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(平20.6.5、裁決事例集No.75 155頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、外国船籍の遠洋鮪延縄漁船(以下「鮪漁船」という。)の船員である審査請求人(以下「請求人」という。)に対して外国法人から支払われた金員(以下「本件金員」という。)について、原処分庁が請求人は居住者であり、本件金員は給与所得に該当するとして所得税の更正処分等を行ったのに対して、請求人は、非居住者であるから、国内源泉所得ではない本件金員には所得税は課税されないとして、同処分等の全部の取消しを求めた事案である。
 争点は、次の2点である。

 争点1  公海上で操業する船舶の船員の住所は、国内か否か。
 争点2  原処分は、税務署の担当者により扱いが異なるもの又は税務当局等の回答等に反した処分であって、信義則違反に該当するか否か。

(2) 審査請求に至る経緯及び内容

 審査請求(平成19年7月24日)に至る経緯及び内容は、別表1のとおりである。

(3) 関係法令等

 関係法令等の要旨は、別紙1に記載のとおりである。

(4) 基礎事実

イ 請求人は、住所欄に「P市Q町○丁目○-○」と記載した平成15年分、平成16年分及び平成17年分(以下、これらを併せて「本件各年分」という。)の所得税の確定申告書を法定申告期限までに原処分庁に対してそれぞれ提出している。そして、別表1の「納付すべき税額」欄の金額は、所得税法における居住者に係る規定に従い算出されている。
ロ 請求人及び同人の妻Aの住民票に記載されている住所(以下「住民登録地」という。)は、昭和59年12月9日から現在までP市Q町○丁目○-○(以下「本件住所」という。)である。
ハ 請求人は、本件住所に土地及び建物(以下「請求人所有住宅」という。)を所有している。
ニ 請求人は、平成8年6月1日付で、R国S市T町○号に本社を置くB社との間で、同日から3年間の乗船契約(以下「本件乗船契約」という。)を締結している。

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2 主張

 当事者の主張は、別紙2のとおりである。

3 判断

(1) 争点1 公海上で操業する船舶の船員の住所は、国内か否か。

イ 法令解釈等
 居住者及び非居住者に関する法律、政令及び基本通達の関係は、次のとおりと解される。
(イ) 所得税法第5条第1項は、居住者は、所得税法により、所得税を納める義務がある旨、同条第2項は、非居住者は、国内源泉所得を有するときは、所得税法により、所得税を納める義務がある旨それぞれ規定している。
 そして、所得税法第2条第1項第3号は、居住者とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいうと、また、同項第5号は、非居住者とは、居住者以外の個人をいうとそれぞれ規定している。
(ロ) ところで、所得税法においては住所の定義がされていないところ、特段の事由がある場合を除き、民法上使用されているのと同一の意義を有する概念として使用するものと解されている。
 民法第22条《住所》は、各人の生活の本拠をその者の住所とすると規定しており、この生活の本拠とは、その者がその地に定住する者として、その者の社会生活上の諸問題を処理する拠点となる地をいうものと解されている。なお、基本通達2-1は、生活の本拠であるかどうかは客観的事実により判定する旨定めている。
(ハ) 所得税法第3条第2項は、居住者と非居住者との区分に関し、個人が国内に住所を有するかどうかの判定について必要な事項は、政令で定める旨規定している。
 これを受け、施行令第14条第1項は「国内に居住することとなった個人」について、また、施行令第15条第1項は「国外に居住することとなった個人」について、一定の事情を基準に、国内又は国外のいずれかに住所があるかどうかを推定する旨規定している。すなわち、職業上等の理由から一時的に国内又は国外に居住することとなった者にあっては、その理由が解消した後は再び国外又は国内に居住することとなることが予想されるなど、その者に、もともとその現に居住することとなった地に長期間定住する意思がない場合が多く、このような者についてその「生活の本拠」がどこにあるかを個人的事情を考慮した上で個々に判断することは、実務上極めて困難であるため、その者が国内又は国外において「継続して1年以上居住することを通常必要とする職業を有する」等の場合には、その者は、それぞれ国内又は国外に住所を有するものと推定する旨の規定を設けたものである。
 また、遠洋を航海する船舶の船員は、通常その船舶内で起居し、生活の相当部分を海上において過ごす例が多いことから、その者の住所が国内にあるかどうかが問題となる場合がある。住所を意味する概念としての「生活の本拠」とは、その者がその地に定住する者として社会生活上の諸問題を処理する拠点となる地をいうものと解され、また、その意味では、当該船舶の船員にとって、その乗船する船舶は単なる勤務場所にすぎないと解されるところから、これらの者については、その生活の本拠はその者の配偶者その他生計を一にする親族の居住している地あるいはその者が勤務外の期間中通常滞在する地にあると考えざるを得ないことを基本通達3-1で明らかにしたものと考えられ、この取扱いは当審判所においても相当と認められる。
 このように、基本通達3-1の定めは、現に外国航路に就航している船舶や航空機の乗組員の住所が国内にあるかどうかを判定するものであって、国内又は国外に居住地が移動することとなった者のうち一定の事情にある者の住所を推定するための施行令第14条及び第15条の規定とは、その適用対象者が異なっている。
ロ 認定事実
 原処分関係資料及び当審判所の調査結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) Aは、本件各年分において請求人所有住宅に居住している。
(ロ) 請求人は、平成19年5月まで本件乗船契約を再契約している。
(ハ) 請求人は、本件乗船契約及び再契約の期間中、1年強に一度の割合で有給休暇を与えられ、その際は日本に帰国し、入国後再度出国するまでの期間は請求人所有住宅において起居することを常態としている。なお、平成15年から平成17年までの日本での滞在日数は、別表2のとおりである。
(ニ) 請求人が乗船する鮪漁船は、緊急事態でない限り海外の港に寄港することはなく、請求人は有給休暇で日本に滞在する期間以外は、通常インド洋上の船内で起居している。なお、平成15年から平成17年までの海外における入国から出国までの日数は、別表2のとおりである。
(ホ) 別表2のW国での入国から出国までの日数については、その間W国の領海内で操業していたもので、入国・出国の手続きのため上陸する以外は鮪漁船内で起居している。
ハ これを本件についてみると次のとおりである。
(イ) 請求人は、上記ロの(ロ)ないし(ホ)のとおり、本件乗船契約及び再契約の期間中は、休暇で帰国する以外は鮪漁船に乗り組み、そのほとんどの期間を公海上又は外国の領海上で過ごしていると認められる。
(ロ) 請求人は、本件各年分において、Aを控除対象配偶者とする確定申告書を提出していること、請求人とAは住民登録地を本件住所としている事実から、両名は生計を一にして生活していると認められる。
(ハ) 上記ロの(イ)及び(ハ)並びに上記(イ)及び(ロ)の各事実からすれば、請求人と生計を一にする配偶者が居住する地及び請求人の勤務外の期間中通常滞在する地はいずれも国内であることから、請求人の住所は、基本通達3-1の定めにより、国内であると認められる。
(ニ) 請求人は、別紙2の争点1の請求人主張のイないしハの(ハ)までのとおり、1平成13年以降の請求人の出国・入国状況からすれば施行令第15条第1項に該当することは明らかであること、2基本通達3-1を適用し施行令第15条第1項の適用はないとすることは通達で法令の例外を設けること又は法令の適用以前に通達を適用することになること、3基本通達3-1は国内企業に雇われて国外で働く者に適用されるものであること、4基本通達3-1は施行令第14条についてのものであること、及び5船舶又は航空機の乗組員のみが施行令第15条第1項の推定を受けられない理由はない旨それぞれ主張する。
 しかしながら、請求人は、別表2の入出国の状況からすると、公海上又は外国の領海上で過ごしている船舶の船員と認められるところ、このような者が基本通達3-1により住所地が判定されること並びに施行令第14条及び第15条の適用により住所地の推定を受ける者とは異なることは上記イの(ハ)のとおりであり、請求人の主張はいずれも採用できない。
(ホ) 請求人は、基本通達3-1が施行令第15条第1項についても当てはまるとの立場をとった場合に、日本に配偶者その他生計を一にする親族がいない独身者は申告義務を免れることとなるのに対し、配偶者その他の親族がいる場合には申告義務があることになり、合理的な理由はない旨主張する。
 しかしながら、基本通達3-1の定めは、その者の親族の居住地又はその者の勤務外の期間中通常滞在する地によって判定するとするものであって、家族のいない独身者は必ず日本に申告義務がなく、他方、家族のいる者が必ず日本に申告義務があることになるものではない。したがって、この点についても請求人の主張は採用できない。

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(2) 争点2 原処分は、税務署の担当者により扱いが異なるもの又は税務当局等の回答等に反した処分であって、信義則違反に該当するか否か。

イ 法令解釈等
 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別な事情がある場合に、初めて、法の一般原理である信義則の法理の適用等の是非を考えるべきものである。
 そして、上記の特別の事情の存在が認められるためには、少なくとも、1税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したこと、2納税者がその表示を信頼し、その信頼に基づいて行動したこと、3その後に上記表示に反する課税処分が行われたこと、4そのため納税者が経済的不利益を受けることになったこと、及び5納税者が課税庁の公的見解の表示を信頼して行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないことが必要であると解されている(最高裁昭和62年10月30日第三小法廷判決)。
ロ これを本件についてみると、次のとおりである。
(イ) 請求人は、請求外Cが平成11年11月ころ、所得税を申告する必要がないかどうか、原処分庁に問い合わせをしたところ、申告の必要がないとの回答を受けたので、同人は以後申告しなかったとのことであり、原処分は過去の指導と矛盾する旨主張する。
 しかしながら、原処分庁が請求外Cに対し、申告が不要との回答を行ったことを裏付ける証拠の提出もないし、当審判所の調査においてもそのような事実は確認できない。
 また、請求人は、請求人と同じ会社に勤務し、同じ労働条件の下で働いた日本人乗組員で、原処分庁の管轄以外に住んでいる者がその地の税務署に申告義務の有無を確認したところ、申告義務がないとの回答がされた例を多数確認しており、税務署間で見解が統一されていない旨主張する。
 しかしながら、請求人の主張するような回答がされたとする事実に関する具体的な主張はなく、それを裏付ける証拠の提出もない。
 したがって、原処分は上記イの法の一般原則である信義則の法理の適用により課税処分を違法なものとして取り消すことができる処分に該当しないことは明らかであり、請求人の主張には理由がない。
(ロ) そのほか請求人は、外国法人から給与をもらっている船舶又は航空機の乗組員について、すべからく基本通達3-1を徹底し、申告義務を課していないのが実情であり、R国船の船員にのみ申告義務を課すのは、その意味でも憲法第14条第1項の法の下の平等に反する旨主張する。
 しかしながら、船舶又は航空機の乗組員について、請求人が主張するような実情にあることを裏付ける証拠の提出もなく、ましてやR国船の船員にのみ特別に申告義務を課している事実は認められないことから、この点に関しても請求人の主張は採用できない。
(ハ) 請求人は、D社発行のG書籍の本件類似事例についての問いへの回答が、平成2年6月改訂版から、下船期現地に居住していなかった場合(請求人のように有給休暇中、日本の家族の元に帰るような場合)には国外に住所を有するとはいえない(したがって、国内に住所を有する者となる)との解釈の余地を生むものに変更され不当である旨主張する。
 しかしながら、請求人に対する本件各年分の更正処分は、その更正された課税標準等又は税額等が税法の規定に基づいてなされているのであって、平成2年6月改訂版によって改められた同版より前のG書籍の回答内容は、本件各年分の本件金員受領に伴う納税義務を判断する根拠とはなりえないから、請求人の主張は採用できない。
(ニ) 請求人は、陸上勤務者が休暇を取って日本に戻るのと、海上勤務者が休暇を取って日本に戻ることを区別する理由がない、例えばB社の会計を担当するべくR国S市に居住し、休暇を取って日本に帰る人とB社に雇われインド洋上で漁船員として働き休暇を取って日本に帰る人を区別する理由がない旨主張する。
 しかしながら、請求人のような船舶を勤務地とし公海上又は外国の領海上で過ごすことの多い者と国外に居住しそこで勤務する者について区別し居住者・非居住者の判定を行うべきことは、上記(1)のイの(ハ)のとおりであり、請求人の主張は採用できない。
(ホ) 請求人は、昭和62年3月当時、課税庁はEからの照会に対し、外国法人の運航する外国の港を基地として操業する漁船に継続して1年以上乗船した日本人漁船船員の税法上の扱いにつき非課税とする見解を明らかにしているが、原処分はこの見解に反する課税であり不当である旨主張する。
 しかしながら、請求人が提出した「 F 新聞昭和62年○月○日」に掲載されている事例は、外国の管轄水域のみにおいて操業することにしているその国の現地法人が運航する船舶に乗り組んでいる船員についてのものであり、別紙2の争点1の請求人主張のイ及び上記1の(4)のニのとおり、R国の法人が運航する船舶に乗り組んでインド洋上で働いていた請求人とは事例を異にしており、請求人の主張は採用できない。

(3) 本件各年分の更正処分について

 以上のとおり、請求人の主張はいずれも理由がなく、本件各年分の更正処分は適法である。

(4) 本件各年分の過少申告加算税の賦課決定処分について

 本件各年分の更正処分は上記(3)のとおり適法であり、また、本件各年分の更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が本件各年分の更正処分前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項及び第2項の規定に基づきなされた本件各年分の過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

(5) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠書類等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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