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(平16.6.24裁決、裁決事例集No.67 280頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、整形外科医を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が労働災害に係る療養の費用の支給を申請している患者及び公務災害に係る療養補償の支払の一時差止め決定を受けている患者に対して行った治療に係る診療報酬債権について、その収入すべき時期が争われた事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、別表1の「確定申告」欄のとおり記載した平成11年分及び平成12年分(以下、併せて「各年分」という。)の所得税の青色の確定申告書を法定申告期限までに原処分庁に提出した。
ロ 原処分庁は、平成15年2月14日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおり、各年分の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
ハ 請求人は、これらの処分を不服として、平成15年4月10日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月30日付で、棄却の異議決定をした。
ニ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成15年7月30日に審査請求をした。

(3)関係法令

 所得税法第36条《収入金額》第1項は、「その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。」と規定している。

(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、P市p町○−○において、Dクリニックの名称で医業を営む、職業病を専門とする整形外科医である。
ロ 請求人は、別表2ないし別表7の各患者(以下「本件各患者」という。)に対して、「診療年月」欄に記載した年月に「診療金額」欄に記載した金額に相当する診療を行っている。
ハ 別表2ないし別表6の各患者は、Q労働基準監督署長に対して、労働者災害補償保険法第7条第1項第1号に規定する業務上の負傷等(以下「労働災害」という。)に係る療養の費用の支給を請求していた者(以下「労災申請患者ら」という。)である。
 なお、平成11年中及び同12年中に上記費用の支給の決定はなされていない。
ニ 別表7のEは、昭和60年3月29日に地方公務員災害補償法第26条に規定する公務上の負傷等(以下「公務災害」という。)に係る療養補償の支給の決定を受けていたが、平成11年1月20日付で地方公務員災害補償基金R県支部長が上記補償の支払の一時差止めの決定(以下「本件差止め決定」という。)をしたため、その決定に対して不服申立てを行い、取消しを求めていた者である。
 なお、平成12年末の時点で本件差止め決定の取消しはなされていない。

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2 主張

(1)原処分庁の主張

 原処分は、次のとおり適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 各年分の更正処分について
(イ)診療報酬債権の収入すべき時期
 所得税法第36条第1項の規定の趣旨は、現実の収入があるまで所得税の課税をなし得ないとすると、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税上の見地から、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとしたものと解されている。
 そして、医師の診療報酬債権については、原則として、医師が診療契約に基づいて患者に対する診療を行うことによって、直ちに行使できる性質の権利であり、医師が患者に対して診療を行った時期にその権利が確定すると解するのが相当であるから、医師の事業所得の金額の計算において、診療報酬請求権は、医師が診療を行った時期の属する年分の収入金額として計上することになる。
 また、労働災害及び公務災害に係るいわゆる「認定」とは、労働者災害補償保険法及び地方公務員災害補償法に基づき、国又は地方公務員災害補償基金から、それらの法律に規定される労働者及び地方公務員に対し、当該災害に係る療養に必要な費用の給付を決定するものである。
 つまり、当該認定は、国又は地方公務員災害補償基金と労働者及び地方公務員の間における当該災害への補償(給付)についての決定であり、医師とその患者たる労働者及び地方公務員の間の診療契約において何ら影響を及ぼすものではない。
 したがって、医師の診療報酬債権の債務者は、あくまでも労働者及び地方公務員であると考えられ、医師がこれらの者に対して診療を行った時期にその権利が確定すると認めるのが相当である。
(ロ)事業所得の金額
A 収入金額
 各年分の収入金額は、請求人の備え付けている各年分の総勘定元帳及び診療カルテ等を調査して確認できた金額であり、請求人が各年分の確定申告書に記載した収入金額(平成11年分が53,638,345円、同12年分が54,266,775円である。)に、別表2ないし別表7の診療金額(平成11年分が2,178,040円、同12年分が2,675,168円である。)を加算した金額で、平成11年分が55,816,385円、同12年分が56,941,943円である。
B 必要経費の額
 各年分の必要経費の額は、請求人が各年分の確定申告書に添付した青色申告決算書(一般用)に記載された金額と同額で、平成11年分が44,941,506円、同12年分が52,376,490円である。
C 事業所得の金額
 各年分の事業所得の金額は、上記Aの収入金額から上記Bの必要経費の額を差し引いた金額で、平成11年分が10,874,879円、同12年分が4,565,453円となり、各年分の更正処分のそれと同額であるから、各年分の更正処分は適法である。
ロ 各年分の過少申告加算税の賦課決定処分について
 上記イの(ロ)のCのとおり、各年分の更正処分は適法であり、請求人が過少申告したことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由がある場合に該当するとは認められないから、同条の規定に基づいて行った各年分の過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

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(2)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部を取り消すべきである。
イ 各年分の更正処分について
(イ)診療報酬債権の収入すべき時期
 医業の収益計上基準では、医師の診療報酬債権は、医業サービスの提供が完了し、その対価を請求し得る状況になったときに確定するが、本件各患者に対する診療報酬債権は、次に述べるとおり、診療行為時には対価を請求し得る状況になったとはいえず、その時点で確定しているとはいえないから、診療行為が属する年分の収入に計上すべきではない。
A 労災申請患者らに係る診療報酬債権
 労災申請患者らに対する治療は、労働災害の認定を受けることを前提とした治療であり、請求人は、労災申請患者らに対し、労働災害の認定までは診療報酬を請求することはできないし、労災申請患者らも自己の負担で治療費を支払う意思はない。
 請求人は、労災申請患者らから、発病に至る経緯等を聞き、労働災害として療養の費用の支給を受けるべき治療であると判断したので、労災申請患者らに対し、労働災害と認定されるまでは治療費を請求しない旨述べた上、「療養補償給付たる療養の費用請求書」の「医師の証明」欄や「療養の内訳及び金額」欄などを記載して、療養の費用の支給の請求方法等を説明して労働災害の認定の手続を進めた。
 したがって、労災申請患者らに対する診療行為時に、診療報酬債権は確定しているとはいえない。
B Eに係る診療報酬債権
 Eに対する治療は、公務災害に係る療養補償の支給を前提とした治療であり、本件差止め決定がされたからといって、請求人は、同人に対し、公務災害に係る療養補償の支給が再開されるまでは診療報酬を請求することはできないし、同人も自己の負担で治療費を支払う意思はない。
 また、実際上も、請求人は、本件差止め決定後、Eと話し合い、〔1〕本件差止め決定の取消しを求めて地方公務員災害補償基金R県支部審査会に対して不服申し立てを行うこと、〔2〕その結果、本件差止め決定が取り消され、同人の療養補償の支給が再開されるまでは同人に治療費を請求しないこととしている。
 したがって、Eに対する診療行為時に、診療報酬債権は確定しているとはいえない。
(ロ)事業所得の金額
 以上のとおり、本件各患者に対する別表2ないし別表7の「診療金額」欄の金額に相当する診療行為に係る診療報酬債権は、診療行為時に確定しているとはいえないから、これらを事業所得の金額の計算上、各年分の収入と認定した各年分の更正処分は違法であり、請求人の各年分の事業所得の金額は、別表1の「確定申告」欄の「事業所得」欄の金額と同額である。
ロ 各年分の過少申告加算税の賦課決定処分について
 上記イの(ロ)のとおり、更正処分は各年分とも違法で取り消すべきであるから、これに伴い各年分の過少申告加算税の賦課決定処分もその全部を取り消すべきである。

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3 判断

 双方の主張に基づいて調査、審理したところ、次のとおり判断される。

(1)各年分の更正処分について

イ 診療報酬債権の収入すべき時期
(イ)所得税法第36条第1項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額とする旨規定しているが、ここにいう「その年において収入すべき金額」とは、その年において収入すべきことが確定し、相手方にその支払を請求し得ることとなった金額をいうものであり、上記規定は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、当該権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するといういわゆる権利確定主義を採用しているものと解するのが相当である。
 そして、収入の原因となる権利が確定する時期は、それぞれの権利の特質を考慮して決定されるべきであり、役務の提供を内容とする契約に基づく債権にあっては、原則として、その役務の提供が完了した時点で当該権利が確定すると解される。
 医師の診療契約に基づく診療報酬債権も、患者に対して診療を行う都度役務の提供が完了するものであるから、医師が患者に対して診療を行った時期にその権利が確定すると解するのが相当である。
 したがって、医師の事業所得の金額の計算上、診療報酬債権は、医師が診療を行った時期の属する年分の収入金額として計上すべきである。
(ロ)これを本件についてみると、上記1の(4)のロのとおり、請求人は、本件各患者に対して、平成11年中及び同12年中に別表2ないし別表7の「診療金額」欄の金額に相当する診療を行っていることが認められるから、これらの診療行為に係る診療報酬請求権はそれぞれの年中に確定し、事業所得の金額の計算上、各年分の収入金額として計上すべきこととなる。
(ハ)これに対し、請求人は、本件各患者に対する診療報酬債権は、労働災害が認定され、又は、本件差止め決定が取り消されて療養補償の支払が再開されて初めて、診療の対価を請求し得るから、このような場合の診療報酬債権は診療行為時に確定しているとはいえない旨主張する。
 しかしながら、本件各患者に対する診療報酬債権も、医師が診療を行うことにより、直ちに当該診療行為に相当する金額が定まる性質の権利、すなわち、役務の提供が完了した時点で当該役務に係る対価の額が確定してそれを請求することが可能となる権利であるから、診療行為時点で、医師が直ちに患者に対して診療報酬を請求するか否かによって、診療報酬債権の確定する時期が影響されるものではない。
 したがって、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ロ 事業所得の金額
 原処分庁は、上記2の(1)のイの(ロ)のCのとおり、請求人の各年分の事業所得の金額を平成11年分が10,874,879円、同12年分が4,565,453円と認定しているところ、当審判所の調査によっても原処分庁の認定額は相当と認められ、これらの金額は、各年分の更正処分のそれと同額であるから、各年分の更正処分は適法である。

(2)各年分の過少申告加算税の賦課決定処分について

 以上のとおり、更正処分は各年分とも適法であり、また、請求人には、更正処分により納付すべき税額の基礎となった事実が更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同法第1項の規定に基づいて行われた各年分の過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。
(3)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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