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(平20.6.27、裁決事例集No.75 582頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が相続により取得した土地の価額は借地権相当額を控除した金額であるとして行った相続税の申告について、原処分庁が、当該土地には借地権に該当する賃借権は存しないなどとして更正処分等を行ったのに対し、請求人が、同処分は相続により取得した土地上に存する借地権を看過した違法があるとしてその一部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯等

 審査請求(平成19年9月26日)に至る経緯等は、別表1のとおりである。

(3) 関係法令等

 関係法令等の要旨は、別紙1のとおりである。

(4) 基礎事実

イ 請求人が相続により取得したP市p町○○番の土地(以下「本件土地」という。)の上には、平成3年12月15日新築を登記原因とし、請求人を権利者とする所有権保存登記のある建物(以下「本件建物」という。)が存在する。
ロ 請求人が平成8年3月○日に設立したD社(以下「本件法人」という。)は、それまで請求人が本件建物において個人で営んでいた理容業の業務をそのまま引き継ぐとともに、新たに美容業を開始した。
ハ 本件法人と平成16年12月○日(以下「本件相続開始日」という。)に死亡したE(以下「被相続人」という。)は、本件土地を普通建物所有の目的をもって賃貸借することを約する土地賃貸借契約(以下「本件土地賃貸借契約」という。)を締結したとする土地賃貸借契約書を平成8年3月31日付で作成している。
ニ 本件法人と請求人は、本件建物を賃貸借することを約する賃貸借契約(以下「本件建物賃貸借契約」という。)を締結したとする建物賃貸借契約書を平成11年12月20日付で作成している。

(5) 争点

 本件土地には、相続税評価額の算定に当たり控除すべき借地権が存するか否か。

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2 主張

 当事者の主張は、別紙2のとおりである。

3 判断

(1) 法令解釈

 相続税法第22条に規定する時価とは、相続等による財産の取得の時において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額、すなわち、客観的な交換価値を示す価額をいうものと解されている。
 しかしながら、相続税の課税対象となる財産は多種多様であり、相続等によって取得した財産が、当該取得の時において取引の対象となっていることは極めてまれであることから、国税庁長官は、相続財産の評価の一般的な基準として評価通達を定め、各種財産の時価の評価に関する原則及びその具体的評価方法を明らかにし、さらに、土地の価額については国税局長が具体的に路線価、倍率、借地権割合等を定めて、これを財産評価基準書として公開等することによって、納税者の申告・納税の便に供している。このような取扱いは、1各種財産の時価を客観的かつ適正に把握することが必ずしも容易ではないこと及び2納税者間で財産の評価方式が異なることは課税の公平の観点から見て好ましいことではないことから合理的なものであると解されており、当審判所においても相当と認められる。

(2) 認定事実

 原処分関係資料、請求人提出資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ 本件土地賃貸借契約の内容は、要旨次のとおりである。
(イ) 本件土地を普通建物所有の目的をもって賃貸借する。
(ロ) 賃貸借の期間は、平成8年4月1日から平成10年3月31日までの2年間とする。
 なお、賃借権の存続期間満了による更新の定めはない。
(ハ) 賃料は、1か月45,000円とする。
(ニ) 賃借人が賃借権を譲渡又は土地の転貸をするときは、事前に賃貸人の書面による承諾を受けなければならない。
ロ 本件建物賃貸借契約の内容は、要旨次のとおりである。
(イ) 本件建物を賃貸借する。
(ロ) 賃貸借の期間は、平成12年1月1日から平成13年12月31日までの2年間とする。
 なお、賃借権の存続期間満了による更新の定めはない。
(ハ) 賃料は、1か月200,000円とする。
(ニ) 賃借人は、本件建物を理美容店舗に使用する。
ハ 本件法人が、本件建物に対して、平成8年3月に行った改装工事(以下「本件改装工事」という。)は、その設計図面等によれば、従業員の寮として利用していた2階部分の約2分の1程度を撤去して美容業店舗に改装し、併せて、理容業店舗として利用していた1階部分に2階への階段を追加したものと認められる。
ニ 本件法人は、本件改装工事の支出額10,143,440円を建物附属設備(1階2階改装費)として資産計上し、耐用年数22年として定率法による減価償却を行っている。
ホ 本件法人が原処分庁に提出した、平成15年10月1日から平成16年9月30日まで及び平成16年10月1日から平成17年9月30日までの各事業年度に係る法人税の確定申告書に添付された決算報告書及び勘定科目内訳明細書によれば、本件建物が本件法人の所有となったことを示す記載は認められない。
ヘ 本件建物の所有権登記に係る全部事項証明書によれば、本件改装工事後において本件法人が本件建物の所有権を有する旨の登記は行われていない。
ト 請求人は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
(イ) 本件建物を利用目的とする被相続人と請求人の本件土地の貸借関係が、賃貸借だったことを示す証拠はない。
(ロ) 本件建物の名義について
A 本件建物の登記名義は、本件法人の経営状況が思わしくなく、登記費用等の捻出ができなかったことから、現在に至るまで請求人のままとなっている。
B 被相続人も、本件法人の経営状況を熟知していたので、本件土地賃貸借契約を締結して2年が経過した後も、請求人から本件法人への本件建物の登記名義移転についての話はしなかったのだと思う。
チ 請求人の代理人であるF税理士は、当審判所に対し、要旨次のとおり答述した。
(イ) 本件法人が、各事業年度において被相続人及び請求人に対して支払っていた地代及び家賃は、別表2のとおりである。
(ロ) 本件建物賃貸借契約は、契約書は残っていないものの、平成8年4月からあった。
(ハ) 本件法人は、本件土地賃貸借契約による借地権の取得に際して権利金等を支払っていないため、帳簿に借地権の計上をしていない。

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(3) 判断

イ 請求人は、平成8年3月に、本件法人が本件建物の2階部分の全部及び1階部分の多くについて増改築工事をしていることから、これらの部分は実質的に本件法人所有の建物であると主張するので判断する。
 本件改装工事の具体的内容は、上記(2)のハのとおり、本件改装工事により付加された部分は本件建物と一体となっていることが認められることから、当該部分は民法242条により本件建物に付合したこととなるのであって、そのことにより、本件法人が本件建物の所有権を取得することはない。
 加えて、本件法人は、上記(2)のニのとおり、本件改装工事に係る支出を「1階2階改装費」として資産計上の上、減価償却を行っているものの、上記1の(4)のニ、上記(2)のロ並びにチの(イ)及び(ロ)のとおり、本件改装工事後の本件建物を賃借していることを示す行動を行っているほか、上記(2)のホ、へ及びトの(ロ)のとおり、本件建物を本件法人が取得したとするならば行っているはずの帳簿処理や名義変更手続は行われていない。
ロ また、請求人は、仮に、本件相続開始日現在、本件法人所有名義の建物が存しないとしても、本件土地賃貸借契約は、本件法人と被相続人との間で、2年後には本件建物を本件法人の所有とすることを条件として締結されているのであるから、これらを総合勘案して判断すべきである旨主張するので判断する。
(イ) 相続税法第22条は、「相続により取得した財産の価額」は「当該財産の取得の時における時価」によることとしているところ、宅地上に借地権が設定されている場合には、その借地権価額相当額を土地の価額から減額することが相当と解される。
 これは、建物の所有を目的とする土地の賃借権がいわゆる物権化により、借地借家法上その存続期間が保障され、借地権者に契約更新請求権と建物の買取請求権が付与されていることに加えて、通常の場合には、借地権の設定に際して権利金の授受が行われ、また、建物の譲渡に伴い借地権も有償で譲渡され、あるいは、地主が借地権を消滅させるに当たり立退料の支払を要するなどの実態があり、その価額は、ある程度の地域的同一性をもって借地権の目的となっている土地の効用価値とその土地の賃借料との差額を資本還元したものにより把握されるからであり、評価通達27は、借地権の価額は、その借地権の目的となっている宅地の自用地としての価額に対する一定の割合で評価すべきことを定めている。
(ロ) このように、相続税法における時価の算定に当たり、その価額が土地の価額から減額される借地権とは、土地上の建物の所有状況、権利金の支払の有無、地代の価額などの事情を総合的に考慮して、借地権が土地の効用価値の一部として把握され、借地権が設定されている土地の価額を低下ならしめるものと評価することが相当と認められるものを指すのであり、このことは、評価通達27において、「ただし、借地権の設定に際し、その設定の対価として通常権利金その他一時金を支払うなど借地権の取引慣行があると認められる地域以外の地域にある借地権の価額は評価しない。」としているところからも看取することができる。
(ハ) ところで、被相続人と請求人が親子関係にあること及び請求人の上記(2)のトの(イ)の答述からすると、本件土地賃貸借契約が締結される以前から、請求人は、本件土地について被相続人との間で使用貸借契約を締結していたということができるところ、その利用状況は相続開始時点まで何ら変わるところがないとともに、一方、本件土地賃貸借契約は、上記(2)のイのとおり、その文言上、建物の所有を目的としているから、私法上は、借地権を設定する契約であるといえる。
(ニ) しかしながら、本件土地の上には本件建物が存するものの、上記イのとおり、本件法人自身は、本件土地の上に建物を所有していないことから、本件土地賃貸借契約により設定された借地権についてはいまだ対抗力を有していないのであり、仮に、底地である本件土地の所有権が第三者に譲渡された場合には、当該第三者に借地権を対抗することはできない関係にあり、このことは請求人に対する関係でも同様であり、本件土地の利用権について、本件法人は、建物を所有する請求人には自らの借地権を主張できない関係にたつものということができる。
 加えて、財産評価基準書における借地権割合は、借地権の設定に当たり、一時金の支払慣行がある、あるいは、一時金の支払慣行がない場合であっても、借地権の売買が行われたり、また、土地の売買が借地権価額に相当する価額を控除したいわゆる底地価額によって行われたり、あるいは、借地権の返還を受ける際にいわゆる立退料が支払われる慣行があると認められることに基づき定められているものであるが、本件の場合は、底地である本件土地が第三者に譲渡されれば、当該第三者に借地権を対抗することはできず、したがって、本件法人は対抗力を有しないために借地権が単独で売買される又は土地の売買が借地権価額を控除した価額によって行われるとは認められず、また、本件土地の上には本件建物が存在しており、それを取得又は除去しない限り、本件法人による本件土地賃貸借契約に基づく建物所有目的は果し得ない状況にあると認められ、したがって、本件土地賃貸借契約を継続する実益がないことから、借地権の返還に当たり立退料の支払を要しないと認められる。
 結局のところ、本件土地賃貸借契約によって設定された借地権は、本件土地の上に本件建物が存する状況の下においては、本件法人は建物所有目的で本件土地を利用できないほか、本件土地の利用権を実質的に支配しているということもできないし、上記(2)のチの(ハ)のとおり、借地権として評価すべきほどの資本投下もなされていないというべきであり、さらに、上記のとおり、市場における流通も想定できないと認められることからすれば、かかる借地権を相続財産評価において借地権と評価するには、その実質を欠くものというべきである。
 したがって、請求人の主張には理由がない。
ハ 原処分庁は、本件土地の評価に当たり控除すべき借地権は存しないものの、本件土地賃貸借契約により、地上権に準ずる権利として評価することが相当と認められる賃借権以外の賃借権が存在するものと認め、本件土地に係る利用制限を考慮して、自用地としての価額29,965,819円から、当該価額の10パーセント相当額の当該賃借権価額2,996,582円を控除した残額26,969,237円が本件土地の価額であるとして原処分を行っている。
 しかしながら、上記イ及びロで判断したとおり、本件土地に係る借地権は、相続税評価上の借地権と評価するにはその実質を欠いているほか、上記ロの(ハ)のとおり、本件土地賃貸借契約が締結される以前から、請求人は、本件土地について被相続人との間で使用貸借契約を締結しており、相続開始時点においても同様であるということができることからすれば、本件土地の価額算定に当たり、本件土地にその価額を減価させる権利の存在を考慮する必要はないというべきである。
 そうすると、本件土地の価額は、自用地としての価額となるところ、この結果に基づき課税価格及び納付すべき税額を計算すると、次表の「審判所認定額」欄のとおりとなり、原処分における課税価格及び納付すべき税額を上回ることから、原処分は適法である。

請求人 原処分庁 審判所認定額
本件土地の価額 26,969,237円 29,965,819円
課税価格 ○○○○円 ○○○○円
納付すべき税額 ○○○○円 ○○○○円

(4) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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