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(平15.3.25裁決、裁決事例集No.65 601頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、認知に関する裁判(以下「認知裁判」という。)の確定により相続人としての地位を取得した審査請求人(以下「請求人」という。)が相続により取得した上場株式について、〔1〕その財産の取得時期及び評価時点は、相続開始日と認知裁判の確定した日のいずれとすべきか、〔2〕その評価について、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56ほか国税庁長官通達。以下「評価通達」という。)6《この通達の定めにより難い場合の評価》の定めの適用があるか否かを主な争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成11年○月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したF(以下「本件被相続人」という。)の共同相続人の一人であるが、この相続開始に係る相続税の申告書(以下「本件申告書」という。)に課税価格を○○○○円、納付すべき税額を98,245,600円と記載して、その法定申告期限内に提出した。
ロ その後、請求人は、平成14年2月25日に、課税価格を○○○○円及び納付すべき税額を26,810,900円とすべき旨の更正の請求をした。
ハ これに対し、原処分庁は、平成14年3月5日付で、更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ニ 請求人は、本件通知処分を不服として、平成14年3月18日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、平成14年5月31日付で、棄却の異議決定をした。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成14年6月24日に審査請求をした。

(3)関係法令等

イ 民法第882条は、相続は、死亡によって開始する旨規定し、また、同法第896条は、相続人は、相続開始の時から、被相続人の一身に専属したものを除き、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する旨規定し、さらに、同法第909条は、遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる旨規定している。
 また、民法第784条は、認知は、出生の時にさかのぼってその効力を生ずる旨規定している。
ロ 国税通則法(以下「通則法」という。)第15条《納税義務の成立及びその納付すべき税額の確定》第2項第4号は、相続税の納税義務は、相続又は遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与を含む。)による財産の取得の時に成立する旨規定し、相続税法基本通達(昭和34年1月28日付直資10国税庁長官通達。以下「相続税通達」という。)1・1の2共−7《財産取得の時期の原則》は、相続又は遺贈による財産取得の時期は、相続開始の時とする旨定めている。
ハ 相続税法第22条《評価の原則》は、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨規定し、評価通達1《評価の原則》の(2)は、時価とは、課税時期において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、また、課税時期とは、相続、遺贈又は贈与により財産を取得した日又は相続税法の規定により相続、遺贈又は贈与により取得したものとみなされた財産のその取得の日をいう旨定めている。
ニ 評価通達169《上場株式の評価》の(1)は、上場株式の価額は、その株式が上場されている証券取引所の公表する課税時期の最終価格によって評価するが、ただし、その最終価格が課税時期の属する月以前3か月間の毎日の最終価格の各月ごとの平均額のうち最も低い価額を超える場合には、その最も低い価額によって評価する旨定めている。
ホ 評価通達6は、この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する旨定めている。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成13年○月○日の認知裁判の確定によって本件被相続人の相続人たる地位を取得した。
ロ 請求人は、平成13年○月○日に成立した遺産分割協議によって株式会社G(以下「G社」という。)の株式○○株(以下「本件株式」という。)のみを相続し、本件申告書においては、本件株式の評価時点を相続開始の日として、評価通達169の(1)の定めによって1株当たり469円と評価した。
ハ H証券取引所が公表した本件相続開始日以後における本件株式の最終価格の推移は、別表のとおりである。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件株式の取得の時期及びその評価時点
(イ)相続税法第11条《相続税の課税》は、相続税の総額の計算においては、いわゆる「遺産総額主義」をとっているものの、他面、相続税法第11条の2《相続税の課税価格》が、相続により財産を取得した者については、当該相続により取得した財産の価額の合計額をもって相続税を課す旨規定し、相続税法第22条が、この「相続により取得した財産の価額」について、「当該財産の取得の時における時価」による旨規定しているように、相続税法は、実質においては、他の税目と同様に「取得者課税の原則」をとっている。
 また、相続税法が、相続等により財産を取得した者の「相続により取得した財産の価値」に担税力を見いだして課税している点からいっても、「財産の取得の時」とは、「納税者が物理的にも換価処分等の権利行使が可能な時」と解すべきである。
 そうすると、請求人が相続人たる地位を取得したのは、認知裁判が確定した平成13年○月○日であることから、「財産の取得の時」は、認知裁判が確定した日とするべきであり、また、遺産分割請求権の行使や相続財産の換価処分等は、物理的にも認知された日以降でないとでき得ない状況にあったことから、「評価時点」についても、早くても認知裁判が確定した日とすべきである。
 なお、この点について、原処分庁は、民法第896条、第909条及び第784条の規定を画一的に準用して、いかなる場合も相続開始の時と解すべきであり、認知裁判の確定した日と解することは法律的根拠が明らかではなく、また、当該裁判の確定日は人為的要因で前後できるから、当該日をもって「財産の取得の日」と解することは、かえって課税の公平の実現を妨げる旨主張する。
 しかしながら、〔1〕時効の効力はその起算日に遡及する(民法第144条)とされているものの、税法上における時効取得による所有権の取得の時期及びその取得価額は、経済的利益の認識があった「時効完成の時」又は「時効援用の時」によるのが通説であること、〔2〕相続税法第3条の2《遺贈に因り取得したものとみなす場合》は、相続人が不存在で特別縁故者への財産分与により財産が与えられた場合における価額は、「与えられた時の時価」による旨規定していること、〔3〕評価通達7−2《評価単位》は、被相続人が利用していた単位形状で評価するのではなく、遺産分割後の各相続人の取得した単位形状で評価する旨定めていること、〔4〕評価通達169の(1)のただし書は、課税時期の属する月以前3か月間の株価を考慮することとしていることなどのように、「財産の取得の時」に関する租税法上の取扱いは、必ずしもすべて民法の規定に従っているものではないことから、本件の場合についても、請求人主張の考え方が許容され得る余地があるというべきである。
 さらに、そもそも裁判は、公平な裁判官の訴訟指揮下で行われるものであり、その確定日が「租税負担の軽減を図る」目的で変動するとは到底考えられない。
(ロ)民法第784条の規定が、認知された者の利益を擁護する観点をも含めて設けられたものだと解すれば、相続税法の適用上、本件のように認知された者にとって不利に作用する場合にまで、当該規定を単純に準用することは妥当ではない。
 また、上記規定を準用した結果、請求人は、自己の責めに帰すべき事由が全くないにもかかわらず、物理的にも換価処分が不可能な本件相続開始日を本件株式の評価時点とされ、不条理な財産的価値の認定によって多額の租税債務を負担させられることとなったものであり、到底納得できるものではない。
 さらに、このような不条理な結果となったことは、原処分庁の法令の字句のみにとらわれた解釈及びその適用にあり、納税者の生存権をも否定する極めて過酷なものであるといわざるを得ず、憲法第13条及び第25条の精神にも違背するとともに、租税法の大前提である「実質・適正な課税の原則」や「応能負担の原則」を含む原理・原則に著しく違背し、租税正義を根幹から形骸化するものである。
 なお、この点について、原処分庁は、請求人の主張は認知された者にとって有利か否かによって評価時点を前後させるという解釈になり、課税の公平や法的安定性を旨とする租税法の解釈としては容認できない旨主張する。
 しかしながら、原処分庁が主張するように、現行制度上、請求人のような場合においても、「財産取得の時」を相続開始日であるとすることが仕方がないものであるならば、現行制度は、制度的欠陥があるといえるものであり、例えば、認知された者のすべてに対して、「相続開始日又は認知された日のいずれか有利な日を評価時点とする。」旨明文をもって設けるなど、制度的な手当をしておくべきであり、このような定めをしておれば、課税の公平や法的安定性が阻害されるとは到底考えられない。
ロ 評価通達6の定めの適用
 仮に、「財産の取得の時」を認知裁判の確定した日とする解釈ができないとしても、請求人が取得した本件株式の価額のように、評価通達169の定めにより評価した結果が納税者に不条理な租税債務を負担させることとなる場合には、その評価額は、評価通達6にいう「この通達によって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額」に該当することから、評価通達6を適用し、国税庁長官の指示を受けて不条理な結果が生じないような評価をすべきである。
ハ 本件審査請求をするに至った背景等
 本件審査請求をするに至った背景等には、上記の点に加え、次のような事情がある。
(イ)本件相続開始日における本件被相続人の共同相続人であるJ、K、L及びM(以下「Jら」という。)の4名の間においては、平成12年○月○日に、本件株式を除く相続財産について、遺産分割協議が成立し、Jらは、平成12年○月○日に、相続税の申告書を提出するとともに、G社の株式による物納申請をした。
 その後、請求人が、平成13年○月○日に、認知裁判の確定により本件被相続人の相続人たる地位を取得した(この日のG社の株価は142円であった。)ことにより、平成13年○月○日に、請求人とJらとの間において、本件株式のみを請求人が相続するとする遺産分割協議の成立をみたことから、請求人は、平成13年○月○日に、本件申告書を提出するとともに、本件株式による物納申請をした(この日のG社の株価は107円であった。)。
 また、この請求人の物納申請に対して、原処分庁が何らの対応をしないままに日時が経過し、その間、平成13年○月○日に、G社の民事再生手続開始の申立てが公表されて、その株価は61円、同年○月○日には、民事再生手続から会社更生手続に移行して株価は2円、さらに同年○月○日には、G社が上場廃止になり、株価は1円となった。
 そして、Jらは、原処分庁の担当者から、G社が上場廃止になったため、請求人の物納申請を認めることは困難である旨、及びその場合、請求人の納付すべき相続税について、Jらが連帯納付義務を負うこととなる旨の説明を受け、連帯納付義務を負った場合の延滞税が多額になることを回避することを目的に、原処分庁の担当職員の指導の下に、とりあえず請求人が納付すべき相続税について仮納付をした。
 しかしながら、原処分庁は、このJらの仮納付の意図を承知していたにもかかわらず、仮納付を奇貨として、Jらに何らの説明をしないまま、仮納付分を一方的に請求人の納付すべき相続税に充て、また、請求人の物納申請に対して、物納申請税額は既に納付済みであるから、その効力が失われている旨を記載した、行政処分に当たらない単なる「お知らせ」を送付した。
 その結果、請求人は、物納申請に対する不許可処分があったとした場合、その処分に対する不服申立てが可能であったところ、その機会を奪われることとなったため、やむを得ず、本件株式の評価額に誤りがあったことを理由として、更正の請求を行った。
(ロ)これらの原処分庁の一連の措置は、次の点において、違法又は不当である。
A 原処分庁は、請求人と同様に「同一の被相続人」から「同種の財産」を相続したJらが行ったG社の株式による物納申請に対しては許可をしているところ、請求人に何らの瑕疵がなく、また、請求人の責めに帰すべき事由が全くないにもかかわらず、請求人が行ったG社の株式による物納申請に対しては許可をしなかったことは、「法の下での平等の原則」に著しく違背するものである。
B また、原処分庁が、Jらの仮納付を奇貨として、請求人の物納申請税額は既に納付済みであるからその効力が失われている旨の「お知らせ」を送付したことは、納税者の意図をねじ曲げた不当な措置であり、通則法に規定する納税者の権利救済の道までも閉ざしてしまうものであることから、税務行政に対する納税者の信頼を深く傷つけ、著しく「信義則」に違背しているといわざるを得ない。

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(2)原処分庁の主張

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件株式の取得の時期及びその評価時点
(イ)相続税法第22条は、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨規定している。
ところで、民法は、相続人は、相続開始の時から被相続人に属した一切の権利義務(被相続人の一身に専属したものを除く。)を承継し(民法第896条)、遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる(民法第909条)旨規定しており、また、認知の場合についても、出生の時にさかのぼってその効力を生ずる(民法第784条)旨規定していることから、被相続人に属していた財産は相続開始と同時に請求人が承継することとなる。
 そうすると、上記の「財産の取得の時」とは、被相続人に係る相続開始の時を指すものと解されることから、請求人が、本件申告書の提出に際し、本件株式の評価時点を本件相続開始日として、その価額を算定したのは適法である。
(ロ)これに対し、請求人は、認知裁判が確定したことによって初めて遺産分割請求権の行使や取得財産の換価処分等が可能となることから、認知裁判の確定した日を「財産の取得の時」と解すべきである旨主張する。
 しかしながら、そのように解することについての法律的根拠が明らかでないばかりか、父又は母の死亡後の認知の訴えは、その死亡の日から三年間行うことができることから、裁判確定の日は人為的要因で前後させられる可能性があり、当該日をもって「財産の取得の時」と解することは、かえって課税の公平の実現を妨げることにもなる。
 また、相続税法は、認知裁判確定までの遺産分割請求権の行使の制約を、相続財産の評価時点に影響を及ぼす事柄として予定することなく、むしろ相続税の申告及び納付の期限にかかわる事柄とすることで、かかる制約を受けない相続税の納税義務者との均衡を図ることとしており、また、法定相続分を超えて取得した財産に係る換価処分権等の行使が、遺産分割があって初めて可能であるように、請求人の主張する事象は、認知のみに特有のものではない。
 さらに、請求人は、実質的にも、認知の効力により、相続開始の時をもって相続人としての地位を取得し、以降の法律関係は請求人を権利者として形成され、遺産分割によって取得した財産の権利利益の一切を享受することになるのであるから、相続によって取得した財産の評価時点を相続開始の時とすることに何らの不都合もない。
 したがって、請求人の主張は、相続税法第22条の解釈として容認する余地がないものであるから、理由がない。
(ハ)また、請求人は、民法第784条が認知された者の利益擁護の規定であると解されるから、認知された者にとって不利益なものまで準用すべきでない旨主張するが、同条は、認知は子の出生後になされるのが普通であり、事実上の親子関係は出生の時に定まっているから、出生の時から法的親子関係があるものとして取り扱うのが自然であるとの趣旨で規定されたものと解すべきである。
 なお、仮に、民法第784条が請求人が主張するような趣旨で規定されたものであるとしても、請求人の主張は、認知された者にとって有利か否かによって評価時点を前後させるという解釈にほかならず、かかる主張は、課税の公平や法的安定性を旨とする租税法の解釈としては容認できない。
(ニ)さらに、請求人は、財産の取得時期と財産の評価時期を異にすることについて、時効取得や特別縁故者に対する相続財産の分与の制度に係る課税上の取扱いを例に挙げて主張するが、本件とは明らかに実態を異にするものであるから、これらの課税上の取扱いをもって、本件株式の評価時点を認知裁判の確定した時とする根拠とはなり得ない。
(ホ)加えて、請求人は、評価通達169の(1)のただし書を例として、明文をもって、「相続開始日又は認知された日のいずれか有利な日を評価時点とする。」旨定めておれば、課税の公平や法的安定性が阻害されることはなかった旨主張するが、現行法令に規定のないものを仮定するものであるから、認めることはできない。
 また、評価通達169の(1)のただし書は、価格変動の著しい株式について安全性を考慮した評価方法を定めたものであることから、本件における「財産の取得の時」を判定するための判断要素とはなり得ない。
ロ 評価通達6の定めの適用
(イ)請求人は、無価値に近い財産を取得しながら多額の租税債務を負うことになったことは、実質課税の原則、応能負担の原則に反するものであるから、本件株式の評価について、評価通達6の定めが適用されるべきである旨主張する。
 しかしながら、本件株式の価格が下落したのは、相続開始後に生じた後発的要因によるものであることから、相続開始後の後発的要因により相続財産の価値に増減を来したとしても、その増減によって生じる利益又は損失は、いずれの場合においても、その財産を取得した相続人自身に帰属するのが当然の事理であるから、損失が生じたことを理由に相続税の課税価格の計算上、財産の価額を減額してその損失を補てんすることこそ、租税法の条理・原則に反するものであるといわざるを得ない。
 したがって、本件株式の評価について、評価通達169の(1)の定めによって評価することが不相当であるとする理由はないから、国税庁長官の指示を受けて評価する旨の評価通達6の定めが適用される余地はない。
ハ 請求人は、物納申請に対する処分についてるる主張するが、原処分の適否の判断に何ら関係するものではない。

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3 判断

(1)本件株式について、〔1〕その取得時期及びその評価時点並びに〔2〕その評価において評価通達6の適用があるか否かに争いがあるので、以下審理する。
イ 本件株式の取得の時期及びその評価時点
(イ)通則法第15条は、前記1の(3)のロのとおり、相続税の納税義務は、相続による財産の取得の時に成立する旨規定し、この「相続による財産の取得の時」について、相続税通達1・1の2共−7は、相続による財産取得の時期は、相続開始の時として取り扱う旨定めている。
 また、相続税法第22条は、前記1の(3)のロのとおり、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨規定している。
 ところで、前記1の(3)のイのとおり、相続は、被相続人の死亡によって開始し(民法第882条)、相続人は、相続開始の時から、被相続人の一身に専属していたものを除き、被相続人の一切の権利義務を承継し(民法第896条)、遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる(民法第909条)ものである。
 そうすると、相続税通達1・1の2共−7が、相続による財産取得の時期について、相続開始の時として取り扱う旨を定めたことは、当審判所においても、相当であると認める。
 また、相続により取得した財産の価額は当該財産の取得の時における時価による旨の相続税法第22条の規定からすると、相続等により取得した財産の評価時点も相続開始時と解するのが相当である。
 そして、このことは、後記(ロ)ないし(ホ)のとおり、相続人が、被相続人の死亡後に認知裁判が確定したことにより相続人たる地位を取得した場合であっても、同様と解される。
(ロ)これに対して、請求人は、認知裁判の確定により初めて相続人の地位を取得したものであるから、本件株式の取得の時期は認知裁判の確定した日と解すべきであり、また、遺産分割請求権の行使や相続財産の換価処分等についても、認知された日以降でないとできない状況であったことから、その評価時点についても、早くても認知裁判が確定した日と解すべきである旨主張する。
 しかしながら、上記(イ)に加え、相続税法第2条《相続税の課税財産の範囲》、第15条《遺産に係る基礎控除》第2項、第16条《相続税の総額》、第17条《各相続人等の相続税額》の各規定からすると、相続税法は、相続人が法定相続分に従って遺産を分割取得したものと仮定して相続税の総額を計算し、実際に遺産を取得した者が、この相続税額をその取得分に応じて納付するといういわゆる法定相続分課税方式による遺産取得課税方式を採用しているものと解される。
 そして、相続税法がこのような課税方式を採用しており、すべての相続税の納税義務者について、相続開始時を基準とした課税を行うことを予定していると解されること、及び民法第784条が、認知は出生の時にさかのぼってその効力を生ずると規定していることからすると、被相続人の死亡後における認知裁判の確定により相続人となった者が当該相続により財産を取得した場合におけるその財産の取得時期についても、相続開始の時であると解される。
 また、その相続財産の評価時点についても、〔1〕相続税法第22条において、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨規定していること及び〔2〕被相続人の死亡後における認知裁判の確定により相続人となった者が当該相続により財産を取得した場合におけるその財産の価額については、後記(ニ)のBのとおり、相続税法第3条の2のような相続税法第22条の例外としての別段の定めがないことから、その相続開始の時であると解される。
 以上のことから、これらの点に関する請求人の主張には理由がない。
(ハ)請求人は、相続税法においても取得者課税の原則が適用されるべきであり、また、相続税法が相続により取得した財産の価値に担税力を見いだして課税している点からいっても、「財産の取得の時」とは「納税者が物理的にも換価処分等の権利行使が可能な時」と解すべきである旨も主張する。
 しかしながら、現行の相続税法は、相続財産の取得者の担税力に照応したいわゆる遺産取得課税方式を採用しつつも、上記(ロ)の計算方法を採用し、遺産分割の時期や内容にかかわらず、相続税の総額が一定となるように定め、遺産取得課税方式に修正を加えている。
 そして、遺産分割があった場合に、その遡及効から、遺産分割時ではなく、相続開始時を評価時点としているのと同様、被相続人の死亡後に認知された場合でも、その認知の遡及効から、相続開始の時を評価時点と考えざるを得ない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(ニ)請求人は、〔1〕時効取得による所有権の取得の時期等に関する税法上の解釈、〔2〕相続税法第3条の2の規定、〔3〕評価通達7−2の定め及び〔4〕評価通達169の(1)のただし書の定めを例に挙げて、租税法上の取扱いが必ずしも民法の規定に従っているものではないことから、本件の場合においても同様の考え方が許容される余地がある旨主張する。
 しかしながら、次のとおり、請求人の主張には理由がない。
A 時効制度は、時効による権利の得喪時期について、その期間継続した事実関係をそのまま保護するために、私法上その効力を起算日まで遡及させたものであるが、租税法における所得、取得等の概念については、経済的活動の観点からの検討も必要であり、私法上の効力と同様に解さなければならない必然性があるとはいえないとして、請求人が主張するような解釈、取扱いを行っている。
 しかしながら、前記(ロ)のとおり、本件株式の取得時期及びその評価時点は、いずれも本件相続開始日であると解され、認知裁判の確定した日とする解釈の余地はない。
B 相続税法第3条の2が、分与財産の価額を分与時の時価であると規定しているのは、特別縁故者に対する財産分与による財産の取得時期が相続開始時であることを前提として、財産の分与が相続財産法人において相続財産の清算(相続債権者及び受遺者に対する弁済等)が行われた後、残存する財産のうちから行われること等を勘案して、相続税法第22条の例外として規定されたものであると解される。
 しかしながら、被相続人の死亡後における認知裁判の確定によって相続人となった者が、当該相続によって財産を取得した場合におけるその財産の価額については、このような例外規定が存在しない。
C 評価通達7−2が、遺産分割等によって宅地の分割が行われた場合について、原則としてその分割後の画地を一画地の宅地として評価する旨定めているのは、〔1〕前記(ロ)で述べたように、現行の相続税法が遺産取得課税方式を採用していること、〔2〕民法が、相続人は相続開始の時から被相続人に属した一切の権利義務を承継し、遺産の分割は相続開始の時にさかのぼってその効力を生じる旨規定していることなどから、遺産分割等による宅地の分割後の所有者単位で評価をするのが、課税時期におけるそれぞれの財産の現況に応じた時価の算定という点からして相当であるとする考えによるものと解される。
 しかしながら、評価通達7−2は、課税物件の評価単位を示したものであり、遺産分割時の時価を課税時期における時価とするものではない。
D 評価通達169の(1)のただし書は、株式の価額は発行会社の経営状態のほかこれと無関係の需給関係等から日々変動するものであるから、株式の価額をその取得時すなわち相続開始時の取引価額に固定することは、一時的に騰貴した株価を評価額とする場合も生じ、納税者に過酷な結果となることもあり得るので、課税時期の属する月以前3か月間の株価を考慮すべきものとして定められたものであり、その取得時期及び評価時点を変更しようとするものではないと解される。
(ホ)請求人は、原処分における法令の字句のみにとらわれた民法第784条の規定の解釈及びその適用によって、本件株式の取得時期は本件相続開始日であるとされたことにより、請求人にとって不条理な結果となり、そのことは納税者の生存権をも否定する極めて過酷なものであるから、日本国憲法第13条及び第25条の精神に違背している旨主張するとともに、本件のような場合においても、現行制度上、「財産取得の時期」は「相続開始時」としか解されないものであれば、現行制度には制度的欠陥がある旨主張する。
 しかしながら、本件株式の取得時期及びその評価時点が本件相続開始日であると解されることは、前記(ロ)で述べたとおりであり、原処分は法令の規定等に従って適法になされていると認められることから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
 なお、当審判所は、原処分庁が行った処分が違法又は不当なものであるか否かを判断する機関であって、適法になされた原処分が日本国憲法に違反しているかどうかについての判断は、当審判所の権限に属さないことであり、審理の限りではない。
ロ 評価通達6の定めの適用
(イ)相続税法第22条は、前記1の(3)のハのとおり、相続により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨規定し、その評価基準として評価通達が定められているところ、上場株式については、評価通達169の(1)において、その株式が上場されている証券取引所の公表する課税時期の最終価格又は課税時期の属する月以前3か月間の毎日の最終価格の各月ごとの平均額のうち最も低い価額によって評価する旨定めている。
 この評価通達169の(1)は、上場株式は、証券取引所が公表する課税時期における取引価格がそのまま時価を示しているということができるものの、証券取引所の取引価格はそのときどきの需給関係による値動きがあるため、一時点における需給関係による偶発性を排除し、ある程度の期間における取引価格の実勢をも評価の判断要素として考慮し、評価上のしんしゃくを行うことがより適切であることから定められたものであると解され、当審判所においても、この定めには合理性があるものと認める。
 そうすると、本件株式は、評価通達169の(1)によって評価するのが相当である。
(ロ)これに対して、請求人は、本件株式を評価通達169の(1)の定めにより評価すると請求人に不条理な租税債務を負担させることとなるから、評価通達6の定めにより、国税庁長官の指示を受けて不条理な結果が生じないような評価をすべきである旨主張する。
 しかしながら、評価通達6の定めは、評価通達に定める評価方法を画一的に適用した場合には、適正な時価評価が求められず、その評価額が不適切なものとなり、著しく課税の公平を欠く場合も生じることが考えられることから、そのような場合に、個々の財産の態様に応じた適正な時価評価が行えるように措置されたものと解されるところ、本件株式は、証券取引所に上場された上場株式であり、証券取引所が公表する取引価格はそのまま時価を示しているということができるから、評価通達169の(1)の定めにより評価した上場株式の価額は、評価通達6にいう「著しく不適当な価額」には当たらないというべきである。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ハ 以上の結果、本件株式の価額について、その評価時点を相続開始日として、評価通達169の(1)の定めに基づいて評価すると、請求人が本件申告書に記載した金額と同額となるから、本件更正の請求に対し、更正をすべき理由がないとしてなされた本件通知処分は適法である。
(2)なお、請求人は、審査請求に至った背景等には、〔1〕原処分庁は、Jらが行った本件株式と同じ銘柄の株式による物納申請に対してその許可をしたにもかかわらず、請求人の株式による物納申請に対して許可をしなかったことが、「法の下での平等の原則」に著しく違背するものであること、〔2〕Jらが原処分庁の担当職員の指導の下に、請求人の納付すべき相続税を仮納付したにもかかわらず、原処分庁は、それを一方的に請求人の納付すべき相続税に充てるとともに、請求人の物納申請に対して許可又は却下をせずに、単なる「お知らせ」をもって、物納申請税額は既に納付済であるから物納申請の効力は失われているとする、納税者の意図をねじ曲げる不当な措置により、通則法に定める請求人の権利救済の道までも閉ざしてしまったことなどがある旨主張する。
 しかしながら、原処分は、請求人の納付すべき税額が過大であるか否かについてされたものであるところ、請求人の主張する事情は、本件通知処分を違法又は不当とする理由とはならないから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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