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(平20.9.9、裁決事例集No.76 23頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、印刷業を営む審査請求人(以下「請求人」という。)が、取得した中古の印刷設備について、原処分庁所属の職員の指導に基づくものとして個別に耐用年数を見積もって減価償却費を計算し法人税の申告をしたところ、原処分庁が、当該印刷設備には法定耐用年数を適用すべきであるとして行った原処分に対し、請求人が、信義誠実の原則に反し違法であるとして、その全部の取消しを求めた事案である。

(2) 審査請求に至る経緯

 請求人は、平成15年5月1日から平成16年4月30日まで、平成16年5月1日から平成17年4月30日まで及び平成17年5月1日から平成18年4月30日までの各事業年度(以下、これらを併せて「本件各事業年度」という。)の法人税の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)について、平成19年9月10日に審査請求をしたが、これに至る経緯は別表記載のとおりである。

(3) 当事者間に争いがなく、証拠により容易に認定できる事実等

 請求人は、本件各事業年度の減価償却費の計算において、取得した中古の印刷設備(以下「本件各中古印刷設備」という。)について、その耐用年数を、その用に供した時以後の使用可能期間の年数を各印刷設備ごとに個別に算定していたところ、原処分庁は、その耐用年数は、すべて減価償却資産の耐用年数等に関する省令(平成19年財務省令第21号改正前のもの。)別表第二《機械及び装置の耐用年数表》に掲げる「印刷設備」の耐用年数10年とすべきであるとして、本件各更正処分をした。

(4) 争点

 本件各更正処分は、信義誠実の原則(以下「信義則」という。)に反し違法か否か。

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2 主張

(1) 請求人

 原処分庁は、昭和62年に、請求人の法人税についての調査(以下「昭和62年調査」という。)を実施し、その調査における修正申告のしょうように当たって、原処分庁所属の調査担当職員は、請求人に対し、中古の印刷設備について個別に耐用年数を見積もって減価償却費を計算する方法を示した。
 請求人は、それに基づく修正申告書を提出したところ、正式に受理され、その計算方法が現在まで認められてきたのであるから、税務署長及びその他の責任のある立場の者が請求人に対し信頼の対象となる公的な見解を表示してきたことは明らかである。
 また、請求人はこれまで、原処分庁の指導した減価償却費の計算方法は、何ら問題のない適法な税務処理であると確信して20年間にわたって減価償却費を計上してきた。このことからも、いかに請求人が原処分庁の表示を信頼し、それに基づいて行動してきたか自明のところである。
 さらに、請求人は、昭和62年調査における減価償却費の計算方法の指導が誤りであるとして行われた本件各更正処分により、予定していなかった約○○○○円もの法人税額が突然発生し経済的負担を強いられている。
 以上のとおり、本件各更正処分は信義則に反し違法である。

(2) 原処分庁

 本件各更正処分は、本件各中古印刷設備の減価償却費の計算において、個別に耐用年数を見積もっている誤りがあったことから行われた適正な課税処分であり、その結果、請求人は、法律の規定に従って正当な法人税額を負担することとなったにすぎず、本件各更正処分により、請求人が経済的不利益を被ったとはいえない。
 そして、仮に、本件各更正処分を取り消した場合には、請求人のみが正当な課税を免れ、かえって租税平等の原則に反する不当な結果を生ずることになる。
 これらのことからすれば、請求人の主張する事情をもって、納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお本件各更正処分に係る課税を免れさせ、請求人の信頼を保護しなければ正義に反するといえる特別の事情があったとは認められないから、本件各更正処分には信義則に反する違法はない。

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3 判断

(1) 争点について

イ 請求人提出資料、原処分関係資料及び当審判所の調査の結果によれば、次の各事実が認められる。
(イ) 原処分庁は、昭和62年調査をした。
(ロ) 請求人は、昭和62年6月下旬ころ、昭和59年5月1日から昭和60年4月30日まで及び昭和60年5月1日から昭和61年4月30日までの各事業年度の法人税について、印刷設備の減価償却費の計算誤りなどを是正する内容の修正申告書を原処分庁に提出した。
(ハ) 原処分庁は、平成6年及び平成13年に、請求人の法人税について調査をしているが、いずれの調査においても、中古の印刷設備の耐用年数について誤りがある旨の指導をしていない。
ロ 信義則の適用
(イ) 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、当該課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、信義則の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情がある場合に、初めてその適用の是非を考えるべきものである。
 そして、上記の特別の事情の存在が認められるためには、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、その後に上記表示に反する課税処分が行われ、そのため納税者が経済的不利益を受けることになったこと、納税者が税務官庁の上記表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないことが必要であると解するのが相当である。
(ロ) これを本件についてみると、次のとおりである。
A 上記イ(イ)及び(ロ)のとおり、請求人は、昭和62年調査を受けて、印刷設備の減価償却費の計算誤りがあったなどとして修正申告をしたところである。
 その際、その時点における修正申告のしょうように関する具体的状況は明らかでないが、仮に、請求人の主張するとおりの指導があったとしても、修正申告のしょうようをもって、直ちに納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したとはいえない。
B また、請求人の主張するとおり、請求人がその後毎年提出した確定申告書が、原処分庁によって受理され、これまでの調査において中古の印刷設備の耐用年数について何ら是正を求められなかったことから、請求人が、中古の印刷設備の減価償却費の計算方法を原処分庁が認めていると考えていたとしても無理からぬところもあるが、原処分庁が毎年確定申告書を受理し、是正を求めず、また、平成6年及び平成13年の調査においても、中古の印刷設備の減価償却費の計算方法について指摘をしなかったからといって、原処分庁が請求人の減価償却費の計算方法について積極的に是認したとはいえず、信頼の対象となるべき公的見解が表示されたとも認められない。
C さらに、請求人は、本件各更正処分により、予定していなかった約○○○○円もの法人税額が突然発生し経済的負担を強いられていることからも信義則を適用するべきである旨主張するが、本件各更正処分は、本件各中古印刷設備の耐用年数の適用誤りがあったことから行われた適正な課税処分であり、その結果、請求人は、法律の規定に従って正当な法人税額を負担することになったにすぎず、請求人が本件各更正処分を受けたことにより、特に経済的不利益を被ったとは認められない。
 仮に、本件各更正処分を取り消した場合には、請求人のみが正当な課税を免れ、かえって租税平等の原則に反する不当な結果を生ずることとなると認められる。
(ハ) 以上のことからすれば、本件においては、上記(イ)にいう特別な事情があるとはいえず、本件各更正処分には、信義則に反するとして取り消すような違法は認められない。

(2) 結論

 以上のとおり、原処分には、争点について、これを取り消すべき理由はない。
 また、原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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