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(平16.9.27裁決、裁決事例集No.68 59頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1)事案の概要

 本件は、平成12年分、平成13年分及び平成14年分(以下、これらを併せて「各年分」という。)の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分について、違法を理由として、その全部の取消しが求められた事案であり、争点は次のとおりである。
争点 審査請求人(以下「請求人」という。)が営む不動産貸付け(以下「本件貸付け」という。)が、所得税法第57条《事業に専従する親族がある場合の必要経費の特例等》第1項及び租税特別措置法(平成16年法律第14号による改正前のもの。以下同じ。)第25条の2《青色申告特別控除》第3項に規定する不動産所得を生ずべき事業に当たるか否か。

(2)審査請求に至る経緯

イ 請求人は、各年分の所得税について、青色の確定申告書に別表1の確定申告欄のとおり記載して法定申告期限までにそれぞれ提出した。
ロ 原処分庁は、これに対し、本件貸付けが不動産所得を生ずべき事業に当たらないとして、平成15年11月18日付で別表1の更正処分等欄のとおりの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
ハ 請求人は、これらの処分を不服として平成16年1月9日に審査請求をした。

(3)基礎事実

イ 本件貸付けは、請求人とF株式会社(以下「F社」という。)との間で締結された平成11年12月25日付の「建物、土地使用賃貸契約書」(以下「本件賃貸借契約」という。)に基づくもので、賃貸期間は、平成12年1月1日から平成16年12月31日までの満5年間、貸付物件は、別表2のとおり(以下「本件貸付物件」という。)である。
ロ 本件貸付物件の貸付先は、請求人が代表取締役社長となっているF社1社のみである。
ハ 本件貸付物件に係る賃貸料の収入金額は、平成12年分8,844,000円、平成13年分8,844,000円及び平成14年分7,658,500円である。
ニ 請求人は、平成6年3月11日に、妻のG(以下「G」という。)を青色事業専従者として新たに給与を支給する旨の「所得税の青色申告承認申請書兼青色事業専従者給与に関する届出書」を原処分庁に提出している。
ホ 請求人は、青色事業専従者給与として、平成12年分3,200,000円、平成13年分3,200,000円及び平成14年分3,000,000円を不動産所得の必要経費に算入している。
ヘ 請求人は、青色申告特別控除額として、平成12年分は100,000円、平成13年分及び平成14年分は各550,000円を、不動産所得の金額の計算上控除している。
ト 請求人は、不動産所得に係る収入金額以外に、給与所得等に係る収入金額として平成12年分は12,618,000円、平成13年分は13,150,000円及び平成14年分は11,251,000円がある。

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2 主張

原処分庁

 本件貸付けは、次のことから、不動産所得を生ずべき事業に該当しない。
1 本件貸付物件の貸付先は、F社のみであり、また、本件貸付けは、社会通念上事業規模と判定できるいわゆる5棟10室の条件を満たしていない。
2 請求人は、本件貸付けに係る収入以外に定期的に給与所得等に係る収入を有しており、本件貸付けによる収入は副次的である。
3 本件貸付物件の維持管理の業務は、極めて軽微なものである。
4 原処分庁が、請求人の申告内容を9年間是正しなかったことをもって、本件貸付けが事業と評価されるものではない。

請求人

 本件貸付けは、次のことから、不動産所得を生ずべき事業に該当する。
1 不動産貸付における事業規模の判定は、形式基準のみで判断するのではなく、賃貸料収入の状況、貸付資産の規模及び維持管理業務の程度など諸般の事情を総合勘案して、実質的に判断すべきである。
 本件貸付けは、同族会社への貸付けとはいえ、他人に貸付けした場合と同様な賃貸借で、賃貸料収入は年間700万円以上で諸経費を賄ってもなお相当の利益が生じている。
 これは、10室以上のワンルームマンションを賃貸している場合に準ずるので、社会通念上事業規模であるといえる。
2 原処分庁が、請求人に給与所得等の他の収入があるから、本件貸付けによる収入は副次的であるとして、事業に当たらないとするのは社会通念を逸脱している。
3 青色事業専従者のGは、週に平均4日、1日当たり4時間程度倉庫等の清掃、財務管理等に従事しており、本件貸付物件の維持管理の業務は軽微なものとはいえない。
4 請求人は、本件貸付けを9年間事業規模として申告し、原処分庁も認容してきたのであるから、事業に当たると認識している。

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3 判断

(1)所得税法等の事業概念

イ 所得税法及び租税特別措置法では、不動産所得について、これを〔1〕不動産所得を生ずべき事業と〔2〕事業以外の業務とに区分し、前者については、事業所得と同様の資産損失(所得税法第51条第1項)、貸倒損失(同法第51条第2項)及び専従者給与(同法第57条第1項及び第3項)の必要経費算入並びに55万円(ただし、不動産所得の金額を限度とする。)の青色申告特別控除(租税特別措置法第25条の2第3項)等を認める旨規定しているところであるが、事業の意義自体については、一般的な定義規定をおいていない。
 事業とは、自己の計算と危険において営利を目的として対価を得て継続的に行う経済活動のことであると一般に解されるが、事業であるか否かの基準は必ずしも明確ではなく、その事業概念は、最終的には社会通念に従ってこれを判断するほかはないというべきである。
ロ 所得税基本通達26−9《建物の貸付けが事業として行われているかどうかの判定》は、建物の貸付けが事業として行われているかどうかは、社会通念上事業と称するに至る程度の規模で建物の貸付けを行っているかどうかにより判定すべきであるとした上で、いわゆる5棟10室という形式基準を満たすとき等は、その貸付けが事業として行われているものとする旨定めているが、これは、この基準を満たせば、事業として行われているものとするという十分条件を定めたにすぎず、当該基準を満たしていなかったとしても、これをもって直ちに社会通念上事業に当たらないということはできないと解するのが相当である。
ハ 結局のところ、不動産貸付けが不動産所得を生ずべき事業に該当するか否かは、〔1〕営利性・有償性の有無、〔2〕継続性・反復性の有無、〔3〕自己の危険と計算における事業遂行性の有無、〔4〕取引に費やした精神的・肉体的労力の程度、〔5〕人的・物的設備の有無、〔6〕取引の目的、〔7〕事業を営む者の職歴・社会的地位・生活状況などの諸点を総合して、社会通念上事業といい得るか否かによって判断するのが相当と解される。

(2)本件貸付けの事業性の有無

イ そこで、本件貸付けが社会通念上事業といい得るものか否かについて検討すると、次の事実が認められる。
(イ)営利性・有償性
 請求人は、各年分において年間およそ800万円の賃貸料収入を得ているが、固定資産税、借入金利息などの諸経費を年間およそ300万円支払い、さらに、青色事業専従者給与を年間およそ320万円支払っているため、所得は年間およそ200万ほどである。
(ロ)継続性・反復性
 F社に対しては、昭和22年の同社の設立時から本件貸付物件の所在地にある不動産が事務所及び倉庫として貸し付けられていたところ、請求人は、本件貸付物件のうち、別表2の物件1(以下「倉庫」という。)及び物件3の土地のうち184.89平方メートルを昭和58年8月6日に請求人の祖父であるH(以下「H」という。)から、別表2の物件2(以下「事務所」という。)及び物件3の土地のうち18.14平方メートルを平成11年5月15日に請求人の父であるJから、それぞれ相続により取得し、これらを引き続きF社に貸し付けている。
(ハ)自己の危険と計算における事業遂行性
A 倉庫は、F社の商品倉庫の用に供するため、Hにより昭和58年1月30日に19,185,252円で建築(建替え)されたもので、Hは、貸付けによる賃貸料等を返済の原資とすることを予定してその建築資金を金融機関から借り入れていた。請求人は、上記金融機関からの借入債務を相続し、昭和62年にK銀行L支店に借り替えており、平成14年12月末における借入残額は4,383,714円である。
B 事務所は、昭和27年5月に新築されたものであるが、F社の経営プランの下で、平成4年5月に1階部分が改造され、隣接するF社所有の木造平屋事務所との間の壁が取り除かれ、F社所有の事務所とともにワンフロアの事務室及び応接室として一体として利用されており、その2階部分はF社の書類置場、更衣室として利用されている。
C 平成9年にはF社が主導して、F社と株式会社Mとの間で工事契約を締結し、上記Bの一体として利用されている事務所全体について雨漏れを防ぐための外装、塗装の工事を行い、請求人は、F社に対し、請求人が所有する事務所部分に係る費用として1,668,992円を支払っている。
D 倉庫の昇降機、棚及び事務室の冷暖房機器2台は、F社が設置しているものである。
E 本件賃貸借契約には、賃貸料の改定方法の明記がなく、請求人は、実際には、それまでの賃貸料の金額を基に、銀行からの相場情報、F社の業績や固定資産税額などを総合的に考慮して、賃貸料を決定しているが、本件賃貸借契約において月額737,000円と定められていた平成12年1月から5年間の賃貸料は、F社の業績が悪化したことによる賃貸料の減額要請に応じて、平成14年1月からは月額638,200円(契約書の額から約13%の減額)に、さらに、平成15年4月からは月額420,000円(契約書の額から約43%の減額)に変更されている。
(ニ)精神的・肉体的労力の程度
A 本件貸付けに係る業務管理の内容は、主に事務所2階部分・倉庫内の整理や清掃、倉庫前の迷惑駐車の苦情処理、現金出納帳の作成などの財務管理及び確定申告の手続などであり、そのすべてをGが行っている。
 なお、Gは以前の関与税理士の指導に従って、週に4日、F社の事務室に赴き、1日約4時間、これらの業務を行っているが、そのうち約1時間半は清掃に費やしている。
B Gが行っている清掃は、以前は住み込み就労していたF社の従業員の家族が行っていたものを、F社の人手不足等の事情により、貸主側が行っているものである。この清掃は、貸主が貸付物件の清掃などの業務を行うと定めている本件賃貸借契約に基づくものであり、この貸主側の行う労務については、具体的な明示はないが、賃貸料の算定に当たり一応の考慮はされている。
 なお、Gは無報酬ではあるがF社の取締役に就任している。
C F社の事務室には、G用の机、椅子が設置されている。
D F社は、扉の開閉、マット・照明の取替え、1階事務室・応接室の清掃、冷暖房機器の設置・修理、電気水道代の支払及び建物の改築・修繕などを行っている。
E 賃貸料は、F社からK銀行N支店の請求人名義の普通預金口座に3か月分をまとめて、おおむね3か月に1回振込みにより入金されている。
(ホ)人的・物的設備
A 平成6年分から平成11年分までの貸付物件は、本件貸付物件のうち倉庫及び土地(物件3のうち184.89平方メートル)である。
B 請求人が平成11年に父から相続により事務所及び土地(物件3のうち18.14平方メートル)を取得したことにより、平成12年分以降の貸付物件は、本件貸付物件となっている。
(ヘ)不動産貸付けの目的
 請求人は、Hの代からF社の事務所及び倉庫用に供する目的で貸し付けられていた本件貸付物件を相続により取得し、継続して貸し付けている。
(ト)職歴・社会的地位・生活状況
A 請求人は、昭和57年にF社に入社し、昭和60年から代表取締役社長に就任しており、その労力のほとんどをF社に傾注している。
B 請求人のF社等からの給与所得等に係る定期的収入は、総収入の約6割を占めている。
ロ 以上の事実に照らして、本件貸付けが社会通念上事業に当たるか否かについて判断すると、次のとおりである。
(イ)事業性の判断は、上記(1)のハのとおりの諸要素を総合勘案して判断されるべきであるところ、本件貸付けにおいては、不動産貸付けの目的、営利性、継続性などを部分部分としてみた場合においては、直ちに事業ではないということはできない要素も認められる。
 しかしながら、本件貸付けは、請求人が代表取締役社長を務める同族会社1社への本件物件の専属的な貸付けのみであり、上記イの(ハ)のBないしEのとおり事務所の修理等は専ら賃借人であるF社が主導的に行い、賃貸料の決定はF社の業績が優先的に考慮されていることから、請求人における事業遂行上その企画性は乏しく、危険負担も少ないと認められる。また、事務所は、F社が利用しやすいようF社が所有する事務所の1階とワンフロアで一体的に利用できるように改造されており、その構造からみて他に賃貸等が可能である等の汎用性がないなど、これらの点における請求人の自己の危険と計算における事業遂行性は希薄であると認められる。
 さらに、上記イの(ニ)のとおり、Gが大半の時間を費やして行っている清掃などには、本来F社がその業務として行うべきものが含まれており、GがF社の取締役に就任していることに照らすと、本件貸付けにおいて貸主として本来行うべき維持管理業務の程度は、実質的には相当低いことが認められる。
 これらの諸点を総合して勘案すると、本件貸付けは、社会通念上事業と称するに至る程度のものとは認められないと判断するのが相当である。
(ロ)なお、請求人が本件貸付けを9年間事業規模として申告し、原処分庁がこれに対して是正をしなかったとしても、そのことをもって本件貸付けの事業性が認められるものでもない。
(3)以上のとおり、本件貸付けは不動産所得を生ずべき事業に該当しないとした原処分は適法である。
(4)加算税を含む原処分のその他の部分については、当審判所の調査の結果によってもこれを不相当とする理由は認められない。

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