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(平16.5.17裁決、裁決事例集No.67 383頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)の土地の譲渡所得につき、保証債務を履行するために資産を譲渡した場合の課税の特例が認められるか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成13年分の所得税について、確定申告書に別表の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに申告した。
ロ 請求人は、平成14年3月26日、別表の「更正の請求(1回目)」欄のとおり、更正の請求をした。
ハ 請求人は、原処分庁所属の職員の調査を受け、譲渡所得の収入金額に固定資産税相当額を加算するなどして、平成14年4月25日に別表の「修正申告」欄のとおり記載した修正申告書を提出した。
ニ 原処分庁は、これに対し、平成14年7月5日付で、別表の「賦課決定処分」欄のとおり過少申告加算税の賦課決定処分をした。
ホ 原処分庁は、平成14年7月19日付で、別表の「更正処分等」欄のとおり更正処分及び過少申告加算税の変更決定処分をした。
ヘ 請求人は、平成14年9月11日付で、所得税法第152条《各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例》の規定に基づいて、同法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》第2項の規定の適用を求めて、別表の「更正の請求(2回目)」欄のとおり、更正の請求(以下「本件更正の請求」という。)をした。
ト 原処分庁は、平成15年2月20日付で、本件更正の請求に対して更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
チ 請求人は、本件通知処分を不服として、平成15年3月14日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年6月6日付で棄却の異議決定をした。
リ 請求人は、異議決定を経た後の本件通知処分に不服があるとして、平成15年7月1日に審査請求をした。

(3)関係法令

 所得税法第64条第2項は、保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、各種所得の金額の合計額のうち、その行使することができないこととなった金額は、各種所得の金額の計算上、なかったものとみなす旨規定している(以下、この規定による譲渡所得の特例を「保証債務の特例」という。)。

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(4)基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、平成7年6月10日にH株式会社(以下「H社」という。)の取締役に就任し、同15年4月21日に代表取締役に就任し、現在に至っている。
 なお、請求人は、平成13年9月30日現在、H社の発行済株式総数の75%を所有する筆頭株主である。
ロ 保証契約等
(イ)J銀行関係
A 平成元年4月3日、請求人の父K(H社の代表取締役)及び同母L(H社の監査役)は、J銀行との間で、H社とJ銀行との銀行取引について、主債務の元本金100,000,000円及び主債務に付随する利息、損害金、その他従たる債務の合計額を限度として連帯保証をする旨の銀行取引限度保証契約を締結した。
 なお、上記契約は、平成元年6月29日、同3年10月25日、同5年11月18日、同10年10月30日に主債務の元本金がそれぞれ150,000,000円、200,000,000円、300,000,000円、400,000,000円に変更されている。
B 平成7年5月8日、請求人は、J銀行との間で、H社とJ銀行との銀行取引について、主債務の元本金55,000,000円及び主債務に付随する利息、損害金、その他の従たる債務(以下「本件第一債務」という。)の合計額を限度として連帯保証をする旨の銀行取引限度保証契約を締結した(以下、この契約による連帯保証債務を「本件第一連帯保証債務」という。)。
 なお、上記契約は、平成10年9月30日、同年10月30日に主債務の元本金がそれぞれ300,000,000円、400,000,000円に変更されている。
C 平成7年5月8日、請求人は、P市p町○番の雑種地476平方メートル(以下「本件甲土地」という。)及び同市q町○番の宅地446.28平方メートルに、請求人を債務者、J銀行を根抵当権者、極度額を55,000,000円として設定していた根抵当権の債務者に、請求人のほかに、H社を加えた。
D 平成12年9月26日、請求人は、上記Cの土地及びP市q町○番○の宅地148.86平方メートルに、H社を債務者、J銀行を根抵当権者とし、極度額を100,000,000円とする根抵当権を設定した。
(ロ)M信用組合関係
A 平成9年3月4日、請求人及びKは、M信用組合との間で、H社とM信用組合との銀行取引について、主債務の元本金50,000,000円及び主債務に付随する利息、損害金、その他の従たる債務(以下「本件第二債務」といい、本件第一債務と併せて「本件各債務」という。)の合計額を限度として連帯保証をする旨の保証契約を締結した(以下、この契約による連帯保証債務と本件第一連帯保証債務を併せて「本件各連帯保証債務」という。)。
 なお、上記契約は、平成9年6月20日、同10年8月4日、同12年8月9日に、主債務の元本金がそれぞれ60,000,000円、100,000,000円、150,000,000円に変更されている。
B 平成10年8月4日、請求人は、P市p町○番○の雑種地679平方メートル(以下「本件乙土地」といい、本件甲土地と併せて「本件各土地」という。)について、H社を債務者、M信用組合を根抵当権者とし、極度額を100,000,000円とする根抵当権を設定した。
ハ 土地譲渡関係
(イ)請求人は、平成13年5月8日、本件甲土地をN株式会社に45,356,850円で譲渡する旨の売買契約を締結し、同年6月8日にこれを引き渡した。
(ロ)請求人は、平成13年9月20日、本件乙土地をS株式会社に66,000,000円で譲渡する旨の売買契約を締結し、同年10月30日にこれを引き渡した。
ニ 譲渡代金の処理状況等
(イ)本件甲土地について
A 請求人は、平成13年6月8日、本件甲土地の譲渡代金45,468,822円(固定資産税相当額111,972円を含む。)をJ銀行j支店の請求人名義の普通預金口座(口座番号○○○○。以下「本件A口座」という。)に預け入れた後、同日、43,800,000円を引き出した。
B H社は、平成13年6月8日、43,800,000円をJ銀行j支店のH社名義の普通預金口座(口座番号○○○○。以下「本件B口座」という。)に預け入れた後、33,800,000円を引き出して、本件第一債務中の手形借入金16,000,000円の弁済に、残金17,800,000円を本件第一債務中の手形借入金48,220,000円の内入れに充てた(以下、これらの弁済を「本件第一弁済」という。)。
 なお、上記17,800,000円の手形借入金の弁済期日は平成13年9月28日であったが、同年7月2日までの利息が支払われていたことから、戻し利息として、同年6月8日に本件B口座に29,260円が振り替えられた。
C J銀行は、平成13年6月8日、H社から手形貸付金の弁済(合計33,800,000円)を受けたと経理処理した。
D H社は、平成13年6月11日、本件B口座に預け入れた43,800,000円を請求人からの借入金として経理処理し、このうちの33,800,000円で自ら本件第一債務を弁済したと経理処理した。
(ロ)本件乙土地について
A 請求人は、平成13年10月30日、本件乙土地の譲渡代金66,050,014円(固定資産税相当額50,014円を含む。)を本件A口座に預け入れた後、同日、62,000,000円を引き出した。
B H社は、平成13年10月30日、62,000,000円を本件B口座に預け入れた後、50,000,840円を引き出して、M信用組合m支店のH社名義の普通預金口座(口座番号○○○○。以下「本件C口座」という。)へ50,000,000円を振り込んだ。
C H社は、平成13年10月30日、本件C口座から48,718,526円を引き出した後、M信用組合に対する証書借入金2,247,093円(利息7,093円を含む。)、手形借入金5,016,493円(利息16,493円を含む。)及び手形借入金26,760,020円(利息90,020円を含む。)を弁済し、14,682,054円(利息92,054円を含む。)を手形借入金30,000,000円の内入れに充てた(以下、これらの弁済を「本件第二弁済」といい、本件第一弁済と併せて「本件各弁済」という。)。
D H社は、平成13年10月30日、本件B口座へ預け入れた62,000,000円を請求人からの借入金として経理処理し、このうちの48,705,660円で自ら本件第二債務を弁済したと経理処理した。
E M信用組合は、平成13年10月30日、H社から手形貸付金3口合計46,458,567円及び証書貸付金2,247,093円の弁済を受けたと経理処理した。
ホ 債務免除通知
 請求人は、H社に対し、平成14年8月27日付で、書面により、求償債権82,300,000円(J銀行33,800,000円及びM信用組合48,500,000円の弁済分)を放棄する旨の意思表示をした。

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2 主張

(1)請求人の主張

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 保証債務の成立
 上記1の(4)のロの(イ)及び(ロ)のとおり、請求人とJ銀行及びM信用組合(以下「本件各金融機関」という。)との間では、H社の本件各金融機関に対する銀行取引に係る債務について、連帯保証及び物上保証が成立している。
ロ 資産の譲渡及び保証債務の履行
(イ)本件各土地の譲渡は、保証債務を履行するための資金を作るために行われたものである。
A 本件各金融機関は、主債務者であるH社が本件各債務の弁済が不可能な状況になってきたため、連帯保証人兼物上保証人である請求人に対して、再三再四にわたり、本件各土地を譲渡して保証債務を履行するよう求めてきており、メインバンクであるJ銀行は、H社及びその関係者の他銀行を含めた債務の合計額約17億円を一覧的に管理した上、不動産売却計画と題する書類(後記3の(1)のイの書類)を作成するなどして、返済を迫ってきた。
B このように、金融機関による保証債務の履行の強い要請があったことから、請求人は、金融機関主導で、上記1の(4)のハのとおり、本件各土地を譲渡した。
(ロ)本件各弁済は、保証債務の履行として、本件各土地の譲渡代金を原資として行われている。
A 本件各土地の譲渡代金は、H社を経由して本件各債務の弁済に充てられているが、これは、譲渡代金の流れを明確に記録することを目的として、請求人が譲渡代金をH社に貸し付けた形式を採っただけであり、実質的には、請求人が連帯保証人として本件各連帯保証債務を弁済したものである。
B H社において、請求人からの金員を借入金として処理しているのは、経理担当者が、会計知識不足のため、代位弁済を受けた場合の処理方法を知らなかったからであるが、これが代位弁済ということは社内の関係者全員が知っていた。
C H社へ提供した金員は弁済した保証債務の額を超えているが、これは、本件各金融機関が請求人に対し本件譲渡代金の全額を保証債務の履行に充てるように要請してきたのに対し、請求人が、譲渡に係る仲介手数料及び譲渡所得に対する税金相当額を残してもらうよう嘆願した結果、これらの金額を控除した残額を保証債務の履行に充てることになったためである。
ハ 求償権行使の不能
(イ)請求人は、H社は債務超過の状態が相当期間継続していたため、求償権を行使することが不可能であると認められたことから、平成14年8月27日、H社に対する求償権を放棄した。
(ロ)法人の代表者一族の求償権の放棄後、法人が存続し経営を継続している場合であっても、〔1〕代表者等として求償権を放棄せざるを得ない状況にあること、〔2〕求償権を放棄してもなお、債務超過の状況にあることの二つの要件に該当すれば、求償権の行使は不可能と解されており、本件もこの要件を満たしている。
ニ 保証債務の特例の適用
 以上のとおり、請求人は、保証債務を履行するために本件各土地を譲渡し、当該譲渡代金で本件各連帯保証債務を弁済し、その結果生じたH社に対する求償権の行使も不能であるから、本件各土地の譲渡は保証債務の特例の適用要件を備えているというべきである。
ホ 結語
 したがって、本件通知処分は違法であるから、本件更正の請求は認められるべきである。

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(2)原処分庁の主張

 本件通知処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 本件各土地の譲渡は、保証債務を履行するためになされたものではない。
(イ)本件各金融機関が、請求人に対して、H社の債務の返済を迫っていたこと、譲渡代金から仲介手数料及び税金相当額を控除して弁済に充てたこと、銀行員の手によって本件各連帯保証債務の弁済に充てられた事実は認められず、請求人から当該事実を証する資料は何ら提出されていない。
(ロ)本件各弁済について、期限前の弁済が存し、戻り利息が発生しているものがある。
(ハ)請求人が提出した書類、すなわち、〔1〕「売却時に債権者(銀行)に対し保証債務履行額を嘆願した算出根基」と題する書類、〔2〕銀行作成の「借入金明細」、「不動産売却計画」及び「不動産売却の検討」と題する各書類、〔3〕J銀行作成の「貴社の現状と今後向かうべき方向性について」と題する書類について、上記〔1〕の書類は、本件各土地の譲渡代金のうち国税等相当額以外の金額を計算したことを示す資料にすぎず、上記〔2〕及び〔3〕の各書類は、金融機関がH社の事業を存続させるとともに、債権回収の手段として助言を提供したことを示す資料にすぎない。
(ニ)以上のとおり、本件各土地の譲渡は、保証債務を履行するためになされたものではない。
ロ 本件各弁済は、請求人がH社に譲渡代金を貸し付け、H社が当該資金をもって行ったものである。
(イ)本件各土地に係る譲渡代金は、H社において、本件各債務の弁済に充当したと経理処理されている。
(ロ)本件各金融機関が、請求人に対して、保証債務の履行を請求した事実は認められず、また、本件各金融機関は、請求人が自らの連帯保証債務を弁済したという認識を持っていない。
(ハ)請求人がH社に提供した資金は、本件各弁済の額を超えるものであり、請求人は、本件各弁済の額を超える資金を提供した理由について合理的な説明をしていない。
(ニ)譲渡代金の流れを明確に記録するということがH社を経由して本件各連帯保証債務を弁済する方法を採ることの合理的な理由とはなり得ず、請求人の銀行口座から本件各金融機関へ直接弁済する方法を採ったとしても、譲渡代金の流れを記録することに何ら不都合な点はない。
(ホ)保証債務の履行は、債権者と保証人の間で行われるもので、債務者と保証人の間で行われるものではないから、本件各土地の譲渡代金が、債務者であるH社の預金口座に入金されること自体、本件各弁済が保証債務の履行によるものではないことを意味するものである。
ハ 上記イ及びロのとおり、請求人は、H社に対して、本件各土地の譲渡代金により本件各債務の弁済資金を貸し付け、当該貸付債権の放棄をしたにすぎないと認められ、本件各土地の譲渡代金で保証債務を履行したとはいえず、そもそも求償権は成立していないから、本件各土地の譲渡に対して保証債務の特例を適用することはできない。
 仮に、求償権が成立しているとしても、請求人の提出資料のみでは、その行使の可否について判断することはできない。

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3 判断

 本件の争点は、〔1〕本件各土地の譲渡が、保証債務の履行のため資産を譲渡した場合に該当するか否か、〔2〕仮に該当するとした場合、求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった場合に該当するか否かの2点であるので、以下順に審理する。

(1)認定事実

 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所が調査した結果によれば、次の事実が認められる。
イ H社と本件各金融機関との関係
(イ)H社は、平成13年3月、本件各金融機関に対して、借入金に係る元金の弁済を猶予してほしい旨を申し出るとともに、遊休土地の処分による借入金債務の圧縮や経営安定化のための施策を実施する旨記載した「再建計画(5カ年計画)」と題する書類(以下「本件再建計画書」という。)を提出した。
 J銀行は、本件再建計画書に基づき、「借入金明細」、「不動産売却の検討」及び「不動産売却計画」と題する書類を作成し、H社に交付した。
 なお、「不動産売却計画」と題する書類には、事業遂行上必要であると判断した不動産及び資産価値なしと判断した不動産を除いたすべての不動産について、譲渡する場合の優先順位が示されている。
(ロ)J銀行は、借入金に係る元金の弁済を猶予してほしい旨のH社の申出を受け入れることを決定し、その結果、H社は、平成13年3月以降、借入金の利息のみを支払うこととなり、同様に、M信用組合に対しても、同月以降、借入金の利息のみを支払うこととなった。
(ハ)平成14年12月に至り、J銀行は、〔1〕2年間の貸付金元金返済の据置措置による各種施策の実施によっても、黒字体質への転換は果たされていないこと、〔2〕具体的な将来像が見えない限り、貸付金元金返済の据置措置にこれ以上応じることはできないこと、〔3〕今後は、解体的に業務内容の見直しを行った上で、事業の具体的ビジョンを確定し、不要資産を譲渡して、可能な限り借入金債務の圧縮を図る必要があることを内容とする「貴社の現状と今後向かうべき方向性」と題する書類(以下「本件現状分析書類」という。)を作成し、同15年1月にH社に交付した。
ロ H社における本件各土地の譲渡代金の使途
(イ)H社は、平成13年6月8日、本件B口座から10,000,000円を引き出し、J銀行j支店に5,000,000円の通知預金を2口預け入れた後、同月22日、同年7月24日にそれぞれ解約し、人件費等の支払に使用した。
(ロ)H社は、平成13年10月30日に請求人から資金提供を受けた62,000,000円から本件第二弁済の額48,705,660円を控除した残額について、T有限会社からの仮受金の支払、役員給与の支払及び倉庫料の支払等に使用した。
ハ 関係人の答述
(イ)請求人は、当審判所に対し、H社に提供した資金のうちの一部は保証債務の履行のための資金であり、残金はH社の運転資金として貸し付けている旨答述した。
(ロ)J銀行j支店課長Uは、当審判所に対し、要旨以下のとおり答述した。
A H社に対する貸付金は、平成13年2月までは約定どおり返済されていた。
B H社は、平成13年3月に経理担当のVを通して、借入金の元金返済を猶予してほしい旨を申し出て、同月22日に本件再建計画書を提出してきた。
C 上記Bの申出に基づき、J銀行で検討した結果、平成13年3月から9月まで、貸付金の元金返済を猶予することとした。
 その際、今後の貸付けの際の資料及び金融庁の監査があった場合の資料とするため、本件再建計画書を基に、上記イの(イ)の各書類を作成し、KかVに交付した。
 なお、元金返済の猶予については、その後も半年毎に更改しているが、その間、貸付金利息の支払が滞ったことはない。
 したがって、担保物権について競売を開始しなければならない状況ではなく、請求人に代位弁済の履行を求めたこともない。
D H社に対する貸付金の元金返済を猶予した当時、会社再建の最優先課題は負債の圧縮という認識のもと、KやVに対して、資産の譲渡を検討するよう要請したことはあるが、その際、具体的に土地を特定したり、譲渡時期を特定したりしたことはない。
 まして、連帯保証人である請求人に、保証債務の履行のために本件甲土地を譲渡するよう求めたことはない。
E 本件甲土地は、J銀行の主導で譲渡されたものではないし、H社に対する貸付金もH社が本件第一債務の履行として任意に返済したものである。
F 本件甲土地の譲渡代金の全額をH社に対する貸付金の返済に充ててもらいたかったが、H社のK及びVと話し合った上で、売買に係る仲介手数料や税金相当額を控除した残額を返済額とすることで合意した。
G J銀行としては、H社の抜本的な経営再建計画を樹立する必要があると判断し、平成14年12月に、本件現状分析書類を作成し、同15年1月にH社に交付した。
(ハ)M信用組合m支店課長Wは、当審判所に対して、要旨以下のとおり答述した。
A H社に対する貸付金は、平成13年2月までは約定どおり返済されていた。
B H社は、平成13年3月に借入金の元金返済を猶予してほしい旨を申し出て、同月22日、本件再建計画書を提出してきた。
C 上記Bの申出に基づき、M信用組合で検討した結果、平成13年3月から同14年4月まで、貸付金の元金返済を猶予することとした。
 なお、元金返済の猶予については、その後も更改をしているが、貸付金利息の支払が滞ったことはなく、したがって、担保物権について競売を開始しなければならない状況ではなかった。
D K及びVが、平成13年5月ころ、今後、H社の借入金については、J銀行と協議しながら返済計画を立てる旨、具体的には、不動産を譲渡して返済する予定である旨を申し入れてきた。
E 本件乙土地は、M信用組合の要請により譲渡されたものではないし、H社に対する貸付金もH社が本件第二債務の履行として任意に返済したものである。
F 本件乙土地の売買に際し、H社から、仲介手数料及び税金相当額を控除した残額を借入金の返済額としたい旨の要望があり、残額について貸付金の返済を受けた。

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(2)保証債務の特例の適用の可否

イ 所得税法第64条第2項は、保証債務を履行するために資産を譲渡し、その譲渡により生じた収入をもって保証債務を履行した場合に、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった場合は、経済的にはその部分の所得はなかったものと同一視することができることから、このような場合の課税の特例的な減免を認めたものである。
 そして、このような趣旨からすれば、上記条項に規定する「保証債務を履行するために資産の譲渡があった場合」とは、資産の譲渡が保証債務の履行を余儀なくされたために行われたものであり、資産の譲渡による収入と保証債務の履行との間に資産の譲渡による収入が保証債務の履行に当てられたという因果関係が認められ、かつ、保証債務の履行に伴う求償権の全部または一部の行使ができないこととなった場合をいうと解するのが相当である。
ロ そこで、まず、本件各土地の譲渡が、保証債務を履行するために行われたものか否かという点について、以下検討する。
(イ)本件各債務の弁済が保証債務の履行と認められるか否かについて
A 上記1の(4)のニの(イ)のA及びB並びに同(ロ)のA及びBのとおり、請求人は、H社に対し、平成13年6月8日に43,800,000円、同年10月30日に62,000,000円の資金を提供していることが認められるところ、これらはいずれも本件各弁済の額を超える金額であり、上記(1)のロのとおり、当該超える金額について、H社は、人件費、仮受金、役員給与及び倉庫料の支払等に充てていること、また、上記1の(4)のニの(イ)のD及び同(ロ)のDのとおり、H社は、請求人から提供された資金をいずれも請求人からの借入金として経理処理した上、本件各債務を自ら弁済したとして経理処理していることが認められる。
 このように、請求人が、H社に対して、本件各弁済の額を超える資金を提供し、当該資金提供について、H社が一括して請求人からの借入金として経理処理している事実、その一部を運転資金として使用している事実は、H社が、請求人から会社の運転資金を借り入れて、本件各弁済や一般の経費の支払等に使用したことを強く推認させる。
B また、上記(1)のハの(ロ)のE及び同(ハ)のEのとおり、U及びWは、当審判所に対して、いずれも、H社が本件各債務の履行として任意に弁済した旨答述しているところ、このことは、上記1の(4)のニの(イ)のC及び同(ロ)のEのとおり、本件各金融機関が、いずれも本件各弁済をH社からの貸付金の回収であるとして、その旨経理処理していることとも符合する。
 このように、本件各弁済は、H社と本件各金融機関との間でも、H社による弁済であるとの認識の下に行われていたことが優に認められる。
C 以上のとおり、本件各弁済の形態等から、請求人は、本件各土地の譲渡代金の一部をH社に運転資金として貸し付け、H社が当該資金をもって、自ら本件各債務を弁済したとみるのが相当であり、本件各弁済を請求人による保証債務の履行と評価することはできない。
(ロ)この点、請求人は、本件各土地の譲渡代金は、金融機関から保証債務を履行するように強く要請されたものであるから、本件各弁済は保証債務の履行として行われたものである旨主張する。
 しかしながら、上記(1)のハの(ロ)のD及び同(ハ)のEのとおり、U及びWは、いずれも、請求人に対し、保証債務の履行のために本件各土地の譲渡を求めたことはない旨答述していること、上記(1)のイの(イ)及び(ロ)のとおり、本件各土地の譲渡時のH社の経営状態は金融機関が直ちに担保権の行使を考えるような状況ではなかったこと、上記(1)のイの(ハ)のとおり、J銀行が本件現状分析書類を作成してH社に対し、抜本的な経営改善を求め、具体的な将来像が見えない限り貸付金の元本返済の据置には応じられない旨申し向けたのは、本件甲土地の譲渡から1年8か月を経過した平成15年1月であったことにかんがみれば、請求人の主張を採用することはできない。
(ハ)さらに、請求人は、〔1〕譲渡代金の流れを明確に記録することを目的として、譲渡代金をH社に貸し付けた形式を採った、〔2〕本件各土地の譲渡代金の提供を請求人からの借入金と経理処理したのは、経理担当者が代位弁済を受けた場合の処理方法を知らなかったからである旨主張する。
 しかしながら、請求人がその連帯保証債務の弁済をするに際し、H社にいったん金員を提供するという処理の方法を採ることは、譲渡代金の流れを明確にすることに何ら資するものではないことは明白である。
 また、上記(1)のハの(イ)のとおり、請求人は、H社に提供した資金のうちの一部は保証債務の履行のための資金であり、残金は同社の運営資金に充てるものとして貸し付けたものである旨答述するところ、いくら経理担当者が代位弁済を受けた場合の処理方法を知らないとはいえ、保証債務の弁済分と貸付分を一括して「借入金」として経理処理するというのはいかにも不自然である。
 したがって、この点に関する請求人の主張を採用することはできない。
ハ 以上のとおり、請求人は、保証債務を履行するために本件各土地を譲渡したものとは認められないから、求償権の行使の可能性について検討するまでもなく、本件各土地の譲渡に対して保証債務の特例を適用することはできず、本件更正の請求にして、更正すべき理由がないとしてなされた本件通知処分は適法である。

(3)その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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