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(平18.8.30、裁決事例集No.72 155頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、F総合法律事務所の名称で弁護士業を営むF(平成14年○月○日死亡。以下「F弁護士」という。)が、共同経営者であるG弁護士への営業権譲渡名下で同弁護士との間で受領を約した金○○○○円(以下「本件金員」という。)について、原処分庁が、本件において営業権は存在せず、本件金員のうち敷金の引継ぎ及び備品等の譲渡以外の部分は雑所得(異議決定において事業所得に変更)に該当するとして更正処分等を行ったのに対し、F弁護士の相続人であるH、J、K及びL(以下「請求人ら」という。)が、F総合法律事務所の独占性をもった経営手腕及びノウハウ等は営業権に該当し、本件金員はその譲渡の対価であるからその全額が譲渡所得の収入金額に該当するとして、原処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人らの審査請求(平成17年9月12日請求)に至る経緯及び内容は、別表1のとおりである。
 なお、以下、平成17年3月3日付の平成14年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(いずれの処分も平成17年8月11日付でされた異議決定により一部が取り消された後のもの)を「本件更正処分」及び「本件賦課決定処分」という。
ロ 請求人らは、Hを総代として選任し、その旨を平成17年9月12日に届け出た。

(3) 関係法令

イ 所得税法第27条《事業所得》第1項は、「事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。」と規定し、「政令で定めるもの」については、同法施行令第63条《事業の範囲》第1号から第12号に規定があり、うち、第11号において医療保健業、著述業その他のサービス業がこれに該当する旨規定している。
ロ 所得税法第33条《譲渡所得》第1項は、譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいう旨、同条第5項は、譲渡益から譲渡所得の特別控除額を控除する場合には、まず、短期譲渡所得の金額から控除する旨規定している。

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(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によってもその事実が認められる。
イ F弁護士の業務及びG弁護士との関係
(イ) F弁護士は、昭和51年、「F法律事務所」の名称で法律事務所(昭和62年「F・G法律事務所」に、さらに平成14年○月「F総合法律事務所」に名称変更された。以下、この法律事務所を「本件事務所」という。)を開設した。
(ロ) G弁護士は、昭和57年、本件事務所で勤務弁護士として勤務を開始した。
(ハ) 昭和62年4月1日、G弁護士は、勤務弁護士からパートナー弁護士となり、その後、本件事務所の収入及び経費をF弁護士とG弁護士とで「7対3」の比率で分配する旨両者の間で合意した。
 なお、平成10年ころ、上記の分配比率は「6対4」に変更された。
(ニ) 本件事務所には、平成14年○月時点で、F弁護士及びG弁護士のほか、M弁護士及びN弁護士が勤務弁護士として勤務していた。
(ホ) 本件事務所は、会社関係の法務を中心に扱い、顧問先の仕事が8割余りを占めていた。
 なお、顧問先の相談は主にF弁護士が担当し、個々の訴訟は主にG弁護士が担当していた。
ロ 引継ぎに至る経緯及び内容等
(イ) F弁護士は、平成14年○月、入院し手術をするに至った。
(ロ) F弁護士は、引退後はG弁護士に事業を引き継がせる意向であったが、入院等で弁護士としての稼働を停止せざるを得なくなったことを契機として、平成14年○月○日、両者の間で次の内容の覚書(以下「本件覚書」という。)を作成するに至った。
A 本年度の収入及び経費の分配は、例年通りF:Gを6:4とする。
B Fが弁護士業務を引退した場合にはGが事務所の経営を引き継ぎ、名称はF総合法律事務所を継続して使用する。
C Gは、Fの上記引退時に賃貸借の継承、備品の引継ぎ、顧問契約の引継ぎ等を営業権と評価し、本件金員をFに支払う。
 但し、支払方法は分割とし、分割方法については引退時に別途協議する。
D F総合法律事務所を法人化した場合には別途協議する。
(ハ) F弁護士は、他界の1週間程度前に、G弁護士に対し、本件事務所のことは頼む旨述べた。

(5) 争点

 本件金員は営業権譲渡の対価か否か

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2 主張

原処分庁 請求人ら
(1) 営業権譲渡の有無
イ 以下の点から、本件において営業権は認められない。
(1) 営業権譲渡の有無
イ 以下の点から、F総合法律事務所の独占性をもった経営手腕、ノウハウ並びに「F」という看板の信用度及び知名度こそが営業権に該当する。F総合法律事務所の後継者であるG弁護士が「F」という名称を継続使用していることは、そこにF弁護士が蓄積した社会的信用等を継続使用する経済的・社会的価値を認めていることの証左である。
(イ) 本件事務所が弁護士の法律事務所であることにかんがみると、本件事務所の社会的信用は、所属する弁護士個人の信頼が基となって、その結果として蓄積された社会的信用というべきであり、こうした弁護士の社会的信用は他者に引き継がれるものではない。 (イ) 本件事務所は、長年にわたった人間関係の繋がりと業務の遂行に対する高い評価によって顧問先との強い信頼関係を構築してきた。
 また、F弁護士は、弁護士業務の傍ら、弁護士会等の要職を歴任し、本件事務所の社会的信用及び知名度を高めてきた。
(ロ) 本件事務所にノウハウが存在していたとしても、弁護士個人の能力に起因するものと認められ、無条件で第三者に引き継がれるものではない。 (ロ) 本件事務所は、会社法務に関する業務については同業者の中でも高い評価と信頼を得ており、独占性をもった経営手腕、ノウハウとなっている。
(ハ) 本件事務所は、他の弁護士の法律事務所と比較しても立地条件の特段の優位性は見受けられない。  
ロ 本件金員の算定について、明確な算定根拠が存在していたとは認めがたい。 ロ 本件金員の算定について
(イ) 営業権譲渡の際に評価される「超過収益力」は、将来の見積超過収益力と解するのを相当とするが、過去の実績は将来の見積収益力の判断に当たってこれを推測するきわめて重要な要素である。
 本件においては、直前のF弁護士の所得金額を超過収益力と認識した上で営業権譲渡の対価を考慮し算定したものであり、根拠のない金額ではない。
(ロ) 営業権は種々の要因によって形成されているものであるから、その評価については、その諸要素を総合評価することが不可欠であり、その評価が著しく不合理なものでない限り、その評価額は相当なものと認めるべきである。
 そして、F弁護士とG弁護士の間で営業権の対価を○○○○円と総合評価したことが著しく不合理なものとは認められない。
(2) 所得区分
イ 本件に営業権は認められないから、本件金員の全額を譲渡所得とすることはできない。
ロ 本件金員には各種の引継ぎ等に係る対価が含まれており、その種類に応じた所得区分は、次のとおりとなる。
(イ)  賃貸借の継承とされる部分(敷金○○○○円の60%相当額)は、F弁護士への実費弁済に過ぎないものと認められ所得課税の対象とはならない。
(ロ) 備品等の引継ぎとされる部分(譲渡価額○○○○円)は、備品等がF弁護士からG弁護士に譲渡されたものと認められ、譲渡所得の収入金額に該当する。
(ハ) 上記(イ)及び(ロ)以外の顧問契約の引継ぎ等とされる部分(○○○○円)は、F弁護士が弁護士をしていたことに基因するものであること、G弁護士はF弁護士の生前に同弁護士の後継者として同弁護士からこれらを引き継いだことからすると、いずれも弁護士という事業に付随して得た収入、すなわち、事業所得と解するのが相当である。
(2) 所得区分
 本件金員は、営業権の存在を認めた上での対価であるから、すべてが譲渡所得の収入金額である。

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3 判断

(1) 本件更正処分について

イ 営業権譲渡の有無について
(イ) 営業権譲渡における営業とは、一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)をいう。
 しかしながら、営業上のノウハウや暖簾、得意先関係等のいわゆる財産的価値のある事実関係は、常に譲渡の対象となる営業権となるものではなく、それが個々の主観的要素を離れて営業組織に客観的に結実した形で表象された場合にはじめて営業譲渡の対象となる。
(ロ) ところで、一般に弁護士は、委任又は準委任の主旨に従い、高度の専門的知識と経験、法律的技能を駆使して、法律的に正当な委任者(準委任者)の利益の獲得を目指してその業務を処理するものであるが、弁護士が業務を行うについて執るべき法的手段は、その職務の性質上、一律に定まるものではなく弁護士の裁量に負うところが大きく、法律事務の処理については、弁護士の業務遂行は、当該弁護士の経験、知識、法律的技能により左右される。
 また、弁護士は、依頼者との間の個人的信頼関係を基礎として、依頼者に対する守秘義務を負担した上で個々の案件を処理することを求められ、殊に、不確定要素を多くはらむ訴訟においては弁護士と依頼者が意見交換するなどの共同作業により、逐次信頼関係を築いていくものである。
 このように、弁護士の業務は、個々の弁護士の経験、知識、法律的技能、また、依頼者との間の個々の信頼関係を基礎として成り立っているものであり、一身専属性の高いものである。
 この理は、同一の法律事務所の内部においても変わることはなく、同一事務所の弁護士らが同様のノウハウや顧問先からの信頼関係を有しているのは、同僚の弁護士のノウハウを学んで自己のノウハウにし、同僚の弁護士とともに業務を遂行することにより顧問先等から自らについても信頼を得た結果にすぎない。
 このように、一身専属性の認められる弁護士業において、弁護士のノウハウ、依頼者との信頼関係等は、当該弁護士個人に帰属するものであり、当該弁護士を離れて営業組織に客観的に結実することにはなじまないものである。
(ハ) 本件においても、F弁護士の社会的信用やノウハウ等は、F弁護士個人に帰属するものであり、F総合法律事務所という組織として客観的に結実したものとは認められないから、営業権は存在しないと解するのが相当である。
 そして、この理は当事者の主観によって左右されるものではないから、当事者がこれを営業権として認識していたか否かは上記判断を左右するものではない。
 したがって、本件金員は営業権譲渡の対価であるとは認められない。
ロ 所得区分について
(イ) 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果並びに関係者の答述によれば、次の事実が認められる。
A F弁護士は、平成8年7月30日、P社との間で、本件事務所として使用するためにQビル○階○○○平方メートルの賃貸借契約を締結し、敷金として○○○○円(以下「本件敷金」という。)を差し入れた。
B G弁護士は、F弁護士他界後、P社との間で上記Aの賃貸借契約に係る賃貸借物件につき同様の賃貸借契約を締結したが、その敷金○○○○円は、F弁護士が差し入れた本件敷金を引き継ぐ形とした。
C 請求人らは、平成16年6月18日、原処分に係る調査の担当者に対して、本件覚書に係る備品等の種類及び価額等の明細を記載した書面を提出した。
D 本件覚書で譲渡の対象とされた賃借権は、上記Aの賃借権である。
E 本件覚書で譲渡の対象とされた備品等は、備品、絵画、書及び書籍(以下「本件備品等」という。)である。
(ロ) 本件金員の所得区分は次のとおりとなる。
A 本件敷金相当額
 本件敷金相当額については、F弁護士が支払った本件敷金を引き継いだG弁護士が、その清算として本件敷金にF弁護士の負担割合である60%を乗じた額を支払ったものであるから、F弁護士に所得は発生しない。
B 本件備品等の譲渡対価
 本件備品等の譲渡対価については、譲渡所得の基因となる資産の譲渡に該当し、譲渡所得となる。
C 本件敷金相当額及び本件備品等の譲渡対価以外の部分
 本件敷金相当額及び本件備品等の譲渡対価以外の部分については、業務等の引継ぎの経緯等からすれば、F弁護士がG弁護士と共同経営していたF総合法律事務所の経営から離脱するに当たり、顧問先との契約のうちF弁護士の持分の清算金の趣旨であるものと認められるから、事業所得となる。
ハ 総所得金額について
(イ) 事業所得の金額
 事業所得の金額は、別表1の「再修正申告」欄の金額に、本件金員から本件敷金の60%相当額及び本件備品等の譲渡対価の額を控除した金額を加算した○○○○円となり、本件更正処分のそれと同額となる。
(ロ) 譲渡所得の金額
 本件備品等の譲渡に係る短期又は長期の区分、収入金額及び取得費の額については、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によっても相当と認められる。
 なお、譲渡所得の金額は、当審判所において、所得税法第33条第5項等の規定に従って計算すると、別表2の「譲渡所得の金額」欄の「合計」欄のとおり○○○○円となり、本件更正処分のそれを下回る。
(ハ) 不動産所得、給与所得、雑所得及び一時所得の金額
 別表1の不動産所得の金額、給与所得の金額、雑所得の金額及び一時所得の金額については、請求人ら及び原処分庁の双方に争いがなく、当審判所の調査によっても相当と認められる。
(ニ) 総所得金額
 以上の結果、F弁護士の平成14年分の総所得金額は○○○○円となり、この額は、本件更正処分に係る総所得金額を下回るので、本件更正処分は、その一部を取り消すべきである。

(2) 本件賦課決定処分について

 上記(1)のハのとおり、本件更正処分がその一部を取り消されることに伴い、本件賦課決定処分の基礎となる税額は○○○○円となる。
 また、この税額の計算の基礎となった事実について、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められない。
 そうすると、過少申告加算税の額は○○○○円となり、この額は、本件賦課決定処分の額を下回るから、本件賦課決定処分は、その一部を取り消すべきである。

(3) その他

 原処分のその他の部分については、請求人らはこれを争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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