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(平19.6.12、裁決事例集No.73 127頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、不動産賃貸業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、同人の妻が代表取締役に就任している法人の名義の借入金から生じた遅延損害金債務を請求人の不動産所得の必要経費に算入し、さらに、当該遅延損害金債務及び自己名義の借入金から生じた遅延損害金債務の債務免除益について、所得税基本通達(以下「基本通達」という。)36−17《債務免除益の特例》の定めを適用して、当該債務免除益の一部を不動産所得の総収入金額に含めずに確定申告したところ、原処分庁が、法人名義の遅延損害金債務は請求人の必要経費に当たらず、また、当該債務免除益について請求人には同通達の定めは適用されないとして、更正処分等を行ったの対し、請求人が、同処分等の取消しを求めた事案である。

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(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成14年分、平成15年分及び平成16年分(以下、これらを併せて「各年分」という。)の所得税について、青色の確定申告書に別表1の「確定申告」欄のとおり記載して、いずれも法定申告期限までに申告した。
ロ 次いで、請求人は、平成14年分及び平成15年分の所得税について、平成17年2月9日に別表1の「修正申告」欄のとおりとする修正申告書を提出した。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成18年3月14日付で、別表1の「更正処分等」欄のとおりとする各年分の各更正処分及び平成16年分の過少申告加算税の賦課決定処分をした。
ニ 請求人は、上記ハの各処分のうち、平成16年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を不服として、平成18年5月12日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年8月10日付でいずれも棄却の異議決定をした(なお、その決定書謄本は、同月14日に請求人に送達された。)ことから、異議決定を経た後の同処分等に不服があるとして、平成18年9月14日に審査請求をした。
ホ また、原処分庁は、別表1の「再更正処分等」欄のとおり、平成18年8月9日付で平成14年分及び平成15年分の所得税について各再更正処分を(なお、同各処分の通知書は、同日に請求人に送達されたが、同年10月9日が休日であったことから、同各処分に対する不服申立期限は、同月10日となる。)、さらに、平成18年8月28日付で、平成16年分の所得税について再更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
ヘ 請求人は、上記ホの各処分を不服として、平成18年10月10日に審査請求をしたので、上記ニの審査請求と併合審理をする。

(3) 関係法令等の要旨

イ 所得税法第36条(平成18年法律第10号による改正前のものをいう。以下同じ。)《収入金額》第1項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、それらの価額)とする旨規定している。
ロ 所得税法第37条《必要経費》第1項は、その年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、当該所得の総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における一般管理費その他当該所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする旨規定している。
ハ 基本通達36−15《経済的利益》は、上記イの「金銭以外の物又は権利その他経済的な利益」には、債務の免除を受けた場合におけるその免除を受けた金額に相当する利益が含まれる旨定めている。
ニ 基本通達36−17は、債務免除益のうち、債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものについては、各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする旨定めている。

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(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人及び原処分庁の双方に争いはなく、当審判所の調査の結果によっても、その事実が認められる。
イ 請求人が債務免除を受けた経緯等
(イ) 請求人の父であるAは、別紙の3及び4を除く各不動産を所有し、同表6及び8ないし10の各不動産を賃貸して不動産賃貸業を営んでいた。
(ロ) 平成4年1月27日、B農協は、A及び請求人の妻であるCが代表取締役に就任していたD社のそれぞれを債務者名義として、次表の条件による貸付けを行った(以下、当該貸付けに係るA名義の債務を「本件借入金」、D社名義の債務を「D社分借入金」といい、これらを併せて「本件及びD社分借入金」という。)。
 D社は、不動産賃貸及び管理業、民宿の経営等を目的として平成元年8月○日に設立された法人である。

区分

条件等
本件借入金 D社分借入金
債務者 A D社
貸付金額 420,000,000円 180,000,000円
連帯保証人 請求人・C C・A・請求人
遅延損害金 年15% 年15%

(ハ) 本件及びD社分借入金の弁済については、平成9年8月から遅延が生じ始め、これにより遅延損害金(以下、本件借入金に係る遅延損害金を「本件遅延金」、D社分借入金に係る遅延損害金を「D社分遅延金」といい、これらを併せて「本件及びD社分遅延金」という。)が発生することとなった。
(ニ) 平成14年1月○日、Aの死亡により相続が開始した。請求人は、同年5月11日、遺産分割協議により別紙のA所有であった不動産を全部単独で取得し、同年9月11日、B農協の承諾を得て、A名義の債務を全部引き受けた。
(ホ) 請求人は、別紙の3の不動産を賃貸して賃料収入を得ていたが、上記(ニ)の相続により、別紙の6及び8ないし10の不動産からの賃料収入も得ることとなった。
(ヘ) B農協は、平成16年5月14日、請求人及びD社に対し、平成9年8月以降、同日現在までに発生した本件及びD社分遅延金全額について(平成14年1月1日から平成16年5月14日分の本件及びD社分遅延金の額は、別表2の36及び9欄のとおりであった。)、債務免除した。同日、B農協は、請求人に対し、400,000,000円を貸し付け、請求人は、同借入金で、本件借入金及びその他2口の請求人名義の借入金を返済した(以下、この消費貸借契約に基づく借入金を「本件借換金」という。)。その結果、本件借入金残高は、95,884,233円となった。
(ト) 更に、B農協は、平成16年5月31日付で、本件借入金の残高95,884,233円及びD社分借入金残高162,735,179円を、それぞれ、債権回収会社であるE債権回収に債権譲渡した。
ロ 本件及びD社分遅延金に係る請求人の申告状況
(イ) 請求人は、平成14年分及び平成15年分の所得税について、別表2の3及び6欄に掲げる本件及びD社分遅延金の額を、それぞれ同年分の不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入し、確定申告した。
(ロ) 請求人は、平成16年分の所得税の確定申告において、別表2の12欄の本件及びD社分遅延金に係る債務免除益について、基本通達36−17の定めが適用されるとして、当該債務免除益の一部である81,145,823円のみを不動産所得の金額の計算上、総収入金額に算入した。
 一方、請求人は、平成16年中に発生した別表2の9欄及び上記イの(ト)の債権譲渡後に新たにE債権回収に対して発生した同表15欄に掲げる本件及びD社分遅延金については、平成16年分の不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入していなかった。
ハ 原処分の内容
(イ) 原処分庁は、平成18年3月14日付で、平成16年分の所得税について、別表2の9及び15欄に掲げる本件及びD社分遅延金を不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入するとともに、請求人は、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」に該当しないから、基本通達36−17の定めは適用されないとして、同表の12欄の金額と上記ロの(ロ)の請求人申告額(81,145,823円)との差額107,958,852円を不動産所得の総収入金額に加算するなどの更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
(ロ) 次いで、平成18年8月9日付で、平成14年及び平成15年分の所得税について、D社分借入金は請求人に帰属しないから、別表2の2及び5欄に掲げる各D社分遅延金は、請求人の不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入できないとする再更正処分をした。
(ハ) さらに、平成18年8月28日付で、平成16年分の所得税について、上記(ロ)と同様の理由により、別表2の8及び14欄に掲げる各金額(合計7,860,515円)について、不動産所得の金額の計算上、必要経費から減算するとともに、同表の11欄のD社分遅延金に係る債務免除益53,038,601円を不動産所得の総収入金額から減算する再更正処分をした。

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2 主張

(1) 請求人

 原処分は、次のとおりいずれも違法であるので、いずれも取り消すとの裁決を求める。
イ D社分借入金の帰属
(イ) 上記1の(4)のイの(ロ)のD社分借入金180,000,000円は、次のとおり、実質的にはAの借入金であり、相続により請求人の債務となった。
A Aは、自己名義により600,000,000円の借入れを予定していたが、B農協の個人融資限度額が420,000,000円であったことから、Aが不足の180,000,000円をD社名義により借り入れたものである。
B D社は、設立以来、事業活動を行っていない上、D社分借入金の借入申込書の返済財源欄には「家賃収入と土地売却代金より返済」と書かれている。
(ロ) また、仮に、D社分借入金が名義どおりD社に帰属するとしても、AがD社名義の貯金口座から180,000,000円の大半に当たる160,000,000円を出金して個人的に費消したので、その時点でD社に対するAの債務が発生したことになり、請求人は、相続により同債務を承継しているから、同借入金は、請求人の債務である。
(ハ) この結果、D社分借入金は請求人に帰属する債務、又は請求人のD社に対する債務であるから、D社分遅延金は、請求人の各年分の不動産所得の金額の計算上、それぞれ必要経費に算入されることになる。
ロ 基本通達36−17の適用
(イ) 上記イのとおり、D社分借入金は請求人に帰属する債務、又は請求人のD社に対する債務であるから、同借入金を請求人の負債に含めて計算すると、請求人の「資産・負債」の状況は、別表3−1の「3請求人計算」欄のとおり、債務超過であり、請求人は、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難と認められる場合」に該当するから、本件及びD社分遅延金に係る債務免除益について、基本通達36−17を適用することができる。
(ロ) また、請求人は、本件において基本通達36−17の適用を判断するに当たり必要となる不動産の評価については、所得税法上、時価に関する明文規定がない以上、国税庁が定める財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)を借用して評価するべきであると考える。
(ハ) この点について原処分庁は、t町所在の土地については評価通達に基づいて計算する一方、その他の土地については売買実例に基づき、また、建物については未償却残高に基づいて計算している。しかし、t町所在の土地同様、すべての土地・建物について同通達により評価するべきであり、このことは、租税法の大原則である公平負担の原則からみても当然のことである。
(ニ) なお、請求人は、別表3−1については、D社分借入金を請求人の負債に含めるべきである点、資産のうち、別紙の12欄記載のt町の土地以外の土地・建物の評価額を評価通達に基づき算出すべきである点を除いて争わない。また、別表4については、その内容について、争わない。

(2) 原処分庁

 原処分は、次の理由によりいずれも適法であるので、審査請求をいずれも棄却するとの裁決を求める。
イ D社分借入金の帰属
 D社分借入金は、次のとおり、請求人に帰属しないことは明らかであるから、請求人の各年分の不動産所得の金額の計算上、D社分遅延金を必要経費に算入することはできない。
(イ) D社分借入金に係る借用証書記載の債務者名及び債権譲渡通知書記載の名あて人は、いずれもD社となっており、真正な債務者がAであることなどを示す事実や事情は認められない。
(ロ) また、160,000,000円がAにより出金され、Aの不動産賃貸事業に使用されたとする請求人の主張を裏付ける証拠はない。
ロ 基本通達36−17の適用
(イ) 請求人の「資産・負債」の状況については、別表3−1の「3原処分庁計算」欄、「収入・支出」の状況については別表4の「3請求人の消費可能な所得」欄のとおりであり、請求人は、「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難と認められる場合」には該当しないから、本件遅延金に係る債務免除益について、基本通達36−17を適用することはできない。
(ロ) 本件において、基本通達36−17の適用の可否を判断するに当たって必要となる不動産の評価については、請求人の財産の現状を正しく評価するため、土地は、より時価に近似すると考えられる売買実例等により、建物は、帳簿価額を基にする未償却残高により評価することが合理的である。
(ハ) また、評価通達は、相続税及び贈与税の課税価格計算の基礎となる財産の評価に関する基本的な取扱いを定めたものであり、本件に適用すべき理由はない。

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3 判断

 本件は、1D社分借入金が請求人に帰属するか否か、2請求人は基本通達36−17に定める「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」に該当するか否かについて、争いがあるので、審理したところ、以下のとおりである。

(1) D社分借入金の帰属

イ D社分借入金等の契約状況
(イ) D社分借入金(180,000,000円)については、平成4年1月27日付の借用証書が作成されており、同借用証書には、債務者欄にD社と記載され、同社の代表取締役C名による記名押印がしてあるほか、請求人及びCが連帯保証人欄に、Aが物上保証人兼連帯保証人欄に各署名押印してある。
(ロ) 本件借入金(420,000,000円)については、D社分借入金とは別に、平成4年1月27日付の借用証書が作成されており、同借用証書には、債務者兼物上保証人欄にAが署名押印し、連帯保証人欄に請求人及びCが各署名押印してある。
(ハ) そして、平成4年1月27日、B農協から、D社分借入金(180,000,000円)が、同農協のD社名義普通貯金口座(口座番号○○○○)に入金され、本件借入金(420,000,000円)が同農協のA名義普通貯金口座(口座番号○○○○)に入金された。
ロ 以上によれば、D社分借入金は、本件借入金とは別に、D社の代表者名により借用証書が作成され、同社に対して融資が実行されたことが明らかである。したがって、借用証書の記載にかかわらず、債務者をAとする明確な合意がB農協との間にあったなどの特段の事情のない限り、D社分借入金の契約当事者は借用証書に債務者と表示されたD社と認められ、債務者もまたD社であることとなる。
ハ そこで、検討すると、請求人がD社分借入金の借入れの当事者であると主張するAは、既に故人となっており、また、請求人の代理人であるF税理士も、現在において、当時の事情を直接に確認することが困難であり、本件及びD社分借入金の使途や送金先について直接明らかにする資料も存在しない旨当審判所に対して答述しているのであるが、請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、以下の事実が認められる。
(イ) 本件及びD社分借入金の使途は、各借用証書上、「借替資金(土地、建物購入資金)」とされていた。
(ロ) 本件及びD社分借入金の融資実行日である平成4年1月27日当日に、入金のあったB農協のA名義普通貯金口座(口座番号○○○○)から375,000,000円及びD社名義普通貯金口座(口座番号○○○○)から160,000,000円が、それぞれ振込送金された(ただし、振込先は不明である。)。
(ハ) Aは、平成2年9月○日、別紙の10及び11の不動産を購入し、同不動産に、G信用保証会社に対する保証委託契約に基づく求償債権を担保するため、債権額520,000,000円の抵当権設定登記をしていたが、平成4年2月○日付で同年1月○日主債務消滅を原因とする同抵当権の抹消登記がなされた。
 なお、同抹消登記に先立つ平成4年1月○日付で、同不動産には本件及びD社分借入金を担保するための抵当権の各設定登記がされた。
(ニ) D社は、平成5年8月1日から平成6年7月31日までの事業年度(以下「平成6年7月期」という。)以降、法人税の確定申告書を提出していないが、同事業年度前の法人税の確定申告書の提出状況については、原処分庁の簿書保存期限の経過により確認することはできない。
(ホ) B農協では、債務免除に先立ち、債権の正常化を図るために、本件及びD社分借入金について、260,000,000円(内、D社分借入金は160,000,000円)を、担保物件(別紙の12欄の土地)とともに、E債権回収へ売却し、かつ、本件借入金の残額については請求人に対する400,000,000円の借換融資を行い、元利均等30年の月賦償還の条件へ変更し、本件及びD社分遅延金については免除するということを検討していた。しかし、D社分借入金は、借換えの対象とはされず、当初の契約条件のまま、B農協からE債権回収に対して債権譲渡された。
(ヘ) 上記1の(4)のイの(ト)で述べた本件借入金の一部及びD社分借入金の譲受人であるE債権回収では、請求人及びD社の債務者名ごとに弁済の受取証を作成している。
ニ 以上のとおり、D社分借入金の貸主であるB農協は、債務者であるD社とは別に同借入金についてA、請求人及びCとの間で連帯保証契約を締結し、融資実行後も本件借入金とD社分借入金の債務者を区分して債権管理していたことからすれば、B農協がD社分借入金の契約当事者がAではなくD社であることを前提としていたことは明らかであり、B農協から債権譲渡を受けたE債権回収も同様に本件借入金とD社分借入金の債務者を明確に区分して管理している。このような事情からすれば、借入れ時において、D社分借入金の当事者間において同借入金の債務者をAとする合意があったなどの特段の事情は認められない。
 この点、請求人は、A個人がB農協の借入限度額を超えて融資を受けるために、D社名義を使用したにすぎない旨主張するところ、上記ハの(イ)ないし(ハ)の事実が認められ、また、上記ハの(ニ)の事実によれば、D社は、平成元年8月○日の設立から平成5年7月31日までの間の営業活動の実態は不明であるが、少なくとも平成6年7月期以降は活動の実態がないと推測される。しかしながら、たとえD社分借入金がA個人において使用する目的で借り入れられたものであったとしても、そのことをもって、同社に消費貸借契約上の債務者として債務を負担する意思がなかったことにならないのは明らかであるから、そのような事情は、D社分借入金の当事者間において同借入金の債務者をAとする合意があったなどの特段の事情とはならない。
ホ さらに、請求人は、予備的に、同借入金がD社に帰属するとしても、Aがその大半を引き出し、個人的に費消したのであるから、その費消した時点でAのD社に対する債務が発生し、その債務は相続により請求人に承継されているから、請求人の債務である旨主張する。しかしながら、AとD社との間には、D社分借入金をAが使用することに関して、金銭消費貸借契約書は作成されていなかった(請求人代理人の答述)というのであって、AとD社との債権債務関係やD社分借入金が不動産賃貸業の用に供されたことを明確に認定できる資料はない。また、仮にAがD社に対して何らかの債務を負っていたとしても、それはD社分借入金とは別の債務であるといわざるを得ない。
ヘ 以上によれば、D社分借入金はD社の債務であるから、請求人の不動産所得の金額の計算上、D社分遅延金の発生額を必要経費の額から減算し、D社分遅延金に係る債務免除益を総収入金額から減算した原処分は相当である。

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(2) 基本通達36−17の適用

イ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、以下の事実が認められる。
(イ) 請求人は、自宅のほか、別紙記載の不動産を所有し、同紙368ないし10の賃貸用不動産から、別表4の1欄の「不動産賃貸収入」欄に掲げるとおりの賃貸収入を継続的に得ていた。
(ロ) また、請求人は、平成14年から平成16年まで同表の1欄の「給与収入」欄に掲げるとおり給与収入を継続的に得ていた。
(ハ) 請求人は、平成16年5月の本件遅延金の債務免除まで、家賃収入から毎月約70万円をB農協への返済に充てていたが、B農協は、約定どおりの返済が困難と認めて、本件及びD社分借入金の元本に充当していた。
(ニ) B農協は、本件遅延金の支払を免除すれば、元本や利息の免除をしなくても向こう30年間で弁済が可能になり正常化すると考え、本件及びD社分遅延金の債務免除、本件借換金に関する契約及びE債権回収への債権譲渡を決定した(B農協の担当者の答述等)。
(ホ) 請求人は、債務免除後は、本件借換金(元金400,000,000円、償還期間30年、毎月1,539,205円の元利均等返済の約定)を、約定どおり滞ることなく返済している。
(ヘ) 原処分庁計算による請求人の「資産・負債」及び「収入・支出」の状況は、それぞれ、別表3−1の各「原処分庁計算」欄及び別表4のとおりである。
 なお、別表4の「支出」欄の「借入金返済額」には、本件借入金又はこれを借り換えた本件借換金以外に、D社分借入金に係る連帯保証債務の返済額、本件借換金により返済した本件借入金とは別のB農協に対する2口の元利金及びH銀行J支店に対する2口の借入金の元利金の各返済が含まれている。
ロ ところで、債務免除は、債権者が債務者に対する債権を消滅させる行為であり、債務者の債務という負の経済価値が消滅することになるから、上記1の(3)のハのとおり、所得税法第36条第1項に規定する「経済的な利益」に該当する。この解釈を前提に、基本通達36−17は、債務者が「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」に受けた債務免除益については、実際上担税力のある所得を得たとはいい難いことから、積極的に課税することを避けることを定めたものであり、この取扱いは当審判所においても相当と認める。
 そして、同通達にいう「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」とは、単に債務超過の状態にあるだけでは足りず、債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないのみならず、近い将来においても調達できないと認められる場合をいうものと解される。
ハ これを本件についてみると、次のとおりである。
(イ) 請求人は、本件遅延金の債務免除を受けた時点で、不動産事業の源泉である賃貸用不動産を所有し、不動産賃貸業を行っていたものであり、上記イの(イ)、(ハ)及び(ホ)のとおり、債務免除の前後に安定的な賃貸料収入を稼得し、借入金の弁済に充てており、本件遅延金に係る債務免除を受けた以後は、B農協が正常化できると判断したとおり、本件借入金等の返済に充てた本件借換契約に基づく借入金を、利息も含めて、約定どおりに返済している。しかも、本件借入金及びD社分借入金に係る連帯保証債務以外の債務については、本件遅延金の債務免除の前後においても、元本及び利息の支払をしていたものである。
(ロ) そして、請求人の「収入・支出」の状況は、別表4(上記2の(1)のロの(ニ)のとおり、請求人も争わないとしている。)のとおりであるところ、収入から借入金返済額、必要経費その他の実際の現金支出を控除した平成14年から平成16年分の請求人の生活費として消費可能な所得(同表3欄の金額)は、いずれも同表「4総務省の家計調査における一世帯当たりの年間消費支出額」欄に掲げる金額(請求人と同じ5人家族の場合)を上回っている(同表5欄参照)。したがって、請求人は、標準的な消費支出(生活費)の他に、同表2の支出欄の「借入金返済額」及び「借入金利息」を返済する能力があり、さらに、これ以外の債務を返済する余力もあったということができる。
(ハ) 以上の支払能力の状況からすれば、請求人は、債務免除の時点において、現にその債務の全部を弁済するための資金を調達することができないとは認められず、基本通達36−17の「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」に該当するとは認められない。
(ニ) さらに、請求人の「資産・負債」の状況についてもみると、原処分庁主張による計算結果は別表3−1の「原処分庁計算」欄、請求人主張による計算結果(上記(1)により、D社分借入金を負債から差し引いた後のもの)は別表3−2の「請求人計算」欄のとおりである。仮に、請求人の計算結果によったとすると、請求人は債務超過の状態にあったこととなるが、各年分において請求人は別紙に掲げる主要な資産である自宅及び賃貸用不動産を処分せず保有しており、また、上記(イ)ないし(ハ)で述べたとおりの請求人の支払能力からすれば、債務全額について弁済が不可能となるほどの著しい債務超過があったとはいえないから、基本通達36−17の「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」に該当するとは認められない。
(ホ) 以上のとおり、請求人は、基本通達36−17の「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合」に該当するとは認められないから、請求人について同通達の適用がないとした原処分は相当である。
 なお、請求人は、上記2の(1)のロの(ロ)とおり、基本通達36−17の適用に当たって、不動産の評価方法は、評価通達によるべきである旨主張するが、請求人の主張する評価方法によっても、上記のとおり判断されるのであり、本件においては、不動産の評価方法は、結論を左右しない。

(3) その他

 以上のとおり、本件争点について、原処分に違法はなく、また、原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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