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(平20.4.3、裁決事例集No.75 198頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)がいわゆる余剰容積移転のための対価として受領した金員について、譲渡所得とすべきを一時所得として申告したとして所得税の更正の請求をしたところ、原処分庁が、当該金員は不動産の上に存する権利の貸付けの対価に当たるから不動産所得であるとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分及び更正処分等を行ったのに対し、請求人が、これらの処分の全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、平成17年分の所得税について、確定申告書に次表の「確定申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに原処分庁へ申告した。

区分
項目
確定申告 更正の請求 更正処分等
総所得金額 ○○○○円 ○○○○円 ○○○○円
内訳 不動産所得の金額 ○○○○  ○○○○  ○○○○ 
給与所得の金額 ○○○○  ○○○○  ○○○○ 
一時所得の金額 ○○○○  ○○○○  ○○○○ 
分離長期譲渡所得の金額 -  ○○○○  - 
納付すべき税額 ○○○○  ○○○○  ○○○○ 
過少申告加算税の額 -  -  ○○○○ 

(注) 一時所得の金額は、所得税法第22条《課税標準》第2項第2号の規定による2分の1に相当する金額である。

ロ その後、請求人は、平成18年12月18日に上表の「更正の請求」欄のとおりとすべき旨の更正の請求をした。
ハ 原処分庁は、これに対し、平成19年3月27日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をするとともに、上表の「更正処分等」欄のとおり、更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ニ 請求人は、これらの処分を不服として、平成19年5月21日に異議申立てをしたところ、異議審理庁は、同年8月10日付で棄却の異議決定をし、同月15日に異議決定書謄本を請求人に対して送達した。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成19年9月11日に審査請求した。

(3) 関係法令

 別紙のとおりである。

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(4) 基礎事実

 以下の事実は、請求人と原処分庁の間に争いはなく、当審判所の調査の結果によってもその事実が認められる。
イ 請求人、A、B、C及びD社(以下、これらを併せて「請求人ら」という。)は、それぞれ別表1記載の宅地(以下「本件請求人ら所有土地」という。)を所有している。
ロ 請求人らは、E社との間で、平成17年7月1日付で要旨を以下の内容とする「地役権設定契約書」と題する契約書により契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
(イ) 本件請求人ら所有土地、E社が所有する別表2記載の宅地(以下「本件E社所有土地」という。)、信託受託者であるF信託銀行が所有する別表3記載の土地の一部及びQ県よりE社が借地する予定の別表4記載の雑種地である下水道敷地の一部を合わせた敷地を建築基準法第86条《一の敷地とみなすこと等による制限の緩和》第2項に定める連担建築物設計制度の認定(以下「本件連担認定」という。)を受ける区域とし、E社は、本件連担認定に基づき、請求人らより本件請求人ら所有土地が保有する余剰容積(以下「本件余剰容積」という。)及びF信託銀行よりF信託銀行が所有する土地が保有する余剰容積の移転を本件E社所有土地上に受け、E社が同土地上に別表5記載の建物(以下「本件予定建物」という。)を建設する。
(ロ) 請求人ら及びE社は、本件予定建物の着工を停止条件として、請求人らが当該着工時の建築基準法に定める容積率の最高限度より105.54パーセントを控除した容積率である294.46パーセントを超える建物を本件請求人ら所有土地内に建設しない旨の不作為の地役権(以下「本地役権」という。)を設定するものとし、これによりE社は、本件請求人ら所有土地の余剰容積を利用する権利(以下「本件余剰容積利用権」といい、いわゆる余剰容積を利用する権利を一般的な用語として用いるときには「余剰容積利用権」という。)を請求人らより取得する。
(ハ) 請求人らは、E社が本件余剰容積利用権の移転を受けた後は、同社が本件予定建物を将来再建築する場合においても、本件余剰容積を本件E社所有土地の容積に加算することを承諾する。
(ニ) 本地役権の設定目的は、本件余剰容積利用権を本件E社所有土地の所有者が永続的に確保し、同土地に建築する本件予定建物に対する建築基準法等適用法規で定める容積率、建ぺい率及び日影規制等による建物敷地確保及び再建築のために、本件請求人ら所有土地の範囲内において現存する別表6記載の建物(以下「本件建物」という。)の容積対象延床面積(4,572.42平方メートル)を超えて同土地の所有者が本件建物を増改築又は再建築しないこととするものである。
(ホ) E社は、上記(ニ)の規定にかかわらず、将来、建築基準法等の行政法規等が改正されることによって、本件余剰容積利用権を同社が確保でき、かつ、本件建物の容積対象延床面積を超えて請求人らが本件建物を増改築又は再建築することが可能になった場合には、本件余剰容積利用権を同社が確保し、本件E社所有土地に建築した建物に対する建築基準法等適用法規で定める容積率、建ぺい率及び日影規制等による建物敷地の確保及び再建築を阻害せず、かつ、本件連担認定に違反しない範囲内において、本件建物の容積対象延床面積を超えて請求人らが本件建物を増改築又は再建築することを承諾する。
(ヘ) 本地役権の範囲は、本件請求人ら所有土地の全部とする。
(ト) 本地役権の存続期間は永久とする。
(チ) E社は、本地役権設定の対価として、着工日に請求人らに対して、別表7の金員を支払う。
(リ) 本件請求人ら所有土地について課せられる公租公課については請求人らがこれを負担し、E社に一切の請求をしない。
(ヌ) 請求人ら及びE社は、将来、本件請求人ら所有土地又は本件E社所有土地の所有権を第三者に譲渡する場合、この旨を事前に文書にて速やかにその相手方に通知するものとし、譲渡先に対して本件契約の権利義務の一切を承継させる。
(ル) 本件契約に定めのない事項については、民法その他の関係法令並びに一般不動産取引慣行に従い、請求人ら及びE社ともに誠意をもって協議し決定する。
ハ 請求人ら及びE社は、本件請求人ら所有土地について、範囲を全部、要役地を本件E社所有土地として、平成17年7月1日に本件予定建物の着工を条件とする本地役権設定の仮登記を、次いで、同月27日に本地役権設定の登記を行った。
ニ 請求人は、E社から本件契約に基づき、平成17年7月27日に175,000,000円(以下「本件金員」という。)を受領した。
ホ 本件予定建物は、建築基準法第86条第2項に規定する連担建築物設計制度の認可による建築であり、都市計画法第8条第1項第4号に規定する特定街区内における建築には該当しない。

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2 主張

(1) 請求人

 本件金員が、所得税法第33条第1項の「資産の譲渡」に該当することは、次の理由により明らかであるから、譲渡所得として課税されるべきである。
 なお、原処分庁は、余剰容積利用権の譲渡という本来目に見えない権利関係を、第三者に公示するために採られた地役権設定という外形に固執し、余剰容積利用権の譲渡と地役権設定の法的性格を混同している上、所得税法第33条第1項の「資産の譲渡」に該当するか否かにより譲渡所得該当性を判断すべきであるのに、同項かっこ書に該当するか否かで判断しているので、誤りである。
(理由)
イ 余剰容積利用権は、その土地上に余剰容積の範囲内で建物を建築することができるという独立した財産権であって、これを第三者に譲渡して対価を得るという取引がなされている。
 そして、余剰容積の利用は、本来土地所有者のみが支配権限を有するものであって、土地所有権に内包されているというべきものであるが、これを第三者に譲渡することによって、その者がその余剰容積を自己の土地に移転させて、その土地で譲り受けた余剰容積の範囲内で建物を増改築又は再建築できることになるのであるから、土地の支配権限の一部を第三者に切り売りしているものと同視できるのであって、明らかに地役権設定とはその法的性質を異にするものである。
 また、余剰容積を譲渡すれば、譲渡者の所有する土地には、その分の余剰容積がないことになるから、当然に譲渡した余剰容積を除した容積率を超える建物を増改築又は再建築することはできず、このことは、当事者間の合意によって不作為義務が発生するのではなく、余剰容積利用権を譲渡したことによる当然の帰結である。
 さらに、当事者間の通常の意思によれば、移転の対象は現時点での余剰容積であり、仮に、将来建築基準法等の改正によって容積率が増加したとしても、譲受者は、その増加する部分の容積率の利用についてまで譲渡者を制限する意思は全く有していないと解されるから、譲渡者に対して現存建物の容積対象延床面積を超えて建物を構築しないという不作為義務を課したものと解することはできない。
ロ このように、余剰容積利用権の譲渡は、譲渡者の余剰容積利用権の制限に主眼があるのではなく、譲受者の余剰容積利用権の増加に主眼が置かれるべきであって、本来は、余剰容積が移転したことそれ自体が第三者に公示されるべきである。
 しかしながら、現在の不動産登記法上の制度では、余剰容積利用権及びこれを第三者に移転させるという概念がいまだ確立しておらず、これらを公示する手段が確立されていない。
 このため、余剰容積利用権が移転されたことを公示する手段として、やむを得ず、余剰容積利用権の譲渡の反射的効果である、譲渡者の余剰容積利用の制限という観点から、区分地上権の設定や不作為地役権の設定という登記手続を採ることによって代用しているのである。
ハ 本件の当事者の意思としても、本件余剰容積利用権の移転は、請求人らに対して本件余剰容積の利用に関する不作為義務を課したものではなく、本件余剰容積利用権を一個の独立した財産権すなわち資産として譲渡したものであり、本地役権の設定は、本件余剰容積利用権の譲渡について公示する手段として便宜的になされたものにすぎないことは、次の事実からも明らかである。
(イ) 本件契約に、1上記1の(4)のロの(イ)のとおり、E社が請求人らから本件余剰容積の移転を受けるものであること、2上記1の(4)のロの(ロ)のとおり、本件余剰容積利用権を不作為の地役権を設定するという方法によって公示すること、3上記1の(4)のロの(ホ)のとおり、将来、建築基準法等の改正によって本件請求人ら所有土地の容積率が増加した場合には、その増加した部分の容積率は請求人らに帰属すること、を明記している。
(ロ) E社は、本件余剰容積利用権について、その価値を資産計上する経理処理をしており、地役権としての扱いはしていない。
ニ 以上のとおりであるから、本件余剰容積の移転を地役権設定の問題として論ずべきでない。
 本件契約は、余剰容積利用権という一個の財産権の譲渡契約に関する問題であるから、所得税法第33条第1項の「資産」の該当性の問題である。そして、余剰容積利用権が経済的価値が認められて取引の対象とされ、キャピタル・ゲイン(又はキャピタル・ロス)が生じるものであることは明らかであるから、本件金員は譲渡所得に該当する。

(2) 原処分庁

 本件金員は、次の理由のとおり、所得税法第33条第1項かっこ書及び所得税法施行令第79条第1項の「資産の譲渡とみなされる行為」による所得に該当しないことから、譲渡所得には当たらず、また、不動産の上に存する権利の貸付けに当たることから、不動産所得に区分される。
(理由)
イ 余剰容積利用権を移転するには、1特定街区制度の利用、2一団地認定制度、3総合設計制度及び市街地住宅総合設計制度及び4高度利用地区制度等の手法があり、その契約形態としては、1譲渡側の土地に区分地上権又は区分賃借権を設定する方式、2譲渡を受ける側の土地を要役地、譲渡側の土地を承役地とする不作為地役権を設定する方法及び3譲渡側に不作為義務を課す無名債権契約により設定する方法がある。
ロ 所得税法施行令第79条第1項は、上記イに掲げる制度のうち、地役権設定の対価が譲渡所得に該当する場合を特定街区内における建築物の建築のために設定されたものに限定しているのであるから、特定街区以外の本地役権の設定については、所得税法施行令第79条第1項の「資産の譲渡とみなされる行為」に該当しない。

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3 判断

(1) 法令解釈及び本件への適用

イ 所得税法の定め
 所得税法第26条第1項は、不動産所得とは、不動産等の貸付け(地上権又は永小作権の設定その他他人に不動産等を使用させることを含む。)による所得(事業所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう旨規定し、所得税法第33条第1項は、譲渡所得とは、資産の譲渡(建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものを含む。)による所得をいう旨規定する。
 不動産所得とは、所得税法第26条第1項の第1かっこ書の文理から明らかなとおり、不動産等の貸付けのみならず、他人に不動産を使用させることにより生ずる一切の所得を含むものである。一方、譲渡所得は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税するものである。
 ところが、所得税法第33条第1項は、同項かっこ書において、建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものによる所得を譲渡所得としており、本来、土地の使用の対価であり、その意味では不動産所得となるべき所得を譲渡所得としている。これは、存続期間が長期で、その金額が更地価額の極めて高い割合に当たり、使用権の譲渡性が認められる地上権等の設定は、資産の譲渡と同視できるし、これに至らないものであっても、使用権設定時に多額の対価が一時に支払われる場合の税負担を緩和する必要があることを考慮し、政令で定める一定の使用権設定の対価を譲渡所得としたものである。
 以上によれば、本件金員が、資産の譲渡の対価といえるのであれば、所得税法第33条第1項に規定する譲渡所得となるが、不動産使用の対価といえるのであれば、原則として、不動産所得となり、所得税法第33条第1項かっこ書に該当する場合に限って、譲渡所得となる。
ロ 連担建築物設計制度における余剰容積移転の法的性質
(イ) 容積率とは、建築物の延べ面積の敷地面積に対する割合であり、建築基準法第52条《容積率》第1項により、原則として、建築物の容積率は、同項各号に規定する各用途地域ごとに定めた割合のうちから、当該地域に関する都市計画で定められた割合以下でなければならないとの規制を受ける。容積率を適用する基礎となる敷地は、一の建築物又は用途上不可分の関係にある二以上の建築物のある一団の土地をいう(建築基準法施行令第1条《用語の定義》第1号)から、複数の独立した建築物がある場合には、個々の敷地ごとの容積率を適用するのが原則である。
 この原則の例外の一つとして定められたのが、建築基準法第86条第2項に規定する連担建築物設計制度である。この制度は、狭小な敷地が多く基盤が十分に整っていない市街地において、市街地の環境を維持、向上するとともに、土地を有効利用するために、複数敷地により構成される一団の土地の区域内において、既存建築物の存在を前提とした合理的な設計により建築物を建築する場合、各建築物の位置及び構造が安全上、防火上、衛生上支障がないと特定行政庁が認めるものについて、複数建築物が同一敷地内にあるものとみなすこととした制度である。この制度の適用により、例えば、幅員が12メートル未満の狭い道路に面した既存建築物のある土地と、これに連なる幅員が12メートル以上の道路に面した更地が一の敷地とみなされると、既存建物の存する土地は幅員の広い道路に面した土地とみなされ、建築基準法第52条第2項による前面幅員による容積率の制限のない高い容積率が適用され、建築可能な延べ面積から既存建築物の延べ面積を控除した分の余剰容積が生ずる。そこで、この例において、更地所有者が既存建築物の存する土地の所有者から建築基準法第86条第6項に定める同意を得た上で連担建築物設計制度の認定申請を行い、その認定を受けることで、更地所有者が一の敷地とみなされる一団の土地全体の余剰容積を活用し、更地のみを一の敷地として容積率を適用した場合よりも、延べ面積のより広い建築物を建築することができる。
 以上の例のように、連担建築物設計制度の適用がある場合に、余剰容積の生じる既存建築物の存する土地の所有者等の同意を得て、他の土地所有者が一団の土地全体の余剰容積を活用して建築物を建築する際に、既存建築物の存する土地の所有者から他の土地所有者に対して、いわゆる余剰容積の移転が生じる。
(ロ) ところで、民法第206条《所有権の内容》は、「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する」と規定し、同法第207条《土地所有権の範囲》は、「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ」と規定しており、上記(イ)の建築基準法における容積率の規制は、本来土地の上下にわたって自由に使用できる土地の所有権に法令上の制限を加えた規定であると解される。そうすると、余剰容積利用権の意味するものは、土地所有者にとってみれば、土地所有権に基づき、当該余剰容積に満つるまで土地上に建築物を建築することができることであるから、正しく所有権の内容そのものを意味し、所有権と別個の余剰容積利用権という私法上又は公法上の権利があるものではない。このことは、連担建築物設計制度の認定申請に当たって、建築基準法第86条第6項が、対象区域の内にある土地についての所有権等を有する者の同意を要件としているのみで、土地所有者等の間の権利関係の調整を専ら私法取引に委ねており、余剰容積利用権及びその移転に関する規定を置いていないことからもうかがわれるところである。
 したがって、連担建築物設計制度における余剰容積の移転を、余剰容積利用権という公法上の権利の譲渡とみることはできないから、既存建築物の存する土地の所有者と他の土地の所有者の私法上の合意内容を踏まえて、資産の譲渡に該当するか、土地使用の対価に該当するかを判断するのが相当である。
 そこで、連担建築物設計制度における余剰容積移転の効果を発生させる私法上考えられる取引方式を検討すると、まず、既存建築物の存する土地について、区分地上権又は賃借権を設定する方式がある。これは、既存建築物が存する土地の所有者等が自ら利用していない空間に他の土地の所有者等に対して利用権を設定するものであるから、不動産使用の対価であることが明らかである。
 次に、考えられる取引方式としては、既存建築物の存する土地の所有者等が、当該土地を承役地とし、これに連なる土地を要役地として、承役地に一定の延べ面積以上の建築物を建築しないという不作為地役権を設定する契約による方式、又は、既存建築物の存する土地の所有者等が当該土地に一定の延べ面積以上の建築物を建築しないという不作為義務を負うことを、これに連なる他の土地の所有者等と合意する無名債権契約による方式がある。これらのいずれであっても、その契約により、既存建築物の存する土地の所有者等が契約で定められた限度を超えて建築物を建築しないという義務を負うことになるから、所有権に基づく土地の使用権に制限を受けるという不作為義務を負担することを意味するものである。したがって、その対価は、自己の土地について利用制限を受けることの対価であり、将来にわたって相手方に土地を使用させることの対価ということができる。
(ハ) 以上によれば、連担建築物設計制度における余剰容積移転の対価は、土地使用の対価であって、資産の譲渡には該当せず、1区分賃借権等の設定による方式、2地役権設定による方式、3無名債権契約による方式のいずれによっても、原則として、不動産所得に該当する。
ハ 本件へのあてはめ
 本件金員は、上記1の(4)のロの(ロ)のとおり、容積率294.46パーセントを超える建物を本件請求人ら所有土地内に建設しない旨の不作為の地役権である本地役権の設定による対価である。そして、余剰容積移転のための地役権設定の対価が譲渡所得となるものは、所得税法施行令第79条第1項に規定された特定街区内における建築の場合に限定されているところ、上記1の(4)のホのとおり、本件予定建物は、特定街区内における建築ではないから、原則どおり、不動産所得に該当する。

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(2) 請求人の主張について

 イ これに対し、請求人は、余剰容積利用権の移転は、土地上に余剰容積の範囲内で建物を建築することができるという独立した財産権であって、土地の支配権限の一部を切り売りするのと同視でき、このような余剰容積利用権の譲渡により、当然に譲渡人は余剰容積を利用した建築ができなくなるのであって、不作為義務を負う効果として余剰容積を利用した建築ができなくなるものではないから、所得税法第33条第1項の「資産の譲渡」に該当すると主張する。
 しかし、請求人の主張する所有権の一部をいわば切り売りする形で譲渡することとは、所有権に制限物権を設定することに他ならないから、民法その他の法律に余剰容積利用権なる物権が定められていない以上、物権法定主義を定めた民法第175条《物権法定主義》によってそのような物権の設定は認められない。
 また、債権契約のうち、土地所有者が未使用の空間を利用させるという区分賃借権による場合は、上記(1)のロの(ロ)のとおり、利用権の設定となり、何らの権利の移転は生じない。さらに、既存建築物の存する土地等の未利用の空間の占有は所有者に留保したまま、何らかの権利を移転させる債権契約を締結することもできないと解される。なぜならば、余剰容積の移転を受ける者は、余剰容積を移転する土地の未利用空間に建築物を建築するものではなく、自らの土地所有権に基づき、自らの土地上に連担建築物設計制度の適用による容積率の範囲で建築物を建築するにすぎず、余剰容積を移転する土地の所有権との関係でみれば、当該土地の所有権に基づき、本来当該土地上に建築できる権利を所有者が行使しないという不作為義務を所有者に負担させる以上の権利を余剰容積の移転を受ける者に付与するものとは解されないからである。
ロ さらに、請求人は、余剰容積利用権の譲渡の公示手段が確立されていないため、やむを得ず、不作為地役権の設定で代用するのであり、本件契約当事者の意思も同様であり、このことは、1本件契約は、本件余剰容積をE社に移転し、E社がこれを取得することを合意するものであり、本件余剰容積利用権の譲渡という趣旨を有すること、2余剰容積利用権の移転を直接公示する方法が現行法上用意されていないため、不動産登記簿上で公示する方法として地役権設定契約の形式を採用し、表題についても「地役権設定契約書」としたものであることなどを内容とした、弁護士法第23条の2《報告の請求》に基づき、請求人の代理人が行った照会の申出に対するE社の回答があることから明らかであるとも主張する。
 しかしながら、上記(1)のロの(ロ)のとおり、余剰容積利用権の移転と呼ばれるものは、利用権の設定又は不作為義務の負担を意味し、権利の移転ではないことからすれば、本件契約中に余剰容積利用権が移転する旨明記されているとしても、それは一般的に余剰容積の移転という呼称で呼ばれる取引を指し示す以上の意味はなく、私法上認められない権利移転を公示するための便法がなされたとみることも相当ではない。
 したがって、本件契約は、上記1の(4)のロ及びハのとおりの「地役権設定契約書」との契約書の題名、地役権を設定する旨の合意内容、その規定に従って地役権設定登記がされていることから明らかなとおり、飽くまでも地役権設定契約とみるべきであり、E社が、地役権設定契約を締結したのは、仮に請求人ら所有土地が第三者に譲渡された場合にも、余剰容積を利用できる地位を新しい土地所有者に対抗することができるようにするため、存続期間を永久とし、不動産登記簿上で公示され第三者にも対抗できる地役権として設定したとみるのが相当である。
ハ なお、請求人は、現時点の余剰容積を移転する取引であるからこそ、将来容積率が増加した場合には、譲渡人には現存床面積を超えて建築しないとの不作為義務は課されないとも主張する。しかし、不作為義務を負担したと解したとしても、地役権による場合は、民法第280条《地役権の内容》により公の秩序に関する所有権の限界に関する規定に反しない限り、また、無名債権契約による場合は、強行規定に反しない限り、余剰容積の利用という契約目的に必要な限度で不作為義務の範囲を自由に定めることができるのである。したがって、将来容積率が変更された場合には不作為義務の範囲が変更されることを予定する条項を契約で定めるのも許されるから、本件契約に将来不作為義務の範囲が変更される条項があることが、不作為義務を設定したと解することの妨げとなるものではない。
 おって、請求人は、E社が余剰容積利用権を資産計上していることからも、地役権設定と解すべきでないとも主張し、また、上記ロのE社の回答によれば、E社は、本件余剰容積利用権について、非減価償却資産(勘定科目は土地)として経理処理している。しかし、本件金員は、上記(1)のハのとおり、地役権設定の対価であり、不動産所得に該当するのであるから、E社の経理処理の内容が、本件金員の所得区分の判断に影響を与えるものではない。したがって、請求人の主張には理由がない。

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(3) 本件更正処分について

 以上のとおり、本件金員は、不動産所得に該当し、譲渡所得とすることはできないから、本件更正処分は適法である。

(4) 本件通知処分について

 国税通則法第23条第1項第1号は、納税申告書を提出した者は、当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより、納付すべき税額が過大であった場合には、当該申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り、税務署長に対し、その申告に係る課税標準等又は税額等につき更正をすべき旨の請求をすることができる旨規定しているところ、上記1の(2)のイの表及び上記(3)のとおり、請求人の納付すべき税額は、申告に係る当該税額を上回ることから本件通知処分は適法である。

(5) 本件賦課決定処分について

 上記(3)のとおり、本件更正処分は適法であり、また、本件更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法第65条《過少申告加算税》第4項に規定する正当な理由があるとは認められないから、同条第1項の規定に基づいてなされた過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

(6) その他

 原処分のその他の部分については、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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