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(平20.1.31、裁決事例集No.75 624頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、遺産分割事件から脱退した審査請求人(以下「請求人」という。)が、当該遺産分割事件が終了した旨を他の共同相続人から聞いて遺産分割が確定したことを知ったとして、相続税法(平成15年法律第8号による改正前のもの。以下同じ。)第32条《更正の請求の特則》第1号の規定に基づいて行った更正の請求について、原処分庁が更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたことから、請求人が同処分は違法であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 審査請求(平成19年4月3日)に至る経緯及び内容は、別表のとおりである(以下、同表の「通知処分」欄の通知処分を「本件通知処分」という。)。

(3) 関係法令の要旨

 関係法令の要旨は、別紙のとおりである。

(4) 基礎事実

イ 請求人の父であるEは、平成10年6月○日に死亡した(以下、Eを「被相続人」といい、被相続人に係る相続を「本件相続」という。)。
ロ 被相続人の法定相続人は、請求人、請求人の母であるF、請求人の兄であるG及び請求人の姉であるHの4名であり、Fは、平成15年7月○日に死亡した。
ハ Gは、平成12年○月○日、請求人、F及びHを相手方としてJ家庭裁判所(以下「J家裁」という。)に本件相続に係る遺産分割調停の申立てを行った。
ニ 上記ハの遺産分割調停の申立てに係る事件は、平成14年○月○日、調停が不成立となったことから、審判事件(以下「本件審判事件」という。)に移行した。
ホ 請求人は、平成16年2月9日付で、本件相続に係る請求人の相続分全部を放棄する旨記載した相続分放棄証書を添付して、本件審判事件から脱退する旨の届(以下「本件脱退届」という。)を、J家裁へ提出した。
ヘ J家裁は、本件審判事件について、平成16年11月○日付で預貯金等の金銭債権及び請求人が本件相続により取得したP市p町○○番の土地を除く本件相続に係る相続財産をG及びHに取得させる旨の審判を行い、その旨を同月○日にGに、同月○日にHにそれぞれ告知した。
ト Hは、平成16年12月○日、上記ヘの審判に対してK高等裁判所(以下「K高裁」という。)に即時抗告(以下「本件抗告」という。)したが、K高裁は、平成17年2月○日付で本件抗告を棄却し、同月○日にGに、同月○日にHにそれぞれ告知した。
チ 本件審判事件は、K高裁が本件抗告の棄却決定をHに対して告知した平成17年2月○日に確定した。
リ 請求人は、平成18年9月4日、原処分庁の担当者に本件相続に係る相続税の更正の請求の手続について相談したところ、原処分庁の担当者から、遺産分割が確定してから既に4月以上経過していることから、更正の請求はできない旨回答を受けた。
ヌ 請求人は、平成18年8月29日に本件相続に係る遺産分割が確定したことを知ったとして、同年9月15日、原処分庁に対して本件相続に係る相続税の更正の請求をした(以下、この更正の請求を「本件更正の請求」といい、本件更正の請求に係る更正の請求書を「本件更正の請求書」という。)。

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2 争点

 本件更正の請求は、相続税法第32条に規定する更正の請求の期限を徒過したものであるか否か。

3 主張

請求人 原処分庁
 請求人は、本件審判事件から脱退したが、本件審判事件の結果は裁判所から連絡があると思っていたところ、裁判所からはその連絡がなかったため、平成18年8月29日にHから聞くまでは、本件審判事件が終わったことを知らなかった。
 本件更正の請求は、請求人が本件相続に係る遺産分割が確定したことを初めて知った日の翌日から4か月以内の同年9月15日に行ったものであるから、相続税法第32条に規定する更正の請求の期限内に行われたものである。
 本件更正の請求においては、相続税法第32条に規定する「当該事由が生じたことを知った日」は、遅くとも本件審判事件の審判がなされた平成16年11月○日であり、更正の請求の期限は、その日の翌日から4か月を経過することとなる平成17年3月○日となるから、本件更正の請求は、相続税法第32条に規定する更正の請求の期限を徒過したものである。

4 判断

(1) 認定事実

 原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
イ J家裁は、本件審判事件の結果は本件脱退届を提出した請求人には通知しておらず、また、K高裁は、本件抗告の結果は請求人には通知していない。
ロ 請求人は、当審判所に対して要旨次のとおり答述した。
(イ) 本件更正の請求書に記載された「平成18年8月29日」の根拠について
 本件更正の請求書の「更正の請求ができる事由の生じたことを知った日」欄に平成18年8月29日と記載した根拠は、本件更正の請求をした日が、Hから遺産分割が確定したと聞かされた平成18年8月29日からわずかしか経っておらず、はっきりとその日を覚えていたからである。
(ロ) 請求人と他の共同相続人との関係について
A Gとは、被相続人が亡くなる前からあまり仲がよくなかった。また、Hとも、仲がよくなく、電話をしても電話に出てくれなかったことから、平成18年8月29日に会うまで連絡がとれなかった。
B 私がその日の前にHに会ったのは、その日の3年前くらいだと思うが、Hは、J家裁にも来なかったことから、とにかく長い間会っていない。
(ハ) Hから遺産分割が確定したことを聞いた時の状況について
A 私は、平成18年8月29日に、P市p町○○番地に所在する実家(以下「実家」という。)で、Hから本件審判事件が終わったことを聞いた。
B 私は、3、4年実家に帰っておらず、その日は、被相続人及びFの墓参りをするために、勤め先のQ市q町にあるスーパーを休み、実家に帰った。
C その日はとにかく暑く、私が墓参りを終えて実家の庭先で休んでいたとき、Hとその夫に会った。Hは、汚れてもいいような服装で実家の前にある浴室のシャワーを浴びに戻ってきたので、たぶん田の世話をしに実家に来たのだと思う。
D 私は、Hに久しぶりに会ったことから、本件審判事件の結果について尋ねたところ、Hは、私を白い車に案内し、その車の中で本件審判事件の結果について、本件審判事件は終わったということと、本件審判事件の結果、実家についてはGがほとんどの部分を取得することとなった旨を私に話した。
(ニ) 本件審判事件の結果の確認について
 J家裁へ本件脱退届を提出した際に、担当書記官から脱退届の承認はいつになるか分からない旨説明を受けたため、私は、J家裁から本件審判事件の結果の連絡があるものと思い、ずっと待っていたので、J家裁には本件審判事件の結果を確認していない。
ハ 請求人は、本件脱退届を提出した平成16年2月9日から請求人がHから遺産分割が確定したことを聞いたとする平成18年8月29日までの間、本件相続に係る相続税の更正の請求を行っていない。

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(2) 法令解釈

 相続税法第32条の規定に照らせば、本件のように相続税法第55条の規定に基づく相続税の申告書の提出後に共同相続人の一人が相続分放棄証書を添付して脱退届出書を家庭裁判所に提出し、その後他の共同相続人に対して審判の告知がされた場合において、相続税法第32条第1号に規定する「その後当該財産の分割が行われ、共同相続人が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従って計算されていた課税価格と異なることとなった」のがいつかを判断するに当たっては、上記の共同相続人の相続分放棄証書を添付した上での審判からの脱退届出書の家庭裁判所への提出行為の法的性質、法的効果のみならず、他の共同相続人についてはいつ最終的な遺産分割の合意が成立し、あるいはこれに代わる審判の効力が生じたか等を斟酌してなすのが相当であるところ、本件においては、請求人以外の共同相続人が複数であるとともに、審判の告知がなされるのは当該請求人以外の共同相続人に対してであること等を踏まえれば、たとえ共同相続人のうちの一人に相続分の放棄をした者があったとしても、他の共同相続人間で遺産分割が確定したときに、当該相続分の放棄をした者を含めて全体として最終的な遺産分割と同様の効果を生ずると判断するのが相当であり、本件において当該効果を生ずる事実が発生したのは、他の共同相続人に対して本件抗告の棄却決定がなされた時と解するのが相当である。
 とするならば、相続税法第32条の規定が更正の請求の特則であり、同条が、通則法第23条第2項第1号のように「その事実が当該計算の基礎とした事実と異なることが確定したとき」と定めるのではなく「当該各号に規定する事由が生じたことを知った日」と定めていることに照らせば、上記相続分の放棄等をした者についての上記「知った日」とは、他の共同相続人間において遺産分割の審判が確定したことを知った日と解するのが相当である。

(3) 判断

 これを本件についてみると、次のとおりである。
イ 請求人は、上記(1)のロのとおり、平成18年8月29日に実家の庭先で会ったHから本件審判事件が確定したことを聞いた旨及び自らJ家裁に本件審判事件の結果を確認していない旨答述する。
 上記答述は、数年ぶりに実家に帰った経緯、実家に帰った日が平成18年8月29日であることの根拠、Hに再会した状況、Hの服装、Hから本件審判事件の結果を聞いた状況、G及びHの両名と不仲である状況、平成18年8月29日までの約3年間Hに会わなかった経緯などにつき、請求人が複雑な心境も交えながら具体的に述べたものであり、内容的にも不自然不合理な点は認められない。
 また、遺産分割が確定したことにより相続税の課税価格及び相続税が過大となった者は、その事実を知った日の翌日から4か月以内に更正の請求を行うことによって、納付した相続税額について減額を受けられるところ、当該要件に該当する者であれば、遺産分割が確定した事実を知りながら、あえて更正の請求の機会を失することはないのが通常であると考えられる。この点、請求人は、上記(1)のハのとおり、本件審判事件が確定した平成17年2月○日からHから本件審判事件が終わったことを聞いたとする平成18年8月29日までの間に本件相続に係る相続税の更正の請求を行っておらず、前記1の(4)のリ及びヌのとおり、本件審判事件の結果を聞き知ったという平成18年8月29日から間もない同年9月4日に原処分庁の担当者に本件相続に係る相続税の更正の請求の手続に係る相談を行い、同月15日に実際に本件更正の請求を行っているところ、これらの行動は、上記(1)のイのとおり、請求人は、J家裁やK高裁から本件審判事件及び本件抗告の結果の通知を受けておらず、Hら本件審判事件の関係者を通じる方法でしか、本件審判事件の結果を知り得なかったためと認められることから、請求人の上記答述は信用でき、請求人が平成18年8月29日に初めて本件審判が確定したことを知ったと推認するのは、合理的かつ自然というべきであり、他にこの認定を覆す証拠は認められない。
ロ そうすると、請求人が本件審判事件が確定したことを知った日は、平成18年8月29日であると認められるから、本件更正の請求は、平成18年8月29日の翌日から4か月以内にされたものである。
ハ なお、原処分庁は、本件更正の請求においては、相続税法第32条に規定する「当該事由が生じたことを知った日」とは、遅くとも本件審判事件に係る審判がなされた日である旨主張するが、この点については、上記(2)の法令解釈のとおり、本件の場合、同条に規定する「当該事由が生じたことを知った日」とは、請求人が、他の共同相続人間において本件審判事件が確定したことを知った日となるから、原処分庁の主張には理由がない。

(4) 本件更正の請求について

 当審判所の調査の結果によれば、本件更正の請求は、請求人が取得した財産に基づいてなされたものであり、別表の「第二次更正の請求」欄に記載された本件更正の請求に係る課税価格及び納付すべき税額の計算は相当と認められる。

(5) 以上のとおり、本件更正の請求は、相続税法第32条に規定する更正の請求の期限内になされた適法なものであり、請求内容も相当と認められるから、本件通知処分はその全部を取り消すべきである。

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