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(平18.9.21、裁決事例集No.72 119頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、弁護士である審査請求人(以下「請求人」という。)が、刑事国選弁護人として、請求人の所属する弁護士会の規則に基づいて、弁護士会に対し援助の申請をし、その申請に基づき同会から受領した金員が「一時所得」に該当するとして更正の請求をしたのに対し、原処分庁が、当該金員は、国選弁護という弁護士業務の遂行に付随して生じた事業所得に係る収入であるから一時所得に該当しないとして更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたことから、請求人は、当該金員について、弁護士会と請求人との間には役務行為が存在しないから対価性は認められないとして、同処分の全部の取消しを求めた事案である。

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(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成15年分の所得税について、確定申告書に総所得金額を○○○○円(内訳、事業所得の金額○○○○円、雑所得の金額○○○○円)及び納付すべき税額を○○○○円と記載して法定申告期限までに申告した。
ロ その後、請求人は、平成17年3月14日に、総所得金額を○○○○円(内訳、事業所得の金額○○○○円、雑所得の金額○○○○円、一時所得の金額○○○○円)及び還付金の額に相当する税額を○○○○円とすべき旨の更正の請求をした。
 なお、一時所得の金額は、所得税法第22条《課税標準》第2項第2号に規定する2分の1に相当する金額である。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成17年7月29日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。
ニ 請求人は、本件通知処分を不服として、平成17年9月28日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年12月22日付で棄却の異議決定をした。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成18年1月23日に審査請求をした。

(3) 関係法令等

イ 所得税法第27条《事業所得》第1項は、事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう旨規定している。
ロ 所得税法第34条《一時所得》第1項は、一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう旨規定している。
ハ 所得税基本通達(以下「基本通達」という。)27−5《事業の遂行に付随して生じた収入》は、事業所得を生ずべき事業の遂行に付随して生じた収入は、事業所得の金額の計算上総収入金額に算入する旨定め、その(2)において、事業用資産の購入に伴って景品として受ける金員のほか、各5つの例を掲げている。
ニ 基本通達34−1《一時所得の例示》は、一時所得に該当する所得として例を掲げ、その(1)において懸賞の賞金品、福引の当選金品等(業務に関して受けるものを除く。)と定めている。

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(4) 基礎事実

イ 請求人は、○○弁護士会(以下「弁護士会」という。)に所属する弁護士である。
ロ 請求人は、平成13年6月、弁護士会が定めた規則(以下「本件規則」という。)に基づき、同弁護士会から同規則に定める特別案件国選弁護人としての推薦を受け、同月、○○高等裁判所A裁判長から刑事被告人Bの弁護人に選任された。
 本件規則の内容は、要旨次のとおりである。
 第○条
 弁護士会員は、弁護士会を経由することなく、裁判所から直接国選弁護人として選任を受けてはならない。
 第○条
 国選弁護人は、以下の事項を遵守しなければならない。
 第○号 選任された後速やかに被告人と面会又は接見し、弁護方針を打ち合わせた上、弁護内容の確認をすること。
 第○号 選任された後速やかに証拠及び関係書類の閲覧をし、検討を行うこと。
 第○号 事件終了後速やかに、刑事弁護委員会(以下「委員会」という。)が定める国選弁護結果報告書を委員会に提出すること。
 第○号 第1審事件の場合には、国選弁護結果報告書に起訴状及び弁論要旨の各写しを、控訴事件又は上告事件の場合には、国選弁護結果報告書に控訴趣意書又は上告趣意書(検察官上訴事件においては答弁書)の写しを添付すること。
 第○条
 委員会は、国選弁護人又は国選弁護人であった者に対し、当該事件につき報告を求めることができる。
 第○条第○項
 国選弁護の運営は、委員会が行う。
 第○条第○項
 委員会は、国選弁護の運営に必要な国選弁護運営規程を定める。
 第○条
 会長は、国選弁護人名簿への登録を申し出た弁護士会員を国選弁護人名簿に登録し、登録弁護士会員に国選弁護事件を割り当てる。ただし、特別の事情があるときは、登録をしていない会員に割り当てることもできる。
 第○条
 委員会は、国選弁護事件の割当てを公平に行うよう努めなければならない。
 第○条
 国選弁護人は、弁護報酬の支払を受ける際、別に会規で定める負担金会費を弁護士会に納付しなければならない。
 第○条
 会長は、委員会が第○節(国選弁護の運営)の手続により、国選弁護事件を割り当てることが困難であると認めた事件(以下「特別案件」という。)につき、本節(特別案件国選弁護の運営)の定めるところにより、国選弁護人を推薦する。
 第○条第○項
 弁護士会は、特別案件国選弁護人候補者名簿(以下「特別名簿」という。)を備え付け、特別案件国選弁護事件の選任を受ける意思のある弁護士会員の氏名をこれに登載する。
 第○条
 会長は、特別案件について、国選弁護人を推薦するときは、委員会の議を経て、特別名簿に登載された弁護士会員の中から適任と認める者を推薦する。ただし、特別の事情があるときは、特別名簿に登載されていない弁護士会員であっても、その者の承諾を得て国選弁護人に推薦することができる。
 第○条
 国選弁護人として推薦された弁護士会員は、病気その他やむを得ない事由がある場合を除き、国選弁護事件の選任を受けることを拒否してはならない。
 第○条第○項
 弁護士会は、特別案件につき、選任された国選弁護人の弁護活動に対して、必要と認められるときは、その援助に努めるものとする。
ハ 請求人は、弁護士会に対し、平成14年10月21日付及び平成15年9月26日付で申請書を提出して、同会が定めた刑事弁護援助基金に関する規則(以下「本件援助基金規則」という。)の第○条第○項の定めに基づき、Bの弁護活動に係る援助の申請をした。
ニ 当該各申請書には、いずれも援助を必要とする理由として、「当該事件の準備、公判出席等のため他の事件を充分に行えない。」と記載されている。
 本件援助基金規則の内容は、要旨次のとおりである。
第○条
本会は、本件規則第○条第○項に基づく国選弁護人への援助、同規則第○章に定める弁護人及び国選付添に関する規則第○章第○節に定める国選付添人等の弁護活動に必要な資金援助をすることを目的として、刑事弁護援助基金(以下「本件基金」という。)を設ける。
 第○条
 本件基金の運営は、委員会がこれを行う。
 第○条第○項第○号
 会長は、特別案件国選弁護人等に対して、委員会の審査を経て本件基金から援助金を支出することができる。
 第○条第○項
 援助金の額は、弁護人一人につき50万円を限度とする。ただし、委員会が必要と認めたときは、会長は常議員会の意見を聞いて、この金額を超えて援助することができる。
 第○条第○項
 本条第○項により援助を受けようとする弁護人は、委員会に対して審査の申請をする。委員会は、援助の可否とともに、援助金の額を決定する。この場合、委員会は、弁護人が受ける国選弁護報酬を斟酌してその額を決定する。
 第○条第○項
 援助金は、償還を求めない。ただし、弁護人が申し出たときは、その償還金は本件基金の収入とする。
ホ 委員会は、上記ハの各申請を受けて、請求人に対し、平成15年2月17日及び同年10月15日に、「本件援助基金規則第○条に基づき、被告人Bに対する殺人等被告事件の弁護費用として金750,000円を支出する。」旨記載された弁護士会の各「刑事弁護援助基金支払証書」を送付して各75万円の援助金の支払を通知し、弁護士会は、請求人に対し、当該各金額を同年2月18日及び同年10月20日にそれぞれ支払った(以下、これらの援助金を併せて「本件援助金」という。)。
ヘ 請求人は、平成15年分の所得税の確定申告を行うに当たり、本件援助金を同年分の事業所得に係る総収入金額に算入した。

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2 主張

(1) 請求人

 原処分は、次の理由のとおり違法であるから、その全部の取消しを求める。
イ 本件援助金が刑事被告人の弁護費用として支払われたものであることは争わないが、弁護士会が国選弁護人に支出する援助金の支払は、純粋に援助であり、国選弁護人は弁護士会に対し何らの役務も提供しないのであるから、全くの無償行為であり、対価性のある行為とみる余地はない。
ロ また、本件援助金に関して、国選弁護人と弁護士会との間には、抽象的、一般的な役務行為も存在しないから「対価性」を認める要素はなく、本件援助金に係る所得は事業所得ではなく、一時所得に該当する。
ハ 原処分庁の主張は、所得税法施行令第63条《事業の範囲》第12号及び同法第34条第1項に規定する「対価」の概念の解釈を誤ったものであり、弁護士会から支払われた対価性のない無償の援助金までも、すべて弁護士活動による付随収入であるとこじつけたものである。
ニ 基本通達27−5が掲げる付随収入の具体例は、いずれも、給付が具体的、特定的な役務に対応・等価の関係にあるものばかりであることから、「役務の対価」とは、給付が具体的、特定的な役務行為に対応・等価の関係にある場合に限られると解さなければならない。これに対し原処分庁は、「役務の対価」とは、狭く給付が具体的、特定的な役務行為に対応・等価の関係にある場合に限られるものではなく、広く給付が抽象的、一般的な役務行為に密接・関連してなされる場合をも含むものと解されるとしているが、これは、対価の概念を不当に広く歪めるものであって、このような解釈は許されない。
ホ 仮に、「対価性」を「給付が抽象的、一般的な役務行為に密接・関連してなされる場合」にまで広げて考えるとしても、それは、何らかの有償性がある場合に限定されるべきであり、本件のような純粋な無償行為にまで拡大することは許されない。
ヘ 原処分庁がいう一般論に当てはめて考えてみても、「密接・関連」していることが必要なのであれば、その「給付」をなす者に向けられた「役務行為」に限定されると解さなければならない。
ト 原処分庁は、無償行為であっても対価性があると主張するわけでもなく、弁護士会の本件援助金の支出行為が有償行為であると主張するわけでもなく、国選弁護人が弁護士会に対して何らかの役務を提供していると主張するわけでもないから、原処分庁は実質的には請求人の主張に何ら反論していない。

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(2) 原処分庁

 原処分は、次の理由のとおり適法であるから審査請求を棄却するとの裁決を求める。
イ 所得税法第27条第1項は、上記1の(3)のイのとおり規定しているところ、ここで「生ずる所得」と規定しているのは、事業が総合的な活動であることに着目して、事業の遂行に伴って本来企図した収入以外の収入が付随することが少なくないことから、事業の遂行に付随して生ずる収入については、事業用資産の運用果実としての利子所得や配当所得など所得税法において特別に規定されているものを除き、事業所得の総収入金額に含める趣旨であると解される。
ロ 本件援助金は、弁護士会から推薦された請求人が、弁護士法第3条《弁護士の職務》第1項に規定する訴訟事件に関する行為として行った国選弁護により生ずる費用の援助として、請求人の援助申請に基づき弁護士会から支払われたものであり、本件援助金が請求人の弁護士としての事業の付随収入に該当することは明らかであって、本件援助金に係る所得は事業から生ずる所得にほかならないから、当該所得は、事業所得に該当する。
ハ 請求人は、弁護士会に対して何らの役務も提供しないから、本件援助金には対価性が認められず、同援助金に係る所得は、一時所得に該当する旨主張する。
 しかしながら、所得税法第34条第1項に規定している「役務の対価」とは、狭く給付が具体的、特定的な役務行為に対応・等価の関係にある場合に限られるものではなくて、広く給付が抽象的、一般的な役務行為に密接・関連してなされる場合をも含むものと解されている。
 そして、本件援助金の給付は、請求人の弁護士としての地位及び刑事事件の国選弁護という役務行為に密接・関連してなされたことは明らかであり、一時所得の要件である「労務その他の役務の対価としての性質を有しないもの」には該当しないから、本件援助金に係る所得が一時所得に該当するという請求人の主張には理由がない。
ニ また、請求人は、基本通達27−5に例示されているものが「給付が具体的、特定的な役務に対応・等価の関係」にあるものばかりである旨主張するが、この定めは事業の遂行に付随して生じた収入を事業所得の総収入金額に含める趣旨で設けられているものであり、この定めの(2)に掲げられているとおり、事業用資産の購入に伴って景品として受け取る金品に係る所得は事業所得とされている。
 また、基本通達34−1の(1)に例示されているとおり、懸賞の賞金、福引の当選金品であっても業務に関して受けるものは一時所得には該当しないから、基本通達27−5を根拠とする請求人の主張には理由がない。

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3 判断

(1) 本件通知処分について

イ 所得税法第27条第1項に規定する事業とは、自己の計算と危険において利益を得ることを目的として継続的に行う経済活動のことをいうと解される。
 そして、同条項が「事業から生ずる所得」と規定しているのは、事業が総合的な活動であることに着目して、本来の事業活動による収入のほかに、事業の遂行に付随して生ずる収入も、例えば、事業用資金の運用果実としての利子所得(所得税法第23条第1項)など所得税法上規定されている所得区分に該当する場合を除き、事業所得の総収入金額に含める趣旨と解するのが相当である。
 また、一般に弁護士の弁護士業務としての役務提供に係る所得の所得区分は事業所得であると認められる。
ロ これを本件援助金についてみると、上記基礎事実のとおり、請求人は、1弁護士会から刑事被告人Bの特別案件国選弁護人としての推薦を受け、○○高等裁判所A裁判長から同人の弁護人に選任され、同人に対する弁護活動という、弁護士本来の事業活動を行うことによって、弁護士会から本件援助金の支払を受けたこと、2請求人は本件援助基金規則に基づき弁護士会に対して援助申請をし、弁護士会の各「刑事弁護援助基金支払証書」には「被告人Bに対する殺人等被告事件の弁護費用として金750,000円支出する。」旨記載されていること、及び3弁護士会は、特別名簿に登載された弁護士会員を刑事被告人の国選弁護人に推薦し、弁護活動の遵守事項を定めたり、報告を求めるなどしており、請求人が行った弁護活動についても極めて密接な関係を持つ者であるということができることなどからすると、弁護士会から支払を受けた本件援助金は、少なくとも弁護士活動に付随して生じた収入ということができるから「事業から生ずる所得」に当たり、事業所得の総収入金額に含まれると解するのが相当である。
ハ これに対し請求人は、本件援助金が事業所得であるというためには、「給付」と「役務行為」に対価関係があることが必要で、対価関係があるというためには、その「給付」をなす者に向けられた「役務行為」であることが必要であるところ、本件援助金は、弁護士会による対価性のない無償行為として支払われたもので、本件援助金に係る所得は一時所得に該当する旨主張している。
 しかしながら、弁護士会は、本件援助基金規則が定める弁護活動を行った弁護士に対して、本件援助金を支払うこととしており、何らの役務行為をしない者に対して本件援助金を支払うことはあり得ず、また、請求人は、国選弁護人としての当該弁護活動を行わなければ本件援助金の支払を受けることはなかったのであって、その意味で、本件援助金は当該弁護活動という具体的で、特定の役務行為に対して支払われているのであるから、本件援助金に係る所得が、請求人が国選弁護人としての弁護活動という「役務行為」を提供したことから生じた、請求人の「事業から生ずる所得」に該当する経済的な利益であることは明らかである。
 したがって、請求人の主張は、いずれも本件援助金が「事業から生ずる所得」に当たり事業所得の総収入金額に含まれるという結論を左右するものではないから、請求人の主張には理由がない。
ニ また、一時所得は、上記1の(3)のロのとおり規定されているところ、本件援助金は、上記のとおり事業所得に該当すると認められ、一時所得には該当しないから、更正をすべき理由がない旨の本件通知処分は適法である。

(2) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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