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(平20.10.21、裁決事例集No.76 60頁)

《裁決書(抄)》

1 事実

(1) 事案の概要

 本件は、審査請求人(以下「請求人」という。)が株式譲渡契約に基づいて譲り受けた株式について、原処分庁が、請求人は著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受け当該対価と当該譲渡があった時における当該株式の時価との差額に相当する金額を贈与により取得したとして贈与税の決定処分等をしたのに対し、請求人が、当該譲渡契約は錯誤により無効な契約であるとして、その全部の取消しを求めた事案であり、本件の争点は、株式譲渡契約は錯誤により無効となるか否かである。

(2) 審査請求に至る経緯

イ 原処分庁は、平成17年分の贈与税について、平成19年11月5日付で、課税価格○○○○円及び納付すべき税額を○○○○円とする決定処分(以下「本件決定処分」という。)並びに加算税の額を○○○○円とする賦課決定処分(以下「本件第1次賦課決定処分」という。)をした。
 この際、原処分庁は、本件第1次賦課決定処分について、無申告加算税と表記すべきところ、過少申告加算税と表記した。
ロ 請求人は、本件決定処分及び本件第1次賦課決定処分を不服として、平成19年11月29日に異議申立てをした。
ハ 原処分庁は、上記イの過少申告加算税と表記した本件第1次賦課決定処分について、平成19年12月21日付で、本件第1次賦課決定処分の加算税の額を零円とする変更決定をし、本件第1次賦課決定処分を取り消した上、同日付で、新たに本件決定処分に基づく無申告加算税の額を○○○○円とする賦課決定処分(以下「本件第2次賦課決定処分」という。)をした。
ニ 異議審理庁は、平成20年2月22日付で、本件決定処分に対する異議申立てを棄却するとともに、本件第1次賦課決定処分に対する異議申立てについては不服申立ての対象を欠くものであるとして却下した。
ホ 請求人は、異議決定を経た後の本件決定処分及び本件第1次賦課決定処分に不服があるとして平成20年3月17日に審査請求をするとともに、併せて上記ハの本件第2次賦課決定処分についても、同日、異議申立てをせず直接審査請求をした。

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(3) 関係法令

イ 民法第95条《錯誤》は、意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない旨規定している。
ロ 相続税法第7条《贈与又は遺贈により取得したものとみなす場合》は、著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合においては、当該財産の譲渡があった時において、当該財産の譲渡を受けた者が、当該対価と当該譲渡があった時における当該財産の時価との差額に相当する金額を当該財産を譲渡した者から贈与により取得したものとみなす旨規定している。
ハ 相続税法第22条《評価の原則》は、この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による旨規定している。
ニ 国税通則法(以下「通則法」という。)第75条《国税に関する処分についての不服申立て》第4項は、第1項第1号若しくは第4号又は第2項第1号の規定により異議申立てをすることができる者は、各号の一に該当するときは、その選択により、異議申立てをしないで、国税不服審判所長に対して審査請求をすることができる旨規定し、第3号において、その他異議申立てをしないで審査請求をすることにつき正当な理由があるときと規定している。
ホ 通則法第115条《不服申立ての前置等》第1項は、国税に関する法律に基づく処分で不服申立てをすることができるものの取消しを求める訴えは、異議申立てをすることができる処分にあっては異議申立てについての決定を、審査請求をすることができる処分にあっては審査請求についての裁決をそれぞれ経た後でなければ、提起することができない旨規定し、第3号において、異議申立てについての決定又は審査請求についての裁決を経ることにより生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき、その他その決定又は裁決を経ないことにつき正当な理由があるときには提起できる旨規定している。

(4) 基礎事実

イ D社(以下「本件会社」という。)は、請求人の父Eが代表取締役を務める同族会社であり、同人の次男である請求人は本件会社の取締役である。
 また、請求人は、本件会社の関連会社であるF社の取締役部長を兼任し、Eは同社の代表取締役会長でもある(以下、請求人の父Eを「E会長」という。)。
ロ 請求人は、平成17年12月1日、本件会社の株式(以下「本件株式」という。)を保有するE会長、請求人の母G及びH(以下、この3名を併せて「譲渡人ら」という。)との間で、本件株式を請求人に譲渡するという株式譲渡契約証書(以下「本件各契約証書」という。)をそれぞれ取り交わし、別表1に記載の契約内容とする契約(以下「本件各譲渡契約」という。)をそれぞれ締結した。
 その結果、本件株式は、別表2のとおり移転することとなり、本件会社の発行済株式に対する請求人の保有する株式の占める割合は本件各譲渡契約前には13.34%であったものが、当該契約後の当該割合は73.66%となり、当該契約前より60.32%増加することになる。
ハ 本件各譲渡契約後のE会長及びGに係る譲渡代金の決済については、平成17年12月14日に各譲渡金額相当額が請求人名義の預金口座から出金され、同日、同金額がE会長及びG名義の預金口座に、それぞれ○○○○円、○○○○円が入金されている。また、Hに係る譲渡代金○○○○円については、Gを介して請求人からHに現金で支払われている。
 請求人のこれらの資金原資は、E会長からの借入れによるものである。
ニ 平成17年12月1日時点の本件株式の1株当たりの評価額は、財産評価基本通達(昭和39年4月25日付直資56、直審(資)17。ただし、平成18年5月18日付課評2−7による改正前のもの。以下「本件評価通達」という。)に基づいて算定すると、10,507円となる。

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2 主張

(1) 請求人

 原処分は、次の理由により違法である。
イ 本件決定処分について
 請求人は、本件株式を譲り受けるに当たって、E会長から、当該譲渡価額は相続税法の評価通達に基づく評価額を基準とするので、請求人には税の負担は全くないとの説明を受けた上、平成17年12月1日付で本件株式を保有する譲渡人らとの間で、本件各譲渡契約を締結した。
 本件の場合、本件各契約証書の文案を作成した者が税理士の算定した評価額を1桁少なく記載するという単純な誤りを犯したため、結果として当初予想していなかったみなし贈与税を課税され、請求人の支払能力を超える多額の税を負担することになったものであり、本件株式の譲渡価額は税理士の算定した評価額に基づく価額であるとの当事者間の合意事項及び請求人には税の負担はないとの説明に反しており、請求人は、このような内容であれば、本件各譲渡契約を締結する意思はなかったことは明らかであり、本件各譲渡契約には契約内容の要素に重大な錯誤がある。
 したがって、契約内容の要素に重大な錯誤がある無効な契約に基づいてした本件決定処分は、課税の根拠を欠くことになるから、その全部の取消しを求める。
ロ 賦課決定処分について
 本件第1次賦課決定処分及び本件第2次賦課決定処分は、取り消されるべき本件決定処分に基づいて賦課されたものであるので、その全部の取消しを求める。
 なお、原処分庁は、本件第1次賦課決定処分に対する審査請求は不服申立ての対象を欠く不適法なものである旨主張するが、無申告加算税を過少申告加算税と表記するという原処分庁の誤りに起因して当該審査請求が不服申立ての対象を欠くに至ったのであるから、本件決定処分に基づく無申告加算税の賦課決定処分は審査請求の対象になるというべきである。

(2) 原処分庁

 原処分は、次の理由により適法である。
イ 本件決定処分について
 本件各譲渡契約において、錯誤があった事実を証するに足る証拠はなく、無効となり得べき錯誤は存在せず、本件各譲渡契約は有効に成立していると認められる。
 したがって、請求人は、別表1のとおり本件各譲渡契約に基づき譲渡人らから本件株式を1株当たり1,140円で譲り受けたものと認めるのが相当であり、このことは経済的にみて本件株式の取得が著しく低い対価によって行われた場合に該当し、相続税法第7条の規定により、その対価と時価との差額は譲渡人らから贈与により取得したものとみなされる。
 以上の結果、請求人の平成17年分の贈与税の課税価格は○○○○円となるから、本件決定処分は適法である。
ロ 賦課決定処分について
(イ) 本件第1次賦課決定処分
 請求人に対する国税に関する法律に基づく処分が存在していないので、不服申立ての対象を欠く不適法な審査請求である。
(ロ) 本件第2次賦課決定処分
 本件第2次賦課決定処分は、異議申立てを経ていない審査請求であり、異議申立てをしないで審査請求をすることにつき正当な理由があるとは認められないことから、異議申立前置を欠く不適法な審査請求である。

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3 判断

(1) 本件決定処分について

イ 認定事実
 原処分関係資料、請求人を含む関係人の答述内容及び当審判所の調査の結果によれば、次の事実が認められる。
(イ) 平成17年7月頃、E会長から本件株式を保有していたG及びH並びに請求人に対し、本件会社の事業を円滑に請求人に承継するため、譲渡人らから請求人に本件株式を譲渡することが提案され、請求人及び譲渡人ら(以下、請求人と譲渡人らを併せて「請求人ら」という。)との間で、本件株式の譲渡について協議したが、当該譲渡に当たっては、譲受人である請求人の支払能力を考慮し、請求人に税金の負担が生じないことを前提に考え、本件株式の譲渡価額は本件評価通達に基づく評価額を基準とし、また、当該譲渡代金の決済については、上記の請求人の支払能力を考慮し別途協議することで合意した。
(ロ) E会長は、平成17年9月頃、本件会社の関与税理士であるJ(以下「J税理士」という。)に対し、本件評価通達に基づいて本件株式の評価額を算定するよう依頼した。
(ハ) J税理士は、上記(ロ)のE会長の依頼に応じて平成17年6月時点の本件株式の1株当たりの評価額(以下「本件評価額」という。)を11,403円と算定し、この内容を記載した「取引相場のない株式(出資)の評価明細書」(以下「本件評価書」という。)を作成し、これをF社の当時常務取締役であったK常務に引き渡したが、K常務は、これをE会長に渡すことなく、自らが保管した。
(ニ) 平成17年12月1日、本件会社の取締役会の決議により、本件株式について、E会長は○○○○株、Gは○○○○株、Hは○○○○株を請求人にそれぞれ譲渡することが決まり、同日、請求人は、譲渡人らとの間で、本件株式を譲り受ける旨の本件各譲渡契約をそれぞれ締結し、請求人らの間で本件各契約証書を取り交わしたが、本件各契約証書には、本件株式1株当たりの譲渡金額が本来、本件評価書に記載された11,403円となるべきところ、1,140円と表示されているため、本件各譲渡契約上の譲渡人らに対する本件株式の譲受金額は、本件評価書に基づいて算定されるものに比して10分の1の金額となっていた。
 しかしながら、請求人らは、本件各譲渡契約の内容を確認することなく、本件各契約証書を取り交わした。
(ホ) 上記(ニ)の本件各契約証書の文案の作成者はK常務であるが、同人は、E会長から本件評価書に基づいて本件各契約証書を作成するよう指示を受けたものの、本件評価書に記載された11,403円を1桁少なく、1,140円と本件各契約証書の文案に表示したものであった。
(ヘ) この点について、E会長は、K常務がF社の事務室内で本件各契約証書の文案を作成する際に、同人から本件評価書に記載された本件評価額は1,140円であると知らされ、「安いな」とは思ったものの、「規模も小さい会社なので、こんなものか」と思い、直接、本件評価書の内容をみて評価額を確認することはなく、その後においても確認することはなかった。
(ト) そして、E会長は、平成19年9月頃、原処分に係る調査(以下「本件調査」という。)において、本件調査を担当した職員(以下「本件調査担当職員」という。) から本件各譲渡契約の内容が低額譲渡に該当し贈与税を課されるという指摘を受け、本件評価書に記載された金額は11,403円であり、本件各契約証書に記載された金額が1桁誤って表示されていることを知った。
(チ) また、請求人においても、E会長から本件株式の1株当たりの評価額が1,140円であれば課税関係が生じない旨の説明は受けてはいたものの、本件各譲渡契約に際し、すべてをE会長に任せていたため、自らは本件株式に係る確認などは行わず、E会長と同様、平成19年9月頃、本件調査において、本件各譲渡契約の内容が低額譲渡に該当し贈与税を課されるという指摘を受けるまで、本件株式の実際の評価額と、本件各契約証書に表示された金額とに著しい差異があることを全く認識していなかった。
(リ) なお、平成18年分の所得税の確定申告において、請求人及びGは、それぞれ本件各譲渡契約後の本件株式の保有株式数に基づいて本件会社の配当金を配当所得として申告しているが、E会長及びHは、請求人に本件株式をすべて譲渡したため、本件各譲渡契約後の保有株式はないとして、本件会社の配当金に係る申告はしていない。
ロ 本件各譲渡契約は錯誤により無効となるか
(イ) 民法第95条の規定によれば、法律行為の要素に錯誤があるとき、その意思表示は原則として無効である(本条本文)が、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない(本条ただし書)とされ、錯誤は、法律行為の要素について存しなければ、その意思表示は無効とはならないとされる。
 ここにいう要素の錯誤とは、もしこの点について錯誤がなかったならば、表意者は意思表示をしなかったと考えられ(因果関係)、かつ、意思表示をしないことが一般取引上の通念に照らして至当と認められるような(客観的な重要性)、意思表示の内容の主要な部分をさすと解される。
 そして、民法第95条ただし書にいう「重大な過失」とは、表意者の職業、行為の種類、目的などに応じて、普通になすべき注意を著しく欠いた場合をいい、表意者が、通常人であれば注意義務を尽くして錯誤に陥ることはなかったのに、著しく不注意であったために錯誤に陥った場合には重過失となり、表意者自ら錯誤の主張をすることができないと解される。
(ロ) これを本件についてみると、次のとおりである。
A 上記イのとおり、請求人らは、本件各譲渡契約において、主たる目的は、本件株式を譲渡人らから請求人に移転し、同人に対し円滑に本件会社の事業承継をさせるためだけでなく、請求人に課税関係が生じないよう本件株式を請求人に移転することにあり、請求人らの間において、本件株式の実際の価値はきわめて重要であったことが認められる。
 また、請求人らは、本件調査において、本件各譲渡契約の内容が低額譲渡に当たり、贈与税を課される旨の指摘を本件調査担当職員から受けるまで、本件株式の実際の評価額を全く認識していなかったことが認められ、本件各譲渡契約書に記載された1,140円が本件株式の1株当たりの実際の価値に見合った適正な金額であって、請求人には課税関係が生じないこと、かつ、本件株式の譲渡代金相当額が請求人の支払能力を著しく超えるものでないことを前提に本件各譲渡契約を締結したものと認められる。
 そして、請求人らの間において、これらの認識や前提が表示されていると認められることからすると、本件の場合、本件株式の1株当たりの実際の価値が1,140円であると誤信したことは、本件各譲渡契約の意思表示についての要素の錯誤に当たるというべきである。
B ところで、民法第95条但し書の「重大な過失」とは、上記(イ)のとおり、表意者の職業、行為の種類、目的などに応じて、普通になすべき注意を著しく欠いた場合をいうと解されるが、本件において、請求人らが本件各譲渡契約の締結に当たり、誤信していたとしても、1本件株式が実際の価値に見合った適正な金額であること、2請求人に本件株式の移転することにより新たな課税関係が生じないこと、そして、3譲渡代金相当額が請求人の支払能力を超えるものでないことが、請求人にとって重要な要素であるとすれば、請求人は、本件各譲渡契約の一方の当事者として、これらの点について、E会長に任せることなく請求人自らの責任において、本件株式の評価額の根拠等についてK常務等の関係者に確認することや、本件各譲渡契約における課税関係を十分に検討するなど、通常の注意義務を尽くしていれば、錯誤に陥ることはなかったといえるものである。すなわち、請求人は、本件各譲渡契約の締結当時、本件会社の取締役である上、本件各譲渡契約により本件会社の発行済株式の約6割にも達する本件株式を新たに取得し、従来から保有している株式と合わせると7割を超えるものを保有することになり、父親であるE会長から事実上の事業承継をすることになるのであるから、本件各譲渡契約の締結に当たっては、本件会社の経営成績のみならず財産債務の状況などを十分に調査・検討するなど、より慎重に臨むことが求められるというべきであり、これら調査・検討を加える事項の中には、本件各譲渡契約上の本件株式の価額が実際の価値に見合った適正な金額に見合うものであるかどうかも当然に含まれているというべきである。しかしながら、請求人は、これらの点について、調査・検討あるいは確認などを十分に行わず、安易に課税されないものと軽信したものであり、通常であれば本件会社の取締役として、あるいはE会長から本件会社を事業承継する者として注意義務を尽くして関係人に確認すれば錯誤に陥ることはなかったにもかかわらず、これらの不注意から請求人は錯誤に陥ったものと認めるのが相当で、請求人には看過することができない過失があったことは明らかであり、請求人が主張する錯誤をもって直ちに本件各譲渡契約を無効とすることはできない。
(ハ) 法定申告期間を経過した時点での錯誤による無効の主張
 本件において、平成17年分の贈与税について、請求人に納税義務があることが判明したのは、本件調査担当職員から本件各譲渡契約が低額譲渡に当たり、贈与税を課される旨の指摘を受けたことによるものであり、本件各譲渡契約締結から約2年が経過しており、また、法定申告期限である平成18年3月15日からも1年半以上が経過していることが認められる。この間、請求人らは、本件株式移転後の保有株式数に基づき本件会社から配当金を受け取り、これを配当所得として所得税の確定申告をするなど、本件各譲渡契約に基づく本件株式の移転により、贈与税以外の税目においても請求人らには一定の納税義務が生じ、これらを申告していることが認められる。
 ところで、わが国は、申告納税方式を採用し、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等を課している結果、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせていたのでは、納税者間の公平を害し、租税法律関係が不安定となり、ひいては申告納税方式の破壊につながることから、納税義務者は、納税義務の発生原因となる私法上の法律行為を行った場合、当該法律行為の際に予定していたものよりも重い納税義務が生じることが判明した結果、この課税負担の錯誤が当該法律行為の要素の錯誤に当たるとして、あるいはこの錯誤のため合意解約したとして、当該法律行為が無効であることを法定申告期間を経過した時点で主張することはできないと解される。すなわち、課税要件を充足するとして課税処分をしたところ、課税処分を理由とする錯誤の主張が認められて、課税処分が充足されなくなることは、いわば納税義務の成立を私人間の意思にかかわらしめることになり、租税法律関係を不安定にするからである。
 本件の場合、本件調査担当職員の指摘により贈与税の納税義務が生じることが判明したのは、法定申告期限を1年以上が経過した後のことであり、上記のとおり、課税負担の錯誤が当該法律行為の要素の錯誤に当たるとして、当該法律行為が無効であることを法定申告期間を経過した時点で主張することはできないと解されるから、請求人は、法定申告期間を経過した時点での課税負担の錯誤による無効を主張できないというべきである。
ハ 以上のことからすれば、請求人が主張する錯誤による本件各譲渡契約の無効を認めることはできず、原処分庁が本件各譲渡契約に基づいてした本件決定処分は適法である。

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(2) 賦課決定処分について

イ 賦課決定処分の経緯
 本件第1次賦課決定処分及び本件第2次賦課決定処分に至る経緯は、上記1の(2)のとおり、原処分庁は、本件決定処分に基づき、当初、無申告加算税とすべきところ過少申告加算税と表記して本件第1次賦課決定処分をしたが、本件審査請求の前審である異議申立ての段階で、上記の表示誤りが判明したため、当該表記を是正すべく本件第1次賦課決定処分の加算税の額を零円とする変更決定をし新たに無申告加算税と表記して本件第2次賦課決定処分をしたものである。そして、原処分関係資料によれば、その余の事実として、異議審理庁の担当職員は、平成19年12月18日、請求人に異議申立てをする処分の確認をした上で、異議申立書の原処分名等欄の贈与税に係る無申告加算税の賦課決定処分に該当する箇所に丸を付すように求め、請求人はこれに応じたことが認められる。
ロ 本件第1次賦課決定処分
 通則法第66条《無申告加算税》第1項は、決定処分に基づく加算税は、その納付すべき税額に100分の15を乗じて計算した金額に相当する無申告加算税を課す旨規定しているところ、本件において、原処分庁は、本件決定処分に基づく加算税を、無申告加算税としないで過少申告加算税と表記して本件第1次賦課決定処分をしたことが認められるが、平成19年12月21日付で、原処分庁は、この表記を是正すべく、本件第1次賦課決定処分の加算税の額を零円とする変更決定をし、請求人に対し、誤って表記して課した本件第1次賦課決定処分を取り消していることが認められる。
 したがって、本件第1次賦課決定処分に対する審査請求は、不服申立ての対象を欠く不適法なものである。
ハ 本件第2次賦課決定処分
(イ) 原処分庁は、本件第2次賦課決定処分に対する審査請求は異議申立前置を欠く不適法なものである旨主張するものである。
A 通則法第75条第4項第3号は、異議申立てをしないで審査請求をすることにつき正当な理由があるときには国税不服審判所長に対して直接審査請求ができる旨規定し、異議申立前置主義の例外を規定している。
 そして、通則法第115条が、国税に関する法律に基づく処分について、不服申立前置を求めている趣旨は、国税の賦課・徴収処分は、大量かつ回帰的になされることから、専門的知識と経験を有する行政庁に対する異議申立てを前置させることにより、事実関係の明確化に資し、租税行政庁による法の統一的運用を図り、訴訟の氾濫を回避させることができるところにあり、同法第75条が審査請求の前に異議申立てを前置すべきことを求めている趣旨も同様に、国税不服審判所において判断する前に、原処分庁自らが再度処分を検討させることにより、事実関係の明確化、法の統一的運用に資するとともに、審査請求の氾濫を防止する点にある。このことから、同条第4項第1号は青色申告又は連結納税に係る更正の場合には、法定の帳簿が備え付けられており、更正理由の付記が求められていることから異議申立てを前置させる必要がないと判断し、また、同項第2号は、異議申立てができることの行政不服審査法上の教示がなされていないことから異議申立前置を求めることが相当ではないと判断し、いずれも異議申立てを経ることなく審査請求をすることを許容しており、同項第3号の「その他異議申立てをしないで審査請求をすることにつき正当な理由があるとき」も、上記のような異議申立前置主義採用の趣旨から、異議申立てを前置させる必要がない、あるいは、前置を求めることが相当ではないと判断できる客観的理由がある場合に限られるべきであり、単に、請求人が異議申立てをしても自己の主張が認められないであろうから異議申立てを経由する実益がないと判断したというだけでは直接審査請求できる「正当な理由」としては不十分というべきである。
B これを本件についてみると、上記イのとおり、請求人は、異議審理庁の担当職員による異議申立ての補正要求に従い、平成17年分の贈与税に係る無申告加算税の賦課決定処分に該当する箇所に丸を付し、異議申立ての補正をしたことが認められ、本件審査請求の前置である異議申立ての当初の段階から本件決定処分に基づく加算税の賦課決定処分に不服があることが明らかで、当該補正の時点において、本件第1次賦課決定処分に対する異議申立ては適法に行われたものと認めるのが相当である。しかるに原処分庁は、本件第1次賦課決定処分の加算税の表記に係る瑕疵の是正を図るべく、請求人に対し当該加算税の額を零円とする変更決定をし、本件第1次賦課決定処分を取り消した上、新たに加算税の額を本件第1次賦課決定処分のそれと同額とする本件第2次賦課決定処分を形式的には別個の処分として請求人に課したが、その実質は、「過少申告」から「無申告」への表記変更を行ったものにすぎず、先行の本件第1次賦課決定処分と後行の本件第2次賦課決定処分とは事実上同視できるものといえるものであり、争点が共通することは明らかで、その証拠資料の共通性及び判断の斉一性という観点からして、請求人において異議申立てをする必要がないと判断してもやむを得ない面があるといえる。さらに、原処分庁の一連の手続により、請求人には本件第1次賦課決定処分という不服申立ての対象がなくなる一方、原処分庁が新たに本件第2次賦課決定処分を課したものの、請求人はこれに対する異議申立てをしなかったことから、結果として本件第2次賦課決定処分に対する審査請求が異議申立前置手続を欠くに至ったもので、かかる結果に至ったのには、原処分庁の行為等がその一因となっているものということができる。
C 以上のとおり、本件第2次賦課決定処分に対する審査請求については、請求人が異議申立てをせず直接審査請求をしてきたとしても、実質的には異議申立てをしていたのであるから、改めて異議申立てを前置させる必要はなく、原処分庁の行為等がかかる事態を生じさせた一因となっていることからすれば、通則法第75条第4項第3号に規定する「正当な理由があるとき」に該当すると解するのが相当であり、原処分庁の主張を採用することはできない。
(ロ) ところで、請求人は、本件決定処分は取り消されるべきであり、本件決定処分に基づいてされた本件第2次賦課決定処分も取り消されるべきである旨主張するものである。
 しかしながら、上記(1)のとおり、本件決定処分は適法であり、また、請求人の場合、期限内申告書の提出がなかったことについて、通則法第66条第1項ただし書に規定する無申告加算税の除外事由があるとは認められないから、同項及び第2項の規定に基づいてされた本件第2次賦課決定処分は適法である。

(3) その他

 原処分のその他の部分については、請求人は争わず、当審判所に提出された証拠資料等によっても、これを不相当とする理由は認められない。

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