴い社団法人H(以下「H県医師会」といい、G市医師会と併せて「両医師会」という。)へ入会し、同会に対して300,000円の開業時負担金を支払った。
ニ 講求人の平成11年分及び平成12年分の所得税青色申告決算書(一般用)の「減価償却費の計算」欄に記載されている「H県医師会入会金」は、上記ハのH県医師会へ支払った開業時負担金(以下「本件開業時負担金」という。)と同一である。
ホ 本件入会金及び本件開業時負担金については、所得税法施行令第7条第1項第4号ホに規定する繰延資産に該当し、その償却期間は、所得税法第50条第1項の規定及び所得税基本通達50−3《繰延資産の償却期間》の定めによると、5年となっている。
ヘ 請求人は、平成10年分及び平成11年分の事業所得の金額の計算上、本件入会金に係る償却費を必要経費に算入した。
ト 請求人は、平成11年分の事業所得の金額の計算上、本件開業時負担金に係る償却費を必要経費に算入した。
チ F社は、平成12年11月21日に設立され、請求人が理事長に就任した。
リ 請求人は、上記チの法人成りにより平成12年11月30日に個人事業を廃業した。
ヌ 請求人は、本件入会金及び本件開業時負担金について、個人事業の廃業時までの期間に係る償却費の金額の累積額を控除した残額をF社へ引き継がなかった。
ル 請求人は、本件入会金及び本件開業時負担金について、平成10年分及び平成11年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入した金額を控除した残額の1,128,334円を平成12年分の事業所得の金額の計算上繰延資産の償却費として、必要経費に算入した。
ヲ 請求人は、個人事業を廃業した後も引き続き両医師会の会員である。

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2 主張

(1)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ 本件更正処分について
 本件入会金及び本件開業時負担金についてG市医師会を調査したところによれば、G市医師会の会員等はH県医師会指導のもとで作成しており本件入会金及び本件開業時負担金の性格が同様であるところ、両医師会共に〔1〕その加入資格は個人であり、その地位は、退会、除名、死亡以外の事由で失われるものではないこと、〔2〕法人成りや一度事業を廃止した個人が再開業した場合においても、新たな入会金の負担はないこと及び〔3〕医師個人が両医師会へ加入することにより、医業経営のほか、資質の維持、向上や福利厚生活動による恩恵を受けるものであることから、本件入会金及び本件開業時負担金に係る地位は、法人成りをした後であっても失われるものではなく、会員としてのサービスの提供を医師個人が引き続き受けるものであると認められる。
 そうすると、本件入会金及び本件開業時負担金の未償却残額については、所得税法第51条第1項に規定する資産の取りこわし、除却、滅失などにより生じた損失であるとは認められず、家事上の資産に転化したものと認められる。
 したがって、請求人が平成12年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入した本件入会金の平成11年12月31日現在における未償却残額888,334円及び本件開業時負担金の平成11年I2月31日現在における未償却残額240,000円の合計1,128,334円のうち、請求人が個人事業を廃業した平成12年11月までの11か月間の繰延資産の償却費として計算した本件入会金に係る238,334円及び本件開業時負担金に係る55,000円の合計293,334円を超える835,000円は事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできず、本件更正処分は適法である。
ロ 本件賦課決定処分について
 上記イのとおり、本件更正処分は適法であり、かつ、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する過少申告加算税を賦課しない場合の正当な理由があるとは認められないので、同条第1の規定に基づき行った本件賦課決定処分は適法である。

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(2)請求人

 原処分は次のとおり違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件更正処分について
(イ)原処分庁は、請求人が平成12年分の所得税の確定申告において、事業所得の金額の計算上、繰延資産の償却費として必要経費に算入した金額の一部を算入できないとした。
 しかし、本件入会金及び本件開業時負担金の内容等は次の(ロ)及び(ハ)のとおりであり、開業時負担金が、個人の場合においては開業医にのみその負担を求めていること、また、請求人には法人成りするに当たり、H県医師会の指導により、本件入会金に係る繰延資産の未償却残額及び本件開業時負担金に係る繰延資産の未償却残額をF社に引き継げなかった事情がある。
 これらのことからすると、個人事業において発生した支出は、個人事業の廃業をもって清算されるべきであるから、法令の規定及び通達の定めに従い、本件入会金及び本件開業時負担金を5年間の償却期間の繰延資産として処理した結果、個人事業の廃業時にまだ事業所得の金額の計算上必要経費に算入されていない部分がある以上、この部分は所得税法第51条第1項に規定する「その他の事由により生じた損失の金額」に該当し、所得税法施行令第142条第3号の規定に従い平成12年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入したことは正しい処理である。
(ロ)本件入会金の内容等は次のとおりである。
A G市医師会の会員は別表2の会員区分に区分されており、請求人が同会へ平成10年6月に支払った本件入会金は、同会の定める会員区分A−1会員として入会するために負担したものである。
B G市医師会へ入会したのは、個人で精神科診療所を営むに当たり事業の遂行上必要な、研修会の開催・情報の提供等、各種の教育・サービスを受けるためである。
C G市医師会への入会に当たっては、その会員区分により別表2のとおり入会金の額に差があり、このことは、本件入会金が個人の開業医の立場で入会したために、事業者の負担能力を勘案し、高額な入会金を負担することとなったことを示している。
(ハ)本件開業時負担金の内容等は次のとおりである。
A H県医師会の会員は別表3の会員種別に区分されており、請求人が同会へ平成10年8月に支払った本件開業時負担金は、同会の定める会員種別A会員として入会するために負担したものである。
B H県医師会へ入会したのは、個人で精神科診療所を営むに当たり事業の遂行上必要な、研修会の開催・情報の提供等、各種の教育・サービスを受けるためである。
C H県医師会への入会に当たっては、その会員種別により別表3のとおり開業時負担金の額に差があり、このことは、本件開業時負担金が新たに個人の開業医となったことで入会したために、負担することとなったことを示している。
ロ 本件賦課決定処分について
 以上のとおり、本件更正処分は取り消すべきであるので、本件賦課決定処分も取り消すべきである。

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3 判断

 請求人の個人事業の廃業時における本件入会金の未償却残額及び本件開業時負担金の未償却残額を所得税法第51条第1項の規定により事業所得の金額の計算上必要経費に算入することができるか否かについて争いがあるので、以下審理する。

(1)認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件入会金
(イ)請求人は、G市医師会に、別表2の会員区分A−1会員として入会し、平成10年6月11日に本件入会金を支払った。
(ロ)請求人は、法人成りにより、別表2のG市医師会の会員区分がA−1会員からA−2会員に変更となった。
(ハ)G市医師会の会員が同会から受ける各種の教育・サービスの内容は、A−1会員からA−2会員に変更となっても同様である。
(ニ)G市医師会の会員が会員区分を変更することとなった場合には特別会費の支払を求められる場合があるが、A−1会員からA−2会員となってもその支払は求められない。
 また、支払われたG市医師会の入会金は、退会や会員区分の変更などによっても返金されない。
ロ 本件開業時負担金
(イ)請求人は、H県医師会に、別表3の会員種別A会員として入会し、平成10年8月21日に本件開業時負担金を支払った。
(ロ)請求人は、法人成りした後も、H県医師会のA会員である。
(ハ)H県医師会の会員が同会から受ける各種の教育・サービスの内容は、A会員については同様である。
(ニ)H県医師会においてA会員以外の会員がA会員に会員種別を変更することとなった場合には開業時負担金の支払を求められることとなるが、請求人は法人成り後もA会員のまま会員種別の変更がないので、請求人に新たな開業時負担金の支払は求められない。
 また、支払われたH県医師会の開業時負担金は、退会や会員種別の変更などによっても返金されない。
ハ 請求人は、平成10年分の本件開業時負担金に係る繰延資産の償却費25,O00円については、同年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべきところ、算入していなかった。
ニ 請求人が、平成12年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入した「繰延資産償却」のうち本件入会金及び本件開業時負担金に係る金額1,128,334円の内訳は、〔1〕本件入会金及び本件開業時負担金の平成12年1月1日から個人事業を廃業した平成12年11月30日までの期間に係る償却費の合計額293,334円、〔2〕上記ハの金額25,000円及び〔3〕個人事業廃業時における本件入会金及び本件開業時負担金の未償却残額の合計額810,000円である。

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(2)本件更正処分について

イ 請求人は、本件入会金及び本件開業時負担金は、個人事業の開業により発生した必要経費であるから、個人事業の廃業をもって清算されるべきものであり、法令の規定及び通達の定めに従い繰延資産とした結果、個人事業の廃業時にまだ事業所得の金額の計算上必要経費に算入されていない部分がある場合、当該部分については所得税法第51条第1項に規定する「その他の事由により生じた損失の金額」に当たり、個人事業を廃業した年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入されるべきである旨主張する。
ロ ところで、上記1の(3)のとおり、事業所得に係る繰延資産については、各年分の償却費の額を事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべきこととされ、また、事業所得を生ずべき事業に係る繰延資産のうちまだ必要経費に算入されていない部分について生じた損失(以下「資産損失」という。)の金額は、その損失の生じた日の属する年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することとされているところである。
ハ 繰延資産に該当する支出を事業所得の金額の計算上必要経費に算入する場合、上記ロによることとされているのは、繰延資産はその支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶので、その支出の効果に着目して、その必要経費の算入は、原則として、その繰延資産に係る支出の効果の及ぶ期間に配賦(償却費の額を必要経費に算入)すべきこととされているものであり、また、その繰延資産に係る支出の効果は、その後の状況の変化等により繰延資産に該当する支出の支出時に見込まれた期間まで及ぶとは限らないことなどから、償却完了前に繰延資産に係る支出の効果に予定外の減少又は消滅があった場合には、それを資産損失として必要経費に算入することを認めることとしていると解される。
 このことからすれば、繰延資産のうち個人事業の廃業時にまだ事業所得の金額の計算上必要経費に算入されていない部分について資産損失が生じたか否かは、請求人が主張するように、個人事業の廃業に伴い当然に清算としての資産損失が生じることとなるのではなく、その繰延資産に係る支出の効果に予定外の減少又は消滅があったかどうかにより判断するのが相当であると解される。
ニ これを本件についてみると、請求人は、上記1の(4)のヲのとおり、個人事業を廃業した後も引き続き両医師会の会員であることが認められ、また、上記(1)のイの(ハ)及び(1)のロの(ハ)のとおり、個人事業を廃業した後も両医師会から従前と同様の各種の教育・サービスを受けていると認められる。
 そうすると、法人成りに伴い個人事業を廃業した後においても請求人が両医師会から受ける便益は変わらないのであるから、個人事業の廃業により本件入会金及び本件開業時負担金に係る支出の効果には予定外の消滅や減少があったとは認められず、資産損失が生じたとは認められない。
 したがって、上記(1)のニの〔3〕の金額については、所得税法第51条第1項に規定する「その他の事由により生じた損失の金額」には該当せず、事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。
ホ また、上記(1)のニの〔2〕の金額については、上記(1)のハのとおり平成10年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額であるから、請求人の平成12年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入することはできない。
ヘ 以上のとおりであり、請求人の平成12年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入する本件入会金及び本件開業時負担金の償却費の額は、上記(1)の二の〔1〕の293,334円となる。
 そうすると、請求人の平成12年分の総所得金額は34,984,322円であり、本件更正処分と同額であるので本件更正処分は適法である。

(3)本件賦課決定処分について

 上記(2)のとおり、本件更正処分は適法であり、これにより納付すべき税額の計算の基礎となった事実については、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づいてした本件賦課決定処分は適法である。
(4)原処分その他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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