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(平16.7.9裁決、裁決事例集No.68 23頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、会社役員である審査請求人(以下「請求人」という。)の土地・立木の譲渡(以下「本件譲渡」という。)に係る分離長期譲渡所得及び山林所得(以下、これらを併せて「本件譲渡所得等」という。)は、保証債務の履行のための譲渡等であり、所得税法第64条《資産の譲渡代金が回収不能となった場合等の所得計算の特例》第2項に規定する課税の特例(以下「本件特例」という。)を適用すべきであるとする国税通則法(以下「通則法」という。)第23条《更正の請求》第1項第1号の規定に基づく更正の請求が認められるか否かを争点とする事案である。

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(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成13年分の所得税について、青色の確定申告書に次表の「確定申告」欄のとおり記載(以下「本件申告書」という。)して、法定申告期限までに申告した。

ロ その後、請求人は、平成15年3月17日に、上表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求書を提出した(以下「本件更正の請求」という。)。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成15年6月24日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ニ 請求人は、本件通知処分を不服として、平成15年7月8日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年10月7日付で棄却の異議決定をした。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成15年11月6日に審査請求をした。

(3)関係法令

イ 通則法第23条第1項第1号は、納税申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるときは、当該申告書の法定申告期限から1年以内に限り、更正の請求をすることができる旨規定している。
ロ 所得税法第64条第2項は、保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、その行使することができないこととなった金額に対応する部分の金額は譲渡所得等の金額の計算上、なかったものとみなす旨規定し、同条第3項は、同法第152条《各種所得の金額に異動を生じた場合の更正の請求の特例》の規定による更正の請求をする場合を除き、確定申告書に本件特例の適用を受ける旨その他財務省令で定める事項の記載がある場合に限り、適用する旨規定し、また、同法第64条第4項は、税務署長は、確定申告書の提出がなかった場合又は同条第3項の記載がない確定申告書の提出があった場合においても、その提出がなかったこと又はその記載がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは、同条第2項の規定を適用することができる旨規定している。
ハ 所得税法第152条は、確定申告書を提出し、当該確定申告書に係る年分の各種所得の金額につき同法第64条等に規定する事実その他これに準ずる政令で定める事実が生じたことにより、通則法第23条第1項各号の事由が生じたときは、当該事実が生じた日の翌日から2月以内に限り、税務署長に対して更正の請求をすることができる旨規定している。

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(4)基礎事実

以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人は、株式会社D(以下「D社」という。)の代表取締役であり、同社は、法人税法第2条《定義》第10号に規定する同族会社である。
ロ 請求人は、所有するP市p町○番1所在の宅地646.92平方メートル及び同○番2所在の宅地629.34平方メートルの2筆を、平成13年7月31日にE株式会社(以下「E社」という。)へ100,000,000円で譲渡した。
 なお、譲渡代金は、平成13年7月31日にE社からF銀行本店営業部(以下「F銀行本店」という。)の請求人名義の普通預金口座(口座番号○○○○、以下「本件甲預金」という。)に振り込まれている。
ハ 請求人は、所有する立木を、平成13年中にG森林組合に1,907,142円、株式会社Hに535,500円、株式会社Jに3,291,004円及びQ市に6,163,594円で譲渡し、当該譲渡代金は、それぞれ本件甲預金に振り込まれている。
ニ 請求人は、平成13年5月1日に15,000,000円、同年7月31日に100,000,000円及び同年11月30日に5,000,000円を本件甲預金から払い出し、それぞれ同日付でF銀行本店のD社名義の当座預金口座(以下「本件乙預金」という。)に振り込んでいる。
 また、請求人は、F銀行本店の請求人名義の普通預金口座(口座番号××××)から平成13年6月5日に8,500,000円及び同年11月30日に5,000,000円を払い出し、それぞれ同日付で本件乙預金に振り込んでいる。
ホ D社は、上記ニの金額をそれぞれ同日付で請求人からの仮受金として記帳しており、同社の事業年度末である平成14年2月28日に、当該仮受金残高133,500,000円を含む307,062,179円を、請求人からの受贈益として特別利益に計上し、益金の額に算入している。
ヘ 請求人は、本件申告書の「特例適用条文」の欄に、本件特例の適用を受ける旨及びその他財務省令に定める事項の記載をしていない。
ト 本件更正の請求に当たり、「保証債務の履行のための資産の譲渡に関する計算明細書」(以下「本件計算明細書」という。)が添付されており、要旨次のとおり記載されている。
(イ)主たる債務者          D社
(ロ)債権者             F銀行外
(ハ)保証債務の内容
A 債務を保証した年月日       記載なし
B 保証債務の種類          連帯保証債務
C 保証した債務の金額        112,617,640円
(ニ)保証債務の履行に関する事項
A 保証債務を履行した年月日     平成13年7月31日
B 保証債務を履行した金額      112,617,640円
C 求償権の額            112,617,640円
(ホ)求償権の行使に関する事項
A 求償権の行使不能となった年月日  平成14年2月28日
B 求償権の行使不能額        112,617,640円
C 求償権の額のうち既に支払を受けた金額 零円

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2 主張

(1)請求人

 原処分は、次の理由により違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 請求人は、D社とその仕入先との取引に当たり、本件特例が制定される以前から個人保証をすることを口頭・書面で実行してきており、それによりD社が成り立ってきた歴史的な経緯があり、このような請求人とD社及び仕入先との実態を無視し、単に債務保証契約書の存在がないことのみを挙証して債務保証の事実がないとして行った原処分には明白な誤りがある。
ロ 本件譲渡以前から、請求人に対してD社の取引金融機関であるF銀行本店からの「経営改善に係る具体策の提出方お願い」や「経営改善要請書」と題する文書等で、同社の債務を弁済するように催告があり、かつ、請求人の個人資産の処分代金による代位弁済を求める督促があった。
ハ 債権者らは、D社がもはや債務超過で、債務弁済の資金調達が不可能であるとの判断に至っており、上記ロの文書では、連帯保証人である請求人が資産を売却して弁済資金を調達し、直ちに弁済することを求めているものである。
ニ 請求人は、歴代の「○○○」が磐石の連帯保証人たる立場で、仕入先や金融機関等との取引を成していることを承継していることから、自己の資産を売却して債権者らに代位弁済を実行したものである。
ホ D社では、請求人から受けた金員を、その使途を明確にして返済の事実を記録するために仮受金科目を使用し、当座預金を通じて入金後速やかに弁済していることから、同社の資金として運用されたものではない。
ヘ 請求人がD社に対し有していた求償権は、同社が多額の借入金を抱えて債務超過の状態で直ちに返済できる状態になく、その後も業績が改善される兆しがないことから、やむなく放棄せざるを得なかったものであり、求償権の行使は不可能である。
ト 請求人は、平成2年分の所得税について本件特例を適用して申告したが、当時の税務調査において是正を求められなかった事実があるから、今回も本件特例の適用は認められるべきである。

(2)原処分庁

 原処分は、次の理由により適法であるから、審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 原処分庁の調査によれば、次の事実が認められる。
(イ)D社は、請求人から仮受金として受け入れた上記1の(4)のホの金額のうち100,000,000円を、平成13年7月31日に支払手形の決済23件、仕入代金の支払62件、証書借入金の返済1件及び手形借入金の返済1件の合計金額121,027,610円(以下「本件金員」という。)の支払の一部に充てている。
 なお、本件金員の支払先の中にF銀行本店は含まれていない。
(ロ)本件金員の支払のうち手形借入金の返済1件は、D社が平成13年5月30日にK信用金庫本店営業部(以下「K信金本店」という。)から返済期限を同年8月31日として借り入れた30,000,000円の一部10,000,000円を、返済期限前に返済したものである。
(ハ)請求人は、K信金本店を除き、本件金員の支払先について法的な債務保証をしている事実はない。
(ニ)請求人は、本件金員の支払先から支払の催告をされた事実はない。
ロ ところで、本件特例は、上記1の(3)のロのとおり、「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったときは、その行使することができないこととなった金額を譲渡所得の金額又は山林所得の金額の計算上なかったものとみなすものであり、この「保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合」とは、保証債務を履行するために資産を譲渡し、社会通念上相当な期間内にその譲渡代金で保証債務を履行した場合又は保証債務を代物弁済した場合における資産の譲渡をいうものとされており、資産の譲渡と保証債務の履行の間に因果関係が必要である。
 すなわち、本件特例適用の実体的要件としては、〔1〕資産の譲渡時に保証債務契約が存在していること、〔2〕債権者から保証債務の履行の催告があること、〔3〕資産を譲渡し、その保証債務を履行したこと及び〔4〕主たる債務者等に対して、その保証債務の履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないことの要件すべてを充たしていることが必要である。
 そして、所得税法第64条第3項及び同法第152条は、それぞれ上記1の(3)のロ及びハのとおり規定している。
ハ これを、本件についてみると、次のとおりである。
(イ)本件計算明細書には、上記1の(4)のトの(ホ)のAのとおり、「求償権の行使不能となった年月日」は「平成14年2月28日」と記載されており、それに対して本件更正の請求は平成15年3月17日にされていることから、本件更正の請求は、当該事実が生じた日の翌日から2月を徒過してされていることになる。
 そうすると、本件に所得税法第152条の適用の余地はなく、また、本件特例を受けるためには、同法第64条第3項に規定する要件が必要とされるところ、本件申告書には、上記1の(4)のヘのとおり、本件特例の適用を受ける旨の記載がなく、かつ、その記載がなかったことについて、同条第4項に規定するやむを得ない事情があったとは認められないことから、本件特例の手続的要件を欠くことは明らかである。
(ロ)また、上記1の(4)のロないしニ及び上記イのとおり、〔1〕本件譲渡によって取得した代金は、請求人からD社に提供されており、当該代金を直接同社の支払先に支払っていないこと、〔2〕請求人は、K信金本店を除き本件金員の支払先に対して債務保証した事実がないこと、〔3〕D社及び請求人に対して、直接、本件金員の支払先から債務の弁済を催告された事実がないことなどから、請求人が保証債務を履行した事実が認められず、本件特例の実体的要件をも欠くことは明らかである。
(ハ)請求人は、過去の調査において本件特例の適用が認められた事実がある旨主張するが、このことは原処分の判断に何ら影響を及ぼすものではない。
ニ 以上のとおり、請求人の本件譲渡所得等の金額の計算上、本件特例を適用することはできない。

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3 判断

(1)認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件申告書は、課税標準等及び税額等の計算にいずれも誤りがなく、適正に計算されている。
ロ 請求人は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述している。
(イ)本件計算明細書において、「求償権の行使不能となった年月日」を「平成14年2月28日」と記載したのは、D社が同日付で請求人からの受贈益を計上したことによるもので、本来であれば、確定申告に際し、本件特例を適用する旨の記載が可能であったが、関与税理士に本件譲渡は保証債務の履行のためのものである旨を説明した上で相談したところ、同税理士から本件特例は適用できないとの指導により記載しなかったものである。
 なお、本件申告書に、本件特例の適用を受ける旨の記載をしなかったことについて、やむを得ない事情等の個別事情はない。
(ロ)本件更正の請求は、通則法第23条第1項の規定に基づき提出したものである。

(2)本件更正の請求について

イ 本件更正の請求は、本件特例の適用を理由としてなされた更正の請求であるところ、請求人は、「本件更正の請求は、通則法第23条第1項の規定に基づく」旨答述している。
 ところで、所得税法第152条に基づく更正の請求は求償権行使不能の事実が生じた日の翌日から2月以内に限りすることができるが、本件計算明細書に記載されている求償権行使不能の事実が生じた日が「平成14年2月28日」であり、本件更正の請求は、同日から2月を経過し、平成13年分の所得税の法定申告期限から1年以内(通則法第10条第2項)である平成15年3月17日になされているから、所得税法第152条に基づく更正の請求ではなく、通則法第23条第1項に基づく更正の請求と認められる。
ロ そこで、本件特例の適用の可否についてみると、所得税法第64条第3項及び第4項によれば、同法第152条の規定による更正の請求をする場合を除き、確定申告書に本件特例の適用を受ける旨の記載がある場合に限り本件特例の適用があり、確定申告書にその旨の記載がない場合にも、その記載がなかったことについてやむを得ない事情があると認めるときは、本件特例を適用することができる。
 これを本件についてみると、本件申告書に本件特例の適用を受ける旨の記載がなく、また、請求人の答述のとおり、その旨の記載がなかったことについてやむを得ない事情があるとは認められないから、本件特例を適用することはできない。
そうすると、債務保証の事実、求償権行使不能の事実等の本件特例の適用を受けるための実体的要件の有無を判断するまでもなく、本件申告書に記載された課税標準等若しくは税額等の計算は、通則法第23条第1項第1号に規定する「国税に関する法律の規定に従っていなかったこと」又は「当該計算に誤りがあったこと」のいずれにも該当しないから、本件更正の請求には理由がない。
(3)以上のとおり、本件更正の請求は不適法なものであるから、本件更正の請求に対して更正をすべき理由がないとしてなされた本件通知処分は適法である。
(4)原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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