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(平15.3.25裁決、裁決事例集No.65 533頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、〔1〕公正証書上は相続開始前に贈与されたことになっている不動産が、相続財産に当たるか否か、〔2〕被相続人が関係法人に対して有する貸付金債権が、相続開始前に放棄されたか否か、並びに〔3〕被相続人の連帯保証債務が相続財産から控除すべき債務に当たるか否か及びその控除すべき債務の額を争点とする事案である。

(2)審査請求に至る経緯

イ 審査請求人であるG(以下「請求人」という。)は、平成11年1月○日に死亡した母H(以下「被相続人」という。)の相続人であり、この相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税について、別表1の「申告」欄のとおり記載した相続税の申告書を、法定申告期限までに原処分庁に提出した。
ロ その後、請求人は、別表1の「更正の請求」欄のとおりの更正の請求をしたところ、原処分庁は、平成13年2月6日付で、別表1の「更正処分」欄のとおり減額更正処分(以下「本件更正処分」という。)をした。
ハ 請求人は、本件更正処分を不服として、平成13年4月5日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月29日付で、棄却する旨の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成13年8月3日に審査請求をした。

(3)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所が調査したところによっても、その事実が認められる。
イ 被相続人の相続人は、請求人及びI(以下「I」という。)の2名であったが、Iが相続の放棄をしたことから、請求人のみが相続した。
ロ 請求人には、長女であるK(以下「K」という。)及び長男であるL(以下「L」という。)の2名の子がいる。
ハ 本件において、当審判所に提出された書類に記載された作成等の日付に基づいて、当審判所が時系列に並べたものは、別表2のとおりである。

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2 争点及びそれに対する主張

 請求人は、次の理由により原処分が違法であるとして、その全部の取消しを求め、原処分庁は、次の理由により原処分が適法であるとして、審査請求を棄却するとの裁決を求めた。

(1)公正証書上は相続開始前に贈与されたことになっている不動産が、相続財産に当たるか否かについて

イ 請求人
 別表3の〔1〕の宅地(以下「本件土地」という。)及び同土地上に存する別表3の〔2〕の建物(以下「本件建物」という。)の専有部分の1つである別表3の〔3〕の建物(以下「本件甲専有部分」といい、本件土地と併せて「本件不動産」という。)については、次のとおり、I、K及びL(以下、併せて「Iら」という。)が、本件相続開始前に被相続人から贈与を受けたものであり、本件相続に係る相続財産(以下「本件相続財産」という。)ではない。
(イ)本件不動産については、昭和49年4月25日に作成された公正証書(以下「本件公正証書」という。)による贈与契約(以下「本件贈与契約」という。)に基づき、被相続人からIらに所有権が移転しており、その移転日は、本件公正証書の第2条の約定によって、同年6月7日である。
 なお、本件公正証書を作成した目的は、婚外子であるIに対して実質的な相続の前渡しともいうべき生前贈与を行うこと並びに孫であるL及びKに対して生前贈与することにより、相続回数を減らして相続税の節税を行うことにある。
(ロ)本件不動産の所有権移転登記手続は、本件公正証書の内容どおりに行われていないが、これはIらが失念していたためであり、本件公正証書の第2条には、所有権移転の時期は昭和49年6月7日であると明確に定められているから、所有権移転登記がない限り所有権移転の効果が発生しないとする後記ロの(イ)の原処分庁の主張は、不当である。
(ハ)本件不動産の所有権移転登記が行われたのは本件相続開始後であるが、これに代わる所有権移転仮登記は、本件相続開始前の昭和55年4月17日付で行われているのであるから、Iらに係る権利の保全行為としての効果が期待でき、また、対外的な所有権移転の外形の表示も行われているといえる。
(ニ)本件不動産の引渡しについて特段の手続は行われなかったが、これは、Iらが、本件贈与契約当時、本件甲専用部分に贈与者である被相続人とともに居住していたことから、当事者間の合意により、簡易な引渡しにより行ったものである。
(ホ)被相続人は、本件贈与契約の前後を通じて請求人及びIらと同居し、これら家族の生計は、専ら被相続人の収入に頼っていたのであり、本件不動産の固定資産税及び都市計画税(以下「本件固定資産税等」という。)並びに水道光熱費等の公共料金についても、被相続人あての請求を被相続人が支払っていたものであるが、これら被相続人の負担は、本件不動産に係る賃料の負担と同視できるものである。
(ヘ)M株式会社(以下「M社」という。)は、本件贈与契約当時において、本件建物の専有部分の1つである別表3の〔4〕の建物(以下「本件乙専有部分」という。)を所有しており、平成7年4月に本件乙専有部分の所有名義を被相続人に移すまで、被相続人に対して金員を支払っているが、この金員は、土地賃貸の対価ではなく、実質的には、被相続人が資金を得る目的で受領していたにすぎないから、M社から被相続人に対する金員の支払があるからといって、被相続人が本件土地の所有者であるということにはならない。
(ト)Iらが本件不動産に係る贈与税の申告をしていないのは事実であるが、このことをもって、Iらが本件贈与契約により本件不動産の所有権を取得したことまでを否定することはできない。
ロ 原処分庁
 本件不動産は、次の理由により、被相続人がIらに対して生前贈与をしたものとは認められないことから、本件相続財産を構成する。
(イ)本件公正証書の第2条には、昭和49年6月7日に、被相続人は、Iらに本件不動産の所有権を移転するとともに、本件不動産の所有権移転登記及び引渡しを行うこととし、本件不動産の租税公課は、所有権移転登記以前については贈与者が負担し、それ以後については受贈者が負担する旨記載されていることに照らすと、本件公正証書においては、実質的な所有権移転の時期を所有権移転登記完了の時としているものと認められる。
 そうすると、本件相続開始時までに、本件不動産の所有権移転登記がなされていないのであるから、本件相続開始時における本件不動産の所有権は、被相続人にあったということができる。
(ロ)本件不動産は、本件相続開始前に所有権移転仮登記がされているが、この仮登記は予備的な登記にすぎないことから、仮登記がされたとしても、実質的な所有権の移転があったものとは認められない。
(ハ)本件固定資産税等が被相続人に課され、被相続人が実際にその支払を行っていたことは、被相続人が本件不動産の所有及び管理をしていたことを示すものである。
(ニ)M社は、本件乙専有部分を被相続人に譲渡する平成7年3月まで、本件乙専有部分の借地に係る賃貸料を、本件土地の所有者である被相続人に支払っていたことが認められ、一方、被相続人は、平成7年分まで、M社から受領した金員を自己の所得として所得税の確定申告をしていたことから見ても、本件贈与契約における当事者は、いずれも、本件公正証書どおりに本件不動産の引渡しがされたという認識がなく、本件相続開始前に本件贈与契約の効力が発生しているものとは認められない。
(ホ)また、Iらが本件不動産に係る贈与税の申告をしていないことは、本件贈与契約に基づく所有権の移転がなかったことの裏付けである。

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(2)被相続人が関係法人に対して有する貸付金債権が、相続開始前に放棄されたか否かについて

イ 請求人
 N株式会社(以下「N社」という。)に対する貸付金28,807,705円(以下「本件貸付金」という。)は、次のとおり、本件相続財産に該当しない。
(イ)O株式会社(以下「O社」という。)、被相続人、N社、P株式会社(以下「P社」という。)、M社、Q株式会社(以下「Q社」という。)及びIが、N社の株式の譲渡に関して作成した平成9年11月7日付の合意書(以下「本件基本合意書」という。)の第6条の〔2〕及び〔3〕によって、被相続人は、本件貸付金を放棄している。
 また、本件基本合意書の内容は、平成10年12月21日付のN社の譲渡に関する修正合意書(以下「本件修正合意書」という。)において一部修正されたが、本件貸付金の放棄に関する合意内容については、変更されていない。
(ロ)原処分庁は、N社の平成12年4月1日から平成13年3月31日までの事業年度(以下「平成13年3月期」という。)に係る帳簿において、本件貸付金が被相続人からの借入金として計上されていることを理由に、本件相続開始時において債権放棄がされていない旨主張するが、この帳簿の記載は、被相続人が本件貸付金を放棄したという法的な効力とは無関係な事実である。
(ハ)また、本件貸付金の放棄に関するN社の帳簿処理が遅延したのは、本件修正合意書に関連して発生した請求人の立替費用の精算について、平成13年4月2日付の「N社譲渡に関する修正合意書の附帯合意」と題する文書により合意が確認されるまで、その処理が留保されていたためである。
ロ 原処分庁
 本件貸付金は、次の理由により、本件相続開始前に債権放棄されたものとは認められないことから、本件相続財産を構成する。
(イ)請求人は、本件貸付金について、本件修正合意書において債権放棄の合意がなされている旨主張するが、債務者であるN社は、平成9年4月1日から平成10年3月31日まで及び平成10年4月1日から平成11年3月31日までの各事業年度(以下、それぞれ「平成10年3月期」及び「平成11年3月期」という。)の法人税の確定申告書において、本件貸付金を債務として計上していることから見て、本件貸付金は、本件相続開始時までに債権放棄がされているものとは認められない。
(ロ)また、請求人は、原処分庁の担当職員及び異議審理庁の担当職員に対して、本件基本合意書の作成にかかわった双方の弁護士によって、本件貸付金の債権放棄及び総額6,000,000,000円の債務の弁済方法についての合意書を作成中であり、その合意書によって本件貸付金の債権放棄が確定する旨申述しているが、本件修正合意書は、その内容及び作成日付において、それらの申述内容と明らかに矛盾するとともに、その作成経緯も不明であることから、到底信用することはできない。

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(3)被相続人の連帯保証債務が相続財産から控除すべき債務に当たるか否か及びその控除すべき債務の額について

イ 請求人
 平成2年10月18日付の銀行取引約定書(以下「本件約定書」という。)においては、P社を主たる債務者とする株式会社R(以下「R銀行」という。)に対する借入金債務(以下「本件借入金債務」という。)に係る連帯保証人として、被相続人、請求人及びS(以下「S」という。)の3名が記載されているが、次のとおり、実質的な連帯保証人は被相続人一人であるから、本件相続に係る相続税の課税価格を計算する上で控除されるべき本件借入金債務に係る連帯保証債務(以下「本件連帯保証債務」という。)の額は、296,060,492円である。
(イ)本件連帯保証債務は、R銀行が被相続人に対して平成10年5月25日に行った保証債務履行請求事件(X地方裁判所平成○年(○)第○○号事件)に係る平成13年1月○日付の和解(以下「本件和解」という。)により、被相続人単独の債務であることが確認された。
(ロ)また、被相続人は、本件約定書の作成に際して、連帯保証人のうち請求人及びSに無断で署名、押印を行っていることが筆跡から見ても明らかであり、請求人及びSには本件連帯保証債務の連帯保証人としての責任は発生していない。
 さらに、債権者であるR銀行は、当時、請求人及びSの保証意思の確認手続を怠っていたことから、請求人及びSに対して保証債務の履行に係る訴訟提起ができず、被相続人のみに対して訴訟提起を行ったものであり、このことからも、本件約定書が請求人及びSの承諾を得ずに被相続人により無断で署名、押印されたものであることは明らかである。
(ハ)なお、Sは、連帯保証人としての責任の有無にかかわらず、○○○の職を懲戒解雇によって失っていることなどから、本件連帯保証債務の履行は不可能であり、また、被相続人が求償権を行使したとしても、その回収は不可能な状態にある。
ロ 原処分庁
 原処分においては、本件連帯保証債務の額の2分の1を債務控除の対象にしたが、次の理由により、本件連帯保証債務の全額が本件相続財産から控除すべき債務とは認められない。
(イ)請求人は、本件連帯保証債務について、本件和解により被相続人の単独保証債務であることが確認された旨主張するが、本件和解のどの部分をもってしても、被相続人の単独保証であることが推認されたと解することはできない。
(ロ)本件連帯保証債務は、その保証人を被相続人、請求人及びSとするものであるが、被相続人に関する保証債務は、本件基本合意書では、N社が免責的に引き受ける旨規定している。
(ハ)仮に、本件修正合意書が真実なものであるとすると、本件修正合意書には、本件借入金債務をP社及び請求人が責任をもって返済する旨定められていることから、本件連帯保証債務は、本件相続開始時において、被相続人の債務ではなく、請求人の債務となる。

(4)納付すべき税額について

イ 請求人
 上記(1)ないし(3)のことから、納付すべき税額は、別表4の「請求人主張額」欄のとおりとなるから、原処分は違法である。
ロ 原処分庁
 上記(1)ないし(3)のことから、納付すべき税額は、別表4の「原処分庁主張額」欄のとおり373,817,600円となるから、その範囲内でされた原処分は適法である。

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3 判断

(1)公正証書上は相続開始前に贈与されたことになっている不動産が、相続財産に当たるか否かについて

イ 請求人から提出された資料、原処分関係資料及び当審判所が調査したところによれば、次の事実が認められる。
(イ)本件不動産の全部事項証明書には、次の記載がある。
A 本件土地について
(A)昭和42年3月14日受付で、同日の売買を原因として、被相続人が持分5分の1を、M社が持分5分の4をそれぞれ取得したとする所有権移転登記がされている。
(B)昭和45年3月27日受付で、同日の交換を原因として、M社の共有持分5分の4の全部を被相続人が取得したとする持分全部移転登記がされている。
(C)昭和55年4月17日受付で、昭和49年6月7日の贈与を原因として、Iの持分を2分の1、K及びLの持分を各4分の1とする所有権一部移転仮登記がそれぞれされている。
(D)平成12年12月14日受付で、上記(C)の各仮登記に係る本登記がされている。
B 本件甲専有部分について
(A)昭和46年1月28日受付で、同月8日の新築を原因として、所有者を被相続人とする所有権保存登記がされている。
(B)昭和55年4月17日受付で、昭和49年6月7日の贈与を原因として、Iの持分を2分の1、K及びLの持分を各4分の1とする所有権一部移転仮登記がそれぞれされている。
(C)平成12年12月14日受付で、上記(B)の各仮登記に係る本登記がされている。
(ロ)本件乙専有部分の閉鎖不動産登記簿謄本には、次の記載がある。
A 昭和46年1月28日受付で、同月8日の新築を原因として、所有者をT株式会社とする所有権保存登記がされている。
B 昭和55年8月30日受付で、同月27日の売買を原因として、M社が所有権を取得したとする所有権移転登記がされている。
C 平成7年5月8日受付で、同年4月2日の売買を原因として、被相続人が所有権を取得したとする所有権移転登記がされている。
(ハ)本件公正証書は、昭和49年4月25日に○○法務局所属○○公証役場において作成され、その要旨は次のとおりである。
A 被相続人は、本件不動産について、Iへ持分2分の1、L及びKへそれぞれ持分4分の1を無償で与えることを約し、Iらはこれを受諾する(第1条)。
B 被相続人は、昭和49年6月7日に、本件不動産の所有権をIらに移転するとともに移転登記をし、物件の引渡しをする(第2条)。
C 本件不動産に対する公租公課は、所有権移転登記完了の時を基準に、その日までを被相続人、その日以降をIらが負担する(第5条)。
(ニ)本件固定資産税等は、本件相続開始時まで、被相続人に対して課税され、被相続人名義で納付されている。
(ホ)被相続人とIとの間で作成された昭和54年9月20日付の契約書(以下「本件再確認契約書」という。)には、要旨次のとおり記載されている。
A 本件不動産は、本件公正証書に基づき、Iらの所有物であることを確認する。
B Iは、本日、被相続人に対し、本件不動産に対する昭和49年6月7日から昭和54年第1期分までの間の固定資産税等の合計相当額である712,963円を支払い、被相続人はこれを受領した。
(ヘ)請求人は、原処分庁の担当職員に対し、本件固定資産税等は、被相続人が支払っていた旨申述した。
(ト)M社の平成5年1月1日から平成5年12月31日まで、平成6年1月1日から平成6年12月31日まで及び平成7年1月1日から平成7年12月31日までの各事業年度に係る法人税の確定申告書に添付された決算報告書には、同社が、本件乙専有部分について、その所有権を有していた平成7年3月まで、被相続人から本件土地を賃借しているとして、被相続人に対して地代を支払った旨の記載がある。
(チ)被相続人の平成5年分ないし平成7年分の所得税の確定申告書には、上記(ト)のM社が被相続人に支払った金額が、不動産所得の収入金額として記載されている。
(リ)被相続人は、平成5年分ないし平成8年分の所得税の確定申告の際に、本件不動産が自己の財産である旨を記載した財産及び債務の明細書を原処分庁に提出している。
(ヌ)本件相続に係る平成11年2月12日付の遺産分割協議書(以下「本件遺産分割協議書」という。)には、本件不動産を請求人が被相続人から相続により取得することが記載され、請求人とIがそれぞれ署名、押印している。
(ル)Iらが本件不動産に係る贈与税の申告をした事実はない。
ロ ところで、贈与とは、民法第549条において、贈与者が自己の財産を無償にて与える意思表示をし、受贈者が受諾することによって成立する旨規定されており、贈与による財産の取得の時期については、書面によるものはその契約の効力の発生した時、書面によらないものはその履行の時と解される。
 しかしながら、これは、書面さえ存在しておれば、贈与の実態にかかわりなく、その契約の効力が発生した時を財産の取得の時期とする趣旨ではなく、特に、本件のように、親子や特別の間柄にある親族間で不動産の贈与が行われたとして公正証書が作成されているが、長期間にわたって所有権移転登記を行わず、贈与者が死亡するに至って始めてその法的効果を主張して、その相続税の課税の適否を争うような場合には、課税の公平の観点からも、単に当該贈与契約をした旨が書面に記載されているということのみにとらわれることなく、これに関連する諸事実を総合的に判断して、その契約の効果が真実生じているか否かを実質的に判断すべきである。
ハ これを本件について見ると、前記イの認定事実のとおり、〔1〕本件公正証書においては、被相続人が所有権移転と同時に所有権移転登記を行う旨記載されているが、本件相続開始時までに、その手続がとられていないこと、〔2〕本件公正証書においては、本件固定資産税等は、所有権移転登記完了時を基準として、その負担者を被相続人からIらに変更する旨記載されているが、本件相続開始時まで、被相続人に対して課税され、被相続人名義で納付されていること、〔3〕本件土地の借地人であったM社は、本件土地上の本件乙専有部分を被相続人に譲渡するまで、賃借料名目で被相続人に金員を支払い、被相続人は、所得税の確定申告において、当該金員を不動産所得の収入金額として計上していること、〔4〕被相続人は、平成5年分ないし平成8年分の確定申告の際に、本件不動産が自己の財産である旨記載した明細書を提出していること、及び〔5〕本件遺産分割協議書において、請求人が、本件不動産を相続により取得する旨記載されていることが認められる。
 これらのことに照らすと、本件贈与契約の当事者において、その合意内容どおりの履行が行われていないばかりか、本件公正証書上、贈与契約が効果を生じたとされる時以降においても、本件不動産の賃貸料の収受及び本件固定資産税等の支払を、贈与者とされる被相続人が行っており、被相続人の確定申告や本件遺産分割協議書においても、本件不動産が被相続人の所有財産として扱われるなど、本件公正証書の内容と矛盾する行動がとられていることから見ると、被相続人は、本件贈与契約に基づいて、Iらに対し、本件不動産を真に贈与する意思を有していたものとは認め難く、Iらにおいても、本件不動産の所有権を取得したとする認識があったものとは認められない。
 また、請求人が上記2の(1)のイの(イ)において主張するように、本件公正証書を作成した目的が、Iに対する相続の前渡し並びにL及びKに対する相続税の節税のための生前贈与にあるとするならば、Iらに本件不動産について贈与を受けたとの認識があるはずであり、当然に、K及びLの親権者である請求人を含めた各当事者は、本件不動産についての贈与税の申告が必要であることの認識を有していたと見るのが自然であるところ、本件不動産に係る贈与税の申告はされていない。
 そうすると、本件公正証書は、将来の相続税の負担を回避することなど、何らかの意図をもって作成された、実体の伴わない形式的な文書と見るのが自然かつ合理的であり、本件公正証書によって、被相続人とIらの間に贈与の合意が成立していたものとは到底認められない。
したがって、本件公正証書が作成されたことをもって、本件不動産について、被相続人からIらに贈与による所有権移転の効果が生じていると認めることはできないから、本件不動産は、本件相続財産を構成すると認めるのが相当である。
ニ これに対して、請求人は、以下のとおり主張するが、次のとおりいずれも理由がない。
(イ)請求人は、所有権移転登記手続がされていないが、これはIらが失念していたためであり、所有権移転の効力は、本件公正証書の第2条に基づいて生じている旨主張する。
 しかしながら、前記ロのとおり、書面上贈与契約が取り交わされていたとしても、課税の公平の観点から、単に当該贈与契約が書面で行われているということのみで判断するのではなく、これに関連する諸事実を総合的に見て、所有権移転の効果が生じているか否かを判断すべきものであるところ、上記ハのとおり、本件贈与契約が有効に成立しているものとは認められない。
 また、相当高額な本件不動産の贈与で、わざわざ公正証書まで作成していたにもかかわらず、Iらが所有権移転登記を失念していたというのは不自然といわざるを得ない。
 したがって、本件公正証書の第2条に基づいて所有権移転の効力が生じているという請求人の主張には、理由がない。
(ロ)また、請求人は、所有権移転登記に代えて昭和55年4月17日付で所有権移転仮登記を行っていることから、Iらの権利保全及び対外的な権利移転の表示は行われており、このことが、本件公正証書により贈与が行われたことの裏付けである旨主張する。
 しかしながら、上記(イ)のとおり、当初から所有権移転登記手続をしていなかったこと自体不自然である上、当該仮登記も、本件公正証書上贈与の効果が生じたとされる時から5年以上経過した後に、しかも、本登記するに足る形式的、実質的要件が具備しない場合において、将来なすべき本登記のための順位保全の目的をもってする予備登記にすぎない仮登記によったものであり、その他前記ハに記載した各事実をも併せかんがみると、仮登記の事実をもって贈与が行われたことの裏付けとはならず、この点に関する請求人の主張は採用できない。
(ハ)さらに、請求人は、被相続人が本件固定資産税等を支払っていたのは、本件不動産に係る賃料の負担と同視できるものであり、実質的には、本件不動産の所有者であるIらが本件固定資産税等を支払い、賃借人である被相続人が賃料を支払っているものである旨主張する。
 しかしながら、〔1〕本件固定資産税等の実際の支払者は、前記イの(ニ)のとおり、本件贈与契約の前後を通じて被相続人であり、本件贈与契約により何らかの変更がなされたものとも認められないこと、〔2〕前記イの(ホ)のとおり、本件公正証書が作成された日から5年余り経過後において、被相続人とIらの間で、昭和49年6月7日から昭和54年第1期分までの間の固定資産税等を被相続人が受領した旨の本件再確認契約書が作成されているが、この時期において、あえて親族間でこのような契約書を作成する必要性も認められず、また、本件再確認契約書の内容は、上記の被相続人が実質的に賃料を支払っていたとする請求人の主張及び本件固定資産税等は被相続人が支払っていた旨の原処分庁の担当職員に対する請求人の申述にも矛盾することからすると、請求人の主張は採用できない。
(ニ)加えて、請求人は、M社が被相続人に賃借料名目で支払っている金員は、資金を得る目的で受領していたものであり、本件乙専有部分の貸地に係る賃貸料として受領していたものではない旨主張する。
 しかしながら、前記イの(ト)及び(チ)のとおり、M社は、法人税の確定申告書において、本件乙専有部分に係る賃借料を被相続人に支払っている旨記載し、被相続人は、所得税の確定申告書において、本件乙専有部分に係る賃貸料をM社から受領している旨記載しており、このことを覆す事実も認められないことから、この点に関する請求人の主張は採用できない。
(ホ)また、その余の請求人の主張についても、前記ハの判断に照らし、いずれも採用できない。

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(2)被相続人が関係法人に対して有する貸付金債権が、相続開始前に放棄されたか否かについて

イ 請求人から提出された資料、原処分関係資料及び当審判所が調査したところによれば、次の事実が認められる。
(イ)本件基本合意書には、当事者であるO社、被相続人並びにN社及びQ社の代表取締役である請求人等がそれぞれ署名、押印しており、その要旨は次のとおりである。
A 被相続人は、O社に対し、N社の株式399,800株を1,999,000円で譲渡する(第1条及び第2条)。
B N社は、被相続人及びIに対する借入金債務合計464,050,151円のうち、389,741,028円を代物弁済で清算し、45,501,418円を立替金等と相殺し、残債務28,807,705円については、平成11年11月9日までに弁済する(第4条8項)。
C N社の買収代金及びその支払方法は、次のとおりである。
(A)O社によるN社の買取金額は、総額5,019,192,931円(以下「本件買取金」という。)である(第6条〔2〕)。
(B)本件買取金は、O社がN社及びP社の次のaないしfの債務(以下「本件負担債務」という。)を負担する方法で支払う。
 また、本件買取金のうち97,000,000円については、平成11年11月9日までに支払うこととし、本件負担債務と本件買取金との差額264,628,277円については、cないしeの債務を弁済する際に免除する(第6条〔2〕及び〔3〕)。

aUに対する債務3,919,192,931円
bR銀行に対する債務1,003,000,000円
cM社に対する債務165,025,740円
dQ社に対する債務28,458,000円
e被相続人に対する債務28,807,705円
fその他の債務139,336,832円

(ロ)本件修正合意書は、平成10年12月21日を作成日付とし、被相続人及びI等がそれぞれ署名、押印しているところ、その第5条には、被相続人は、O社及びN社が本件基本合意書及び本件修正合意書に定める義務を遵守することを条件に、本件基本合意書に定めたN社に対する債権28,807,705円を放棄する旨記載されている。
(ハ)O社が当審判所に提出した書類の内容は、要旨次のとおりである。
A 請求人がO社の担当者にあてた平成11年2月15日付の「確認書」と題する書類(以下「本件確認書」という。)には、本件基本合意書の記載事項について、相続人である請求人が誠実に被相続人の権利及び義務を承継するとともに、早期に本件基本合意書についての修正覚書を作成する旨記載されている。
B O社の顧問であるV弁護士(以下「V弁護士」という。)がO社にあてた平成11年4月30日付の「ご報告」と題する書類(以下「本件ご報告」という。)には、その「1討議内容」の〔2〕のCにおいて、被相続人の相続税処理の問題があるので、P社の特別清算の完結は、平成11年11月15日の相続税の申告期限までとする旨、その「2今後の問題」の〔3〕において、国税延滞利息負担額の割り振りの問題に決着がついたら、早急に修正合意書の作成調印に入りたい旨がそれぞれ記載されるとともに、本件ご報告に添付された「合意書見直し検討事項」と題する書類の「5その他の合意書記載事項の再検討の要否」の(2)において、本件基本合意書の第4条8項の約定であるN社の被相続人及びIに対する借入金債務の代物弁済処理が、同(4)において、合意の日付が、それぞれ再検討事項として挙げられている。
C V弁護士がO社の担当者にあてた平成11年7月21日付の「ご連絡」と題する書類(以下「本件ご連絡」という。)には、修正合意書の原案を送付する旨、及び原案どおりであれば、N社の被相続人からの借入金を、債務免除することになる旨が記載され、本件ご連絡に添付された「N社譲渡に関する修正合意書」と題する書類の第4条には、被相続人の債務免除を定めた本件修正合意書の第5条とほぼ同様の内容が記載されている。
(ニ)O社の職員は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
A 本件確認書は、請求人等が本件基本合意書の修正をO社に対して確約したものである。
B 本件ご報告は、請求人、O社の代表者及び双方の弁護士等が出席して、本件基本合意書の見直しの検討を行った平成11年4月22日の会議の協議内容と今後の修正における問題点を、V弁護士がO社に対して報告したものである。
C 本件ご連絡は、V弁護士が、本件基本合意書の見直しを行って作成した修正合意書の原案について、O社に対して検討を依頼したものである。
(ホ)O社の代表取締役であるW(以下「W」という。)は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
A 本件修正合意書が実際に作成されたのは、本件確認書、本件ご報告及び本件ご連絡が作成された後であると判断されるが、作成された日付については記憶にない。
B 本件修正合意書の日付が平成10年12月21日となっているのは、本件基本合意書の内容を変更する話が、N社、P社及びO社が連名でR銀行に平成10年12月22日付の念書(以下「本件念書」という。)を差し入れる以前からあったことによるものと思われる。
C 本件基本合意書では、O社から支払われる97,000,000円が具体的にどの債務に充てられるかが確定していないことから、本件貸付金の免除がこの段階で確定しているとはいえない。
(ヘ)N社の平成11年3月期ないし平成13年3月期の法人税の確定申告書に添付された勘定科目の内訳書には、本件貸付金が被相続人からの借入金として記載されている。
(ト)本件遺産分割協議書には、請求人が、本件貸付金を被相続人から相続により取得する旨記載され、請求人とIがそれぞれ署名、押印している。
(チ)請求人は、原処分庁の担当職員及び異議審理庁の担当職員に対し、現在、請求人の弁護士とN社の弁護士との間において、本件貸付金の債権放棄についての合意書を作成中であり、その合意書によって本件貸付金の債権放棄が確定する旨申述した。
ロ ところで、相続税法第2条《相続税の課税財産の範囲》第1項は、相続又は遺贈により財産を取得した個人で、当該財産を取得した時においてこの法律の施行地に住所を有する者については、その者が相続又は遺贈により取得した財産の全部に対して、相続税を課する旨規定するとともに、国税通則法第15条《納税義務の成立及びその納付すべき税額の確定》第2項第4号は、相続税の納税義務は、相続又は遺贈による財産の取得の時に成立する旨規定しており、相続税の課税財産に該当するか否かについては、相続開始時点で判断すべきものと解される。
ハ これを本件について見ると、本件基本合意書においては、〔1〕前記イの(イ)のB及びCのとおり、N社は、被相続人及びIに対する借入金残債務28,807,705円について、平成11年11月9日までに弁済する旨合意するとともに、本件負担債務のうち、本件買取金を超える差額については、O社及びN社が本件基本合意書どおりに債務履行した段階で、債務免除する旨記載されていること、また、〔2〕前記イの(ホ)のCのとおり、Wが、本件貸付金の免除が確定していない旨答述していることに照らすと、本件基本合意書どおりに契約が進行した場合においては、本件貸付金が放棄される可能性は否定できないものの、本件修正合意書が作成されたことから見ても、本件基本合意書どおりに契約が進行していないことは明らかであり、本件基本合意書において、どの債権が放棄されるのかが具体的に確定しているものとは認められない。
 また、本件修正合意書において、前記イの(ロ)のとおり、本件貸付金を放棄する旨記載されているが、前記イの(ハ)ないし(ホ)の認定事実によると、本件修正合意書は、その作成日付である平成10年12月21日ではなく、早くとも、本件ご連絡が作成された平成11年7月21日以後、すなわち、本件相続開始後に作成されたものと認めるのが相当であり、このことは、前記イの(ヘ)ないし(チ)の認定事実である〔1〕N社の本件相続開始後の法人税の確定申告書に、本件貸付金が被相続人からの借入金として記載されていること、〔2〕本件遺産分割協議書に、本件貸付金が本件相続財産であるとして記載されていること、及び〔3〕請求人が、本件相続開始時から相当期間を経過した後に、原処分庁及び異議審理庁の担当職員に対して、本件貸付金の債権放棄は確定していない旨申述したことにも符合することとなる。
 したがって、本件貸付金は、本件相続開始時において、既に放棄されていたものとは認められず、本件相続財産を構成するとするのが相当である。
ニ これに対して、請求人は、本件貸付金について、本件基本合意書において放棄されており、本件修正合意書においてもその内容は変更されていないことから、本件相続財産ではない旨主張する。
 しかしながら、前記イの(イ)の本件基本合意書の内容及び同(ホ)のCのWの答述から、本件基本合意書において、どの債権を放棄するかを明確に合意しているものとは認められず、本件相続開始時において、具体的に本件貸付金の債権放棄がされていないのであるから、この点に関する請求人の主張は採用できない。
 また、その他の請求人の主張についても、上記ハの判断に照らし採用できない。

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(3)被相続人の連帯保証債務が相続財産から控除すべき債務に当たるか否か及びその控除すべき債務の額について

イ 請求人から提出された資料、原処分関係資料及び当審判所が調査したところによれば、次の事実が認められる。
(イ)本件約定書には、債務者として請求人を代表取締役とするP社の記名、押印があるほか、連帯保証人として被相続人、請求人及びSのそれぞれの署名及び実印による押印がある。
(ロ)P社及びN社とR銀行との間において、債務者をP社、極度額を17億円として、平成2年10月18日付で作成された根抵当権設定契約証書(以下「本件根抵当権証書」という。)には、物上保証人として、請求人を代表取締役とするP社及び被相続人を代表取締役とするN社の記名、押印がある。
(ハ)本件基本合意書の第4条2項には、P社のR銀行に対する借入金1,303,000,000円のうち、被相続人が担保とした預金300,000,000円を除く1,003,000,000円に対する被相続人の保証債務について、N社が免責的に引き受け、被相続人が本件連帯保証債務関係から脱退できるよう努める旨記載されている。
(ニ)P社は、平成9年11月28日に、R銀行から、本件約定書に基づいて、手形貸付により1,301,000,000円の融資を受けた。
(ホ)P社は、平成9年12月17日に解散し、同月24日にX地方裁判所に対して特別清算手続の開始を申し立て、平成10年1月13日に特別清算手続の開始決定(平成○年(○)第○○号)がされた。
(ヘ)R銀行は、平成10年1月6日付で、P社、被相続人、請求人及びSに対して、貸付金返還に係る催告書を送付した。
 なお、上記の催告に対して、被相続人らが、R銀行に異議を述べた形跡は認められない。
(ト)本件修正合意書には、P社及び請求人が責任をもって本件借入金債務を返済し、O社及びN社は一切これを負担しない旨が記載されている。
(チ)本件念書には、本件借入金債務について、P社が返済期限までに支払ができない場合には、〔1〕物上保証人であるN社がP社に代わって支払うこと、及び〔2〕N社の支払について、O社がN社に連帯して保証することが記載されている。
(リ)本件相続開始時における本件借入金債務の額は726,311,646円であり、そのうち、主たる債務者であるP社による弁済不能額は296,060,494円である。
(ヌ)本件根抵当権証書に基づいてR銀行へ差し入れられた担保物件(以下「本件担保物件」という。)の本件相続開始時における登記簿上の抵当権者は、第一順位がO社で、第二順位がR銀行となっている。
 なお、O社が第一順位の抵当権者になっているのは、本件基本合意書に基づいて従前の債権者に対して3,919,192,931円の代位弁済をしたため、N社に対する求償債権を取得したことによるものである。
 また、本件担保物件の本件相続開始時の相続税評価額は、当審判所が算定したところ、5,917,146,292円となる。
(ル)Sは、平成8年2月に懲戒処分により○○○の職を失しており、また、平成12年1月27日に受けた判決(X地方裁判所平成○年(○)第○○号示談金請求事件。以下「本件X地裁判決」という。)において、SがP社に対して、損害賠償金として488,779,206円の支払義務を負い、その時点におけるSの全財産により弁済する旨の平成8年3月8日付の示談契約書は、有効であると認定されている。
(ヲ)被相続人の訴訟承継人である請求人は、本件和解において、被相続人が連帯保証人として、R銀行に対して317,397,059円の支払義務があることを認めるとともに、請求人の弁済額が本件念書の返済金額に満たない場合は、R銀行が、その不足額をN社及びO社に対して支払請求することを承認した。
(ワ)請求人は、当審判所に対して、要旨次のとおり答述した。
A 本件基本合意書の第4条2項では、本件借入金債務をN社が引き受けることになっていたが、債権者であるR銀行がこれを認めなかったことから、本件修正合意書を作成し、被相続人側がこれを負担するというスキームに変更した。
B 本件修正合意書の第1条において、本件借入金債務をP社と請求人が責任をもって返済することとなっているのは、当時、被相続人の病状が悪化していたこともあり、娘である請求人が本件借入金債務を引き受けるという意思表示を行ったものであるが、被相続人、請求人及びSは、債権者であるR銀行に対して、本件修正合意書を受けて何の手続も行っておらず、被相続人の連帯保証人という立場に変更はない。
(カ)R銀行は、当審判所の照会に対し、被相続人に対して保証債務履行請求訴訟を提起したのは、同行が、被相続人が差押えが可能な資産を有していることを把握していたためであり、他の保証人に対して訴訟を提起しなかった理由は記憶にないので分からない旨の回答をした。
ロ ところで、関連法令及びその趣旨は、次のとおりである。
(イ)相続税法第13条《債務控除》第1項は、相続等により財産を取得した者の課税価格に算入すべき価額は、相続等により取得した財産の価額から被相続人の債務で相続開始の際、現に存するものを控除した金額による旨規定し、同法第14条《控除すべき債務》第1項は、控除すべき債務は確実と認められるものに限る旨規定している。
(ロ)保証債務については、主たる債務者がその債務を履行しない場合に、これに代わって返済する従たる債務であり、その債務が履行されるか否かは不確実であることから、原則として、確実な債務とは認められず、債務控除の対象となる債務には該当しないが、相続開始時において、主たる債務者が弁済不能の状態にあるため、保証人がその債務を履行しなければならない場合で、かつ、主たる債務者に求償しても返還を受ける見込みがない場合には、確実な債務として、債務控除の対象とすることができるものと解される。
 また、他の者と連帯して債務保証をしている場合において、他の保証人が弁済不能の状態にあり、当該弁済不能者の負担部分をも負担しなければならない場合で、かつ、その求償権の行使ができない場合には、その負担しなければならないと認められる部分の金額については、債務控除の対象とすることができるものと解される。
(ハ)弁済不能の状態にあるか否かについては、一般的に主たる債務者又は他の保証人が破産、和議、会社更生あるいは強制執行等の手続開始を受け、又は、事業閉鎖、行方不明、刑の執行により債務超過の状態が相当期間継続し、他から融資を受ける見込みもなく、再起の目途が立たないなどの事情により、事実上債権の回収ができない状態にあることが客観的に認められるか否かで判断すべきものであると解される。
(ニ)連帯保証人が複数いる場合の各自の負担部分は、連帯保証人間で負担部分が定まっていない場合は、平等の割合(連帯保証人の頭数)をもって負担するものと解され、また、保証人(連帯保証人を含む。以下同じ。)と物上保証人がいる場合にも、民法第501条ただし書第5号において、保証人と物上保証人との間にあっても、単純に頭数に応じて代位する旨規定されていることから、その負担部分は平等であると解される。
ハ これを本件について見ると、次のとおりである。
(イ)主たる債務者であるP社は、前記イの(ホ)のとおり、本件相続開始時において、既に特別清算手続が開始されていることから、本件借入金債務の全額を履行することができず、連帯保証人及び物上保証人が、早晩、本件借入金債務をP社に代わって履行しなければならない状況にあり、また、保証人が本件借入金債務を履行し、P社に求償したとしても、返還を受ける見込みはないものと認められる。
(ロ)本件借入金債務に係る保証人については、前記イの(イ)の本件約定書及び後記ニの(ロ)で認定したとおり、被相続人、請求人及びSの3名であり、また、前記イの(ロ)の「本件根抵当権証書」のとおり、N社が物上保証人であるが、Sは、前記イの(ル)の本件X地裁判決のとおり、平成8年3月8日の示談契約によって、損害賠償金の支払のためにSの全財産を充てるものとされていることが認められる。また、Sは、平成8年2月に○○○の職を懲戒処分により失しており、その後、その収入の途も絶たれているのであるから、相続開始時において、事実上、本件連帯保証債務の履行は不可能の状態にあり、同人の負担部分をも他の保証人が負担しなければならない状況にあるとともに、他の保証人が本件借入金債務を弁済した場合に、Sに求償しても返還を受ける見込みはないものと認められる。
 そうすると、本件借入金債務については、その連帯保証人である被相続人、請求人、及び物上保証人であるN社が、主たる債務者であるP社に代わって債務の弁済を行わなくてはならないものと認められ、その債務の弁済を行った場合においても、主たる債務者であるP社及び連帯保証人の一人であるSに対して求償権の行使をしても、それぞれの者から返還を受ける見込みはないものと認められる。
(ハ)次に、本件借入金債務に関して、各保証人の負担額について検討する。
A 本件借入金債務を実質的に負担することになる保証人は、上記(ロ)のとおり、連帯保証人である被相続人及び請求人並びに物上保証人であるN社の3者(以下「本件保証人」という。)となるが、本件保証人間において、本件借入金債務に対する負担部分についての合意があったものとは認められないことから、本件保証人間の負担部分は、上記ロの(ニ)のとおり、それぞれ同額であるとするのが相当である。
 また、物上保証人であるN社の代位弁済責任は、本件担保物件の価格を限度とするが、その本件担保物件の価格について、当審判所においても相当と認める財産評価基本通達に基づいて算定すると、前記イの(ヌ)の相続税評価額5,917,146,292円から、本件担保物件の第一順位の抵当権者であるO社の求償債権3,919,192,931円を控除した結果、1,997,953,361円となり、この額は、前記イの(リ)の相続開始時における本件借入金債務のうち保証人が履行しなければならないと認められる296,060,494円の3分の1相当額である98,686,831円を上回っているので、N社も、他の保証人と同額の負担を負うものと認めるのが相当である。
(ニ)そうすると、本件連帯保証債務のうち、被相続人の債務として財産の価額から控除すべき債務の額は、前記イの(リ)の本件相続開始時における本件借入金債務のうち保証人が債務を履行しなければならないと認められる296,060,494円の3分の1相当額である98,686,831円となる。
ニ これに対して、請求人は、以下のとおり主張するが、次のとおりいずれも理由がない。
(イ)請求人は、本件和解によって、本件連帯保証債務が被相続人単独の債務であることが確認された旨主張する。
 しかしながら、請求人は、本件和解において、被相続人の連帯保証人としての支払義務を認めるが、本件和解調書上、被相続人のみが保証している旨の記載は全くなく、本件和解によって、本件借入金債務が被相続人の単独保証であることを確認したものではないことは明らかであるから、請求人の主張には理由がない。
(ロ)また、請求人は、筆跡から見ても明らかなように、本件約定書における保証人としての請求人及びSの署名押印は、これら請求人らの承諾なく被相続人が無断で行ったものであり、請求人らの連帯保証人としての責任は発生していない旨主張する。
 しかしながら、本件約定書の押印には請求人の実印が使用されており、また、主たる債務者であるP社の当時の代表取締役が請求人自身であること、及び前記イの(ヘ)のとおり、R銀行は、平成10年1月6日付で、連帯保証人である請求人らに対し、主たる債務者であるP社に代わって弁済するよう文書で催告をしているにもかかわらず、請求人らがR銀行に取り立てて異議を述べた形跡がないことからすると、連帯保証人としての責任は、請求人らの意思に基づいて発生していると認めるのが相当であるから、請求人の主張は採用できない。
(ハ)さらに、請求人は、債権者であるR銀行が被相続人に対してのみ訴訟を提起したのは、当時、請求人の保証意思の確認手続を怠り、このため請求人に対する保証債務の追及が難しかったからである旨主張する。
 しかしながら、保証債務履行請求訴訟は、連帯保証人全員に対して行う必要はなく、誰に対しても行うことができ、最も容易に債権の回収が可能な者のみに対して行われることも通常あり得るものであり、前記イの(カ)のR銀行の回答からも、R銀行の判断において、単に被相続人のみに対する訴訟提起が行われたものと認められ、請求人に対する訴訟を提起しなかったことをもって、本件約定書は請求人の承諾なくして被相続人が無断で作成したものであるということはできないから、請求人の主張は採用できない。
ホ 一方、原処分庁は、本件借入金債務について、本件基本合意書ではN社が、本件修正合意書ではP社及び請求人が、それぞれ返済する旨記載されていることから、本件相続開始時における本件連帯保証債務は、被相続人の債務ではない旨主張する。
 確かに、前記イの(ハ)のとおり、本件基本合意書においては、被相続人の本件連帯保証債務関係からの脱退について協議されているが、本件和解において、請求人が被相続人の連帯保証債務の履行を認めているように、債権者であるR銀行に対する被相続人の連帯保証人としての立場が変更されていない以上、本件相続開始時における被相続人の連帯保証人としての責任は、法律上存在していたと認めるのが相当であるから、この点に関する原処分庁の主張は採用できない。
(4)以上、前記(1)ないし(3)の判断に基づいて、請求人の本件相続に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を計算したところ、別表4の「審判所認定額」欄のとおりとなり、この金額は、本件更正処分の金額を上回るから、本件更正処分は適法である。
(5)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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