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(平20.6.25、裁決事例集No.75 531頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が、平成17年1月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したD(以下「被相続人」という。)の相続(以下「本件相続」という。)に係る相続税の申告において、被相続人が代表取締役を務めていた法人に対する損害賠償金の未払金等を相続財産から控除すべき債務としたところ、原処分庁が当該未払金等は当該控除すべき債務に当たらないとして更正処分等を行ったことに対して、請求人がこれを不服としてその全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 請求人は、本件相続に係る相続税について、相続税の申告書に別表1の「当初申告」欄のとおり記載して、法定申告期限までに原処分庁に提出した。
ロ 請求人は、原処分庁所属の職員の調査を受け、平成19年6月25日に相続税の修正申告書に別表1の「修正申告」欄のとおり記載して、原処分庁に提出した。
ハ 原処分庁は、上記ロの修正申告に基づき、平成19年6月27日付で、別表1の「賦課決定処分1」欄のとおりの過少申告加算税の賦課決定処分をするとともに、別表1の「更正処分及び賦課決定処分2」欄のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)をした。
ニ 請求人は、本件更正処分及び本件賦課決定処分について、平成19年8月27日に異議申立てをしたところ、異議審理庁が同年11月27日付で棄却する旨の異議決定をしたので、異議決定を経た後の各処分に不服があるとして、同年12月20日に審査請求をした。

(3) 関係法令

 関係法令の要旨は、別紙のとおりである。

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(4) 基礎事実

イ 本件相続に係る相続人等
(イ) 本件相続に係る相続人は、請求人及び被相続人の長女Eの2名であるが、Eは、F家庭裁判所に相続放棄を申述し、平成17年5月○日に受理されている。
(ロ) 請求人は、本件相続開始日において、日本国籍を有せず、相続税法の施行地に住所を有していない。
 したがって、本件相続において、請求人は相続税法第1条の3第3号が規定する制限納税義務者に該当する。
ロ 損害賠償債務発生の経緯等
(イ) G社は、平成16年1月○日付で更生手続が開始された。
 なお、被相続人は、昭和57年8月23日から本件相続開始日までG社の代表取締役を務めており、また、請求人は、平成4年6月19日から平成13年12月21日まで同社の監査役を務めていた。
(ロ) G社の管財人(以下「本件管財人」という。)は、平成16年2月27日及び同年3月9日、H地方裁判所に対し、G社が平成12年1月17日締結の売買契約に基づきG社所有の機械(以下「本件機械」という。)を売却処分したことで被った損失について、代表取締役である被相続人が、取締役会の決議を経ずに行った背任的な行為により、G社に損害を与えたものとして、商法(平成17年法律第87号による改正前のものをいい、以下「旧商法」という。)第260条、第265条並びに第266条第1項第4号及び第5号に基づき、G社が被相続人に対して有する損害賠償請求権○○○○円を保全するため、会社更生法(平成17年法律第87号による改正前のもの)第99条《役員の財産に対する保全処分》に基づき、被相続人所有の別表2の不動産について、仮に差し押さえるとの命令を求める旨の申立て(以下「本件各仮差押命令申立て」という。)をした。
(ハ) H地方裁判所は、本件各仮差押命令申立てに対して、平成16年3月○日付及び同月○日付で、被相続人所有の別表2の不動産について仮差押決定をし、その旨の仮差押登記がなされた。
(ニ) 本件管財人は、平成16年3月○日、H地方裁判所に対し、本件機械の売却は、G社の代表取締役である被相続人及び監査役であった請求人が、個人の利益を図ることを目的として行った背任的な行為、ないし実質的な利益相反取引に当たることから、被相続人には、善管注意義務・忠実義務違反があり、旧商法第266条第1項第5号に基づく損害賠償責任があるとし、請求人には、旧商法第260条の3第2項、第270条及び第275条の2第1項に基づき、損害賠償責任があるとした上で、被相続人及び請求人はG社に対し連帯して損害賠償責任を負うとして、損害額を○○○○円とする旨の損害賠償請求権査定の申立て(以下「本件損害賠償請求権査定申立て」という。)をした。
(ホ) 被相続人は、平成16年7月9日、別表2の番号1のP市p1町X番の土地をJ社に売却した譲渡代金○○○○円のうち、手付金○○○○円を除く○○○○円(以下「本件預託金」という。)を同月7日付の合意書に基づき、本件管財人に預託した。
(ヘ) その後、本件管財人と被相続人及び請求人の代理人との間で、本件損害賠償請求権査定申立てについての和解交渉が行われたが、本件相続開始日前には合意に至らず、本件相続開始日以後に、請求人と本件管財人との間で和解が成立し、当該和解に基づいて平成17年9月30日付で債務弁済契約等公正証書(以下「本件和解公正証書」という。)が作成された。
(ト) 本件和解公正証書には、要旨次の記載がある。
A 請求人は、G社に対し、被相続人がG社の代表取締役として、本件機械の売買を行ったこと、その他一切の行為について旧商法第266条第1項第4号及び第5号に基づき被相続人がG社に対して負担する損害賠償債務の相続債務として○○○○円の支払義務があることを認める。
B 請求人は、本件預託金○○○○円を上記Aの損害賠償債務の金員の弁済として支払い、G社は、当該預託金○○○○円を当該損害賠償債務の金員の弁済に充当する。
C 請求人は、G社に対し、損害賠償債務の金員から本件預託金○○○○円を控除した残金○○○○円(以下「本件債務」という。)を分割して支払う。
(チ) 別表2の不動産のうち、請求人が本件相続により取得した財産は、番号1及び番号29を除く不動産(以下「本件取得不動産」という。)である。
ハ 弁護士費用
 平成17年11月4日付のK法律事務所から被相続人あての請求書には、要旨次の記載がある。
(イ) 件名
 法律相談
(ロ) 期間
 平成15年10月1日から平成17年1月17日まで
(ハ) 内容
A 「本件損害賠償請求権査定申立の件」
B 「債務弁済契約公正証書作成の件」
C 「P市p1町X番所在の不動産売却に関するアドバイス」
(ニ) 報酬等
 弁護士報酬○○○○円、諸経費○○○○円の合計額○○○○円(以下「本件弁護士費用」という。)

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2 争点

 本件債務及び本件弁護士費用は、相続財産から控除すべき債務か否か。

3 主張

原処分庁 請求人
 本件債務及び本件弁護士費用は、被相続人の債務で、請求人の負担に属する確実な債務であったとしても、次のとおり、相続税法第13条第2項に掲げる債務には該当しないことから、相続財産から控除すべき債務ではない。  本件債務及び本件弁護士費用は、被相続人がG社の経営責任を追及されたことに起因する被相続人の債務であり、全額、請求人の負担に属するものであり、確実な債務である。また、次のとおり、相続税法第13条第2項第2号ないし第3号に掲げる債務に該当することから、相続財産から控除すべき債務である。
(1) 本件債務について
イ 本件取得不動産に係る仮差押登記は、G社に係る更生手続開始の決定があったため、本件管財人の申立てにより、被相続人のG社の代表取締役としての責任に基づく将来発生する可能性のある損害賠償請求権を保全するための被相続人の財産に対する保全処分にすぎず、相続税法第13条第2項第2号に掲げる「その財産を目的とする留置権、特別の先取特権、質権又は抵当権で担保される債務」には該当しない。
(1) 本件債務について
イ 相続税法第13条第2項第2号の規定は、限定列挙と解すれば、例えば今日では担保物権として認められているが、比較的歴史の浅い譲渡担保などは除外されることとなり、課税の公平を著しく欠くことになる。相続税法第13条第2項第2号の規定は、制限的ではなく、実質的に解釈し、適用する余地のあるものとするのが正しい法解釈であるはずである。
 本件債務は、本件取得不動産が仮差押えされ、弁済を迫られた結果としての債務であり、請求人は、仮差押えされた本件取得不動産を相続により取得していることから、本件債務は、実質的には、相続税法第13条第2項第2号に掲げる「その財産を目的とする留置権、特別の先取特権、質権又は抵当権で担保される債務」と同様の負の効果を有している。
ロ 本件債務は、被相続人が代表取締役としてG社に与えた損害に対するもので、相続税法第13条第2項第3号に掲げる「その財産の取得、維持又は管理のために生じた債務」には該当しない。 ロ 仮に、本件債務が相続税法第13条第2項第2号に掲げる債務に該当しないとしても、請求人は、本件債務を完済することによってはじめて本件取得不動産を自らの財産として完全に維持し保全できるのであるから、これは、正に仮差押えされた本件取得不動産を財産として維持するための債務であり、相続税法第13条第2項第3号に掲げる債務に該当する。
(2) 本件弁護士費用について
 本件弁護士費用は、1「本件損害賠償請求権査定申立の件」、2「債務弁済契約公正証書作成の件」及び3「P市p1町X番所在の不動産売却に関するアドバイス」に対して支払われるものであるから、相続税法第13条第2項第3号に規定する「その財産の取得、維持又は管理のために生じた債務」には該当しない。
(2) 本件弁護士費用について
 本件弁護士費用は、被相続人が生前に、自己の財産を維持し、保全するために要した費用に係る債務であり、請求人にとっても、同様に、相続した本件取得不動産を完全に自己のものとして維持し、保全するためのいわゆるひも付きの債務であるから、仮差押えされた本件取得不動産を財産として維持し、保全するために生じた債務として相続税法第13条第2項第3号に規定する債務に該当する。

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4 判断

(1) 法令解釈

イ 相続税法第13条第2項は、制限納税義務者の場合、取得財産の価額から控除すべき金額は、1相続により取得した財産でこの法律の施行地にあるものに係る、2被相続人の債務で、3同項各号に掲げるものの金額のうち、4その者の負担に属する部分の金額とする旨規定しており、同項第1号は、その財産に係る公租公課を、同項第2号は、その財産を目的とする留置権、特別の先取特権、質権又は抵当権で担保される債務を、同項第3号は、前二号に掲げる債務を除くほか、その財産の取得、維持又は管理のために生じた債務を、同項第4号は、その財産に関する贈与の義務を、同項第5号は、前各号に掲げる債務を除くほか、被相続人が死亡の際この法律の施行地に営業所又は事業所を有していた場合においては、当該営業所又は事業所に係る営業上又は事業上の債務をそれぞれ掲げており、これらは、制限納税義務者が相続により取得した財産から控除できる債務を限定的に列挙したものと解される。
ロ ところで、相続税法第13条第2項第2号に掲げる留置権、特別の先取特権、質権又は抵当権とは、次のとおり解するのが相当である。
(イ) 留置権とは、他人の物の占有者がその者に関して生じた債権を有する場合に、その完済を受けるまでその物を留置する権利であり、相続税法第13条第2項第2号に掲げる留置権には、特に制限が設けられていないところから、民法第295条《留置権の内容》以下に規定されている民法上の留置権のほか、旧商法上の商事留置権も含まれる。
(ロ) 先取特権とは、債務者の財産から優先的に弁済を受けることができる権利であり、相続税法第13条第2項第2号には、特別の先取特権と規定されているところから、民法第306条《一般の先取特権》に規定されている債務者の総財産を目的とする一般の先取特権は、これに含まれない。
(ハ) 質権とは、債務の弁済がなされるまで目的物を留置し、弁済がないときはその目的物によって優先弁済を受ける権利であり、民法第342条《質権の内容》以下に規定がある。
(ニ) 抵当権とは、目的物の引渡しを受けずにその上に優先弁済権を確保する権利であり、民法第369条《抵当権の内容》以下の規定及びその他の法律により抵当権が設定されるが、相続税法第13条第2項第2号に掲げる抵当権には、特に制限が設けられていないところから、いかなる抵当権もこれに含まれ、根抵当権も含まれる。
ハ また、相続税法第13条第2項第3号に掲げるその財産の取得、維持又は管理のために生じた債務には、例えば、その財産の未払取得代金、未払修繕費及び未払管理人賃金などが該当するものと解するのが相当である。
ニ なお、相続税法第14条は、前条の規定により控除すべき債務は、確実と認められるものに限る旨規定している。

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(2) 判断

イ 本件債務について
(イ) 前記1の(4)のロの(ハ)のとおり、本件取得不動産には、被相続人に対する損害賠償請求権を保全するための仮差押えがされているのみであって、本件相続開始日現在、本件債務に係る留置権、特別の先取特権、質権又は抵当権は成立しておらず、したがって、本件債務は、相続税法第13条第2項第2号に掲げる「その財産を目的とする留置権、特別の先取特権、質権又は抵当権」によって担保される債務には該当しない。
 また、本件債務は、前記1の(4)のロの(ニ)ないし(ト)のとおり、請求人がG社に対して支払義務を認めた被相続人の損害賠償債務であることから、本件取得不動産に係るその財産の未払取得代金、未払修繕費及び未払管理人賃金などその財産の取得、維持又は管理のために生じた債務には当たらず、相続税法第13条第2項第3号に掲げる債務にも該当しない。
 さらに、本件債務は、相続税法第13条第2項各号のうち、第1号、第4号及び第5号に該当しないことも明らかである。
 そうすると、本件債務は、相続税法第13条第2項各号に掲げる債務のいずれにも該当しないのであるから、同項本文及び同法第14条に規定する制限納税義務者の債務控除に係る他の要件を検討するまでもなく、本件債務は、相続財産から控除すべき債務には該当しない。
(ロ) なお、請求人は、相続税法第13条第2項第2号の規定は、制限的ではなく、実質的に解釈して拡大適用する余地があり、本件債務は、本件取得不動産が仮差押えされ、弁済を迫られた結果としての債務であり、同号に掲げる債務と同様の負の効果を有しているのであるから、同号を拡大適用すべき旨主張するが、相続税法第13条第2項の規定は、上記(1)のイのとおり、制限納税義務者が相続又は遺贈により取得した財産から控除できる債務を限定的に列挙したものであるから、同項第2号の規定は、拡大適用すべきでなく、この点に関する請求人の主張を採用することはできない。
(ハ) また、請求人は、仮に、本件債務が相続税法第13条第2項第2号に掲げる債務に該当しないとしても、本件債務は、仮差押えされた本件取得不動産を財産として維持するための債務であり、同項第3号に掲げる債務に該当する旨主張するが、同号に掲げる債務とは、上記(1)のハのとおり、その財産の未払取得代金、未払修繕費及び未払管理人賃金など、その財産そのものの取得、維持又は管理のために生じた債務をいうものであるところ、本件債務は、上記(イ)のとおり、本件取得不動産そのものの取得、維持又は管理のために生じた債務とは認められないことから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ロ 本件弁護士費用について
(イ) 本件弁護士費用の内訳は、前記1の(4)のハのとおり、1「本件損害賠償請求権査定申立の件」、2「債務弁済契約公正証書作成の件」及び3「P市p1町X番所在の不動産売却に関するアドバイス」に関するものであり、本件弁護士費用は、本件取得不動産そのものの取得、維持又は管理のために生じた債務とは認められないことから、相続税法第13条第2項第3号に掲げる債務には該当しない。
 さらに、本件弁護士費用は、相続税法第13条第2項各号のうち、第1号、第2号、第4号及び第5号に該当しないことも明らかである。
 そうすると、本件弁護士費用は、相続税法第13条第2項各号に掲げる債務のいずれにも該当しないのであるから、同項本文及び同法第14条に規定する制限納税義務者の債務控除に係る他の要件を検討するまでもなく、本件弁護士費用は、相続財産から控除すべき債務には該当しない。
(ロ) なお、請求人は、本件弁護士費用は、被相続人が生前に、自己の財産を維持し、保全するために要した費用に係る債務であり、請求人にとっても、同様に、相続した本件取得不動産を完全に自己のものとして維持し、保全するためのいわゆるひも付きの債務であるから、仮差押えされた本件取得不動産を財産として維持し、保全するために生じた債務であり、相続税法第13条第2項第3号に掲げる債務に該当する旨主張するが、同号に掲げる債務とは、上記(1)のハのとおり、その財産の未払取得代金、未払修繕費及び未払管理人賃金など、その財産そのものの取得、維持又は管理のために生じた債務をいうものであるところ、本件弁護士費用は、上記(イ)のとおり、本件取得不動産そのものの取得、維持又は管理のために生じた債務とは認められないことから、この点に関する請求人の主張には理由がない。
ハ 以上のことから、本件債務及び本件弁護士費用が、相続財産から控除すべき債務に該当しないとして行われた本件更正処分は適法である。

(3) 本件賦課決定処分を含め、原処分のその他の部分については、当審判所の調査によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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